Fate Grand Order×鬼滅の刃   作:笛用カモシカ

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天魔

 

 

善逸が焦った声を上げる。

 

禰豆子の先行。

炭治郎の追随。

 

こうなっては撤退などという判断は不可能。

 

立香達は、正体不明の敵を相手取っての連戦を、

強行するしかなくなった。

 

 

「追いかけよう、善逸君!!!」

 

「え゛!!!???

 あ…、いや…、やっぱりそうなり…ますよね…?

 いやぁ、そのぉ、何というか心の準備が…」

 

「…」

 

「ぁうそ!うそです!!!

 行きます行きますから!

 その目は止めて!!!」

 

 

無感情な目で善逸を説得した立香は、伊之助を見る。

 

 

「伊之助君も!行こう!」

 

「んだこの感じ…。

 森が…わかんねえ空気になってやがる…。

 やべえ…、さっきのヤツより絶対にやべえ…」

 

「伊之助君…?」

 

 

伊之助は、立香の声を聞かずに何事かをブツブツ呟いている。

 

それは、いち早く肌で、

気配で、強大な敵を感じ取った伊之助の恐怖か。

戦う事に怖じた、震える野生の姿か。

 

否。

断じて否。

伊之助の震えは、

歓喜の震えだった。

 

「ってことはソイツを倒せば!俺!最強!!!

 うははははは!!!!猪突!猛進!!!」

 

 

その証とでも言わんばかりの雄叫びを上げながら、

伊之助は森の中へと駆け出す。

 

 

「ちょっ!伊之助君!?」

 

 

追いかけて立香も森へと踏み入る。

 

 

「嘘!!!嘘おおおお!!!

 行くって言ったけど!

 行くって言ったけどもさああああ!!!!

 嫌ああああ!!!

 置いて行かないで二人ともおおおおおお!!!!!」

 

 

立香が行ってしまった事で恐慌状態に陥った善逸も、

泣きながら森へと入る。

 

そうして三人は、炭治郎と禰豆子を追って、森を進む。

進むにつれ、三人は三様の気配を感じ始める。

 

立香は、どんどん濃密になる魔力を否応なく感じ。

善逸は、炭治郎と禰豆子が何者かと戦闘しているであろう音を聞き。

伊之助は、その両方を肌で感じていた。

 

三人が三人とも、

至った結論は同じ。

 

この敵は、さっきの比じゃない。

 

ソレは濃密な魔力から。

ソレは打ち合って負けているのだろう剣戟の音から。

ソレは大気を震わせる威圧感から。

その全てから雄弁に語られている。

強敵である、と。

 

しかし、それを感じてなお、

止まる、と口にする者は誰一人居ない。

 

立香も、

伊之助も。

善逸さえも。

 

心中に有るのは一つ。

 

炭治郎、禰豆子と合流し、

敵を打倒する。

そのために走る。

 

森は深さを増して行き。

月光は容易に届かない。

そんな道中を無言で駆ける。

一分一秒でも速く。

走る、

走る、

走る。

 

そんな三人を新たな感覚が襲う。

 

 

「魔力が…、膨れた…!

 もしかして………、宝具…!?

 けど…シャドウサーヴァントは宝具を使えないはずじゃ…!?」

 

「嘘だろ…

 嘘だろ…

 嘘だろ…!?

 何だよこの音…!

 何なんだよこの音…!」

 

 

それは宝具を使う際特有の魔力。

空間を飲み込むような、

英霊特有の威圧感。

 

 

「な…んだありゃあああああ!!!???」

 

 

突然の伊之助の絶叫。

驚いた立香と善逸は直ぐに伊之助の視線の先を追う。

────それは異様な光景だった。

いや、正確には立香以外の全員には異様な光景だった。

 

月下の森。

不自然に出来た空間。

まるで幾千の刃が、

辺りの木を根こそぎ斬ったような。

 

その、円形に森が開けたクレーターの中心。

そこに、脚から出血して動けない禰豆子と。

それを庇い、ボロボロに引き裂かれた炭治郎が立っていた。

 

だが、真の異様は。

善逸達が絶句した異様は。

決して炭治郎達の状況では無い。

 

炭治郎は禰豆子を庇っている。

庇いながら上空に視線を飛ばしている。

 

上空?

