Fate Grand Order×鬼滅の刃   作:笛用カモシカ

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離別

 

 

「ふぅ…」

 

 

一同全員に回復魔術を使った立香は、

魔力を消費した疲労で溜め息を漏らした。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

禰豆子を眠らせるために箱に戻した炭治郎は、

立香の疲労に気付き、心配の言葉を掛ける。

 

 

「ありがとう。大丈夫だよ、ちょっと疲れただけだから。

 それよりも…」

 

 

炭治郎にお礼を言いつつ、

立香の視線は、小次郎へと向く。

 

当の小次郎は戦闘後に立香達を休ませた上で、

周囲一通りの哨戒を終えて、帰ってきたところだった。

 

 

「周囲に敵意無し。

 当面の危機は去ったという所で御座ろうな。

 さてマスター、それに各々方、拙者に聞きたい事がお有りか?」

 

 

小次郎の言葉に全員が集合する。

皆、各々に聞きたい事が有るのだ。

 

 

「ふむ、流石に種々疑問噴出の様子。

 だが、一先ず此方の報告と仔細の擦り合わせを先んじても?」

 

 

小次郎の提案は、立香への報告と、聞き取り。

それに伴う現状の把握と、今後の方針への情報提供だった。

立香の事情を、ぼんやりながら聞かされた炭治郎達には。

小次郎の言い分に対する反論は無かった。

 

 

「えと、俺ら邪魔ですよね…?」

 

 

善逸は気を回して席を外す事を提案する。

 

 

「如何する?」

 

 

小次郎は立香に視線を向ける。

 

あくまで主導権はマスターに。

揺ぎ無い主従の在り方。

 

 

「ううん。ありがとう善逸君。

 でも、隠す事じゃないから」

 

 

恐らく、これから立香と小次郎がする話は、

炭治郎達には半分も理解出来ないかもしれない。

 

それでも、彼らはもう他人じゃない。

少なくとも、立香はそう思っていた。

 

 

「然らば、先ずは此方の報告から」

 

 

頷いた小次郎はカルデアの状況を語る。

 

といってもソレはかなり簡単だった。

曰く、カルデアは、マスター藤丸立香の観測には成功している。

しかし、何故か通信諸々、一切の干渉が出来ずにいる、と。

 

原因は不明。

ダヴィンチ技術顧問が至急の調査を行っているが、

解明には相応の時間が掛かる。

その観点からも、現状での立香の即時帰還は不可。

また、まさに小次郎が召喚されるその瞬間まで、

全サーヴァントと立香のパスが切れていたとの事で。

 

 

「あぁ…、だから召喚出来なかったのかぁ…」

 

「で、あろうなぁ。

 その点からもカルデア内はてんやわんやの有様。

 特に清姫殿等はもう字の如く、まさに気炎を吐くといった状況で御座った…」

 

 

立香の安否を気にかける清姫が、

暴れ狂いながら火を噴く姿が想像出来た立香は、苦笑いをする。

 

 

「とは言え一度決壊した流れは、容易に押し留める事は罷り不可能。

 ここからは、マスターの望んだ英霊を、望んだ機会で召喚する事が出来るであろう」

 

「そっかぁ…、良かった…!」

 

 

立香の不安の一つが、晴れる。

 

これで戦力的には文句無し。

鬼でも槍でもドンと来い、といった心情だ。

 

 

「あ、でも何体くらい同時に呼べるのかな。

 ずっとってなると魔力の不安が…」

 

「───ふむ、その辺りの事で、

 拙者がこの地に立って判った事が三つほど」

 

 

神妙な顔つきの小次郎に、立香も襟を正して聞く体勢に入る。

 

 

「まず一つ、これはマスターにとっても英霊にとっても僥倖であるが。

 この地はどうも、辺り一面龍脈、カルデア風に言えば霊脈が有る。

 つまり、何処でも英霊を呼び出せる上、マスターの魔力も通常を超えて回復する」

 

「そうなの!?」

 

「うーむ、非学非才の風流人なれど、この身も英霊の端くれ。

 その辺り、何となく理解できるので御座るよ。

 拙者も調子上向きで御座るし」

 

