俺氏、ループ系TS聖女様をいつの間にかメス堕ちさせていた模様   作:弐目

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話の都合上、ちょっと場面転換が多くなってしまった……。






キチ〇イ、起動。

 

 途切れた意識が辛うじて繋がった中で、思った事はシンプルだった。

 

 お腹――というか胴というか、めっちゃ痛い。

 

 朦朧とする意識の中、アンナは自分が肩に乗せられ、揺られているのにも気付かず、辛うじてそんな事を考える。

 剣の柄で強打された事で打撲状態となっている胴を担がれているが故の痛みなのだが、殆ど飛んでいる意識ではまともな考察や思考など出来る筈も無く。

 痛みによって辛うじて維持されていた意識の糸も、やがては切れて完全に暗闇へと沈み込む。

 

 が、そのときだ。

 誰かに自分の名前を呼ばれた気がして、沈む意識が僅かに浮上した。

 

 眼を開けることすら億劫な鈍い意識を叱咤して、閉じた瞼を薄っすらと開いた、その先に。

 誰かに担がれ、逆さまとなった視界の中で、此方に手を伸ばして叫ぶ駄犬(ゆうじん)の姿が見えた。

 

 魔鎧の装甲に覆われているにも関わらず、必死な表情が透けて見えるような、その切羽詰まった声色に。

 なんだか少しおかしくなって、口の端をほんの微かに緩ませる。

 

(……なまえで呼べるなら、普段からそうしろっての、ばーか)

 

 舌を動かす事も出来ず、口の中で掠れて消えた言葉を胸中で呟いて。

 今度こそアンナの意識は途切れ、再び暗闇へと沈み込んだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 光と共に開かれた《門》を抜け、それが完全に閉じた事を確認したジャックは魔鎧の装甲を解除する。

 急場をしのいだ事に、溜息を一つ。鎧の起動と同時、施した幻惑魔法の効果を消し飛ばされ、本来の色である黒へと戻った頭髪を左手で掻こうとして――掌の肉が裂けて赤く染まっている事を思い出して止めた。

 転移した先にあるのは、石造りのやや薄暗い部屋であった。

《門》による転移先として設定された場所だ。肩に乗せた意識の無い少女の体勢を微調整すると、直ぐに部屋のドアを開け、続く長い石作りの廊下を歩き出す。

 

「ふん。も、戻ったか」

 

 一定間隔で魔法を光源とする証明の灯された廊下を進むと、通路の奥からやって来た、白衣にも似た研究衣を羽織った瘦せぎすの男に声を掛けられた。

 

「随分と無茶を言ってくれたもんだな、博士(ドクトル)。アンタの御注文の御蔭でえらく苦労したんだがね」

「お、音声はある程度此方でも、は、把握していた。《栄光(グローリアス)》をき、起動したらしいな」

 

 剣士の愚痴とも皮肉とも取れる言葉には反応すらせず、博士と呼ばれた眼ばかりがギラギラとした生気を放つその男は、滑舌がよろしいとは言えない口周りに分かり易く興奮の色合いを乗せて言い募る。

 

「お、《報復(オリジナル)》と交戦したというのも非常に興味深い。い、一度しっかりとした戦闘情報(データ)を取りたいと、お、思っていた」

「……一手交わしただけだ、大した情報にはならんと思うがね……何より、少しばかり解析した処で意味が無い――あれは、模造品(コピー)とは格が違う」

 

 完全起動した漆黒の魔鎧は、単純な魔力強化の幅一つとってもジャックの扱う魔鎧――《栄光(グローリアス)》とは比べ物にならなかった。

 性能比較などいちいちするまでもない。長い戦争で"災害"扱いされるだけの物ではあるということだ。

 愚痴をスルーされた意趣返しもあって気の無い返事を返す剣士に、博士(ドクトル)は鼻を鳴らした。

 

「そ、そんな事は、り、理解している。も、元より特級の呪物をい、一級相当にまで規格化(デチューン)させ、使用反動を抑えての量産化が、ほ、本来の《栄光(グローリアス)》の用途だ」

 

 それについてはジャックに《栄光(グローリアス)》を渡した際に説明した筈なのだが、自身の研究成果を語る事に飽きぬは研究者の性らしい。

 不本意そうな口調とは裏腹に、何処か嬉々とした様子で男は自らの作りだした白い魔鎧について繰り返し語る。

 