そう、空の上。

その雲疎らな月の下に、

一人の女性らしき黒い影が浮いていた。

 

天女のような、しかし黒一色の羽衣を纏い。

感情の窺えない影の顔を、炭治郎達に向ける。

 

いや違う。

浮いているのは女性だけではない。

その女性を中心に、

数えるのも馬鹿らしい程の刀剣が浮いている。

 

顕明連、

大通連、

小通連。

羽衣纏った女性の剣士。

ここまで揃えば立香にはわかる。

 

 

「セイバー…鈴鹿御前…!」

 

「嘘…だろ…?

 そんなの………英霊って本当にそんな………」

 

 

鈴鹿の名に聞き覚えが有るのだろう。

善逸は震えた声で頭を振っている。

 

 

「誰だよ!?何とか御棒だか知らねえけど!

 俺が!一番に斬る!!!」

 

 

伊之助は血気盛んに飛び上がる。

 

宙に浮く鈴鹿と真っ向勝負の体勢だ。

 

 

「駄目!!!戻って!

 伊之助君!!!」

 

「行くぜ!!!獣の……

 …ゴバッ…!

 んだ…?これ…?」

 

 

それはまるで自動迎撃の高速追尾ミサイルだった。

 

伊之助が飛び上がり、立香が止めるのと同時に。

鈴鹿の周囲に浮遊する剣が、

目にも留まらぬ速さで射出された。

それは容赦なく伊之助の腕を貫き、

初動を完璧に抑えこんでいた。

 

 

「ケ…モノメガ…。

 ゲセンノミデ、ワレニヨルトハ…。

 カナウトオモウテカ…」

 

「しゃ…、喋ったあああああああ!!!!!

 うそおおおお!!!???

 英霊って喋るのおおおおお!!!???」

 

「落ち着いて善逸君!!!!

 確かに話すけど、でもコイツは変だ!!!」

 

 

悲鳴を上げながら震える善逸を宥めつつ、

立香は必死に考える。

 

英霊が話す。

それは良い。

それは当たり前。

 

では、シャドウサーヴァントが話すか?

それも、時と場合に依っては有る。

有り得る。

 

けど、これはどうだ?

 

炭治郎から聞いた禰豆子の特徴。

鬼だけを狙うという暗示。

 

今までの経験から来るパターン。

影が言葉を操る時は。

 

 

「その英霊の…、近しい何か…?」

 

 

その考えに至り、立香の思考は加速する。

 

そうだ。

経験的にそうなる。

レイシフト先で影が話すときは大体そうだった。

残留霊基や、何か招かれた異物が、

既存の英霊の殻を被っているパターン。

 

 

「でも、鈴鹿御前の縁者…。

 坂上田村麻呂…?違う、鬼じゃない…。

 鬼じゃないなら禰豆子ちゃんが走った説明が出来ない…。

 じゃあ、大嶽丸…?

 確かに鬼だけど…、それじゃあ鈴鹿と同じ宝具を使った理由が…」

 

「何ブツブツ言ってるんだよおおおお!!!!

 はや、早く逃げようよおおおおお!!!!

 伊之助と炭治郎、それに禰豆子ちゃん連れてさああああ!!!」

 

「舐めんなぁ…!

 俺はまだ…!やれんだぁ…!!!」

 

「なんでお前は挑発してるわけ!!!???黙れ!!!

 黙って謝って見逃してもらうんだよ!!!!

 だってあれ英霊なんだろ!!!???偉いんだろ!!!???

 鬼じゃないんだろ!!!!???

 ………、鬼じゃない…?でも…この音…。

 いや!でも!

 やっぱり鬼みたいだけど鬼の音じゃないんだよ!!!

