これは、一人の銀龍が仲間たちと全てを懸け、悪魔から世界を救った後から生まれた物語。
その日、『救世の銀龍』こと『篠ノ之機龍』は普段通りの生活を送っていた。いくらその素性が世界に公表されたからと言って、彼の日常は変わらない。愛する友人たちと共に学生としてこの、『IS学園』で生活する事。それが彼の望む日常だった。
だが、そんなある日、彼の生活、いや、彼の辿る道筋は大きく一変した。
ある日の朝、ベッドから起きて部屋のカーテンを開け、晴れ渡る空を見上げていた時はまだ、彼は知る由もなかった。
自分が、世界さえも跨ぐ、神さえ凌駕する、次元を超えた救世主となる事を。今日と言う日が、世界を、人間を、命を救うために多重世界を駆けた救世の銀龍、のちに神龍人などと、様々な称号を授かる少年の足跡が、今日から始まる事を。
そして、その日の放課後の事だった。自分と最愛の人の一人、『更識簪』との部屋に戻ってきた機龍。
「ただいま~」
と、声こそ出しているが、簪は姉であり学園の生徒会長、『更識楯無』に用があるとかで、今は先に彼だけが戻っていた。
部屋の電気をつけ、鞄をベッドの上に置き、そのまま自分もベッドに腰かけて制服の上着を脱ごうとした。その時。
≪ほう。おぬしがあの機龍か≫
唐突に、部屋の中に老人のような声が響いた。それを聞いた機龍は目を見開き、飛ぶような速さで立ち上がり、周囲を見回した。だが、相手の姿は見えない。
「……。誰ですか?姿を見せてください」
そう言って周囲に呼びかける機龍。と、その時。
機龍の真正面に光の泉、とでも言うような物が現れ、そこから一人のゲームの魔術師が持つような杖を持った老人が現れた。
それこそ、在り来たりな神様を具現化したような姿だった。
白い、ローマ帝国の服装である≪トガ≫らしき服装。老人のように少し禿げた白髪頭。首の付け根辺りまで伸ばされた、髪と同じ白い髭。そして、その顔は柔和な笑みを浮かべていた。
「はじめましてじゃな。篠ノ之機龍。いや、ゴジラ、或いは3式機龍と呼ぶべきかな?」
「ッ!?」
最後の単語を聞き、相手への警戒を強める機龍。
今この世界では、少し前の悪魔、≪デストロイア≫との戦いの影響で、≪機龍が人ではない≫、と言う事が世界中に知れ渡っていた。だが、ゴジラや3式機龍と言う単語自体はあまり出回っていない。それを知っている人間が居るとすれば、彼の周りの一部の人間だけか、情報開示でその名を知った各国政府高官くらいだ。
「あなたは一体。……何者なんですか?」
「ふむ。一言で言えば、儂は≪神様≫じゃ」
その単語に、機龍は首を傾げた。
「神、様?……あなたが?」
少なくとも、機龍は言うなれば無宗教者であると言えた。彼が信じるは≪仲間≫や≪絆≫。そう言ったたぐいの物である。神と言った存在を否定する気は彼にはない。が、存在を信じてもいなかった。だが、不思議な現れ方をした老人がそんなことを言うのだ。機龍は半信半疑だった。
「ほっほっほ。まぁ、信じられんのも無理は無かろう。では。……お前の異世界の想い人、≪中條義人≫。対特殊生物自衛隊、特生自衛隊の一曹で機龍隊の整備士。彼の伯父にはモスラの妖精、小美人と接触した≪中條信一≫が居る。これでどうじゃ?」
神様と名乗る老人から聞かされた情報に、機龍は驚かざる負えなかった。その情報を知るのは、彼の親しい人物の中でもほんの一握りである。
「これで信じてくれるかの?」
そう聞かれ、半ば放心していた機龍は頭を振り、神様と改めて向かい合った。
「確かに、それを知っている可能性があるのは、僕の記憶を見た一夏お兄ちゃんや束たちだけ。……わかりました。信じます。……ですが一つだけ聞かせてください。なぜ、今になってその神様がここへ現れたのですか?」
「うむ。では、単刀直入に言わせてもらう。おぬしに、≪異世界を救ってほしい≫」
「……。え?」
その単語に、機龍は疑問符を浮かべる事しかできなかった。
「ま、待ってください。それって一体どういう事ですか?異世界を救って欲しいだなんて」
「確かに、いきなりでは荒唐無稽に聞こえるじゃろう。だが、一つだけ確かな事が言える。篠ノ之機龍、お主は≪特異点≫なのじゃ」