 大戦によって絶える事の無かった大量の死者。

 その中でも特に無惨な死を迎えた者……それこそ、人類種側のソレは勿論の事、邪神の軍勢であった信奉者達のものまで、遺体に残留する程の強い負の思念を残した大量の骸を素材とした。

 抽出した思念を疑似的に再現した魔鎧の装甲に押し込め、死霊術の一種である儀式を用いて定着させる。

 そこから更に無数の加工と調整を経て産まれたのが、魔鎧《栄光(グローリアス)》であった。

 

 剣士には魔法の知識など相対した際の対応法以外は殆ど無い。

 

 だが、改めて簡略化した手順を聞くだけでも邪道・外法と呼ぶに相応しい製法であるのは明らかだ。

 これを量産化――即ち、戦争に終止符を打ち、人類種に勝利を齎す栄光の牙であると嘯いたらしい、剣士や博士の雇い主。

 そのネジの外れっぷりには、ジャックをして絶句の一言である。

 試作段階でありながら、わざわざ手間暇をかけて装甲を純白へと調整したのも、彼個人としては薄ら寒い虚飾を感じでいた。

 量産・配備の構想があったからこそ、見目を整えたという事だろうが……一皮剥けば敵味方の怨念渦巻く醜悪な呪のごった煮だ。これを栄光(グローリー)と称するのだから酷い皮肉にすら聞こえる。

 

(いや、実際皮肉だったのかもしれんな……)

 

 明らかに倫理に反する代物を戦時中という大義名分で欲し、組織を支援し――戦の終わった今尚、研究成果を求める各国の"顧客"か。

 もしくは邪神との戦いに勝利し、平和を取り戻す為という()()を謳いながら、反吐の出る様な実験・研究をひっそりと進行させていた己に対してか。

 或いは両方なのかもしれない。

 そう思い直し、ジャックは血に濡れた指先で自身の顎を撫でる。

 彼の雇い主は自分が外道に堕ちていることなど、とうに理解している。

 その上で、止まらない男だ。止まれない、と行った方がより正確か。

 そういう意味では己の()()と言える。だからこそ興味を惹かれ、雇われる事を良しとした。

 同じ様に自覚して、其れを飲み下すか、それとも目を逸らすか――そもそも気付く事すら無いか。

 度合いに差はあれど、組織の中核に近い者は須らく頭の螺子が行方不明となった外道か狂人の類である。

 眼前の骨ばった男も、とびっきりの後者……研究者としての才覚をオツムの中に詰め込んだ代わりに、倫理観や共感性といったモノを母親の腹の中に置き忘れてきた類だ。

 

「――よ、予定より高い魔力値を示せはしたが……せ、千を超える最上の"素材"を使って、や、やっと一つだ。た、たとえ戦争が続いていたとしても、そ、素材の確保にな、難があり過ぎる……つ、つくづく《報復(オリジナル)》の、と、特異性が気になる結果だ」

 

 量産性がどうやっても向上出来ない。そんなオチで以て、ジャックが主となった試作品(プロトタイプ)が最初で最後となった《栄光(グローリアス)》だが……博士(ドクトル)としては、自身の手掛けた魔鎧より遥かに少ないであろう数の負の思念を元に構成され、それでいて桁外れの出力と無数の機能を誇る《報復(オリジナル)》にはまだまだ未練染みた興味が尽きないらしい。

 ブツブツと魔鎧に対する考察を口の中で呟きだした狂人を前に、辟易とした表情を隠さずに剣士がその独白を遮る。

 

「……で、俺が担いだままの博士(ドクトル)御所望の土産はどうすれば良いのかね? そろそろ目を覚ますんじゃないかと気が気でないんだが」

「――! そ、そうだった。と、取り敢えずはぶ、武装を剥いで牢に入れておけ」

 

 思考を邪魔されると何時もは不機嫌になる男だが、今は珍しく上機嫌であった。

 予算の追加や欲しかった研究材料が手に入った際にはこうなる。どうやら、この銀髪の少女は相当に欲されていた様だ。当人からしてみれば迷惑処の話では無いだろうが。

 了解、と空いた方の肩を竦めたジャックは歩き出そうとして――ふと気になった事を問おうと、再び博士(ドクトル)の方へと振り向く。

 

