俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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大変お待たせしました、ぼちぼち更新を再開します。






動き出す者達 3・拳士と剣士

 

 

 

「散歩……ですか?」

「あぁ」

 

 魔族領幹部の身でありながら、何故街の路地裏(こんなばしょ)にいるのか。

 ローガスの当然の疑問に《狂槍》が応えたのは内容は実に端的だった。

 

「ウチのアホ頭領の面倒を見ながらの国外逗留だ、いい加減ストレスも溜まるんでな。朝と夕に適当に帝都を歩き回ってンだよ」

 

 散歩は()()()()()()に良いんだ。と実に凶悪な笑みを浮かべるチンピラに、古馴染みが変わらない事に苦笑いを浮かべつつもローガスは後頭部をガリガリと掻く。

 

「あー……色々と気疲れしているのはお察ししますけどね。一応、此処は帝国首都なワケでして。相手がロクな連中じゃないにしても、地元と同じノリで大勢の人間を半殺しにされると流石に困ると言いますか……」

「許可なら貰ってる。お前の部隊にいる下っ端じみた語尾の狐みてぇな面した奴だ」

 

 トニーの奴、何やってんだオイ。

 よりにもよって《災禍の席》で一番血の気が多いとされる男に物騒なフリーハンドを与えた同僚に、内心で愚痴る。

 

「ねぇ、今言ったのってトニーの馬鹿の事?」

 

 背後で聞こえた声に振り向けば、シャマが気絶した子供を背負って傍にやってきた処であった。

 最初に見せていた警戒は何処へやら、探している仲間の情報が手に入りそうと判断するや、物怖じせずに詰め寄る騎士の少女に《狂槍》が腕を組んで首を縦に振る。

 

「あぁ、確かそんな名前だったな――で、そのガキは問題ねぇのか? 一応、手持ちの霊薬(くすり)を使っておいたから重症じゃねぇとは思うが」

「打撲が残ってるけど、深刻な怪我は無いと思う。一応、この国の騎士として礼を言っておくし」

「……まぁ、そうだな。やり過ぎではあるが、本来なら俺達の仕事な訳だし」

 

 簡易ではあるが敬礼と共に礼を述べる《刃衆(エッジス)》の二名に対し、魔族領の最高戦力の一角たる男はどうでも良さげにヒラヒラと手を振って応じる。

 

「ガキを助けたのは只の成り行きだ……そろそろ散歩がてらの塵掃除も片付いて来たしな、あとはそっちで勝手にやっとけ」

 

 会話を打ち切ってさっさと踵を返そうとする《狂槍》の前に、シャマが回り込む様に立ち塞がった。

 

「待ってってば。おにーさんがトニーから『散歩の許可』について話されたのっていつ頃の事なのか聞かせて」

「あぁ?」

 

 怪訝そうに眉根を寄せ、頭一つ分以上低い場所にある褐色肌の少女の真剣な顔を見返し、更にその背後のローガスが頷いたのを見て察した様に舌打ちを洩らした。

 

「チッ、あの狐野郎、下手打ちやがったのか? 都市内でゴロ巻いてるクズなんぞに遅れを取る奴には見えなかったが……」

 

 彼の態度と台詞から察するに、トニーが就いていた、帝都の戦災孤児を中心とした未成年の保護実態の調査についても知っている様だ。

 

「何か知ってるなら教えて。アイツは何処で何してるの? 怪我は?」

「落ち着けシャマ――だが、そうですね。出来る事ならそちらの情報を聞いて擦り合わせをしたい処なんですわ。お願いできませんかね?」

 

 勢い込んで前のめりになるシャマを制止こそしたが、ローガスも彼女の言葉自体には同意であった。

 

「……仕方ねぇな、先ずはそのガキを教会の治療院に放り込みに行くぞ。その道すがら話してやる」

「ありがとうございます。あー……処で、ここいらに転がって連中と、その、後ろの前衛芸術みたいになってる人体の塊みたいなのは……」

「昨日までは俺が自分(てめぇ)で屯所に引き摺っていったが、そっちでどうにか出来るなら好きにしろ」

 

 人体を絡ませて作った形の悪い球体はどう見てもサイズ的に道幅よりデカいのだが、《狂槍》は「引っ掛かるなら力づくで引っ張りゃいい」と何でもない事の様に宣う。球体の素材であるゴロツキの百倍は物騒なチンピラである。

 曰く、10メートルほど狭い路地を引き摺ってやると、摺り下ろされた()()に近い連中(パーツ)が小鳥みたいに()()と囀る様になるらしい。

 屯所に着く頃にはすっかり素直になっているらしいので、取り調べを行う側としてはさぞスムーズに聴取が進む事だろう。

 俺なりの親切心だ、と頬についた血痕を拭いもせずに嘯くその様は、どうみてもこの男の方が凶悪極まりない加害者にしか見えない。

 

 首を竦めて「えっぐ……」とボソリと呟くシャマには全く以て同意であったが、ぱっと見の外見や言動から誤解を受けやすい、という点に関してはお前も同類だよ、とローガスは内心で突っ込んだ。

 本人に面と向かって指摘しようものなら、不機嫌を通り越して本気の殺気が飛んで来るので絶対に言えないが、この戦闘狂じみた男が殊更に嗜虐性を発揮するのは弱者を嬲る相手や外道を働く輩に対してが殆どである。

 発露させる方法が物騒に過ぎるとはいえ、その根底にあるのは義憤に近い感情と言って良いだろう。繰り返す様だが本人には言わないし、言えないが。

 冒険者時代、会う度に態々指摘しては「はいはい、師匠は拗らせたツンギレですからね」とか煽って周辺被害が甚大な師弟喧嘩を毎回繰り広げていた部隊の顧問――ネイトの顔を思い浮かべ。

 次に二人が顔を合わせるときには絶対同席しねぇ、と固く誓い直し、溜息が漏れない様に口に蓋をすべく、懐を漁る。

 取り出した紙巻煙草を片手に、ローガスは思案した。

 魔族領の幹部である《狂槍》が同郷の面子と帝国入りした時期、それとトニーとの連絡が取れなくなったタイミングを考えても、おそらく両者が会って会話をしたのはトニーが行方不明になる少し前だろう。

 どういう話にせよ、それが同僚を無事見つけだす切欠となれば良いのだが。

 

(引率役なんぞ俺のガラじゃないんだよねぇ……シャマのお守りといい、他に飛び出しそうな面子の抑えといい、普段担当してる奴が行方不明ってのは勘弁して欲しいぜホント)

 

刃衆(エッジス)》内でも年長ではあるが、あくまでさり気なく若い連中のフォローに廻る事を好む男は、事の進展を願いつつ、煙草を咥えて。

 

 

 

「だから吸うなって言ってんでしょ」

「ちょ、おまっ、それ最後の一本……あっ」

 

