俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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とりあえず一区切り。
お付き合い頂き、ありがとうございました。






ごめんなさいと、ただいま。

 俺が呆気にとられたまま見つめていると、シアは答えを待つこともなくやってきて隣にドカっと腰を下ろした。

 ジッと無言のままに覗き込んでくる視線に、なんとなく落ち着かない気分になる。

 

「……顔」

 

 何? 顔??

 

「顔どうしたんだよ、ボコボコじゃねーか」

 

 ちょっと不機嫌そうに言うが、これは心配してるやつや。素直じゃないようにみせて結構分かりやすいよねお前。

 名誉の負傷、といえたら格好付くんだろうけど、ただの自業自得なので気にせんでいいやつですコレは。

 

 副官ちゃんの怒りの折檻から丸二日は経ったので、多少は腫れも引いてるのだが、未だに試合後の拳闘士みたいな顔の俺を、シアは面白くなさそうにふーん、と言って眺めた。

 

 酒瓶が床に置かれると、唐突に手がのばされて此方の顔を撫で上げる。

 一撫でして掌が離れていったと思うと、瞬きした次の瞬間には顔に溜まった熱と腫れぼったい感触は消えていた。

 

 何か言う前に一瞬で治されてしまった。俺に対する罰みたいなもんだったのでそのままで良かったんだけど。

 

「オレが嫌なんだよ。なんでボコボコに顔腫らした奴を眺めながら酒飲まなきゃならないんだ」

 

 ブスっとした様子で唇を尖らせたまま、シアは懐から杯を取り出すと無造作に瓶の中身を注ぐ。

 

「とりあえず――呑めよ。ここはオレのお気に入りの晩酌の場なんだ、飲まないとか無粋だぞ」

 

 聖殿抜け出してここで晩酌しとるんかい、不良聖女。

 まぁ月見酒には絶好の場所だから、分からなくは無いが。

 

 杯に満たされた透明な液体を眺めながら、俺はそれを軽く手で押し返した。

 

 月見酒も悪くはないが、まずは言わなきゃならん事がある。聞いてくれ。

 

「まずは飲めって。酒の席で一度も杯を空けないで喋るとかねーよ。下戸かお前?」

 

 いや、お前より強いわ。でもそれは後でえぇねん、先ずは俺の話を……。

 強引に話を切り出そうとした俺を更に遮って、シアは押し返した杯を更に強く押し付けて来た。

 

「いいから飲め――それとも、オレの酒が飲めないっていうのかよ?」

 

 絡み酒の面倒くさい上司かお前は!?

 しかも酒入る前からコレとか性質(タチ)悪ぃぞ!

 

 ぐいぐいと杯を押し付けてくるアルハラ聖女様に、俺は根負けして杯をひったくった。

 一杯だけな! これ飲んだら無理矢理でも話聞いてもらうぞ。

 

 かけつけ一杯という訳ではないが、いっそ酒の力も借りるつもりで中身を一気に干す。

 

「おぉ、いい飲みっぷりじゃん」

 

 やかましいわ――って強いなコレ! お前普段飲んでるのワインとかやろ、なんで今日に限って火酒の類持ってきてんの!?

 

 予想より遥かに強烈な酒精と喉を灼く感触に、危うく噎せる処だった。

 とはいえ、俺もザルって程でもないがそれなりに強い部類なので、普通に飲み切る。

 

 うぉぉ……美味いけど空きっ腹&疲労困憊だとめっちゃキく……かなり良い酒なんだからもっと違うタイミングで飲みたかった。

 

 杯を空けて一息つく俺に、何故かチッと口惜しそうな顔をするシア。おい、なんで今舌打ちした?? ん?

 

「――まぁ、いいや。それよりさ」

 

 よくねぇよ。サラっと自分の話題に持ってこうとするのやめーや。

 先ずは俺の話を聞いてくれ。いいか? 俺は――。

 

 

 

「お前、まだあんな呪いの装備使ってんの? いい加減解呪して封印しちまえよあんな呪物(モン)

 

 

 

 あんぐりと、

 言いたかった事は開いた口から言葉にならずに零れ落ち、俺は大口開けたままアホ面で絶句した。

 

 シアは、綺麗な――酷く凪いだ表情で薄く微笑んで俺を見つめている。

 

 あの、シアさん?

