性癖が複雑骨折しているトレーナーと、男性観が複雑骨折したライスシャワーのお話 作:社畜だったきなこ餅
私が『ソレ』を自覚したのは幼少の頃、遡る事20数年ほども昔の事だ。
あの頃の私は自身がトレーナーになるなど考えもしておらず、ただ漫然と近所に住んでおり実の姉のように慕っていたウマ娘を応援する流れでウマ娘のレースとライブを応援しているような子供だった。
其のウマ娘とは家族ぐるみで付き合いがあった私の家は、その関係もあってか彼女の応援へと足を運ぶ事が多かった。
名前にも冠されていたライラックの花が好きだった彼女は穏やかで、優しい物語が好きな人でありながら努力を絶やさない彼女を慕う人間は私を含め多かったと思う。
しかしウマ娘のレースと言うものは努力だけではどうにもならない、残酷な世界でもあり。
結論から先に言うならば、彼女はそのレース生涯の中で大きな結果を残す事は出来る事無く引退をした。
今でも鮮明に思い出せるのは彼女の最後のレース、雪がちらつく競バ場で必死に1400mを駆け抜けるも最下位でゴールを駆け抜けた姿。
これが最後と自らを追い込み挑むも結果を残せなかった事実に、彼女はどこか晴れやかな……それでいて今にも泣きだしそうな顔をしながら空を見上げていた。
そしてライブを終えた後の彼女は、自分が悲しくて苦しいだろうに泣きじゃくっていた私を抱き上げて、応援してくれたのに勝てなくてごめんねと悲しそうな声で謝ったのだ。
その時に私の胸に去来したのは、何故あれだけ優しくて努力を続けていた彼女が勝てず泣かなくてはいけないのだという怒りと。
抱き上げてくれて今にも泣きそうにしている彼女への、幼くて分不相応にもほどがある狂おしい程の慕情であった。
碌に勉学にも励まなかった私がトレーナーを志したのは、間違いなくあの日だ。
それからは友人の誘いを断って書籍を読み漁り、地元に有力トレーナーが来て講演すると聞けば是が非にでも参加した。
小遣いやお年玉も全て勉学へ注ぎ込み、家族や彼女が心配するのも構わず勉学にまい進した結果視力を悪くして眼鏡を手放せなくなったが、その程度で済むのならば構わない。
そうしてる間に気が付けば私は高校生となり、地元でも最難関のトレーナー育成コースのある高校に通い始めた頃。
彼女は付き合いを続けていた男性と結婚した。
アレから私は子供なりに彼女にアプローチをかけていたつもりだったのだが、まぁ情けない話だが私はしょせん『弟のような存在』でしかなかったという事だ。
さすがの私もあの時はショックのあまり寝込み、父親に優しく肩を叩かれるという事態になったが彼女が幸せになるのならソレで良いと自分なりに折り合いをつける事が出来た。
そうしている間も時は流れ、彼女は夫となった男性と幸せな家庭を育みやがて一人の可愛らしいウマ娘を産んだ。
彼女が結婚してからは私が彼女に近付く事は世間的にまずいだろうと思い距離を取っていたのだが、久しぶりに会った彼女が抱いていた三歳ほどに育った娘。
ライスシャワーが私に懐いてからは、かつての昔のような家族ぐるみの付き合いが再開される事となった。
私は、私の心の底に沈めた愚かな慕情が疼く事に対して激しい嫌悪感を感じながらも、私を兄のように慕ってくれるライスシャワーの面倒を見る事を止めなかった。
否、止められなかったと言う方が正しいのかもしれない。
愚かで浅ましい慕情、それを覆い隠しながら私は膝の上にライスシャワーを乗せて彼女が読んでほしいとせがんできた絵本を読み聞かせ。
ライスシャワーが小学校に上がった頃には家庭教師の真似事じみた行為を行い、それは私が中央トレセンへ入る日……彼女が中学校に上がる直前まで途切れる事はなかった。
ライスシャワーは昔から我儘を言わない子で、それは私が中央トレセンに向かう時も変わらない……筈だった。
しかし私が列車に乗り込もうとしたその時、ライスシャワーはいつものようにお兄さまと私を呼びながら背中へと抱き着いてきた。
そのまま私の背中に顔をうずめ、何かを言ったかと思うとすぐに離れてその目に涙を浮かべながら私に行ってらっしゃいと言ったのだ。
彼女が最後のレースで私に謝った時と同じ貌で。
私は無意識のうちに離れたライスシャワーに手を伸ばそうとするが、列車の発進音が響きその手は届く事はなく。