 

 

 一回りは年下の同僚に残った最後の煙草を取り上げられ、目の前で握りつぶされて情けない声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なんだかもの申したい評価を受けてる気がするッス」

「……何言ってんの? やっぱり怪我の後遺症あった?」

 

 唐突に虚空を見て呟いたトニーの言葉に、斥候(スカウト)に類する軽装に身を包んだ冒険者の女性が訝し気に問いかける。

 一応は重傷者であるトニーが使用している寝台の前には、以前に北方での別件で関わった四人の冒険者達が全員揃っていた。

 帰国後に提出した報告書にも、彼らの事は記載してある。任務で関わることになった簡単な経緯と冒険者組合に記録のある情報程度ではあるが、トニー自身が調べて書き上げたものなので記憶に新しい。

 

 確か、剣士のアザルを頭目に、斥候兼弓使いのイルルァ、魔導士のウェンディ、聖職者のエクソン、だったか。

 

 バランスの取れたパーティーであり、中々に実力と人品の揃った冒険者達だったので、立場上敵対する形となって非常にやり辛い思いをしたものだ。

 万事解決済みとはいえ、仮にも国から命じられた潜入任務だ。一介の冒険者達に対してのネタ晴らしはあまり感心できる行為では無い。

 

 ――が、相手は命の恩人である。おまけに助けられた状況を聞いてみれば、殆ど身バレしてる様なものだった。

 流石に北方での一件については事細かに語る気は無いが、自身の本当の所属くらいは明言してしまってもよいだろう。此処に至って惚けるのは今更に過ぎる。

 

 そんな判断と共に、トニーは所属部隊と都市内で追っていた任で下手を打った事をざっくりと彼らに語っていた。

 裂けてボロボロになっているとはいえ、《刃衆(エッジス)》の隊服を着ていた事から察してはいたのだろう。本来の所属自体はあっさりと信じて貰えた。

 こんな形で再会したのは驚きだったが、それよりも驚いたのは現在トニーが追っている一件――孤児を中心に行われている人身売買を行っている組織について、彼らも調べている最中だと言う事だ。

 

「というか、カイル少年を助けに入った冒険者ってのは皆サンの事だったんスねぇ……えらい偶然もあったもんで」

「全くだ。誘拐の一件で聴取に来た騎士が《刃衆(エッジス)》だったってのも驚きだが、それがアンタとはな」

 

 何処かしみじみとした口調のトニーの言葉にアザルが腕を組んで頷き、互いに奇妙な偶然の妙を噛みしめる。

 

「それよりも、トニー、だっけ? オルカン――子供達の行方について調べてるんでしょ? そっちの方では何か有益な情報は無いの?」

 

 少しばかり焦れた様子で単刀直入に切り込んで来たのはイルルァだ。

 互いの状況については既に軽く説明済み。そこから聞いた話によれば、どうやら人身売買を行っている連中に攫われた子の中には彼女の身内がいるらしい。

 ……本来ならば幾ら命の恩人といえど、軽々しく任務の内容や情報について話す事は出来ない。

 だが、話さなければ話さないで、彼らは独自に調査を進めるだろう。

 

 トニーの脳裏を過ったのは、自分がこうやって半死半生となった原因の転移者の男である。

 万が一、目の前の冒険者達がこの件を調べ進める間にアレとかち合う羽目になれば……全滅は免れない。おそらく退く事すら出来ないだろう。

 

「……危険ッスよ? 自分のこのザマを見りゃ想像は付くと思うッスけど」

「でしょうね。傷口に残るえげつない攻性魔力を見れば分かるわよ」

「貴方を治療する際、その傷の下手人が相手が並みならぬ相手であるとは既に全員に。此処でこうして話し合っている時点で、結論は出ていると思って頂きたい」

 

 警告に対して動じること無く応えたのは後衛の二人――トニーの治療にあたったウェンディとエクソンだった。

 この一件、現在、闘技大会に出場している《水剣》が率いるような超一流に近いパーティーならばともかく、一介の冒険者には手に余る連中が相手だというのはアザル達も察している。

 それを踏まえて尚、引き下がる事はない。トニーにもそれが伺える程度には彼らは善良で、未知や大きな何かに挑む事を生業とする"冒険者"であった。

 

(ま、そうでなけりゃローレッタ嬢の一件で彼女に力を貸したりしない、か)

 

 言わずもがな、というやつだ。

 トニーは動く左手で顎先を撫で、どうしたものかと思案する。

 

 自分のこの状態では何時もの様に単独で動き回る、というのも厳しいだろう。

 正確にはやってやれなくはないが、それには()()が必要だ。

 本来なら別の任務に割り当てられる時間が迫っているのだが、下手を打った現状、その辺りの引継ぎ事情がどうなっているのかも分からない。

 ざっくり言ってしまえば互いの立場は公僕と一般人。トニーの立場上、無条件で全面協力、とは行かないが、例の転移者という危険要素がある以上、彼らの安全の為にもある程度は情報を渡した方が良さそうだ。

 

 頭の中で纏め終えると、一つ頷いて顔を上げた。

 

「……よし。んじゃ、都市内の地図はあるッスか? あとは紙とペンをお願いするッス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 はしゃぎ疲れた身体をしっかりと休めたあくる日。

 

 闘技大会も再開されると言う事で、オレ達は闘技場(コロッセオ)へと入場していた。

 ちなみに今回は来賓席には座らず、アリアと二人で変装して一般席での観戦である。

 

 一般席で試合を観ようというのは相棒の発案だ。

 一昨日の試合はブランとヒッチンさんのシスター二人と、彼女達に引率された子供達と共に観戦していたウチの猟犬であるが、今回はオレ達も一緒にそっちに混ざって観る事にしたのだ。

 まぁ、なんだ。コイツが顔が広い奴なのは今更な事ではあるが、いい加減オレ達も一緒に観戦したくなったというかなんというか。

 ミヤコやアンナといった帝国組は勿論の事、《陽影》も今回はいないからな。独り占め出来ればそれが理想ではあるが、強力なライバルが増えた今、(おとうと)と二人で相棒の隣を確保出来る状況は中々に悪くない。ヒッチンさんの試合への補足説明というのも聞いてはみたかったし。

 そんな訳で、子供達も含めれば結構な大所帯となって観客席の一角に固まったオレ達であったのだが。

 

「その節はお世話になりました、レティシア様。知らぬ事とはいえ、聖女たる御方に子供達の世話や皿洗いなどさせてしまった当時の不敬、お詫びいたします」

「いやいやいや、あのときは変装してた訳だし、気にしないでもらえると。こっちこそ正体を隠して接してた訳だし、申し訳ない」

 