「許可は得てる、と言ったが……何で《銀牙(このお嬢さん)》なんだ? 素体やら素材やらにしても、良質なものが欲しいなら大会参加者や……それこそ他の《刃衆(エッジス)》でも良いだろうに」

「ふん。な、何故もなにも、い、以前からその娘はマークしている。ね、年齢と、エンハウンスという名からして、ちょ、調査の対象だった」

 

 剣士の疑問に再び鼻を鳴らし、ギョロリとした目で肩に担がれた少女を眺める目付きは、実験対象を見る研究者のソレであった。

 

片刃(エンハンス)シリーズ……げ、現行の『超人兵計画』の、さ、最初期ロットの総称だ。その娘は、其の廃棄漏れの可能性が、高い」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「アンナ、ちゃん……!」

 

 自らの不甲斐無さと、大切な友人を攫った下手人への怒りに猛る胸中。

 それらを押し殺す様に友人の名前だけを呟き、ミヤコは歯噛みした。

 

 とんでもない失態だ。自分がいながら、目の前でみすみすアンナを悪漢の手に渡してしまった。

 戦時以来の腹の中を掻きまわす焦燥感に、だが決して取り乱す事無く少女は次の行動について思索する。

 

 こと此処に至っては、裏で動く、影で動くといったまだるっこしい手段を取る段階では無くなった。

 アンナを攫った男――ジャックが《門》の魔道具を用いてこの場を離脱したと言う時点で、件の人身売買を行う組織と繋がっているのは明らかだ。

 現状ではトニーとその協力者から得た情報は、まだ騎士団や軍そのものを動かす程の量ではないが……逆を言えば自分達の部隊が独自に動く分には問題無い程度には集まっている。

 強襲だ。今から《刃衆(エッジス)》の隊員を全員招集。編成を行って現在判明している《門》を強制起動して速攻を掛ける。

 帝国最精鋭の部隊としての面子、個人としての情、両方の面からみても此処は迷わず行動すべきだと判断した。

 

 王城内に内通者がいる可能性があるらしいが――グダグダと抜かして邪魔する輩がいるのなら、内通者だろうが派閥争いの嫌がらせをしてくる貴族派だろうが力づくで黙らせるのみ。

 各所の《門》を起動し、且つ転移先の干渉で閉じられない様に維持する為には腕の立つ魔導士も必須――こちらは宮廷魔導士から人員を借りる必要があるだろう。

 

 そこまで考えた時点で、《門》の消えた場所をジッと見つめていた漆黒の魔鎧……ミヤコが先輩と呼び慕う青年が、静かに魔鎧を解除して彼女の方へと向き直る。

 

「先輩、怪我が……先ずは治療を――」

 

 ――隊長ちゃん。

 

 身体のあちこちを朱に染めた彼を見て、反射的に出た言葉は怪我人自身に遮られ。

 

 その、何ということは無い自分を呼ぶ声に、息を呑む。

 

 眼前で友人を攫われたというのに、青年は非常にフラットなテンションであった。

 怒るでもなく、嘆くでもなく、焦燥に駆られるのでもなく。

 傍目にはまるで、これから飯でも食いに行かない? とでも言い出しそうな、平坦な声色。

 

 だが、彼を見て来た――ずっと見て来たミヤコには、青年が激怒しているのが容易に理解できる。

 一見平穏を保っている様に見える黒瞳に浮かぶ光は、まるで、冷たい炎の様で。

 魔鎧を行使しない彼は、お世辞にも一流の強者とは到底呼べぬ実力である筈なのに、ミヤコをして背筋を走るものがある眼力を湛えている。

 こと青年への観察眼という点に関しては、普段から彼の傍に居る聖女二人よりも一歩先を行く、という自負のある少女であるが……今の彼に関しては、一定以上の親交がある者ならばその内心の状態を察する事は難しく無いだろう。

 何故なら、そこに居るのはとぼけた言動で大騒ぎしては白目を剥く、騒がしくも優しい"先輩"ではなく。

 二年前、邪神の信奉者達から不吉の象徴として忌み嫌われ――そしてそれ以上に恐れられた《聖女の猟犬》であったから。

 

(もう、見る事もないと思っていた……先輩がそんな表情を見せる必要は無くなったと、思っていたのに……)

 

 普段の彼とあまりにも乖離した戦場での貌を久しぶりに目撃した事で、ミヤコの胸に忸怩たる思いが湧く。

 だが、こうなった彼がこの上なく頼もしい味方であるのもまた事実である。同時に制御が極めて困難な炸薬である事も否定し辛いが。

 

