澁谷かのんの友達の話を聞く、という名目の元、僕は彼女の家の一階にある喫茶店にお呼ばれした。
「かのん、この人は誰デスか?」
「えっとこの人はね、さっき会ったんだけど、すごくダンスが上手くて、それでダンスを教えてもらえないかなーって思って連れてきたの」
「雨宮結です」
机越しに一礼すると向かいの少女も「初めまして、唐可可デス。可可でいいデスよ?」と一礼を返してくれた。
唐可可……中国の人かな?
翡翠色の目が綺麗なボブヘアの女の子。
「チョコワタルシミ……!!」
逆だろ。そんなに満足そうなところ悪いけど、さっさと本題に移させてもらおう。
「で、可可さんは僕にダンスを教えて欲しいんだっけ?」
「出来れば……その前に解決しないといけないことは山積みデスが……」
「問題?」
「スクールアイドル部が認められないのデス!」
「なんで?」
「私たちの学校の生徒会長がスクールアイドル反対派らしくて……まず部員も足りないし……」
部員が足りない?可可さんと澁谷さん、2人いるように見えるけど。
「サニーパッションだっけ?あそこは2人に見えたけど、澁谷さんと可可さんで足りてないの?」
「それは……」
「私は違うんだ」
可可さんが悲しそうな顔をした後、澁谷さんが否定した。
明確に否定したことで少し可可さんの顔が暗くなったように見えた。
これだけで少しだけ状況が見えてきた。
「可可さんは澁谷さんにスクールアイドルやって欲しいんだ」
「ハイ……」
「で、なんでイヤなの、澁谷さん」
「私は向いてないと思うんだ」
苦笑いで返す澁谷さん。
向いてないとは。むしろ今朝、あんなミュージカル紛いのことをしていたのなら天職すらあると思うのだが。
「そんなことないデス。スクールアイドルは、誰だってなれマス」
自信満々に答える可可。
外野から「アイドルぅ!?」「アンタがぁ!?」と野次が入る。
これそういえばこの店入る時にも「彼氏ぃ!?」「お姉ちゃんがぁ!?」とか言われてたな。
「かのんさんの歌声は素晴らしいデス!朝出会った時、この人だ〜!って思いマシタ!」
「あ、それは僕も同意。朝の歌聞いて、スクールアイドルできないと思う方がおかしい」
「私を見たら分かるでしょ。アイドルって柄じゃ無いんだから……!」
「そんなことは無いデス!かのんさんはすっごく可愛いデス!」
また「可愛い!?」「お姉ちゃんがぁ!?」とやじが飛ぶ。
まぁ人の容姿を評価するというのは少し行儀は良く無いが、世間一般で見ると、彼女の容姿は悪くないだろう。
可愛いか、と言われれば自信持って首を縦に触れるくらいには整った顔立ちとスタイルだ。
そんな彼女が否定する理由はほとんどない筈だが……。
「……ひとつ、聞いてもいい?」
少しの間沈黙した澁谷さんは神妙な面持ちで一つのことを聞いた。
「歌わない?」
「ほら、バンドとかだとボーカルの人以外歌わなかったりするでしょ?アレみたいに……」
「そういうグループも無くは無いデスが……。かのんさんは歌いたく無いのですか?」
確かに。歌わない、というのは選択肢にあるだろう。だがしかし、彼女の武器は間違いなく歌声だろう。今朝一度聞いただけでも分かる。歌声による空間掌握が出来るほどの技術。
それほどの武器を捨ててまでスクールアイドルになっても、おそらく、サニーパッションは越えられないだろう。
逆を言えば、澁谷さんの歌声さえあれば、彼女達のスクールアイドルはすぐさま全国区と方を並べてもおかしくない歌唱力を持つことになる。
歌わない、という選択肢が出た経緯を聞きたいところだ。
「歌いたくないというか……歌えない?」
困ったように笑う澁谷さん。
「歌ってマシタよ?素晴らしい声で」
「うん、それ僕も聞いた。すごいいい歌だった」
「アレは、あぁいうところでなら大丈夫……というか……」
困ったように視線を彷徨わせて俯く澁谷さん。
そして少しの間悩んだような素振りを見せたが、諦めたように肩の力を抜きソファーに持たれかけて彼女は話し出した。
「しょうがないか……言うしかないよね……。私さ、いざって時になると歌えないの。声が……出なくなっちゃって」
それから彼女は自分の身に起こったことを、ゆっくりと語り出す。
「最初は……小学生の時でね……。合唱コンクールの時にみんなの前で歌おうとしたら、急に視線を感じて。失敗しちゃダメだって思えば思うほど声が出なくて……そのまま倒れちゃったんだ」
……極度の緊張からなる失敗か。
「それ以来、大切な時ほど声が出なくなっちゃって……」
…………トラウマというものは恐ろしい。
たった一度の失敗は根強く記憶に呪いのようにこびりつく。
それは……
左手に感じる冷たい金属。
悲鳴と恐怖の視線の嵐の中心にいたあの時の事。
自分の行動を信じられず、立ち尽くして何もできなかったあの時の事。
彼女は……僕と同じなのかも……。
「歌が……スキなのに?」
「…………好き……なのにね」
悲しそうに俯く彼女の横顔に僕は……。
酷く心を揺さぶれた。
「…………気が変わった」
「ほえ?」
「雨宮さん?」
間抜けな声をあげる可可と顔を上げこちらを見るかのん。
これから僕は、一世一代の余計なお世話をする。
自覚した上で……僕は彼女を……救いたいと思う。
「手伝ってやる。そのスクールアイドル」
「ホントですか!?」
「あぁ。ただし!澁谷かのん!」
「はいっ!」
急に名前を呼ばれて背筋をただしてこちらを見つめる澁谷さん。
この子は真っ直ぐ目を見て話す。きっとどんなことにも逃げなかったことの表れなんだろう。
だから、今度は僕が彼女を真っ直ぐ見て話そう。
「キミも強制参加だ」
「私、スクールアイドルには……」
「ならなくていい。けど、手伝いはしてもらうよ」
半ば命令のような形で頼むと彼女も「それならもちろん。もともと協力はするつもりだったし」と快諾してくれた。
どうやら友達数人に声をかけてみるらしい。
僕は最近この辺りに引っ越したばかりなので女の子の友達は少ない。
というかいない。ので、僕は僕なり出来ることをやろう。そのためにも、彼女達に話しておくべきことがある。
だから……
「2人とも、明日学校が終わったら僕の家に来て欲しい。そこで、見せたいものがある」
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