 なんとも間抜けな事に、シスター・ブランと初めて会ったときにも変装していた事を失念していた。思い出したのは彼女の言葉を聞いてからである。

 あのときと同じ様な恰好と髪色に変えてるとはいえ、相棒やヒッチンさんが聖女二人が同席するという話は既に通してしまっているし、そりゃ気付くよな。間近で見れば猶更だ。

 頭を下げる栗色の髪のシスターに、慌てて相手と同じように謝罪する事となった。

 元からそう深刻な話でもない。オレとシスター・ブランとの改まった挨拶はそれで済んだ。

 話を聞く限り、孤児院には教皇(じいさん)まで出入りしてるらしいし、オレやアリアも縁が出来たということで帰ったらお邪魔してみるのも良いかもしれない。

 

 で、あの日のもう一人の当事者である相棒だが……相も変わらず子供達に群がられている。

 ぶら下られたり乗られたり、引っ張られたり。以前に本人が言ったようにその様は公園の遊具宛らだ。シスター・ブラン達も注意はしているのだが、相棒本人があんまり気にしてないのもあってへばりつく子供達は中々減らない。

 アリアはそんな相棒を見て楽しそうにしている……よじ登って肩車体勢になった子にだけは少し羨ましそうにしてたのはご愛敬というやつだ。

 体格的にかなり小柄な(おとうと)だが、以前でも流石に肩に乗せるのはギリギリだった。今やったら絵面的に色々と無理があるだろ、諦めろ。

 

 時刻は昼にはまだ届かず、やや曇りがちではあるが気温は低くはないので過ごしやすい。

 本日の初戦――二回戦第二試合は既に終え、現在は次の試合までの僅かな隙間時間となっているのだが。

 

「貴女らしいと言えばその通りですが、公の比武の場で指導じみた真似をするのは少々軽率でしたね、チェルシー。相手によっては侮辱であると取られかねませんよ」

「は、はいぃぃ……も、申し訳ないですぅ……」

 

 その初戦を行った選手の片割れである、チェルシーさん……シスター・ミンスタが、ヒッチンさんの隣で身を縮こまらせて座っている。

 スタイルの良い気弱そうな美人、といった如何にも男に絡まれそうな彼女であるが、中身はしっかりこの世界の武闘派聖職者仕様だ。しかも相当に上澄みの。

 案の定というか、我らが教会御意見番と顔見知りだったらしい。相棒曰く、体術の基礎動作がミラ婆ちゃんと似てる。との事なので指導を受けた事があるのだろう。

 

 聖殿でオレやアリアと話すときも緊張気味だったが、今は更にガチガチだ。元から引っ込み思案な気質なのもそうだが、聖女二人と御意見番と同席という状況がそれを助長してるらしい。

 

「チェルシーちゃんまたきんちょーしてるー」

「おながいたい? あっためてあげる?」

「あ、いえ。大丈夫ですよ、ありがとうございます」

 

 子供達とも顔見知りなのか、笑顔で声を掛けられて小さな掌で腹部を擦られ、気が解れた様子で少しだけ笑うシスター・ミンスタ。

 つい先程まで試合を行っていた彼女であるが、どうもヒッチンさんが御説教というか小言というか、一言あって呼んだらしい。

 無視なんて出来る訳ないしな。教皇の爺さんを筆頭にオレ達や枢機卿だって呼び出されたら素直に出頭する。

 "忙しいからまた今度!"とか言って堂々とブッチしていたのは隣にいる馬鹿くらいのものだ。やらかしたのは流石に本当に予定びっしりで行動していたときだけみたいだが。

 

 さて、亀の如く首を竦めて小さくなっているシスター・ミンスタであるが、相手をしたのは一回戦でも聖職者のカーク神父と戦ったファルシオン選手。

 観戦している他の選手や腕の立つ奴ら、目の肥えた観客なんかは普通にシスター・ミンスタが勝つと思ってたんだけど……結果は凡その予想を覆し、ファルシオン選手が勝利した。

 

「……その、ズィオロ枢機卿は許可して下さいましたが、私もお祭りの為の人員として送られた一人な訳ですし。勝ち残ればその分、お仕事を他の方にお任せする事になってしまいますし」

 

 話を聞いてみると、どうも友人に悪ノリみたいな感じで闘技大会に出場登録されてしまったらしく、勝ち負け自体にはそれほど拘っていない――どころか試合自体に積極的とは言えないシスターだったが……それでも実力的にははっきりと格上である彼女が負けたのは、先にヒッチンさんが注意していた様にファルシオン相手に指導じみた真似をしたのが原因だ。

 

「じ、実際相対すると分かるのですが、まるで砂山が水を吸う様にこちらの動きを学ぶんです、彼女。本人も勝敗より技術の吸収が目的の様に見えたので、つい……」

 

 大戦時は参戦希望者の教導なんかもしていたらしいので、当時の感覚でやってしまったとの事。

 実際、ファルシオンの動きは第一回戦で感じたぎこちなさがかなり取れ、洗練されていた。部分的にではあるけど、カーク神父の体捌きが取り入れられていた様に思う。

 そこから更に自分の動きを学ばせつつ、彼女の戦闘スタイルである曲剣と体術の組み合わせに適したブラッシュアップを行った結果――。

 

「場外へと落とされて敗退という訳ですか。教導であれば短時間で其処まで導いた事をも含めて満点に近いですが、他国の催しの場で行うのは感心出来ません」

「うぅ……おっしゃる通りですぅ……」

 

 手厳しいヒッチンさんの指摘に、自覚はあるのか項垂れて頭を抱えるシスター・ミンスタ。

 血生臭さ無しのクリーンな真剣勝負を見に来た観客達からすれば、目的とは違う物を見せられたようなモンだろうしなぁ。

 素人目には激しい攻防に見えただろうから、大部分の観客には好評だったのは幸いか。

 実況のグラッブス司祭も其処らへんは空気を読んだのか指摘しなかったし。別件の仕事が入ったとかで、今日は実況席にいないシャマあたりなら容赦なく突っ込んでただろうけど。

 自省激しい性格もあってか、死にそうな顔色になってヘコんでる気弱美人にシスター・ブランが取り成すように声を掛けている。

 

「チェルシーさんは初陣前の子達への教導に非常に熱心でしたからね。年若い子達が生き残れる様に力を尽くしていたのは、天上におわす女神も御存知の筈です。勿論、私やミラ様も」

 

 場を少しばかり間違えたのは確かだが、根幹となっている思いに間違いは無い。

 そう告げる彼女の言葉には、この場にいる全員が同意する処だ。ヒッチンさんが呼び出したのも、咎める為というより、場を違えた行為をしてシスター・ミンスタが野次の声でも喰らう可能性があった事を危惧しての事だろうし。

 

 この場にいる三人のシスター達を見比べ、アリアが首を傾げて疑問の声をあげた。

 