 だから逃げようよおおお!!!」

 

 

鬼みたいだけど、鬼じゃない。

善逸の言葉で立香の思考がクリアになる。

 

鈴鹿御前の縁者。

鬼だけど、鬼じゃない。

いやむしろ。

ソレは、鬼よりも格上な霊格の存在。

 

 

「そうか──わかった…!

 お前は鈴鹿御前じゃない!

 お前は───第四天魔王だ!!!」

 

 

四天統べる化生の頂き。

鈴鹿御前の父。

鬼達の王。

天魔堕落の化身。

 

紛う事無き、

神霊クラス(規格外)

 

 

「フ…ハ…、

 アタリ…ダ、ムスメ…」

 

 

立香の言葉を受け、

第四天魔王は薄く笑う。

 

 

「オニノケヲカンジ…、マロビマネカレテミレバコノダラク…。

 ショダンスルノハ…ドウリデアロウ…?」

 

 

言葉と共に、第四天魔王は禰豆子を指差す。

それを合図に剣が飛び、禰豆子の腿へと突き刺さる。

 

 

「う゛!?」

 

「禰豆子!?」

 

 

炭治郎は反応出来ていない。

自ら一人ならば何とかなるかもしれないが。

手負いの禰豆子を庇いながらでは、水の呼吸本来の脚捌きが使えない。

 

翼をもがれた鶴。

いや、絡め捕られた龍のような。

 

嗤う天魔と、昇らない水龍。

勝負は明白。

 

だがそれでも。

 

 

「落ち着け…、落ち着け炭治郎…!

 集中だ…!集中するんだ…!」

 

「何やってんだよ炭治郎!!!!

 逃げるんだよ!!!!

 禰豆子ちゃん背負ってでも早くこっち来いって!!!!」

 

「駄目だ!!!

 そんな事をすれば、コイツは後ろから俺達を撃つ!

 コイツはずっと、嗤いながら妹に…!

 禰豆子に刃を向けていたんだ!

 コイツは、そういうヤツなんだ!!!!」

 

 

炭治郎の目に灯っているのは不退転の覚悟。

 

隙の糸なんて全く見えない。

連戦の疲れ、庇った傷で、呼吸も満足に使えない。

けれども、絶対に引かないという、男の瞳。

 

その目に、立香の焦りが高まっていく。

 

あれは相打ち覚悟の目だ、と。

幾人もの英霊を見てきた立香は瞬時に直感する。

 

 

「善逸!!!俺がコイツの気を引く!

 そうしたら禰豆子を連れて逃げろ!!!」

 

「な、何言ってんだよ炭治郎!!!

 ふざけんなよ!!!!」

 

「勝手言ってんじゃねぇぞ紋治郎…!

 俺はまだ…やれるって言ってんだろうが!!!」

 

 

行かせてはいけない。

この子供達を行かせてはいけない。

このままだと死んでしまう。

 

炭治郎は引かないだろう。

伊之助は恐らく無理にでも打って出る。

善逸は、恐れながらも最終的には炭治郎の意を汲み前に出るだろう。

禰豆子だって、兄を見捨てて逃げるはずが無い。

 

無理だ。

それでは誰も助からない。

死ぬ。

 

 

「フフ、良イ眼差シダ。

 コノ霊基ニモ馴染ンダ頃合。

 戯レハ此処マデトシヨウ。

 ソノ蛮勇ニ免ジ、一息ニ殺ソウ。

 ソノ、出来損ナイノ、鬼ノ娘ヲ除イテナ!」

 

 

ブチリ。

 

炭治郎の堪忍袋の緒。

それが切れた音が、聞こえてくるような怒りの気配だった。

 

 

「それ以上…、口を開くな…!!!」

 

 

弾かれた弾丸のように炭治郎は走り出す。

それが合図。

 