言いようのない鬱屈とした感情を抱えながら列車の中で一人、私は遠く過ぎていく故郷を眺める事しか出来なかった。
その後私は中央トレセンで新人トレーナーとして着任し、様々なトレーナーのサブトレーナーとして働き学びながら実績と経験を積み重ねていった。
やがてそれらが認められとあるトレーナーに付いて海外遠征へと赴く事となり、当初は2カ月ぐらいという話だったのが気が付けば半年にも及ぶ遠征となってしまい。
中央トレセンに戻った頃には、独立後にスカウトしようとしていた新入生はあらかたスカウトされてしまっている状態だった。
思わず私を予定以上の遠征に引きずり回した師匠筋に当たるトレーナーを恨めしくも思ったが、今更言ってもどうしようもない事に溜息を吐きながら名簿を流し見ていたところ。
妹のように思っていたウマ娘、ライスシャワーの名前を見つけた。
ライスシャワーが中央トレセンに入れたという事を嬉しく思うと共に、ライスシャワーが未だにトレーナーを見つけられていない事を確認した。
幼い頃の彼女の姿しか知らない私だったが、彼女の持っている才覚ならば既にトレーナーを見つけていてもおかしくない筈だというのに、その状況に私は不吉な予感を感じ。
残務処理もそのままに、広いトレセン学園の中ライスシャワーを探す事にした。
そして幾人もの顔馴染みのトレーナー、ウマ娘達に聞き込みをして漸く見つけたライスシャワーは。
校舎の裏で声を押し殺し、小さな体をさらに小さくするかのように身を屈めて泣いていた。
その姿に居てもたってもいられず私はライスシャワーの名前を呼びながら駆け寄ると、ライスシャワーは大きな耳をビクンと逆立たせて謝りながら逃げ出そうとする。
ここでライスシャワーを行かせたら私は一生後悔すると、何故かその時確信じみた考えを持っていた私は再度強くライスシャワーへ呼びかけ、私に気付いて足を止めたところを後ろから抱き締めて彼女を押し留めた。
正直誰も見ていなくて心から良かったと思う、もしもあの瞬間を見られていたら私は軽くない処分を下されていた事は間違いないであろう。
その後ライスシャワーが落ち着くまで昔のように語り掛け、顔を赤くしているライスシャワーに謝りながら抱き留めていた腕を離すとぽつりぽつりと何があったか教えてくれた。
ライスシャワーは私を追いかけて頑張ってトレーニングを続け中央トレセンへと辿り着くも、自身の運が悪い事から皆を不幸にしてしまうと声を詰まらせながら言葉を紡ぐ。
私がライスシャワーへ読み聞かせた彼女お気に入りの絵本を心の支えに頑張ってきていたが、不安に押しつぶされそうになっていた、と。
ライスシャワーは私を追いかけて中央トレセンへと来た、しかし私は居なかった事がライスシャワーを追い詰めてしまったのだ。
仕事だから仕方がないと言えばそれまでかもしれないが、多感な少女であるライスシャワーに聞き分けろと言うのは余りにもデリカシーに欠ける言葉であろう。
故にこそ私が言うべき言葉は一つであった。
初めて担当を持つ立場のトレーナーでしかないが、それでも良ければ君を担当させてほしい。と。
ライスシャワーの回答は、言葉もなく私に正面から抱き着き幼い頃のように顔を私の鳩尾辺りに顔を埋めて頷くという肯定の返事であった。
そうして私とライスシャワーの二人三脚のトゥインクルシリーズが始まり、様々な困難に直面しては互いに支え合って踏破した。
ミホノブルボンとの死闘に三冠を阻んだ事による世間からのバッシング、宝塚であわやという場面がありながらも乗り越えての勝利。
そして、三年目の年末に迎えたトゥインクルシリーズのファイナルレース。
ここ一番の大舞台に挑むライスシャワーを今、私はレースへ送り出そうとしている。
「お兄さま、ライス……頑張るね」
「うん、ライス……君が最強のウマ娘だ、私はそう信じているよ」
「えへへ……行ってくるね!」
凛とした姿で私を真正面から見据え、校舎裏で泣いていた時とは見比べる程に成長した姿に私はいつも真一文字に引き締めている口元を緩め、ライスシャワーを送り出し。
ライスシャワーは大きな耳をパタパタと動かし、尻尾を嬉しそうにゆらゆらと振りながらパドックへと向かっていった。
