俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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祭り本番の前に何話かけてるんですかねぇ(白目






斯くして少女達は一堂に会する

 

 帝都王城近くの屋敷――その門前にて。

 本日の仕事であった祭りの運営に携わった者達への激励会――その顔だしを終え、帰りの馬車より降りたレティシアが肩を揉み解してぐるぐると廻す。

 

「あー、終わった終わった! これでオレ達の祭り前の業務は終了だな――あとは開催日まで羽をのばせるってもんだ」

「なんだかんだ言って慰撫会っていうより普通のパーティーだったよね、予定日数も増えたし……やっぱりにぃちゃんが居ないと家に招こうとする人とかって多いなぁ……」

 

 前もってその手のお誘いはお断り、って宣言してるのにねぇ、とボヤく(アリア)に向けて肩を竦め、仕事から解放された若干高いテンションのままにレティシアは上機嫌に笑う。

 

「ま、仕方ない。有名税の一部ってやつだな。アイツがいればその手の面倒は激減してたけど……今回は参加させないで良かっただろ?」

「そうだね。にぃちゃんの事を聞いてくる人も予想以上に多かったし」

 

 戦場で共に戦った騎士などが「猟犬殿は御一緒では無いのですか?」と聞いてくるのは、まぁ当然だ。

 一部の国の上層部を除き、かの青年が女神の手による復活を遂げて帰還した事は機密として伏せられている。

 彼が帰って来た事自体は周知される様になっても、その経緯が隠されているせいで、情報が錯綜している状態だ。

 

 "人類種の最高戦力のみを集めて挑んだ決戦時、邪神の最後の悪足掻きに巻き込まれ、永らく行方知れずとなっていた"

 "実はこの二年間、生死の境を彷徨って聖殿で懸命な治療が続けられていたが、やっと表に出てこられる程度に回復した"

 

 そんな感じで、噂に尾ひれ背びれが付いて複数の顛末が語られているが、一部事実に近い要素も含まれているだけにただの噂だと切って捨てる事もしづらい。

 事実を知っている二人としても苦笑いが漏れる話であるが、彼の戦友達が彼を案じて安否を問いかけて来る事自体は喜ばしい事なので文句などあろう筈も無かった。

 ……パーティーに参加してきた貴族の御令嬢やら御婦人が興味津々で「御二方の騎士様はどちらに?」と聞いてくるのには辟易としたが。

 

 殆どは興味本位、といった感じだったが、中には頬を染めてこれを騎士様に渡して欲しい、などといってリボンの巻かれたプレゼントを彼の主たる(と周知されている)聖女に渡してくると言う、肝の太い剛の者までいたのだ。

 全ての品を箱越しに魔力で精査した結果、明らかに食物以外の物が入ってる菓子が二つ程見つかったので、それらは開封すらせずに焼却処分したが。

 問題の無さそうな物は、姉妹としては少々不本意ではあるが後で青年に渡す事になっている。不本意ではあるが。大事な事なので二度言った。

 

「何はともあれ、片付いたことだろ? パーティーも《刃衆(エッジス)》の面子が護衛に出て来てくれた御蔭で、あんまりしつこい連中とかは追っ払ってくれたしな」

「うん。ネイトさんとかに久々に会えたのは良かったよね――そういえばボク、娘さんにサイン書いて欲しいって頼まれたけど、レティシアは?」

「オレも頼まれた。まぁ、ネイトには戦場でも世話になってるしな、あとで相棒の分も頼んでみようか? って聞いたら喜んでたぞ」

「あ、それなら三人で書いたやつを贈ろうよ! ……えーと娘さんの名前は確か……」

 

 二人で和気藹々と話しながらすっかり見慣れた逗留先の屋敷の門を潜ると、何時もの様に住人の帰宅を察した壮年の執事が出迎えてくれる。

 

「おかえりなさいませ。聖女様方におかれましては《大豊穣祭》に向けた数々の御勤めを全う頂いた事、帝国臣民の一人として心よりの感謝を申し上げます」

「あぁ、ありがとう。そしてただいま――アイツは屋敷にいるかい? 執事さん」

 

 微笑んで一礼するナイスミドルな男性に、上機嫌を維持したままのレティシアも笑顔で返し、ついでに相棒である青年が在宅かどうかも問うた。

 開催まで残すところあと三日となった大祭。その三日間はレティシアもアリアも完全にフリーだ。

 なんだかんだといって、聖殿にいるときより一緒の時間が取れていない事は確かなので、この三日間はなんでもいいからずっと一緒に行動しよう、と二人がウキウキと楽しい皮算用を脳内で弾いていると、残念ながら肩透かしとなる答えが返って来た。

 

「御二方が本日の御予定である慰撫会に出席するために出発して直ぐ、お出掛けになられています」

「ありゃ、マジか。なんだよあんにゃろう、今日は早めに帰って来るって言っといたのに待っててくれなかったのかよ」

「まぁまぁ、にぃちゃんも予定があったんだよ――それで、どうしようかレティシア。追いかける? それとも帰ってくるのを待つ?」

 

 ちょっと面白く無さそうに唇を尖らせる姉に向け、アリアが宥める様に応じ。

 待つか、自分達も出掛けて合流するか、少々悩んだ後に執事の男性へと再び問いかけた。

 

「うーん……どうするべきか……何処に出掛けたか、何時頃帰って来るとかは聞いてるか?」

「お時間の方は、何時も通り夕飯前には帰って来る、とだけ。場所の方は中央広場で待ち合わせの後、北区方面へ向かう、と仰っておりました」

 

