ゴールドアヅゥーカーと呼ばれたウマ娘   作:K.T.G.Y

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ウマ娘のオリジナル小説の中でもかなり異色の話になってます
それでもよければ是非読んでみてください


ゴールドアヅゥーカーと呼ばれたウマ娘(前編)

その日、日本から一人の年老いたウマ娘がアメリカ方面に向けて旅立った。

 

名を、シンザン。

 

戦後初のクラシック三冠ウマ娘であり、史上初の五冠を達成した、日本が誇る至高のウマ娘である。

シンザンが三冠を達成したのは1964年。東京オリンピックが開催され、東海道新幹線が開通した年である。

高度経済成長期と言われ、都心には高層ビルが立ち並び、日本中が好景気と活気に満ち溢れていた時代であった。

翌年、天皇賞と有馬記念を制し、もはや走れるレースがないということで引退を表明。

人々に惜しまれながらシンザンはターフを去った。

 

引退後もその影響力は大きく、「シンザンを超えろ」のスローガンは日本競バ界の発展の為に標榜され続け、シンボリルドルフが現れるまで続いた。

 

 

そんなシンザンが何故アメリカに旅立ったのか。

それはよしみの旧友との同窓会に出席するため。もう一つはあるウマ娘の命日に花束を送る為であった。

 

「ふう……」

 

飛行機を乗り継ぎ、日本から搭乗する事およそ24時間以上の時間を費やし、シンザンは南米の孤島プエルトリコにやってきた。

 

「やはりこの年になると長時間の移動は体に応えるね……」

 

花屋で献花を買い、タクシーに乗り、彼女はある一つの墓地を目指す。

ようやく目的地にたどり着いたが、何やら様子がおかしい。テレビカメラが回っているのだ。

 

「なんだい、今日はカメラが回ってるのかい?」

その墓地に眠る一人のウマ娘の命日には、毎年多くのファンが華を添えにやってくるのだが……。

 

「おや、来たんだね、シンザン」

「おお、シーバードかい。久しぶりだね」

「元気だったかい?」

「はは、まだまだ耄碌してないよ」

 

顔なじみのに出会い、口元を緩める。

 

彼女の名はシーバード。フランス史上最強のウマ娘と言われ、今なお多方面で精力的に活動している女性だ。凱旋門賞を取ったこともある。

 

「リボーやリライアンスも来ている。今日は盛り上がりそうだ」

「テレビカメラが回ってるね。何かあるのかい?」

「なんでもドキュメント番組を作るらしいんだ。この時代、彼女の名を知る者も少なくなり始めてきたからね」

「罰当たりなことだ。彼女を超えるウマ娘なんてこの先何百年経とうとも現れないというのにね」

シンザンは周囲を見渡す。

「で、アメリカ出身のあいつは来てないのかい?」

「セクレタリアトのことかい? 時間にルーズなあいつが定刻通りに来るはずないじゃないか」

「違いない……」

 

シンザンは周囲の人間を、どいてくれ、と押しのけ、墓前に立つ。

「日本から獺祭を持ってきたよ。総理大臣が大統領に送った酒だ。気に入ってくれると嬉しいんだがね……」

一升瓶を開け、お猪口にそっと注ぎ、献杯する。

 

「おまえさんが日本を訪ねてきた時の事は、今でも鮮明に思い出せるよ」

 

遠い日の思い出……シンザンはあの時、「彼女」に出会った。そして走った。あの時の走りは、とても楽しかった。

 

「なあ、『ゴールドアヅゥーカー』……」

 

 

これは一人の心優しいウマ娘の物語……。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

南米プエルトリコの島、貧富の差が激しいその島で、少女は生を受けた。

 

「これは、ウマ娘じゃないか……」

「そうね。神様の授かりものかしら」

両親ともにただの人間であり、ウマ娘が生まれるのは稀だった。島にもウマ娘は殆どいなかった。

さてさて、彼女にどんな名前を付けようか、父は悩んだ。

父は金髪に近い程の薄い栗毛とサトウキビ農園に勤めていた事から、それにちなんだ名前を付けようとした。

「ブラウンシュガー……ゴールドシュガー……ちょっと安直かな?」

「それならゴールドアヅゥーカーはどうかしら?」

「ゴールドアヅゥーカーか……。うん、いい。それでいこう」

こうして少女は『ゴールドアヅゥーカー』と名付けられ、大切に育てられた。

 

