────── 港に着いた僕らはピンチだった。
思ったより遅延がひどく、走ってギリギリ間に合わない、そんな時間に到着してしまった。
「どうしよう、間に合わない!」
焦燥に駆られたかのんが青ざめながら嘆く。
しかし……!
「かのん、こっち」
「こっち……って会場は向こうだよ!?」
「いいから。早くしないと間に合わない」
かのんの手を取って港への道を逆走する。
「結!会場あっち!こっちにあるのは……」
「駐車場。でしょ?分かってる。だからこっち」
「えぇ!?」
未だに何をするのか分かっていないかのんを尻目に手を引いて駐車場へ入る。
そこには……
「おーい結!」
「お待たせしました」
「えっ、誰この人……?」
「僕の叔父さん。非常時に付き説明はあと。はいコレ」
「えっ、えっ、えぇっ!?」
そばに立つ叔父さんのすぐ横にあるそれに僕は跨ってかのんにヘルメットを投げる。
ようやく事態が飲み込めてきたかのんは渡されたヘルメットを見て目を白黒させながら僕にこう言った。
「バイク!?」
「後ろ。早く乗って」
「運転出来るの!?というか免許は!?」
「出来るしあるよ。乗る機会はあんまりないけどね」
今年の春に手に入れてホヤホヤのものだからね。
エンジン音が周囲の雑音を掻き消す。
かのんも納得したのか後ろに乗り込み腰に手を回す。
「ごめんなさい叔父さん、バイク借りて行きます」
「応!一応聞くが、その女でいいんだな?」
バイクをここまで持ってきてくれた叔父さんに感謝を伝えると、腕組みしながらこちらを試すように叔父さんが僕に聞いた。
その問いに僕は少し迷うが、こう答える。
「はい!この女です!」
その返事と共にバイクが前進する。
徐々に速度を上げて行き、道路に出る頃には風が気持ち良い速度になっていた。
「結ぃーっ!」
「んー!?」
風のなかかのんがこちらに聞こえるように大きな声で喋りかけてきた。
「さっきのー!どういう意味ー!?」
「この女ってやつー!?」
「そーう!」
参ったな。あの会話に特に意味はないんだが。
いや、意味はあるが、形だけというか心持ちでという意味でというか。
「叔父さんの教えにあるんだよー!」
「なにがー!」
「初めて後ろに乗せる女はー!好きな女にしろってー!」
「…………はぁ!?」
うわっ!?おい後ろで暴れるな!バイクが転倒する!
「どっどどどどどどうどうどういう!?」
「そういう意味じゃなくて!後ろに乗せる女は自分の意志で選べっていう事だから!」
『カッコいい男は、そういう心持ちで出来る上がって行くんだぜ……』とかなんとか勝手に叔父さんが抜かしてるだけだから。
「それより!もっと強く捕まらないと危ないぞ!」
「わ、わかった……」
腰に回した手に力が入ってなかったので注意するとかのんは渋々と言った感じに返事をした。
だが、実際にはさっきよりは力が入っているがまだ足りない。
なんというか、やんわりと手を回されているだけで、掴まれてはいないといった感じだ。
遠慮しているのだろうか。
「僕はいいからもっと強く掴まれ!」
「……他意はないよね!?」
「タイ……?国?」
「あぁ結ってこうだった……」
タイ……?鯛?急になんの話?
「いいから飛ばして!」
「わ、わかった!」
僕の考えを遮るようにかのんが僕の腰を強く抱きしめる。
そうだ。とりあえず何よりも早く千砂都さんの所へ────!!!
「って感じで飛ばしてきた……」
「それでなんで息切れ?」
「会場に着くや否やかのんがバイクを飛び降りて走るもんだから追いつくのに必死で……はぁ、はぁっ……」
ゆいちん、大変だったんだね……!
僕らがそんな話をしている間に後ろではかののんとちさとんが話し終わったのか、ちさとんがかののんに抱きつく形をとっている。
ちさとんの顔は晴れていて、苦しそうな顔の面影はもうない。
なんだ、かののんと話せたのか。
「……もう大丈夫?」
「うん。ありがと、みんな。────────待っててね」
僕らに礼を言った千砂都さんは次の瞬間、目つきが変わり、タンッ、という地面を踏み抜く音と共に踵を返した。
彼女は優勝するつもりだろう。
だから待ってて欲しいと。そう言った。
なら、かののんはそれを必ず待つ。
良い信頼関係だ。
「いいね、あの二人。親友って感じで」
「…………は?」
「え、今の流れで共感してもらえないことってある?」
「いやあるだろ。なんだその自分に親友がいないみたいな言い回しは」
「心外だ」と言わんばかりに不機嫌そうな顔をゆいちんが浮かべる。
そんなこと言われても……。
「僕に親友なんて……」
「まぁーだわかんないのかバカ。僕がいるって言ってんの」
「……ん?」
ゆいちんが……僕の?
「あー恥ずかしいこと言った。もう二度と言わないからな」
「……ははっ、うん。そうだね!ゆいちんが僕の親友だもんねっ!」
「はいはい。暑いから離れろ抱き着くな」
もう、引きはがそうとしてくるなんて無粋だなぁ!