 

「ん~?」

 

 ……ひょっとして気付いてます?

 

「はは。お前はホント馬鹿だなぁ――あの腹の立つ鎧まで使っておいて、なんでオレが気付かないと思ったんだ?」

 

 胸元にある何かを撫でる様な仕草をみせながら、膝立ちになって手を床に突き、シアは静かににじり寄ってくる。

 静かな空気に気圧された俺は、座ったままじりじりと尻を擦らせて後ずさりする事しか出来ない。

 

「――別にさ、黙ってた事をそんなに怒ってるわけじゃないんだ」

 

 シアが膝を進めて、俺が後ろに退がる。

 

「こっちも勝手に勘違いしてた部分もあったし、お互い様な処もあったんだと思うし」

 

 進む、退がる。

 

「おまえのことだから、変に悩んで言い出し難かったんだろうけど」

 

 シアが進んで、俺は退がろうとして――背中が木箱にぶつかって止まった。

 

「――でもさ、それでもさ」

 

 逃げ場の無くなった俺の襟元を、上から覆い被さる様な体勢になって、両の手で掴み上げ。

 

 

 

「帰ってきてたんなら、言えよ……! ばか、やろぉ……!」

 

 

 

 くしゃり、と。

 静かな面持ちがくずれて、泣き笑いの様な表情で言うシアの頬から大粒の涙が伝って俺の頬に落ちた。

 

 俺は、息を呑んで――それでも何か言わなければならないと、必死に言葉を絞り出す。

 

 ――すまん。

 

「謝るの、おそいんだよバカ」

 

 待たせた。

 

「うるさい。おまえなんか、きらいだ、ばか」

 

 ……すまん。

 

 アホか俺は。もっと他に言うことあるやろ。

 襟を掴んだまま、俺の首元に顔を埋めるようにして嗚咽を漏らすシアに、性能低いBOTみたいな単語しか返せない自分にうんざりする。

 

 また、泣かせてるな、俺は。

 

 強烈な罪悪感と共に、自分への根強い不信感が鎌首をもたげてくる。

 やっぱり俺は……。

 ――既に癒された筈の頬に、平手打ちの衝撃と熱が迅った気がした。

 

 ……あぁ、そうだ。そうだったな。

 傷つけたというなら、すべきなのは距離を取ることじゃなくて。

 また、笑えるように傍で全力を尽くすのが、俺のやるべきことなんだと、戦友(副官ちゃん)が教えてくれたんだったわ。

 忘れるの早すぎやろ、鳥頭か俺。

 

 そっと柔らかな淡金の髪を撫でながら、俺はシアを改めて『視た』。

 その魂が、()の最後に『視た』ままに、陰ってしまっているとしても。

 何年掛かってでもそれを晴らせるように、そんな風に強く決心して、しっかりと見つめた。

 

 

 

 そして、

 その強烈な輝きに――呆然と魅入った。

 

 

 

 抱え込んだ腕の中で、シアは変わらず泣き続けている。

 だけど、その魂には一切の陰りなく。

 まるで、幸福な今日に、それが続いていくのだと、信じられる明日に――未来への希望に、きらきらと光っているようで。

 

 一目『視て』、確信した。

 

 これだ。

 

 これが、俺の見たかったものだ。

 

 最初に見たいと、心の底から望んで。最後に見れないと、それでも構わないと諦めたものだ。

 

 ――嗚呼、ちくしょう。

 

 やっと、みれた。

 

 

 

 切望、歓喜、安堵、憧憬、罪悪感と。

 いつぞやのリアの事を言えない位に、ぐっちゃぐちゃになった感情のごった煮が、胸をかき混ぜる。

 

 この期に及んで、自分の望みが叶った事に喜んで、目頭が熱くなって喉がじんじんと痛くなった。

 阿呆が。自分の事より目の前のシアやろ。もっと言うべきことが、掛けるべき言葉があるだろうに。

 しっちゃかめっちゃかになった頭の中はエラー吐き出したみたいに、情けない本音だけしか出てこない。

 

 ――あぁ、きれいだなぁ。

 

 なんて、馬鹿みたいに震えたみっともない声が、意識せずに喉から零れる。

 思わず漏らした一言に、シアは驚いたように顔を上げて――半泣きになっているであろうアホ面の俺と、目があった。

 