 ピクリ、と。

 なんだか嫌な単語を聞いた気がして、少しばかり身じろぎすると、レティシアの表情が顰められた。

 

「……待ちあわせだって?」

「はい。先日、御二方が御勤めに出た後、当屋敷にいらっしゃったお客様と御約束なさっていたようです」

「……ちなみに誰か聞いても?」

「勿論でございます――帝国騎士ミヤコ=タナヅカ様が、お仕事に関する報酬の前払いの為にお誘いに来た、と」

 

 その言葉に、姉である金の聖女は今度こそピシリと固まり。

 妹の銀の聖女は「あ、例の武闘大会絡みの……」と思い出したように呟いた。

 

「ミ……」

 

《大豊穣祭》の準備期間の間、件の報酬――青年の公式用の服装も兼ねた装備の仕立てに関して何の音沙汰も無かったが故に。

 あれ程警戒を覚えていたこの件に関して、すっかり忘却の彼方であったことを今更ながらにレティシアは自覚し。

 同時に自身の友人にして恋敵がこのタイミングを狙っていたのだという事も、察して――。

 

 

 

「ミヤコォォォォォォォッ!!」

 

 

 

 まんまと出し抜かれた事を理解した聖女の怒りの咆哮が、帝都の一角に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ところ変わって、帝都王城。

 

 太陽が中天に昇るであろう時刻にあって、帝国皇帝スヴェリア=ヴィアード=アーセナルは領地より参じたその男の謁見に応じ、玉座の上でふんぞり返っていた。

 

「お久しぶりでございます、陛下。益々以て壮健な御様子で臣として誠に喜ばしく」

「あぁ」

 

 人払いを済ませた、最低限の人数且つ口の硬い者達だけが控えた謁見の間にて。

 形式的な謁見の挨拶を終えた後、改めて自身の言葉で皇帝の健在を歓ぶ彼の言に、面白くもなさそうに端的に応じる。

 この痩せぎすの初老の男が、よく回る舌で弄する言葉の裏で腹に一物も二物も抱えていることなど今更語るまでも無い。

 何せ当人が此方にそういった腹の下の黒さを把握されているのを全て理解した上で、その言動を変える気が全く無いのだ。上っ面だけの美辞麗句の類は立場上腐る程聞いて来たが、ここまで外面の礼節と内面の真摯さが反比例してる男はスヴェリアをして他に記憶が無かった。

 

 シュランタン=サーリング伯爵。

 

 現在、帝国では影響力を著しく落としている先帝時代からの貴族派を纏める立場にある男である。

 嘗て辺境伯の所領であった帝国南部の肥沃な地を治めている身で、彼自身も遠縁ではあるが辺境伯の血縁であった。

 伯爵家としての歴史も古く、血筋としては間違いなく帝国の中でも指折りの名家。領地運営の方も調べた限りでは殊更に穿り返せるような疵も無い。

 寧ろ落ち目となって領民に負担を掛けがちになっている旧貴族派の中では、数少ない名君と言っても良い領地運営っぷりである。

 

 スヴェリアの即位前の地固めと後ろ盾の確保、即位後の速やかな国内掌握と他国との協力体制の構築に奔走する際にも手を変え品を変え、ときとして政敵としての立場すら変えて、綱渡り染みた立ち回りで自領を富ませて来た、蛇の如き印象を抱かせる人物であった。

 皇帝を支持する王党派、ともいえる者達に協力した事も一度や二度では無いにも関わらず、変わらず貴族派のトップについている手腕と面の皮の厚さは凄まじいものがある。

 

 腹に一物あるなぞ貴族ならば当然ではあるが……その程度では済まない位には立場も言動もキナ臭い男。

 慇懃尾籠と無礼を適時切り替えて来る、クソ程胡散臭い三枚舌。

 

 忌憚のない正直な評価だ。なまじ有能である分、スヴェリアとしても激烈に面倒臭い相手である。

 

 当然、そんな人物であるが故に、質実剛健を良しとするレーヴェ将軍とは水と油、炎と氷の間柄だ。

 謁見の間にて同席しているケントゥリオ侯爵家の当主は、控え目に言って物凄くブッ殺したそうにシュランを睨みつけている。

 元より反りの合わない相手ではあるが……今回此処までレーヴェが敵意を露わにするのは、少し前に彼の息子が起こした国賓への問題行動に端を発していた。

 

 ――息子の短慮によって引き起こされた事。レーヴェとしてもそう判断して、長男である少年を嫡男の座から下ろしたのだが、そこに別の何者かの意思が介在していたのやもしれぬ、とくれば心中穏やかな筈も無し。

 状況証拠にすらやや乏しい段階ではあるが、主である皇帝とその相談役である彼の弟が揃って『第一容疑者』と判断している男へ向けるレーヴェの表情は、大蛇の頭を噛み砕かんとする獅子の如きであった。

 

「……ふぅむ」

 

 戦士としても帝国で三指に入る将軍の怒気混じりの威圧に、シュランタンも気付かぬ筈も無く。

 彼は再度皇帝に一礼し、その横手に控えている男へと身体ごと向き直った。

 

「同じくお久しぶりですねぇ、将軍閣下。相も変わらず私と対面なさる際は眉間の皺が深い御様子ですが、帝国の武力の象徴たる御方が心身気炎に溢れているというのは非常に頼もしいことです」

「……卿も変わらぬようだな、相も変わらず弁舌が立つようだ」

 

