──────翌日、
結ヶ丘女子高等学校、旧校舎、スクールアイドル部部室にて。
「いよいよだね……!結くんのお姉さん……!」
「楽しみデス〜♪」
「う、うん。私も楽しみ……なんだけど……」
はぁ〜……ねーちゃんが来る……マジかぁ……もうすぐ来ちゃうのかぁ……。
「すごく、盛り下がってるね、結」
「ねーちゃん怖いんだよ……ねーちゃんが目の前に現れてよかった思い出がない……」
「へぇ〜……」
ぐったりと机に倒れ込む。
その横でさらに倒れ込む影若干一名。
「はぁ〜っ……」
「結は分かったけど……すみれちゃんはなんでナイーブなの?」
「昨日結の話を夏樹から聞いたのよ……アンタどんだけハード人生送ってんのよ……釣られて気分が沈ったら沈むわ……」
僕のせいにするな……。
勝手に聞いて勝手に気分下がってるなら余計なお世話だしお前の責任じゃないか……。
「分かるよすみれちゃん……!」
「ちょっと距離を感じマスよね……!」
え、あれ?千砂都も可可さんもそんなこと思ってたの?通りで退院から数日、2人がちょっとよそよそしかった訳だ。
これ今度から言わない方がいいのかな。僕の過去。
そんなことを思いながらこうなった経緯を思い出す。
ことの発端は昨日──────
「ねーちゃんが……ねーちゃんが帰って……!!」
「結の震えがとんでもない!?」
すみれさんが正式に加入を決意したその日、突如掛かってきた電話から告げられた衝撃の事実。
明日、姉が帰ってくる。
その言葉に僕は全身を工事用ドリルもびっくりの速度で震わせていた。恐怖で。
「ゆいくんの……」
「お姉さん……!」
全員がごくりと息を呑む。
そして次の瞬間。
「えー、どんな人!?似てる?」
「想像もつきまセン。可可興味ありマス」
「私も会いたいわ!結くんのお姉さん!」
「待て待て!一回話を聞け!」
爆発したねーちゃんの人気に驚きつつもみんなを宥める。
「どっちにしろみんなとは会うよ」
「え?」
「どこから話すか……。1ヶ月前、僕が倒れたの覚えてる?」
「うん」「もちろんデス」「あの時はびっくりしたよねー」
「私は知らないんだけど!?」
「あ、ギャラ子は後で僕が教えるね」
すみれさんについては夏樹に任せるとして、
「それが心配で帰ってきたんだって」
「でもあれって1ヶ月も前だよ?なんで今さら……」
「ねーちゃん仕事が忙しいからな」
「お姉さんはおいくつなの?」
「22」
「だからえっと……結の5うえ!」
「4つうえだよ。僕18だっていったろ」
「あら?結は誕生日すぎてたのね」
「いや、僕の誕生日は1月だよ。僕一年留年してるから。それでなんだが……」
「へぇ〜……留年!?」
「あ〜……ギャラ子、それも後で話すから話を戻そっかぁ〜」
もう、いちいちすみれさんが話の腰を折ってくるな。
僕が倒れても留年しててもそんな変わるか……?
