俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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纏まりが、纏まりが悪いっ……!






裏方仕事はツラいよ。

 

 

 トニーがその少年について報告を受けたのは、《大豊穣祭》が開催されて二日目の朝だった。

 

 皇帝によって命じられた、戦災孤児を中心とした身寄りの無い未成年の保護政策、その実態調査。

 教会の運営する孤児院などを廻って聞き取りなどを行うものの、求められているのは推定される孤児の数に対して、保護出来ている人数が少なすぎるその理由・原因である。

 調査しようにも取っ掛かりすら無い上に、そもそも孤児の実数もしっかりと算出できていない。始める前からやや手詰まり感があった。

 

 それでも地道な情報収集の結果、かろうじて分かったのは路地裏などで集団を形成している孤児のグループが、国からの保護を拒んでいる場合が多い、という事だ。

 

 定期的に行われる教会の炊き出しには結構な数の子供達が集まる、という話なのだが、ソレらを行う聖職者達が保護施設の話を切りだすと、途端に態度を硬化させる子が多いのだとか。

 比較的平均年齢の高い、アウトロー染みた集団だと国の保護下に入る事を拒む場合も多々あるので、そういった声がある事自体は特段おかしいものではないのだが……ちいさな子供が文字通り身を寄せ合って出来たグループまで反応が芳しくない、というのは少しばかり腑に落ちない話である。

 

 ある程度の年齢ならば、ちょっとした雑事や簡単な仕事で日銭を稼ぐ事も出来るだろう。

 国に仕える身としては看過する訳には行かないのだが、市場での盗みやスリなどといった違法行為によって生計を立てている場合もある。

 だが、それら全てが難しいであろう小さな幼子では、国の保護を受けねばその日の食事や寝床にも困る場合とてあるのだ。

 そういった子供達を多く抱えるグループでさえ保護を拒むというのは、その判断をせざるを得ない"何か"があるという事。

 或いはそれが『取っ掛かり』になるかもしれない、と判断したトニーは、路地裏に住む孤児達に聞き取りを行おうと接触を試みたのだが……現時点では芳しい結果が出ているとは言い難かった。

 

 警戒させない様、充分に距離を取って会話を試みたにも関わらず、トニーが話しかけた瞬間に蜘蛛の子を散らす様に遁走する子供達。

 迷いも躊躇も無い実にスピーディーな動きは、予め見ず知らずの大人が接触してきた際に取る行動を仲間内で周知させている事が窺える。

 また、トニーの人相が孤児達の間で広まるのも早かった。考え無しに路地裏に踏み入ろうものなら、それを目撃していた孤児が別の子供達にも言い広め、皆で早々に隠れてしまう。

 入り組んだ路地を文字通り庭としている土地勘の高さ。

 子供であるが故に、その小さな身体は無数の隠れ場所や大人では通れない狭い場の移動を可能とする。

 それらを存分に駆使して、接触を持とうとする度に上手い事躱されるのには内心で舌を巻かざるを得なかった。

 

 勿論、本気になれば捕縛は難しくないであろうが……トニーとしては、自分の姿を見て逃げ出す子供達の表情を見ると、僅かなりとでも乱暴な手段に出るのは躊躇ってしまう。

 顔を強張らせ、必死になって走るその姿には、単なる大人に対する反発や不信感以上の何かが見える。

 その様な顔を見てしまえば、裏方とはいえ騎士の端くれとして、力づくの手段など取れよう筈も無かった。

 それでもなんとか有用な情報を手に入れようと帝都中の路地裏を廻る内、ガラの悪い連中が子供を相手に人攫いの様な真似をして路地裏に出入りしているという情報が入って来たのは、ここ数日の事だ。

 

 路地裏の子供達以外からの情報収集も怠っていない。その様な連中が以前からのさばっているのなら、もっと早く耳に入る筈だ。

 つまり、子供を攫い、集めるなどというふざけた真似をしている連中が出て来たのはつい最近、という事になるが……。

 

 過剰に大人――特にその路地の近辺の住民では無い者を警戒している子供達の怯えた表情と、その人攫い共が繋がった気がした。

 

 攫うという事は、それを欲する者がいるという事。

 その黒幕にどの様な背景があるにしろ、あっさりと行動を把握される様な質の低い連中を数雇いしたのは近日の事なのだろうが……ひょっとしたら、路地裏に住む孤児達の誘拐――それ自体は、もっとずっと前から、密やかに行われていたのではないか?