「えーと、ボクはブランさんとは会ったばかりなんだけど……彼女が孤児院の運営をしてて、シスターとチェルシーさんはそこを手伝ったりしてる、って事で良いんだっけ?」

「そうなりますね。休日を頂いた折には、院を訪れて傷んだ壁や床、あとは絵本の修繕などを行っています」

「は、はい。ブラン先輩とミラ様にはお世話になってるので……手が空いたときにはお手伝いをしに伺っています」

 

 趣味の無い年寄りのちょっとした憩いの時間というものです、と伊達眼鏡を指先で押し上げてヒッチンさんが頷いて、シスター・ミンスタも同意する。

 子供達に集られたままアリアと同じくシスター三人を順繰りに見ていた相棒が、頬を引っ張られて変顔を晒しながらほえーと、気の抜けた声を上げた。

 

 ――二人はミラ婆ちゃんのお弟子さんだったりするんで? なんか体術とかちょっとした雰囲気とかで似通った処あるし。

 

 それはオレも思ったな。

 勝ち上がった一回戦も、そして敗退した二回戦も得物である旋棍(トンファー)を一切使わずに終わったシスター・ミンスタだったが、相棒の言う通り、その体捌きの基礎的な部分はヒッチンさんの動きと似てる気がする。

 ヒッチンさんも教会で最古参に近い人だし、昔はバリバリ最前線で戦ってたらしいから教会内で指導を受けた人は結構多そうだ。枢機卿の御三方もちょっとした教え子みたいな関係らしいし。

 相棒が気軽に聞いた質問だったが、シスター二人の内、片方は慌てた様子でブンブンと首と手を横に振り、もう片方は微笑んで柔らかにそれを否定する。

 

「お、おおお弟子なんてとんでもない! 少しだけ修練の際に動きを見て頂いたりしただけですぅ! 私が勝手に憧れて参考にしてるだけというか……!」

「……そうですね。私やチェルシーさん、あとは枢機卿の方々も広義の意味では『教え子』と言えなくもないですが……『弟子』とは言えませんし、言う気もありません」

 

 何故か穏やかな口調とは裏腹に妙にきっぱりはっきりと断言するシスター・ブランにオレとアリア、相棒は顔を見合わせて首を捻る。

 

「……言葉遊びって訳じゃ無いよな?」

「はい。単純に事実であり、そうであるべきというだけですね」

 

 うぅむ、益々分からないが……『弟子』という言葉に何か拘りがあるという事か。

 淡く微笑むシスターと、何処か穏やかな雰囲気で黙するヒッチンさん見て、なんとなくそれ以上は突っ込んで聞くのも野暮な気がした。

 アリアもオレと同意見なのか、相槌を打つに留めたのだが……何故か相棒が自分の胸元をペタペタと掌で触診する様に触って不思議そうにしている。

 

「……? どうしたのにぃちゃん?」

 

 ――いや、なんだかじんわりとした様な、冬場に腹にホッカイロを貼ったような……なんぞコレ。

 

「絶妙に分かり辛い例えだなオイ」 

 

 表情からして身体に異常が起こったという訳でも無いみたいだが……何故だろうな、妙に気になるというかモヤっとするぞ。相棒の台詞では無いがなんだコレ。

 アリアの奴が相棒の胸元に軽く触れ、魔力を奔らせて「うん、別に何か悪い処は無いね」と頷き、便乗して子供達が同じようにベタっと頬や腹に掌を押し付けて「わるいとこはなーし!」と唱和して笑う。

 十人くらいから元気印のお墨付きを頂いた相棒は、マジかよ俺健康すぎワロタ。と真顔でほざいて更なる笑いを誘っている。

 年長のシスター三人もひどく穏やかな表情でそれを眺めて、何とも和やかな空気が流れた。

 

 

 

 

 それからややあって。

 

『さぁー、そろそろ次の試合となります! 場内での飲食物の購入の為に席を立っている方はお急ぎ下さい!』

 

 おー、もうそんな時間か。大勢で話し込んでるとあっという間だったな。

 実況席から拡声された声が響き渡り、皆で武舞台の方へと視線を転じる。

 拡声効果のある魔道具をマイクみたいに握りしめて声を張り上げているのは、シャマの代わりに急遽代打で実況解説に捻じ込まれた文官の女性だ。

 シャマの欠員は唐突だったのか、さっきの試合はグラッブス司祭とサルビアだけっていう主催国の人員がいない状態だったからな。慌てて代役を立てたらしい。二人っきりで仕事、という状況にサルビアはちょっと嬉しそうだったけど。

 オレ達も彼女とは祭りの準備期間中に何度か顔を合わせた事がある。現場と王城での企画・計画の擦り合わせを行う中央管理職みたいな人だったと思う。

 知的な感じの眼鏡美人なんだが……分厚い束になった書類を抱えて王城内を忙しそうに走り回り、開催日が近づくにつれて目の下の隈が濃くなって人を呪い殺せそうな目付きになっていくのがちょっと怖かった記憶があった。

 少しだけ話をした際に「お祭り期間中のお勧めの場所ですか? ふかふかのベッドですね」と力強く断言していた彼女は、なんだかやけくその様にテンションが高い。

 

『本日の第二試合より、実況解説はワタクシ、キャリーラ=ハブリクと教国と大森林からのゲストの御二方でお送りします! あと二日は丸っとベッドで眠れると思ってたのに覚えてろよシャマダハルゥ!!』

 

 王城で見た仕事の出来るキャリアウーマン、といった風な言動はどこかに放り投げ、「ファァァ〇ク! これだから《刃衆(問題児共)》の尻拭いは嫌なんですよ糞がっ!」と叫びながら実況席の前に置かれた長卓の上に拡声の魔道具を叩きつけている。

 お姉さんの身も蓋も無い罵倒に運営側である闘技場(コロッセオ)のスタッフは頭を抱えているが、観客からのウケは良いみたいだ。キレ芸染みた絶叫に多くの爆笑を頂いている。一部、物凄く同情した顔で頷いてる人もいるが。

 

『フーッ、ハァ……文官の私では目に追える状況を後追いする実況に終始すると思われます、ゲストの御二人に頼らせていただく事になりそうです』

 

 どうか本日はよろしくお願いします、と頭を下げるお姉さん――キャリーラさんに、ゲスト席に座る二人が穏やかに応じていた。

 

『いやはや、身を休める最中の突然の代役、お気持ちは察するに余りあります。拙僧も是より一層気を入れて解説にあたります故、御無理をなさらぬよう』

『えーと……郷から持って来たハーブ茶があるのですが、よろしければこの仕事が終わったあとお持ちになりますか? 胃に優しくて疲労回復にも良いんです』

『なにこれ優しさが染みる。転職して大森林……は無理でも教国に引っ越したい』

 

 真顔で宣うキャリーラさんの声色は、拡声の魔道具(マイク)越しでも分かる程には真剣だった。

 教国(ウチ)はウチで優秀な文官は年中募集中なのでバッチコイといった感じなのだが……何故だろう。結局は枢機卿の誰かの下で教皇(ジイさん)に振り回されてる未来しか見えない。