 ――経緯とか、事の次第とか……諸々教えてくれ、頼む。

 

 そう言って静かに頭を下げる青年を見て、黙考した時間は数秒にも満たない。

 ミヤコが断れば彼は無理に聞く事をしないだろう。

 だが、情報が無いなら無いで即座に独自に動き出すのは目に見えている。

 完全に手を離れた場所で大量の行方不明者が出るようなオチになるよりは、情報を共有して動いた方が遥かに良いのだ。

 

 と、まぁ色々と脳内で理論武装する少女であるが、実の処、最初から説明を拒むつもりは無い。

 

 繰り返すが、彼が知らない場所で滅茶苦茶したり無茶をしたり、ましてや大きな怪我をされるよりは合同で戦った方がずっと安心できる。

 何より……ミヤコだって部下を――トニーを半死半生に追いやり、アンナを攫った男とその背後の組織に対して、腹に据えかねているのだ。

 

「……全部、は少し情報量が多いので、要点をかいつまんで説明します。それで良いですか?」

 

 青年が頷くのを見て取ると、先ずは原因となる孤児の保護実態について、ミヤコは語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 黒髪の少女との会話を終えた青年は、戦闘痕残る闘技場(コロッセオ)下部エリアを見回す。

 既に激しい戦いの音や発生した魔力を感知した騎士や衛兵が複数やって来ていて、直ぐに現場の保存が始まっていた。

 ミヤコは騎士達に簡単な状況説明と指示を出すと、急ぎ王城に戻っていった。これから《刃衆(エッジス)》に緊急招集を掛けるらしい。

 芝生の上に落ちているダガー……アンナの愛剣の片割れを見つけ、それを拾い上げると、抜身のままの刀身にハンカチを巻きつけて保護する。そのままそれを腰の革帯(ベルト)に挟み込んだ。

 傷の手当を申し出て来る騎士の言葉をやんわりと固辞すると、そのまま上部エリアに繋がる階段へと足早に歩き出す。

 ミヤコも先ずは傷の手当てを、と言ってくれたが、やるべき事は多く、会わねばならない者も多い。

 どうせならば、最初に話をする相手についでに治してもらった方が手っ取り早い。

 

 そんな判断で身体のあちこちに残る生傷を放置して歩き出した青年であったが、階段から駆け下りて来た見慣れた白い僧服姿の二人に、歩みを止める事となる。

 

「ッ、オイ! なんで怪我してんだよお前は!?」

「にぃちゃん!」

 

 人外級が激突した魔力――特に魔鎧のソレを感じ取って慌ててやってきたのだろうか。

 金と銀。其々に美しいその髪を振り乱さんばかりの勢いで駆け寄って来た聖女姉妹――レティシアとアリアは、衣服や肌に赤黒い染みをあちこち付けている青年の姿を見て、半ば悲鳴に近い叫び声を上げた。

 二人の手から即座に飛ぶ回復魔法と浄化魔法。走り寄って来る間にも聖女の超高レベルの癒しの魔法が彼の全身へと怒涛の勢いで降り注ぐ。

 死にかけであってもあっという間に完治しそうな魔法の連打だ。元より即処置が必要な重症の類は無く、腕の打撲を除けばそう深手ではない切り傷と擦り傷であった青年の怪我は一瞬で消えてなくなる。

 浄化によって血糊や汚れも消し飛び、衣服に至ってはやや破損してほつれているのにおろしたての新品よりピッカピカという意味の分からない状態になった。

 この世界の回復魔法にマホ〇ミ効果とか無くて良かった、とかアホな事を考える青年であるが、ワタワタと駆けて来る二人の姿にちょっと和んだのも一瞬、直ぐに厳しい表情を取り戻す。

 

「他に怪我は? 何があった?」

「痛いところ無い? 大丈夫にぃちゃん!」

 

 青年の懐にタックルする様に飛び込んで触診を始める姉妹を見下ろし、彼は先ずは礼の言葉と共にもう傷一つない、と答える。

 そして、胸を撫で下ろす少女達に告げた。

 

 ――二人とも、頼みがある。

 

 常にない……それこそレティシアにとっては二年振りであり、アリアにとっても霊峰での一件以来の心底真剣な声色に、二人の聖女はその空色の瞳を見開き、眼を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