「――なんだよ、それ」

 

 そう言って、呆れた様に笑うシアの瞳にもまだ涙が光っていて。

 互いにガキみたいに半べそをかいたまま、それでも俺達は笑いあった。

 

「ずっと、待ってたんだ」

 

 ――うん。

 

「おまえに会いたかった」

 

 ごめん。

 

「おまえが、オレを覚えてないのかと思うと、すごく怖かった」

 

 ごめんよ。

 

「それでも、会いたかったんだよ」

 

 ごめんなさい。

 

 ひとつずつ、言葉を交わし合う。

 言葉少なに、けれど2年の空白を埋めるように。

 

 身を寄せて、穏やかに気持ちを吐露するシアに、俺はその手を取って、謝り続けた。

 何度も何度も、それを繰り返して。

 

 それが途切れた頃に、俺は静かに、だけど精一杯の想いを込めて大切な友人の名前を呼ぶ。

 

 ――レティシア。

 

「……うん?」

 

 ただいま。

 

「うん――おかえり」

 

 そういって、シアは嬉しそうに笑い返してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ところでさ」

 

 静かな月夜の下で、再会の余韻に浸っていると唐突にシアが声色を変えて切り出した。

 

「帰ってきたことを言わなかった事については、もう怒ってないけど」

 

 俺の胸元から顔を上げると、ものっそい綺麗な笑顔を浮かべる。

 

「2年前、勝手に居なくなった上にあんな無茶をしたことについては、また別だよな?」

 

 ――ヴェッ!?

 

 二日前くらいに同種の笑顔を見た記憶が蘇り、とっさに身を離そうとして――。

 ――妙に力の入らない身体のせいで、ずるずると木箱の側面を背が滑って、横倒しになった。

 

 ちょwwwwなんやこれwwwwwんんwwww力が入らないでござるwwwwww

 

 ……って草生え散らかしとる場合ちゃうわ!

 

「おー……効いてるな。一杯だけだからもっと時間かかるかと思ったけど」

 

 そんな声が聞こえて、案山子みたいになった俺をシアが上から覗き込んでくる。

 

 ……あの、シアさん?

 

「ん~? 何かな?」

 

 さっきのお酒、何か盛りました?(震え声

 

「失礼な奴だなぁ、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 なんか盛ったことは否定しないんですね(白目

 

 艶然と微笑むシアに、謎の危機感を覚えながら身体の調子をチェックする。

 ……あかん、なんか頭までボーッとしてきた。マジでどうなってんだこれ。

 

 一番近いのは酩酊感だろうか。

 まるでぬるま湯に浸ってるような奇妙な心地良さと、脱力感。

 

 何より解せないのは、明らかに何か身体に入ってるのに鎧ちゃんが反応しないことだ。

 酒にしろ、薬にしろ、鎧ちゃんの対毒防御を完全に抜けてくる代物とか聞いたこともないんですけどォ!

 

 鎧ちゃんが動かない時点で、現状、俺に出来ることなんぞほとんど無い。

 やだ、詰んでるこれ(愕然

 

 焦りのせいか、盛られた何かのせいか分からんが、汗が吹き出てじっとりと服が貼り付く感触がする。

 首に掛けた()()()()()()()()()()のペンダントを片手で弄びながら、シアは空いた手で俺の頬を撫でた。

 

「お前が勝手に無茶して怪我するのなんて、いつもの事だけど――限度ってものがあるよな?」

 

 俺の頬からそっと離された白魚のような指先が、自身の頬をツツーっと掠め、唇へ。

 

「何回言っても聞きやしないし。いい加減、オレもアリアも説得は諦めたんだよ」

 

 ペロリと、赤い舌先が飛び出て指先を舐めとると、艶やかな笑みを一層に深めてシアは本当に楽しそうに、嬉しそうに笑った。

 

「言って分からない奴には、別の方法で()()()()()()()()()()――そう思うだろ?」

 

 分から聖女。

 そんなアホなフレーズが脳内を駆け抜けた。

 

 アカン、マジでアカンやつやこれ。

 理由は分からない。分からないが。

 ただ、怒られて折檻されたりするだけならこんな焦燥感は無い筈だ。

 

 だが、何故か――異世界生活を得て磨かれた俺の危機察知能力が、全力で警鐘を鳴らしている。

 

 なにか、何か言わなければならない。

 このままで非常によろしくない――!

