夢を見た。建物の裏で、オレンジ髪の、おそらく10歳ぐらいであろう少女が目尻に涙を溜めてうずくまっていた。
僕は彼女を励まそうとして肩に触れようとする。
でも差し出した手は彼女の肩をすり抜ける。
僕に実態がないことを悟った。口も動かない。僕は彼女に触れることすら出来ない。
そんなやるせない思いを感じた直後、背後から声が聞こえた。
「──どうしたの?」
声の主は幼く、彼女と同じぐらいの背丈の男の子が首を傾げる。
「お歌……歌えなくって……」
今にも泣きそうな震えた声で少女はかぼそく言葉を紡ぐ。
「かなしいの?」
「うんっ……!」
「大丈夫だよ!!歌はね──────」
ジリリリリリリン!!!!
頭上でけたたましく鳴る携帯に嫌気がさす。
布団から手を出し渋々アラームを止め、時刻を確認する。
6時半。今日から学校だと思い出し目を擦りながら僕は布団を出た。
「なんか、変な夢見たような……」
確か、小さな少女がいて……いや、男の子だっけ?覚えてない。
「ゆーい!朝飯出来てんぞー!」
下から叔父さんの声が聞こえた。
朝ご飯の催促らしい。
「はい!今行きます!」
下の階にも聞こえるように大きく返事をし、急いで寝巻きから学生服に着替える。
一度立て鏡を見て寝癖もほどほどに治し、下の階のリビングへ降りる。
すると、そこには無精髭を生やしたガタイのいい男の人が朝ご飯を並べたテーブルの椅子に座っていた。
「おーう、おはよう、
「
苦笑しながらそういうと叔父さんは「ナッハッハ!」と笑ってコーヒーに口をつける。
僕も朝ご飯を食べようと叔父さんと向かいの席に座り、箸を手に取る。
「そうか、
「といってもまだ若いですけどね」
卵焼きに箸を通し二つに割り、口に通す。
ほんのりとした甘さが舌に広がり箸をすすめる。
「いやいや、俺もまだ若いぞ。どうだ、久々にストリートダンスするか?」
「叔父さんもう30でしょう。腰やりますよ」
叔父さんは昔、ストリートダンスのプロだったらしい。
その影響で小さい頃、多分10歳ぐらいの時、ストリートダンスを教えてもらったことがある。
最近では成長につれ運動はしなくなり、運動神経も悪くなったが、ダンスだけはまぁ人並み以上には出来る……と思う。確証がないのは、いまでも時々は遊びで踊るとはいえ、本気で踊ったことはないし、運動神経が完全に死んだのでもしかしたら思うように体を動かせないかもという不安があるからだ。
年齢差を武器に叔父さんのダンスの誘いを断ると叔父さんはまた「ナッハッハ!」と笑った。
そしてコーヒーを置いて真剣な顔つきになり僕にこう問いた。
「その……
「……!」
声のトーンが一つ落ち、少しの間沈黙が続く。
叔父さんが心配しているのはきっとあの件だろう。
僕は中学生の時、いじめで不登校になっていた。
それを見かねた両親が故郷を離れ、別の地域の高校に通うといいと僕を遠い叔父さんの元で通学させることにした。
きっと中学のいじめを高校でも引き摺らないか不安なのだろう。
「……大丈夫ですよ。うん、きっと」
安心させるように笑顔を作り、最後の白米を口に運ぶ。
叔父さんも完璧に安心というわけではないが、信じてくれたようで、
「そうか」
と会話を止めた。
話題が暗くなっていたたまれない雰囲気から僕は逃げ出したくて食器を洗い場に運び、荷物をまとめた。
「それじゃあ入学式、いってきます」
「おう、いってらっしゃい」
できるだけ笑顔を作り、家を出る。
「雨宮」とかかれた表札をこえ、鞄を肩にかけて坂を上る。
考えることはこれからの不安。
今年から入学する「
叔父さんの手前、あんなことをいったものの、本当は男子校なんて初めて不安しかない。
もちろん、過去のことを含めて。
色んなことを考えていたら頭がパンクしそうになる。
視線は足元の石にあつまり、なんとなくそれを蹴って歩く。
上り坂なのでなかなか勢いのまま石は転がらず、そのまま坂を降って後退する。
大丈夫、大丈夫。
呪文のように頭の中でなんども唱えるそれは、もはや暗示に近かった。
でも僕の不安を飛ばすのは、そんなものじゃなかった。
「背筋伸ば〜して〜♪声を〜とば〜せば〜♪」
前方から聞こえて来る透き通る歌声に、僕の視線は石からその声主にすぐ移り変わった。
オレンジ色の髪にヘッドフォンをつけ紫色の瞳を吊り目の瞼から覗かせている女の子。
その交差点にいる全てがほんの一瞬、彼女に視線を奪われたようにさえ思った。
しかし彼女が「手を繋ごう〜♪」と一回転して歌い終えると、何事もなかったかのように人波は流れ出した。
その少女も満足そうで、思わず、
「……なんか、いけそうな気がする」
僕も笑って、希望を持っていた。
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