「あ“〜〜〜っ……」
「ゆいちんハンディ扇風機僕にも貸して……」
「バカ言うな僕が死ぬ……」
7月下旬。
それは夏真っ盛りの季節。
僕は冬生まれだから暑さに弱いこともあってこの季節は嫌いだ。
汗がシャツに染み付いてベタベタするしハンディ扇風機も熱風を顔に少しだけ送ってくれるだけで効果は焼け石に水。
そんな炎天下地獄のなか、僕は夏樹と一緒に結ヶ丘まで向かっていた。
僕らの心の支えはもう少ししたら来る夏休みという長期休暇だけだ。
最悪の環境に愚痴をこぼしつつもやっと結女までついた僕らは旧校舎の部室の扉を開けた。
「おはよ〜」
「おはよ、って僕らが最後?」
「うん、みんな揃ってるよ」
部室には既に運動着に着替えた4人がいた。
……一人冷えピタシートを貼ってぐったりしているが。
「クーちゃんどしたの?」
「この暑さで倒れちゃったみたい……」
「それですみれさんが扇いでるのね」
「流石にこの暑さで練習はね……」
「ここも冷房は効いてないし、何処かないの?涼しい場所」
「うーん……音楽科のレッスン室なら」
「でも使わせて貰えないよ普通科は」
「デスよね〜」
嫌味ったらしくかのんが頬杖をついて呟く。
「この学校のことよく知らないけど、音楽科と普通科ってそんな壁があるのか」
「えぇ。そういう学校よ。音楽科はトクベツ、みたいな……」
それはなんとも非情だ。
でも実際、そういうところは多いのかもしれない。
学業よりスポーツが優先される高校があるように、ここは音楽が優先されており、だから音楽科は優遇される。
理には適っているし、それが校風なら仕方がないの一言しかない。
かのんが暗い顔をする気持ちだって分かるが、伝統というものを変えるのは思うより難しい。
「さ、五分たったわよ」
突然すみれさんが椅子から立ち上がってそんな事を言った。
するとかのんと千砂都さんの2人も立ちあがり拳を握る。
……5分?カップ麺でも作ってる?
「ほら2人も立って!」
「お、おう?」
「なになに〜?」
かのんに立つように促されたので椅子から立ち上がる。
それを見たすみれさんは声高らかに……
「行くわよ!」
何が!?
「せーのっ!」
「「「最初はグー!」」」
じゃんけん!?
なんか分かんないけどとりあえずここはグーを……!
「「「「「じゃんけんぽん!!」」」」」
グーが四つ、チョキが一つ出る。
言うまでもなく敗者はすみれさん。弱いなーこの人。
「敗者はとっとと扇ぐのデス!」
パンダ柄のうちわをすみれさんに渡す可可さん。
あーこれそういうじゃんけんだったんだ。
というか……
「練習しないなら涼しい所あるだろ」
「まったり」
グラスを一気にストローで飲み干してすみれさんが言った。
現在地はかのんの家。
結局クーラーが効いた部屋で作戦会議という流れになってしまった。
「やっぱりクーラーがあると違いマスね」
「といってもここで練習するわけにはいかないでしょ?」
「かのんの部屋を片付けたらなんとかなりまセンか?」
「お父さん、仕事してるからな〜」
「夏樹の部屋は?どれか三つのうちの一つ空いたらいいんだけど」
「マンションでダンスなんかしたら騒音クレームまったなしだよ。父さんから借りてるんだから流石にね」
「じゃあ可可さんは?」
「可可の家も騒音は厳禁とありまシタ」
かき氷の副産物の頭痛に頭を抱えて可可さんが否定する。
僕の家はお世辞にも広いとは言えないし、第一ダンスで部屋が揺れて僕の部屋のアクセサリーが壊れる展開とかは勘弁してほしい。
となると残りは……
「ギャラ子の家は?神社なんでしょ?」
「木陰とかあるんじゃないデスか?」
「まぁ……でもそんなに広くはないわよ?」
「大丈夫!この3人が練習出来ればいいんだから!」
「そうデス!例え狭っ苦しい猫の額ほどの広さであっても……」
「言い方……」
猫の額って今日日、日本人でも使わない表現を……。
にしても練習場所(仮)が決まったのは大きい。
これでなんとか……
そう思ったときだった。
カランコロン♪とお店の扉が開いた。
……来客?
だったらこの席退いた方が…………が………!?
「いらっしゃいませ〜ってえぇ!?」
入ってきた人物に僕らはみんな絶句する。
それはこの辺では知らぬものはいない島のスーパーアイドル。
「こんにちは」
「パァ〜っ!」
サニーパッションの2人だった。
「やっぱりここにいた!」
なんでサニーパッションがここに……!?