 華やかなる帝都にも僅かながら存在する悪所。

 そういった陰に位置する場所の話とはいえ、行政側に気取られる事無く誘拐行為を行ってきたのだとすれば、それは相当に手慣れた……事を荒立てず、且つ効率的な手法によって行われたものだろう。

 

 ――そう、例えば。

 

「……戦後に国の方針として打ち出した、戦災孤児の保護。それらを行う行政側の人間を名乗って接触し、子供達を一所に集めて、纏めて出荷、って処ッスかね」

 

 呟いた自身の言葉に「胸糞悪ぃ」と、吐き捨ててトニーは顔を顰めた。

 

 現時点では多分に予想や勘によって補足された推論でしかないが……皮肉な事に「外れていて欲しい」という個人的な心情とは別に、おそらくはそう的外れな考えでも無いだろう、という嫌な確信も抱いている。

 調査を命じられた、戦災孤児の保護数とその実態。

 保護を受けるべき子供達がそれを拒み、常であれば不自然な程に大人を警戒している事――しかもこれが、見知らぬ大人では無く行政側の人間――騎士であるトニーを殊更に警戒していたのだとすれば、先の嫌な推論の辻褄が合ってしまうのだ。

 

 何より、この一件からは嫌な気配――邪神の信奉者達を相手にするのとはまた別の『人の悪意』とでも言うべき匂いを、彼は感じ取っていた。

 

 この様な悪事が皇帝の膝元である帝都で行われている、というだけでも問題だが……トニーとしては自身の上司である黒髪の少女と銀髪の少女が、これを知れば怒り狂うと同時にひどく心を痛めるであろう、という事のほうが気がかりであった。

 

「折角のお祭りなんスから、出来れば隊長たちにはこのままそっちに集中して楽しんで欲しいッスねぇ……」

 

 可能なら、自分とレーヴェ将軍の廻してくれた人員だけで片をつけてしまいたい話だ。

 隊長にしろ、副隊長にしろ、ほんの数か月前――トニーが"旦那"と呼ぶ青年がひょっこり女神の御許より帰還してくるまで(これも大概出鱈目な話ではある)は、隠し切れない陰を見せる事があった。

 傍目に分かり易い・分かり辛いと、それぞれに違いはあったが……生き残った多くの者達と同じく、二人が心の裡に癒えぬ『傷』を負っていたのは察するに余りある。

 大戦において多くの敵を討ち取り……そしてそれ以上に多くの人間を救った彼女達が二年もの間、勝ち取った平和を心底楽しむ事の出来ない日々を過ごしていたのだ。

 トニーとしては、もう暫くはようやっと巡って来た楽しい日々を、二人の上司に満喫して欲しいのである。

 

 とはいえ、攫われた先で孤児達が現在も無事であり、一刻も早い奪還・保護が必要であるのならばそうも言ってはいられないだろうが。

 

 そんな訳で、皇帝からの命ではあるが個人的にもやる気を見せて任務に当たっていたトニーだったが、今日になって別件の調査で帝都外へと出る様にと新たな命令が下ってしまった。

 期限は三日後。代わりの人員への引継ぎを考えれば実質あと二日である。

 彼の所属する部隊の特異性からするに、急な任務先の変更などザラだ。三日もあるならまだマシな部類ではあるのだが……自身の推論を確かな事実へと変える為の証拠や証言を集める為の日数としては、甚だ心許ない時間だった。

 

 そこで重要となるのが、冒頭でも述べた少年だ。

 件の誘拐犯共から逃げおおせた孤児を保護した者達から、騎士団に通報があったというのだ。

 

 被害者の少年にとっては紛れも無く災難なので、手放しに喜ぶ事は出来ないが……交代要員への引継ぎまで期日が差し迫っている現状、非常に有難い情報源となってくれるかもしれない。

 また、保護した観光客が中々に腕っぷしの立つ者だったのか、誘拐犯共を数多くひっ捕らえて騎士団に突き出したのも朗報である。

 子供達に下衆共の手が伸びなくなったというのが一番重要だが、連中もまた貴重な情報源となる――無駄に数だけは多いし、何人か()()()も予備があると考えれば、迅速な情報収集が期待できそうだ。

 

