結ヶ丘女子高等学校。
4月から新たに出来たこの新設校は僕の通う男子校の姉妹校で、対を成すように女子校になっている。
新設校とは言ったものの前衛的な、それこそUTXのような攻めたデザインをしているわけではなく、少し昔からあるオーソドックスなタイプの校舎だ。
なんでも元は神宮音楽学校という別の名を冠していたらしいが廃校。しばらくし、姉妹校であるウチの学長が手を貸しあらたに結ヶ丘を作る際に前からあった神宮音楽学校の校舎を改修したため、このようなデザインになったらしい。
所謂男子禁制と呼ばれる空気があり、男子校で下世話な話題のタネになるぐらいには僕には縁遠い場所だ。
…………いや、場所だった、というのがただしいか。
何故って僕はいま……
「その禁制を破っているから……」
現在地結ヶ丘女子高等学校の旧校舎。
なんでこんなことに、と説明をしたいが実はそんなに難しいことでもない。
葉月恋さんから放課後急に呼び出されビクビクしながらこの学校に来たら「同好会の部室の鍵です」とここの部屋の鍵を渡されたのだ。
で、実際鍵の部屋に来てみると……
「学校アイドル部、ねぇ」
ドアの上に古びた板が立てられていてそこに書いてある文字を読み上げる。
スクールアイドル部の事だろうか。
まぁ確かにどっちでも変わらないがこう……学校アイドルだと古くさい。
「どっちでもいいけど」
ドアノブに鍵を入れて捻る。
ギギッ、と立て付けの悪そうな音を立てながらゆっくり扉が開く。
かのんたちはまだ来てないようだが数十分もしたらHRも終わってくるだろう。
それまで待っておこう。
そこにあった椅子にゆっくりと腰掛け長時間待つ姿勢を取ると不意にコンコンと音が聞こえた。
…………ノック?
かのんたち早いな。
少し考えより早い時間に来たので不意を食らったが特段問題はない。
腰を上げドアノブを引いて僕はかのんたちを迎えた。
迎えたつもりだった。
「……………………」
「……………………」
実際にそこにいたのは金髪ブロンドにメロングリーンの瞳を持つ女の子だった。
僕にとっても彼女にとっても、扉の向こうの存在は想定外だったようで僕らはそのまま数秒固まった。
固まって、事態を飲み込んで。そして
「いやぁぁぁあぁぁぁぁあぁあ!?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
叫んだ。思っ切りビビって。
「な、なんでここに男の人がいるのったらいるの!?不審者!?」
「違う違う!不審者じゃない!」
「そんなわけないでしょ!大体ここ女子校よ!」
「至極もっともです!!もっともですけどこれには深〜い訳がですねぇ!」
僕が必死に弁解をしていると後ろからギギッと音が聞こえる。
えっ、待って、マズイ。
「ン"ヒィ〜!」
とよく分からない叫び声を上げて扉から入ってきたかのんが出て行く。
なんどその悲鳴は。
「結くん!?なんでここに!?」
「千砂都さん!いやそれはちょっと深い訳がですね〜」
「結サン、こちらの人は誰デスか?」
「知らん!けど助けてほしい!」
可可さんに泣きつくと僕らと話しているかのんたちを見て彼女は落ち着きを取り戻したのか、落ち着いた声で今度はゆっくりと話し始めた
「私は……」
「大丈夫!足はついてる!」
「本当!?」
おいちょっと落ち着いてきた話の腰を折るんじゃない。幽霊じゃないんだぞ。そりゃ足はついてるだろ。
思わずそうツッコミを入れそうになったがそれよりも先にかのんは目の前の彼女を思い出したかのように呟いた。
「……平安奈さん?」
あれ?顔見知り?
平安奈……落ち着いて見てみれば何処かで見たことがあるような……ないような……??