 なまじ有能な分、何処いっても仕事背負いこんでキレ散らかしてるイメージがあるな、あの人。と、子供達に集られたままの相棒がポツリと呟くのが聞こえた。全く以て同感である。

 大分個人的な語りになっていると気が付いたのか、当人の新実況役が大きく咳払い一つして仕切り直した。

 

『うぉっほん! では本日の第二試合、早速の選手入場となります!』

 

 掌で指し示す東――竜の方角から、ブラウンの髪を無造作に後ろで括った疵面(スカーフェイス)の剣士が進み出て来る。

 

『一回戦は確かな技量で豪快なパワーファイターを下して来た、ジャック=ドゥ選手!』

 

 歓声の降り注ぐ中、飄々とした態度で武舞台に上がったのジャック選手の腰には、先の試合で折れた剣の代わりに真新しい剣が佩かれていた。

 見た処、前の試合と同じく数打ちに見えるな。彼の腕前的にもうちょっと良い武器を使うべきだと思うが……拘りでもあるんだろうか?

 

 続いて、獅子の方角である西が指し示される。

 

『相対するは、一回戦指折りの激闘を制して勝ち上がった帝国の期待の新人騎士! 個人的には先任連中のノリに染まらず成長して欲しい! ローレッタ=カッツバルゲル選手!』

 

 贔屓目無しでも相手より大きな拍手と歓声で迎えられるは、金髪巻き毛の少女騎士だ。

 結構な負傷具合だった腕もしっかりと魔法で完治したのか、手甲に包まれた両拳が力強く握られ、打ち合わされる。

 

「良かった、ちゃんと怪我も治ってるみたいだ。がんばれーっ、ローレッタさーん!」

 

 拳を天に突き上げてエールを送るアリアに合わせ、相棒ものんびりと応援の声をあげている。

 オレとしてもこの試合どちらかを応援するとなれば、そりゃあ彼女の方に決まってる。直接的にはまだ深い関りは無いが、(おとうと)や相棒と仲が良い上に例の学者さんとの繋がりもあるしな。

 

「ふむ、確かガンテスも彼女の事を評価していましたね。実際、《風兎》選手との試合は粗削りながらも見事でした」

「司祭様ともお知り合いなんですね。では、ここはローレッタ選手を応援させてもらいましょう」

「そ、そうですね。ジャック選手にはちょっと申し訳ない気もしますが……」

 

 オレ達三人が令嬢騎士を推してるのもあって、同席してるシスター達も基本、彼女を応援する空気になっている。

 ジャック選手も帝国所属の冒険者らしいので殊更にアウェー感のある空気、って訳でも無いのだろうが、やはり《刃衆(エッジス)》の看板効果は強い。ローレッタを応援する声の方が大きいのは仕方ないだろう。

 

『どちらも技巧派ではありますが、御令嬢が動に寄った武ならばジャック選手は静寄りの武。噛み合う局面は多そうですな。拳と剣、基本は自身の得意な間合いの押し付け合いになるかと』

『手札はジャック選手の方が多そうですが、ローレッタ選手の爆発力は先の試合で見た通りですし、この試合も名勝負になりそうな予感がしますね』

 

 ゲスト解説の二人の言葉は大体的を射ていると思う。一回戦の動きを見た限りでは経験や年季はジャックの方が上だろうけど、ローレッタはそれを食い破るだけの突進力・勢いがあった。

 優雅に屈膝礼(カーテシー)で以て一礼する金髪巻き毛の少女に対し、やはり飄々とした態度のまま、軽く頭を下げて礼を返す壮年の剣士。

 

 

 

 手甲に包まれた拳が持ち上がり、鞘から剣が抜き払われる。

 勝負の始まり直前のヒリつく空気が舞台に満ちて、観客席も一気に静かになった。

 

『それでは……二回戦、第二試合……開始っ!』

 

 キャリーラさんの宣言と共に、両者は同時に前に飛び出した。

 間合いは剣士であるジャックの方が広い。

 小手調べとばかりに横薙ぎの一閃がローレッタの胴を襲うが、彼女の手甲は魔装の一品だ。ガードを下げて腕で受けるだけで刃は火花を上げて止まった。

 ローレッタが一歩、踏み込む。拳の――彼女の間合いだ。

 

「――シィッ!」

 

 鋭い呼気と共に左の拳打が撃ち込まれ、顔面を狙ったそれをジャックが首を傾けて躱す。

 一歩下がって剣の間合いを保とうとする彼に、令嬢騎士の追撃は執拗だ。

 逃がさないとばかりに張り付き、踏み込んで返しの胴打ちを捩じり込む。

 

「……っと!」

 

 片手に握った剣の柄でそれを叩き落としたジャックが、空いた手でローレッタの肩を掴もうと手を伸ばした。

 一回戦でダン選手を投げ飛ばした柔道じみた手管は彼女も警戒しているのか、掴まれるのを嫌って拳で伸ばされた指先を払う。

 その僅かな間に半歩だけ下がったジャック。剣の間合いとしてはまだ近すぎると思ったが、上半身の捻りとバネだけで突きを打った。

 距離を離し切れないが為の苦し紛れじゃない、確立した技術で振るわれた一撃だ。

 吸い込まれる様に少女の華奢な胴体に突き込まれた切っ先は、寸前で魔装の鋼に阻まれて再び火花を上げる。

 手甲に包まれた腕を差し込んで防いだローレッタだけど、咄嗟に伝わる衝撃までは殺しきれなかったのか、踏ん張り切れずにたたらを踏んで数歩後退した。

 

 息も付かせぬ攻防が一旦止まり、一拍置いて観客席から興奮の歓声があがる。

 

「ふぅー……やるねぇ、お嬢さん」

「そちらも。ですが、見事な技術に対し、武器が少々見劣りするようにお見受けしますわ」

「同じ事を一回戦でも言われたよ。値段の割には悪くないのを選んでるんだがねぇ」

 

 その場で軽くステップを踏むローレッタの言葉に、苦笑いして剣を構え直すジャック。

 実際、腕の立つ戦士が魔装の武器を振るえば、その破壊力・殺傷力は通常の鋼のソレを遥かに上回る。

 そしてローレッタも最精鋭の部隊に入れるだけの実力の持ち主だ。数打ちの武器ではただ打ち合うだけで相当に刀身に負担が掛かるだろう。

 互いの実力差によほど大きな隔たりがなければ、やはり武装の質の差はデカい。一回戦は上手い事技でカバーしたジャックだが、《刃衆(エッジス)》クラスを相手にそれも何処までやれるか……彼にとっては中々厳しい戦いと言えるだろう。

 

 ――このまんまだと厳しいだろうから、伏せた札を切って来るやろなぁ……さて、伏せてあるのは名の通りにジャックか、はたまたクイーンかキングか……。

 

 そんな台詞を真面目な声色で言ってみせたのは相棒だ。

 キリッとした表情を作って珍しくカッコつけてるのだが、子供達に集られて頬や耳を引っ張られている状態ではどう控え目にみても馬鹿面にしか見えない。いや、コイツの事だから分かっててキメ顔してるんだろうけどさ。

 ウケを狙える局面でしか格好つけないのはらしいと言えばらしいんだけど……折角戦争も終わった事だし、危険の無いシチュエーションでオレの相棒(ヒーロー)の格好良い処を見てみたいと思うのは我儘なんだろうか?