 善は急げとばかりに、トニーは少年を保護している旅行者達が宿泊している宿屋へと向かった。

 本来なら被害者の少年は騎士団が責任を以て預かるべきなのだが、当の少年がそれを拒否しているらしい――推測を後押しする要素がまた追加されてしまった。

 とはいえ、結論を出すにはまだ早い。先ずは聞き取りを行ってからである。

 

 間違っても被害者の少年や善意の協力者である観光客に警戒されたり、ましてや脅えさせない様に、細心の注意を払った態度を心掛けで宿を訪れたトニーであったが。

 

「……だからよぉ、別に帝国(テメェら)に責任を問うなんてかったるい真似をするつもりはサラサラねぇんだ――ただ、最近この街の路地裏に大量に出てるっつー蠅共をプチッとするのに眼ぇ瞑れって言ってんだよ」

「《狂槍》殿、街の治安を守る為に日々奔走している職の方に向けて、それは無体な願いだと思いますが」

「うるせぇぞミラ。いいよなテメェは、糞共を叩き潰して多少なりとも憂さ晴らしが出来たんだからよ。こっちは連れてるガキに舐めた真似された上、報せを聞いて剣担いでその場に向かおうとしたウチの頭領(アホ鳥)を押さえ込む羽目になったんだぞコラ」

 

 宿の一室を借りて行った聴取の場。

 そこにはトニーと向かい合う形で宿の備品である木造りの椅子に腰かけた男女二名。

 その女性の方の背後に隠れる様にしてこちらを睨み付けているのが、件の被害者――カイルという名の、今回聴取を行う筈の少年だ。

 

 先程から苛立ちを隠そうともせず、原因になったクズを一匹残らず潰すくらいはしねぇと溜飲が下がらねぇんだよ、と吐き捨てたのは、転移者以外では珍しい黒髪を伸ばした魔族の男である。

 凶悪と評しても良い面相は不機嫌を剥き出しにして歪み、腕に抱える己の痩身を越える程の長槍は、持ち主の苛立ちを表わす様に石突部分で宿の床を乱れたリズムで叩いていた。

 そんな男を諫めているのは、教会の僧服を身に纏った老年のシスターだ。

 老いなど微塵も感じさせない、椅子に腰かけていても分る背筋の伸びた立ち姿からは、生真面目さや実直さと言ったものがこれ以上ない位に見て取れる。

 トニーですら気圧される程の物騒な空気を纏う魔族の男性に睨み付けられているというのに、鼻梁に乗ったやや細いデザインの眼鏡を指先で調節する彼女の表情には欠片の動揺や怯みも見当たらない。

 

 そんな二人を視界に収めつつ、難航している間に交代の時間が迫る任務に対し、やっと大きな進展があるかもしれないと意気込んでやってきた《刃衆(エッジス)》の隠し刃(裏方)たる青年は――。

 

(帰りてぇ……)

 

 ここ最近は落ち着いていた筈の胃がシクシクと痛みを訴えて来たのを感じて、早くも回れ右して宿を出たくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 聴取や交渉など可能な限りは避けたい人物二名に挟まれ、トニーは胃の辺りを擦りながら改めて眼前の両名について脳内で情報整理する。

 

 魔族領最高幹部《災禍の席》の第五位、《狂槍》。

 頭領たる《魔王》を抜きにすれば、その好戦的な言動と凄まじい戦闘能力で有名な人物だ。

 というか、魔族の戦いに関する凶悪な逸話の何割かはこの御仁の武功が元となっている。

 とある戦線の邪神の信奉者達の四肢を残らず潰して、地を這いずって逃げる連中を嗤いながらじっくり時間を掛けて串刺しにしただの、邪気によって狂暴化し、敵の手駒となった魔獣を力づくでぶちのめして隷属させ、飼い主である信奉者を喰い殺させただの、残虐ファイト上等なエピソードの枚挙に暇がない。

 作業的に、最大限効率的に信奉者連中を『処分』していった結果、血生臭い戦場伝説を打ち立てた《聖女の猟犬》とは同種にして真逆――敵対する相手に対しての嗜虐性によって過分に恐れられている男であった。

 不確定な情報だが、自身の上役……部隊の顧問であるネイトと師弟関係にある、なんて話も聞いた事がある。この話題を振ると顧問殿の柔和な笑顔の質が反転するので、おそろしくて詳細は聞けていないが。