「特異点?それは確か、数学や幾何学で言う」
「いや、少しばかり違う。そうさな、存在と時空の特異点。そう言わせてもらう」
「存在と、時空の?」
「さよう。お主の母とも呼べる存在、篠ノ之束は世界の存在を木に例えていた。知っておるな?」
「はい。僕たちが存在するこの宇宙、銀河系、太陽系、地球。そして、そこに生きて自我を持ち、世界の存在について思考できる種族、つまりは人間がある事。これが即ち、僕たちが認識できる世界の≪土台≫、≪木の幹≫であり、そこから分岐した枝の一本一本が、政治、思想、宗教、文化、特定の人物の有無と言った外的要因によって分岐した無限に広がる世界、束の言う世界樹の概念。そうですよね?」
「その通りじゃ。この世界だけでも、お主が現れなかった世界。ISが生まれなかった世界。篠ノ之束が生まれなかった世界。このように、無数に分岐点が存在する。この世界もまた、無限に広がる木の枝の一本に過ぎん。じゃが、そんな中でお主と、正確にはもう一人、モーラ・S・フラワーと名を変えた彼女、モスラが特異点なのじゃ」
そう言われ、機龍は思考を巡らせ、そして、気づいた。
「そうか。僕とモスラは束の仮定した原因Xの影響、時空の歪みでこの世界へと来たから……!」
「正解じゃ。……ゴジラの世界の一つで使われたブラックホール砲。彼らはディメンション・タイドと名付けておった。ともかく、それらの影響により時空を超えてしまったお主とモスラは、存在と時空の特異点となったのじゃ。そして、その特異点でなければ世界を、枝と枝を渡る事はできん」
「だから、僕に異世界を救って欲しい。そう言いに来たんですね?」
「うむ。その通りじゃ」
「しかし。……こう言っては何ですが、なぜ僕が異世界に?人助けについては無論賛成です。ですが、それでは僕が異世界の歴史に干渉してしまうのでは……」
「いや。良いのじゃよ。……その干渉が無ければ、逆に大勢の人間が死ぬ。……わしがお主に救援を頼みたい世界は今、外宇宙からの侵略を受けているのじゃ」
その単語に、機龍はポカンとせざる負えなくなった。
「疑問の思うのも無理は無かろう。じゃが、説明させてくれ。……お主はマルチバースと言う単語を聞いたことがあるか?」
「マルチ、バース。……確か、19世紀の末にアメリカ人の哲学者、ウィリアム・ジェームズが提唱した多元宇宙論の事ですよね?」
「ほっほっほ。流石は超天才。知っておったか」
「で、ですがあの理論はまだ仮説のはずです。あの説に関してはまだ確固たる証拠もありません」
「人の力での観測ではな。じゃが、それは本当なのじゃよ。ほれ」
そう言って神様が杖を振った瞬間、機龍と神様はどこかの宇宙空間に立っていた。
「これは!?」
「安心せい。ただの映像じゃ。さて、話を戻すが……。そもそもこの宇宙には、無数の『宇宙』と言う定義が存在している。敢えて、その宇宙達が存在する場所、空間を『大宇宙』と定義しよう。そもそも私は、その大宇宙の中の一つの宇宙。即ち、地球があり、太陽系があり、この銀河系がある宇宙を見守る存在なのじゃ」
「つまり、神様は木と枝に例えた無限の世界。言うなれば、世界樹そのものを見守る存在、と言う事なのですか?」
「そうじゃ。……じゃが、そのうちの枝の一つに対し、厄災が降りかかった。それが、その世界の同じ時間軸に存在する、別宇宙からの侵略じゃ。無論、儂はそれを黙ってみているつもりは無かった。儂が生まれた時から見守ってきた世界樹。その一枝さえ、愛おしい。そして、だからこそその枝を荒らす輩が許せんかった。……じゃが、儂は結局のところ、見守る事しかできん。神の世界への干渉は、世界樹そのものを壊してしまうのじゃ。そうなれば、儂が救おうとした者たちさえ、更には無関係な人々さえ、殺して、いや、消滅させてしまう」
「だから、あなたに代わって世界を救える力が、時空を渡って異世界へと行けて、尚且つ強力な存在が必要だった。そして、それが僕だった。そういう事なんですね?」
「さようじゃ。……お主は既に数多の戦いを経験し、大勢の命を守ってきた。無理強いはせん」
その言葉に、機龍は……。