「ところで親友、お前ここまで何で来た?」
「何でって……普通に自転車だけど……」
というか自転車以外持ってないし……。
僕の答えを聞いたゆいちんはにんまりと口角を上げた。
あ、この悪魔みたいな顔、絶対ろくなこと考えてない。
「自転車かぁ~~」
「な、なに……?」
「コレは提案ではなく確定事項として話すが……」
「結ちんの鬼!悪魔!人でなし!」
「あっはは……」
ゆいちんが僕に伝えた内容は簡潔にいうとこうだった。
『千砂都さんをライブに参加させたい。そのためにはギリギリの出港になる。僕のバイクは1人しか乗せられないから、大会が終わった千砂都さんを運ぶことしか使えない。だからかのんは……』
かののんはあらかじめ!僕がチャリで運べだって!この外気温38度の素晴らしい炎天下に!
直前まで良いこと油断しててた!二度と親友なんて言葉信用しない!
もう抗議の甲斐もなく、代案も無かったので結局はこうしてかののんを後ろに乗せて必死に足を動かしている。
「漕ぐの変わる?」
「かののんの優しさはうれしいけどこの後ライブでしょ?休んでて。それよりいいの?」
「いいのってなにが?」
「ちさとんの応援しに来たんでしょ?大会見なくてもいいの?」
結局ちさとんの番が回ってくるよりも先に会場を出たから応援もできていない。
ちさとんもかののんがいなくて不安なんじゃ……。
「んー、たぶん大丈夫!」
「多分って……」
「わかんないけど、ちぃちゃんならできると思う。だってちぃちゃんだもん」
「……そっか」
きっと二人に理由なんかなくて。
その根拠の無い自信に名前を付けるなら。
それを信頼っていうんだろうな。
「だからちぃちゃんは大丈夫!きっとやってくれるよ!」
────本当にやってくれた。
千砂都さんはなんとあのまま破竹の勢いで全国大会を優勝。
ステージ上のインタビューで「今日はたった一人の人を想って踊りました」と発言。
もちろん言うまでもなくかのんのことなのだが、観客はそんなこと知る由もない。
そんななか、一人の男がその女の子をバイクの後ろに乗せるといいだしたのが聞こえたらどう思うだろうか?
「きっと彼女は意中のあの男性を想って踊ったんだ!」である。
おかげで視線が針のように痛い。
本当にやってくれた。
「結くんバイク乗れたんだ」
「叔父さんが元々そういう界隈にいてね。その影響」
「へぇ〜」
後ろに乗る千砂都さんに相槌を打つ。
彼女に「いまからライブに出て欲しい」と言う時は驚くかと思ったが、全く逆で、なんと僕が「いまからライブに出るから連れて行って欲しい」と頼まれた。
かのんも行動力がぶっ飛んでる所はあるが、幼馴染にも影響はあるらしい。
説明の手間が省けて万々歳だが……。
「あ、そうだ。後ろに僕のカバンある?」
「これ?」
「それそれ。中に一枚の紙が入ったファイルがあるからそのプリント取り出して読んでおいて。今日のイベントのスケジュール」
後ろでガサゴソ鞄を漁る音が聞こえる。バイクなんだからしっかり捕まってて欲しいが、ダンス経験者の体幹の強さなのか、体重移動でバイクが持っていかれるので運転しにくい、なんてことはない。
そんなことを考えているとガサゴソ音が止んだ。
見つかった紙を片手で僕に捕まって驚くべきバランス感覚で読み始めた千砂都さんはそのプリントを見て一度考え込み、
「…………そもそもの話、私ライブできるの?」
と聞いてきた。ちなみにその質問の答えは。
「え、いまさら?」
「いまさらでも聞くよ。ダンスは私も覚えてるし、4人用のフォーメーションに変えたら良いけど……衣装とかは……」
「出来てるよ」
「出来てるの!?」
「かのんのわがままを聞いた日から船に乗るまで徹夜で作りました。今超眠い」
「ちょっと……事故らないよね?」
「…………………………飛ばしますよ」
「バスで行かない!?ねぇそうしよう!」
「時間ないんだから腹括ってください。かのんのためです」
「かのんちゃんの……分かった」
この女……かのんが絡むと急に理性が外れるな。覚えておこう──────────────
「お待たせみんな」
「ちぃちゃん!」
先に島についていたかのんたちとやっと合流した。
他3人はもう衣装に着替えていて千砂都さんを待っているだけだった。
「千砂都さんはとりあえず着替えてきて」
「わかった」
ドタバタと忙しい舞台裏がさらに忙しくなる。
千砂都さんはそのままステージ奥の簡易更衣室に入って行った。
それを見とどけたかのんが僕に耳打ちするように
「それで、結果はどうだったの?」
と聞いてきた。
「…………優勝してきたよ。すごいよ、あの人」
僕の答えが分かっていたのか、思ったよりかのんは落ち着いて微笑むように安心の笑みを浮かべた。
「っと……そうだ。全員集合」
「ハイ、なんデスか?」
「円陣でも組むの?」
「着替え終わったよ〜ってみんな集まってどうしたの?」