「妳快點掐一下可可的臉啊!」
「はぁ〜っ?」
「可可のほっぺをつねてくだサイって言ってるデス〜!」
「はい」
「……痛くナイ!」
「アンタ、氷で無くなってるだけでしょ?」
可可さんが驚きで漫才みたいなこと始めてる。
「一応、初めましてっていっといた方がいいかな。サニーパッションの悠奈と」
「摩央です」
「はじめまして、ワタシは唐可可といいマス!貴方たちに憧れてスクールアイドルを始めるために上海から来まシタ!以前からお二人のパフォーマンスには感激していて常にお手本に……ああっ!?アイヤ〜っ!可可変な人だと思われてマス〜!これはマズイ、かき氷食べてクールダウンして……くぅ〜っ!」
「だから落ち着けって」
あっはは……そりゃ憧れの2人が目の前に来たら早口にもなるか。
そういえば夏樹も2人のファンだったと思うが……?
気になって夏樹の方を見ると、夏樹は机の下にうずくまって隠れていた。
「……なにやってんの?」
「推しに認知されたくない。僕は今“無”だ。二人の人生に介入することは許されない」
あ〜こっちのタイプもいるんだ。
オタクってのはめんどくさいな。
仕方がないので僕だけでも自己紹介しておこう。
「えっと……僕は本当にはじめまして、ですよね」
「あなたは……?」
「えーっと……この部の顧問をやってます。雨宮結です」
「顧問。なるほどね。柊摩央です。よろしく」
柊さんの手を掴んで握手をする。
すると柊さんの後ろからひょこんと小さな背丈が顔を出して聖さわさんが「あの子は?」と机の下の夏樹を指差した。
一応夏樹の反応を伺うと手で小さくバツを作っていた。
ダメらしい。
「アイツは〜、副顧問的な?まぁ気にしないでください」
「ふぅ〜ん」
適当に誤魔化すと聖沢さんが机の下の夏樹に駆け寄ってしゃがんだ。
そして、
「私、聖澤悠奈!キミは?」
「あっ、えっと、時雨夏樹です」
声ちっっっさ!!!
めんどくさいなアイツ!?
「そっか、よろしくね!」
「アッ……ヨロシクオネガイシマス」
限界オタク見てられねぇ……。
これはとっとと話を進めた方がいいだろう
「それで今日の要件をお伺いしても?」
「はい、それは…………」
「ライブ?」
「そうなんだ毎年夏休みに私たちの故郷の島でライブを開催していて」
「今年のゲストに是非かのんさんたちをお招きしたいと」
なるほど……。
いや、これはむしろ願ってもみない申し出だ。
「いいんですか?」
「そんな畏まらないでよ。ラブライブと違って順位を決めたりするライブじゃないから」
「とはいっても、島を盛り上げるという目的はありますけどね」
……これは表面通り受け取っていいんだろうか。
個人的には半々……のように思う。
本当にゲストに来てほしいという思いはあるだろう。
だけど、同じぐらい……ウチの実力の確認のように思う。
それはつまり、ラブライブでは強敵だと認められているということで、嬉しいことではあるんだが……。
手の内をここで見せてもいいのか。
「どうするの?」
千砂都さんの問いにかのんがノータイムで周りを見渡す。
目配せ、うなづき、アクションは様々だが、全員乗り気のようだった。
「結!」
「ん、もちろん」
みんながしたいならした方がいい。
メリットがゼロってわけでもないし、僕らの目的はラブライブ優勝じゃなくてスクールアイドルをすること。つまり、観客への感動がメインだ。
なら、つまらない争いは後で考えよう。
「ちぃちゃんもいいよね?」
「へ?うん……」
「出たいです!出演させてください!」
「あら?顧問じゃなくてあなたが返事するのね」
柊さんがこちらを挑戦的に見てきた。
突然のことで驚いたが、これも実力確認されているのかもしれない。
まぁ、どっちでもいい。僕は僕の思うことを答えればいい。
「僕は顧問ですから、本人たちのやりたいことをサポートするだけです。部の動きを決めるのは、リーダーで、センターのかのんです」
僕の答えを聞いた柊さんは満足したのか「素敵な答えね」と相槌をくれた。
それに応えるように僕も感謝を述べておく。
「こちらこそ、お誘いいただき嬉しいです。よろしくおねがいします」
「よかったー!ほら言ったでしょ!?やっぱり直談判が1番だって!」
「それは、こんな所まで押しかけてきたら誰も断れませんよ」
苦笑いで聖澤さんが柊さんをたしなめる。
まぁ確かに断りにくい状況ではあるが。
もしそうなったら断る役目が僕だ。安心してもらいたい。
「本当にいいの?」
柊さんが確認のためにさらに聞く。
かのんはもちろんと言ったふうに前のめりに
「はい!是非!私たち、今歌える場所があったらどんどん歌いたいと思ってる所なので!」
そう言ったかのんに聖澤さんは少し笑った。
「根っからスクールアイドルって感じだね。そういう顔してる♪」
「そ、そうですか……?」
「いくらウチのセンターの顔が綺麗だからって誑かさないで貰えますか?」
「結!?」
柊さんの顔がかのんの至近距離になったので離しておく。
向こうはそんなつもりはさらさらないだろうが、一応こっちも「センターは譲れないぐらい凄いんだぞ」とアピールして牽制しておきたい。
「ごめんごめん、じゃあ私たちはもういくね」
謝りながら席を立つサニーパッション。僕らはそれを見送るように外に出ることにした。
数歩歩くとかのんが止まっていたので声をかける。
「かのん?どした?」
「うへぇっ!?ななななんでもない!」
「……?そうか。いくぞ」
「う、うん……!綺麗な……いやお世辞お世辞」
…………?本当に何を言ってるんだ。
「じゃ、細かいことはまた連絡するから」
「うぅ〜っ!寂しいデス〜!」
「練習の時間だからね」
「日課なの」
練習が日課か。
サボったことが無い人の考えだな。
「そうだ、よかったら一緒にどう?」
「え?」
「そうだね、ここら辺で練習できそうな場所、あったら教えてほしいし」
「ありマス!」
サニパの提案に声高らかに可可さんが答えた。
その場所ってまさか……
「うわァァァァァァァァ〜!」
可可さんがペンライトをブンブン振る。
まさかすみれさんの神社にこんなに早く来るとは。
まずそれにも驚きだが、それよりも目の前のサニーパッションだ。
練習場所の提供お礼にと見せてもらったパフォーマンスだが……!