「僕の、僕の願いと意思、覚悟は変わりません。人の未来を守りたいと思った。命を守りたいと願った。そのために剣を取る覚悟を持った。異世界だからと言って、僕がその人たちを見捨てる気にはなれません。何より……」
「ん?」
「過去がどうあれ、僕は、3式機龍たる僕は人々の希望として生み出された存在。人の力ではどうしようもない絶望を破壊する、力の結晶。だから戦います。僕の願いのために。僕に託された願いのために。……例え、そこが異世界での」
「敢えて言わせてもらうが、これもまた、戦いの始まり。苦難の始まりじゃぞ?一度その世界へと飛んでしまえば、この世界に戻る事はそう簡単ではない。戻れたとしても、数か月に1度。或いは一年に一度。それ以上かもしれん」
「わかってます。……簪が、束が、みんなが傍にいない事は、滅多に会えなくなることは、寂しい事です。……でも、僕たちの絆に世界なんて関係ありません。絆の力は、きっと世界さえも越えて輝く。僕はそう信じています。それに、待ってくれている人が居るのなら、僕はなお更、戦えると思います」
「わかった。……お主の気概は見事じゃ。じゃが、まずはお主が儂から聞き、自分で考え、導き出した答えを仲間に伝えるがよい。何も言わずに行くつもりなど無いじゃろ?」
「もちろんです」
「うむ。……必要な時は、いつでも呼ぶが良い」
そう言い残すと、元の部屋に戻った機龍と神様。そして神様は現れた時とは逆に、光の穴の中に消えていった。
元に戻った薄暗い部屋の中で、機龍は自分の右掌を見つめ、そして握りこぶしを作ったのだった。
翌日。機龍は彼の友人たちを集めた。会議室らしき部屋には、機龍以外の18人の人間が集まっていた。
『織斑一夏』。機龍を除き、世界で唯一ISを動かせる男性であり、機龍の兄貴分的存在。
『篠ノ之箒』。一夏のファースト幼馴染であり、ISの生みの親、篠ノ之束の実妹。
『セシリア・オルコット』。機龍の恋人の一人であり、イギリスの代表候補生。
『凰鈴音』。一夏のセカンド幼馴染であり、中国の代表候補生。
『シャルロット・デュノア』。箒、鈴と同じく一夏に恋をする少女で、フランスの代表候補生。
『ラウラ・ボーデヴィッヒ』。機龍の恋人の一人であり義姉。ドイツの軍人であり代表候補生。
『更識簪』。日本の代表候補生であり、機龍の恋人の一人。機龍のルームメイトであり彼からも特に信頼されている。
『更識楯無』。簪の姉であり一夏達より一つ上の2年生。生徒会会長として生徒達の上に立つ存在である。
『モーラ・S・フラワー』。機龍と同じく元怪獣の一人。真名はモスラ。彼の許嫁であり、ラウラと同じく姉的存在。
『織斑千冬』。世界最強のISパイロット、『ブリュンヒルデ』の称号を持つ学園の教師であり、一夏の姉。
『山田真耶』。千冬と同じく学園の教師であり、今では束と同じく機龍の母親的存在。
『スコール・ミューゼル』。元テロ集団亡国企業の行動部隊隊長。現在は機龍達と行動を共にしており、束の護衛として仕事をしている。
『オータム』。スコールの指揮していた部隊、モノクローム・アバターの女性であり彼女の恋人。今も変わらずスコールの部下として活動している。
『篠ノ之マドカ』。千冬の細胞から作られた彼女のクローン。企業に拾われ戦力として投入されていたが今は機龍や束の保護下にある。現在は束の養子となっており、実質的に機龍の義妹。
『レイン・ミューゼル』。スコールの孫にあたる少女で3年生。元アメリカの代表候補生。学園にはスパイとして潜入していて、京都での戦いの際に裏切りスコールの元へと移った。が、彼女が企業から離反したため、束の保護下となりまた学生として戻ってくることになった。
『フォルテ・サファイア』。レインの恋人で2年の元ギリシャの代表候補生の少女。彼女と同じく所属する場所が二転三転して、結局また学園の生徒に落ち着いた。
『篠ノ之束』。ISの生みの親にして箒の姉。千冬とは学生時代からの友人。機龍の母親的存在で、彼を目覚めさせたのも彼女。
『クロエ・クロニクル』。機龍より前に束に保護されていた少女で、束の身の回りの世話をしている。機龍にとっての姉的な存在。