しかし家は貧しかった。

アヅゥーカーも小さい頃から父のサトウキビ農園を手伝うなど一生懸命に働いた。

「アヅ、これをあそこに持って行ってくれ」

「はーい」

 

そんな彼女にも、楽しみがあった。

陸上部に所属していた、長兄の活躍を見物することだった。

 

「お兄ちゃん、恰好いいなあ……」

事実、兄の運動能力は高く、後にアメリカ本土の大学で推薦入学を受けたこともあった。

 

 

そんなある日……、

 

「なあアヅ、おまえ、本気で走ってみないか?」

 

兄に誘われ、皆が使ってるグラウンドに足を踏み入れたのだ。

人間の男女とかけっこすることはあったが、彼女はウマ娘、まともに競い合えば勝つに決まっている。

そのため、アヅゥーカーはこれまで本気で走ったことはなかった。

 

「みんなに話は通してある。おまえの走りをみんなに見せてやってくれ」

「有難うお兄ちゃん。じゃあわたし、思い切って走ってみるね!」

 

 

「それじゃ、始めるぞ。位置に付いて、よーい……」

「……」

「スタート!」

 

 

ば    び    ゅ    ん    !!!!

 

 

「……」

「……」

「……」

「ゴール! どうだったお兄ちゃ……え、あれ? あれあれ? わたし、なんか悪い事しちゃったの、かな……?」

 

そう。アヅゥーカーには、溢れんばかりの走りの才能があったのである。

 

その走りのインパクトにグラウンドにいた人々は声も出ず、ストップウォッチを持っていた男は、あまりの凄さに止めるのを忘れる程だった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

南米の島に、ミサイルみたいな走りをするウマ娘がいる、その噂はたちまちのうちに広がり、アメリカ本土にも広く伝えられた。

 

この時代、アメリカには州に最低一つは大規模なトレセン学園が存在し、スカウトは契約金という名目で有力なウマ娘に金を積み、青田買いするのが常習化していた。

 

その中で特に彼女を評価したのが西海岸シアトルのトレセン学園。

スカウトは遠く南米の島を訪問し、彼女の両親にも挨拶に回った。

 

「どうかね? アヅゥーカー君。是非、うちの学園に来てくれないか?」

 

しかしその噂を聞きつけて黙って見ているわけにはいかなかった所がある。

当時、ライバル同士と言われていたカリフォルニア州・ロサンゼルスのトレセン学園だ。

 

「我々にも面子というものがある。それに、あんな化物が入学したらとんでもないことになる。仕方ない……」

そしてロサンゼルスの学園のスカウトが動く。

「ゴールドアヅゥーカー君!」

 

「契約金5000ドル! 学費免除! 寮完備! この条件を付けるから、うちの学園に来てくれ!」

 

今のインフレしているメジャーリーガーの年棒などを基準に考えてはいけない。

あの伝説のメジャーリーガー、ベーブ・ルースの年棒が1930年代準拠で8万ドルである。

他のトップ選手でも50年代準拠で最高年棒10万ドルくらいだ。

 

野球選手でもなく、全くの無名で、ウマ娘に過ぎないゴールドアヅゥーカーに提示された契約金が、どれだけ法外な金額か分かるだろう。

 

「ご、ごせんどる……? パパの日当のいくらぐらいに……。い、行きます! 行きます行きます! 行かせてください!」

貧しい家で育ったアヅゥーカーに、迷う理由はなかった。

 

無論両親は不安だった。まだ小さいアヅゥーカーを、アメリカの大都市で一人で暮らさせることに躊躇いはあった。

ましてやアメリカ合衆国には現代では比べ物にならない程有色人種差別が横行している時代である。

 

しかしアヅゥーカーが両親に向けた言葉はとても優しいものだった。

 

「わたし、育ててくれたパパとママに恩を返したい。パパも、ママも、お兄ちゃんたちにも、楽をさせてあげたい」

例え貧しくても、笑顔が絶えなかった家で暮らしてきたアヅゥーカーは、それがどれだけ素晴らしいことか知っていた。

だからこそ、みんなの生活が少しでも楽になれば、と思ったのだ。

 

 

こうしてゴールドアヅゥーカーはロサンゼルストレセン学園に入学することになった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「ようし、頑張るぞ!」