……変わるか。
まぁいい。
「それで、僕が女子校で部活してるって聞いたらメンバーに会いたいって」
「私たちに?」
「意図は分からん。けど、明日来るらしいから全員覚悟しろ」
「結サンのおねーさんはどんなヒトなんデスか?」
ねーちゃんはどんな人か、か……
「良く言うとしっかりもの、悪くいえば……ヤクザ」
「ヤクザぁ!?」
「礼儀というか、自主性、社会性、そういう仁義をなによりも重んじる人なんだよ。どれくらいヤバいかと言うと……」
「うん」
「お前ら、挨拶忘れただけでねーちゃんからの信頼はゼロになると思え」
「そんなに!?」
「誇張なしでこれはマジだ。でも反対に、ちゃんと挨拶できる人は本当に可愛がる。そういう人だ」
ねーちゃんはバリバリのキャリアウーマン的な感じなのだ。
「にしても結くんのお姉さんかぁ……どんな人なんだろ?やっぱり似てるのかなぁ?」
「…………2つ言っとく」
まだ見ぬ僕の姉に夢物語を見ている千砂都さんに僕はVサインをした。
そして一つ折り曲げて話す。
「1つ、千砂都さんは多分、僕のねーちゃんを知ってる」
「知ってる!?」
「ちぃちゃんの知り合いってこと!?」
「2つ……想像を超えてるから、度肝抜かれんなよ?」
「それで昨日言ってた私はお姉さんを知ってるってどう言うことなの?」
「昨日も言ったとおり、見れば分かるよ」
思い出したように千砂都さんが聞いてきた。
確かに千砂都さんはねーちゃんを知ってる。
百聞はなんとやら。
実際に来てもらった方が早い。
そういう思いが天に通じたのか、ちょうどいいタイミングで部室の扉がコンコンコン、と3回ノックされた。
「どうぞ」
と入室を促す。
僕自身は全然どうぞじゃないし、いますぐ回れ右してなんなら帰って欲しいけど、そんなことしたらねーちゃんに何されるか分かったもんじゃない。
ガラガラとゆっくりと扉が開く。
全員がゴクリと息を呑む。
ピシャリ、とドアが完全に開け切り、扉の奥の人物が見える。
茶髪で高身長、長髪を優雅にたなびかせ、サングラスをグイッと少し下げる。
まるでアメリカのモデルのようなその姿は何度も見た……
「久しぶり、結」
「……久しぶり、ねーちゃん」
僕の姉そのものだった。
ゆっくりとこちらに腰に手を当てて近づいてくる。
そして僕よりもさらに高い高身長で見下ろしたあと、
「ん、よかった。元気そうだね」
「倒れたのは1ヶ月も前だからな。ねーちゃんこそ、仕事大丈夫なのか?忙しいんだろ?」
「可愛い弟のためじゃないか。仕事だって休むさ」
ニコリと笑って答えるねーちゃん。
「あ、あの〜」
後ろから「私たち置いてけぼりなんですけど〜……」と言わんばかりにコソコソと手を挙げるかのん。
いつまでも2人で話すわけにはいかないよな。
「紹介するよ。僕のねーちゃんの……」
「日野森紬です。よろしく」
かのんに向かって手を差し出す。
それをしっかりとかのんは握手し返す。
そして一通り会釈した後、ねーちゃんは僕の方へ向かい直った。
その瞬間、察した。
『来る』
「さて、我が弟よ」
「っ!はい!」
「正座ッ!!!」
「うぃっ!!!!!!」
光よりも早く、瞬きすら許さない速度で僕は地面に正座した。
手を膝におき、これ以上ないくらいの丁寧な正座だったと思う。
「…………分かってるよね」
「……はい」
ねーちゃんが僕を上から見直す。
後ろにいるみんなは何が起こったのかと狼狽え始めたが、僕自身、余裕がないので説明も許されない。
さて……来るッ!!
「結ッ!勉強はッ!?」
「学年上位を維持しています!!」
「運動はッ!?」
「こうやってスクールアイドルをやっていますッ!走り込みも共にしており、体力強化はバッチリですッ!」
「進路ッ!」
「まだ決めてませんがどの進路にもつけるような無難な大学へ進学するつもりです!」
「うむ」
僕の答えに満足したねーちゃんは僕を見下ろすのを辞めてしゃがみ込み、僕と視線を合わせた。
そしてそのまま、
僕を蹴っ飛ばした。
体が一瞬宙に浮いて地面に大きな音を立てて激突する。
「いっっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「人前ではねーちゃんじゃなくて姉さんと呼びなさい!!」
「っっっ痛ぁい……!!ごめんなさい姉さん!……!」
「ちょ、ちょっと結大丈夫!?結のお姉さんいきなりどうしたんですか!?」
「気にしなくていいかのん……いつもの事だ……!」
寄ってきたかのんをなだめながら立ち上がる。
「これはなんていうか……恒例行事というか……」
「なにそれ?」
「僕がおじさんの元へ過ごそうとした際、両親からの反対はそりゃ凄いもんで……。でも、唯一賛成してくれたのはねーちゃ……姉さんだけなんだ」
「わたしは別に。高校生とはいえまだ子供だ。子供のうちに経験は積んでおくものだろ?」
「あれ?日野森さんって……?」
「大学生だよ。まぁあんまり授業は行けてないけどね」
「そういうわけで姉さんの猛烈な押し切りで僕は引越しが可能になった。代わりに……」
「勉強運動進路、この3つを疎かにしない事。そういう条件をわたしは結に課した。で、達成できなかったらコレ」
床に這いつくばる僕を指す姉さん。
今回は名前の呼び方っていう完全に関係ない事だけどな….…っ!
