結とかのんの始まり物語   作:cinnamon

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第三十二話 月夜の下で、それぞれの場所で

 

『ちさとんが!海外に行っちゃう!』

 

電話越しの声に思考が止まる。

海……外?

 

「それは……旅行とか?」

『違う!海外で本格的にダンスを極めるために、結ヶ丘を退学するんだって!』

 

事態を少しずつ把握していく。

 

「……それが本当だとして、なんで夏樹が知ってるんだ?」

『それは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お土産よろしくね。バイバイ♪」

 

ゆいちんとの電話を切る。

目の前の信号の色が赤から緑に変わり隣の人が歩みを進めたのを見て僕も交差点を渡る。

 

向こうはきっと船旅で疲れてるだろうから早めに電話を切り上げて寝かせてあげたけど、僕はまだ家にも帰っていない。

別に珍しいことじゃない。

僕は一人暮らしで家に親がいない。

それはつまり、自分の帰りを待つものがいないということで、こうして帰りが遅くなってもいいとうこと。

 

寂しい事実のようで、生活の自由度はかなり広がるからあまり気にしてはいない。

 

僕のマンションは住宅街とは少し離れた所にある。

だから皆んなと一緒に帰ると早めに別れてしまうのは少し寂しい。

いるはずもない友達の人影を探す、なんてどこかの歌にありそうな行動をしても許されるんじゃないかな?

 

気まぐれに周りをキョロキョロと見回すと予想外の人がいた。

あまりの突然さに一瞬幻覚を疑ったが、目を何度擦ってもそこにいるので、その背中に駆け寄る。

 

「お〜い!」

 

声をかけるが、背中の主はこちらに気づかないようで前を歩く。

仕方がないから背中を叩いて彼女の前へ出る。

 

「ち〜さとんっ!」

「わぁっ!?夏樹!?」

 

今度は予想通り驚いた顔が見れたので思わず笑う。

びっくりしてるね〜!

 

「夏樹、どうしてここに?」

「どうしてもなにも、僕の家の周りに僕がいて何かおかしい?」

「そうじゃなくて、なんでこんな時間に、って」

「1人でカラオケ行ってたんだ〜」

「夏樹が?意外!」

「意外ってなに!?こう見えても歌は人並み以上の自信あるよ!小学校の音楽は5段階で4だったんだから!」

「かのんちゃん5だったよ」

「よぉーし比較相手で喧嘩売ろうっていうなら買おうじゃないか!!」

 

あんな歌唱力お化けと一緒にしないでもらいたい。

僕はいたって普通の「みんな〜カラオケ行こ〜!」「え〜お前歌上手いからその後歌い辛いんだよ〜w」レベルなんだ。

 

「というか、それを言うならちさとんもなんでここにいるの?家逆でしょ?」

「ダンススクールがコッチにあるの」

「ダンススクール……ってもう22時だけど!?どんな練習してんの!?」

 

辺りは真っ暗だし、街灯が付いているところ以外はとても視認ができる状態じゃない。

これが全国区の努力……!!!

 

「そんなでもないよ。もう帰るところだし」

「へ〜そうなんだ」

「……………………」

「……………………」

 

無言の間。

話すことは山ほどあるけど、どれから話すべきか決まらない。

くだらない雑談みたいな話題だって、沈黙を破ることは難しい。

 

仕方なくちさとんの出方を伺う。

 

「…………ねぇ」

「うん?」

 

案外ちさとんは沈黙を何事でもないかのように破り此方に言葉を投げた。

 

「なにかなちさとん?」

「…………いつまで着いてくるの?家、この辺なんでしょ?」

「僕、女の子を夜に一人で歩かせる男じゃないんだよね〜」

「紳士なんだね」

「でっしょ〜?」

 

最初から知っていたかのように微笑む千砂都さん。

こっそり車道側歩いてるのもバレてるな。

分かっていて、あえて僕の口から答えを聞きたかったんだろうな。

意地悪め。

 

「ちさとん、昔はそんなんじゃなかったのになぁ〜」

「……うん。変わったからね」

 

変わった。

確かに変わったと思う。

あの頃のちさとんは泣き虫で、ダンススクールの端で一人で黙々と練習していたような子だった。

成長というのはどうなるか分からないね。

 