と、様々な特徴、年齢、立場と言った人間がその部屋に集まっていた。そして機龍は彼女たちに向かって昨夜の事を包み隠さず話した。神が自分の前に現れた事。その神から異世界を救うために協力して欲しいと頼まれた事。彼自身がそれを承諾したこと等々。
「神様って。お前変なもんでも食ったんじゃねえのか?」
そう言って髪をかけ上げ、懐疑的な様子のオータム。スコールやマドカと言った4人も『それは本当なのか?』と、疑うような視線を向けている。彼女たちは元々機龍の敵であり、それから(機龍曰く)友達となった存在なのだ。そのため、それを素直に信じる気にはなれていなかったのだ。そして、一夏達もそれは同じだった。
少なくとも、この場には熱心やキリスト教やらなんやらの信者はいない。が、その分18人は神と呼ばれる存在を信じてはいなかったのだ。
「オータムさんの言う事も最もなんですけど……。あ、そうだ。神様~。聞こえてますか~?出て来てくださ~い」
と、突然周囲に呼びかける機龍と、それに対して呆気にとられた様子の18人。そして、フォルテが『とうとうおかしくなったんじゃ?』と、突っ込もうとしたその時。
『うむ。呼んだかの?』
唐突に、会議室に声が響いたかと思うと、神様が機龍の前に現れた時と同じように、光の泉のような物が現れ、そこから更に神様が現れた。
「「「「「「「「「「「「「えぇぇぇぇぇぇっ!?」」」」」」」」」」」」
余りの事に生徒達と真耶が驚いて絶叫した。一方で、突然現れた神様を警戒する千冬、束、スコール、マドカ。
「か、神様って、このじいちゃんが?」
「あ、在り来たりすぎるでしょこんなの」
と、口々に感想を漏らす一夏や鈴。周りでは鈴の感想に頷いているメンバーがちらほらと居た。
「簡単じゃよ。儂は今お主たちの持つ、潜在的な神のイメージをそのままこの姿として、この世界に投影しているにすぎんのじゃからな」
「投、影?えぇっと、それって、つまり……」
「今の儂は、言わば影じゃ。この姿は実体、本当の儂の姿ではない。お前さん達のイメージのように、姿、仕草、口調を真似ている。そう言う事じゃよ」
と、言うが事態について行けない一夏だった。しかし。
「前置きは良いよ神様。それよりリュウ君から聞いたけど、本気なのかな?リュウ君を異世界で戦わせようとするなんて」
と、神様に近づき、その顔を思い切りにらみつける束。
そこにはいつもの飄々とした彼女の作り笑いは微塵も残っていなかった。
「……。左様じゃ。先ほどその機龍が話しておった通りなのじゃよ。今、一つの世界は外宇宙の存在から侵略を受けておる。既にその世界では、その侵略から1年程度で、人間の3割が死んだ」
その言葉を聞いた途端、一夏達が絶句した。そして、これには流石のスコールや千冬も驚きを感じてか、僅かにその眉が動いた。
「さ、三割って」
「仮に、世界人口が50億だったとしよう。その3割。即ち30%の人間、15億の人間が死んだと言う計算になる。それが数年で、ではない。ほぼ1年で、じゃよ」
その言葉に、一夏達をはじめ、レインやフォルテの顔色までもが青ざめていくのがわかった。
「もし、このまま世界が進行し、儂の未来予測が正しければ、人類は地球を捨て、ごく限られた人間のみが移民船に乗り、地球を離れる。幾万、幾億の人間を、無限にも等しい怪物が闊歩する地球に残してな」
闊歩する地球に残してな」
「何だよ、それ」
余りの事に、信じられないと言った表情の一夏達。
「それが、儂の見たその世界の未来じゃ。無論これはあくまでも可能性じゃ。じゃが、その世界の力だけでは、この未来を覆すのには力が足りんのじゃ」
「でも、神様は神様であるが故に、その世界を救う事を、手を差し伸べてあげる事ができない」
「その通りじゃ。情けない話で、儂も儂自身に腹が立つわい。じゃが、儂にできる事はそこまでじゃ。いくら腹を立てても、誰も救えはせん。神などと、聞いていて自分でも呆れるわい」
そう言って、自嘲気味の乾いた笑みを浮かべる神様。
「だからこそ、儂はこの者を、篠ノ之機龍を頼らざるを得なんだ。無論、こやつに戦いを強要する気はない。神とは名ばかりの傍観者じゃが、儂は今までお主たちの戦いを見てきた」