 ……うむ、次回以降の《大豊穣祭》でも闘技大会があるのなら、なんとか相棒を参加できるように持っていくべきかもしれない。本人は思いっきり嫌がるだろうけど。

 相棒の真剣な表情を堪能する為だと言えば、アリアも賛成に回ってくれる可能性はある。オレ達二人で拝み倒せばワンチャンあるんじゃなかろうか?

 でも、こいつ基本的に戦い自体を好まないしなぁ……無理強いは出来ないのが悩みどころだ。

 なんか寒気がする! とか騒ぎ出した相棒を他所に、先に挙げた武装の差――それを殆ど問題にしない例外その1、ヒッチンさんがなにやら難しい顔をして試合を見つめている。

 

「逆手なのは間違いない……ですが、この違和感……」

 

 僅かに俯き、珍しく迷う様に呟く彼女に、シスター・ブランが首を傾げて「ミラ様?」と覗き込む様に問いかけた。

 オレ達の視線が集中している事に気がづいたヒッチンさんは、咳払いを一つして居住まいを正す。

 

「失礼しました。この試合、予想よりも少々読めない部分が多いもので」

「……読めない?」

 

 引退して尚、グラッブス司祭相手の組手であの剛力を受け流してぶん投げ、地に転がす絶技の持ち主の言葉に、呆気に取られて聞き返したのは誰だったか。

 その視線の先では、再び激突したローレッタとジャックが拳と剣を打ち合わせている。

 釣られる様に、オレ達も試合の続きへと眼を向けた。

 

 試合はやはりというか、鉄拳お嬢様が優勢の流れだ。

 丁寧に間合いを図って攻防を行うジャックだが、至近距離が本領のローレッタがゴリゴリと前に出る。

 先に挙げた様に、やはり武装の差が大きい。一級品の魔装処理のされた手甲は、牽制として繰り出される剣の一撃をあっさりと防ぐ。

 

「っとぉ! 華奢なナリして猛牛みたいな圧だね、オイ!」

「誉め言葉として受け取っておきますわ!」

 

 上体を振って飛び込む令嬢騎士に対して、ジャックが迎え撃つ為に打った突き。

 頭を振って躱されたソレは直ぐに切っ先が引かれ、連続して突き込まれる。

 

「――オラァッ!」

「うぉっ、なんつー無茶苦茶を……!」

 

 だが、突きを正面からブン殴るという割と無茶な真似によって、流れる様な連続突きは強引に弾かれた。

 

 あれはオレにも分かるな、明らかに切っ先を『見て』殴っていた。

 動体視力が良いと言うのもあるんだろうが、剣先に拳を合わせに行くとかクソ度胸にも程がある。いくら魔装の手甲と言っても指抜き(オープンフィンガー)である以上、肝心の装甲部分からズレて当たったら指が千切れ飛ぶぞ。

 そのまま懐に潜り込んで、ローレッタは怒涛の如く攻め掛かる。

 牽制の左から右、更に足を狙って蹴りが飛び、密着する程に距離が詰まれば振り切った拳の切り返しに肘が撃ち込まれ。

 クリーンヒットこそないものの、繰り出されるコンビネーションに圧され、退く事無く打ち合っていたジャックも堪らず後退する。

 一足飛びに距離を取った彼に、逃がさないとばかりに金髪の巻き毛を靡かせて少女が猛追した。

 

 ローレッタは波に乗っている。徒に後退すると、そのまま押し切られるだけの勢いがあった。

 弾丸の如く突っ込んでくる彼女を正面から見据え――ジャックなんとも奇妙な、苦笑いを含んだ楽し気な笑みを口の端に乗せて笑う。

 

 切っ先が殴られて潰れた剣を確りと()()で握り直し、振り上げる。

 ドンッ! という音は、拳撃ではなく、剣撃でもなく。

 滑る様な足取りで踏み込んだ剣士の足元から鳴り響く、石畳を踏み砕いた音だった。

 上段から打ち込まれる一撃は、速さ一つとっても先程までの比ではない。

 先程まで見せていたのは、練度こそ高いが冒険者や傭兵によく見る我流混じりの喧嘩剣法。

 それとは明らかに違う洗練されたその動きは、この世界には馴染みが無いかもしれないが……剣道の面打ちにも似た無骨にして鋭い一撃だった。

 咄嗟にローレッタが行ったのは、防御――しかも、これまでの様に腕を掲げて剣を受けるのではなく、両腕を交差させて確りと受け止める。

 手甲と剣が激突した音は、剣というより鉄槌を受け止めた様な轟音だった。

 

「っ、ぐっ!?」

「今のを正面から受け止めるのかよ」

 

 受けた衝撃で足元の石畳が割れ、彼女のブーツの底が武舞台にめり込む。

 魔装の武具とローレッタ自身の体幹の強さ。どちらが欠けていても受けた部位ごと叩き斬られ、あるいは押し潰されて床に叩きつけられていただろう。

 カウンター気味で更に威力の増した一撃だった剛撃を受けて見せた彼女に、打った当人から呆れ混じりの賞賛の視線が注がれる。

 

『おぉっとぉ!? 優勢だったと思われたローレッタ選手の勢いを、初めて見せる力強い一撃で断ち切ったジャック選手! これが彼の伏せていた札、という事でしょうか!?』

『むぅっ……! 利き腕と逆の手によって剣を振るっている、というのは予想しておりましたが……どうやら何某かの剣術を修めている御様子!』

 

 実況席からキャリーラさんとグラッブス司祭の驚きの声が上がり、闘技場(コロッセオ)の観客席も変転する試合内容に沸き立つ。

 司祭も驚いてる処からするに、これがジャックの伏せていた実力()という事か。

 

「成程、逆の手で振っていたのは自身の剣の術理を消す為でしたか」

「消す……って、随分と念入りだな」

 

 得心が行った、といった表情で頷くヒッチンさんの言葉に、オレと相棒も感心と呆れが混じった視線で舞台上のジャック選手を見つめる。

 きっちりとした流派を修めてるなら、どう隠そうとしても端々の動きにその名残が出てしまう。身体に染み付く程に技を鍛え上げているなら猶更にだ。

 だが利き腕、軸足まで変えれば、逆手の違和感もあってそれも殆ど消せる。

 周到、と言ってしまえばそうなのだが、こんな大勢の眼に触れる大会に出てるのにえらく慎重な事だ。

 