 

カラカラと笑う小次郎。

 

だが立香にとって確かに僥倖の報せ。

これで、召喚に対する制限は無いも同然になった。

 

 

「次いで二つ目。

 これも良い報せの類で有るが………、

 どうもこの地では、マスターからの距離と、拙者達の性能に、

 因果関係が薄いのだ」

 

 

距離と性能の因果関係が薄い。

それはつまり。

 

 

「サーヴァントが私から離れても…、

 弱くならない?」

 

「然り。とは言え所詮我等は兵器。

 マスターの指示はやはり重要では有るし、因果関係が無いのでは無く、薄いというだけの事。

 つまり離れれば十全の性能は発揮できない事に変わりなし。

 まあ、元の世界より制限が緩和されたという程度で御座る」

 

 

これもまた、立香にとって僥倖の報せ。

どうしようも無い状況で、

自身を護りながら戦う英霊達の姿には、何度も心を痛めたものだ。

 

それが無くならないまでも、緩和される。

多少の単独行動では、影響を受けなくなる。

これは英霊達の戦いの幅を広げる上では、重要だろう。

 

反面、小次郎には心中、思うところがあった。

 

英霊には、マスターの意を超えて暴走する気質の者も多い。

確かにこのマスター、藤丸立香は稀有だ。

数多の英霊と心を通わせ。

その全てから、何らかの信頼を勝ち取っている。

 

しかし、それでも。

 

悪に理由は無いのだ。

 

それが善意で有れ、悪意で有れ。

悪と見なされる行動に、理由など無い。

故に単独行動は、往々にして緻密な戦略をご破算にする。

 

特に、鬼の英霊。

 

鬼はそもそも人と分かり合えない。

 

それがこの世界に召喚され、

しかも普段以上の単独行動スキルを付与されたと考えると。

最悪、人間達を殺して回った後に、

気に入らないという理由でこの地の鬼達も一掃する、

という事も考えられる。

 

だが、小次郎は敢えてこの考えを言葉に出すつもりも無かった。

忍びの英霊ならば、忠言として進言したかもしれない。

侍の英霊も、また然りであろう。

しかし、自身は忍びでも、侍でも無い。

 

マスターの露は、剣で払う。

それしか能が無いのなら、

悪戯に言葉を重ねる必要は無い。

 

 

「そして三つ目………、これは、

 悪い報せの類で御座る」

 

「………、どんな…?」

 

「はっきり申せば、

 この世界では、そう長い時間同一の英霊を召喚し続ける事は出来ぬ。

 現に、拙者も今宵を越える事は叶わぬと、そう霊基が訴えている」

 

「え…。そう…なの…?」

 

「安心めされよ。

 座への消滅では御座らん。

 カルデアへの帰還と相成るだけ。

 恐らくはこの世界の理、抑止の修正力が、英霊に影響を与えているのだろう。

 カルデアに戻り、世界の目が拙者から離れれば良いだけのこと。

 つまりは時を空けての再召喚ならば可能であろう。

 感覚的には、この世界に留まれるのが長く見て半日。

 それから二日も経てば、再度の召喚にも応じられると言ったところよ」

 

 

立香は情報を整理する。

 

つまり、

この世界では英霊の召喚も、

英霊を使った戦闘も、

普段より簡単に行える。

 

しかし現界には制限時間が有り、

再召喚にも時間が掛かる。

 

 

「ありがとう、小次郎。

 だいたいわかったよ」

 

「それは重畳。

 さて、童を待たせては罰が当たるというもの。

 この辺りで改めてお前達と膝を突き合わせたいのだが。

 如何か?」

 

 

今後の方針や、戦い方等の思考に入った立香を横目で見やった小次郎は、炭治郎達に水を向ける。

その視線に気付いた三人は、今まで意味不明過ぎてボーっと聞いていた顔を、フルフルと振って真顔に戻す。

いや、伊之助は表情が窺えないのでわからないのだが。

 

 

「一先ずは自己紹介を。

 拙者は暗殺者の英霊、真名は佐々木小次郎。

 元はしがない農民であるが、今は主の刀として充実した毎日を過ごしている」

 

「はい!俺は竈門炭治郎と申します!