そう言うと、神様は機龍の方へと向き直った。
「もう一度言っておくが、これは並大抵の事ではない。異世界を渡るのには大きな力が必要じゃ。まして生きて生活している生物なら尚更じゃ。安易にこの世界へ戻る事はできない。できて通信が良いところじゃ。ゴジラとして戦い、3式機龍として戦い、この世界では篠ノ之機龍として戦った。それでもなお、お主は戦うのか?」
その問いかけに、機龍は……。
「僕は、僕自身の願いを、今を生きる命を護りたいって言う願いを叶えたい。そのためなら、どんな場所でも、どんな敵とでも戦います」
と、決意の籠った瞳で神様を見つめるのだった。
「そうか。重ね重ね、礼を言わせてくれ」
『お主は、ひょっとしたら儂以上の神になれるかもしれんな』
機龍に向かって頭を下げる神は、頭の中でそう考えていた。
「それで、神様。教えてください。その世界は、どんな敵に侵略されているんですか?」
「うむ。では、儂が教えられる範囲でお主たちに伝えよう。ふん!」
と、持っていた杖を振った瞬間、彼ら20人の居る会議室の中が光に包まれ、気づいたときには彼ら全員が宇宙に居た。驚く一夏達だが、神様は前置きを抜きにして話し始めた。
「その世界はそもそも、お主たちのISの世界。機龍とモスラが生まれたゴジラの世界と歴史の殆どが似ておる。違いが生まれたのは、第二次大戦以降じゃ。その世界では終戦直後の1950年代から火星探査が行われ、人類は月にまで有人の基地を建設する計画を進めていた。そんな折、58年に火星で謎の生物の姿が確認された。が、探査機はその後すぐに通信不能となった」
「火星に生物が居たんですか?」
首をかしげるシャルル。
「火星にはな。じゃが、そ奴らは火星由来の生命体ではない。もっと外の宇宙から来た存在なのじゃ。そして、それが悪夢の、いや、侵略の始まりじゃった」
「どういう事ですの?」
更に首をかしげるセシリア。
「人類がその生物との対話を模索していた9年後の67年。月面のクレーターの一つを調査中だった月面基地のチームが火星で発見された生物と遭遇し、全滅した」
「全滅って」
あまり穏やかではない単語に、鈴が険しい表情を浮かべている。
と、その時、宇宙だった空間が動き、それは月面へと移動した。そして、一夏達19人の前では、パワードスーツらしき物や宇宙服を着て武装した兵士らしき人間たちが『何か』と戦っている姿が映し出された。
が、次に切り替わった時は、月面のあちこちに機械の破片や遺体が無残に転がるだけになっていた。
「ッ!」
咄嗟に事で驚き、口を両手でふさぐ簪。
「やがて人類はこの生物たちをこう名付けた。≪人類に敵対的な地球外生命≫、その英語の頭文字を取り、BETA(ベータ)、と」
「BETA」
これから自分が倒すべき敵の名を繰り返す機龍。
「月面での人類とBETAとの戦いは苛烈を極めた。だが、人類にはBETAを押しとどめるだけの力はまだなかった。そして、月面での戦闘、第一次月面戦争から6年後の73年。ついにはBETAの地球降下を許してしまったのじゃ」
「それほどに強大なのか?そのBETAと言うのは」
「ふむ。何をもって強大とするかは疑問じゃが、BETAの圧倒的な有利の源は、数じゃ。まるで津波のように無数の怪物が地を這い押し寄せてくる。その圧倒的な物量を覆せるほどの力は、人類にはなかったのじゃ」
箒の言葉に神様が答える。
「戦争において物量は何よりも大切な要素だ。第二次大戦でのアメリカが良い例だ。物量で他を圧倒すれば、戦いに勝つ可能性は格段に上がる」
と、神様の説明に補足を入れるラウラ。
「そうなのじゃろうな。……73年4月。BETAの降下ユニットが中国のウィグル自治区に当たるカシュガル(喀什)に落下。中国政府は自国の軍隊でのBETA殲滅を試みた」
今の神様の背後では、遠く空の上から何かが3つ落下してくる様子と、それに向かって行く戦車部隊の映像が映し出されていた。
「で、どうなったんだよ?」
続きを促すように問いかける一夏。
「航空戦力による絨毯爆撃などによって、最初は優勢じゃった。じゃが、戦闘開始から数日後、BETAの中に新たな種類の個体が生まれた」