 実際の処はどうであれ、顧問殿が嘗て世話になった御仁、という時点でトニーとしては頭が上がらなくなるのは確定だ。

 物騒な逸話も加味すれば絶対に関わりたくない人なのは確かである。今現在目の前に居るが。

 

 年配の女性の方は、もう言うまでもない。

 嘗て聖教会最高戦力とまで謳われ、邪神大戦における《四英雄》の一人――その筆頭として称えられたシスター・ミラ=ヒッチンその人である。

 トニーが子供の頃に引退したものの、長年人類種の兵士・戦士達の旗印として戦い続けて来た、今現在も多くの畏敬を集める人類種女傑ランキングで最上位に位置するであろう御方だった。

 もうこの時点で挨拶には最敬礼で以て弁えた態度を示すべき御仁なのだが、当人は現役時代から一貫して「自分はただのいちシスター」と主張してるらしい。そんな理屈が通る訳ないだろいい加減にしろ!

 妙な処で自己評価が辛いのは、弟弟子である《聖女の猟犬》と似通った点である。

 そう、弟弟子。弟弟子、だ。

 トニーが"旦那"と呼ぶ青年の、姉弟子でもあるのだ、この方は。

 更にいうなれば、こちらもまた部隊の上役……副隊長であるアンナが「絶対に怒らせたり逆らっちゃダメな人」と真顔で言っちゃう人物でもある。

 先に述べた戦人として、英雄としての打ち立てた武功と、"旦那"と副長が揃って頭が上がらないという立ち位置。

 総合すると、トニーからすればある意味では自国の皇帝陛下と相対するよりも緊張を強いられる人だった。

 面識を得るのはおそろしく光栄なのだが、同時に可能ならなんかもうずっと会う事がなくても良かったと思うくらいには胃にクる。今現在目の前に居るが。

 

(マジで帰りてぇ……)

 

 腹の痛みが強くなった気がして、トニーは呻き声をもらしそうになった。

 

 本格的な聴取はまだ始まってすらいないが、大雑把な経緯は屯所からの報告で把握している。

 直接的な手段で誘拐を試みる連中から逃走していたカイル少年が、迷子の女の子二人と偶然に遭遇。

 そのままでは彼女達にまで被害が及ぶと判断して、三人で逃げていた処を知人の冒険者に出会って庇われる。

 当然、それで引き下がる様な連中では無かったのだが、女の子達の保護者が助太刀に入る形で割って入り、誘拐犯達の鎮圧に成功した、という話だ。

 

 報告自体に誤りは無いのだろう――女児二人の保護者がそれぞれ《四英雄》筆頭と魔族領の幹部だったというだけで。

 そんな事を知る由も無く、いざ宿を訪れてみればコレである。

 巻き添えになりかけた子供達の保護者としてこの二人が聴取の場に同席していたのを見た瞬間、回れ右して帰りたくなったのを誰が責められるだろうか。

 

「貴方からすれば不愉快な気分になるのは当然ですが、その物騒な気配は押さえて頂きたい。此処には粗暴な輩に拐かされる処だった子供もいるのですから」

「チッ……」

 

 ミラの尤もな指摘と、彼女の背後に隠れた少年の表情を見て取り、《狂槍》は舌打ち一つして撒き散らしていた威圧混じりの不機嫌な空気を引っ込めた。

 取り敢えずは黙り込む形で大人しくなった彼を見て内心で胸を撫で下ろしつつ、トニーは意識を切り替えた。

 

 改めてこの場に居る面子を見回し、聴取を開始する。

 

「では、先ずは……我が国の民を護って頂いた事と、胡乱な連中によってそちらのお子様方に危険が及んだ件、帝国騎士として感謝と謝罪を」

 

 丁寧に頭を下げる騎士の青年の言葉に、《狂槍》は興味無さげに椅子の上で足を組み、ミラはただ静かに頷く。

 謝罪ついでに、報告にあった関係者がこの場において少々足りない事についても聞いてみた。

 

「……少年と知り合いだという冒険者達がどうしているのか、お聞きしても?」

「彼らはカイルから事情を聞いた後、仲間と共に調べ物があると言って街に出ました。乗り掛かった舟という事で、私が聴取への同席を変わった形になります――この子は国側の人間を警戒しているので、乱暴な態度を取るような方であれば私が追い返す、と約束して今回の事情聴取にも同意してくれたのです」

