目が覚めると部屋はがらんとしていた。
寝ぼけながら枕元にあった携帯の電源をつけると「10:30」の文字が表示される。
……寝過ぎたな。
昨日変な時間に起きて、もう一度寝直した弊害だろうか。
この時間だとみんなもう着替えて練習に行っただろう。
ゆっくりと起き上がりながら昨日の夜のことを思い出す。
千砂都さんが海外へ行く。
その事実は唐突すぎて昨日ことは実は夢だったんじゃないかと思ってしまう。
にしてはあまりにも記憶が明瞭でそれが真実だと無条件に告げる。
現実から目を背けて二度寝を決め込みたいのは山々だが、かのんたちが練習をしているのに僕だけ寝ているのは流石に忍びない。
重い体を無理やり起こしてリュックから着替えを出しつつかのんに「ごめん今起きた」とメッセージを送る。
すぐに既読がつき、「おはよ。私たちもう練習してるけど来る?」と返信が返ってきた。
僕はその返信に数秒悩んだ後、「いや、今日は僕したいことあるからサニパと練習してて」と返す。すぐにOKの返事が返ってきたので着替え終わった僕は寝室を出て机のある部屋を探す。
そこはもちろん旅拠点、作業用机がちょうどある部屋があったので椅子に座ってリュックからスケッチブックとペンを取り出す。
────船の上でもやったけど、結局進捗はゼロに近い。
今日、巻き返すんだ。
大いに気合を入れて僕はペンの頭を叩いて作業にとりかかった!
「ダメだ〜っ!!!!!」
ぐで〜っと机に突っ伏して息をつく。
あれから2時間。息巻いて始めたのはいいものの……一向に進まない。
というより、進めない。
ゴミ箱に山ほど積み上がったスケッチブックの紙を見て深いため息をつく。
「なんでこんなに……」
「こんにちは〜〜っ!!」
「どわぁったぁ!?」
後ろから唐突にドアが開く音が聞こえて慌ててスケッチブックを隠す。
振り返るとそこには、聖澤さんがいた。
「ひ、聖澤さん……どうも……」
「パァ〜ッ!何してたの?」
「ちょっと個人的な作業を……」
「ふぅ〜ん……」
こちらを怪しむように見た聖澤さんだったが、直後に足元にあった紙山積みのゴミ箱に気づいてその中の一枚を取り出した。
「これって……」
「あっ、いやそれは……!」
「……指輪の絵?こっちはブレスレット、これはブローチ?」
「…………はい」
「これ、キミが描いたの?」
「はい。デザインは僕です」
「すご〜い!これ、次のライブであの子たちが着るの!?」
「……の、つもり……なんですけど……」
「…………?」
言葉を濁していると首を傾げて聖澤さんが「何かあったの?」と聞き返した。
僕は少しだけ考えて、唇の前に人差し指を立て、これからの話はオフレコであると暗に伝えて喋ることにした。
「スランプ……って言うんですかね。もう何年もこういうの作ってこなくて……工具じゃなくて、ペンなら大丈夫だから、案だけ考えようとしてるんですけど……どうもいいものが作れなくて」
「そう?これとか凄く可愛いけど」
「それは僕も思います。確かによく出来てるんですけど……なんていうか、僕の作りたいものじゃない気がして……」
「よく出来てるけど、納得はしてない、かぁ」
「頭の中に確かにあるんです、作りたいものは。でもそれをいざ形にしてみると本当に作りたいものはこんなのじゃないってなるんです」
考えても考えても上部だけをなぞったどこかで見たようなものしか出てこない。
僕が納得するようなものを……僕は、何が作りたいんだ?