「お、丁度いいや。千砂都さんもこっちきて。夏樹は?」
「アイツならいま照明イジってる所よ。ここにはいないわ」
そうか。まぁ夏樹には用はないんだけど。
「それじゃあ……これを」
4人を前にして鞄から小さな小包を四つだしてそれぞれに配る。
渡された4人は心当たりがない様子でそれぞれのイメージカラーを模したリボンを解いて開けていく。
「まぁ……僕からの応援の証ってことで。プレゼント」
「…………!!!これって…………!!」
「わぁっ………!」
「キレイデス〜っ!」
「素敵ね……!」
小包の中のものをみた4人はそれぞれの反応を見せる。
良かった。喜んでもらったみたいだ。
「かのんと千砂都さんには髪飾り、可可さんとすみれさんにはアンクレット。蹴ったり跳ね回る踊りだから映えるかなって」
「作れるようになったんだ……!」
「お陰様で」
それは間違いなくかのんのおかげだ。
あの日、僕の止まった時間は動き出した。
いや……今日、動き出すんだ。
「かのんがいなかったら、僕はこんなこと、出来なかった」
「私も。かのんちゃんがいなかったら、ダンスなんてやってこなかった」
「可可も、スクールアイドル部を始められませんデシタ!」
「私がスクールアイドル部に入ることも無かったわね」
「それを言うなら私だって……!」
各々の感謝の言葉に、かのんが返そうとするのを遮って僕は続ける。
「そうやって、誰が誰かの大事な人になっていく。かのんにとって僕は何?」
そう聞くとかのんは少し考えてこう答えた。
「私を、また始めてくれた人」
『また始めてくれた人』
その抽象的な答えに、笑ってしまう。
けど、彼女の中でも、何かが始まっている。
僕も感じる。だから抽象的でも、わかるんだ。
「じゃあ、お互いに、ありがとうだ」
「うん」
互いに感謝しあって、支え合って。
誰かが誰かのために生きていく。
前にかのんは言った。
『言葉にしなければ伝わらない』と。
だから、あらためて、ありがとうを口に出した。
それだけだ。たったそれだけだけど……かのんの顔を見たら、言ってよかったと思う。
だから、僕は……みんなのライブが見たい。
そう思った時、自然と言葉が出ていた。
初ライブの、観客席で見ていたあの時とは違う。
舞台袖で彼女達を見送るなら、この言葉を使うのがいいと思った。
「さっ────行ってこい!」
「うん!」
ステージの方へすみれさん、千砂都さん、可可さんと1人ずつ登っていく。
そしてかのんも踵を返して舞台袖に立とうとした時……僕はその服を引っ張った。
「…………結?」
「…………かのん。…………その……かのんにはこれも…………」
鞄のなかからもう一つ、小箱を出す。
それはリボンもついてないすぐ開けられるもの。
「本当は渡すつもりじゃなかったし、失敗作というか……その、かのんの分しか作れなかったから渡し辛かったというか……」
「…………?開けていい?」
「……いや!やっぱいい!返して!」
「…………ヤダ」
「は!?いや返せって!」
「イーヤ!」
ちょっ……実力行使!
「なんっ……でそんなにイヤなの!?私のために作ったんでしょ!?」
「そうだけど!恥ずかしいというか!」
「いいから!なんでも付けるから!」
「そうことじゃ……!」
ドタバタと小包の奪い合いをするも虚しく、リボンもつけていないせいですぐ開く小箱をかのんが勢いよく開けた。
「……これって……!」
中のものを見たかのんが瞳孔を開いてこちらを見る。
恥ずかしくて目を逸らすとかのんが信じられないようなものを見る目で小箱を二度見した。
「指輪……!?」
「…………まぁ、一般的にはそう呼ばれるものだ」
じゃあ専門的にはなんと呼ばれるんだよ。
ダメだ。恥ずかしすぎて自分でも言ってる事がよくわからない。
「やっぱり回収するよ。ほら箱渡して」
手を差し出して箱を返すよう要求するとかのんは持っている箱と指輪を交互に見て少し逡巡したあと……
「はい」
「…………え?」
「じゃあ行ってくる!」
「ちょっ、オイ!」
指輪を嵌めて、箱だけ僕の手に返して走り去って行った。
………………あのバカ……よりにもよって………!
『結ヶ丘高校、スクールアイドル〜!!』
そんなアナウンスが舞台から聞こえるも、それどころじゃない僕は床に座り込んだ。
よりにもよって……よりにもよって……アイツ……!!
「左手薬指に嵌めやがった……!!!」
時は夕刻。
夕陽が彼女達を逆光で照らし、ステージの幕が上がる。
流れるのは、一夏の、友情と恋の曲。
曲名は───────『常夏サンシャイン』
本編が急に長くなるぅ!と思った方、いると思います。
違うんです。これ本来は4000字ずつ前回と分けようと思ったんですけど、前回の区切り的にこうなったんです。今回長いのは許してください。
次回更新
7/11日月曜19時