ニューヨーク市のマンハッタン区北部、いわゆるハーレム地区のセントラル・ハーレムに、ハーモニカの音が響く。うきうきと気持ちが湧き立つ様なその曲を奏でているのは、20歳前後に見える青年だった。彼の顔、右半面には右目の上を通って縦に長く、くっきりとした傷跡が見て取れる。どうやら眼球それ自体は大丈夫な様だが。
一曲終えたその青年に、声がかかる。朗々とした美声のその持ち主は、頭に
「リューガ兄ちゃん、流石だな」
「何、スパイクの歌には敵わないよ。僕はお前が
青年……リューガはにっこりと微笑んだ。
「さあ、観客がお待ちかねだ。スパイクの歌を聞かせてやってくれ」
「おう。じゃあ、いっちょやりますか」
そして少年の……スパイクの歌声が響く。声量、声質、音感のいずれも素晴らしい。磨けば超一流の歌手になれる可能性を秘めた歌声である。やがて歌が終わると、十数人の聴衆が一斉に拍手を送った。
「ありがとう……。スパイク、これでまた生きる勇気が湧いてくるよ」
「まーた大ゲサなんだよ!!」
観客の1人の感謝に、スパイクは笑顔で応える。リューガはその様子を優しい笑みで見つめていた。聴衆たちも笑顔だ。おひねりの小銭を集めて回っている、スパイクの子分の子供たちも笑顔に溢れている。そう、そこには笑顔があった。
ふとリューガの雰囲気が変わった。彼は変わらずに笑顔は浮かべているが、どこか
と、そこへ男くさい声が響く。いや、男くさいも何も、その言葉を発したのは30代半ばぐらいかと思える男ではあったが。
「サスガだな、マイケル・ジャクソン」
「わー! タキだーーー!!」
「おお……。元気だなコゾーども」
タキと呼ばれた男が、おひねりを子供たちが手に持った帽子に投げ入れると、子供たちはワラワラとタキに群がる。
「ははは……。お? 見ない顔だな、兄ちゃん」
「……はじめまして。あなたがタキさんですか。子供たちから、随分と慕われていると聞いてます。僕はリューガ・クルセイド。旅行者です」
「そっか。俺は滝和也、FBIの窓際オマワリさんだ。……なんで旅行者が、よりにもよってこんな治安も悪いところに?」
滝が何の気ない疑念を装って、リューガに尋ねる。顔はにこやかだが、瞳は笑っていない。リューガは苦笑して答えた。
「ん……。だって、この子たち……。みんないい子たちじゃないですか。だから俺は、この子たちに会いに来たんです」
「……」
「どうしました? 滝さん」
「い、いや……。そうか……。そっか、そっか」
そして滝の瞳が、ふっと和らいだ。どうやらリューガはお眼鏡にかなった模様である。と、彼ら2人の視線が一方向に集中する。そこでは首から十字架を下げた白髪の初老の神父が、スパイクへと話しかけていた。
「本当にスバラシイ声です、スパイク君。ぜひ今度の礼拝で、
「ガラじゃねえよ神父さん」
「スパイク、その人は?」
滝が問う。一方のリューガは、にこやかな笑みを浮かべたままでその様子を見守る。しかしその瞳は、かけらも笑ってはいない。
そしてスパイクが滝に答える。
「ペトレスク神父。最近ハーレムに来たのさ。ほら、イースト・ハーレムに無人の教会があったろ。あのキッタナイ所に好んで赴任したっていう変わりものさ」
「こら、スパイク。神父さんに向かって!」
「ゴメーン」
聴衆の大人の1人が、スパイクを窘める。素直に謝ったスパイクに、ペトレスク神父は微笑んだ。
そしてリューガは踵を返す。
「あ、リューガ兄ちゃん。何処行くんだ?」
「今日のねぐらを探しに行かないとな。また来るよ」
「あ、ちょっとまてよ! おひねりの分け前持ってけって!」
「……ああ。ありがたく頂いてくよ」
駆け寄った子供の差し出した小銭を受け取って、リューガは立ち去って行く。滝とスパイクはそれを見送る。背後ではペトレスク神父が路上生活者たちに、教会で夜露をしのがないか、と誘いを掛けていた。
*
スパイクが、自身の子分である子供を襲っていた。その姿は、まるで
「ガアアアァァァ!!」
「わあああっ!!」
「た、助けて!!」
「ぎゃあっ!!」
子供の1人、エミリオが捕まった。スパイクはその喉元に、自身の鋭い牙を突き立てる。いや、突き立てようとした。
ばきっ!!