「凄い……!」
「スクールアイドルってこんなにレベル高いの!?」
「東京代表だからね」
映像は散々見てきたが、やっぱり生で見ると迫力が違う。
いや、それよりも驚いたのはそこじゃ無い。
さっきの動き、『映像と変わらなかった』。
つまり、練習の状態で本番同様のパフォーマンスが出来る、いや、本番はこれ以上なのか?
考えるだけで2人の底知れない技術力が測れる。
「あら?夏樹はどこ?」
「あそこ」
すみれさんに言われたので後ろの茂みを指差す。
そこには申し訳程度の木の棒で変装した夏樹が茂みにいた。
どれだけ推しと関わりたくないのか。
可可さんとは真逆だ。
「いつもはどんな練習しているの?」
「え?どんなって……大したことはやってないですけど……基本はちぃちゃんにコーチしてもらってて」
「メニューは?始めたばかりなのにあんなパフォーマンス出来るなんて凄い」
「どんな練習してるんだろうって摩央と話してたんだ」
「あっ、もちろん秘密ならそれでも構いませんよ」
「いえ、秘密とかそんなことはないんですけど」
かのんがスマホをいじって画面をサニパの2人に見せる。
画面は見てないが、流れから考えて練習メニューだろう。
「……これ、考えたのは?」
「あっ……私です」
「よく考えられているわ。あなたはスクールアイドルではないの?」
「はい。私はお手伝いで……」
「ちぃちゃんは小さい頃からダンスやっていて、学校でも音楽科でダンスを専門的にしているんです!」
「そうなの……」
「それで……」
お、幼なじみマウント……!!!
本人は無自覚だが、「ウチの子凄くない?」のオーラをひしひしと感じる……。
そして千砂都さんを値踏みするようなサニパの目線……!
水面下が結構バチバチしている。
「さ、じゃあランニングしよっか!」
そんな流れを断ち切るかのように聖澤さんが提案をしてきた。
「まだ太陽出てますけど……」
「このくらいなら全然平気でしょ?さぁいこーっ!」
そう言って元気よく小走りを始めたサニパ。
おいおい……今の気温いくつだと思って……。
「流石……南の島出身」
「いくの?」
「あったりまえデス!お二人が誘ってくれたのデスよ!」
大きな額縁を持ち上げた可可さんはそのまま「行くデス〜!」とハイテンションのままサニパの後を追っていった。
「…………いかなきゃダメそうだな」
「しょーがないか」
「あっ、ちぃちゃんはここで待ってて」
僕らは3人の後を追った。
帰りは誰が可可さんを背負うのかなー?という雑念を抱えて。
〜〜〜〜〜幕間〜〜〜〜〜
「みんな元気だねぇ」
「夏樹!いつの間に出てきたの?」
「サニパ様がいなくなったので姿を現して良くなった」
「へぇ〜。夏樹は追わないの?ファンなんでしょ?」
「ちさとんは複雑なファン心が分からないんだよ。僕は舞台で煌めく彼女達だけを見たいのさ」
「へ、へぇ〜?よくわかんないや」
「それよりちさとんはいいの?」
「なにが?」
「夏の大会」
「…………!!!知ってたの?」
「あ、やっぱり悩んでたんだ。噂聞いて出るのかなってカマかけただけだよ。全国大会なんでしょ?このままかのん達の手伝いをしたまま取れる甘い大会なの?」
「それは……」
「二つに一つだよ。ちさとんにとって、何が一番大事?」
「………………」
「ゆっくり考えたらいいよ。多分、どっちでもみんなは納得してくれるからさ」
「待って、どこ行くの?」
「僕も走ってくる。ちょっと最近運動不足で!じゃあ!」
「……………………どっちが大事、か」
次回更新6/13月曜日19時