俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

72 / 120

爆心地を書いてたら
「……そういえば隊長ちゃんとイチャつく話って未だにちゃんと書いた事ねーな」
って気付いて急遽追加。

そんな訳で前回の次回予告は更に次回に持ち越しになりました、ごめんなさい(低頭

※4月1日に加筆修正しました。



その頃、猟犬と戦乙女

 

 なんだかここ数日は、北区――職人の工房やそれに関連する店舗が多く立ち並ぶ区域に用や縁が発生している気がする。

 

 帝国にやってきてからというもの、ちょいちょいと挨拶したり王城内で軽く話す程度しか出来ていなかった隊長ちゃんから先日お誘いがあった。

 彼女曰く、闘技大会で頼んだ仕事の報酬――それの先払いの準備がやっと出来た、との事。

 

「《大豊穣祭》が始まる前には済ませる予定だったんですけど……こんなにギリギリになってしまって申し訳ないです」

 

 申し訳なさそうに首を竦ませて言う隊長ちゃんだったが、騎士団を筆頭に帝都中の文官武官が忙しく準備に奔走してるのは見てりゃ分かる事だ。

 副官ちゃんも大概忙しそうにしてたし、その上官である隊長ちゃんが輪を掛けて激務なのは分かり切った話よ。文句なんぞ出る筈も無い。

 

 そんな訳で、今日は隊長ちゃんの案内で服飾から鎧下まで、布製品をメインに取り扱っている工房にお邪魔する事となった。

 

 ファーネスのトコの工房ほど大きくないが、それでも帝国でも指折りの職人達が務めている場所らしい。

 鍛冶師が金属の表面に魔力を通す為に刻む魔力導線。

 それを刺繍――というか、針と糸を使って一種の魔法の構築陣を作り出す事で布製品に魔装処理を施す技術は、帝国が現皇帝陛下の代になってから開発したものだ。

 当然、その技術は今も開発元である帝国の独壇場。

 出回った品を元に再現しようとしてる国も多いみたいだが、粗悪な劣化品とすら呼べないパチモンが関の山って感じみたいね。

 生産量は職人個人の突き抜けた技量に頼る部分が未だ大きいのか、量産は現段階でも難しいみたいで、魔装処理された服と鎧のフル装備なんていうのは騎士団の将官クラスとか、《刃衆(エッジス)》みたいな一部の精鋭だけみたいだが。

 

 ちなみにウチの聖女様達が着てらっしゃる白を基調とした僧服も、帝国に依頼して作った同製品の最上級らしいです。

 今は普段から見慣れてる服装なんで感覚が半ば麻痺しとるが、初めて金額を聞かされた際には服を汚したり破損させたりするのが怖くなってね。あんまり触らない様にビクビクと距離を取ってたら中身であるシアリアにめたくそ怒られた。

 

「たかが服のせいでいきなり友達(ダチ)に距離とられたオレの気持ち、解かるかね?」

「昨日変に離れようとした分……今日のにぃちゃんの膝はボクの椅子だからね!」

 

 ニッコリ笑ったシアに頬をつねられた後、慣れろといわんばかりに負ぶさってチョークを決められ、リアには膨れっ面で丸一日膝上を占拠され、その日はひたすらに二人の御機嫌取りをしていたのは今でも記憶に鮮やかだ。あれはたいへんでした(白目

 

 まぁ、とにかく。金属製、布製併せて帝国の誇る魔装技術は人類種で二番目に優れた防具を生み出すと世界各国が認める処だ。

 じゃぁ一番は何かって? 教国(ウチ)のゴリラの筋肉だよ。初めて聞いたときは草生え散らかしたわ。

 実際、ファーネス達マイン氏族も魔装に関する当面の目標は『ガンテスの防御力を超える事』らしいからね。

 

「アタイ達がご先祖様から受け継ぎ、発展させて来た武具の技法が、人体の強度に劣るってのは中々に衝撃的な話さ……ガン坊が現役の間に実現したいもんだねぇ」

 

 初めて見たときにゃ、人生で一番に驚いたよ……と、何だか遠い眼をして呟いていたドワーフの代表殿の御顔が思い出される。

 普段、あのおっさんと割と関わる事が多い身からすると頑張ってください、としか言えない……。

 すいません、あの筋肉(ゴリラ)未だ成長中なんですよ。流石に成長率はもう極々緩やかなんだろうけど。

 

 つらつらとそんな事を考えつつ、すっかり行き慣れた中央の噴水広場までの道程を歩く。

 今回の報酬支払――俺用の布製魔装の仕立てにはシアも同行したい、って言ってたが、生憎と姉妹(きょうだい)揃って最後のお仕事である慰撫会(パーティー)に出席中だ。

 あくまで特別にゲスト参加してちょっと声掛けして会場廻っておしまい、といった体なので、帰って来る時間自体はそう遅くは無いんだが……隊長ちゃんとは割と早い時間に約束しちゃったし……悪いが今回は俺一人で向かわせてもらおう。なんか詫び代わりに件の工房でお土産でも買っていくかね。

 

 広場に到着すると、辺りを見回すまでも無く隊長ちゃんの姿は直ぐに見つかった。

 清涼感のある水音を響かせる女神像の前に立つ、黒を基調とした外套(コート)――《刃衆(エッジス)》の隊服を纏った黒髪の少女。

 こちらに背を向けて噴水像を見上げる腰に刀を佩いた長身は、後ろ姿だというのに凛としていて実に様になっている。

 

 うーむ、やはりかっちょいいなこの娘。穏やかな雰囲気だからイメージ的には柔らかい印象なんだけど、見た目的にはキリっとした美人だしね。

 近付きながらその背を見つめてしょーもない事を考えてる俺の視線を感じ取ったのか、彼女が振り返る。

 今さっき述べた様に、一見するとクールな印象を与えるお人形さんの様な整ったお顔が、パァっと柔らかく笑顔を花開かせた。

 

 やぁ、スマンね。待たせちまったみたいで。

 

「いえっ、私もついさっき来た処ですよ――それでは、今日一日よろしくお願いしますね、先輩」

 

 片手を上げて軽く挨拶すると、隊長ちゃんは御機嫌な様子で返してくれる。

 なんだか男女逆な台詞を互いに口にしつつ、本日の予定は始まった。

 

 

 

 

 

 

