結とかのんの始まり物語   作:cinnamon

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第四十三話 時雨夏樹の親

 

「今日も来なかったな。夏樹」

「…………文句いう暇あるなら手を動かせ」

「でも雨宮……!」

「いいんだ。…………分かってる」

 

クラスメイトの言葉を遮る。

夏樹と僕の喧嘩から1週間弱。

あの日から夏樹は学校に来なくなった。

最初のうちはクラスメイトはざわついていたが、今は言ってはいけないという雰囲気になりつつある。

それもこれも、恐らく僕に気を使ってのことだとは思うが。

 

一方でいつも通り日常に戻れるかというとそうではなく。

1週間後に迫った文化祭に対し、欠員、それも運営の1人が欠けてしまったのでその皺寄せはもう1人の僕に行くことになってしまった。

結果、さらに僕は多忙になり、スクールアイドル部に顔すら出せなくなりつつあった。

 

「やっぱ俺らが時雨呼んでこようか?」

「……それで来てくれたら円満解決だな」

「それは……」

「ありもしない幻想を語るならさっさと看板作って。……人一倍働いてた馬鹿がいないんだから」

 

クルリとハケを180度回してすぐ横の列をなぞる。

その姿にクラスメイトも沈黙して作業に戻った。

 

─────こんな空気の文化祭、アイツは望んでないんだろうな。

 

 

 

 

暗い雰囲気は伝染する。

作業は結局それほど進まず、ある程度を終えなところで解散となった。時計を見てみると珍しくスクールアイドル部の活動の時間帯に間に合いそうだったので、1秒でも時間が惜しいとタクシーを探してみる。

 

しかし周りをクルリと見渡してもタクシーは見当たらない。

都合が悪いなと悪態を突きそうになっていると、ふと後ろから肩を叩かれた。

 

反射的に振り返ると、そこには思わぬ人がいた。

 

「やぁ。僕のこと、覚えているかな?」

「…………えぇ。夏樹のお父さん。時雨椿さん?」

 

少しの間、刹那にも満たない一瞬、殺気を交えて互いに心中で刀を下げる。

僕は子供じゃない。ムカつくところはあるが、無闇に怒ったところで得るものはない。

向こうは威嚇のつもりで試してきたんだろうが、生憎乗ってやる義理はない。

 

「へぇ、意外と冷静だね。もっと怒ってるかと思った」

「思ってる倍は怒ってますよ。ただ、怒って解決するわけじゃありませんから」

 

感情を押し殺して淡々と答えることに専念する。

そうでないと、今すぐにこの人に飛び交ってしまいそうだから。

 

「……息子の件は悪いとは思っているよ」

「貴方が仕向けたことでしょう」

「あの子の為なんだ。わかってくれないか」

 

ヒョイっと椿さんが缶コーヒーを投げてきたのでキャッチする。

 

「……分かってやりたいんですが、僕は何も聞かされてないので」

 

それをそのまま椿さんに向かって投げ返す。

驚きつつもキャッチした椿さんはこちらを見ながらキャッチした缶コーヒーの蓋を開ける。

 

「コーヒー、いらなかったかい?」

「苦いものは苦手です」

「それは失礼。そうか、夏樹は何も話していないのか」

 

椿さんは缶を傾けて少しの間コーヒーを喉に含む。

その間に流れる沈黙は僕が埋めた。

 

「母親のことがなにか関係が?」

「おや?そこまで話しているのかい?」

「細かい内容は知りませんよ」

 

話が長くなりそうだったので近くの日陰に移動する。

それを見た椿さんも缶コーヒーを手で弄びながら木陰に移った。

 

「────夏樹はね、ゆきになりたいんだ」

「…………?雪?」

「僕の妻だよ。時雨柚木。いまはこの世にいないけどね」

 

椿さんが自嘲するように肩をすくめる。

 

「あの子は周りから「白雪柚木の息子」として育てられた。柚木のようにならなきゃって毎日言っていたよ。きっと、それほど柚木が大事だったんだろう」

 

それは以前、葉月さんにも聞いた。

……苦しそうな表情をしていたと。

 

「日に日に似ていくんだよ。夏樹が、柚木に。君は想像したことあるかい?死んだ妻と同じ笑みを浮かべる息子を」

「……?それはいいことでは?」

 