「新しいBETAって事?」
不穏な単語に鈴が首をかしげている。
「左様。……『光線(レーザー)級』。人々はそのBETAの事をそう呼称した。レーザー級はその体から高速かつ長射程のレーザーを発射し、音速で飛来するミサイル、砲弾、戦闘機までもを撃墜した」
「ま、マジかよ」
聞かされる事実に驚きっぱなしの一夏達。
「それによって、航空戦力は壊滅。制空権を握られ、BETAと戦えるのは地上部隊のみ。じゃが、それもBETAの物量の前には焼け石に水じゃった。結果、戦線は瓦解。喀什地区にはBETAの巣窟となる『ハイヴ』と呼ばれる構造物が建設され、人類とBETAとの戦いが始まったのじゃ」
「その戦い。今はどうなっているんですか?」
「……BETA大戦の始まりから既に10年以上が経過しておるが、1990年当時において、東ヨーロッパや中東、インド方面は殆どがBETAの支配地域となっておる。残る中国東部やロシア、フランスなどの西ヨーロッパが陥落するのも、時間の問題じゃ」
「………」
その言葉に、問いかけた彼は唯々黙り込む。だが。
「分かりました。なら、一か月だけ時間をください」
と、いきなりそんな事を言い出した機龍に一夏達は疑問を浮かべた。
「一か月って、機龍。お前何をする気なんだ?」
「準備をするんだよ。その世界へ行くために。BETAと戦うために」
振り返り、一夏と向かい合う少年の瞳には、確かな意思の炎が揺らめいていた。
それからすぐ、機龍は異世界、『オルタ世界』へ行くための準備を始めた。まずは神様から有らん限りの情報を教えてもらっていた。そんな時だった。
「≪戦術機≫?何ですかその戦術機って」
今、会議室で情報を集めている機龍や一夏達19人。そんな彼らの耳に飛び込んできたのが、その単語だった。気になって問い返す一夏。
「戦術機とは、≪戦術歩行戦闘機≫の略称じゃ。光線級の影響で航空戦力が無力化された人類が、その航空戦力の穴を埋める形で開発した全長19メートルにも及ぶ巨大人型兵器。まぁ、ロボットじゃ。ほれ、これがそうじゃよ」
と言って、杖を振る神様。すると、再び部屋全体にイメージが投影され、そこには無数の巨人、戦術機の姿が映し出された。
「これが、戦術機」
映し出されたそれは、実に様々な姿をしていた。無骨な重装甲の機体や、対照的にすらりとしたフォルムの機体等々。それを前にしてポツリと呟く機龍。
「戦術機は対BETA用に開発された兵器であり、今ではオルタ世界における国の主力兵器となっておる」
と、一夏達や機龍にその事を説明する神様。
そして、機龍の中では次第に≪何≫を作るべきか、考えが纏まりつつあった。
それから大よそ一か月後。機龍はあれから睡眠時間をも削って様々な物を、束達の協力を得ながら開発していった。
そして今、一夏達19人は機龍が超大型の≪ある物≫を作るために束が用意したIS学園の沿岸部に係留されている超大型フロートへと足を運んだ。
「相変わらずでっかいフロートだよな~」
「おかげで、これをいきなり持ってこられた時は大変だったがな」
一夏の言葉にそう言って、隣の束を睨む千冬。
「ご、ゴメンてちーちゃん。まぁそれはさておき、リュウ君は今この中で≪ある物≫の最終チェックをしてるから」
と言うと、束はフロート上にある巨大な格納庫の扉の前に一夏達を案内した。そして、入り口であるゲート脇のスロットにカードを通すと、電子音がして扉のロックが解除された。
「それでは皆々様。私とリュウ君の技術の粋を集めた集大成のお披露目だよ~ん♪」
そう言って一夏達を中へ促す束。
そして、ゲートを潜った先に待っていたのは……。
「なっ!?」
「こ、これは一体」
ゲートの先に待っていた物を見て、硬直する一夏達。
そこにあったのは、漆黒のボディを持つ歪な艦艇だった。流線型のボディを持ちながらも、目立つのは艦首に備え付けられた光輝くドリル。現代の常識から外れた形の艦艇がそこにあった。
「おいおい。何なんだよこりゃ」
これには流石のスコールやオータム、マドカ達でさえ驚愕し、目の前の大きな鋼鉄の化け物に恐れおののいていた。と、そこへ。