 どうも隊長ちゃんは本来はお休みの日だったらしい。

 私服で来ることも考えたけど、俺への報酬支払が今回のお出かけの主旨。

 職務の一環と言う事で結局はいつもの隊服と装備でやって来たのだとか。

 真面目やなぁ……実質俺の為に休日勤務してくれてる状態だ、私服で来ても気にしないのに。というか寧ろちょっと見てみたいぞ。

 そう言ってみたのだが、彼女はちょっと悪戯っぽく笑って耳元の髪をかき上げて見せる。

 

「部隊の皆が休みを取れと言ってくれましたけど、その皆は今も急な陛下の命で帝都中を巡回中ですから。私も隊服で過ごせば少しは見回りの一助になると思ったんです――それに、ほら」

 

 隊長ちゃんは少しだけ頭を傾けて、横を向いて見せた。

 再会してから数ヵ月立って、肩口の辺りまでばっさりと切ってあったその綺麗な黒髪は、セミロングくらいの長さになって今はショートポニーテールの形で纏められている。

 髪型の由来通り、馬の尻尾の様になっている髪留めで止められた部分には一本の銀の輝きを放つ簪が刺してあった。

 あー、俺が贈ったやつやん。付けてくれたのか……うん、似合う似合う。この手の品の審美眼なんて欠片も無い我が身ではあるが、こればかりは結構良いチョイスだったんじゃなかろうか。

 

「ふふっ、ありがとうございます。本当はお休みの日だし、これくらいはいいかなって――出来れば贈ってくれた人に刺して貰いたかったんですけどね?」

 

 おぉっと、そいつは申し訳ない事をした。機会があればお嬢さんの御髪に触れる栄誉を授けて頂きたく。

 

「はい、そのときが来たら改めてお願いしますね」

 

 やっぱり悪戯っぽい笑顔のままで、クスクスと小さく笑いを零し、揶揄う様に小首を傾げる彼女に、同じくお道化て一礼して見せる。

 祭り前にやっとこ取れた折角の休日だってのに、俺のせいで潰れた様なもんだからね。隊長ちゃん本人は良い娘だからそんなの気にしないだろうが、せめて楽しめる時間になるように努力は惜しまんよ。

 件の工房に向かうのに正確な時間指定は無いってって話だし、ここはちょっと寄り道して《刃衆(エッジス)》の長殿を接待してもよろしかろう。

 言葉にしてしまうと遠慮してしまうかもしれないので、あくまで俺が一緒にブラつきたい、という形で隊長ちゃんに提案すると、彼女はとても嬉しそうにOKを出してくれた。

 

 よっしゃ、それじゃ行くとしよう!

 

「えぇ、行きましょう!」

 

 軽く拳を振り上げて出発じゃぁ、と気合を入れると、控え目ながら胸元で拳を握ってノってくれる。ちょっと恥ずかしそうだけどそれも可愛いからヨシ!

 

 

 

 

 

 

 何度か言ったと思うが、帝都の北区は職人の工房とそれに関連する店舗が集中している区画だ。

 契約を結んだ商会に卸してる品なんかはそっちの店に行かないと無いが、試作品や工房の特色が強く出てる品みたいな面白アイテムやら掘り出し物なんかはこっちの方が断然多い。

 あと、意外と露店も結構ある。

 これは職人のお弟子さんとか、或いは北区以外の区画から来た職人なんかが品を広げてるんだとか。

 掘り出し物や珍しい物を目的に北区に来てる人なんかが、結構足を止めて露店を物色するので客入りも悪くないらしい。

 

 ――かく言う俺もその一人。隊長ちゃんとお喋りしながら歩く中、通り過ぎようとした露店で纏め売りされてるシャツらしき品を発見して足を止めた。

 

 ……おぉ! Tシャツかコレ、悪く無いぞ!

 どっかの工房の若い衆らしきあんちゃんが石畳に敷物を敷いてその上に品を広げた簡易な店。

 そこで売りに出されている丸首のシャツは黒地と白地、二種のシンプルな品だ。

 胴の真ん中には荒々しい筆書きで『鳥かわ』だの『鳥もも』だの『ねぎま』だの、日本語で焼き鳥のメニューが書かれている。

 

 こっちで日本語のダサTがあるとは思わなんだ、これは買わねば(使命感

 

「あら、本当……珍しいのもありますけど、これはなんと言うか、先輩が好きそうなデザインですね」

 

 隊長ちゃんが苦笑しながら後ろから覗き込んでくる。

 えぇやんダサTシャツ。戦いが終わった後、鎧ちゃん完全起動状態から解除したときに着てると周囲の緊張や警戒が一発で霧散するんやぞ。見える様なコーデにせんといかんっていう前提あるが。

 

 ……ん? 過去にシアからは手持ちの品で爆笑を頂いた記憶があるが、隊長ちゃんにはやったこと無い様な……前にこの手のやつ持ってるって話した事あったっけ?

 

 俺が首を捻ると、彼女は少し慌てた様子でパタパタと手を振る。

 

「あっ、いえ。単純に先輩はこういうの好きそうだなーって……実際、その通りみたいですし」

 

 うむ、正解です。とりあえずメニュー別に全種買っておこう。

 五種類くらいある焼き鳥メニューの書かれたシャツを購入すると、まとめ買いしてくれたサービスに露店のあんちゃんが手提げの袋を付けてくれた。

 

「このペースだと帰るまでに手荷物が一杯になっちゃいますよ?」

 

 この区画入って即行で買い込んじゃったからね。気を付けます。

 単に俺が欲しかったというのもあるが、楽しそうな隊長ちゃんの笑顔も見れたので購入自体に後悔は無い。帰りに新しい服か外套も一着追加される事を考慮して買い物せんと、後でエラい事になりそうなのは確かだが。

 

 二人してゆったりしたペースで再び歩きだす。

 

 そういえば、副官ちゃん経由で"《刃衆(エッジス)》に入隊希望の有望な娘が帝国に向かってる"って手紙送ったと思うんだけど……この間、闘技会予選手伝ったときに見たよ。予選も突破したみたいだね。

 

「ローレッタさんの事ですか? 確かに先輩が良い腕だと仰るだけあって、簡易的に行った入隊試験にも一発合格してみせましたね。私としてはそろそろ見習い、って肩書を外しても良いと思ってます」

 

 お、そりゃ良かった。憧れの部隊に入隊出来た上に、上手くやれてる様で何よりだわ。

 ――そうだ! 縦ロールちゃんといえば彼女の先生であるマメイさん! あの人の研究って進捗がどうなってるか何か聞いてない? めっちゃ気になるんだけど!