頭領(ボス)、何時まで会場に残ってるんですか? もう他のお客さんとか皆捌けちゃいましたよ?」

「暇か? まぁ、もうちょい待ってろ。俺も暇だが待った方が良い予感がする」

 

 部下の青年――《不死身》の訝し気な、同時に退屈そうでもある声に、闘技場(コロッセオ)特別席の上で胡坐を掻いた体勢の《魔王》が、暇という割には楽しそうな顔つきで応じる。

 

「また勘かよ。それでマジ当たりするから始末に負えねぇ……さっきの下の方で発生した魔力に関係あるのか? 聖女の娘っ子共は血相変えて行っちまったが」

「あぁ、多分な」

「えぇ……頭領(ボス)の勘……しかもわざわざリリィちゃんをミラさんに預けて先に宿に帰らせるって時点で、物騒な話になるの確定じゃないですか……」

 

《狂槍》が適当にも程がある癖に異様に的中率の高い上司の勘働きに呆れ、魔族の中では珍しく戦いをあまり好まない《不死身》が嫌そうに眉を顰めた。

 部下二人の面倒くさいものを見る視線にもまるで頓着することなく 、《魔王》は自身の直感が示す儘、修繕中の武舞台を眺めて待ち続ける。

 

 やがて、そう長い時が経つまでもなく"そのとき"は訪れた。

 

 突如上空に現れた魔力と気配に、《狂槍》と《不死身》が反射的に武器へと手を伸ばす。

 だが、それも一瞬だ。空を振り仰いで見覚えがある姿を目に留め、二人は武器から手を離して落下して来る人物を見つめ、次いで訝し気に顔を見合わせた。

 少々離れた場所……おそらくは闘技場(コロッセオ)外縁辺りから大跳躍し、音も無く己の側へと着地してきた漆黒の鎧姿に、《魔王》は泰然とした様子で首だけを向けて笑いかける。

 

「来たか、猟犬。で――俺は何をぶった斬れば良い?」

 

 久方ぶりに戦場の空気を纏う戦友へと、魔族の長はその鳶色の瞳を楽し気に細め、問いかけた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 帝都王城、皇帝の執務室にて。

 

 緊急で上がって来た報告書に眼を通した現皇帝、スヴェリア=ヴィアード=アーセナルは、手にした紙束を豪奢な執務机の上へと放り投げ、抑揚に欠けた声色で呟いた。

 

「闘技会にも件の連中の手勢が混ざっていたか……よくもまぁ、余の膝元たる帝都で好き勝手やってくれる」

 

 くつくつと喉の奥で笑う皇帝であるが、その裏に丁寧に畳まれた激情を感じ取っているのか、執務室に詰めた秘書官と、急ぎ報告書を届けに来た武官の顔色は悪い。

 スヴェリア自身は自国・他国の有名処ほどの武を持たないが、彼は人類種最大国家の主権――バラバラだったそれを一代で纏めきった傑物である。

 突出した為政者や集団の長のみが持つ、覇気やカリスマと言い替えても良い空気。

 それに怒りという方向性を加えられ、静かに燃え上がる様は、武威による威圧とは別種の圧迫感を見る者に与える。

 仕事の能率を上げる為に、実用的かつ最高品質の調度品に囲まれ、魔道具によって適温を保たれた筈の執務室は、その恩恵を全く感じられない程度には居心地の悪い空間と化していた。

 平然としているのは皇帝本人と、彼の背後に控えるメイドの女性くらいのものだ。

 

 暫しの間、無言で机の上の書類を睨み付けていたスヴェリアであったが、部屋の扉がノックされる音を耳に拾って顔を上げる。

 本来なら扉前に待機する守衛に面通しを行い、その上で扉越しに守衛を挟んで入室許可を得るのだが――その様な手間も惜しいとばかりに直接ノックをする、スヴェリアが其れを許す人物など何人もいない。

 

「陛下、吾輩です。お呼びと聞き、急ぎ参りました」

「来たか、入れレーヴェ」

 

 帝国皇帝と将軍の交わす挨拶としては少々処ではない端的さなのだが、執務室への出入りを許されている者達は能力・人品・背後、全てにおいてスヴェリア自ら厳選している。格式や形式も持ち出す場面とそうでない局面の区別の付かない愚鈍は、この部屋には居なかった。