 

 暗に「貴方がそういった類の人間でなくて何よりでした」と言われてる気がして、背筋が寒くなる。

 人類種国家全体で見ても実力・規律共に高い水準にある帝国騎士団だが、数は僅かなれど横柄な態度の問題児がいない訳では無い。それが身寄りの無い孤児や国外の観光客相手ならば尚更に。

 罷り間違ってその類がこの場にやってくる事が無くて良かったと、トニーは再度、内心で胸を撫で下ろした。贅沢を言えばこの場に居るのが自分でなければ更に良かったのだが。

 

(にしても……調べ物っスか)

 

 孤児と交流を持ち、屯所の牢にぶち込まれた誘拐犯達が喚きたてていた「自分達には後ろ盾がある」という言葉にも怯まず子供達を助けようとした者達だ。その気質が善性に依ったものである事は予想がつく。

 おそらくは、カイル少年から今回の一件について説明を受けて自分達で独自の調査に乗り出したのでは無いだろうか?

 腕前の程までは報告にあった内容からでは分からないのでなんとも言えないが、彼らからも聴取を行い、場合によっては協力する事も視野にいれるべきかもしれない。

 選択肢の一つとしてそのような事を考えつつ、トニーは先程から一言も口を開かない少年へと眼を向け、穏やかなトーンを心掛けて口を開く。

 

「こんにちは、名前を聞いても良いッスか?」

「……とっくに知ってるんだろ、今更聞く必要あるのかよ」

 

 皮肉を込めた、だが警戒感マシマシで露骨に距離を取ろうとする少年の言葉に、苦笑が浮かびそうになる。

 幼い頃からグループを形成して生きて来た孤児達は、下手な大人より頭が回るし、たくましい。

 この少年もそんな類なのだろうと、少しばかり遣る瀬無い気分になりながら頭を振った。

 

「報告書にあった被害者の名前ってことで勿論知ってはいるッスよ。けど、君から名乗られた訳じゃない――名を呼びたいなら当人にそれを聞くのは対人関係における礼儀ってやつッス」

「礼儀……」

 

 意味は知っていても、生きていく上で馴染みの薄いものであった言葉を向けられて、カイルが少しばかり困惑した様子でそれを反芻する。

 そんな彼に向け、傍に居るミラが穏やかな口調で補足を入れた。

 

「目の前の騎士殿は貴方を礼儀を尽くして対話すべき相手だと、そう言っているのです――過去の経験からくる警戒を捨てろとは言いません。ただ、礼には礼を以て返しなさい」

 

 彼女とカイル少年は今回の件が初対面だった筈だが、目の前で自分を攫おうとした悪党共を蹴散らしたシスターを、少年は少なからず信頼しているらしい。

 躊躇いはあるものの、彼は一歩前に出ると自らの名を口にした。

 

「……カイル、ただのカイルだ。家名とかはあるのかもないのかも分からない」

「はいどうも。自分はトニー=レイザーッス。家名に関しちゃ無い人だっているし、気にする意味は無いっスよ。自分だって、昔世話になった人に餞別がわりに貰って名乗ってるだけッスからね」

「……アンタも孤児だったのかよ」

「まぁそうみたいッスね。親無しになったのは小さな時分なんで詳細なんざ覚えちゃいねーッスけど」

 

 軽い口調で肩を竦める騎士に対し、少年は言葉の真偽を探る視線を向け……なんとなく、その言葉に嘘は無いのだと判断した様だ。

 僅かではあるが身体から強張りが取れたカイルに対し、トニーは膝をついて目線を合わせた。

 

「答えられる限りの事で良いんで、君に教えて欲しい事があるンスよ。正直、手詰まり感があって困ってたんで、助けてもらえると嬉しいッスね」

 

 聴取といっても少年は対等以上の情報提供者であり、あくまで自分は情報を提供してもらう側である。

 一環してそんな態度を崩さない『警戒すべき大人』である筈の青年に対し、何かしら思う処があったのか。

 カイルはぎこちなく頷き、ゆっくりと、躊躇いがちのままではあったが事の経緯を語りだした。

 

 

 

 

 

 

 当たって欲しくもない予想の類程、しっかりと的中するのはお約束らしい。

 少年がポツリ、ポツリと零し始めた言葉の内容は、トニーが立てていた推測とそう大きく乖離するものではなかった。

 