伊之助は変わらず飛び掛り。

善逸は禰豆子の元へと走る。

禰豆子は、手を広げて血鬼術を使おうとしているが、

第四天魔王の魔眼に射られ、手が閉じられなくなっている。

 

そして放たれる天魔の刃。

 

放たれた剣は六本。

伊之助の胸部、頭部を狙う二本。

善逸の脚部、頭部を狙う二本。

炭治郎の腕部、頭部を狙う二本。

 

禰豆子以外に対する、絶死の剣。

確実に死を齎そうとする致命の狙い。

 

立香には、それが嫌にゆっくりに見えていた。

 

恐らく伊之助は頭部をかわす。

だが胸部はかわせない。

 

恐らく善逸も、頭部はかわす。

だが、同時に脚部は無理だ。

 

炭治郎は。

炭治郎は恐らく腕を守る。

頭を犠牲にしてでも腕を守る。

そうしなければ剣が振えないから。

そうしなければ刺し違えられないから。

そうしなければ、妹を守れないから。

 

見える。

全てが見える。

立香にはその結末が容易に予見できている。

 

ふざけるな。

そんな結末が許されるか?

誰も何も出来ないのか?

 

違う。

断じて違う。

 

今この場で一人だけ居るだろう。

状況を覆せる存在が。

 

それは誰だ?

炭治郎か?

善逸か?

伊之助か?

禰豆子か?

 

違う。

違う違う違う。

 

今まで召喚できなかったのだから今回も無力だろう?

所詮、刃も持てない凡庸な人間?

 

違う。

逃げるな。

今この場に居る唯一のマスターという責務から。

逃げるな。

人理の手綱を握るという重圧から。

逃げるな!

 

 

「う゛…!」

 

 

立香の決意に、禰豆子の兄を想う涙が重なる。

 

この涙を、

これ以上流させてはいけない。

 

そう思った時には、立香は無我夢中で叫んでいた。

 

 

「ああああああああああ!!!!!

 この意!この理に従うならば応えよ!!!!」

 

 

叫ぶ。

 

もう本当に刹那しか時がない。

 

望むのは超常の力。

無理を通す奇蹟の刃。

 

英霊という、

人類史の積み上げた希望の結晶。

 

 

「来て!

 来て!!

 来て!!!

 誰でもいいから!来て!!!!

 天秤の────護り手よ!!!!!!」

 

 

瞬間、全てが変わる。

 

光失った手には、

赤い希望の輝きが灯り。

 

 

「ぐっ───え?」

 

「ひいいいいいい───あれ?」

 

「当たっても痛くねえぞコラあああああああ───あ?」

 

 

飛来する絶望の刃は。

 

燕の如き疾風の剣筋に、

その全てが両断されていた。

 

 

「サーヴァントアサシン…、佐々木小次郎。

 召喚に応じ参上したが………さて…ふむ」

 

 

一陣の風を纏いながら、

姿を現した小次郎は。

 

 

「状況皆目判らぬ故、飛来する飛礫を全て斬り払ってみたのだが。

 マスター殿の意に反してしまったかな?」

 

 

あまりにもあっさりと、

自身の成した奇蹟を語って見せた。

 

 

「小次郎!!!」

 

「ははは、壮健そうだなマスター。

 カルデアの皆が心配していたぞ?」

 

 

立香の目に安堵の涙と希望の光が宿る。

 

この小次郎は自分を知っている。

ちゃんとカルデアの小次郎だ。

その事実がなにより立香を安心させる。

 

それらの喜びを爆発させながらわきゃわきゃする立香。

それを穏やかな顔で受け止める小次郎。

 

炭治郎も、善逸も、伊之助も、本物の英霊を初めて見た事になる。

その初見の感想は、安堵、不安、疑問、だった。

 

炭治郎はその良さそうな人柄を見て安堵し。

善逸はその細い身体を見て戦力的な不安と、

やはりよくわからない魔術という神秘に不安を覚え。

伊之助は最早意味不明なほどに極まったその擬態ぶりに、

疑問を感じていた。

 

三人に共通するのは一つ。

 