 

「お味噌とお醤油の事ですね、勿論私も偶にローレッタさんに尋ねたりしてますっ。帝都内の醸造所にお味噌の量産に向けたスペースを借りたみたいで――」

 

 隊長ちゃんと二人でじっくりと話すってのも久しぶりだ。そのせいか、会話も弾む。

 戦争中は特殊部隊トップと聖女の護衛っていう互いの立場もあって、どうやっても合間合間に殺伐としていたり、暗い内容の話を挟まざるを得なかったが……そういった気の滅入る要素が一切ない『これから』を語るのは、やっぱり気分がアガる。

 これに関しちゃ誰と会話していても、しみじみと噛みしめる事になるんだけどね。二年程死んでたせいで、俺個人の主観的には最後の戦いが終わって数ヵ月くらいだし。

 

 にしても、話題が尽きないせいもあるが、やはり会話自体が楽しいせいもあってかなり話し込んでしまっているな。

 ――そんな訳で、喉と舌にも休憩という名の潤いを与えたくなったんだが、どうでしょうかお嬢さん。 

 

 遠回しにどっか適当なお店に入って何か飲もーぜ、と提案すると、隊長ちゃんも夢中になってお喋りしてた分、水分が欲しくなったのか「そうですね、時間にも余裕がありますし」と頷いてくれた。

 

「それなら、この先にお勧めの喫茶がありますよ。ファーネスさんの処で装備のメンテナンスをしてもらったあと、偶に寄るんです」

 

 隊長ちゃん曰く、お店の人とも顔馴染みらしく、品も含めて中々良い店なのだとか。

 立地的に客層は北区の職人連中だろうしね。どういうジャンルであれ、雑な『仕事』には手厳しい人種なので、自然、成功してるお店のクオリティは一定以上が保障されている。

 客としても助かる話だ。この世界、やっぱ元の世界――日本と比べると店の当たり外れは結構多い上に落差が激しいので、取り敢えずどこ入っても大丈夫っていう安心感は貴重っすわ。

 

 歩き出してからこっち、ずっと御機嫌な隊長ちゃんが「こっちですよ、行きましょう」と言ってニコニコと嬉しそうに俺の手を取って軽く引っ張るのに合わせ、少し歩くペースをあげて彼女のお勧めの喫茶店に向かう事となった。

 

 

 

 

 

 

 ――で、だ。

 

 今現在、向かい合わせで座る二人の間には、一つの大型のグラスが置かれている。

 透明度の高い硝子に見事な細工が入ったソレは、この北区の工房に注文した品なのかもしれない。

 グラスには綺麗な薄桃色の液体が満たされ、漂う香りからして新鮮な果汁をたっぷりと使ったフルーツジュースである事が伺えた。

 氷と一緒に浮かんでいるのはミントか何かの小さな葉と、チェリーみたいな小粒の果物だ。飲み物としても良い品らしいが見た目も可愛らしい一品である。

 

 ――問題は、そこに刺さった麦わらのストローだ。なんで二本刺さってんねんオイ。

 

 しかもこのストロー、ぐるりと曲線を描いてハートっぽい形状になっとる。プラ製でもないのによくこんな形に加工できたな。地味に凄くないか?

 流石に知ってるぞ。これアレやろ、カップルデーとかアベック限定とかそういう感じのサービスのある喫茶店で見るやつや。

 どうやら此処にも転移・転生者の無駄知識(ミーム)に影響を受けた店があったらしい。北区の客層で需要があるのかコレ。

 

 ちらりと対面の隊長ちゃんに眼をやってみれば、注文したものが予想の二十倍くらいコッテコテのバカップル仕様な恥ずかしい品だった事に驚愕し、固まっている。

 

 

 

 いや、発端は大したことじゃないのよ。

 隊長ちゃんに案内されて、二人で彼女のお勧めだという喫茶にやって来て。

 いざ入店してみると、店内は全体的に落ち着いた雰囲気と色合いで、なるほど、隊長ちゃんが気に入りそうな良い感じの店だというのがパッと見の評価だった。

 

「いらっしゃいませー、御注文の方は……あ、ミヤコさん! しばらくぶりですね!」

「えぇ、お久しぶり。最近はちょっとバタバタしていたの。久しぶりに時間が取れたから、来ちゃった」

 

 偶に来ているというだけあって、店員とも見知った仲らしい。

 彼女が注文を聞きに来た従業員と気軽に挨拶を交わして、さて、じゃぁ何を注文するかというタイミングで、その従業員――可愛らしいウェイトレス姿の店員さんがオススメしてきたのだ。

 

「ただいま《大豊穣祭》の開催記念として、男女のカップルでいらっしゃったお客様用のサービスメニューが販売してまーす、よろしければお試しくださーい!」

 

 ハキハキとした笑顔のセールストークに促され、メニュー表の最後尾を見てみれば――確かに急遽書き足したと思われる何種かの食べ物や飲み物が説明付きで並んで書かれていた。

 別に一人でも注文自体は出来るみたいだが……サービスとやらが利くとかなり値引きされるみたいで、軽い興味も手伝って隊長ちゃんがドリンクを、俺がお茶と菓子類っぽい軽食を頼んだのだが……。

 

「あ、割引サービス適用の為にはどちらの品も()()()で消費してくださいね! 明らかにカップルでも何でもないのに値引き目的で注文されるお客様もいらっしゃるのでその防止策って事で!」

 

 注文した品を持って来たウェイトレスさんは、テヘペロ、と聞こえてきそうな片目を瞑った茶目っ気たっぷりの笑顔でサムズアップして来た。可愛いけどなんか腹立つなぁオイ!