「最初は、皆で喜んだんだ……ウチのグループはチビだって多かったし、国の施設ってやつに入れるなら窮屈でも飯や冬場の寝る場所に困ることなんてないって……」

 

 戦時中は今ほど戦災孤児の保護に注力出来ていなかったせいか、彼らも相当に苦労したらしい。

 大戦が終結し、教国を中心として強く打ち出した子供達への保護政策を、カイル達も当初は歓迎したのだそうだ。

 

「すぐに施設の人間だっていう大人がやってきて、同じ様な子供達にも声を掛けてあげてくれって言われて……でも友達が……オルカンが、言い出したんだ『国単位の仕事なのに早すぎる、アイツらは信用できない』って……」

 

 俯きながら少しずつ、遡った過去の話を口にするカイルの声は、だんだんと震え始めていた。

 

「オルカン、頭が良くてさ……最初は、自分や他のグループでも、逃げ足の速いやつらや字の書けるやつで行くって言い出したんだ……帝都内なら、必ず抜け出して施設の様子を伝えるし、帝都の外でも、手紙位は直ぐに出せる様に用意して行くからってさ……」

 

 いよいよ声の震えが大きくなり、一度止めた方が良いと判断したトニーが肩に手を乗せ――だが、少年は首を横に振ってそれを固辞する。

 話を途切れさせてしまえば再び語りだすのは難しいと思ったのか……それとも、本当は孤児達だけで抱え込んでいたであろうそれを、誰か――信用できる大人に聞いて欲しかったのか。

 子供達だけで生きていく為に押さえつけていたであろう、不安や弱音を伴ったソレを振り絞る様に言葉にする少年を、ミラと《狂槍》も黙して見つめ続ける。

 

「て、帝国の騎士や役人だっていうやつらが迎えに来て、変な処じゃなかったら、直ぐに教えに来るってオルカンは約束してて……でも、あいつも! 他の奴らも! 誰も戻って来なくて……!」

 

 悲痛を伴った叫びが零れ……続く台詞は、子供らしからぬ酷く諦観の混ざったものであった。

 

「……俺達だけじゃどうしようもなくて、信用できる大人にも話したんだ……市場で余り物をくれるおっちゃんやおばちゃん……古い毛布なんかを、ゴミを捨ててるだけだって言って置いていってくれる衛兵のあんちゃん……」

 

 その場に力無く尻もちを着き、両の掌で顔を覆ってしまった少年は後悔に打ちのめされた者のソレだ。

 

「皆、役人に話を聞いてくれたりしたけど……急に市場の店を畳む事になったりして……『何も分からなくてゴメン』って、謝ってた……『調べてやる』って言ってた衛兵のあんちゃんは、帝都で見なくなった」

 

 八方ふさがりとなり、子供達で話し合って『外国の人――教会で炊き出しなどを行う聖職者に助けを求めてみては?』という声もあったらしいが……万が一、炊き出しを行っているシスターや神父様まで先の衛兵の若者の様に居無くなれば、子供達は勿論、その日の宿や日銭を稼ぐにも苦労している者が食うに困る事になる。

 最悪、事の原因扱いでそういった者達からの恨みを買うリスクも考えれば、取れる選択肢では無かった。

 詰みに近い状況に追いやられながらも、子供ながらに精一杯の抵抗として選んだのが『声を掛けて来る見知らぬ大人達からの逃走』だった、という事なのだろう。

 

「……よく話してくれたッスね。協力に感謝するッス……そんでもって、必死に生き延びて来た(たたかいつづけて)きた、小さな戦士達に、敬意を」

 

 項垂れ、小さく嗚咽を洩らしているカイル少年の背をミラが優しく撫でているのを暫し見つめ……トニーは静かに立ち上がった。

 予想以上に有益で、想像以上に胸糞悪い話だった。

 語るには辛い話だったろうに勇気を振り絞って話してくれた少年に、掛け値の無い感謝と敬意を払いつつ、次の自身の行動を思索する。

 

 本来ならば騎士団が解決するべき仕事ではあるのだが……おそらくこの一件の絵図を描いた輩は、《大豊穣祭》の開催で衛兵や騎士の巡回の眼や人手が足りなくなることを見越して、その隙に短期間で多くの孤児達を手に入れようと、人攫いの仕事でも受けるゴロツキを大量に雇ったのだろう。