 今にも噛み砕くのを堪えんとする獅子の口内に頭を突っ込んで、平然と舌を廻す様な真似をする蛇に怯えは微塵も感じ取れない。少なくとも表面上は。

 怒れる人外級の戦士に皮肉交じりの社交辞令を飛ばせる肝の太さは兎も角として、伯爵自体は戦武の心得なぞ最低限しか無い、と知っている皇帝はとっとと話に入ることにした。

 このまま好きに会話させて、万が一我慢の限界を迎えたレーヴェがシュランタンをぶん殴ったら、謁見の間に赤黒い染みが派手にぶちまけられる事となる。

 流石に我慢してくれるとは思うが、息子であるノエルの一件以来、彼を意識誘導した黒幕に対してジリジリと怒りを溜め込んでいる将軍の忍耐をこれ以上削る必要も無い。

 

「伯爵、祭りの間は珍しく終盤まで滞在する予定らしいな。お前の事だからとっとと領地に戻って、祭り終了後の帝都の観光客がそのまま自領に流れて来る様に催しでもやるかと思ったが」

「流石の御慧眼……ですが、今回は大祭も初回。観光客の流入自体は歓迎ですが、其処に混じった良からぬ者が領地に紛れ込んでくる可能性もありますからねぇ。今回は《大豊穣祭》にて評判の良い店や催しの物の下調べも兼ねて、陛下のお膝元で女神の齎す恵みに感謝を捧げようと思っております、ハイ」

「ハッ、要はこっちの祭りを試験台にするって事だろうが。余を前にしてよくもまぁシレっと言ってのける」

「御戯れを仰る。全ては陛下の御威光あってこそ――御身によって齎される平和・富と恵みに少しばかり肖ろうという臣のささやかな浅知恵に過ぎません」

 

 直球の皮肉にも欠片も動揺する事無く、胸に掌を当てて慇懃さを強調した動作で静かに頭を下げる伯爵に対し、スヴェリアが鼻を鳴らして玉座に肘をついた。

 

「ふん……ま、それはいい。話は変わるが――お前が口利きをした事もある男爵家……そこの入り婿の当主がレーヴェの倅と接触していた様だが、心当たりは?」

「ふむ?」

 

 皇帝の言葉と共に、レーヴェ将軍から発せられる圧が音を立てそうな程に増した事を感じ取ったシュランタンは、その蛇を思わせる容貌の眼を細め、思案に耽る。

 とはいえ、仕える王に問いかけられて長々と考え込む等という、不敬な真似をこの男が迂闊に行う訳も無く、応えはあっさりと返って来た。

 

「存じ上げませんなぁ――閣下の御子息が少々問題を起こした、というのは聞き及んではいますが……御二人の様子から察するに、私と関りのあるその者が原因に関与している、という事でしょうか?」

 

 肩でも竦めそうな調子の声に、将軍の視線が益々剣呑となり「ホラ吹いてんじゃねぇブチ殺すぞ蛇野郎」と言わんばかりに目付きだけでなく低い唸り声まで喉から漏れ出て来る。

 物理的な圧すら発生し始めた《赤獅子》の怒りをたたきつけられ、伯爵は迷惑そうに微かに眉を顰めた。

 

「成程、御子息をたぶらかしたとの疑いがある者を前にしては、閣下の眉間の皺も常にもまして深くなろうというもの――ですが、騎士団に拘束もさせず、こうして謁見後に陛下御自らお聞きになるという事は、物的証拠の類は一切無い……どころか状況証拠としても『私が一番怪しい』程度のものなのでは?」

 

 かの《赤獅子》の怒りを、その程度の薄い嫌疑で一身に受けるのはたまったものではませんなぁ、と笑う男の顔は、表面上こそにこやかではあったが良い具合に皮肉という毒に濡れている。

 先にも述べた通り水と油の相性である獅子と蛇は、以前顔を合わせたときに比べ六割増しに剣呑な空気で視線をぶつけあった。

 穏やかならぬ両者を、暫しの間ジッと注視すると――一度目を閉じて小さく嘆息した皇帝は、玉座に体重を預けてつまらなそうに顎をしゃくった。

 

「そうか。まぁ、知らんというのであればそうなんだろう……今回もあくまで確認を取っただけだ、特に何かを言い含めるつもりも無い――もう行っていいぞ、お前と長話するのは疲れる」

 

 雑に手を振って退出を促すスヴェリアに、将軍が驚きと少しばかりの不服を。伯爵がにんまりとした、爬虫類が浮かべそうな笑みの如き表情と探る様な視線を、それぞれに向けて。

 

「……それでは、これにて失礼を。此度の大祭の成功と、それによって陛下の御威光が益々もって遍く帝国に行き渡る事、臣下として祈っております」

 

 やはり腹が立つ程に慇懃に頭を下げ、慌てる事も無くゆっくりと退出していくその背を、レーヴェが厳しい視線で追い続ける。

 やがてその姿が謁見の間から完全に見えなくなると、彼は自身の主君へと訝し気に向きなった。

 

「陛下、刺すのがあの程度の小さな釘でよろしかったのですか? あの蛇めがアレで自重を覚える、とも思えませぬが」

「まぁ、そうだろうな。余もそこは全く以て同意だが……奴の反応、どう思った?」

「……吾輩はあの三枚舌を個人的に好いておりませんので、どう転ぼうが肯定的な見方は出来ません……が、そうですな。相も変わらず頭頂から爪先まで全ての立ち振る舞いが胡散臭い男であるかと」

 

 全身これ全てで胡散臭いせいで、逆に観察し辛い。

 そう告げる将軍に、皇帝も半笑いで同意を示した。

 

「其れに関しても同意だ……現状、物的証拠には欠けるがお前の息子にちょっかいを出す様に指示したのは奴である可能性は、変わらず高い」

 