 獅子の鬣のごとき赤金の髪を持つ偉丈夫が入室し、一礼する。

 入って来た時点でレーヴェ将軍の方も普段より格段に物騒な気配を放っており、武官と秘書官が王と獅子の威に挟まれて遠い眼付きになった。

 

「む、お前が報告に来ていたか。ご苦労だった」

「あぁ、そうだな。レーヴェも来たし、戻って良いぞ」

 

 前者の顔を見た将軍の言に皇帝も頷く。

 

「ハッ、それでは失礼いたします!」

 

 完璧な敬礼を決めて、心なしか軽い足取りで即座に退出する武官の背を見送ると、残された秘書官の眼が死んだ。

 それに少しばかり同情的な視線を向けるメイドさんであったが、原因となる空気を室内にばら撒いている二人は気にする事も無く早速本題に入る。

 

「何処まで聞いている?」

「概ねは。ネイト殿から直接伝えられました故」

 

 前置きを飛ばしてガンガン話を進めるスヴェリアであるが、どのような件で呼ばれたのかはレーヴェ将軍も予想が付いていたらしい。厳しい表情のまま、頷きを以て返す。

 豪奢だが柔らかな椅子の背もたれへと体重を預けた帝国の主は、執務室の天上を仰いで独白の様に謳う。

 

「都市内各所への多数の《門》の設置――資金や人材の面から見ても、数年で出来る事では無い。連中は戦時中から帝都に、帝国に根を広げていた訳だ」

 

 淡々と紡がれる言葉の下に、沸々と滾る感情の波を察するのはこの場の者達であれば容易であった。

 

「連中からすれば、余は膝元の帝都で長年活動しても勘付く事の無かった間抜けだ。各国賓客への対応や成功させる為の調整に追われる《大豊穣祭》は、さぞ好き放題に出来る機会に映ったのだろうな」

 

 天上の照明を眺め、再び喉の奥で笑うスヴェリア。

 執務室へと静かな笑いが響き、それが壁に染み入って消えて、暫し後。

 

「つまり、余は舐められている訳だ」

 

 ボソリと、呟かれた言葉には紛れも無い憤怒が込められている。

 

「膝元で多くの民を攫われ、あまつさえ近衛たる騎士達を半殺しにされ、拐かされ、それでも祭りの失敗を恐れて亀の様に首を竦めたままであると、そう思われている訳だ」

 

 握られた拳が、無造作に執務机に叩きつけられた。

 

「――潰すぞ。騎士団と宮廷魔導士団を動かす」

「「「御意」」」

 

 打てば響く、を体現するが如く。

 その場に居た帝国の臣たる者達は、一糸乱れぬ動作による最敬礼を以て皇帝の命に応えた。

 

「では、早速討伐隊の編成に移ります。二日あれば整えて見せましょう」

「いや、今日中――正確には陽が落ちるまでだ。代わりに動かすのはレーヴェ、お前が直轄の第一騎士団のみで良い」

「む? であれば確かに日没までには間に合いますが……流石に第一のみでは帝都全域に対して数が足りませんぞ?」

「構わん。残りは引き続き都市内の治安維持に充てろ。《大豊穣祭》は成功させ、人買い共も潰す――不足分は、シュランタンが連れて来た兵力を使う」

 

 予想外の名前が出てきた事に絶句する《赤獅子》に対して、皇帝はニヤリと片頬を持ち上げて不敵に笑って見せた。

 

「奴とて自領で被害を受けている。協力要請に文句は言わせん。それと、王城内にいるかもしれん内通者だが……」

 

 そこで言葉を切ると、彼は背後のメイドへと振り返った。

 

「宮廷魔導士団を、表向き実働組と待機組に分ける。お前は待機組を率いて動くであろう内通者を炙り出せ。捕縛が理想だが難しそうなら消して構わん」

「お任せを」

 

 微笑んで瀟洒に一礼する女性に対して鷹揚に頷き、もう一度レーヴェの方へと視線を戻す。

 

「電撃戦、というやつになる。現地の情報を分析して再度割り振れる中継点が欲しいが……ティグルの奴は動かせそうか?」

 

 来るべき『大掃除』に向けて覇気漲らせる皇帝であったが、このときばかりは多少の気遣いを感じさせる声色であった。

 それに応える獅子もまた、憂いをその双眸に浮かべた、先程までと比べて少々落ちた声量だ。

 