「みんな来たんだね」
一夏達の元へあちこちに油汚れが目立つ茶色のつなぎ姿の機龍がタブレットを片手に現れた。
「き、機龍!これは一体何なんだ!?」
と、驚きつつ機龍に詰め寄り巨大な航空機を指さす一夏。
「これは僕と束が開発した対BETA戦を想定した空中艦艇、いや、空中戦艦かな」
「く、空中戦艦っ!?」
と、驚く鈴やセシリア達だが、そんな彼女たちを後目に機龍が語り始めた。
「この子の名前は≪轟天級空中戦艦≫、その1番艦、『轟天号』だよ」
「轟天号……!」
漆黒の船、轟天号を見上げながらその名をリピートする一夏。
「しかしこりゃデカいなぁ。どうやって飛ぶんだこいつ」
と言って、下から轟天号を見上げるレイン。
「轟天号にはISから派生した大型のPICを搭載しています。これとターボジェットエンジンで飛行します。また、飛行時に空気抵抗と減らすためとBETA、或いは敵対勢力からの攻撃を防ぐためにシールドバリヤーの発生装置を内蔵しています。他にも武装と、向こうのデータを貰っていたので、底部に戦術機用の格納庫を追加。これで一個中隊、つまり12機とプラスアルファの戦術機を格納可能です。また、各部に小型のプラズマメーサー砲やプロトンミサイルの発射口を装備していて、単独でも戦闘可能です」
そう言って説明する機龍。
「武装まで搭載しているのか?」
「うん。向こうの詳しい情勢は分からないからね。単独でも戦闘が出来るように開発したんだ」
箒の言葉にどこか真剣な顔つきで語る機龍に、一夏達は戦いに望む彼の気迫の片鱗を感じていた。
「でもよ。なんだっけ?あ~、そうだ。確かレーザー級はミサイルや砲弾まで一瞬で撃ち落とすんだろ?そんなの防げんのかよ?」
「問題ありません。轟天号にはISの数十倍の強度を持つシールドバリヤーを搭載していますし、表面は耐熱用に人工ダイヤモンドコーティングを施しています。コストはかかりますが、それに見合った戦闘力は持っています」
と、レインの言葉に応える機龍。
「つっても、よくPICとバリヤーを動かすほどのジェネレーターを作れたもんすね~」
と、そう言って関心しているフォルテだったが。
「……ジェネレーターには、僕の力を使いましたから」
「え?」
と、機龍の言葉に疑問符を浮かべる簪や一夏達。
「≪G-ジェネレーター≫。空気中のごく微量の放射能やイエローケーキ、放射性廃棄物内部の放射能を一瞬で高濃度まで圧縮し、それをエネルギーに変えていますから。実質的な永久機関です」
「放射能を吸収し、圧倒的な力に変える。確かにゴジラの力そのものね。それを再現したの?」
「はい。……BETAの物量に勝とうと思うなら、下手な妥協はそれだけで数十、数百の命を危険にさらす事になると考えましたから。妥協はやめて、最初からBETAを滅ぼす事だけを考えてG-ジェネレーターを作りました」
スコールの言葉にそう言うと、機龍は視線を移して轟天号を見上げ、一夏達もそれに続いた。
そんな時だった。
「本当に、行くんだな」
一夏の言葉に、再び振り返る機龍。彼の視線の先では、一夏達がどこか寂しそうな表情をしていた。それを見て、機龍は。ゆっくりと一夏に歩み寄り、彼の両手を自分の両手で包み込んだ。
「大丈夫。この世界が、一夏や箒お姉ちゃん達。束やクロエ。スコールさんやオータムさん、先輩たち。みんなが居るこの世界が僕の、今の僕の故郷なんだ。だから、絶対帰ってくるよ」
それを聞いた一夏は、機龍を引き寄せ、抱きしめた。
「絶対、帰って来いよ」
最初は驚いた機龍だったが、すぐに笑みを浮かべて、一夏の背に自分の手を回した。
「うん。絶対帰ってくるよ」
その後、鳳凰の発進に巻き込まれないために格納庫の外へと出ていく一夏達だったが、一人簪だけが機龍の前に残っていた。
「機龍。あの、私」
と、何かを言おうとする簪だが、上手く言えないのか口ごもってしまう。その時だった。
「簪、お願いがあるんだ」
「う、うん。何?」
「正直、僕はまだそれをしていい年齢なのか分からないけど、もし、戦いが終わって僕が戻ってきたら、『結婚』してほしい」
「え?」
と、最初は疑問符を漏らした彼女だが、その顔は見る間に赤くなっていった。
