「……中学2年生の頃」
ポツリポツリと語り始める僕にかのんは耳を傾ける。
「僕はいじめられていた。女の子みたいな名前で、女の子みたいな趣味だって」
別に上靴が隠されたとか、上から泥水をかけられたとか、そんなものじゃない。
実害のない、シンプルな言葉の暴力。
向こうからしたらイジリの一種だったのかもしれない。
けど僕は確実にクラスからハブられていた。
けどそれはそれは良かった。
友達ができなくったって、僕は休み時間になると机いっぱいに加工道具を広げて天然石を削ったりして新しいアクセサリーを作って暇を潰していたからだ。
────けどある日、事件が起こった。
「石を削るノミみたいな道具があってね、先が尖ってて危ないんだ。それを使っているときに……」
『うわお前また女物つくってんの?キッショ』
『…………いいだろ別に』
『あ?なんか言った?女の子みたいな小さな声じゃ聞こえませんよ結ちゃ〜んwアッハッハ!』
『…………』
『いや無視かよ。おもんね〜!』
『…………』
『こんなんがいいのかね〜?』
『……触るのはいいけど、傷つけないでね』
『付けない付けない。せっかくなら手伝おうか?』
『えっ?あっオイ!勝手にそれとるな!」
「彼が僕の手から道具を奪おうとしたんだ。でも考えて欲しい。石を削るほどの力を込めて握った道具を、側からパッと取れると思う?」
「それって……!」
御察しの通り。
力を変な方向からかけられた僕の手は、道具を離すことなく、あらぬ方向へ飛んでいった。
それは例えば……そう。
彼の、左目の上とか。
───沈黙が一瞬流れる。
彼の左目の上の額から鮮血が流れる。
それを認識した時、教室から静寂は消えた。
『あ"あ"あ"あ"あ"っ"!!!!』
『ちょっ!?お前大丈夫か!?』
『く、来るな!近寄るな!』
言ってる間にも血はあたりの床を真っ赤に染めていく。
あたりの人の顔は蒼白になりパニックのなか、何人かが教室を出て行く。
「おいどうすんだよ!血えぐいぞ!」「保健室!保健室いこ!」「目大丈夫!?見えてる!?」
徐々に状況を飲み込んでいったクラスメイトが各々取れる行動を取っていく。
教室の中を駆け回るもの、負傷した彼を手当てするもの、教室から出ていくもの。
様々な人が横行する中ひとつ、確かなことがあった。
──ボクは避けられていた。
まるで円を描くようにボクの周りには人は寄り付いてこなかった。
それはまるで異物を見る目。
恐怖、畏怖、困惑、動揺、敵意。
あらゆるものが渦巻くその視線の先にはボクがいた。
────『近寄ってはならない』
そんな共通認識が誰が言ったでもなく、自然と広がっていた。
『どうしたのみんな!?』
けたたましく音を鳴らしながら教室のドアが勢いよく開き、担任の先生が入ってくる。
停止していた脳がゆっくり動き出す。
ボクは徐々に冷静さを取り戻しかけていた。
先生が来たのは……多分、さっき教室から出て行った誰かが呼んだんだと思う。
顔の左側を鮮血で染めた彼を見て先生は顔色を変えて彼に駆け寄った。
それはすごい剣幕で。
『凄い血……結くん何したの!!!!』
初めて見る先生の怒りに触れて、ボクはたじろいだ。
とんでもない剣幕に押されて頭が完全に冴える。
何をしたか……?
ボクは…………ただ……なにも……してな……
『助けて!コイツ、俺を殺そうした!こいつがアレで俺の頭を切ったんだ!!!』
耳を疑った。
それじゃまるで……ボクが悪いみたいじゃないか。
先生があまりの反応を見る。
クラスメイトは沈黙したまま俯いていた。
否定なんてできない。
だって言っていることは事実なんだから。
そうやって認識した途端に手の力が抜けた。
──カラン、コロン。
と静かな音を立てて道具が手から落ちて転がる。
それには────べったりと彼の血がついていた。
『────!!!違う!違うんだ!!!そんなつもりじゃ!』
弁明の為に彼に近づこうとすると先生がとっさに彼を庇う。
──なんで?