「昨日から変わらず、調子を崩しております。間の悪い事に、先頃発作が悪化して寝込んでしまったと屋敷の者から連絡がありまして……」

「そうか……まぁ、仕方ない。体調が戻った後に事後処理で扱き使ってやるとしよう――参加できない事に気を病むなとだけ言っとけ」

 

 スヴェリアも付き合いの長い相談役の病状を憂う様に瞳を閉じる。

 が、一瞬後には切り替えて目を開き、その両掌を一つ、打ち合わせた。

 

「騎士団と魔導士団とは独立して《刃衆(エッジス)》も動かす――おそらくは()()()()()()()()()の助力もある筈だ。それらを基軸として、陽が沈むと同時、帝都全域での強襲作戦を実行する。先ずはこの場の面子で摺り合わせをしとくぞ、地図を出せ」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 帝都王城の最上階に近い執務室。

 そこでやり取りされる、今夜にも始まる大捕り物についての作戦。

 誰にも悟られず、それを聞き届ける者が、一人。

 

 陽に照らされる白亜の城の外壁。

 その日陰部分に紛れる様へばりつき、さながら台所の悪魔の如き体勢で極限まで強化した聴力を用いて壁越しに会話を拾っていた漆黒の鎧姿は、満足気に頷いた。

 

 ――流石は陛下。俺の考えた手順くらいは織り込み済みか。

 

 王様マジパネェ、などと呟きながら、カサカサと壁面を移動して誰にも気付かれていない事を確認し、100メートル程先に見える物見の尖塔部分へと跳躍する。

 そこに引っかけていた大きな風呂敷包みの様な物を覗き込むと、鎧の中の人たる青年は極めて平坦なトーンで包みの()()へと問い掛けた。

 

 ――で、待ってる間にちゃんと書けた?

 

 震えながら頷いたのは、王城勤めの文官の衣に身を包んだ男性である。

 全身の関節を外され、布一枚で包める程度に()()()()彼は、唯一無事な右腕を使って一枚の小さな紙切れを差し出す。

 それを受け取ると、青年はざっと目を通し――興味無さげに畳んで紙面から顔を離した。

 

 ――結構偉い人の名前まであるなー。これは予想以上ですわ……まぁ、そこら辺のお掃除は帝国の人達に頑張ってもらうか。

 

 文字は震え、汗か涙と思わしき滴が滲んでやや読み辛いが、読み違える程では無い。

 段々と傾いて来た陽を眺め、もうちょいペース上げるか、と独り言を呟く。

 再び()()を覗き込むと、彼はまたもや平坦になった声で話しかけた。

 

 ――ちゃんと()()()書けてるか、後で確認しにくるから。後から捕縛された連中に書いてない名前が出てきたら……まぁ、なんだ、分かるやろ?

 

 最後の台詞だけ、ほんのちょっぴり優し気となった青年の言葉に、文官の男性がイヤイヤと大きく首を振る。

 猿轡などは特に嚙まされていないのだが、声を出すことが出来ないのか、必死に首の動きだけで主張する男を見下ろし。

 青年は握った拳の親指だけを立てると、無造作に男のこめかみに向かってぶっ刺した。

 そのまま手首を捻って指を半回転させると、連動する様に文官の眼もぐるんと白目を剥く。

 痙攣しながら意識を失った男の入った包みをよっこらせ、とばかりに担ぐと、結び目から見えるその額に、先程の紙切れを裏返してぺちんと張り付ける。

 最後に男に握らせていたペンを使って、裏面に『ぼくはひとかいのないつうしゃです』と、適当に走り書きして。

 

 ――流石に陛下の部屋の前までは持っていけないし……《刃衆(エッジス)》の隊舎前にでも置いとくかー。

 

 そんな台詞と共に、ちょっとアンモニア臭くなってきた包みを心持ち嫌そうに担ぎ直し、一気に塔から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 闘技場(コロッセオ)から王城へ、そして再び城下へ。

 魔鎧の機動力を存分に発揮して、人知れず数時間の間に帝都中を掛けずり回った青年は、次の目的地に向かって人気の無い路地裏を疾走する。

 

「やっと見つけた……仕事早すぎッスよ。単純にアホみたいな速度のせいで接触するのも一苦労とかどういう事っスか」

 