そして異形の存在と化したスパイクは、吹き飛んだ。殴り飛ばされたのだ。
「リューガ兄ちゃん!!」
「が、ぐうがあああ……」
「……お前、スパイク、か?」
リューガの問いかけに、半ば
「あ、りゅ、が、兄ちゃん? あ、お、俺……。か、身体がゴワゴワして……。頭ン中、真っ赤に……ナッテ……」
「スパイク……。スパイク! 気をしっかり保て! 何があった! 何故こんな……」
「ペトレ……スク神父……。あいつに教会に誘われて、それで、トンがった物やギザギザした物でナンカされテ……。そしたら血が、チガスイタクナッテ……。ア、ア、アアア……」
リューガは叫ぶ。スパイクを叱咤する。
「しっかりしろ! 自分の中の『人間』にしがみつけ! 死に物狂いで、人間でいようとするんだ!」
「あ、あ、アア、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「スパイク!!」
異形の身となったスパイクは、その翼と化した両腕で羽ばたいて、逃走する。暗い夜空へと飛び立って行くスパイクを見遣りつつ、リューガは唇を噛み締めた。
そのリューガへ、子供たちが泣き叫んで問い掛ける。
「リューガ兄ちゃん! なんでライダーは来ないの!?」
「なんで
「なんで……ひぅっ!?」
だが子供らは、リューガの顔を見て硬直する。リューガの形相は、まさしく鬼のソレであった。あまりの怒りと激情に、眼窩の毛細血管が切れて血の涙が流れている。
「……僕が知る限り。……
……お前たちは、強くならなければならない。せめてライダーの、誰かの助けが間に合うまで……。誰かが助けに来てくれるまで、持ちこたえられる様に……!! 強くなれ!! 強くなるんだ!!」
「「「「「「……!!」」」」」」
「ペトレスク神父、か。……おのれ、許さんぞ」
そしてリューガもまた、踵を返すと闇の中に消えて行った。
*
滝は今、窮地に居た。ペトレスク神父の手により吸血怪物にされてしまったスパイクを救うべく、ショットガンを背負い、弾薬を仕込んだナックルバスター、高電圧スタンガンを仕込んだブーツを装備し、防具で身を固めて
ペトレスク神父が路上生活者たちを改造して創り上げた、下級の吸血怪物であれば滝はなんとか倒すことはできた。しかしペトレスク神父自らが変じた本物の怪人……。3~4mはあろうかと言う巨大な吸血
無数の雑兵の吸血怪物が見守る中、滝の身体は吸血
「カメンライダー……だって……? どこが? ククク。あんな小さき者も救えずに……。
オマエガ、カメンライダー? コノ……。オオウソツキノ、ニセモノメガ……。ヒ……ヒヒ……。キヒヒヒヒヒヒ!」
「ク……ソオ……」
今まさに、滝が殺されようとしたときである。突然教会の大扉が開け放たれ、バイクのエンジン音が響き渡った。バイクのライトが、室内を明るく照らし出す。
ドゥン!!
ドゥン! ドゥン! ドゥン!
「マサカ!! コンナトコロマデエェ!!」
「……スマンな、滝。遅くなった」
「ばっか……ヤロオ」
現れたのは、1人の男。その名を本郷猛と言う。彼は滝の友であり、戦友であり……。
「ライダー……変身!!」
本郷の腰のベルトが光を放ち、風を巻き起こす。本郷の姿は、たちどころに飛蝗をモチーフとした改造人間に変じて行った。彼こそが仮面ライダー1号。人類の自由のため、悪と戦う正義の戦士である。
「ギ!」
「ギギギギギ!!」
ペトレスク神父が創り上げた、雑兵の吸血怪物たちが騒ぎ恐れる。仮面ライダーは、雑兵の吸血怪物どもでは相手にならないほどの強者であるのだ。吸血怪物どもは、その事を本能的に感じ取っていたのである。
「敵は多いな、滝……。いや……。たいした事は無いか……」
「……」
「……今夜はお前と俺で、ダブルライダーだからな」
「シャラクサ……!?」
ペトレスク神父であった吸血
「
教会の中に、仮面ライダーのバイク……新型サイクロンのライトとは違う輝きが満ちた。光の中から現れたのは、天使の姿を模したマネキンの様な人形である。その人形の天使は、水瓶を抱えていた。
人形の天使が抱える水瓶から、清浄な水が
そして奇跡は起こった。スパイクの身体に清き水が降り注ぐと、その姿が光り輝き、人間の身体へと戻って行くではないか。
「コ、コレハ! バカナ!」
「滝さん、怪我人に申し訳ないけれど……。スパイクを護ってやってて欲しい」
「その声は! リューガ!?」
そして教会のステンドグラスが砕け散る。そこから1つの人影が舞い降りた。当然の事ながら、リューガである。
「ダブルライダー、か。悪いが、
「キ、キサマ! ナニモノダ!!」
「変……神……!!」
魔力回路起動。
滝は目を丸くして叫んだ。
「!? その姿……。まさか、お前も……? お前も仮面ライダーなのか?」
『……
サンダルフォンが
「ヒ……!」
『
ドゴォン!!