小次郎の持つ、

いや、英霊の持つ独特の気配に見入っていたという事。

 

だがその考えは、次の瞬間吹き飛ぶ。

 

 

「ふむ、とは言え事態は火急と見える。

 ────では指示を、マスター。

 拙者は────どれを斬れば良い?」

 

 

小次郎がゆっくりと周りを見回し、

誰が敵か?と聞く。

 

 

「っ!?」

 

「ひっ!!!」

 

「がっ!?」

 

「う゛っ!?」

 

 

その単純な行為で、

禰豆子含めた四人は、射竦められたように動けなくなっていた。

 

冷酷な、とか。

鋭い、とか。

刺す様な、とか。

そういう言葉では生温い程の圧。

 

言うなれば、抜き身の剣を首元に押し当てられたような。

両手足を縛られ、今まさに刃が迫ってきている時のような。

そういった切迫した殺気。

視線で人を殺すのではないかという程に、極まった剣気。

 

英霊という人類究極の兵器。

その意味が痛いほどに伝わる、

双眸に宿った殺意。

 

炭治郎、善逸は声が出ず。

伊之助すら、普段の暴言が鳴りを潜めている。

 

 

「野武士風情ガ…」

 

 

静寂を破ったのは第四天魔王だった。

 

先程までとは違う気配。

宙に浮く全ての剣が、

一片の隙も無く小次郎に向いている。

 

 

「ははは、なるほど。随分と判りやすい。

 流石に、野の獣を狩るために喚び出されたわけも無し、と踏んで居たが。

 よもやまさか天魔化生の類とは……、いやはや何とも」

 

「怖ジケタカ?ソレモ詮無イ事。

 野武士ニ我ハ斬レヌ!!!」

 

 

その声と共に、剣が小次郎目掛け飛来する。

それを、小次郎は身を少しだけ引き、危なげ無く躱す。

 

一射目を皮切りに連続で射出される剣、剣、剣。

しかしそれは小次郎に掠りさえしない。

十、二十を超えてなお、ただの一度も危うい一発さえ無い。

 

ヒラリ、またヒラリと。

まるで風に揺れる柳のように、剣弾を回避する。

 

 

「凄い…」

 

 

漏れた声は炭治郎のもの。

 

それは、小次郎の動体視力と体捌きに対する、

賞賛の溜め息だった。

 

炭治郎とて、飛来する剣弾はかろうじてだが見えていた。

故に一発、ないし二発ならば、怪我を省みなければ回避できる。

しかしそれが、数十となると。

しかも、身体に掠りさえしないのは。

炭治郎をしても絶技に見えた。

それこそ柱達にも匹敵するかもしれない。

 

 

「フフ、器用ナ事ダ。

 上手ク避ケル。

 ダガ、ソノ背ノ長物ハ飾リカ?」

 

 

それは明らさまな挑発。

 

例えば天魔が剣弾を止め、

地に降り、剣を交える。

それならば、今の言い分も通るだろう。

 

しかし天魔にその気は無い。

だというのに刀を抜けと言うなど、

最早卑怯を通り越した物言い。

安全圏から石を投げるが如き行為だった。

 

 

「………」

 

 

小次郎は黙って剣弾を回避し続ける。

 

そう、そんな挑発に乗る必要は無いのだ。

敵の魔力尽きるその時まで、回避に専念すれば良い。

 

 

「ハッ、所詮ハ野武士カ」

 

 

だが。

 

 

「ふむ、先刻より何をか、

 勘違いしている事が二つほど」

 

 

だというのに。

下らない挑発であるのに。

抜けば絶対に不利なのに。

 

小次郎は、

ゆっくりと刀を抜いていた。

 

 

「ホウ…?」

 

「まず一つ。拙者は野武士では御座らんよ。

 この身は只の農民。

 ただ、余人より少しばかり、棒振りが得意だっただけの、

 名も無き農民で御座る」

 

 

その言葉に、立香以外の全員が絶句する。

 

只の農民?