 

トレーナーも付き、周囲を圧倒する走りでまずはデビュー戦を白星で飾る。

しかし、アヅゥーカーの競バ人生は決して順風満帆とはいかなかった。

 

「……なんだあいつ、黒いよね」

「……そうだな、黒い」

「……黒すぎるよね」

 

目立つ存在であったアヅゥーカーは、注目度も高かった。それ故に……、

 

「引っ込めー!」

「焦げたクロンボー!」

「穢れは消えちまえー!」

 

まともに人種差別を喰らってしまう。

 

それだけではない。

トレーナーから「君が走ると白人の観客が来てくれなくなる」という滅茶苦茶な理由で、レースにすら出させてもらえないまま軟禁状態となってしまう。

 

トレセン学園も何とか事態の収束に動くのだが、これが火に油。アヅゥーカーを罵倒する声は日増しに高くなり、彼女もまた、レースに出ることを拒否するようになる。

 

数少ない友人にも、悩みを打ち明けることもあった。

「わたしは、世界に愛されてないのかもしれない……」

「アヅ……」

 

 

ゴールドアヅゥーカーというウマ娘は、そのまま差別と偏見の中で潰れていくのか……。そう思われていた。

しかし、そんな彼女に救いの手を差し伸べる者が現れる。

 

しかもその男は、ウマ娘の世界とは全く違う世界に生きる男だった。

 

「やあ、君がゴールドアヅゥーカー君だね?」

「あなたは……」

 

「ボクの名は、ロベルト・クレメンテという」

 

ロベルト・クレメンテ。

日本では知名度こそ低いが、アメリカでは知らぬ者はいないと言われる程の伝説のメジャーリーガーである。

野茂英雄が日本人メジャーリーガーの先駆けであったように、中南米(ヒスパニック)メジャーリーガーの草分けとなったのが彼だった。

後に3000本安打を打つ好打、ライフル・アームと評される規格外の強肩、温和で紳士的な人間性、そして差別に負けない強靭な精神。

有色人種差別が蔓延るアメリカにおいて、その偏見を払拭しようとする者が多かったアメリカにおいて、彼はマイノリティ・ヒーローであった。

 

 

「ボクもメジャーデビューをした頃は色々あってね、君が置かれてる状況は理解しているつもりだ」

「はい……」

「どうだろう、ペンシルベニアのピッツバーグトレセン学園に転入してこないかい?」

「ピッツバーグ……確か、ロベルトさんが所属しているパイレーツがある街ですよね」

「その通りだ。ボクは今、アメリカの永遠の課題である有色人差別を変えるために野球をしながら奮闘している。あそこなら、君の理解者も多いはずだよ」

「……」

「君が、差別をちっぽけなものだと思うなら、その脚で、走りで、それを証明してみせろ!」

「……! はいっ!」

 

 

こうして、ゴールドアヅゥーカーは転入を決める。

ロサンゼルスのトレセン学園は多額の契約金を払ったことを問題視するが、このままでは埒が明かないということで転入を認めた。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

そしてアヅゥーカーは改めてデビューを果たす。

学園では寡黙なトレーナーが付いた。

「レースの世界は実力が全てだ……強いのなら何も文句は言わねえ……」

放任主義ではあったが、情に厚い男であった。

 

ある時、アヅゥーカーにブーイングを浴びせた男がいた時は、

 

「引っ込んでろ黒豚ー!」

「んだとう!? てめえ、もういっぺん言ってみろ!!」

 

観客席に怒鳴り込み、取っ組み合いの大喧嘩をする事もあった。

 

「……トレーナー、すいません」

「いいんだよ……俺はおまえのトレーナーなんだ。俺にはおまえを守る義務がある……」

「……っ……」

口数少ないトレーナーではあったが、アヅゥーカーも信頼を置ける人間が側にいるようになり、心に余裕が出るようになる。

 

一方、デビュー後のアヅゥーカーのレースはどうなったのか?