飛び込んだ勢いを乗せての、必殺の正拳突き。それは吸血
更に教会の天井を突き破って天高く跳躍した仮面ライダー1号が、重力加速度に任せて降下して来る。
「ライダアアアァァァ……キイイイィィィック!!」
「グワアアアァァァ!?」
ドガァッ!!
必殺のライダーキックを胸板に受けた、元ペトレスク神父の吸血
そして雑兵の吸血怪物たちは、必死になって教会から逃げ出す。あるものは割れたステンドグラスの窓から飛び出し、あるものは開きっぱなしの正面扉から、あるものは裏口の扉をけ破って逃走する。
「「「「「「ギギギギギギギギギギ!!」」」」」」
「「「「「「ギギギギギギギギギギ!!」」」」」」
「ま、まずい! 吸血怪物どもが! こいつらイッちまってやがる! 外に出たら、見境なく人を襲うぞ! リューガ、いやサンダルフォンだったな!? こいつらはスパイクみたく、元に戻せねえのか!?」
だがサンダルフォンは首を左右に振る。
『……スパイクは、ぎりぎりのラインで『人間』である事にしがみ付いていた。奴らは駄目だ。……楽にしてやるしか無い』
「くっ! あ、本郷!? おい!」
仮面ライダー1号は、夜の街に飛び立って行った雑兵の吸血怪物を追いかけて、既に新型サイクロンに乗って走り出していた。
「そうだよ、忘れてたぜ。あいつは人よか遅れて来る上に、人よか先に行っちまう様な奴だった……。あ、おいサンダルフォン!」
『滝……。お前はスパイクを頼む。意識はある様だが、衰弱しきっているからな』
「!? ちょ、おい! その
サンダルフォンは、左手に元ペトレスク神父であった吸血
『彼を知り、己を知らば百戦危うからず。彼を知らずして己を知らば一勝一敗す。彼を知らずして己を知らざれば、戦う毎に必ず敗れる。……この一件の裏を探るため、『敵』を知るため、こいつの脳みそを徹底的に調べさせてもらう』
「なに!?」
サンダルフォンの傍らに、黒い空間の穴の様な物が開いた。サンダルフォンはその空間の穴に、吸血
「ちょ、何処へ行く!」
『仮面ライダーにばかり後始末を任せているほど、恥知らずでは無いつもりだ。何度も言うが、滝はスパイクを頼む』
そしてサンダルフォンは、一気に凄まじい速度まで加速すると、空を飛んで吸血怪物たちを追って行った。残された滝は、スパイクを横抱きにして、よろよろと教会から外へ出る。
「た、タキさ……」
「スパイク! そういやサンダルフォンが、意識はあるって言ってたもんな。待ってろ、今病院へ連れてってやるからな」
「お、俺……」
「あー、喋るな。お前はよく頑張ったよ。……後は頼んだぜ、本郷。……仮面ライダー。そして……」
空には美しい三日月が浮かんでいる。滝は負傷した脚を引きずりつつ、スパイクを抱えてヨタヨタと歩いて行った。
*
アポロシアターで行われるアマチュアナイトという音楽発表会の会場で、スパイクが歌っている。このアマチュアナイトは、ただの発表会では無い。ここで良い成績を残す事ができれば、大物プロデューサーなどの目に留まる可能性もあるのだ。かつてスパイク少年は、語った事がある。
『この街のゴロツキは、世間に取って居ても居なくてもどーでもいい存在なんだろうな。俺たちだってそうさ。身寄りはねえし大した未来はねえし。
けどさ、俺は絶対にこのアマチュアナイトでマイケル・ジャクソンみたいに成り上がってやんのさ。
そして俺は……。俺はあいつらの……。あいつらの夢になるんだ』
子分たちの……。ストリートチルドレンたちの、夢になる。それがスパイクの夢だ。その夢を乗せた歌声が、皆の胸を打つ。
スパイクの出番が終わり、滝と本郷、そしてリューガはアポロシアターを出る。そして本郷が、
「……リューガ・クルセイド」
「本郷さんだったか。なんだい?」
「君は……何者だ? 改造人間なのは理解する。だが、これまで戦って来たどの組織にも……。君の様なタイプは……」