有り得ない。

じゃあ今見ている回避の動きは。

最初に行った疾風の剣は?

そのどれもが、剣豪のソレ。

絶技中の絶技じゃないか。

 

炭治郎含め、善逸、伊之助の心中に同じ思考が生まれる。

農民がそんなに強いわけが無い。

伊之助はそれにプラスして、少しの失望を感じていた。

 

 

「強く、ねえのか…?」

 

 

強いと感じたのは自身の間違い?

擬態ではなく本当に弱い?

 

 

「ハ、ハハ、ハハハハ!

 ソウデアッタカ!野武士デスラ無イト!

 之ハ!酷ナ事ヲ言ッテシマッタナ!

 只ノ農民ニ、刀ヲ抜ケナドト!」

 

 

天魔が嗤う。

 

それを見て、炭治郎達にさらなる疑念が芽生える。

 

もしかしてこの人は、既に一杯一杯なのか?

避ける事は出来ても、既に限界なのか?

助けないと、負けてしまうのか?

 

その思考に至った炭治郎は、助太刀の提案をしようとする。

 

だが、それらの考えは、

すぐさま杞憂であったと思い知らされた。

 

 

「そして二つ目だが─────

 この飛礫を斬るのに特段、大した苦労は御座らんよ。

 ────フッ!!!!」

 

 

一閃。

 

正眼の構えから繰り出された一撃は。

飛来した剣を綺麗に両断していた。

 

 

「バ、馬鹿ナ…!

 ナラバ何故!何故今マデ!」

 

 

斬らなかったのか。

 

その問いを天魔が問う前に、

小次郎は驚愕の行動に出ていた。

 

 

「いやなに、悩んでいたのは蚊蜻蛉の落とし方でな。

 丁度今しがた………フッ!!!!それが思いついた処よ」

 

 

小次郎の行動に全員が目を見開く。

 

それは、小次郎を良く知る立香なさえも驚愕の行動だった。

 

小次郎はやおら片手を前に出すと、

飛来する剣を、むんず、と掴み取っていた。

 

空中から飛来する剣。

しかもソレは目で追うのがギリギリな速さ。

それを避けず、あまつさえ掴む。

 

最早人間の理解の外。

まさに英霊の絶技だった。

 

そして小次郎はソレを、

ひょい、と炭治郎の近くに放る。

 

 

「え?」

 

「雪合戦、いや、飛礫を投げあう合戦でも良い。

 そういった遊びは好きで御座るか?」

 

「あ、はい!昔、兄妹達と良く雪合戦をしました!」

 

「はは、そうか。

 ………そら!猪頭と黄頭はどうだ!?」

 

 

再び、今度は長刀を背に戻して、両の手で二本、

剣弾を掴み善逸と伊之助に投げる。

 

 

「え…?何コレ…?どういうこと…?

 突然の交流時間…?お互いを深く知りましょう、的な…?

 雪合戦とかして仲良くなりましょう、的な…?

 え、でも何故に剣を此方へ…?

 ていうか黄頭って俺?

 え?俺今普通に馬鹿にされたの?」

 

「すげえ…。

 すげえ!すげえ!!!

 剣を!素手で掴んだぞ!!!

 すげえ!強ええ!!!」

 

「はは、なに、マスターは男でない故、こういう荒事には誘えぬが。

 お前達は大和男で御座ろう?

 蚊蜻蛉を落とす雪合戦、いや、剣合戦だ。

 助力を頼み申したい。」

 

 

言うなり小次郎は手にした敵の剣を、ブンッ、と投げる。

 

 

「ナッ!?ガッ!!!???」

 

 

ソレは物凄い勢いで天魔目掛けて飛び、その腕に直撃する。

 

 

「ふむ、噂に聞いた武蔵殿の戦法。

 思いの外悪くない。

 そら、お前達も投げろ!

 弾ならば幾らでも掴み取る故!」

 

「は、はい!