 箱の中は妹の禰豆子です!

 さあ、二人も自己紹介だ!

 吾妻善逸と嘴平伊之助です!と元気よく自己紹介だ!!!」

 

「いや!それ全部言っちゃってるじゃねえか!!!!

 ふざけんなよ!どんな自己紹介だよ!!!

 名前全部ばれた上でする自己紹介っておかしいだろ!!!

 あ、一応、改めてなんですけど、吾妻善逸です………って言うのかよ!!!???

 恥ずかし過ぎるわ!!!!」

 

 

ぎゃあぎゃあと叫ぶ善逸。

しかし、伊之助は対照的に黙っていた。

 

 

「…………」

 

「伊之助?」

 

 

炭治郎の言葉にも反応せず、ぷるぷると震えている。

 

 

「飛んでくる剣を…斬った…。

 しかも…掴んだ…、投げた…。

 強ええ…、強ええ…、強ええ…!」

 

 

ブツブツと言いながらユラリ、と立ち上がる伊之助。

その意図に気付いた小次郎が、

フッと愉快気に息を吐き、伊之助を見詰める。

 

 

「伊之助?おーい、伊之助ー?

 大丈夫か?」

 

「強ええ、強ええ、強ええ!

 なら!それを倒せば俺はもっと強ええ!!!!

 わはははは!!!勝負だ!勝負うううう!!!!!」

 

 

言うなり伊之助は小次郎に斬りかかる。

だが、伊之助の剣が振り下ろされるより早く。

 

 

「が…!?は、速ええ…!?」

 

 

小次郎の長刀が、伊之助の喉下に向けられていた。

 

 

「いやぁ血気盛んにして猪突猛進!

 剣気を隠す事を知らぬその若武者ぶりもまた気持ち良し!

 将来が楽しみで御座るなぁ!」

 

 

はっはっはっは、と笑いながら小次郎は刀を仕舞う。

 

 

「強ええ…、速ええ…。

 俺は…、何も…、出来てねえ…」

 

 

そんな伊之助の蛮行に、血相を変えた炭治郎達が割り込んでくる。

 

 

「大変、失礼しましたぁ!!!!!

 おい伊之助!命の恩人に剣を向ける奴が在るか!!!!

 お前も謝れ!!頭を下げて謝れ!!!

 早く小次郎さんに謝れ!!!」

 

「そうだ!そうだ!謝れ伊之助!!!

 お前今小次郎さんが止めてくれなかったら、そのまま喉斬られてたぞ!!!!!

 …………、うん、やっぱり冷静に考えると、怖いよ、この人…。

 大体何時、剣抜いたの…?

 何にも見えなかったよ…俺…」

 

 

そんな二人の言い分が聞こえているのかいないのか。

伊之助は消え入りそうな声で。

 

「俺は弱ええ…」

 

とだけ呟いた。

 

 

「伊之助…。

 ………、いやそんな事無いぞ!!!

 伊之助は頑張った!!!だから頑張れ伊之助!!!

 頑張れ!!!」

 

「そうだ!伊之助は頑張ってるって!

 ただちょっと…、その…、小次郎さんがおかしいだけで…!!!

 あ!!!いや!!!おかしいって言いましたが!!!

 決して悪い意味では!!!!」

 

 

一転、炭治郎と善逸は伊之助を鼓舞する。

 

ぐいぐい。

ぎゃあぎゃあ。

そんな喧騒の中。

伊之助の瞳は、

それでも真っ直ぐに、

小次郎を見ていた。

 

その視線に何を感じたのか。

涼風の剣士は、ポツ、と口を開く。

 

 

「猪頭…、伊之助と言ったか。

 …………拙者は、本当に何かを成した英雄では御座らんよ」

 

 

その言葉に、伊之助は元より、炭治郎と善逸も口を閉じ、聞く。

 

