ようこそ愛憎混じる学び舎へ   作:妄想癖のメアリー

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しばらくは日常パートです


第30話 戻ってきた日常

 

 

 

 Dクラスの生徒たちに、龍園との取引内容の説明を終えた水無瀬。

 外で待っていた綾小路と遅めの昼食を終えた時には、既に日が傾き始めていた。

 

 今回試験で活躍してくれた生徒たちにお礼をしに回ろうと考えていた彼だったが、Bクラスの神崎からチャットが届いているのを確認した。

 頻繁に連絡を取らない彼にしては珍しいと思う水無瀬であったが、十中八九要件は試験のことについてだろうとあたりをつけ、アプリを開く。

 

 [突然ですまない。単刀直入に言うと、一之瀬が不安定だ……今俺やBクラスの生徒が何を言っても無駄だろうから来てくれないか? ]

 

「……うわぁ」

 

 どこか圧力を感じる文章だ。『説明してもらいたい』といったような裏の意味も込められている。

 優秀な彼らはいち早く試験の裏でどのような暗躍があったのかを理解したのだろう。

 

(まあ半々だろうな。神崎君そう言うの苦手そうだし)

 

 ナチュラルに失礼な事を考える水無瀬。実際当たっているため尚の事たちが悪い。

 

 [了解。今行くよ。どこにいる? ]

 

 すぐに返事が返ってきた。そう遠くない場所に2人はいるらしい。

 それを確認した水無瀬は速足で向かう。

 

(一番最悪なのは、彼女が完全に折れてしまう事。普段の様子からしてそこまで脆くはないとは思うけど……ちょっと不安要素があるからなぁ)

 

 水無瀬から見た一之瀬は少し歪に見える。間違いなく善人だが、あの性格は純度100%ではないだろう。

 どこか()()()()()()()()()()()()。似た例を挙げると櫛田や平田、軽井沢などがあげられるだろうか。

 

(こうしてみると……Dクラスには性格や過去に難がある人物が多すぎるな。って、僕にだけは言われたくないか)

 

 そう結論を出し、苦笑いをする水無瀬。

 考え込んでいるうちに、彼らのいる場所にたどり着いたようだ。

 

「……話を聞くにはうってつけだろうけど、高校生が入っても良いのか……?」

 

 水無瀬は、明らかに子供が行くべきではない雰囲気のバーの前に居た。

 送られてきた地図と現在地を、2回ほど確認し直した水無瀬。

 

(流石に入っただけで減点されたりしないか……)

 

 そう結論付けたのか、ため息を吐きながら扉に手を掛ける。

 時間帯のせいなのか客層のせいなのか、見渡す限り客は彼ら以外いない。一之瀬と神崎は奥のテーブル席に座っているようだ。

 

「来たか。突然呼び出して済まない。座ってくれ」

 

「……水無瀬、君?」

 

 驚いた様子の一之瀬を見て、水無瀬は抗議するように呟いた。

 

「……伝えずに僕のこと呼び出したね?」

 

 意地悪な笑みを浮かべて返す神崎に「まあいいけど」と言って座る水無瀬。

 一之瀬は状況がいまいち理解できていないようだ。

 

「え……どうして?」

 

「今回の試験について、謝罪をしに来たんだよ」

 

「謝罪……?」

 

 不思議そうに首をかしげる一之瀬に、どこか2人との違和感を察知した水無瀬は訝し気に呟いた。

 

「あれ……? てっきり怒られるものかと思ってたんだけど」

 

「……そういうとらえ方もできるだろう。だが、事今回の試験においてお前を責めるつもりはない」

 

(あのチャットの文素だったんだ……)

 

 予想外の事実に少し思考がブレる水無瀬だったが、それを気にすることなく神崎は続ける。

 

「? ……先ほどまで別の場所でクラスの皆と話し合っていた。勿論その意見が出なかったわけじゃない『龍園と手を組んでBクラスを陥れた』という意見がな」

 

「ちょ、ちょっと神崎君!?」

 

 いたずらに罪悪感を植え付けるような神崎の発言に、焦ったように声を上げる一之瀬。

 しかしそれに構うことなく続ける。

 

「これは水無瀬でもわかっているはずだ。謝罪をしに来た水無瀬に気を使うのはかえって失礼に当たる」

 

「……そうだね」

 

 特に反論が出てこないことを確認し続けて語る神崎。

 糾弾するつもりはないとは言ったが、その瞳には誤魔化すことは許さないという強い意志を感じる。

 

「実際その気持ちも分かる。俺だって試験結果を聞いたときはショックだった。だが冷静に考えてみたら、1つの仮説にたどり着いた。水無瀬、お前はDクラスから追い出されてやむなく俺たちと過ごしたと言っていたが、実際は少し違う。──お前は()()()()()()()()()()()()()()()。違うか?」