 雇われた連中は自分達にも黒幕の組織力の恩恵があると思っているようだが……まぁ、コレはブラフ――ただの口約束か何かと思って良い。ハナから切り捨て可能な使い捨ての駒として雇われているのを理解出来ないからこそ、このような雑な犯罪に手を染めるのだ。

 とはいえ、路地裏にて孤児狩りを行っているその悪漢共もまだ残っているであろう現状、手をこまねいている内に新たな被害者が生まれる可能性があった。

 

 只でさえ人手不足……のんびりと警備や捜索の人員を申請してる時間は無い。

 そう考え……トニーは幾つかの独断行為に踏み切る事を決意する。

 腕を組んで益々不機嫌そうな表情のまま、事の成り行きを眺めていた魔族領の幹部へと眼を向けた。

 

「《狂槍》殿」

「あン?」

「先程の要望、表通りに面さない『裏』に限った話であれば、帝国側は魔族領に追及を行わない事を御約束するッス」

「ほぉ……口にした俺が言うのもなんだが、随分と思い切ったな、てめぇの独断だろそりゃ?」

 

 試すような口ぶりと、ジロリ、と音が聞こえてきそうな目付きで以て品定めの眼を向けて来るチンピラみたいな男に対し、今度は怯むことなく正面からその視線を受け止める。

 

「構いません、これでも皇帝直属なんで多少の無理は利くんで。この件で帝国の兵や騎士とゴタつくようなら、自分の――トニー・レイザーの名を出して頂いて結構です」

 

 螳螂を思わせる狂相と、狐を思わせる感情の窺えない面貌が向かい合い、ややあって。

 不機嫌そうであった《狂槍》の口の端が持ち上がり、非常に凶悪な、だが面白そうに歪んた笑みの形をとった。

 

「こっちの要望にかこつけて、俺を使()()つもりか。いい根性してやがるな」

「なんとでも。自分も騎士の端くれッスからね――ガキんちょが必死に踏ん張っているのを見て、ケツに火も付かないような生き方は選んでねーって事で」

「ク、カカッ、いいな、お前。割と気に入ったぜ」

 

 打って変わって上機嫌となった《狂槍》が、得物を片手に意気揚々と立ち上がる。

 そこらのゴロツキなぞ比較にもならない凶悪極まりない双眸がギロリと横に転じられ。

 その眼は二人の物騒な空気すら纏ったやり取りを、ミラに庇われながら見つめていたカイルに向けられた。

 

「おい、ガキ。今日明日中に知り合いのガキ共に伝えて廻れ。『明日以降の朝と夕は、血の苦手なチビ共は隠れ場所に引っ込んでろ』ってな」

「……もう少し言葉を選ぶようにして下さい《狂槍》殿。貴方の義侠は他者から見て非常に分かり辛い。そのような言動だから物騒な逸話ばかりが付いて回るのです」

「あぁ、義侠だぁ? 寝呆けた事言ってんなよミラ。連日ごちゃごちゃと鬱陶しい人込みにゃ気が滅入ってたんだ。単に人気の少ねぇ路地裏(ばしょ)を朝夕に散歩するってだけだ」

 

 後半の台詞はテメェの弟弟子に言ってやれ、と鼻を鳴らすチンピラの言葉に、珍しく反論出来ずに黙り込むミラ。

 一方で、同じ様な暴力の匂い(質は桁違いだが)を色濃く漂わせる男達に誘拐されかけたというのに、顔合わせの段階から《狂槍》に対して不思議なほどに脅えを見せないカイルが真剣な表情で頷く。

 

「……分かった、朝と夕方だな。なぁ、騎士様。俺はもう外を出歩いて大丈夫なのか?」

「カイル少年は別に悪い事したって訳じゃ無いッスからね。出歩くの自体は問題無いッスよ――ただ、一応安全の為に後ろのシスターさんに付いて行ってもらうべきかな、と」

「承りましょう」

 

 少年への返答。その言葉の結びに視線だけでミラに問いかけるトニーであったが、皆迄言うなと言わんばかりに力強い快諾が返って来る。

 それらを聞き終えた《狂槍》が一つ頷いて槍を一振りし、肩へと担ぎ直した。

 