「ここ、スクールアイドル同好会の部室って聞いたんですけど……」
「ナニカ御用でしょうカ?」
「その〜、実はちょっと興味があって……スクーアイドルに……」
「興味?もしかして……」
「入部希望者デスカ〜っ!?」
あからさまに笑みを浮かべる可可さん。
僕としては驚きの方が大きい。
正式に同好会になり知名度は少し増えたとはいえ、こんなに早く新入部員が出来るとは。
「いやぁ入部というか、とりあえず話を……」
「スクールアイドルはスバラシイデス!最高デス!青春の輝きと〜」
可可さんが平安奈さんに押しかける。
「ところで夏樹はなんでここに?」
と、その間に根本的な問いをかのんがふってきた。
「このまえ僕が引率者しただろ?その流れで、スクールアイドル同好会の引率、顧問をしてほしいって学校側から依頼があって、鍵をもらったんだ」
「へぇ〜!じゃあ結くんいつでもこの学校に来れるってこと?」
「理論上はね。でも僕にも学校があるし、せいぜい放課後に集まるのが限界かな」
2人はそれもそうか、という笑みを浮かべて苦笑いをする。
こればっかりは仕方ない。僕は社会人じゃないのだから。社会人なら、給料は出たのかもしれないが、そうなると顧問役、というのはまず案にすら出なかっただろうから仕方ない。
ところで……
「可可さん、一旦待とうか……」
さっきからずっと平安奈さんを説得している可可さんを一度止めておこう。
「うわぁ〜っ!」
「さっき見てたのよりずっと凄い!」
サニーパッションのパフォーマンス映像を見て目を輝かせる平安奈さん。
これは僕が大型スクリーンで見た時の映像、つまりは去年のラブライブ決勝らしい。
応えるかのように可可さんがパソコンの画面を切り替えてラブライブの会場を映す。
「こんな大きいステージで……!」
「ハイ!ラブライブの決勝で立つステージデス!お客さんもイッパイ入りマス!」
「ここに立てば、もちろん有名になれるわよね!?」
「はいデス!去年決勝に出たサニーパッション様はいま……」
9万8千フォロワー!?
可可さんが出したスマホを思わず二度見する。
ただの部活動のはずなのに有名人ぐらいいる。
いや、実際彼女たちは有名人なのか。
そうなるだけの人気と実力がラブライブには必要ということなのかもしれない。
「9万8千……!」
平安奈さんもこれには驚いて……
「ギャラクシー……!!!」
…………ギャラ……なんて?
「やるわ!やるわったらやってやるわ、スクールアイドル!」
「いいの……!?」
「えぇ、一緒に頑張りましょう」
「────というわけで、はれて平安奈さんはスクールアイドル部に所属しましたとさ」
「ふぅ〜ん。まさかホントに縁があるとはねぇ〜」
机に頬杖をつく夏樹。
昨日いなかった夏樹に昼休みを使って事の顛末の説明中だ。
教室で椅子を反対向きにして僕の机の上を占領しておいて頬杖とはなかなか度胸がある。
「ギャラ子、ホントにスクールアイドルなるんだ」
「ギャラ……誰?」
「すみれちゃんの事。ギャラ子」
えぇ?いつものあだ名みたいに本名残しにすらなってないじゃないか。
「というか!ゆいちんだけ結ヶ丘に入れてズルい!僕も呼んでよ!」
「呼ばれたのは引率者である僕だけなんだから仕方ないだろ。ましてやなんで呼ばれたのかすら分からなかったんだ。夏樹を連れて行くわけには行かない」
バッサリと断ると「それはそうだけどさぁ〜」と駄々をこね始めたので「今度から行くときは声かけるから一緒にな」と慰めておく。
「まぁそれはいあとあと、な?話を戻して。それで僕たちは練習場所の旧校舎の屋上を見に行ったんだ」
「────広いデス〜!」
「こんなところがあったなんて……!」
「これなら何人いても練習できマス!」
屋上に着いた途端駆け回る可可さん。
子供っぽいとは思っていたがもはや女児のそれと変わりない反応に笑ってしまいそうになる。
「さぁ、何をすればいいの?」
コツコツと足音を響かせながら近寄ってくる平安奈さん。
彼女だけは練習着ではなく制服なのだが、急な練習なのでご愛嬌。
「そうね、じゃあステップから」
タタタン、と軽く千砂都さんがステップを踏む。
前に踏み出して左に重心移動しつつ右足を前へ、左足を軸に右足を一回半回転して回る。
「出来る?」
挑発的に言ってみせた千砂都さんに対し平安奈さんはその場で全く同じステップを踏んでみせた。
「スゴいデス」
「上手……!」
「ホントだ。基礎はできてるみたいだね」
同じステップを一回見ただけで覚えろ。
この中でできるのは多分僕と千砂都さんぐらいだろう。かのんは……五回ぐらい見たら覚えるだろう。可可さんは一回目で転ぶ。
要は難しくはないが簡単でもない、まさに基礎って感じの動きだ。