 ウェイトレスの彼女はその場から離れる気配が無い――これは、アレか。一口か二口くらいは()()()飲み方食い方するのを見届けるって事か。

 とんだ羞恥プレイじゃねーか(白目 

 本当のカップルだってンな目の前でガン見されたら羞恥の方が先に立つ人だっているだろうに。いや、思いっきり割引目的の俺達にそれを言う権利は無いんだが。

 

 うむ。"ヒャァ、この瞬間が毎度楽しみだぜぇ!" と言わんばかりにワクワクと眼を輝かせているウェイトレスさんには悪いが、此処は割引きは諦めて普通の注文という形にするべきだな。

 隊長ちゃんはその役職上、大層な高給取りだし、俺だって現在はプー太郎に近いとはいえ、大戦中に傭兵としてそれなりに稼いでいる。喫茶店でちょっとお高めの品を飲み食いする程度、全然問題無いのだよ。

 

 ふはは、目論見は外れたなぁ! 従業員のお嬢さん! ってなもんで、軽く手を挙げて割引無しで、と告げようとすると。

 

 ギクシャクとした動きでグラスに刺さったストローに顔を近付けた隊長ちゃんが、目を瞑ってえいやっ、とばかりにそれを口に含んだ。

 余程恥ずかしいのか、その整ったお顔どころか耳まで熱が灯って赤らんでいる。

 ギュッと目を閉じてストローを咥える彼女は、控え目に言ってももクソ程可愛くて眼福ではあるのだが……いや、ちょっと落ち着き給えキミ、その場の空気に流されて羞恥プレイする必要はないんやぞ。一旦冷静になれってばよ。

 通常価格で注文すれば問題無いんやで、と声を掛けようとしたら凄い興奮したウェイトレスさんの声がそれを遮った。

 

「キェェェァァーッ!! ヤバいミヤコさん可愛い! ホラお客さん早く! 早く一緒にやってあげて下さいよホラ! どうみてもオッケーでしょコレ待ってますよ男でしょ今こそ甲斐性をみせるときですよホラハリーハリー!!」

 

 えぇい、やかましいなこの娘!?

 途中から息継ぎを忘れてるマシンガントークも酷いが、音声ボリュームも大概デカい。というか最初の叫びなんか黄色い悲鳴通り越してまんま猿叫だったんですけど。チェストされそう。

 ちょいと前にシアやリアと行った聖都の高級店の店長といい、このウェイトレスの娘といい、俺が行く店の従業員はテンション上がるとネジ外れる系の連中が多過ぎる(白目

 

 天井を仰いで溜息を堪え――上を向いた首を戻すと、いつの間にか閉じていた瞳を開き、上目遣いでこちらを見上げていた隊長ちゃんと眼が合う。

 

「――――――っ!」

 

 彼女の口はストロー咥えたままなので、何かを言葉にする、って訳でもなかったのだが。

 相も変わらず真っ赤になった頬のまま、目が合うと慌てた様に再びギュッと瞼を閉じた隊長ちゃんは、なんだかちょっとだけ不安そうにも見えた。

 

 ――うむ、可愛い。が、そんな眼で見ないでくれぇ、なんだか自分が酷い事――ご褒美を今か今かと待ってるワンコかニャンコにお預けをしているような錯覚に陥るから!

 ウェイトレスさんに言われる迄も無く、流石にこの状況と彼女の態度から、望まれていることは察しが付く。

 

 もう一度、天を仰ぎ。空の変わりに清掃の行き届いた店の照明と天井を眺めて。

 照れ臭さを隠すようにガリガリと後頭部を掻いた俺は、意を決してストローに顔を近付けた。

 

 

 

 

 

 

 ――三十分後。

 

 体感的にはその数倍くらいの長さに感じた時間を乗り越え、俺と隊長ちゃんは喫茶店を後にする。

 軽く喉を潤してお菓子を摘まむ程度のつもりで入ったのに、なんで店出る時に激闘を終えた後みたいなフラついた足取りになってんねん、解せぬ。

 あの後、ドリンクだけでも色々な意味でお腹いっぱいになりそうだったのに、俺の注文した品――果物を練り込んだ焼き菓子にホイップらしきクリームが乗ったものだ――まで、ちゃんと二人で食べないと割引が利きません、とか笑顔でほざくウェイトレスの娘に押され、結局はそっちでもこっ恥ずかしい真似をする羽目になった。

 

 そこまで行くともうヤケクソで、二人してアーンして食べさせ合いっこしたわい。副官ちゃんあたりにバレたら普通にブン殴られそう(白目

 ジュースも美味かったし、菓子もお高い筈の砂糖をしっかり使っているのもあって甘味としては相当な物だったが……正直に言おう、多分二度と行かねぇ。もっかい同じことやったら悶死する自信しかない。

 

「……な、なんだか休憩がてら入ったのに、余計に疲れると言うか、暑くなっちゃいましたね」

 

 未だ顔が火照った状態で、言葉の通りに手でパタパタと顔を扇ぎながら隊長ちゃんが困った顔で笑う。

 まぁ、確かに休憩を取ったとは言い難い気分だが……俺としては役得の時間と言っても良かったんだろう。

 そらね、隊長ちゃんと一緒にカップルドリンク決めて喜ばない男の方が少数派よ。実際、間近でひたすらに恥ずかしがってる彼女を眺めるのは実に眼の保養になった……俺の方も恥ずかしかったのでじっくり見て愛でる余裕なんぞ欠片も無かったけど。

 重ねて言うが、精神的に疲れはしたが不満や不服なんて無い。ある訳が無い。

 問題は――喜びや楽しさよりも羞恥と、何より後の怖さの方が遥かに大きいって点なんですよね! 具体的にはシアとか副官ちゃんとか副官ちゃんとかあと副官ちゃんとか!