 

 その神崎の考察に、背筋に冷たさを感じた水無瀬。しかしそれと同時に、計り知れない高揚感を抱いていた。

 しかし一切それを表に出すことはせずに、水無瀬は続きを催促する。

 

「仮にその仮説が当たっていたとして、僕にどんなメリットがあると?」

 

「メリット……は、あるよ。それは()()()()()()()()()()()()()()という事。短い期間だったけど、実際に私たちは君と過ごしてそれを強く実感できた」

 

 それに返したのは一之瀬。先ほどまでの弱々しい様子は鳴りを潜めている。

 

「なるほど……でもそれがどうしてBクラスを陥れたわけではないという結論に繋がるのかな?」

 

「……結論に至ったのは、話し合いの時に割って入ってきた龍園のおかげだ。あいつはこれを持ってきて一言『水無瀬の奴に感謝しとけよ?』とだけ言って帰って行った」

 

 ふと鞄から1枚の紙を取り出す神崎。それはDクラスとCクラスが結んだ契約書の写しであった。

 

「これを見たとき、俺と一之瀬は初めて理解した……お前はBクラスのリーダーを()()()()()()()()()()()()()()。理由は俺たちに恩を売り、協力関係を解消されないようにするため。というところだろうか」

 

 そう結論を出した神崎。テーブルにはつかの間の沈黙が流れる。

 2人には、その一瞬がいやに長く感じられた。

 

 

 

「──正解だよ2人とも。良くこの短期間で導き出せたもんだ」

 

「いやー参った」と言いながら両手を上にあげる水無瀬。

 そのひょうきんな行動に、緊張がほぐれたのかため息を吐く2人であった。

 

「ふぅ……疲れた~。試験終わったばっかなのに一番疲れた気がするよ……」

 

「同感だ。少しこの事実は重すぎる」

 

 そう言って背もたれに寄りかかる一之瀬と、テーブルに肘を乗せ頭を支える神崎。

 問いただす側が一番疲れている状況が面白いのか、水無瀬は上機嫌に笑いながら語る。

 

「ホントはもうちょっと時間をおいてやんわりと伝えるつもりだったんだよ? Dクラスの皆には全貌を伝えてるし、池辺りが得意げに言いふらしてくれるだろう。って」

 

「その気づかいをもうちょっと別の所に向けてくれないかな!?」

 

 たまらんと言ったように声を荒げる一之瀬。

「ごめんごめん」と苦笑いをする水無瀬だったが、表情を引き締め問いかける。

 

「それで? そこまで分かっている2人は、Dクラスとの協力関係を築いてくれるのかな? ……正直僕は君たちが不愉快に思ったんじゃないかと心配なんだ」

 

「最初はちょっとびっくりしたけど、別に悪い感情は浮かばなかったよ? 神崎君もそうでしょ?」

 

「……元はと言えばリーダー情報を盗まれた俺たちの失態だ。感謝こそすれ、逆恨みをするつもりはない」

 

 水無瀬の不安は杞憂に終わったようだ。

 

「だから、今後ともいい関係でいてくれると嬉しいな!」

 

「ああ。俺からもよろしく頼む」

 

 そう笑みを浮かべる2人に、水無瀬はしみじみと語る。

 

「……優しい子たちだね。ホントに」

 

「その優しさが今回の命取りになったんだ。相手は選ぶつもりさ」

 

「あはは、水無瀬君じじくさいよ?」

 

 

 

 ────最終的には敵対しあう立場の両者。しかし、この穏やかな時間が一秒でも長く続けばいいなと思う一之瀬であった────

 

 

 

 

 

 

 ──特別試験をを終えた翌日。各々の生徒は久しぶりのベットの感触に癒され朝を迎えた。

 

「ってあれ? 水無瀬君まだ寝てる……」

 

 ──と言っても惰眠をむさぼる者もここにいるが。

 朝食を終え、軽井沢と船内をめぐり戻ってきた平田。時刻は既に11時を回っている。

 

(試験で疲れたんだろうね……あれだけ動き続けてたら)

 

 そう判断し、起こさないようにゆっくりとベットに座る平田。

 しかしふと水無瀬のスマホが振動する。どうやらチャットが届いたらしい。

 

 [34件のメッセージが届いています]

 

「……ん?」

 

 平田の記憶が正しければ、水無瀬はかなりマメに返事を返すため、一晩にしてこの量のメッセージが届いたのか。

 しかし、常日頃の彼の周りにいる女子たちのことを思い浮かべて納得する。

 

(水無瀬君も大変なんだね……)

 