それだけに動きの無駄でダンスのセンスが分かる。
平安奈さんは素人目のかのんでも分かるくらい上手い。それだけで彼女の実力が押し測れる。
「じゃあこれは?」
またも挑戦的にステップを踏み始める千砂都さん。
右足を踏み出して手の動きも織り交ぜて膝の動きを見せる。
しかしそれにも「それくらいなら」と平安奈さんはコピーをしてみせた。
「スゴい!」
「コレは……もしかして即戦力というヤツですか?」
「そうかも」
いまのは結構スゴい。僕でも一回なら半端に真似てしまう。
重心移動の難しさもそうだが、リズムと動きが変則的で覚えにくく、膝の抜き方を知らないとあんな動き真似できない。
「とんでもない新人が入ってきたな」
「────みたいな感じで平安奈さんのダンスは上々だった」
「へぇ〜。ダンス経験者なんだ」
「なんか……ショービジネスの世界?にいたらしい。テレビ経験者だって言ってた。僕も彼女に既視感あるのは多分テレビのどっかで見たからだろうね」
「テレビ!?うっそ有名人じゃん!?戦力増大でもう無敵じゃん!」
「これが……そんな簡単な話じゃないんだよなぁ……」
「────それで、センターなのだけれど……」
突如机を叩き前のめりに平安奈さんが机を挟んで僕たちに言った。
「センター?」
かのんが復唱して首を傾げる。
「えぇ、グループなのだからセンターがいるわけでしょ?」
「そっか!この前まで2人だったからあまり考え無かったけど……」
「確かに、3人になったら決める必要がありますネ」
急な3人目でみんなすっかり忘れていたみたいだ。もちろん僕も例に漏れず。
「いろいろ考え方はあるとは思うのだけれど〜」
「かのんがいいデス」
「やっぱり1番ダンスや歌が上手い人が担当するのが……へ?」
「かのんがいいデス」
「そうだね。私もかのんちゃんでいいと思う」
お、多数決終わったか?
「やっぱりかのんちゃんしかいないよ〜。このグループを最初に作ったのは」
「そうデス、かのんですし」
「じゃあセンターはかのんできまりということで……」
「ちょっと待ったー!!!!!」
突如立ち上がりその勢いで机に倒れ込む平安奈さん。
この人いつも突然行動を起こすよな。
(フッ……おもしれー女)とか思えばいいんだろうか。
先が読めない変人……いや、おもしれー女だ。
「そ、そういうので決めていいのかな?」
「と言いますと?」
「先とか後とか関係ないでしょ?勝つためには実力がある人が中心に立つ、それが当然なんじゃない?」
「だよね〜」
まぁ確かに大事なセンターを多数決で決めるってもどうかとは思う。
けどなぁ……
「デスが、センターというのはそれだけではありまセン!カリスマ性のような見えない力も必要デス」
「確かにそうかもしれませんが、そんなもの、どうやって測るのです???」
カリスマ性の測定?
なるほど、言ってみるものだ。一つ案が思い浮かんだ。
ここは本職のアイドルに習って……。
「カリスマ性……一回測ってみるか?」
「どうやって?」
「総選挙」
「────というわけで、今日の昼休み、ちょうど今頃結ヶ丘ではスクールアイドル同好会がセンター選挙をやってるだろうよ」
「……それやる意味ある?」
「あるといえばあるし、ないといえばない」
つまりは……
「十中八九かののんが選ばれるだろうね〜。やる前から分かってるからする意味はないけど、結果が可視化されるならまぁそれはそれでって感じ?」
体重を後ろにかけて椅子をぐらぐらする夏樹。
やっぱりかのんのカリスマ性に関しては付き合いの薄い夏樹でも分かるか。
「それで、どこが問題なの?」
「いうまでもないだろ。絶対平安奈さん拗ねる」
「だよね〜」
3人はピンときて無かったが、僕からしたら平安奈さんの異常な抗議は結局そこに起因すると察してしまう。
「どうすっかなぁ……あの戦力を手放すには惜しい……」
「うわぁ〜状況めんどくさぁ〜……関わりたくな〜い……」
「と、いうわけで」
足を伸ばして夏樹の椅子の座席の裏をコツンと叩く。
椅子をぐらぐらさせていた夏樹は突如とした僕の攻撃にバランスを崩し、無様な声を上げながら椅子ごと後ろに転がり落ちた。
倒れたまま頭をさする夏樹を上から覗き込むように僕は言う。
「放課後、空いてるよな?」
「……僕生徒会の仕事が……」
「僕も生徒会だしそんなもの無いぞ」
「……急にお腹が……」
「さっきバクバク弁当食ってたろ馬鹿」
「好きな子に告白する予定が!」
「ここは男子校だ。いいからついてこい。結ヶ丘で平安奈さんを引き止めるぞ」
「いやだ〜!!めんどくさすぎる〜っ!」と喚き出す夏樹の声は、昼休みの終わりを告げるチャイムにかき消されたのだった。
次回更新は5/25水曜日19時