目の前に見える、決して届きそうにも無い、剣士の言葉を。

技量に於いて、まるで背中も見えぬ程の高みに有る剣士の言葉を。

その男の吐く、剣豪らしからぬ独白を。

 

 

「拙者は本当に何もしていない。

 悪戯に日々を費やし、斬れぬ燕なぞ追いかけては無聊の慰めにしていた。

 お前達が見たあの秘剣の煌きも、ついぞ死ぬ直前に辿り着いただけの夢幻よ。

 いや、本当にこの身が至ったのかさえ、今はもう定かではない」

 

 

炭治郎達に、本来ならば浮かぶ数々の疑問。

時間とか。

夢幻の意味とか。

そういう英霊についての詳しい疑問。

 

そんな、当たり前の疑問が浮かばない程に、

小次郎の語りは真に迫っていた。

 

どのような形で有れ、人生を、

生涯を走り抜けた者のみが持つ説得力。

 

儚さという、

真理の重さ。

 

だが、

だがそれでも、と剣士は語る。

 

 

「伊之助、強さと弱さは裏表。

 憑いては回り、斬っても斬れぬ、剣士の宿業。

 故に、真の強さは剣武の比では決まらず」

 

「あ…?じゃあ何で決まんだよ…」

 

「────それは、誇りだ。

 矜持、信念、意志、立場。

 そういうモノが人を強くする。

 いや、そういうモノで強くなるからこそ、人なのだ。

 誇り高く生きる事。

 それが剣士の、いや、大和男の務めであろうよ。

 ……………後は日々の修練。これに勝るもの無しで御座る」

 

 

………。

 

………。

 

 

「いや最後結局それじゃん!!!!

 最後結局修練じゃん!!!

 良い事言ってる風なのに!!!!

 最後で台無しじゃん!!!!」

 

 

小次郎の言葉に、当人の伊之助より先に何故か善逸が喚き散らす。

 

 

「コラ!年上に失礼だろう!善逸!

 それに凄くタメになる良い話だったじゃないか!

 何がそんなに気に入らないんだ!?」

 

「うるせえ!炭治郎は黙ってろ!!!

 失礼!?失礼ぃ!!!???

 失礼なのは小次郎さんだろぉがああああ!!!!

 話の途中までは!え?小次郎さんも昔は駄目駄目だったけど、何かこう一発逆転の秘策で一気に強くなったのかな?

 俺みたいな駄目駄目でも、ソレを真似すれば小次郎さんみたく強くて爽やかな美男子になれるかな?

 女の子達とあんな事やこんな事出来るかな?

 って思ってたのによおおおおおおお!!!!!!

 誇りは良いよぉ!大変な特訓とかしなくても良いしぃ!?

 けどさああああ!!!

 最後の最後で何が修練だよおおおあああああ!!!!!

 やっぱり辛い特訓じゃんかよおおおおああああああ!!!!!!

 何なの!?何なのほんとに!!!

 じゃあ俺のこの、楽して女の子とお近づき☆

 みたいな気持ちは何処へぶつければ良いんだよおおおおおおおお!!!!!!??????」

 

「…………」

 

「…………」

 

「いや何か言えよ!!!!

 小次郎さんも何で黙ってるの!!!???

 何か在るんでしょう!!!???

 楽して美男子!な秘訣が何か在るんでしょう!!!???」

 

「……………、来世に期待…とかで御座ろうか…?」

 

「もう嫌だこの人おおおおおおお!!!!

 何なのこのよく分かんない悟りいいいい!!!!!!

 来世まで待てないよおおおおおおお!!!!!

 今世が良いのよおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 

頭を抱えて蹲る善逸。

ゴミを見るような目の炭治郎と、

暖かい目の小次郎。

 

そんな三人の横で、伊之助は立ち上がり。

口を開く。

 

 

「誇り…、分かんねえ…、分かんねえ…けど…、

 それを持てば強く、誰よりも強くなれんだな…!?」

 

 

誰よりもってのいうのは流石にどうなんだ?