ヤバっ….…昼飯が口から違う形で出そう……!
「あの、日野森って……あと学校にもあまり行けないってのは……」
いろいろと引っかかったかのんが質問をしようとした時、
「「あーーーーーっ!!!!!」」
隣の2人が叫んだ。
千砂都さんとすみれさんだ。
やっぱり2人は知ってたか。
「ひ、日野森紬って、あの!?」
「ギャラクシ〜!?」
「え、え?なに?」
2人の驚きがピンときてないかのん、夏樹、可可さんが首を傾げる。
「かのんちゃん!日野森紬って超有名モデルだよ!ほら、シャンプーのCMで見たことあるでしょ!?」
んん?と眉をひそめてねーちゃんの顔をジロジロと見るかのん。
対してねーちゃんは完全にサングラスを外して「どう?」と反応を伺う。
「あーっ!見たことある!」
思い出したようだ。
まぁねーちゃん、有名人だしなぁ……。
それこそ、仕事を1ヶ月も空けられないほどの多忙ぶり。
才色兼備という言葉が誰より似合う女。それが僕のねーちゃんだ。
日本のサブカルに弱い可可さんとファッション誌を読まなさそうなかのんと夏樹は知らないだろうが、千砂都さんとすみれさんは当然知ってるだろう。
「ありゃー、バレちゃったかぁー!」
「その日野森さんと、ゆいくんが姉弟!?」
「でも日野森って……!」
「あーゴメンね!日野森っていうのは母型の旧姓を芸名に使ってるんだ。いつもの癖で発言しちゃった。本当のところは雨宮紬だから、安心して」
なるほど〜、と場に納得の空気が流れる。
「雨宮紬で活動してもいいんだけどさ、その〜、雨宮っていうか、この弟が過去に……その、いろいろあったり〜無かったり〜」
「別に言ってもいいよ。みんなにはもう過去のことは話してるし、大丈夫だ」
僕のことを想っての心遣いだろうけど、その心配はない。もう、解決したことなんだ。
実際、「アイツの弟って過去に傷害事件起こしたんだってよ」とか言われて姉さんの活動の邪魔をしたくない。
「えっ……話した?話したの!?結が!?」
「うん。最初はこの子にだけにだけどな」
トン、とかのんの背中を押して前に出す。
「へぇ……キミが……」
体を前のめりにしてかのんをジロジロとまるで値踏みするかのように見るねーちゃん。
「名前は?」
「へ?」
「名前、なんていうの?」
「し、澁谷かのんです」
「かのんちゃん、かのんちゃんかぁ……!」
そして一通り値踏み……のような鑑賞を済ませたねーちゃんは腰に手を当てて、よし、と少し呟いた後こう言った。
「かのんちゃん、私のことはお義姉ちゃんと呼びなさい」
「はぁ!?」
「えぇっ!?」
何言ってんだコイツ!?
「待て待て姉さん!意味わかんないって!」
「わかんないもクソもない!この子を私の義妹にするんだ!」
「バカ言ってんじゃねぇ!」
ぎゅぅっ!とかのんを抱き寄せる姉さん。
胸に顔を押し付けられてかのんはあわあわしている。
そんなことはしらんと言わんばかりに姉さんはかのんの頭を撫でてまるで小型犬のように可愛がっている。
「かのんちゃ〜ん?私のことをお義姉ちゃんって呼んでみて〜?」
「聞けこのバカ姉っ!」
「誰がバカ姉じゃあ!!!!!!」
やべっ!ちょっ、待っ……!