 同じような大変さを持つ水無瀬に、少しだけ仲間意識が芽生える平田。

 もっとも、2人ともそれを苦行だと思ったことは一度もなかったが。

 

「起こしてあげた方がいいかなあ……」

 

 そうぼやく平田だったが、その心配はいらないようだ。

 

「ん、はぁ……おはよう。洋介」

 

「おはよう水無瀬君……起こしちゃたかな?」

 

 寝起きが良いのか、すぐに着替え始めた水無瀬に向かって謝罪をする平田。

 

「ああいや、実を言うと君が部屋に入ってきた時点で目は覚めてたんだ。二度寝しようと思ってたけど、何だか起きてほしそうな声が聞こえてきたからね」

 

「そっか、じゃあよかった。その……スマホ凄いことになってるよ?」

 

 苦笑いを浮かべながらテーブルに置いてあるスマホを指さす平田。

「ん?」と不思議そうにスマホを開く水無瀬。通知の数と時間を交互に確認した。

 

「あー……」

 

「朝出る時起こした方が良かった?」

 

「いや……大丈夫。いつも早く起きて朝食と弁当を作っているからね。気が抜けていたみたいだ」

 

「そっか。料理とかするんだね? 水無瀬君」

 

 その言葉に安心したようにほっと息を吐いた平田は、内容を聞き逃さずに会話を発展させる。

 Dクラスをまとめているコミュニケーション能力は伊達じゃない。

 

「ああ。意外かい?」

 

「ううん。なんと言うかイメージ通りかな。将来は奥さんとかにいろいろ注文を受けながら作ってるのが想像できるよ」

 

 その光景を思い浮かべて、楽しそうに笑いながら語る平田。

 対照的に水無瀬は同棲している2人の女子を想像して苦笑いを浮かべた。

 

「もうすでになってるかもしれないね」

 

「あ……」

 

 その一言で察しの良い平田は何となく気が付いてしまった。

 しかしみなまで言わない気遣いはさすがと言えるだろう。

 

「そうだ水無瀬君。12時半から軽井沢さんたちと合流してお昼ごはんを食べる予定なんだけど、一緒にどうかな?」

 

 思い出したかのように手を叩いて提案する平田。

 確かに昼食を食べるには早い時間帯、少し待てば皆で食べられるため、魅力的な提案だろう。

 しかし水無瀬は意外にも悩んでいるようだ。

 

「うーん……どうしようかな」

 

「軽井沢さんのことで悩んでいるのかな? だとしたら尚の事僕を頼ってほしいな」

 

 少し前に下着泥棒の件についていろいろあった2人。そのことだろうとあたりを付けた平田だったが、どうやら違うらしい。

 

「いや。試験が全て終わった後にチャットで謝罪も貰ったから、僕は別にいいんだけど……気まずくない? あっちが」

 

(まあ間違いなくあの件で苦手意識を持たれてしまっただろうし)

 

 そんなことを考えている水無瀬だったが、どうやら平田的に聞き逃せない文言があった様子。

 

「……謝罪はしたって聞いたから気にしてなかったけど、チャットでだったの?」

 

「あー……いや、気にしなくてもいいよ。気持ちは分かるからね」

 

「……ごめん。僕からもやんわりと言っておくよ」

 

「いいっていいって」

 

 心底申し訳なさそうに謝罪する平田に、笑顔で手を振りながら語る水無瀬。

 

「そっか……じゃあお昼なんだけど、僕と2人だったらどうかな?」

 

 よほど一緒に食事をしたいのか、真剣な眼差しを向ける平田。

 学年でもトップのイケメン同士が向き合っていて非常に絵になっている。

 

「ごめん。いろいろ言ってたけど、先約があるんだ。()()なら今日の夜にでもどうかな?」

 

 スマホを持つ手をひらひらとしながら、苦笑いで語る水無瀬。

 

「! ……そっか。やっぱバレちゃってるか……じゃあお願いできる?」

 

 水無瀬を食事に誘おうとしている理由を当てられて、恥ずかしそうに呟く平田。

 水無瀬が居なくなってから、自分の実力不足をひしひしと感じたのだろう。実際彼に非はないのだが、それを割り切れるほど冷徹な男ではない。

 

「いいよ。今日の夜連絡するよ」

 

「うん! ありがとう」

 

 そんなやり取りを終えて部屋を後にする水無瀬。向かう先は綾小路の部屋である。

 

 

 

 

 

「──っと。ここかな?」

 

 予め伝えられていた部屋の扉をノックする水無瀬。

「はーい!」と元気な声が扉の奥から聞こえてくる。

 

「……あれ!? 水無瀬君じゃん。どうしたの?」

 

「こんにちは小野寺さん。清楓ちゃん今いる?」

 