そう、炭治郎が窘めようとする前に。

 

 

「ああ。拙者が保証する。

 誰よりも強く、燕さえ斬れる剣士になれる。

 伊之助には、いや、炭治郎にも善逸にも、その素質は有る」

 

 

真っ直ぐな、あまりにも真っ直ぐな瞳で小次郎は、

そう言い切っていた。

 

なれる。

誰よりも強い。

それこそ、目の前の佐々木小次郎よりも強い剣士になれる、と。

 

生涯を剣のみに捧げ。

最期には何も成し得なかった男が、

真っ直ぐにそう言い切る。

…。

……。

………。

ほわほわ。

 

伊之助の心中にまた、

得も言えないほわほわが生じる。

 

それは、自らが強いと認めた人間からの賛辞を、面映く感じる心。

目標を見出した心の揺れ動きだった。

当の伊之助にはソレがわからない。

だが、それでも心は波打つ。

いつか追いつく。

いつか、今回のような遊びでは無い、

本気の勝負に立たせる。

 

そして、勝つ。

誇り高く、勝つ。

 

だからもう、伊之助は、小次郎へと突っかかることはしなかった。

 

ただ、その代わり。

 

 

「俺と勝負しろ!!!!

 桃ノ木磯八郎!!!!!」

 

「………、え、今の拙者を呼んだの…?」

 

「他に誰が居んだよ!!!

 いいか!俺は強くなる!絶対になる!

 そしてお前は強え!

 ならお前と戦うのが!やっぱ一番早ええ!!!

 だから勝負!!!勝負しろや!!!」

 

「あー、修練…。

 ………、拙者余計な事言ったで御座るかなぁ…」

 

 

突っ込んできた伊之助をいなしながら、小次郎は溜め息を吐く。

その息は、しかしとても愉快気で。

まるで自身の技を伝える相手を見つけた時のような、楽しげな苦笑いだった。

 

 

──────────────

 

 

「よし決めた!炭治郎君!」

 

 

伊之助との悶着が落ち着き、

ほわほわしたり突撃したりする猪頭を、皆が見守っていた時。

方針を決めたのだろう、立香が炭治郎に声をかける。

 

 

「はい!何でしょう!」

 

 

立香のきびきびした声に、炭治郎もきびきび答える。

 

 

「えっと、鬼殺隊の本部とか、

 あ、支部でも良いけど、

 そういうのってこの山の近くに有るの?」

 

「えーっと、下山すればそれなりに近くです。

 山を降りれば、歩いて一日くらいですね!」

 

「良かった!

 其処って、私が行っても大丈夫かな?」

 

 

立香の言葉に、ふむ、と炭治郎が考える。

 

善逸も言っていたが、確かに鎹鴉が個人を指定して指令を出したのは少し引っ掛かる。

 

それに、もし小次郎さんが日輪刀を持てば。

鬼を狩る上で最高の戦力になる。

それこそ柱に匹敵するような。

そうなれば、此処で連れて行かない方が隊律違反と言えるのかもしれない。

お館様の判断を仰ぐのは、間違いでは無いだろう。

 

小次郎が今晩中に消える、という事をイマイチ理解していない炭治郎は、

鬼殺隊に入った小次郎から、剣の修行をつけて貰おう、などと考えていた。

 

一方、立香にも、小次郎が消えるからこそ今晩中に下山したいという考えがある。

下山し、町に行き、その世界の自衛組織に会う。

それが立香のいつも通り。

数多の世界を巡った立香の、鉄板的行動指針だった。

 

炭治郎達三人は、顔を見合わせ頷く。

いや、正確には伊之助は小次郎に突撃しているので、頷いてはいないのだが。

 

 

「わかりました!

 俺達も聞きたいことや報告したいことが有るので、

 このまま山を降りて、鬼殺隊の屋敷に向かいましょう!