「ぶっ飛ばすぞぉ!」
「ごべばっ!」
もう吹っ飛ばしてるだろ……!
そんな事を殴られたあと、宙に浮きながら思った。
触らぬ神祟なしとはいうが、そもそも触らぬなんてこと出来はないんだな……人類、愚か。
「あの〜……日野森さん」
「ん?君たちは……」
「えっと、遅くなりましたがはじめまして。結くんとスクールアイドルをやっています。嵐千砂都です」
「同じく、平安奈すみれです」
「唐可可デス」
3人が並んで一礼をする。
おーい、吹っ飛ばされた僕への心配はゼロなのか〜?
「おっ、礼儀正しいね。芸能界では挨拶は大事だからね。できる子は好きだよ〜。よろしく」
言ったけど……挨拶しろって言ったけどいまなのかなぁ……?
「んで君は男だけど、意味もアイドル?」
「いえ、僕はゆいち……結くんの付き添いで副顧問みたいなものです。時雨夏樹と言います。よろしくお願いします」
「時雨……へぇ、いい苗字だ。昔亡くした人を思い出す」
「亡くした……」
「あぁいやこっちの話さ。まだ私が11の売れない子役だった時に、同じ苗字のアイドルがいてね。もっとも、世間じゃ違う名前を名乗っていたから、君たちはしらないだろうけど」
「……その苗字ってもしかして白雪だったりします?」
「え?そうそう!柚木さんの苗字を知ってるのかい!?」
「……まぁ」
「へぇ〜、君たちの年齢でコアなファンって珍しいけどねぇ」
腕を組みながら感心をする姉さん。
その隣ではすみれそんと夏樹が肩を寄せ合って何か話している。
「ちょっと、アンタ親の件みんなに話してないの?」
「話すタイミング無くして……」
「なんの話?」
「なななななななんでもないったらなんでもない!」
「そうそう!お姉さん綺麗だね〜って話!」
お、おう。ならいいが。
「で、姉さんは何しに来たの?まさか弟の顔見に来たとかじゃないだろうな」
「そんな訳じゃん!結の行動で結が倒れたならなんで私関係ないし!自己責任じゃん!」
「相変わらずのドライさだな」
「放任主義と言ってくれるかな?」
ケラケラ笑い始める姉さん。
デビュー時は10歳。子役の卵だった姉さんは鳴かず飛ばずだった。
しかしそれでも売れるために活動を続けていた。
結果、去年爆発的なブレイクを果たし、いまや売れっ子有名モデル。
弟としては鼻が高いが、そのことを本人に伝えると遠い目をして「……白雪さんって人がいてね。努力していればいつか報われる。だから諦めることだけはしちゃダメだよって私ずっと言われてさ」と謙遜してくるのだ。
白雪さんというのはどうやら夏樹は知っているらしい人らしい。気になって僕も検索をかけたら昔のアイドルが出てきたので、サニパを知っていた夏樹のようなアイドル好きなら知っているのかもしれない。
話は逸れたが、要は僕の姉はとてつもない努力家なのだ。鳴かず飛ばずの業界で10年以上努力を続けるほど。
その影響か、幼い頃から芸能界にいた姉さんは、自分のことは自分で責任を取れ、強くならないと生きてはいけない、等々の厳しい発言をする。
今だって「放任主義」と茶化してはいるが実際の所僕が起こした行動は全て僕に責任を取らせる気なんだろう。
「でも結のこと心配してたのは本当よ?仕事忙しくなって結が引っ越して、ってなるとなかなか顔見れなくてね〜」
「ハイハイ。心配痛みいるよ。で、何しに来たの?」
そろそろ本題に入ってくれないと困る。
姉の表情を伺うと少し笑って姉は言った。
その言葉に部屋にいる全員が驚きの表情を出し、僕は険しい表情をせざるを得なかった。
「今日の要件はここのスクールアイドルを潰しにきたことです!!!」
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