 ――だが、と。そこで言葉を切って、なんともややこしそうな表情で皇帝は後頭部をガリガリと掻いた。

 

「疑わしい事には違いない。当人の知らぬ存ぜぬも安い誤魔化しだと断じた方が自然だ――なんだが……余の勘は奴は『外れ』だと言っている」

 

 お前はどうだ、と首を振り向かせてスヴェリアが問いかけると。

 彼が腰掛ける玉座の裏――其処に設置されている真球の宝玉から、声が響いた。

 

『そうですね……聞いていた限りでは、相も変わらず胡散臭い御仁なのは確かでしたが……少なくとも今回の件に関しては嘘を言っていない様に思えます。僕に陛下の様な勘働きは無いので、声色や抑揚からの判断になりますが』

 

 遠話の魔道具より穏やかに流れるその声は、レーヴェ将軍の実弟にして皇帝の相談役でもあるティグル=ケントゥリオのものであった。

 事前の打ち合わせの通り、魔道具を用いて一連の会話を聞いていたティグルの言葉に、兄であるレーヴェも流石に頭が冷えたのか、唸り声を洩らして考えを巡らせ、悩まし気に腕を組んだ。

 

「うぅむ……陛下とお前が揃ってそう言うのか。吾輩としてはいつも通りのキナ臭い蛇の様な面構えにしか思えなかったが……」

「まぁ、所詮は勘だ。過去に助けられたからといって、これからも百発百中な筈もないが――ティグルの読み取りでもこういった答えが出るとなると、まったく別の奴が関わってる可能性も否定できなくなってきたな」

 

 面倒な事になってきた、とボヤく皇帝の表情は控え目にいって辟易としている。

 シュランタンが関わっているというのも厄介な話だが、関わっていないのならばいないで、帝国の侯爵家相手に妙な干渉を行おうとするアホは何処のどいつだという話になる。

 一気に振り出しに戻った感のある一連の件に関し、どうしたものかと皇帝、将軍、相談役の其々が頭を捻った。

 

『コホッ……取り敢えず、僕の方で兄上の部下を借りてもう少し伯爵と男爵の繋がりを洗ってみましょう。隠蔽がなされていたとしても繋がりを断った痕跡くらいは拾えるかもしれませんし』

「それは構わんが……お前は少し前に寝込んだばかりだろう。無茶をして体調を悪化させるなど、陛下も吾輩も望んではいない。先ずは数日休め」

 

 少し咳き込みながら次の指針を立てるティグルに対し、レーヴェが眉根を寄せて弟の身を案じる。

 幸い、弟の邸宅で謹慎中の息子は当初の首を括りそうな落ち込みっぷりから一転、謹慎明けには迷惑と心配を掛けた者達に報いようとあれこれと弟の蔵書を読み漁っているらしい。

 実直というか、若い頃の己と同じく猪突が過ぎるきらいがあった息子であるが、これを機に落ち着いた行動を心掛けるようになるというのであれば、多少なりとも今回の一件にもプラスの価値があったというものだ。

 息子ノエルに干渉してきた男爵――その背後に居る者を調べる事は勿論重要だが、弟が療養の傍ら、息子の勉強を見てくれるだけでもレーヴェとしては充分に有難い。

 

「件の男爵――三枚舌が知らんと抜かすのなら、直接聞き取りを行っても問題無かろう。余の方でもトニーの奴あたりを動かしたい処だが……生憎、前々から別件を探らせていてな。もう暫くは掛かり切りだ」

『この盤面で騎士レイザーを動かせないのは痛いですね……例の孤児の保護政策絡みの件ですか?』

「あぁ、やはり人口から予想される人数と比べ、保護出来た孤児の数が少なすぎる。取り敢えずは帝都内での戦災孤児の人数をもう少し正確に算出せねばならん」

「人口集計となると、各区画での調査の為に文官武官併せた人海戦術となるでしょうな。祭りの開催期間中に人員を捻りだすのは聊か厳しいかと」

 

 三名の内、スヴェリアとレーヴェは時間に余裕の無い身だ。今回の謁見ついでに顔を突き合わせて行うべき情報の交換を、矢継ぎ早に済ませてゆく。

 それらをあらかた終えた後、将軍はふと思い出した様子で主君に問いかけた。

 

「そういえば、騎士レイザーのくだりで思い出したのですが……今日は城内で《刃衆(エッジス)》の者達を見かけませんな? 常に数名は陛下の急な呼び出しに備えて待機していると記憶していたのですが」

 

 実質は皇帝の近衛に近い部隊とはいえ、大枠では自身の管理する騎士団の内に入るので気になったのだろう。

 レーヴェの疑問に、皇帝はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

 

「あぁ、今日から開催日にかけて、アイツらの殆どは街の巡回を中心に予定を組ませてる――開催日直前となって、各国貴族から商人、流れ者まで我が国の諸々を品定めに来ている様々な()()()が来ているからな、部隊ごと衆目がある場所で行動させれば示威には丁度よかろう」

 

 街中で怪しい動きをしている旅行者・観光客、祭りの空気にあてられて問題行動を起こしている者やそれに便乗する者、帝国首都で自国の権威が通じると思って横暴な真似をしているおのぼり貴族。

 そういった連中をまとめて黙らせる為に《刃衆(エッジス)》を完全装備で練り歩かせているらしい。

 かの部隊は人数的には小隊規模――文字通りの精鋭だけの集まりなので、少ない人員の武威で以て治安維持を行うというのなら、確かに最適ではある。

 数では無く戦力、という視点でみれば、オーバーキルというか過剰にも程がある方法なのだが、その分有効な手法であるのも確かだった。

 

 