 案内します!」

 

 

そうして五人は、一路麓を目指す。

 

道中、立香は英霊や魔術など、炭治郎達に馴染みの無い言葉を改めて説明したり。

逆に炭治郎達から、鬼や鬼殺隊について聞いたりした。

 

炭治郎達にとって、やはり魔術は呼吸として理解するのが一番分かりやすいらしく。

英霊は、呼吸で戦う凄く強い人という認識。

つまりは柱として理解するのが妥当との事だった。

 

ただ、善逸は歴史の知識が多少有るため、

佐々木小次郎や宮本武蔵の存在を知っていた。

 

 

「でも、本当に佐々木小次郎なんですよね…。

 何か凄すぎて…、いや、実力は間違いないの分かるんですけど…」

 

 

善逸の呟きは、懐疑というよりやはり困惑の色が強い。

何度聞いても、歴史上の偉人を召喚するという事が理解出来ないのだ。

その点は、偉人なんて知らない炭治郎や伊之助の方がすんなり受け入れている。

 

 

「あ、って事はそれこそ宮本武蔵とかも呼べるんですか?」

 

 

善逸は何気ない好奇心から質問する。

 

 

「うん、呼べるよ」

 

「おー、やっぱり筋肉盛り盛りの怖いおじさんですか?」

 

「ん?女の人だよ?」

 

「え゛っ!?本当に!?美人!?」

 

「美人。胸も大きい」

 

「本当にぃ゛!!!!????

 ……………、えへ。えへへへへ、立香さぁん。

 召喚して戦力を増やすってのはどうですかぁ?良い案だと…」

 

「…………」

 

「…………」

 

「いや止めて!!!炭治郎も立香さんも!!!

 二人でその目は止めて!!!破壊力二倍になるから!!!!

 ほんの冗談だから!!!」

 

 

そんなやり取りをする立香達の後ろでは。

 

 

「喰らえやああああ!!!!

 もげろ!!!首もげろおおおお!!!!」

 

「ははは、単調単調。

 そら、攻撃ばかりでなく防御も考える!」

 

「う、うおおおおおお!!!???」

 

 

小次郎の首に斬りかかった伊之助が、合気の要領で地面に転がされている。

 

まさに珍道中。

夜明け前の山中を、わいわい騒がしく下る一行なのであった。

 

そして夜明け。

山を下りきって農道に出た一行に、最初の別れが訪れる。

 

その事に真っ先に気付いたのは伊之助。

飽きもせず、小次郎に向けて突進した時。

手応えなく、小次郎の身体を通り抜けてしまったのだ。

 

 

「はああああ!!!???

 何だ今の!!??」

 

 

伊之助の叫びで炭治郎達も振り向き。

 

 

「どうした伊之助………なっ!?」

「嘘…だろ…。え…?」

 

 

二人は小次郎を見て絶句する。

特に善逸の狼狽ぶりは大きく。

頭を抱えながら炭治郎に縋りつく。

 

 

「え…?なんか、小次郎さん…、その…薄くなってません…?

 え?何これどういう事…?朝日のせい?

 俺、朝日のせいで目がおかしくなったの?なあ、炭治郎…?

 俺がおかしいんだよな…?俺がおかしいんだよね…!?」

 

「…………。

 いや、俺にもそう見えてる…。

 これは…」

 

 

炭治郎の同意を聞いた瞬間、善逸は弾かれたように炭治郎から飛び退き、立香の元へと飛び込んでくる。

 

 

「大変だよおおおお!!!

 大変だよ立香さんんんん!!!!

 どうなってるのこれ!?

 どうなってるのよこれえええええ!!!???」

 

 

消えている、消えている。

善逸は必死に立香へと訴える。

だが、立香は動かない。

いや、動けない。

英霊の消滅は必然の事。

それは、確かに炭治郎達にも説明したはず。

小次郎は、今夜を越える事は無いだろうと。

 

だが、伝わっていなかったのだろう。

真の意味では、理解されていなかったのだろう。

炭治郎と伊之助はもちろんのこと。

善逸ですら、消えるというのは何か別の用事なり任務なりで、この場を離れる事だと受け取っていた。

 

このような消滅は完全な想定外。

 

というより、彼らの常識では、

人がいきなり消える事自体が有り得ない。

 

気を使った小次郎が、霊体化せず共に下山したのも、それに拍車を掛けた。

 

どれだけ言葉を重ねられても。

どれだけの絶技を見せられても。

それでも言葉を交わし、

其処に確かに存在する小次郎を、

幽霊や何かとは思えなかったのだ。

 

つまり、今この時が彼らの初めて。

初めて、英霊という存在の本質を知る瞬間。

 

人理の影法師という言葉の意味。

 

英霊は生きてなどいない。

 

紛う事無き、死者なのだという事を。

 

 

「な、何黙ってるんだよ!!!!立香さん!!!