 

それはもう、圧巻の一言であった。

 

抑え込まれていた鬱憤を晴らすかのように、アヅゥーカーは芝もダートもお構いなしに走る。走る。

デビューから4連勝。オープン入りを成し遂げ、いよいよ重賞に挑戦する。

 

「……っ」

 

『勝ったのはミッドナイトカクテル。見事な末脚でした。一番人気のゴールドアヅゥーカーはバ郡に飲まれ4着に終わりました』

 

しかし初の重賞は4着とほろ苦い結果に終わる。

他のウマ娘たちのG1級の徹底マークがあって前を完全に防がれたのが敗因だった。

後から聞いた話によると、他のウマ娘には「自分が負けてでもアヅゥーカーには勝たせるな。あんな黒ンボに勝たせたら恥だと思え」という暗黙の通達があったらしい。

 

「くそっ、あいつら、後で袋叩きにしてやる!」

「……いいんです、トレーナー。このまま順調に行ったらいつか必ず躓くと思ってましたから。今日は学習と思っておきます」

「アヅ……」

 

 

最初から不得手なコース取りでレースに挑まなければならないと知った彼女は、思い切った戦略を取る。

アヅゥーカーは最後方からの追い込みのスタイルを身に着けたのだ。

序盤は脚を溜め、前方のウマ娘の位置取りを見ながら進むべき道を測り、最後に直線一気で駆け抜ける。

これならマークもクソもない。大外を回ることになるが、今のアヅゥーカーにはそれを走り切れるほどのスタミナと足腰があった。

 

そして6戦目。アヅゥーカーは改めて重賞。グリーンウッドカップステークス・ダート2400に出場する。

アメリカの重賞は一桁頭立てのレースも多い。僅か5頭立てというレースすらある。今回もわずか7頭であった。

 

そしてアヅゥーカーはここで躍動する。大外刈り一閃。前にいたラストスパート中のウマ娘を遥か後方に置き去りにし、見事1着を取る。

 

『来た! ここで来た! まさにミサイル! これ程の走りが出来るウマ娘がいるでしょうか!? ゴールドアヅゥーカー、圧巻の走りでまとめて撫で斬った!』

 

実況が感嘆する。観客も度肝を抜かれる。トレーナーは小さくガッツポーズする。

アヅゥーカーの走りはまさに千両役者だった。

 

何よりもアヅゥーカーの走りがテレビで取り上げられ、その走りに魅了された人々が競バ場に足を運ぶようになったのが大きかった。

かつて、ウマ娘のレースはアメリカ4大スポーツと比べるとまだまだマイナーなものだった。

しかしアヅゥーカーの走りは人を惹きつけるものがあった。当然だ。素人目で見ても驚嘆する走りだからだ。

 

「人力と機械、勝てるはずがない」

「あれは本当にウマ娘なのか? 脚にロケットエンジンが付いているんじゃないか?」

 

そしてウマ娘のレースもマスメディアから注目され、単なる競バ界のレースから徐々に国民的な注目を集めるイベントに生まれ変わろうとしていたのである。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

ペンシルベニアは沸きに沸いた。

ロベルト・クレメンテがスタジアムでスーパープレイを見せれば、ゴールドアヅゥーカーが競バ場でミサイルのような脚で全てのウマ娘を追い抜いていく。

 

アヅゥーカーにもたくさんの取材が来るようになった。例え忙しくても笑顔で答え、未だ残る差別には多少口汚くして対応する。

彼女もまた、自分がマイノリティであることを自覚していた。

 

そして何よりアヅゥーカーが愛されたのは、彼女の人間性によるところが大きかった。

 

アメリカ全土にいるウマ娘は50万はくだらない。アメリカのウマ娘協会はレースに出場した彼女たちに出走手当を配布していた。

勿論優勝すればそれだけ多くの手当てが貰える。G1勝利となれば土地が一つ買える程莫大なものだった。アメリカンドリームである。

アヅゥーカーも賞金稼ぎと称される程活躍したが、彼女はその手当の半分を恵まれない人々、例えば都心のスラム街の子供たちに寄付していた。

 

「アメリカもまだまだ貧富の差が激しいですからね。ご飯とお薬はいっぱい送りたいです。学校を作るのもいいですね」

心無い人々はアヅゥーカーの善行を「偽善的なパフォーマンス」と罵ることもあったが、彼女は大真面目に支援を続けていた。チャリティー活動も盛んに行っていた。

アヅゥーカーの走りが見たい、という声があったらテレビを送ったりもした。

「わたしも貧しい家庭に生まれました。でも家には笑顔が絶えませんでした。笑える、ということはとても大事なんです。明日への活力になるんです」

 