息子が母と似てきたのはむしろ嬉しいことでは……

 

「僕のせいで死んだ妻に似てきても……かい?」

「…………!!」

 

なるほど。つまりは自責の念で一杯一杯だった所に夏樹が柚木さんと同じ表情をするわけだ。

それは……相当心にくるものがあるだろう。

 

「思わずひどい事を言ってしまったよ。柚木が死んだのはお前のせいだなんて……見当違いな言葉で逃げたりもした」

 

そこからは夏樹から聞いた通りだった。

喧嘩は発展し、夏樹は一人暮らしを始め、この学校に来た。

 

「…………私が今回ここにきたのは、罪滅ぼしなんだ」

「………?どういうことです?」

「僕は夏樹の人生を縛っていた。夏樹が柚木のようになりたいなら、自由にさせればよかったんだ。だから、夏樹には柚木が所属していた事務所からスカウトをさせてもらった」

「……?させてもらった?」

「コネだよ。僕はこう見えても凄いんだ」

 

冗談めかして笑う椿さんだが、その内容は笑えるものではない。

 

「スクールアイドルの関係者だって、結局柚木に憧れたに違いない。だから、今度は僕がサポートしてやらないと」

 

「罪滅ぼしにならないんだ」と、椿さんはそう語りを締め括った。

 

…………確かに、夏樹が柚木さんのようになりたいと思うのなら、僕達が止める義理はない。

好きなように生きたらいい。僕達が夏樹の幸福を邪魔してしまうなんて言語道断だ。

 

────やっぱり、夏樹は諦めた方が……

 

「ところで」

 

缶コーヒーを飲み終えた椿さんがこちらに向き直り襟を正した。

 

……まだ何か話が?

 

「君のカバンに付いているそれなんだが……」

 

椿さんが指を刺す先には、カバンのチャックの部分に繋がれた銀に光るキーホルダーのアクセサリー。

これは確か……

 

「夏樹に貰ったんですよ」

 

生徒会に入ってくれるならやるって言われて。

 

「……それは柚木の形見だよ」

「え?」

「夏樹が小さい頃、柚木から貰ったオーダーメイドの誕生日プレゼントだ」

 

言われて、夏樹と初めて会った時のことを思い出す。

そういえば──

 

『これね〜!良いでしょ〜!世界で一個しかない、僕の〜』

 

あの時は先生に遮られて聞けなかったが……柚木さんから貰ったものだったのか。

 

…………待てよ?だとしたら……夏樹はなんでこれを僕に?それじゃあまるで……

 

 

思考を張り巡らせる。

夏樹の考えをトレースして、どんな思いだったかを考える。

 

考えて考えて──────1つの答えがでた。

 

 

「──────なるほどね」

 

この親にして、夏樹あり、だな。

 

「椿さん、貴重なお話ありがとうございました」

「ん、申し訳ないな、夏樹とは残り少ない時間だけど仲良くしてやってくれ」

 

椿さんが頭を下げる。

僕はその頭に向かって

 

「お断りしますっ!!!!!」

 

宣戦布告をしてみせた。

 

「なっ……!?やはり怒っているのか!?」

「前提条件が間違ってますので。残り少ない時間?高校生活はあと2年残ってるんですけど」

 

まだまだアイツとは長い付き合いになりそうだ。

 

「でも……夏樹はもう私の話に乗り気なんだぞ?君たちが何を言ったって」

「そういう所ですよ椿さん」

 

言っても無駄だ、やっても無駄だ。

ギャーギャーぎゃーぎゃー弱音ばっかり。

夏樹もおんなじだ。

やってみないと分からないじゃないか。

だから、僕は待ってやる。親友だから。

 

 

「アイツは──夏樹はちゃんと自分で答えに辿り着きますよ。その時、話を聞いてあげてください」

 

何を言われているのか分からないというふうに椿さんが首を傾げる。

さて────僕は準備をしよう。

 

クルリと振り返ってきた道をそのまま逆走する。

やっと分かった。僕がやるべきこと。やらなきゃいけないこと。

 

夏樹に手を伸ばすのは僕じゃない。

僕は伸びされた手を引っ張るだけ。

手を伸ばすのは────!!

 

「頼むぞ……みんな」

 

かのん達に任せよう。




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