 消えちゃってるんだって!!!!

 小次郎さんが消えちゃってるんだってええええ!!!!」

 

 

善逸は必死に、必死に訴える。

 

それは、戦力が減るとか、英霊の兵器としての力を見込んでとか。

そういうモノでは無い、心からの叫び。

小次郎という個人に、

その人格をこそ消えて欲しく無いという真摯な訴え。

 

それが、立香にとっては何より嬉しかった。

 

見れば炭治郎も、何が起きているのか小次郎に必死に尋ねているし。

伊之助は、何とかその小次郎を行かせない様にと、まだ消えていない上半身をまるでおんぶでもされるかのように、羽交い絞めにしている。

 

彼らは誰一人、

小次郎を兵器や、亡霊として扱っていない。

 

その身を、

その人格を、

その言葉を、

その在り方を。

 

尊び、

認め、

受け入れ。

そして、この突然の別れを否定しようとしている。

惜しんでいる。

悲しいと、思ってくれている。

 

 

「小次郎!」

 

 

立香は善逸の頭を撫でながら、小次郎に声をかける。

 

 

「ああ、………」

 

 

小次郎も炭治郎と伊之助の頭を撫でながら、

無言で立香を見る。

 

それはまるで子をあやす父のようだと。

立香の目にはそう映った。

 

 

「善逸」

 

小次郎は立香から視線を外し、

善逸を見る。

 

「小次郎さん…うっ…ぐっ…!どうなってんの…!?

 どうなってんのこれ…!?」

 

 

善逸の顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。

 

只の一晩。

まるですれ違っただけのような出会いの。

その別れ。

 

それを、これだけ泣いてくれる。

涙を、憚らず流してくれる。

 

冥利。

まさに、武士の冥利に尽きる。

 

 

「善逸。お前は、自分を弱いと言っていたで御座ろう?

 技が一つの型しか使えないと。

 …………、拙者も、技は一つしか持っておらぬ。

 しかし、一芸が多芸に劣るなどという道理も無し。

 一つを極めるという求道の旅路。

 それは決して他には出来ぬお前だけの道となる。

 自らの技に呑まれるのでは無く。

 技を呑み込み、糧とし、乗りこなし、技ではなく業とする。

 さすれば、その雷は友を護り敵を穿つ、真の雷霆となる。

 わかるで御座るな?」

 

「うん…、うん…!」

 

 

泣きじゃくる善逸は、上手く声が出ないらしく、

必死に頷いている。

 

それを見て満足げに笑った小次郎は、

背中の伊之助を自分の前に持ってくる。

 

 

「テメエ!!!!何勝手に消えようとしてんだオラ!!!!

 意味わかんねえんだよ!!!!俺はまだ…」

 

「伊之助。

 ───燕返しの秘密を聞きたくは御座らんか?」

 

「あ…?」

 

 

小次郎の一言で、騒いでいた伊之助が大人しくなる。

 

つまりは聞きたいのだろう。

それは当然だ。

 

何せ、対人魔剣の極み。

その究極の一のコツを聞けるかもしれないのだ。

 

少し落ち着いた善逸と、

悲しげな瞳の炭治郎も、

神妙に言葉を待っている。

 

 

「燕返しは、

 実は───三つの剣筋が同時に敵を斬る技なので御座るよ」

 

 

…。

……。

………。

「は?」

 

 

三人が三人同時に漏らした、肩透かしな声。

 

いや、そんな事は見ればわかる。

だからどうやってその意味不明な技を繰り出しているのか。

三人が聞きたかったのはそこ。

こんな答えは、肩透かしも良い所だ。

 

 

「あぁ!?一本の剣が三本に見えるくらい凄え速く斬ってんだろ!!!???