私は誇らしい気持ちになると共に、己の浅ましさと愚かさに吐き気を堪えるのに必死だった。
幼い頃から面倒を見てきて、三年間共に頑張って来たライスシャワーに破れた初恋の彼女を重ねてしまったという事実に。
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ライスには、血が繋がっていないけども子供の頃から一緒にいたお兄さまがいます。
お兄さまはいつもライスの傍に居てくれて、絵本を読んでくれてお勉強でわからないところがあれば優しく教えてくれます。
ライスはお兄さまが大好きで、その大好きはお父様やお母様への大好きとはまた違う大好きだという事はわかってて。
でもソレがどういう大好きの違いなのか、ライスはよくわかっていませんでした。
その大好きの違いがようやくわかったのはお兄さまが遠くへ……中央トレセン学園へ行くその日でした。
いつものように優しい笑顔でライスの頭を撫でた後列車に乗るお兄さまの背中に、無我夢中で抱き着いてライスはお兄さまの背中に顔を埋めて行かないでと言ってました。
そしてお兄さまは振り向きライスへ手を伸ばそうとして、目の前で列車のドアが閉まって。
お兄さまを乗せた列車が遠く遠くへ離れていくのを、ライスはわけもわからず泣きながら見送る事しか出来ませんでした。
それからライスはお兄さまが言った中央トレセン学園に入るためにとても頑張りました。
頑張って頑張って、ライスに不幸な事が起こる度に慰めてくれたお兄さまが居ない事にお布団の中で泣きながら、それでも頑張って。
やっと入った中央トレセン学園に、お兄さまは居ませんでした。
後でわかったんだけども、お兄さまは違うトレーナーさんと海外へ行ってたらしいんだけども、その時ライスは世界が終わったように感じました。
選抜レースに出ないといけないのに、出る勇気が無くて校舎の裏で泣いて。
お兄さまがいないのなら、もういいかなと思い始めたあの日。
お兄さまが子供の時のように独りで泣いていたライスを見つけ、抱き締めてくれた。
今でもあの時の驚きと嬉しさと恥ずかしさは覚えていて、その事をお兄さまに言うとお兄さまは困った顔で笑いながら忘れてくれと言うけど、ライスは絶対忘れないからね。
そしてお兄さまはライスのトレーナーになってくれて、ライスとお兄さまの二人三脚のトゥインクルシリーズが始まりました。
ブルボンさんと出会ってレースして、ブルボンさんの三冠をライスが阻んじゃったせいで皆が不幸になって。
ライスはやっぱりダメな子なんだと泣いて、そんなライスをお兄さまはまた抱き締めて慰めてくれた。
そしてあの宝塚の時もライスも気付いてなかった足の調子が悪い事にお兄さまは気付いてくれて、それでもライスが我儘を言ってレースに出ると言った時。
お兄さまは時々見せていた苦しそうな顔と共に、勝てなくてもいい最下位でもいいから無事に戻ってきてほしいと呟いた。
ライスはこの時ようやくわかったの、お兄さまが苦しそうな顔をしてライスを見る時って……お母様とライスを重ねて見ちゃってる時だったよね。
でもね、ライスは怒ったりしないしお母様を恨んだ事もないよ?
だって……。
「お兄さま、ライス……頑張るね」
「うん、ライス……君が最強のウマ娘だ、私はそう信じているよ」
「えへへ……行ってくるね!」
今、ライスが挑もうとしている凄い人達が出バするレースでもライスが一番って信じてくれているお兄さまは、ライスを見てくれているのだから。
だから待っててね、ライスが大好きなお花の蒼い薔薇の花言葉と一緒にお兄さまに想いを伝えたいの。
敢えて殆どを地の文で投稿してみるチャレンジ。
余談ですがライスシャワー(原作)の母親であるライラックポイントは、生涯戦績こそ奮わなかったものの結構優秀な子供達を何頭も世へ送り出したそうです。
ちなみにトレーナーさんは、自身の視点にてライスシャワーを彼女と称する事はありません。
何故なら、トレーナーさんにとって『彼女』というのは破れた初恋の女性であるライスシャワーの母親の事だからです。
でもこんな感じの二人だけど、何のかんの言って1~2年後にはなし崩し的にくっついて幸せになってそうだと思う作者でした。