 

 ――まぁ、尤も。その部隊の長である少女は、本日に限っては別の任務を捻じ込んで来た為に現在は北区のとある工房に向かっている最中だろうが。

 

 

 

「大祭の準備期間に入ってからというもの、毎日毎日しっかり激務を熟しているウチの隊長殿に便宜を図って下さいますよね陛下?」

 

 そんな言葉と共に、作成した申請書を皇帝である己のもとへと直に持って来た《刃衆(エッジス)》顧問の、目だけは笑ってない笑顔を思い出して。

 

「また髭が左右非対称になってはたまらんからなぁ……余ってば一応この国で一番偉い人間なんだが」

 

 そんな風にボヤいて、スヴェリアは遠くを見やる目付きで苦笑いを浮かべたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色とりどりの様々な飾り付けによって一層華やかになった帝都の街中を、完全武装の黒を基調とした外套(コート)の一団が歩みを進める。

 数名程度に分けて其々に割り当てられた区画を巡回しているのは、帝国最精鋭の呼び声高い騎士達――《刃衆(エッジス)》の一団だ。

 

 その内、中央から西区に向けて移動している者達――銀髪サイドテールの少女に率いられている者達の最後尾から、不満そうな声が上がった。

 

「ちょーダルいんですけどー。陛下もなんであたし達に巡回なんてさせるのか意味わかんなーい」

 

 両の手を後頭部で組んで、言葉の通りにに退屈そうな表情でブーたれるのは、先頭を行く銀髪の少女より少しばかり年上の娘だ。

 褐色の肌に微かに色付いた金髪という、遥か大昔に大陸外からやってきた流民の特徴を色濃く継ぐ彼女の両腕には、細身の身体には少々不似合いな程に頑強そうな一対の籠手が装備されている。

 

「これも仕事の内よ。文句ばっかり言ってないでちゃんと周囲を見なさいシャマ」

「でもさぁふくちょー、《刃衆(あたし達)》がこーやって歩き回ってんのに目の届く範囲で馬鹿やる奴なんていなくないですかー?」

 

 振り向きもせずに部下の文句を切って捨てる銀髪の少女――アンナだが、シャマと呼ばれた娘は益々やる気なさそうに右に左に身を揺らして石畳の街路に転がる小石を蹴り飛ばした。

 シャマの前を歩いている特徴的な金髪の巻き毛をした少女が振り向いて、呆れた様子で声をあげる。

 

「今朝方、巡回の令が出た際にサリッサ顧問から説明を受けましたでしょうに。あの場には部隊の全員――シャマダハルさんもいらっしゃった筈ですが」

「やだなぁローレッタちゃん。あんな早い時間に呼び出されてさぁ、その上ネイトさんのちょーながい説明とか眠くなるに決まってるっしょー」

「珍しくしっかり話を聞いてると思ったら居眠りしてましたの……いえ、ちょっとお待ちになって。(わたくし)の記憶違いでなければ、貴女眼を開いて話に頷いていた様に見えたのですが……」

「眼を開けたまま寝るとかよゆーだしー。頷いてたのは船漕いでただけじゃね?」

「あれで寝てましたの!? 怖っ!?」

 

 年若い少女達がきゃいきゃいと年相応に会話をする声を背に、アンナの直ぐ後方に追従していたこの集団における唯一の黒一点――ダークブラウンの髪を短く刈り上げた男がしみじみと呟いた。

 

「今日は延々街中を歩かにゃならんってのに、お前らは元気だねぇ……俺ぁ終わった頃には足が棒になってそうで今から不安だってのに」

 

 軽装に類される装備の少女達とは違い、外套(コート)の下にハードレザーの鎧と帷子を着込んだ男の背では、幅広の両手剣が鞘に納められている。

 懐から紙巻き煙草を取り出した男は、掌に小さな魔法の火を生み出すと咥えた煙草に火をつけ、深々と煙を吸い込んだ。

 漂って来る紫煙に、シャマが露骨に嫌そうに手を振って煙を払う仕草を見せる。

 

「ちょっとそこのおじさーん? 周りが淑女(レディ)しかいない仕事場でヤニ吸うとか有り得ないんですけどー?」

「嫌なら後ろをちんたら歩いてないで副長の隣にでも行きなさい。そもそも煙の美味さも知らん小娘が淑女(レディ)とか説得力が無いね」

「うわー、堂々と最悪な事いってるんですけどーこの人」

 

 暫くはそのまま煙の美味さとやらを堪能していた男だったが、ローレッタと呼ばれた金髪の少女からも控え目に「髪に臭いが付くので……」と嫌がられ、先頭を行く上司からは「そもそも歩き煙草は感心出来ないよ、ローガス」と注意まで受けてしまい、肩を落としてすごすごと最後尾に移動した。それでも咥えた煙草の火を消す事は無かったが。

 

 なんとも気の抜けたやり取りをしている様に見えるが、実は四人が四人ともそれなりに周囲に気を払って巡回の任を果たしている。

 

 先のシャマの言葉通り、道の端に屯していたガラの悪そうな青年達が四人の姿を視界に入れた途端、微妙に背筋を伸ばしてさり気なく壁際に寄った。

 先程からバリエーションはあれど何度も見た光景だ。

それも当然である。他の騎士達でも同様の結果になるだろうに、自分達がフル装備且つ集団で歩いているのだ。

 一応は周囲を見て知覚を広げているものの、シャマからすればこの結果は当然過ぎて退屈に過ぎた。

 

「あーもー。つまんなーい。今日は半上がりの予定だったからカレぴとデートでもしようと思ってたのにご破算だしー」

「あらまぁ……それは災難でしたわね。御相手の方にはきちんと連絡はなさいましたの?」

 