 

 隊長ちゃんにアーンしてもらったとか話そうもんなら、笑顔で直火で炙った砂利を口開けろや駄犬(アーン)してきそうなミヤコニウム中毒者の顔を思い出して身震いする。

 後の未来を思い浮かべて戦々恐々としている俺ではあったが、隊長ちゃんの方は逆にホッとした様子だった。

 

「先輩が不本意で無いのなら、良かったです。ちょっとあの娘とはお喋りの中で先輩を話題にした事もあって……あんなに悪ノリしてたのもそのせいだと思います」

 

 ごめんなさい、と頭を下げる彼女に、ヒラヒラと軽く手を振って気にするなと意思表示。

 まぁ落ち着いた感じの店なのに、普段からあんな奇天烈なテンションのウェイトレスが居たら雰囲気台無しだろうしね。久しぶりに店に来てくれた友達をちょっと揶揄ったって事か。

 

 まぁ、なんだ。

 

 大分恥ずかしい思いもしたが……飲み食いした物は美味かったし、隊長ちゃんは普段見ない感じで可愛かったし、収支はプラスって事で。

 俺の方も揶揄う様にニヤリと笑って言ってやると彼女は一瞬、きょとんとした表情になって。

 

「……か、かわっ……もうっ、先輩は本当にもうっ……!」

 

 やっとこいつもの白い肌に戻った頬を再び染め、再び困った様に笑ってこちらの肩を力無くポカッと叩いてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 露店でシャツ買ったり、茶店で羞恥プレイする羽目になったりと目的地に着くまでにそれなりに濃い内容の道行きではあったが、以降は特に問題無く辿り着いた。

 いや、あんまり遅い時間に行っても帰る時間が遅くなりそうだし、喫茶店出た後は寄り道せずに真っ直ぐ向かったってだけなんだけど。

 

 工房と言っても、やはり鍛冶仕事と服飾全般では仕事内容が全く違う為か、今回訪れた場所はファーネス達ドワーフのソレとは大分趣が異なっていた。

 炉の稼働音と鉄をぶったたく音が延々聞こえてたあっちと比べて、環境音なんかは殆どしないし。働いてる人達の活気と熱気、という点ではそう変わらないんだけどね。

 

 そんで、入口受付で隊長ちゃんが何やらやり取りすると彼女が連れて来る客、という事で工房的にも大事なお客様扱いなのか、責任者の人――工房長がわざわざ挨拶にやってきてくれたんだが。

 

「――お待ちしておりました、王城の方よりお話は伺っています。かの《聖女の猟犬》が袖を通す一着を手掛ける事、工房を預かる身として非常に光栄です」

 

 丁寧な一礼をすると、眼鏡のつるを指先で持ち上げてそんな台詞を述べたのは、パンツスーツっぽいデザインの制服に身を包んだ美人だった。

 ……なんだか知ってるハーフエルフに非常に似ている気がする、耳も同じようにちょっと尖ってるし。

 具体的には、以前シア達と一緒に行ったことのある聖都の高級衣料店の店長ね。眼鏡かけてるのと生真面目そうな雰囲気以外はそっくりだ。

 

「……おそらく、お客様が仰っているのは私の姉です。腕は良い……処か天才の類に入る人ですが……ちょっと性癖がアレでして……姉の店に行ったのでしょうか? ご迷惑を掛けていないと良いのですが」

 

 彼女が言うには二人は双子の姉妹らしい。

 元はといえば此処の責任者もお姉さん――あの店の店長が就いていたらしいが、当人が「もう延々と厳つい外套だの鎧下のジャケットだの作るのは嫌や! 私は美人と美少女に着せる可愛いお洋服が作りたいんや!!」と発狂して、終戦と同時に皇帝陛下の顔面に辞表をスローイングシュートして帝国から飛び出してしまったらしい。

 中々ファンキーな生き方をしてると思うが、更に衝撃的な事に現行の布製魔装の技術は彼女のアイデアと技術が基幹になっているっぽい。腕の良い変態職人じゃなくてめちゃくちゃ腕の良い天才変態職人って事ですね分かります。

 当たり前だが帝国的にはおいそれと他国に放流出来る人材では無いので、ガッツリとスクラム組んでる友好国の教国に預ける形で店を持たせたのだとか。

 

 で、第一人者が抜けはしたものの、現在は魔法も絡めた縫製技術ならば姉と肩を並べる妹が工房の責任者となった、って訳だ。

 

「……現在では魔装の縫製に関しては姉が在籍していた頃の水準を取り戻しているので、その点はご安心を――あの人が居れば二年あれば更なる技術的発展を見せていた可能性は否定できませんが」

 

 会ったばかりの俺でも、彼女の言葉の端々から天才肌の姉に対するコンプレックスが感じ取れるが……見た感じ、転生者じゃない妹さんがおそらく適した生産系の加護持ちの姉に技術的に並んでるって時点でなぁ……他人からみたらどっちもブッ飛んでるよ。

 そもそも国から精鋭や将校の装備の発注を受けてる工房で、そこに勤めてる腕利きの職人達が認めてるって時点で彼女の腕前は保障されている様なもんだし。

 

 そういった点から判断しても、俺個人としては一張羅を拵えて貰う事に不安も不満も無い。

 期待してるので今日はよろしくお願いします、と軽く頭を下げておくと、VIP客を迎えるつもりで肩に力の入っていたハーフエルフの工房長(いもうと)さんから少しばかり力みが抜けた。

 

「では、此方へ――外套の方はタナヅカ様の事前の要望の通り《刃衆(エッジス)》の制式装備の物をご用意していますが……」

「えぇ、そのままという訳にも行かないでしょうから、先輩の意見を聞いて手直しを加えて下さい」

 

 あいよ、流石に自分の装備に関する事だからそれなりに口出しはさせてもらうよ。

 美人二人とのやり取りの後、工房奥に案内される形で俺は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 予約時間待ちや、簡単な修繕待ちの客を通す応接間。

 複数のお客を待機させる事もあってかなり広く作られたそこは、隅に仕切りで区切られた空間があり、そこが試着の為の着替えエリアにもなっているらしい。

 俺と隊長ちゃんはそこに通され、工房長さんが手ずから俺の要望を聞き取って手元の用紙に色々と書き込んでいる。

 

 結論から言うと、外套(コート)の仕立て案自体はあっさりと決まった。

 素の状態だと投擲も頻繁に使用するので、腕部や腰回りに投擲具を入れておけるポーチを追加注文。ウチの聖女様の御供で公的な場に出るとき外しておけるように着脱式だ。

 その際は武装は内ポケットに仕込むことになるので、そこの拡張と位置調整。咄嗟の抜き打ちの投擲は自分のマストポジションにポケットがあるか無いかで速度が大分変わる。なのでここだけは拘らせてもらった。

 デザインは隊長ちゃんの外套(コート)から金属補強した部分をとっぱらって(レザー)と布だけになった感じだ。

 そんでもパッと見は結構似てるけど。《刃衆(エッジス)》の中でも彼女のものは隊長仕様で赤いラインが入ってるんだが、俺のも鎧ちゃんをイメージさせる赤ライン入ってるし。

 はっきりと違うのは俺の外套(コート)には背や肩部に帝国の紋章が無い事くらいか。個人用なので当たり前っちゃ当たり前だが。

 これで本決まりでえぇやろ、とGOサインを出したときに隊長ちゃんが「よしっ……!」とか小さくガッツポーズとってるのが見えたんやが、あれはどういう意味なんじゃろな?