 出てきたのは何時ぞやの水泳のレースで綾小路と熱い戦いを繰り広げていた小野寺である。

 ルームメイトに綾小路と話しやすそうな生徒がいることに安心した水無瀬は要件を伝えた。

 

「あー清楓ちゃん? ……ちょっと待ってて」

 

 扉を開けたままドタドタと中に戻って行く小野寺。何やら中で騒いでいる様子。

 

(不用心だな……)

 

 そんなことを思っていると、小野寺が戻ってくる。

 

「入っていいよ! 水無瀬君」

 

 呼んで来い言ったのに入っていいと言う小野寺に、訝し気に眉をひそめる水無瀬。

 しかしどうにもならないので、言葉に甘えて中に入っていく。

 

「む。やっと来た」

 

「えぇ……」

 

「さっきからずーっとこんな感じなんだよ? いくら離れてって言っても聞かないし。堀北さんなんか諦めちゃったもん」

 

 そこで見た衝撃の光景に言葉が出ない水無瀬。

 綾小路は寝坊した水無瀬に怒り心頭のようだ。

 

「……随分とお寝坊ね水無瀬君。早くこの引っ付き虫を引きはがしてくれないかしら?」

 

 そこにはパジャマ姿のままベットの上で堀北に抱き着く綾小路が居た。

 肝心の彼女は「うーうー」と言いながら背中に顔を埋めている。

 

(試験中のことが効いてるんだろうな……)

 

 悪いことをしたと反省しながら、その体を引っぺがす水無瀬。

 標的を変えたのか、彼に抱き着いてくる。

 

「いくら体調が良くなったとはいえ、まだ移るかもしれないからやめてと言ったのに」

 

「でもまんざらでもなさそうだったよ、堀北さん」

 

「……小野寺さん?」

 

「こわ!? 女の子がしちゃいけない顔してるよ? 愛しの水無瀬君が来たんだから可愛くしないと」

 

「……はぁ」

 

 諦めたようにベットに戻り本を読む堀北。

 意外と相性が良いみたいだ。

 

「3人部屋なんだ」

 

「うん。女子の数が1人だけ多いから、そんな感じの分け方になったの」

 

「それにしてもこの2人の相手は大変だっただろう? 僕でも少し手に余るのに」

 

 絶対騒がしいだろうと想像して苦笑いを浮かべる水無瀬。

 

「まあねー。でも楽しかったよ? 2人ともずっと水無瀬君の話ばっかりして面白かったし」

 

 人好きのする笑みを浮かべながら語る小野寺。

 視界の端で堀北がピクリと動いたが、特に気に留めることなく話を進める。

 

「ルームメイトが小野寺さんでよかったよ。2人をよろしくね」

 

「……そう? なら嬉しいな。綾小路さんとは元から仲良かったけど、堀北さんも想像より話しやすかったから」

 

「あの入学したてのツンツン堀北はもういない。あれはあれでよかったけど」

 

 何故か得意げに胸を張る綾小路に、恥ずかしくなって来たのか話を切ろうとする堀北。

 

「……くだらない話をしてないでさっさと行きなさい。もともと遊ぶ予定だったのでしょう?」

 

「何言ってるの、堀北も行こ。水無瀬もいいよね?」

 

「もちろん。小野寺さんもどうかな? 暇なら一緒に行かない?」

 

「いや、遠慮しとこうかな。他の人たちと遊ぶ予定もあるし」

 

 1人置いていくのは寂しいだろうと、小野寺のことも誘う水無瀬。

 しかし、流石にこの輪に入るのはハードルが高いため断る。

 

「そっか。じゃあ着替え終わったら連絡して」

 

「別にここで待ってればいい。すぐ終わるから」

 

 そう言ってパジャマを脱ぎだす綾小路。

 あまりに抵抗がないものだからポカンとする3人だったが、水無瀬が上のパジャマを脱ぎ終えたあたりで正気に戻る。

 

「バカ。ここは家じゃないんだぞ?」

 

「あう……別に気にしないのに」

 

 頭にチョップを食らった綾小路がジト目でこちらを見つめて来る。

 

「僕が気にするんだよ。変な噂でも立ったらどうする。上の休憩スペースで待ってるから、終わったら連絡するんだ。いいね?」

 

「はーい」

 

「……まったく。じゃ、またね2人とも」

 

「う、うん」

 

 そう言って部屋を後にする水無瀬。

「失敗した」と呟いてシャワー室に向かった綾小路を一瞥した小野寺は、同じく堀北と目が合う。

 

「……やっぱちょっとおかしいよね。あの2人」

 

「……そうね」

 

 ──奇妙な友情が成立した瞬間だった。




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