肩を竦め、リューガは苦笑した。その唇が開かれ、言葉が紡がれる。
「魔術結社ブラックロッジ……。背徳と冒涜の渦巻く腐れ外道ども……。その組織が創った
安心していい。ブラックロッジは、『あんたら』じゃない正義の味方連中との戦いと、内部分裂によって完全崩壊している。人知れず、な」
「君は……」
「ふ、
「……それが何故、スパイク少年を助けたりした?」
本郷の視線は鋭い。リューガは唐突に、関係の無さそうな言葉を口に上らせた。
「なあ……。この世で一番美味い物って、なんだと思う?」
「む?」
「はぁ?」
本郷も滝も、リューガの言葉の意味が分からずに怪訝そうな顔をする。リューガは続けた。
「半欠けの、カチカチに硬くなったパンだよ。あれは美味い。本当に、美味かったんだ」
「「……」」
「……あの少女は、スラムの端で倒れていた俺に、自分の大事なパンを半分、分けてくれたんだよ。全部自分で食べてしまいたかったろうに。あの半欠けの、ガッチガチの硬いパン……。涙が出る程、美味かった……。
俺は奇跡的に生き返りはしたものの、
あのパンは……。カチカチの硬いパンは……。俺はあれよりも美味いものは、食べた事が無い。本当に、本当に美味かった。美味かったんだ……」
その時、本郷と滝には、リューガの右顔の傷跡が涙に見えた。あえて本郷は訊ねる。
「その少女は?」
「ドグマ王国の南米での作戦に巻き込まれて、あっさり死んだよ」
ドグマ王国とは仮面ライダースーパー1の時代に出現した、悪の組織である。本郷の顔色が曇った。当時仮面ライダー1号をはじめとした歴代ライダーたちは、日本をスーパー1に任せて各国に散り、ドクマ王国やその後継組織であるジンドグマと戦っていたのだ。
つまりその子供は、仮面ライダーたちの手から零れ落ちた、救えなかった人々の1人だと言う事だ。本郷は唇を噛む。だがリューガは、軽い口調で言った。
「あんたらを責めはしない。
……スパイクや、その子分の子供らは、あの少女を思い出させる。あの少女みたいに、優しい子供たちだ。だから助けた。それだけだ」
「そうか……」
「……なあ、リューガ」
「いいや、駄目だ滝。
「「……」」
そしてリューガは踵を返し、歩き始める。だがふと振り向いた彼は、1つ言い残す。
「そう言えば、先日の怪人の脳から引き出した情報だが……。裏で活動を開始しつつある組織の名は、BADANと言う。ショッカー、ゲルショッカー、デストロン、GOD機関、ゲドン、ガランダー帝国、ブラックサタン、デルザー軍団、ネオショッカー、ドグマ王国、ジンドグマなどの技術を引き継いでいるとかいないとか……。注意した方がいい」
「な!? おいぃ!!」
呼び止めようとする滝に背を向けて、リューガは再び歩き出す。その姿が、建物が落とした影の中に、溶けて消える。その様子はいかにも自然であり、周囲の人々はリューガの存在が消えた事に、かけらも気付いていない。
本郷は無言でバイク……新型サイクロンの通常形態を押して、その向きを変える。滝は溜息を交えて言った。
「はぁ……。行くのか?」
「ああ。また……戦いが始まる。だが……。可能なら彼とは戦いたくは無いな。いざという時は、ためらうつもりも無いが」
「……しょうがねえな。手伝ってやらあ」
本郷は男くさい笑みを顔に浮かべると、バイクを発進させる。滝はそれを見送った後で、リューガが消えた場所へと視線を向けた。だがそれは一瞬のこと。滝は溜息を吐き、本郷のバイクが去ったのとは別方向へと歩き出した。
というわけで、スパイク君は原作とは違う助かり方をしました。あとエミリオ、スパイクに血を吸われてません。そして滝のラスト近辺での活躍シーンは、コウモリ男がさっくり倒れたので無くなりました。更にはリューガがコウモリ男の脳を解析したので、この時点でBADANの存在を本郷さんが知ってしまいます。続きはどうするかなあ。