 

 まぁ、とにかく。後は俺の要望通りの手直しを加えて、後日受け渡しって事になったんだが……此処で隊長ちゃんが両の掌を打ち合わせて、良い事思いついた、とばかりに提案してきた。

 

「折角なので、外套(コート)に合わせたお洋服も選んでみましょう――前々から思っていましたが、先輩は服装に関しては実用一点張り過ぎますっ」

 

 彼女の力説する処によると、煌びやかなドレスやアクセ、なんてものは一部の富裕層だけなのかもしれないが、ちょっとした小物や拘りあるマークなど、普段の行動の邪魔にならない範囲で自分のカラーを出すのは普通の街人から戦場で戦う戦士まで、大なり小なり皆やってる事らしい。はぇー……ぜんぜんしりませんでした(素

 いうて、坊主の国である教国に住んでると他国よりそういったお洒落事情に疎くなるのはしゃーないと思うんだ。

 俺の周りだと特にね。シアやリアはそもそも下手なお洒落なんぞいらん位には反則級の美少女だし、ガンテスやミラ婆ちゃん至っては若い頃からそういうのとは無縁やろ、絶対。

 

 俺と隊長ちゃん、それぞれの言い分に工房長さんがどちらも一理ある、と頷いて補足を入れる。

 

「新たな技術や発想の最先端を担う帝国と、伝統的に清貧を旨とする教国では基準そのものが異なって然るべき、という事ではないでしょうか……とはいえ、私としては当工房にお越しいただいた以上、帝国最先端の流行に存分に触れて頂きたいとは思っておりますが」

「ですよね! さぁ先輩、この際ですから色々とお試ししてみましょう!」

 

 眼鏡をキラーンと光らせて主張する工房長と、目を輝かせていそいそと何時の間にやら手にしていたカタログらしき見本の頁をめくっている隊長ちゃん。

 

 ……あー……これは、あれだな、うん。男は逆らっちゃダメなやつ。

 

 正直な処、イケメンでもなければ男の娘とかの特殊な属性持ちでもない、ただの一般的成人野郎を着せ替え人形にして面白いのか? とは思うんだが。

 むっちゃ楽しそうな隊長ちゃんを前にそれを言うのも野暮だと判断して、俺は成り行きに身を委ねる事にした。

 なんかはしゃいでる二人に乗っかる形ではあるが、よさげな物があったら自費で買っても良いだろうしね。

 

 

 

 

「……とりあえず、先ずは帝都での一般的な普段着からお持ちしましたが……」

「わぁ、先輩のこういう恰好はなんだか新鮮ですね……ちょっと違和感ありますけど」

 

 渡されたモンに素直に袖通してこの評価である。泣いて良い?

 まぁ、姿見で自分で見た感じでもあまり似合ってないとは思う。目付きの悪さとか顔や首、腕なんかから見える大小の傷のせいで、変装してるヤのつく自由業とか、良くて偶の休暇を取ってる荒っぽい冒険者にしか見えない。

 他の地方と比べて、普段着であっても小奇麗というか品の良さがあるのも似合わない要因だと思う。ぶっちゃけ郊外の野良仕事やってる人の服なら、元の世界でも見るオーバーオールとかだから違和感なんか出ないだろうし。

 尚、一般的といっても此処の工房製なので着心地とかは凄く良かった。けどやっぱり似合ってはいないので没で。

 

 

 

 

「次は思い切って騎士団の鎧一式をお持ちしてみました。此方は導線修繕用の見本ですが、帝国の紋章刻印以外は基本同じデザインです」

「これは似合いますね、素敵です……!」

 

 一気にパターン変えて来たな。

 つーかもう、外套に合わせた衣裳でも何でもないやんけ。ただの着せ替え大会だこれ。今更だけどさ。

 まぁ戦衣裳というかモロに戦闘用装備ではあるので、着た感じそんなに違和感は無かった。

 何気に普通の鎧一式って初めて着たな……重装の騎士鎧だというのに見た目ほどの重さを感じないのは、重量を軽減する魔法でも掛かってるんだろうか。

 あとは重みを上手い事分散する様にデザインされてるんやろうな、その分ちょっと着込むのが面倒だが。

 うむ、しかしこういったスタンダートな鎧もやっぱりファンタジーの王道を征く感じでカッコイイな。良い体験ができt……ア痛ダダダダダッ!? ちょっ、何これ地味痛ぇ!?

 

 姿見でしげしげと騎士鎧を着こんだ自分を眺めていたら、背中というか体の内側からビリビリと軽く痺れる様な痛みが走る。

 同時にラヴリーマイバディからひどく不満気な感覚が伝わって来た。

 明確に言語化出来る様なものとは違う、魂まで融合してるが故に伝わるふわっとしたイメージ的なものではあるんだが、強いて言葉にするなら「さっさと騎士鎧(ソレ)を脱げ」だろうか。

 

 お、落ち着き給えマイバディ、脱ぐから! あくまで着せ替え遊びみたいなもんだから! 実戦で使うのは鎧ちゃんだけだから!

 

「次っ、次は《刃衆(ウチ)》の部隊用の装備にしてみましょうっ。絶対に似合いますよ先輩!」

「では仕立て直す前ですが外套(コート)の方もお持ちしましょう。下の衣裳は騎士服で宜しかったでしょうか?」

 

 ちょっとお二人さん!? ウキウキと次の相談してないで鎧脱ぐの手伝ってくれない!? あと金属鎧はウチの相棒的に(いろいろと)よろしくないっぽいんて服系でオナシャス!