「話は纏まったか? なら俺は自分の宿に戻る。部下の子供(ガキ)より手間の掛かる頭領(クソガキ)の世話があるんでな」

「えぇ、今回は御足労の程、ありがとうございました」

「ぬかせ、狐野郎」

 

 ククッ、っと口内だけで笑いを転がすと悠然と歩きだし……部屋の扉を開けた処で、魔族領の幹部である男は最後にもう一度だけ、帝国の《刃衆(やいば)》たる青年へと眼を向ける。

 

「……帝国で職を失くしたら魔族領(ウチ)に来い。てめぇは使えそうだ、扱き使ってやる」

「お気遣いどうも。ですが、自分は隊長・副隊長(今の上司)以外の下に就く気は無いんで」

 

 こればかりはきっぱりと――挑む様な目付きですら以て即答したトニーに、「そうかよ」と一言漏らして肩を竦めると、今度こそ《狂槍》は振り向かずに宿の部屋を後にした。

 その足音が遠ざかっていくのを聞き届け……スイッチが切り替わった様にトニーの顔から力が抜ける。

 

「オッフ……腹痛ぇ……また胃薬処方してもらわないと……」

「……お疲れ様です、騎士レイザー」

 

 情けない表情で胃の辺りをさする青年に、流石に少しばかり同情した様子でミラが労いの言葉を掛けるが……トニーの胃に多大なストレスを掛けている一因は彼女にもあるのは何とも皮肉な話であった。当人にその自覚は無いのがまた、涙を誘う。

 大人も大変なんだな、といった目付きでそれを眺めていたカイル少年だったが、直ぐに切り替えて隣の女傑の服の裾を引っ張った。

 

「なぁ、シスター。今からでも外出できる? 今から回れば、日が落ちる前にはこの辺の孤児(なかま)には魔族のおっちゃんの言ってたことを広められると思うんだ」

「ふむ、そうですね……流石に貴方を元の場所に返すのはまだ許可できませんが、御友達も心配しているでしょうし、顔見せも兼ねて《狂槍》殿の"散歩"について伝えにゆくとしましょうか」

「よしっ、じゃ、直ぐに行こう。イルルァ姉ちゃん達が帰ってきたら手伝ってもらえば……大体の場所は明日までに回れると思うし!」

「では、ブランに伝言を残して行きましょう……しかし、貴方は《狂槍》殿を怖がりませんでしたね? こちらの子供達はオフィリ以外は皆、彼の御仁を見て腰が引けていましたが……」

 

 些細な疑問ではあるが、気になる、と言った風情でミラが不思議そうに尋ねる。

 それに対し、少年は懐かしそうにあぁ、と口を開いた。

 

「別に大した事じゃないよ……さっきも話した衛兵のあんちゃんも、あんな感じだったからさ……ずっと不機嫌だったのも、多分俺達の為に怒ってたんだろうなーって」

「ほぅ。中々に良い観察眼ですね――ただ、本人に指摘するのだけはやめておきなさい」

「分かってるよ、怒り出すんだろ? ……そういう処も似てるし」

 

 二人は会話を交わしながら、席を立って。

 ミラが騎士の青年へ向けて黙礼すると、カイルもぎこちなくはあったが頭を下げ、対するトニーも敬礼でもって返礼し、部屋を出る二人に「ご協力、感謝します」とだけ述べてその背を見送る。

 そのまま出ていくと思われたカイルだったが、先程の《狂槍》の様に脚を止め、振り向いた。

 

「なぁ、騎士様……オルカン達は見つかると思う?」

「……見つけるッスよ、()()()()()であれ、絶対に」

 

 有り得るかもしれない結末――それを示す残酷さと、だけど誤魔化す事をしない誠実さが込められた、その返答に。

 あの大戦で親を失った多くの子供達……その一人である少年は、顔をくしゃりと歪めて、もう一度、丁寧に頭を下げた。

 

「――ッ、あいつらと……俺のともだちと、もう一度、会わせてください。お願い、します」

「皇帝陛下と、掲げた刃に誓って」

 

 進展こそあったが、今回の任への引継ぎ時間は迫り、時間的余裕は無い。

 今、自分にカイル少年の不安を取り払う事は出来ず、この場で誓いを立てるのみであったが。

 それでも、せめてその誓いは果たしてみせようと、トニーは力強く頷いて見せたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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