 

 酩酊感が酷くなる。

 いよいよもって霞掛かってきた思考を何とか繋ぎ止め、もつれそうになる舌に喝をいれてなんとか言葉を捻り出す。

 

 えー、その件に関しましてはー当方が心労をお掛けしましたことを非常に心苦しく思っておりましてー。

 

「うん」

 

 い、以後、このような事が起こらぬよう、巌に慎む所存であり――。

 

「うん」

 

 ………えーと。

 

「続けて?」

 

 すいませんごめんなさい。許して下さい。

 

 どうしようも無くなってぶっちゃけて謝るしかない俺に、シアは。

 燦然と輝く魂に負けないくらいに、今日一番の綺麗な笑みを、大輪の花の如く咲かせた。

 

 

 

「ふふっ――だぁめ♥」

 

 

 

 dsynー。

 

 その笑顔を脳みその重要フォルダに丁寧に焼き付けると。

 もう限界だったので、諦めて白目を剥いて意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 意識を失った馬鹿野郎を、オレはそっと抱きかかえるとその頭を自身の膝の上に乗せる。

 酔い潰れるように気絶した馬鹿は、酒と()が回りきって赤らんだ顔のまま、ごめんよーゴメンヨーなんて、うなされる様に呟き続けていた。

 なんだろうなこれ。

 今までコイツと何かある度に感じていた感情とは違う。

 ドキドキするのでもなく、腹立たしいのでもなく。

 

 ――ああ、そうか。かわいいなこいつ。

 

 ストンと、何かがハマるような感じに、今の感情を理解する。

 うん。いいなこれ、これは新感覚だ。

 なんだか嬉しくなって、膝上の馬鹿の頭をぎゅーっと抱え込む。自然と笑みが零れて止まらない。

 

 ――火酒と前のコイツの欠片を調合して作った霊薬は、思いの外効果があったみたいだ。

 あのムカつく鎧も、流石にこの薬の効果は防げない、防がない筈だと予測していたけど正解だった。

 なにせ、今のコイツにとって一番必要な魂の快癒がこの霊薬の肝だ。

 おまけに材料は元のコイツの一部――そもそも毒として認識する訳が無い。

 

 色々な手間が省けたのは良いが、一杯でここまで効くってことはそれだけこの馬鹿の魂が疲弊しているという証左なので、手放しには喜べないけど。

 

 ゆっくり『治療』していけば良い。時間ならこれからたっぷりある。

 

 硬めの黒髪を手ですいてやりながら、じっくりと顔を眺めてみた。

 

「……傷、前と同じになっちゃったな」

 

 任務先で、今の身体であの鎧を使うような無茶をしたせいだろう。

 酒場では無かった筈の――オレの回復魔法でも癒しきれなかった嘗ての傷痕が、浮き出るように再び表れていた。

 

 その殆どを、オレは知ってる。覚えてる。

 

 まだまだ弱っちかった癖に、オレを庇ったとき。

 アリアを助け出して、オレとアリアを背にして真っ向から敵の攻撃を受けたとき。

 呪われた巨人との戦いで勝負を決めてみせたとき。

 

 ひとつ、ひとつ。

 お前が積み重ねていった傷痕の理由を今でも鮮明に覚えてる。

 

 意識した訳でもなく、自然と身体が動いていた。

 額に、頬に、耳に、首筋に。

 慈しむように、啄むようにその痕に口付けを落とす。

 

 もうかつての欠片に口付ける必要は無い。

 本当にそうしたいものが、ここにあるんだから。

 

 本当は()()にしてしまいたいが――お楽しみは後にとっておいてもいいだろう。

 流石にそろそろ大聖殿に戻らないと、アリアが痺れを切らして突撃してくるかもしれない。

 

 素直なアリアではコイツの顔を見たら演技なんて出来っこないだろうし、()()前に泣き出してすがり付いてしまうだろうと、相当に無理を言って留守番させてしまったからな。

 

 ……まぁ、あれだ。捻くれてるが故にオレに美味しい思いが回ってきたってことで、うん。

 