 まるで頭の上にいる誰かから髪の毛を引っ張られる様な痛みに悲鳴をあげつつ、危険要素のありそうな物は省いてくれる様に頼んだり。

 

 

 

 

「騎士服も良いのですが、猟犬殿は精悍な目元をしていらっしゃるので、雰囲気に合わせて別の切り口に変えてみたのですが……どうやら最適解だった様ですね」

 

 精悍な目元=目付き悪い。物は言い様って事ですね分かります。

 工房長さんが持って来たのは意外や意外。日本でもよく見かける服――黒地のスーツだった。

 いや、服の型的に燕尾服とかだってあるし、目の前の工房長さん自身もパンツスーツらしき恰好だし、そりゃビジネススーツもあるんだろうけど。

 

「姉が責任者だった時期に、一通りのニホンにあるものを再現した形となっています。普及率は低めですが、既に公的な場で着用なさっている方もいらっしゃるので外套(コート)の下に着る装備としては適切かと。こちらにも魔装処理は施してありますので」

 

 彼女的にはもうこれで決まりやろ、といった気持ちなのか、眼鏡を指先で持ち上げつつ商品説明に入っている。

 ノリ気な処を申し訳ないが、型はシングルのスリーピース、サイドベンツとなっております。とか言われても向こうじゃ学生だったからスーツの種類なんてさっぱり分からんです。

 最適解、という程度には似合ってると思ってくれてるみたいだが……自分ではよく分からんなぁ……変では無い、位には思うが。

 黒地のスーツに渋い色合いの暗赤色のネクタイ、赤いラインの入った黒コートという、これでサングラスでもかければ殺し屋にしか見えない自分の姿を見下ろして首を捻る。

 

 隊長ちゃん的にはどうよ、この恰好?

 

 今までの着せ替えでは真っ先に感想を述べていたのに、今回は未だ無反応な《刃衆(エッジス)》の長殿の方へと意見を求めて振り返り――。

 振り返った瞬間、両の手をガシッとばかりに掴まれた。

 

「――先輩」

 

 お、おう?

 頬を染めた真顔という、ちょっと意味の分からない表情になってる隊長ちゃんに詰め寄られて、思わず少し仰け反る。

 

「《刃衆(ウチ)》の子になりましょう――いえ、先輩が隊長になりましょう。素敵だし格好いいしこんなに似合ってるんだからこれはきっと神様の思し召しですそうしましょう」

 

 ごめん、本気でちょっと何言ってるか分からない。どうした急に。

 

「大丈夫ですっ、反対する隊員なんていませんから! 私とアンナちゃんで先輩を支えますから!」

 

 た、隊長ちゃんの鼻息が荒い。

 なんやこれ、マジで見た事無いテンションしてる。何が彼女の琴線に触れたんや。

 すすーっと近づいて来た工房長さんが、手元のボードを使って書き込んでいた注文に関する用紙を掲げて見せる。

 

「――では、外套(コート)と併せて現在試着なさっている魔装処理を施した品をお渡しする、という事でよろしいでしょうか? スーツの方は王城からの依頼指定から外れているのでご購入して頂くことになってしまいますが」

「はい、大丈夫です! 不足分は私が支払うので是非ともお願いします!」

 

 いや待って、俺の意見を――って流石にこんな上物のスーツ奢ってもらうのは気が引けるってレベルじゃねぇ! いや、実用性やスーツ故の汎用性からみても、正直買ってもいいかなとは思うけど金は自分で出すから! 落ち着け隊長ちゃん!

 

「ちなみにこちらがお見積りになっております」

 

 そんな台詞と共に注文用紙に書かれた一点を指さした工房長の指先を眼で追うと……うぉ、やっぱ高ぇ……。

 スーツ自体も最高級品で良いお値段なんだろうが、やはり魔装処理の金額がえげつない。使われてる技術が帝国の独占に近いだけあって、間違いなくこの世界に来て一番に高い買い物と言える。

 いや、全然払えない額って訳じゃないのよ? ただ、なんぼ貯金に余裕があるとは言っても馬車くらいなら馬ごと一括で買えそうな金額をポンと出すのには抵抗を覚えるというか……。

 これでも外套(コート)よりは処理する魔力導線量の関係でお安いってんだからおそろしい。シアとリアの僧服ほどじゃないとはいえ、戦闘用の衣裳なのに破損させるのが怖すぎるって本末転倒じゃねーかコレ。

 

「手掛けた品を大事に扱って下さるのは大変に光栄ですが……身に纏い、ときとして身を保護する事が衣の本懐です。クローゼットの肥やしになるよりは常用して着潰す、位の方が服も喜ぶかと」

 

 いや、その通りなんだけどさぁ……修繕費はお高いんでしょう?

 

「そこは私どもも商売なので――ですが、御安心を。猟犬殿が此方で購入された品は、姉にロハで修繕させる事で話が纏まっています。帝国を出て好きな店を好きに経営している分、その位はやれと脅し付けて呑ませましたので」

 

 初見は生真面目そうに見えたが、眼鏡の位置を直しながらシレっと言う工房長さんは大変に茶目っ気に溢れている。やっぱあの店長と姉妹なんやなぁ。

 

「スーツの方は私が出しますから安心してください、これくらいならへっちゃらですから! あぁもう、なんでこの世界にはカメラが無いのかしら……!」

 

 うん、隊長ちゃんはちょっと落ち着こう。テンションバグっておかしなことになってるからね?

 なんだかはしゃいでる彼女もいつもよりちょっと幼い感じがして大層可愛らしい。

 が、代わりに払うと言ってる金額は全然可愛くないゼロが一杯ついてる額なので却下で。流石にこれを後輩みたいな女の子に奢らせたら只でさえ不足気味な俺の沽券に関わる。

 

 祭りを楽しむ為の軍資金は多めに持って来たとはいえ、流石にこんな高額品を一括で払える額は持ってきてない。手付金だけ払って残りは後日送金、という形になった。

 工房長さんが「よろしければスーツは着衣のままお持ち帰りください」と言い残し、これまでに試着していた品を片付ける為に部下らしき人と一緒に一旦奥――多分、縫製室だ――に引っ込むのを見送り、一息つく。

 うむ、この際だ……出来れば合わせた帽子なんかも後でゲットしたい処ではあるな! 折角スーツが手に入ったんだし、将来は通りすがりの単身赴任のサラリーマンムーヴとかしたい。今の俺では風格も渋さも実力も足りて無いが。

 高い買い物ではあったが、個人的には満足してる。

 でも俺が自腹を切った事に隊長ちゃんは不満そうだ。いや何でやねん。自分の服を自分で買うって当たり前でしょうに。

 