「そういう夏樹は、昔から変わらない」

「そう?僕も変わったよ?身長とか」

「ううん。変わらない。いつもヘラヘラしてるけど、ちゃんとみんなの事考えてくれる所とか」

「ちさとん僕を買い被りすぎじゃない?」

「そんなことない。みんな凄いよ。かのんちゃんはスクールアイドルを始めて、可可ちゃんは日本に来て夢を叶えようとして。すみれちゃんだって、ずっとセンターを狙ってて、今も努力してる。結くんだってかのんちゃんを助けてくれてる」

「それをいうならちさとんも……」

「私は……ダンスしかない」

 

空気が凍った。

「そんなことない」と口に出すのすら許されないような、鬼気迫る覚悟。

半端な気持ちではきっと、僕が放つすべての言葉は、彼女にとって何の意味もないだろう。

 

「どんどん凄くなっていくかのんちゃんに、追いつかないといけないの。だから……」

 

俯いて歩くちさとん。

顔色を伺うこともできず、かける言葉もない。

 

「あっ、そうだ!今日かのんちゃん達から写真がとどいてね──」

 

ちさとんが携帯をカバンから開いて出そうとした瞬間。

 

 

────視界から、ちさとんが消えた。

ちさとんの独白に衝撃を受けてすこし気づくのが遅れて僕は我に返って周りを見回す。

 

「あっ、ごめんなさい……!」

 

なんだ、人にぶつかってただけか。

後方で尻餅をついているちさとんを見つけて安心する。

尻餅の拍子に開けていた鞄の中身が飛び散っているが……拾えばいいだろう。

 

「僕も拾うよ」

「ありがと夏樹」

「むしろゴメンね。僕がいながら女の子に人をぶつけるなんて……不注意だった。不覚……」

「流石にそれは言い過ぎだって……」

 

苦笑いするちさとんに床に落ちていた教科書を渡す。

…………ちさとんは知らない。

女の子は弱く脆いということを。だからぼくが守らなきゃいけないことを。

……守ってやれなかったから……母さんは……!

 

「……夏樹?」

「……!ゴメン!ぼーっとしてた!はいこれ」

 

手元にあるファイルを適当に拾って渡す。

ふと、そのファイルの中を見ると……

 

「……退学届ぇ!?」

「あっ……」

 

そこにある文字の配列に驚愕する。

た、退学!?退学ってあの退学!?

 

「ち、ちさとん、退学届って……え、えぇ!?」

「……見ちゃったかぁ……」

「止めるの!?学校!スクールアイドルは!?というかなんで!?」

「…………話すしかないよね。あのね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『─────って事があって』

「なる……ほど……」

 

千砂都さんが海外に行く理由と経緯を聞いて絶句する。

思うところがなかったといえば嘘になるが……彼女の世界に渋谷かのんという女がそこまで深く関わっているとは……!

 

「かのんはその事しってるのか?」

『いーや。知らないね。ちさとんは僕以外に話した様子はなかったし、家に帰ってからすぐ電話してるし』

「……流石に……」

『言わない方がいいね』

 

満場一致だ。

万が一この話がかのんに聞かれたら……!!

 

「なんの話?」

「うわぁっ!?かのん!?」

 

突如として背中から声をかけられて携帯を落とす。

落とした夏樹も事態を察して電話越しに大声に切り替える。

お陰でスピーカーなしでも声が聞こえる。

 

『なんでもないよ〜!』

「その声……!夏樹くん?なんの話してたの?」

『いやいや……そう!かのんちゃんの水着姿が可愛いから聞いてくれってゆいちんが〜!』

「は?ちょ、オイ!」

『だから本当になんでもない!ね、ゆいちん!』

「お、おう!なんでもないのは本当だけどその言い分だとちょっと僕の立場が……!」

「結、嬉しいけど……あんまり言われると照れるって」

「ッッッッッッ!もうそれでいいよ!!くそッ!」

 

僕の立場と引き換えに千砂都さんが守られるなら犠牲になろうじゃないか!!

 

「かのんサーン!どうされましたカ〜?」

「可可ちゃん!なんでもないって。帰ろっか」

「…………おう」

「……?結サン、なにかゲッソリしてマスが、なにかお疲れデスカ?」

「…………確かに疲れた。考え事もしたいし、もう一回寝る。悪いけどかのん、布団譲ってくれないか」

「あっはは……」

 

苦笑いするかのんと僕らは拠点に帰る。

明日の事は……とりあえず明日考えよう。




次回更新は6月24日金曜19時
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