 路地の角から掛けられた声に、彼が急制動を掛けて立ち止まると、物陰から進み出て来たのは知り合い――何処か狐を思わせる面差しの騎士、トニーだ。

 

「どーも、お疲れ様っス。今晩の別口の()()なんスけど、お手伝い(サポート)の手はいりませんかね、旦那?」

 

 ――要らん、怪我人は寝てろ。

 

 ヘラヘラと笑いながら提案される言葉に対し、青年はにべもなく一蹴する。

 トニーが負傷したことはミヤコから聞かされている。それが無くとも彼の顔は少々血の気が足らず、魔鎧によって強化された五感は、修繕された外套(コート)の下から滲む血の匂いを嗅ぎ取っていた。

 隊長ちゃんとダハルさんにチクられたくなけりゃ大人しくしてろ、と言い捨てながら脇をすり抜けようとすると、突き出された手によって青年の行く手が遮ぎられる。

 魔鎧を纏ったまま、静かに見据えて来る視線にも怯むことなく、トニーはもう一度ヘラリと笑った。

 

「いやいやいや、大丈夫ッスよ、怪我の事なら()()()()()()()()()()()()()

 

 言外に多分に含みを持たせた言葉に、青年は首を傾げ……ややあって嫌なものを見たかのように眉を顰める。

 

 ――なんつー身体に悪いモン使ってんの? 劇薬と大差ないでしょその霊薬(ソレ)

 

「お、やっぱ旦那も残り香だけで分かるんスねぇ……というか、知ってるって事は旦那も使ったことあるでしょ、絶対」

 

 正解、とばかりに僅かに魔力光の残滓が残る空の小瓶を取り出し、目の前で振るトニーの言葉に、青年は首を真横にひん曲げてノーコメント、と返した。

 

「ま、あとでレティシア様かアリア様にお願いして治療して頂けりゃ一発っスよ。その治療代って事で、お手伝いさせて欲しいっスね」

 

 あくまで口調と態度は軽く。

 だが、主張を譲る気は無いとばかりに食い下がるトニーに、青年は嘆息して宥める様に声を掛ける。

 

 ――今回の件、たまたま最初に調査してたのがトニー君だったってだけやろ。お前さんが責任を感じるのは筋違いだぞ。

 

「旦那、アンタは同じことを言われて納得出来るんスか?」

 

 間髪入れずに返って来た反論に、思わず押し黙るしかなかった。

 

「旦那が目の前で攫われた副長を奪い返す為に必死になる様に、事が動き出すタイミングを完全に読み違えた自分も、必死こいてるってだけッスよ――置いていくってんなら勝手について行くだけッスね」

 

 《刃衆(エッジス)》に合流すれば、それこそ無理矢理にベッドに拘束されて出撃不許可の命を出されてしまうだろう。

 だからこそ、トニーはこうして青年へと同行を願い出た。

 急速に大詰めを迎えたこの局面、立ち回りによっては自分でも役立てる事がまだまだある筈だ。

 だからこそ、身体に鞭打ってでも無理を通す。此処はベッドで安静にしている場面では無い。

 子供達を助け出し、カイル少年との約束を果たす為に。

 己の上司を――部下として命を張る事に悔いは無い、と思えた銀髪の少女の救出率を、1パーセントでも上げる為に。

 出来る事は全てやる。諸々の皺寄せは後になって考えれば良い。

 

 そんな決意を漲らせて見つめて来るトニーに、青年は既視感染みたものを覚えて再び嘆息した。

 

 ――分かった。とはいえ、最速の手順で進めるから……ついて来れない様なら置いていく。

 

「足を引っ張るつもりは毛頭ないんで。そんときは容赦なくそうしてもらいたいッスね……次のご予定は?」

 

 ――西区。そこに宿を取ってる知り合いの冒険者に、依頼を出す。

 

 陽が傾き、斜陽が街を染め抜く帝都。

 その光差し込まぬ路地の狭間で、猟犬と狐が並んで歩き出し――その姿は路地裏の奥、暗がりへと消えた。

 各々に、腹の下に決意を、意思を押し込めて。

 今は只、静かに準備を整える。牙を剥く、そのときまで。

 

 

 

 狩りの時間は、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







イッヌ、王城の内通者を見つけるのに、忍び込んで加護使って『視て』なんか一番汚い魂してた人を尋問するという渾身のラフプレーに走る。
尚、無事成功した模様。



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