「でも……私が強く勧めたのも一因ですし。私が支払いするのが問題なら、お話さえ通せば王城の方でスーツの支払いも受け持つくらいはする筈です」

 

 かの《猟犬》を聖女に関わらない事で働かせるんですから、それ位は通って当たり前なんですよ? と、言い聞かせる様な、少し複雑そうな、なんとも言えない口調と表情でこちらを見上げて来る。

 その拗ねている、とも言える様子に苦笑が漏れそうになった。

 

 なんだかな。この娘がこういった表情を俺に向けるときは――大抵、俺の事を案じるときばかりだね。

 

 身の安全だったり、周囲と自分の評価・立ち位置に関する事だったりと、ときと場合によって様々ではあるが。

 俺の無頓着さに対して、それを指摘して、でも効果が薄い事は多分わかっていて……それでもこうやって口にして、聞き入れてもらえない事に拗ねている。

 

 うん、やっぱ良い娘だよな、と再確認。

 

 よくもまぁ、こんな面倒くさい拗らせ方してる男を見捨てないで付き合いを続けてくれてるもんだ――本当にありがたい話だよ、俺には過ぎた後輩だ。

 我ながら緩んでいると分かる顔で隊長ちゃんをじーっと眺めていたら、恥ずかしそうに視線を彷徨わせた彼女は、何かに気付いた様子で俺の首元に眼を留めた。

 

「あ……先輩、ネクタイがずれてます。もう、せっかく素敵な恰好をしているんですから、キチンとしないと駄目ですよ?」

 

 え、あ、ホントだ。ピンの位置が悪かったか?

 手を伸ばしてネクタイを軽く締め直し、位置を整えてくれる隊長ちゃんの頭部を見下ろして礼を言う。

 

 いや、すまんね。向こうでネクタイ締めるなんていう経験を殆どした事がなくてさ。正直結べただけでも我ながら頑張った方なんだわ。

 

「ブレザーなら機会もあったのでしょうけど、詰襟の学生服でしたからね。仕方ないと思いますよ――はい、できました」

 

 微笑む彼女におう、ありがとね。と返そうとして、そこでふと気が付いた。

 ……あれ? 俺って隊長ちゃんに元の世界にいた頃の制服関連の話なんてしたっけ?

 いや、向こうにいた頃は年の近い学生だったって知って、互いに懐かしんでポツポツと話をする事もあったから、そのときか?

 隊長ちゃん相手に限らず、故郷に関する事での会話は機会自体が少なかったせいか、大体は覚えてると思うけど……流石に細部まで全部記憶してるって訳でも無いしな。

 

「――え……あっ」

 

 俺の些細な疑問に対して、ネクタイに手を添えていた儘だった彼女は少しだけ目を見開いて、ちょっと考え込むような仕草をみせた。

 なんだろう、何かを口にしようとして、躊躇してる様に見えるが……。

 こっちの勘違いでなければ、それは決して悪い感情から来る躊躇いでは無く。

 隊長ちゃんは、その黒曜石みたいな瞳に昔を懐かしむ――どこか郷愁を感じさせる色合いと、幾らかの照れ臭さの混じった感情を乗せた。

 

 首元とネクタイに触れていた手が離れ、少しばかり上の位置にある俺の頬に両の掌が添えられ。

 

「……あのっ、先輩。私は――」

 

 思い切った様子で、『何か』を告げようとその桜色の唇が開かれた瞬間だった。

 俺達が現在いる、大型のドレッサーや姿見が設置されている試着室も兼ねた応接間の扉。

 広い工房内のどこからでもお客を案内出来るように、東西それぞれに別の渡り廊下へと繋がっているソレらが、全く同時に開かれる。

 

 

 

 

 

「ここかぁっ!? おいミヤコォッ! 狡すっからい真似してくれやがって覚悟は出来てんのかゴルァァッ!?」

「わー……ウチの(あに)が聖女という名のチンピラと化してる件」

「いや、助かったよ。此処までの道程もそうだけど、ここの工房は内部もちょっと入り組んでるんだね。僕一人だったらどれだけ時間を無駄にしていたのやら」

「気にしなくていいって、これも仕事だし――ま、案内も終わったし、私はこれで……」

 

 

 

 

 

 

 片や扉の蝶番が弾け飛びそうになる勢いで荒々しく。

 片やごく普通に、会話に興じながら穏やかに。

 

 正反対の方法で入室してきた連中は――全員が全員、見知った顔だった。

 皆揃って熟練の戦士や魔導士揃いなせいか、部屋に居た者、同時に入って来た者、互いに互いを一瞬で認識し――。

 

「「「「……えっ?」」」」

「――――あっ(察し」

 

 隊長ちゃんを含む、部屋に集った女子四名の困惑の声が重なった。

 ちなみに最後の唯一被らなかった声は、思いもよらない組み合わせで現れた二人の内の片方――副官ちゃんの声である。

 

 この場の面子を見渡した彼女の顔は引き攣り、白目を剥いていた。

 なんとも既視感というか、親近感を覚えるその表情からは、何を考えているのか読み取るのは容易だ。

 

 ――なぁにこれぇ。

 

 多分、そんな感じだと思う。俺と同じで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







お店のウェイトレス娘、以前に聞いていた『先輩』を語る隊長ちゃんの表情から大体察する。

久しぶりの隊長ちゃん来店。連れの男性に向ける表情が『先輩』を語るときと同じ顔なのでやっぱり察する

丁度カップルフェアやっとるし、利用して焚き付けたろ! 店長! イイっすかねぇ!?

「なにそれ面白そう、やれ」「おかのした!」

多分、店側的にはこんな流れ。



工房長

聖都で趣味全開の高級衣料店を営むハーフエルフの店長、その双子の妹。
転生者で望んだ仕事に適した加護を持つ姉に、努力で喰らいついて近い腕前を有するに至った普通に凄い人。
ただ、あくまで現地人の為に地球産の知識を絡めた発想力や創造性という点では姉に及ばす、本人はそれに少しばかりコンプレックスを抱えている。
その分姉の方は常識を投げ捨てている面もある為、対人能力も含めた総合力ではきっと大体同じ。
天才の作った凄いけど尖ってる物を再現しつつ、一般的な量産・増産ラインにも落とし込む事ができるので、帝国的には二人でワンセット、寧ろ妹が本体。みたいな扱いになりつつある。






▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。