「うわ、まずいなアレ……! ローレッタさーん! 一旦距離を取って!」

 

 流れが変わった事を察したアリアが一生懸命に声を張り上げて友人に応援を飛ばすが、流石にこの歓声の中で届く筈も無い。

 相手が伏せていた技術を解禁したというのなら、距離を取って様子を見るのは間違った選択じゃないが……。

 

 ――縦ロールちゃんの性格からするに、退かないやろなぁ。

 

「だよな。そんなに付き合いの無いオレでも、あの娘が此処で退くようなタマじゃないのは分かる」

 

 相棒の言葉に、オレとしても頷くしかない。

 どの道、観客側に出来るのは応援する事だけだ。

 一回戦で見せたローレッタの爆発力がジャックの隠していた技量を上回るのを信じるしかない。(おとうと)に倣って声援を送るとしよう。

 先の一撃を受け止めたまま競り合いを行う金髪縦ロールな少女の背を見つめ、声を張る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 籠手越しに受けた衝撃に痺れの残る両腕を叱咤し、ローレッタは眼前の男に不敵に笑いかける。

 

「……淑女(レディ)との舞踏で手を抜いていたのは感心できませんわね、真摯さに欠ける殿方は良い眼では見られなくてよ?」

「こりゃ耳が痛い――本当は次の試合まで隠し通すつもりだったんだが、お嬢さんの踊りが巧みなモンでつい、ね」

 

 この様な状況でもなければ肩でも竦めそうな調子で、ジャックが笑い返す。

 鋼同士が擦れ合い、互いの手甲と剣に込められた魔力が鎬を削って微かな火花を上げた。

 言葉を交わす最中にも、ローレッタは手甲に押し付けられた刃を押し退けようと力を込めているのだが……剣と籠手で組み合う様なこの体勢、身体の使い方か、或いは力の込め方か、聳え立つ壁を押す様な感触が返って来るばかりでビクともしない。

 間違いなく、技量という一点では目の前の剣士は己の格上だった。

 

(魔力量や身体強化の幅は此方が上……有利な点があるだけまだマシですわね)

 

 それもこの男がこれ以上、力を隠していなければ、だが。

 正直に言えば、試合前は自身がやや有利、程度の見積もりだったのだが、なんと甘い考えであったのか。

 一転して不利となった戦況。

 しかしローレッタは、怯む処か逆に闘志を燃え上がらせる。

 

(上等ですわ……! どの道、勝ち進めば格上とぶつかるのは必定!)

 

 準決勝となる三回戦は、副長を筆頭にほぼ全員が己より遥か上の猛者揃い。

 その中で、目の前の剣士がどれほどの位置にいるのか、未だ判然とはしないが……此処を超えねばその猛者達と戦う資格を手に出来ぬのもまた事実。

 ならばそれが己の限界であれ、眼前の男であれ、超えるのみである。

 

 勝利への意気に押され、少女の四肢に気合と魔力が漲った。

 押し合いの均衡が崩れて、ほんの僅かではあるが剣が押し退けられる。

 手甲と咬み合わせた刀身越しにそれを感じ取ったジャックが僅かに眉を跳ね上げて――やはり楽しそうに笑った。

 

「ははっ、凄いな。気合や根性ってのは案外馬鹿にできないが、こうも分かり易く反映させてくるか」

「限界は超えるかぶち壊してなんぼ、カッツバルゲル家の伝統的スタイルですの」

「ストロングスタイルにも程があるねぇ、お嬢さん(レディ)

 

 互いに軽口をたたき合いながら、至近距離での力比べを続ける。

 とはいえ、膠着が長く続くのも性に合わない。

 なんとかもう少しだけ押し退け、頭突きの一つでもかましてやろうとローレッタが考えていると、相対する剣士の握る柄から軋む様な音が漏れた。

 

「この距離で美人とお見合いってのも悪くないんだが、()の連中の眼もあるんでね」

 

 男はほんの刹那、少女の螺旋を描いた金髪越しに選手入場口へと視線を向ける。

 そこには黒髪の見目整った青年――アイミヤ選手が真剣な眼差しでこちらを観察している姿があった。

 流石に振り向くことはしないが、反対方向――背と後頭部に突き刺さる視線は獣人の傭兵のものだろう。

 

 ……金髪巻き毛の少女と疵面の剣士。どちらが勝ち進んだとしても、次に当たるのはこの両名の何れかとなる。

 実力を明かした剣士を見て、少女が闘志を昂らせた様に。

 

「悪いが、これ以上手の内は見せられんよ――直ぐに終わりだ」

 

 剣士もまた、次に戦う強者の姿を眼にし、気炎を高めて打って出た。

 

 背筋を電流の如く奔った悪寒に、ローレッタが瞬時に腕を引くのと同時。

 剣を握る腕が残像を残して振り切られる。

 甲高い音、一際強く散る火花。

 微かに、だが確かに走る腕の痛みに、少女は戦慄した。

 

(――ッ!? 密着した状態から魔装を!?)

 

 咄嗟に腕を引かなければ深く肉を裂かれていたかもしれない。

 しかもジャックの握る武器は、良品ではあるがただの鋼の剣である。

 彼の魔力の波長や強弱も変動は無い。身体強化は試合当初から変わらず、冒険者や傭兵としては平均的な練度だ。

 つまり、純粋な技で以て最高品質の魔装の装甲を貫いたと言う事。

 技量は格上、どころではない。

 下手をすれば、眼前の剣士は技術のみならば己の上司――この大会の規定上、参加不可となっている黒髪の少女に迫るかもしれなかった。

 驚愕、困惑、敬意、畏怖。様々な感情が一瞬で脳裏を駆け巡り。

 

 ――その全てを燃え盛る闘志で戦意へと塗り替えて、ローレッタは前に出た。

 

 此処で躊躇なく踏み込んでくるのは予想外だったのか、剣士の双眸が僅かに見開かれ、少なからず驚きの色を浮かべる。

 だが、その口元は楽しそうに笑っていた。

 釣られる様に、少女の唇の端も吊り上がる。

 ぞくぞくと背中に走るのは、先と同じ悪寒と、それに匹敵するほどの歓喜だ。

 これ程の剣士の名が世に轟いていない事に、驚きもある。疑問だってある。

 けれど、今はそんな些末事は二の次だ。

 第二回戦で戦うとは思いもしなかった、死力尽くして尚、届くかも分からぬ強者。

 降って湧いたこの機会、怯むも竦むも以ての外。

 存分に昂り、存分に挑まねば――カッツバルゲルの名が廃る!