 先輩の発言を自身の身に当て嵌めて想像し、気の毒そうな表情をするローレッタだったが、最後尾を歩く男――ローガスが鼻を鳴らして笑う。

 

「ブフッ……! お前この間もそんな事言っといて、実際の休みの日には芋っぽい麻の上下と履物(サンダル)で屋台の串焼き買い込んでたじゃ……」

 

 次の瞬間、ローガスの眼前を銀光が奔り、咥えていた煙草が半ばから斬り落とされる。

 

「うおぉっ!? ちょっ、あぶねぇ!」

「喉から直に煙吸いてぇなら続きを言ってみろ、ヤニカス」

 

 反射的に慌てて身を引くが、ドスの利いた低い声と共に喉仏に押しあてられた冷たい感触に、ローガスはピタリと口を閉ざした。

 降参といわんばかりに両手を上げる同僚の姿に、シャマがお返しの様に鼻を鳴らして籠手から飛び出した剣刃(ブレード)を引く。

 

「まったくもー、女の子のプライベート情報をべらべら喋るとか、デリカシーが足りなくない? ちょーありえなーい」

「街中でしょーもない理由で得物を抜くな」

「ぐげっ!?」

 

 別人の如き低音ボイスから直ぐに元のキャピッ☆とした声のトーンに戻ったシャマの頭頂に、間髪入れず上司の拳骨が突き刺さった。

 頭を押さえて蹲るシャマを半眼で見下ろしたアンナは、変わらぬ目付きのままじろりとローガスを睨め付ける。

 

「シャマの味方をする訳じゃないけど、アンタの発言も迂闊よ。この()がそっち方面で見栄っぱりな事なんて今更言うまでも無いでしょうに」

「あー……すいません、確かにちっと配慮に欠けてました」

「ちょっとぉ! 二人してひどくない!? っていうか見栄っ張りとかいうなし! それを知らない娘(ローレッタちゃん)だっているのに!」

 

 頭のたんこぶを押さえ、褐色の少女が抗議の声で二人の言葉を遮るが、時既に遅し。

 年上の学者先生と順調に良い仲となっている金髪巻き毛の少女は、非常に生ぬるい温度の目付きで先輩にあたる同僚を見つめ、その肩にそっと掌を置く。

 

「その、頑張ってくださいシャマダハルさん。貴女ならばきっと良い殿方と巡り合えますわ」

「ローレッタちゃんまで!? ちょっとぉ、これあたしの立ち位置じゃないっしょー! 弄られて喚くのはトニーの奴の担当だしー!」

 

 先輩としての威厳が明らかに目減りしたのを感じ取り、シャマが悲鳴の混じった嘆きの声を上げた。

 

 

 

 巡回といっても、今回彼らが行うのは祭りで増えた荒事の芽――それらの原因となる者達への示威行為の側面が強い。

 昼時に差し掛かると休憩がてら、手近なカフェに寄り――その際にも敢えて人目を惹く様に一行は外のテラス席へと腰を落ち着けた。

 

「さて、西区の方は往復したし、次は北側ですかね?」

 

 早速パンに腸詰を挟んで赤茄子のソースをかけた品を頬張り、後の予定を確認するローガスにアンナも頷く。

 

「一応ね。北区はトラブルを起こしそうな層の観光客は殆どいないと思うけど、最低限は見て回るわ」

「あ、副長。それならファーネスさんの工房によってもよろしいでしょうか? (わたくし)、本来なら今日中に整備して頂いた武具を受け取りに行く予定でしたの」

「今日の話自体、結構急だったもんねぇ……アンタは私と同じく闘技会に出る予定だし、整備後の武具の使い心地をチェックする時間も要るか……」

 

 本当に受け取るだけになっちゃうけど、良いわよ。と上司の御許しが出た事で、ドワーフの名工に拵えてもらった己の新たな武装(あいぼう)が帰って来る事に、ローレッタが御機嫌な調子で礼を述べた。

 同僚達の会話を紅茶片手にマフィンを齧りながら聞いていたシャマが、思い出したように顔を上げる。

 

「そういえばふくちょー、闘技大会の解説の人ってー、わんこくんじゃなくてグラッブス司祭になったってマジですかー?」

「あぁ、そういえばシャマ、アンタは解説役に立候補したっていってたっけ。交代の話はマジみたいよ、アイツはピーク時の警備の方に廻ったって聞いてるわ」

「あちゃー……マジかぁ、ざんねーん。久々に一緒に仕事するチャンスだったのになー」

 

 大盛りのパスタをもりもりと片付けながら答える上司の言葉に、言う程残念そうでは無い表情でマフィンを紅茶で喉奥に流し込む褐色の少女。

 そんな彼女に対し、ローガスが呆れを隠さない視線を向けた。

 

「お前……いくら付き合う相手が欲しいからって猟犬の奴は駄目だろ……隊長と鞘当て(物理)する自信とかあるのか? 死ぬぞ、マジで」

「恋愛に武力を絡ませるとかその時点でおかしいっしょー。ほら、わんこくん今は傭兵擬きだけど将来性とかは馬鹿みたいに高いしー、貯金も前に聞いた感じだと相当あるみたいだしー、ここは可愛いあたしちゃんの魅力でクラー、みたいな?」

 

 冗談ではあるのだろう。ケラケラと笑ってお代わりの紅茶を啜る褐色肌の少女の表情には、"わんこくん"に対する友愛以上の感情は見受けられない。

 ただ、おふざけにしても対象が不味い。件の青年に向けて、彼・彼女達の部隊の長が只ならぬ重さの感情を向けているというのは新入りのローレッタ以外には周知の事実だ。

 