僕は悪いことをしたのか?もともとは彼のせいじゃないか。自業自得のはずだ。なのになんで彼が守られている。おかしいじゃないか。守られるべきは僕だろ?なぁ、誰か言ってくれよ。悪いのは僕じゃない。悪いのは……
『コイツが全部悪いんだ!やっぱりコイツは普通じゃない!近寄るな!』
「──────そこから先はあんまり覚えてない。本当に頭が真っ白になってた。あまりの人の話によると、傷害事件としていろんな人に話を聞かれたけど、僕に非はなく事故って形で大人たちの間で処理されたらしい。もっとも、僕はその時すでに学校が怖くなって不登校になっていたから詳しいことはしらないけど」
教室の真ん中の出来事だ。目撃者だって多い。
彼を傷つけたのは間違いなく僕だけど、それは故意ではない。妥当な結果だった。
「彼はどうなったの?」
「幸い、目から逸れていたお陰で失明にはならなかったそうだよ。左目の上の額に大きな傷の跡は残ったらしいけど」
僕はあれから彼に会っていない。
だから詳しいことは分からないが、彼は僕を恨んでいることだろう。
僕はそれを、甘んじて受け入れている。
「それから少しして、アクセサリーを作ろうとした。結果は思っての通り。そもそも恐怖で道具が握れなかった。だから僕はその日から道具を封印して、この地にいる」
小さい頃、ストーリーダンスでお世話になった叔父さんがいるこの場所に。
「立ち直れたと思ってたんだけどな!やっぱ甘かったみたいだ!!」
自嘲するように大きく言葉を投げる。
僕のトラウマは、思った以上に根深かったらしい。
「結」
「えっ、あっはい」
急にかのんに名前を呼ばれて少し驚いて襟を正す。
彼女は大きく深呼吸したあと、こう切り出した。
「約束して」
「約束?」
「私に、アクセサリーを作ってくれるって」
「かのん…………でも今回は……」
「今回がダメならその次。それでもダメならもっと待つ。いつまでも。だから約束して欲しい。諦めないって。結が好きでい続ける限り、私たちは待ってるから」
───この女まったく……。
言い出したら絶対に聞かない。
始めたであった時もそうだった。
断る僕にしつこく頼み込んで、家まで行ったんだっけ。
「……………また吐くぞ」
「いいよ」
「迷惑、かけると思う」
「分かってる」
「でも待っててくれるなら……」
「うん」
「任せて欲しい。とびきりのものを作ってやる!約束だ!」
「うん!約束!」
どちらからともなく小指を結び合う。
彼女の手は小さくて繊細で今にも折れそうだけど……確かにそこにあった。
それは僕が前を向くのに、十分な理由だった。
トントン、と扉が2回たたかれた。
検査の時間か?にしてはまだ10分ぐらいしか経ってないような……
「はーい!どうぞ!」
とりあえず中に入って大丈夫という意思を伝える。
かのんも看護師さんが来ると察してベッドの脇に移動する。
ゆっくりと扉が開いて女の人が入ってくる。
……あれ?制服?かのんと……一緒?
「失礼します」
僕の知っている顔じゃない。
誰かと思ってかのんの顔を伺うと、彼女は驚き目を見開いていた。
「なんで……!?」
彼女はかのんを一瞥し多少驚いたような顔を見せたが、改めて僕の目の前で一礼をしてこう言った。
「初めまして。結ヶ丘女子高等学校で生徒会長を務めています」
……生徒会長!?
ってことはこの人が話に聞く噂の……!?
「葉月恋です」
なんで……僕の所に……!?!?
次回は5/6金曜日19時です