 とはいえ、姉妹(きょうだい)間で片方ばかりが独占も良くない。

 今頃、寝室で今か今かと待ちわびているであろう(おとうと)の気持ちを汲んでやるのも、最初の時間を独り占めさせてもらった(あに)の義務ってやつだ。

 

 身体強化を発動させると、意識の無い馬鹿をお姫様抱っこする。

 

 ――次は逆がいいな。

 

 そんな事を考えつつ、陸揚げされたタコみたいにぐったりしてる奴を運びながら、もう一度笑いかけた。

 

「おかえり、オレのヒーロー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 ――聖都大聖殿、巨大なその建造物の内部にある奥院にて。

 

 一人の老人が本を片手に、机上に盤と駒を広げてのんびりと差し込む日差しを満喫していた。

 白髪を後ろに撫で付け、同じく真っ白な髭をたっぷりと伸ばしたその人物は、小柄な体躯を一際豪奢な僧服に包み、揺り椅子をゆったりと前後させながらふむ、と呟いた。

 

 その手で捲られる本には日本語で『猿でも分かる将棋初級講座~これで駄目なら回り将棋でもやってろ編~』と書かれている。

 

 老人は首を傾げながら駒を拾いあげ、将棋盤に乗せる。

 パチン、と軽快な木を打ち合わせる音が響く。

 その音の隣へと、静かに紅茶のカップが置かれたソーサーが添えられた。

 

「あぁ、済まないね。ミラ」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 老人の感謝に、眉一筋動かさずに応えたのは修道服姿の老年の女性だった。

 鉄仮面のような硬い表情に、その纏う空気を補強するような細いフレームの眼鏡が鼻梁に乗せられている。

 歳の頃は日向ぼっこを楽しむ老人とそう差は無いのだろうが、棒が入ったように伸びた背筋と如何にも自他に厳しい、といった雰囲気のせいで、彼女のほうが一回りは若々しく見えた。

 

 再び軽快な音が奥院に響き、老人はカップを手に取るとゆっくりと紅茶を味わう。

 

 不動のままその背後に控えていたシスターは、一段落ついたと判断したのか静かに老人の背へと声を掛けた。

 

「猊下」

 

「うん、何かな?」

 

「《猟犬》が彼女達のもとへと戻ったそうです」

 

「それは朗報だ、雨降って地固まる、というやつだね」

 

 目の前の老人が、聞きなれない慣用句を好んで使うのは今に始まったことではない。

 語用が正しいのかそうでないのかも判別が付かないが、慣れている事もあってミラと呼ばれた女性はそれをスルーした。

 

 パチン、と三度軽快な音が響く。

 

「猊下」

 

「なんだい?」

 

「どこまで『見えて』いらっしゃったのです?」

 

「全部という訳では無いよ。ただ――これが一番早くて確実で、ついでに面白い事になりそうと判断しただけさ」

 

 なにせ、我らの偉大なる創造主からの御神託だからねぇ、と、老人は朗らかに笑う。

 

「やはり、大戦以降は精度が上がっておられるようですね」

 

「宝の持ち腐れ、というものだよ。どうせならあの戦の時にこの精度が欲しかった」

 

「創造主の加護あってこその未来視(御力)、ということでしょう。邪神によって世に帳を掛けられていた時代では、大きく力を弱めるのは仕方が無い事かと」

 

「一番必要な時代に、その原因のせいで満足に使えないというのだから――儘ならないものだねぇ」

 

 今となっては、若者の恋路に茶々を入れる程度がお似合いの能力さ。

 そうボヤいて頁をめくる老人に向けて、女性は僅かに目を細めた。

 

「猊下」

 

「うん、どうしたのかな?」

 

「結果的には猊下の描いた図となりましたが――その過程で、私はアリア様を泣かせてしまいました」

 

 ベヂ、と。

 軽快だった駒を打つ音が乱れ、なんとも言えない空気が暖かな日差しに満ちた空間を上書きする。

 心なしか首を竦めたような動きをみせた老人は、恐る恐ると言った様子で背後に控える古馴染みの友人を振り返った。

 

「それは……災難だったねぇ。君にとっても、彼女にとっても」

 