ゴールドアヅゥーカーの名はアメリカ各地に少しづつ、だが確実に伝わっていった。

 

その後も彼女は勝ち続けた。

アメリカクラシック戦線も戦い、ケンタッキーダービー、プリークネスステークスは勝利するもベルモントステークスは2着と惜敗。3冠獲得はならなかった。

しかし彼女の反応はサバサバしていた。

「自分より強いウマ娘がいて、競い合えるということは幸せな事だと思いますよ」

 

そしていよいよ地元開催のG1レース、ペンシルベニアダービー(パークスレーシング競バ場ダート1800)に出走が決まる。

このレースは必ず勝つという強い意気込みでレースに挑む。

 

観客席には応援に駆けつけてきたファンがレコード記録となる程詰め寄せた。

招待したスラム街の子供達も応援に駆け付けた。

きっと、遠い街で支援してきた人々も見ている筈だ。

 

「アヅー、頑張れー!」

「ゴールドアヅゥーカー、今日も見せてくれよー!」

 

(……アヅ、おまえの晴れ舞台だ。精々楽しんでこい)

観客席でトレーナーも拳を握りながら見つめる。

 

 

レースはスローペースのまま四番人気と二番人気が競り合いながら進む。

他のウマ娘もゴールドアヅゥーカーが最後の直線でやってくることは分かっている。

彼女の脚に対抗するには、まず脚を残す。そして徹底したマークをする。この2点だ。

事実、隊列は横に並んでおり、シュガーが仕掛ける前方は塞がれているように見えた。

 

迎えた最後の直線。二番人気は斜行寸前なほど体を大外に振った。

他のウマ娘はその内を突いてスパートを仕掛ける。

 

これでアヅゥーカーは何処からも仕掛けられない。いかに強い脚を持つウマ娘でも、前方全てが塞がってはどうしようもない筈。

二番人気・エスマインは作戦の成功を確信した。

 

しかし……、

エスマインは左側にただならぬ気配を感じ取る。

 

そんな馬鹿な。もはや左にはウマ娘一頭走れるかどうかという隙間しかない筈。

だが、その隙間、超大外を駆け抜けてきたのは間違いなくゴールドアヅゥーカーだった。

 

そしてここで満を持して『ミサイル』と讃えられたアヅゥーカーの脚が炸裂する。

 

 

『来た! ここで来た! ゴールドアヅゥーカーだ! ゴールドアヅゥーカーが来た! 見ているか国民よ! 震撼せよ全米よ! これが国内最強の末脚だぁぁっ!』

 

ぐんぐんと加速したアヅゥーカーは他のウマ娘を振り切り、見事一着でゴール板を駆け抜けたのだった。

 

 

大歓声と拍手が沸き起こる。アヅゥーカーは立ち止まり、観客席に向けて深くお辞儀をした。

レース後、彼女は、

「今日勝てたのは皆さんのおかげです。今日のテーマは『感謝』と『笑顔』でした!」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

その後もアヅゥーカーはGⅠ戦線で戦い続ける。

 

彼女の寄付金も莫大なものになり、貧しい人々は多大な感謝をした。応援するファンレターもたくさん届けられた。

故郷の両親にも大きな家と畑をプレゼントした。父はプエルトリコの農場主になった。

 

 

このままどこまで走り続けるのか……。誰もが期待を寄せていた。

 

しかし、競バの神は、一人の少女に栄光を保ち続ける道を歩ませなかった……。

 

 

「うっ……!」

練習中、アヅゥーカーは思い切り倒れてしまう。アクシデントがあったことを、トレーナーは瞬時に理解した。

 

「どうした、アヅ!?」

「あ、脚が……」

「…………捻挫だな。かなり腫れている。この脚じゃ日曜日のレースは無理だな。仕方ない。出走は取りやめよう」

「すいません……」

「気にするな。久々の休暇だと思え」

 

 

そして傷も癒えた後、アヅゥーカーはレースに出走。最後の直線、早速追い込みの捲りを試みる。

 

しかし結果は5着。しかも今までのアヅゥーカーとは思えない、まったくキレのない敗着だった。

 

「お、おかしいな。脚が思うように動いてくれない……」

 

怪我の後遺症は、彼女の最大の武器である『脚』を奪っていた。

次のレースも、その次のレースも、アヅゥーカーは惨敗する。

実況も、観客も、そしてトレーナーも、彼女の異変に気付いていた。

 