「機龍、それ、本気、なの?」
「当たり前だよ。……だから、待っていて欲しい。何か月、何年掛かるか分からない。でも、必ず帰ってくる」その言葉に、彼女は……。
「わかった。……ずっと、ずっと待ってるから」
そう言うと、彼女は機龍を抱き寄せ、ギュッと抱きしめた。機龍もそれに対して、抱擁を返す。
そして、僅かに抱擁を緩めた二人は静かに向き合った。刹那の間だけ見つめ合った二人だったが、簪が目をつむると機龍はつま先立ちで彼女の唇に熱い口づけを交わしたのだった。
それから数分後。
今、機龍は一人轟天号の艦橋に居た。如何にも艦艇の艦橋、と言わんばかりの場所で艦長のシートに座る機龍。他にもガンナーシートや操縦席はあるが、そこには誰も居ない。ここに居るのは機龍1人だ。
だが、轟天号は1人でも運用が出来るように束と機龍が生み出したものだ。彼1人でも問題はない。
「艦載PIC、システムチェック。問題なし。各部兵装問題なし。G-ジェネレーター出力正常。各計器オールグリーン。システムエラー無し」
と、ディスプレイを操作していた機龍の椅子の横に、一人の人影が現れた。
「マスター。就航準備完了しました。生命維持装置や補助スラスターなどもチェックは終了しています」
「ありがとう≪アリス≫」
そう言ってきたのは近未来的な白い服を纏ったクロエそっくりな少女だった。
彼女の名は『アリス』。この轟天号に搭載されている自立行動型支援AIである。
これは轟天号を操縦する上で機龍の負担を軽減すべく束がクロエを模して作った物であった。
「本当に、行くんじゃな?」
と、そこに神様が現れた。一度だけ肩越しに振り返ってから、再び無言で前を向く機龍。
「まだ、引き返せるぞい?」
「……。いいえ。行きます。それが、僕自身の覚悟です」
「わかった。……儂に協力出来る事なら、いつでも呼ぶがいい」
「はい。……格納庫、ゲート解放」
「了解。ゲート、解放します」
そう言って機龍からの命令を実行するアリス。彼女の操作で、分厚い格納庫の扉が上へ上へと上がっていく。そして、扉が完全に上がりきるのに合わせて轟天号の載っていた
床部分がゆっくりと前進して船体を格納庫の外へと押し出した。
初めて日の光に照らされた漆黒の轟天号が光を反射させ、輝く。
それをIS学園の沿岸部から眺めている一夏達。その後ろには大勢の生徒達の姿もあったが、彼らは気にしてはいなかった。
やがて、床部分の前進が停止する。
「よし。……行くよ、轟天号」
静かに自分の艇に語り掛ける機龍。そして…。
「轟天級一番艦、轟天号!発進!」
ディスプレイを操作し、宣言するように叫ぶ機龍。その声に答えるように、G-ジェネレーターが低い唸りを上げ、そこから生み出された膨大なエネルギーの一端が、轟天号の巨体を浮かせる力となる。
浮かせる力となる。
後部ジェットエンジンが唸りを上げながら、ゆっくりとその場で浮上を開始する轟天号。それだけで学園の生徒達は驚きおののいていた。やがて、ある程度の高度へと達すると停止した轟天号。
「神様、お願いします」
肩越しに振り返り、後ろの神様へと顔を向ける機龍。異世界へと渡るためには、現状神様の力を使って転移するしかないのだ。
「うむ。では、行くぞ」
そう言って静かに杖を掲げる神様。するとその杖から膨大な量の光が溢れ出した。やがてそれが機龍の視界を、轟天号を包んで行った。
そしてその光は太陽と見紛うばかりに大きくなり、あまりの光に、学園側に居た誰一人その光を直視できなかった。そして、光が収まり、視線を戻した彼、彼女らの目線の先には
あったはずの轟天号がまるで消しゴムで消したかのように、綺麗さっぱり消えていた。
「いってらっしゃい。機龍」
そんな中、一人簪は轟天号が居た場所をいつまでも見つめていた。
異世界へと旅立った銀龍。それは、一つでも多くの命を救うための、彼の願いの、戦いの記憶。後に『救世銀龍』と呼ばれた龍であり、人である少年の足跡は、ここから始まる。
プロローグ END
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