 んな事は見ればわかるんだよ!!!

 舐めてんのかテメエ!?俺が聞きてえのはどうやって…」

 

「伊之助」

 

「んだよ!!!???」 

 

「一本を三本にしてるのでは御座らん。

 あの場には、確かに三本在ったのだ。

 ほぼ同時、では無い。

 完全に同時な三本の剣筋で御座る」

 

「あぁ!?………、あぁ…?」

 

 

小次郎の言葉で伊之助は首を傾げ、うんうん唸りだす。

 

一本が三本で?

三本が一本?

 

そんな事をブツブツ呟きながら、完全に固まってしまった。

 

 

「はは、さて、炭治郎」

 

「はい。」

 

 

小次郎の視線を炭治郎は真っ直ぐに受け止める。

 

その顔を見て、小次郎は口を開く。

 

 

「炭治郎、今の技とは反りが合わないで御座るか?

 自分の中のもう一つに、浮気しそうで御座るか?」

 

「え?」

 

小次郎の口調は、今までとは打って変わって、少し悲しげだった。

 

 

「それは…」

 

「水の呼吸で御座ったか?

 確かに、それは炭治郎生来の何かとは、

 相性が良くないのかも知れぬなぁ」

 

 

訥々と語る小次郎に、炭治郎は驚く。

 

小次郎には、水の呼吸の話はしたが、

ヒノカミ神楽の事は何も教えていない。

 

なのに何故。

何故、知っているかのような口振りなのか。

 

炭治郎の動揺を気にする事も無く、小次郎は続ける。

 

 

「だが、強すぎる火は、全てを焼き尽くすもの。

 それは、護るべきものだけで無く、自らさえもで御座る。

 護るべきもの、護ろうとした自分。

 そのどちらも護りきってこその大和男。

 真の長男とはそれをやり遂せる者。

 ………………、決して、妹を護るために、自身の命を投げ出すような輩の事では御座らん」

 

 

最後の言葉と共に、小次郎の視線が炭治郎を射抜く。

 

妹を護るという言葉の意味。

その、真の意味での重さ。

命を捨てて護るのではない。

自身の命をも、同時に護る。

 

 

「故に、今は自らの技と向き合え。

 火を統べるための水心。

 日輪の光で輝く、湖面の如く」

 

「はい…!」

 

 

炭治郎は、今の言葉で理解する。

 

小次郎は、ヒノカミ神楽を知っているわけではない。

ただ、炭治郎を見て、その中身を見抜いたのだ。

 

その眼力。

その洞察。

まさに明鏡止水。

感服する他無い、達人の領域だ。

 

一通りの挨拶を終え、

朝日に霞む小次郎の身体は、

既にその三分の一程を残すだけとなっていた。

 

 

「うむ、語るべき事もこれ以上無し。

 拙者に猶予を与えてくれた、マスターの配慮に感謝を。

 消滅の強引な引き伸ばしなどと、無茶をしたものよ。

 さぞや魔力を使ったで御座ろう?」

 

 

小次郎は笑いながら立香へと向き直る。

 

消滅しようとしている英霊の、強制的な現界延長。

それは世界の修正力に抗うのと同義。

数分長くするだけで、

それこそ立香の全身の魔力が枯渇する勢いだった。

 

 

「また、喚ぶからね」

 

だというのに、立香は気丈に笑ってみせる。

 

その姿に、小次郎は誇らしさを覚える。

 

何と胸のすくマスターだろうか。

だからこそ、別れは悲しいモノでは無い。

この、約束を違えないマスターが、

また召喚すると言っているのだから。

 

 

「ああ、それは僥倖。

 次に会う時は、一回り大きくなった童らを見る楽しみも有る。

 それとマスター、此度の仔細は拙者がカルデアに伝える故、以降は気兼ねなく英霊を喚ぶと良い。

 …………、ふむ、そろそろ刻限で御座るな。

 では、さらば。次に見える日まで!」

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