 懲りずに「ここだけの話、何気に優良物件ではあるよねーわんこくん」と呟いて二つ目のマフィンに手を伸ばすシャマに、ローレッタが新たに知り得た愉快な情報も合わさって興味深そうな顔を、ローガスは怖いもの知らずを見るような戦々恐々とした顔を、其々に向けた。

 ちなみにアンナは我関せずとばかりに黙々とパスタを咀嚼している。

 

「まぁ、そんな訳でさぁ? 今回の闘技会での共同のお仕事で、わんこくんと良い感じになる予定があったって事よー」

「そりゃまた糞度胸が過ぎるな――シャマの奴はこう言ってますが、どうですか、隊長?」

 

 彼女の背後に向け、ローガスが視線を向けて問いかけた瞬間。

 ドンッ! という空気の壁に強固な物を叩きつけた様な鈍い音が響き、褐色肌の少女の姿はカフェテラスから一瞬で掻き消えた。

 

「……そこまでビビるならそんな危険なネタで一席打とうとするなよ」

「見事な身のこなしと速さですわね! ……技を行使した理由が聊か以上にアレですけど」

「……冗談にしても性質(タチ)が悪ィんだよヤニカスゥ! 心臓が止まるかと思ったんですけどー!」 

 

 同僚二人が見上げた先――陽が落ちれば魔力の光を灯す街灯の天辺にしがみつくようにして、シャマが避難している。

 ローガスの冗談を聞いた瞬間の驚愕と恐れが残っているのか、髪の毛を逆立ててフシャーッっと猫の如く眼下の同僚を威嚇している少女に向け、パスタを片付けて口元をナプキンで拭っていたアンナが無情にも追撃を入れた。

 

「なんでもいいけど、今アンタがそこに跳ぶ為に踏み込んだ石畳、修理費は給料から天引きしておくから」

「ちょっ、えぇーっ!? そりゃないですよふくちょー!」

「あるわい。かくいう私も来月と再来月の給料、闘技場の壁ぶっ壊したせいで天引きだからね」

 

 アンタも道連れよ、と実に良い笑顔でニッコリする上司と、最悪ぅー! と叫んで天を仰ぐ部下。

 

 ぐったりと項垂れたシャマが、ややあってノロノロと街灯から降りようとして――途中で何かに気付いた様子で動きを止めた。

 掌で庇を作り、目を細める。

 その視線はカフェから離れた街路に向けられていた。

 

「……どうかなさいましたの? シャマダハルさん」

 

 小首を傾げるローレッタの疑問の声に、端的に答える。

 

「絡まれてる娘、はっけーん」

 

 言うや否や、くるりと街灯の天辺部分を掴んで半回転した。

 鉄棒の車輪運動の如く身体を廻して爪先を街灯に乗せると、一瞬で全身を魔力強化。足元の街灯を蹴りつける様にして跳躍する。

 上空に跳んで近くの建物の屋上に着地。屋根伝いに走り出してあっという間に小さくなってゆく背中を見て、金髪巻き毛の少女が慌てて立ち上がり、同僚の行動に慣れている他二人は泰然と席を立った。

 

「ちょっ、前々から思っていましたが、猫みたいな方ですわね!?」

「追うわよ――ローガス、ここの支払いしといて。後で経費で落とすから」

「了解。まぁ、シャマの奴だけで問題無いとは思いますが、お気をつけて」

 

 装備と戦闘スタイルの関係でこの面子では一番足の遅いローガスに店の支払いを任せ、身軽な二人が即座に跳躍した褐色の少女を追跡する。

 流石に何百メートルも離れている訳でも無い。見慣れたその姿は直ぐに見つかった。その傍にはシャマ曰く絡まれていたらしい女性の姿もある。

 

 更にその向こうには、慌てた様子で駆けていく複数の男達の姿があった。

 ローガスを除けば見目の良い美少女の集団ではあるが、帝国の紋章が刻まれた黒の外套(コート)――《刃衆(エッジス)》の隊服を見てか弱い小娘、と判断するお花畑は滅多にいない。上空から降ってきてスーパーヒーロー着地を決めたシャマを見て、そそくさと逃げ散った様だ。

 仮に侮る輩が居たとしても、いつぞやの闘技会予選会場のごとく壁に埋まるか顎を割られて地面に這うかの二択である。

 

 男達を逃がしたのは少々片手落ち感があるが、女性からは特に怯えてる様子も感じられ無い。少し強引なナンパ程度なら追う必要もないだろう。

 そう判断したアンナは、ローレッタと共に走り寄る速度を落として部下と女性のもとに歩み寄った。

 

「助かりました。道を知りたかっただけなんだけど、一緒に遊ぼうとしつこくて」

「全然だいじょーぶだって、これも騎士の仕事ってやつだしー……それより、お姉さん凄くない? スゴいっていうかヤバくない?」

 

 つば広の帽子を被り、ケープを羽織った女性と向かい合い、どこか興奮した様子で話しかけるシャマ。

 彼女は追いついて来た二人に気が付くと、手招きして声を張り上げた。

 

「あっ、ふくちょー! ローレッタちゃん! 見てよコレ! このお姉さん……めっちゃオッパイデカいんですけど!」

「ふぇぁっ!?」

 

 女性から素っ頓狂な声が上がる。

 何故だかすげー嬉しそう且つ興奮した面持ちで、対面の女性の脇下に手を入れ、下からその豊かな双丘を掬い上げておっぱいとか叫び出した部下を、アンナは普通にブン殴った。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、北区の工房に……」