「いえ、全ては私の愚かな推論が招いた結果です。アリア様には後でお詫びの機会を頂かねばなりません」

 

「うん、そうだね。僕に出来ることがあるなら、手伝わせてもらうよ」

 

「有り難うございます」

 

 ――パチン。と元に戻った音が響く。

 

「猊下」

 

「はい、なんでしょう」

 

「奥院に閉じ籠っているだけでは御体に障ります。たまには中庭で身体を動かすというのは如何でしょう」

 

「……いや、今このショーギの教本も良い処だし、また今度にしたいなぁ」

 

 後ろを振り向かない様に努めつつ、老人は控えめに女性の意見を拒む。

 だが、その襟首を女性は無造作に掴んで持ち上げた。

 

「遠慮なさる事はありません――えぇ、久しぶりに稽古をつけてあげましょう、ヴェティ」

 

「強制じゃないか」

 

 颯爽と中庭に向かう友人に子猫の様に運ばれながら、老人は諦めたように嘆息する。

 

「やっぱり教皇なんて、なるものじゃ無い」

 

「貴方の苦労の大半は、その悪戯気質(せいかく)のせいでしょう」

 

 愚痴混じりでこぼした呟きは、女性によって一刀両断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 ここ二日くらいはテンションとか勢いとか、諸々に任せて大分アレな行動をとった気がする。

 

 目が覚めると、知らない天井でした。

 起きたら簀巻きにされて火炙りにされてるくらい覚悟してたんだけど、そういった事は無いようだ。

 

 だがそんなのはいい、それは重要な事じゃない。

 

 問題なのは俺が昨日、散々にやらかしたこっ恥ずかしい言動だ。

 

 いやね、言った事に嘘はないよ。掛け値無しの本心だよ。

 でもさ、そういうのってこう、あるじゃん? あんまり外に晒け出すようなモノじゃないじゃん?

 ずっと見たかったモンが見れて、シアと本当の意味で再会して、こうね、ついつい感情の振り幅的なものがね?

 

 あぁ、思い出すだけで恥ずかしい。どういうテンションやねん昨日の俺。後悔とかは微塵もないけどそれはそれとして恥ずかしいんだよあああああああああああ!!

 

 昨日の記憶を反芻するともう駄目だった。

 やたら豪奢なベッドの上で、沸き上がる羞恥心とこそばゆさで俺は内心悶絶する。

 

 うあぁぁぁぁぁぁっ! 消せえぇぇぇぇぇぇっ! 誰か俺の昨日の記憶を消してくれぇぇぇぇっ!!

 

 ホントはもうベッドから発射されてお外に飛び出したい。

 七転八倒しながらその辺の地面に穴掘って埋まって、土の中にアー! ウアー! ってしたい。

 

 ――でもそれも出来ない。っていうか動けない。

 

 

 

 何故なら、シアとリアが左右で俺をガッチリホールドして寝てるから(白目

 

 

 

 右のシアは俺の頭を抱え込むようにして抱き枕みたいにしてるし、寝巻きからはみ出た艶かしい白い足が、胴に絡み付いている。

 左のリアは此方の腕を枕にして、寝巻きを豪快にはだけさせて四肢全部を使って俺にへばりついていた。

 

 ほんと、どういうことなの、だれかせつめいして。

 

 恥ずか死しそうな心中に加え、この状況だ。

 もういっぱいいっぱい過ぎてどうしようもない、俺はどうすればいいの(切実

 

 かろうじて首を動かして、原因の二人を交互に見やって――。

 

 

 

 ――二人とも、あんまり幸せそうに寝ているもんだから、なんかもう全てがどうでも良くなった。

 

 

 

 なんでこんなにくっ付いてんのとか、なんで二人ともそんなスケスケのネグリジェみたいなの着てんの目に毒ってレベルじゃないんですけどというかちょっといいにおいして非常によろしくないんですけどなんかやわらかいものがあたってるしうあああああとか、そもそもなんで俺はパンツ一丁で寝てるんだよとか。

 

 まぁ、色々と言いたい事や疑問は沢山あったんだけど。

 

 ――寝直すか。

 

 全てを明日の自分に丸投げして――多分、幸せといっていい優しい空気の中で、俺は再び目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続きを書くとしても、曇らせ要素が減ってしまうので同士には謝るしかない。



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