 あ、いやしかし、侍の魂である剣を投げるのは………」

 

「でも、敵の剣で御座るよぉ?

 敵の剣ならば、それくらいは構わない。

 そうでは御座らんかぁ?」

 

「なるほど!確かにそうですね!」

 

「いや騙されてるよ!!!

 騙されてる時の感じだよそれ!!!!

 何なんだよぉこの人ぉ!怖いよぉ!発想が怖いよぉ!!!

 飛んでる敵落とす為に剣投げるとかぁ!!!

 投げる剣補充する為に剣を素手で掴むとかぁ!!!

 普通そういう事考える!!!???

 おかしいじゃんよぉ!!!!

 絶対おかしいじゃんよおおおおお!!!!!

 やるけどもさああああ!!!

 睨んでくる目が怖いから投げるけどもさああああ!!!!」

 

「すげえ!すげえ!!!

 剣投げるとか!すげえ!!!

 うははははは!!!!!俺も!やるぜええええ!!!!」

 

 

小次郎の指示を理解した炭治郎達は、

一心不乱に剣を投げまくる。

 

投げる、

投げる、

投げる。

 

まるで弾幕の張り合い。

 

天魔が降らせる剣弾に対抗する、地面からの剣弾。

まるで、一度落ちた昇竜が再び天へと向かう、うねりの様な。

そうはさせじと天座を死守する天魔との、攻防のような。

そんな異様な剣投げ合戦。

だが、一見拮抗しているかのようなその合戦は。

徐々にではあるが、明暗をくっきりと見せ始めた。

 

軍配は、小次郎達に傾いている。

 

それも当然の事だった。

何せ小次郎は、天魔が放つ意地の連射を、

時に斬り、時に掴み、自由自在に戦場を駆けていた。

 

そしてその小次郎から供給される弾を、

全集中の呼吸で強化された三人が、滅多矢鱈に投げまくる。

 

天魔からすればそれは一種のホラー。

 

撃てば斬られ、取られ。

油断すればかなりの速度の剣弾が飛んでくる。

 

躱しきれるはずも無い。

戦の正義とは、

即ち攻防に於ける物量なのだから。

 

 

「ガッ!?グッ!ガァァァァ!!!」

 

 

炭治郎の投げた一発。

ソレが天魔の腹へと突き刺さり。

遂に第四天魔王は、その空から失墜する。

 

 

「クソ!クソ!クソ!

 舐メルナ!我ハ!

 我ハ魔王ナルゾ!!!」

 

 

天魔は落下の衝撃に耐え、即座に反撃に移ろうとする。

 

だが、その着地点には、

既に構えに入った小次郎が待っていた。

 

 

「いざ……!

 ────秘剣・燕返し!!!」

 

「ガッ…!馬鹿…ナ…」

 

 

その秘剣は、全く同時に三本の剣筋を顕現させる魔技。

 

寸分も違わず、

などという甘い言葉では無い。

 

その技の瞬間、

明確に小次郎はこの世界に三人存在するのだ。

 

それこそが対人魔剣。

 

苔の一念が神仏へと届いた、

執念の業。

 

神も魔も、この剣から逃れる事は叶わない。

 

天魔の失墜は、逃れ得ぬ当然の結末だった。

 

 

「刀が三本に────?

 い、いや、それより…!禰豆子!」

 

 

シャドウサーヴァントの消滅を見届けた炭治郎は、

禰豆子の元へと走る。

 

 

「大丈夫!傷は治したよ!」

 

 

そんな炭治郎の処へ、礼装で回復させた禰豆子を連れた立香が歩いてくる。

 

 

「禰豆子!良かった…!本当に良かった…!」

 

 

禰豆子を抱きしめ涙を流す炭治郎。

 

立香は、その二人を万感の思いで見ていた。

 

みんなの頑張りが、この美しい兄妹を護ったんだ。

 

そんな、達成感にも似た感覚。

 

この場の誰もが、そんな幸福を噛み締めていた。

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