 

 正面から、真っ直ぐに踏み込む。

 迎撃の剣が閃き、受けた左の手甲に刃が浅く喰い込み、抜けた。

 血の尾を引きながら振り抜かれた一閃が切り返される前に、懐に飛び込む。

 少しばかり腕が裂かれたが問題無い。拳は握れる、殴れる。

 赤く染まった左腕を振るう。速度を優先した手打ち(ジャブ)であるにも関わらず、首を捻ってスカされた。

 すぐ様返しの右。胴を狙った横振り(スイング)は、跳ね戻って来た剣先に弾かれ。

 弾くと同時に刃が弧を描き、少女の華奢な肩口へと剣が打ち込まれる。

 まともに受けては防具ごと切り裂かれる――故に、身を低くし、更に前へ。

 振り切られる前に、剣の根本に近い部分へと自ら一撃を受けに行く。

 布製魔装の外套(コート)を裂き、刀身が僅かに肩に喰い込むが、流石に加速途中の剣の根本ではそこ止まりだ。

 ほぼ密着距離。身を傾げて捻り、地を擦るように拳を跳ね上げる。

 剣で弾くのはこの間合いでは困難。そうでなくとも、刃は浅くではあるが彼女の肩に喰いこんでいる。

 一瞬の迷いすら無く、ジャックが剣を手放して一歩後退。顎を狙う左アッパーを回避した。

 

(……勝機!)

 

 身を反らし、僅かにではあるが上体が伸びた剣士を見て。

 此処が勝負所、とばかりにローレッタは打撃の打ち終わりよりも先に強引に半歩踏み込もうとする。

 無理矢理にアッパーのモーションを止めた事で、打撃に用いた関節や筋肉が嫌な音を立てて軋むのが聞こえた。

 無茶な動きにも付いてきてくれた四肢――とりわけ足腰が悲鳴を上げ、だが望みに応えて。

 五体を軋ませながらも前へと踏み出し、ブーツの靴裏が石畳に叩きつけられると同時、肩に食い込んだ剣が零れ落ち、拳が振り上げられる。

 左腕を力尽くで引き戻し、踏み込んだ勢いを乗せて右の打ち下ろしが剣士の頬へと捩じり込まれる。

 

 ――直撃。

 

 ローレッタ渾身の一撃は、確かに格上たる剣士の頬を捉え、そのまま地面に叩きつけんと拳は振り抜かれた。

 

 試合を見守る多くの者達。

 闘技場(コロッセオ)に詰めかける観客達が。

 好敵手の試合の行く末を見届ける出場者達が。

 或いは、友人へと声を張り上げて声援を送る、聖女とその守護者の青年も。

 金髪巻き毛の少女が、力を振り絞った先に確かに剣士へとその拳を届かせた、と確信し。

 

「――見事」

 

 会場内の僅か数名。

 多くの者とは()()の確信を抱いた者の内の一人、聖教会最古参たる女傑が、掛け値なしの賞賛を呟く。

 同じ意味合いの言葉を胸中で溢した者は、来賓用特別席の《魔王》と実況席に座る筋肉――そして当のローレッタであった。

 

(……手応えが、()()っ!?)

 

 拳を振り抜く刹那の間。

 まるでひらひらと宙を舞う薄布を殴った様な感触に、致命的な予感と戦慄、相手への賛辞が脳裏を駆け抜ける。

 頬に拳が突き刺さり、横倒しになって石畳に叩きつけられる筈の剣士は。

 その両足が地を離れ、全身が床と平行になった瞬間、独楽の如く旋回した。

 曲芸の如き体勢から腕が伸ばされ、床へと落ちる途中であった剣が掴まれる。

 掬い上げる様な軌道から振り抜かれた刃は、振り下ろす最中であった少女の拳を過たず捉え、斬り裂く。

 断つのではなく、弾くを目的とした一撃の傷は浅く――だが、完璧に入った其れに、ローレッタの右腕は万歳する様に跳ね上げられた。

 バネ仕掛けの如く一瞬で体勢を立て直した男の手の中で、剣がくるりと回って翻るのを、彼女はいっそ穏やかですらある気分で見つめる。

 

(あぁ……届きませんでしたか)

 

 悔いは無い――いや、決勝で当たるであろう副長に挑めなかったのは心残りではあるが、それでも全力を尽くし、昨日までの己を半歩超えたという確信があった。

 それでも届かなかったというのであれば、もうこれは単純に自身の実力不足……未熟が故である。

 明日から益々以て鍛錬に励むしかあるまい。次の《大豊穣祭》にて自分がこの大会に出場できるかは分からないが、リベンジの機会は是非とも欲しい処だ。

 ……この場での敗北は、甘んじて受け入れようではないか。うん。

 そのような思考が刹那の内に脳裏を駆け巡り――最後にローレッタは噛みしめる様に呟く。

 

「それはそれとしてクッソ悔しいですわね」

 

 次の瞬間、脳天に剣の柄が打ち付けられ、綺麗に意識を飛ばされた少女は仰向け大の字となってぶっ倒れた。

 

 

 

 

 

 

「……最後の最後までロックなお嬢ちゃんだ」

 

 残心を保った体勢のまま、打ち倒した少女を見下ろしてジャックが呟く。

 

「最後に一発もらっちまったか」

 

 赤く汚れた右の脇腹を擦り、笑う。

 彼の出血ではない。彼女の左腕から拳にかけてを濡らす血が付着したものだ。

 トドメとなる脳天への柄打ち。

 それを喰らうと同時に、繰り出された胴打ちに依るものであった。

 体勢崩れ切り、腰も入らぬ手打ちではあったが……あの"詰んだ"状況で尚、一発ぶち込もうとしてくる負けん気の強さは天晴(あっぱれ)としか言いようが無い。

 ダメージこそないが、一撃を許し、剣は切っ先が潰れてあちこちにガタが来ている。

 ……自身の剣技を見せてこれだ、予想より遥かに食い下がられた。これで新人だというのだから、帝国最精鋭の看板に偽りなし、といった処か。

 とはいえ、後悔や苛立ちなどある筈も無い。

 

「結構楽しかったぜ、おじょ……ローレッタ」

 

 機会があったらまた戦ろうや、と意識の無い少女へと笑いかけ。

 降り注ぐ歓声の中、やはり飄々とした様子で剣士は肩を竦めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







私事ですが、食あたり+その最中に風邪をひいたせいでちょっと入院してました(白目
ややスランプ気味で遅筆になってるのは確かなのでなんとか調子を戻したいです、ハイ。
感想返しとかも全く出来てませんが、全部眼は通しております。
ありがてぇありがてぇと感謝しつつ更新の為の栄養にしてます、ありがてぇ。大事な事だから三回言いました。

ぶっちゃけ冗長気味な帝国編ですが、もうちょいお付き合い頂けると幸いです。



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