「うん、ちょ、ちょっと個人的な事情があってね、此処の通りは少し歩き辛いというか、まだ記憶に新し過ぎるというか……」

 

 地図を片手に目的地への道を探す女性に、その隣で同じくその地図を覗き込んだアンナが一つ頷く。

 どうやら、シャマがセクハラ行為を行ってしまった女性は北区にある帝国認可のとある工房へと用事があったらしい。

 地理的には北区最奥にあるマイン氏族の工房へと続く通りを進めば良いのだが、個人的な事情があってその道を避けたかったのだとか。

 

 後から追いついて合流したローガスが、地図についた印を見てアンナに耳打ちする。

 

「副長……この店、確か今日……」

「えぇ、隊長がアイツと一緒に向かった店ね」

 

 奇妙な縁というか、渡りに船というか。

 彼女達の部隊の長である少女が、なんとか予定をつけて自身の想い人である青年と一緒に向かった工房であった。

 

「このお嬢さんをエスコートするのにゃ、文句も問題も無いですが……図らずとも出歯亀になっちまいそうで怖いですね」

「まぁ、そうね。正直、あの駄犬が隊長にやらかしてないか気にはなっていたけど」

「それに関しちゃ同感です、バレたら後が怖いですがね」

 

 返答に同意を示したこの場における唯一の男は、無意識に胸元のポケットから紙巻き煙草を取り出そうとして――流石に一般の女性の前で火を付けて一服するのは躊躇ったのか、何も手にする事無く手を下ろして肩を竦める。

 ちなみに、同性とはいえ通りすがりの一般人に盛大にセクハラしたシャマは、アンナに鉄拳制裁された後にローレッタに正座させられ、石畳の街路の上で懇々と淑女(レディ)の扱いについて説教を受けている。先輩としての威厳は既に目減りを通り越して底値をついた様子だった。

 

 その光景を眺めながら、妙な既視感を覚えてアンナが首を傾げていると。

 

「えぇと……無理を言うつもりはないよ、この時期、帝国騎士(きみたち)も忙しいだろうからね、地図もあるし、時間さえかければ――」

 

 遠慮がちに切り出されたその声に、我に返る。

 脳裏に浮かんだ、苦手な人物――三角眼鏡をギュピィィンと光らせて御説教してくる鬼の様なシスターの顔を頭を振って追い出して、なんとか一人で向かってみるという女性の言葉を否定した。

 

「いえ、大丈夫……この店はウチの隊の外套(コート)なんかも手掛けてるの。何度も行った事があるし、貴女が嫌がるルートも避けて向かえる筈よ」

 

 巡回のついでに、送っていくわ。と、安心させる様に笑顔を向けるアンナに、女性――蜂蜜色の髪をした、シャマと同年代に見える彼女はホッとした様子で胸を撫で下ろし、微笑む。

 

「ありがとう。案内してもらえるというなら、正直助かるよ――僕は《陽影》。工房までの短い間だけど、よろしくね騎士様」

「あ、魔族領からのお客さんだったんだ? 私はアンナ=エンハウンス、ようこそ帝国へ。これから向かう工房もそうだけど、お祭りも楽しんで行ってね」

 

 軽く握手を交わして、自己紹介を終えると。

 アンナは未だ地面に正座させられている部下とそれを御説教している部下に声を掛け。次いで、口寂しそうにしている部下にも行くよ、と促して。

 道案内する事となった《陽影》と共に北区の道を進む事となる。

 

 

 

 奇縁の成せる業か、或いは只の偶然か、はたまた天にまします女神の悪戯か。

 一人の駄犬(せいねん)を中心として、彼に様々な想いを寄せる少女達が、一所に集結しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次回、グラウンド・ゼロ。


レティシア&アリア

姉が妹を引っ掴んで北区に向かって爆走中。
具体的に何処の工房とかは知らんが虱潰しに当たって犬と隊長ちゃんのお買い物に乱入する気満々。
尚、引っ張られて殆ど宙に浮いている妹的には二人の処に向かうのは賛成だが少し落ち着いて欲しいとか思ってる。諦め半分だが。


帝国のえらいひとたち

当面の厄介事を片そうと呼び出しかけたら片付くどころか疑問が増えて振り出しに戻ったでござる(白目


見回り刃衆

ローレッタ=カッツバルゲル
無事闘技会本選に出場決定したし、もう少ししたら見習いっていう肩書も取れそう。入隊が念願だった最精鋭部隊は皆、戦士として尊敬できる先達ばかりだけどプライベートではちょっとアレな人も多いと気付き始める。

シャマダハル=パタ
褐色系ギャル。
地毛だし地肌だし、紛れも無く現地人なのだが、駄犬と初顔合わせしたときに真顔で平成の渋谷あたりから転移してきてない? とか聞かれた事がある。
絶賛彼氏募集中。お洒落やお化粧といった女子力は高いのだが、人前では、と付く。プライベートだと芋ジャージに髪ゴムで括った頭でコンビニに行くタイプ。

ローガス=クレイ
元冒険者。ネイトとは同期の桜でプライベートでは友人。
両手剣を巧みに扱う熟練の戦士。
身形もこざっぱりしてるし、割と常識人であり、人当たりも悪くない。
でも飲む・打つ・買うの内、真ん中以外に頻繁に金を注ぎ込むタイプなので女騎士の多い刃衆では顰蹙を買う場合が多い。


アンナ&クイン

意図せず出会い、一時的に行動を共にする事に。
無自覚に爆心地へと爆薬の追加輸送を行っている副官ちゃんの明日はどっちだ。







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