『どうしたんだゴールドアヅゥーカー。アメリカの至宝が成す術ない惨敗です』

 

「……オーマイガ。これが本当にアヅゥーカーの走りだってのか?」

「アヅ……」

 

鉄人が、遂に壊れた。

見ている人々全員が、それに気付かざるを得なかった。

 

不幸は続く。今度は練習中に骨折を発症。向こう数か月間を棒に振る。

 

そして傷が癒えても、全米を震撼させたあの脚は遂に戻ってこなかった。

 

「まるで、自分の脚じゃないみたい……」

これまで、走ることで人々に夢と勇気を与えてきたアヅゥーカーは、生まれて初めてふがいない自分の有様に泣いた。

 

そしてこれまで背負って来た人々の期待に応え続けるという重責がのしかかり、雁字搦めになっている自分に気付いてしまった。

 

 

アヅゥーカーの変貌はメディアも取り上げ、アメリカ中に大々的に取り上げられた。

スラム街の人々も、心の奥で彼女の一ファンだったウマ娘達も、動揺を隠せなかった。

 

地元のマスコミは迷った。今の彼女にインタビューをするべきか、否か。

アヅゥーカーの本心を聞くべきだ、という声もあった。今はそっとしておくべきだ、という声もあった。

 

トレーナーは取材拒否という態度を取った。彼女の練習にも人を入れなかった。

 

 

こうして瞬く間に数ヵ月が経ったある日、ゴールドアヅゥーカーは自らの意思で会見の場を設けさせてほしいとメディアに願った。

 

その当日、学園前には多くの人々が押し寄せた。

 

ゴールドアヅゥーカーは、周囲の視線を気にしながら、大きく息を吸い、吐き、ゆっくりと語り始めた。

 

「……先日、私の両親が学園を訪ねてきたんです」

両親との久々の出会いを、アヅゥーカーは喜んだ。久々に笑い、食事をし、休息を味わった。

その時、父はアヅゥーカーにこう尋ねた。

 

「なあアヅ、おまえは今どうしたい?」

娘のおかげで両親の家は以前とは比べ物にならない程豊かになった。父も今や立派な農場主。貧しい人を雇い入れ、給金を与える側に回ることが出来た。

何もかもおまえのおかげだ。父はそう言った。そして、負担だと思うなら辞めたっていい。おまえの人生だ。好きなように生きろ、と。

 

 

「その時、私は気付いたんです。私は、こんなにも多くの人々に愛され、応援されてきたんだと……」

そして目を見開き、しかと言った。

「私には、応援してくれるファンがいます。支えてくれるトレーナーがいます。勇気付けてくれる友人がいます。そして、笑顔でいてくれた両親がいます。

その人たちの為に、私は立ち止まるわけにはいかないんです。

時間は掛かるかもしれません。でも見ていてください。私は必ず復活して見せます!」

 

大きな歓声が上がった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

そしてアヅゥーカーの地道な練習が始まる。

これまでの追い込みのスタイルを全て捨て、先行重視のスタイルを身に着けようとしたのである。

 

これまでの走りを捨てることは彼女にとって断腸の思いだっただろう。

 

一歩、一歩、着実に彼女は走りを煮詰めていく。

そして、鉄人、全米最強、あらゆる名声を捨てたが、彼女は再びターフに戻って来た。

 

確かに時間は掛かった。幾度となく流した汗、周り続けた練習場……それでも中々結果は出ない。3着、2着、3着と敗戦は続いた。

 

しかしその努力が遂に実る時がやってくる。

客席もまばらなグレードⅢ、彼女は久々の白星をあげる。

 

レース後、彼女はインタビューに対してこう答えた。

「勝てた事より、勝てるまで練習し続けられたことの方が嬉しいです」

 

「アヅ……、みんなこの時を待ってたんだぜ」

 

例え全盛期の走りは出来なくても、衰えを隠せない身であっても、アヅゥーカーのファンは決して彼女を見捨てなかった。

何故なら、彼女は、彼女こそは、ヒーローなのだから。

 

 

だが、そんな彼女にも遂に引退の時がやってくる。

 

既に腰が悲鳴をあげており、脚にも慢性的な痛みが走っている。

痛み止めの注射を多用しながらのレースであり、彼女の体が限界を超えていることは明らかだった。

 