そういう根本的な理由すら見当もつかず、大きなため息が出ると、聖澤さんが僕の背中を押した。
「じゃあ気分晴らしに外へ行こ!」
「外?」
「うん!ここへ呼びにきたのはそのためなんだ!」
そう言った聖澤さんは強引に僕の手を取って部屋を出てみせた。
「ステージですか」
「うん。流石に見ておきたいでしょ?」
「はい」
外へ出てた理由は聖澤さんと海岸にあるステージを確認するためなんだそうだ。
既にかのんたちは柊さんとむかっているそうで……。
「あ、結!こっちこっち」
お、噂をすればかのん。
手を振ってアピールするかのんを見つけゆっくりと歩み寄る。
ある程度近づくと小さなステージが見えた。
もちろん、ドームよりは小さくて、ひとグループがパフォーマンスをするのがやっとな舞台袖も狭いそのステージは、あのサニーパッションが立つ舞台にしては、少し小規模な印象を受けた。
「立派ね」
「そうだな」
平安奈さんの言葉に相槌を打つ。小規模、とは言ったものの、それは決してよくないと言うことではなく、規模が小さい割に、細部までよくできている、という補足を入れておくべきかもしれない。
現に今僕は、ここで踊るかのんたちを想像して、すこし胸が高鳴っている。
「学校のみんなと作ってるんだ」
「学校のみんなと……」
「本番までには、もっと綺麗になっているはずよ」
……なるほど。
小規模だが、確かにそこにある想い。
そりゃ良いステージになる。
「島って、住んでる人の数が限られてるから、スクールアイドルの私たちが中心になって、学校のみんなと一緒に島を盛り上げていこうって」
村興し。
納得した。サニーパッションが最初に島を案内した理由。島にこだわった理由。
サニーパッションだけじゃない。この島のみんながこの島が好きなんだろう。想いは伝染して、繋がって、大きな力になって……その先頭に立とうとしているのが彼女たち。
「誰かの為って思うと、不思議と力が湧くんだよね〜」
「大変な事も、全部楽しく思えてくるの」
「誰かの……為に……」
その時脳裏に過ぎったのは、名前も知らない女の子。泣き止んで欲しくて、笑顔になって欲しくて、拙い言葉使いで精一杯渡した付録で、幸せな気持ちを教えてくれた女の子。
僕が────始めたキッカケは───!
僕が───────また始まったキッカケは────!!
僕がっ─────いま作りたいのは─────!!!
「はっ…………はははっ…………なんだ、そういうことか………」
「…………結?」
「簡単な事だったんだ。ずっと、見たかった景色なんて決まってるじゃないか……!」
今も昔も、やりたいことは変わらない。
ただ、一人の女の子が輝くための物を。
見たいのは、それを身につけて、太陽のように笑う……!
「かのんだけ、だよな」
「私?私がなに?」
「なんでもない!!そしてごめん!ちょっと用事思い出したから拠点に先に戻ってる!!!」
「えぇ!?急に!?」
急にだ!
だって、もう、体も気持ちも、止まってられないって言ってる!
たまらず走り出した僕は高鳴る心臓に呼応する様にスピードを上げて街へ向かう。
そして一つ、やり残したことを思い出して、足を止めて振り返った。
振り返ると姿は小さいがまだ人影が見える。
大きく息を吸う。潮風の匂いがする。
「聖澤さぁーーーーーーん!!!!」
僕の呼び声にみんなが反応してこっちを向く。
遠目でもわかる不思議そうな顔の面々を横に、当人の聖澤さんは
「なぁーーーーーにぃーーーーーーー?」
と返してくる。
そんな彼女に向かって、僕は深々と頭を下げ、
「気分転換、ありがとうございました!!!」
礼を述べた。
ポカンとしていると周りの様子に、唯一事情を知っている聖澤さんはにっこり笑って人差し指を口の前に当てた。
…………『誰にも言わないけど、良かったね』
そんな言葉が、彼女のその動作から聞こえてくるようだった。
次回更新、6月27日月曜19時更新。
お知らせ 来週からテスト期間に入るため、更新を1週間ほど停止します。
月曜の分は書き溜めがあるのでそちらを投稿します。