節目の50戦目。これが彼女の引退試合になった。

場所はデルマー競バ場で行われる、グレードⅠ・パシフィッククラシックステークス。

 

「別にGⅠじゃなくてもよかったのに……トレーナーったら」

「……別にいいじゃねえか。最後は華々しくいかねえとな」

「華々しく散るんですか?」

「馬鹿野郎。勝つんだよ」

 

引退試合ということもあり、観客席には大勢のファンが詰めかけた。

ここは地元ではなく、カリフォルニア州サンディエゴなのに、である。

 

(さて、衰えを隠せない私がどこまでやれるのか……こうなったらファンの力を借りるしかないか……)

 

レースが始まる。

アヅゥーカーは最高のスタートであっさり好位置を取る。しかしここはGⅠ。一筋縄ではいかない。

大逃げをうつウマ娘。アヅゥーカーをしっかりマークするウマ娘、序盤は脚を溜めるウマ娘、様々だ。

しかしアヅゥーカーはじっと耐え、動かない。隊列が徐々に長くなっていくが、彼女は仕掛け時ではないと感じていた。

そして大逃げをうっていたウマ娘に痺れを切らした他の面子が追走に入る。

楽には逃がさない。そういった強い意志を持った追走だ。

しかし後方にも脚を溜めている者もいる。どうする?

 

(わたしが逃げる! このまま一番でゴールに入る!)

(まだだ! もうちょっとだけ耐える……!)

(いける! このまま先頭を差し切ってわたしが勝つ!)

 

「どうしたゴールドアヅゥーカー! もはや脚は一杯か!?」

場内実況は叫ぶように言った。

 

しかしアヅゥーカーは大逃げをうったウマ娘を追走していたウマ娘が捕らえる瞬間、強く脚を踏み込んだ。

 

(……ここだ。もう二度と走れなくなってもいいという覚悟……違う、Determinationを全て出し切る!)

 

するとアヅゥーカーはかつてのような凄まじい豪脚を発揮。あの『ミサイル』と讃えられる程の脚で直線一気に先頭に詰め寄る。

そしてそのまま逆転し、見事ゴール板を駆け抜けたのだった。

 

大歓声が上がる。ゴールドアヅゥーカーを讃える大歓声が。中には嗚咽を吐き、感動して号泣する者までいた。

最後の最後、アヅゥーカーの魅せてくれた脚は、間違いなく全盛期に人々を掴んで離さなかったあの『脚』だった。

 

彼女は最後までヒーローであり、千両役者だった。この声を浴びるように聞きながら、彼女は泣きながら笑った。

 

「有難うございます! 今日のテーマは、『感謝』でした!」

 

 

そしてアヅゥーカーは宣言通りこのレースで引退。引退式には恩人であるロベルト・クレメンテから花束が捧げられた。

「お疲れ様。アヅゥーカー、君は最後まで最高のヒーローだったよ」

「ここまでこれたのはロベルトさんのおかげです。わたしをピッツバーグに誘ってくれてありがとうございました!」

 

通算成績50戦30勝2着8回。

これは地方競バ場ならともかく、GⅠ戦線を戦うウマ娘としてはありえない程の競争回数である。

それだけ彼女の体が頑健であり、鉄人と言われるゆえんであったからだろう。

 

だが、ここまで来れたのは決して彼女一人の力ではなかった。

どの世界でも言えることだが、強いウマ娘がいる時、そこには素晴らしいスタッフがいるのだ。

寡黙だが誰より彼女を応援してきたトレーナー。食事管理を頑張ってくれた学園の食堂の人々。怪我をしたアヅゥーカーを支えてきた学園の主治医。

彼らの献身的な支えがあったからこそ、彼女は鉄人足り得たのである。

 

そしてそんな彼女を応援してくれたアメリカ全土に広がるファンの人々。

有色人種でありながら色眼鏡で見ずに応援し続けた人々がいたから、アヅゥーカーはここまで頑張ってこれた。

 

 

(ああ……夢が終わっちゃう……。このまま覚めなければいいのに……。でも、通じたよね。わたしの想い。届いたよね、わたしの気持ち……)

 

 

ゴールドアヅゥーカー。間違いなくアメリカ競バ史に名を残すウマ娘は、こうして惜しまれながらターフを去った。

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