果たして彼女は何を成し遂げたのか、見てください
引退後、アヅゥーカーはプエルトリコに戻って来た。
両親の笑顔と温かな環境の中で、農場を手伝いながら静かに暮らした。
そして結婚。後に一男一女一ウマ娘の母親となる。
娘のウマ娘もまた、偉大な母親に憧れ、競走バの道を志すようになる。
重賞こそ勝ち抜くなど活躍したが、怪我に泣かされ、早期に引退。母のように名を残すことはできなかった。
しかし彼女は後にこう語っている。
「確かにお母さんのようにはなれませんでした。でもこんなわたしを応援してくれるトレーナーがいて、ファンが沢山着いてくれました。
わたしもお母さんと同じ有色ウマ娘なのにですよ。ブーイング一つ浴びる事もありませんでした。
悔いなんて何もない、本当に幸せな競走バ人生でしたよ」
母親がこの世にしかと残した痕跡。それがアメリカを変えたのは間違いないだろう。
スラム街の人々は随分減った。孤児でありながら学校に行ける子供も増えた。レースを応援する人々も増えた。
こうして穏やかな日々がいつまでも続く。……そう思われていた。
しかし天は、アヅゥーカーにもう一度あの世界に戻ってこいと伝えたのかもしれない……。
きっかけは南米ニカラグアで起きた大地震だった。多数の被災者が出る惨事になった。
これを受けて黙っている彼女ではない。
食料と薬を集め、現地に送ったのである。
しかし……、
なんと現地の軍人が支援物資を没収し、モルヒネを売りつけるという暴挙に及んだ。
これを受けてアヅゥーカーはキレた。そして現地に飛んだ。
「こらー! みんなが大変な思いをしている真っ最中に何やってるんだあんた達はー!?」
「げぇっ! ゴールドアヅゥーカーだ!」
そして軍人たちが横領した物資を奪い返すと、アヅゥーカーは寝る間も惜しんで被災者の救援を行った。
彼女の力になろうと、ボランティアに駆けつける人々も現れた。余震は鳴り響き、治安は最悪、なのにである。
……そこまではよかった。
年が明けてすぐ、彼女は一本の電話を受け取る。
「はい、もしもし、ゴールドアヅゥーカーです」
『やあアヅゥーカーさん、……実は、非常に言い難いことなんだが』
「どうしたんですか?」
『どうか冷静に聞いてほしい』
「えっ……ええええええええっ!? な、な、なに言ってるんですか!? 人を騙すにも程がありますよ!」
『すまない。だが事実なんだ。いいか、落ち着いて聞いてほしい』
『ロベルトが死んだ。願わくば式に参列してほしい』
ロベルト・クレメンテの死は、多くの野球ファンを驚愕させた。
ニカラグア大地震で現地の軍人が支援物資を横領しているという報を聞きつけた彼は、自ら物資を詰め込んだ飛行機をチャーターして現地に飛ぶことを決意したのだ。
しかしその行動は最悪の結末を迎える。
飛行機は航空中にエンジンの不調を起こし、引き返そうとしたが、時既に遅し。そのままカリブ海に墜落したというのだ。
友人知人が彼の遺体を捜索するも、遂に遺体は上がらなかった。
英雄の非業の死はメディアを通じてアメリカ中に伝えられ、多くのファンが悲しんだ。
しかし最も悲しみを現したのはアヅゥーカーだった。
「嘘だ……嘘だ……嘘だ……」
ロベルトは差別に苦しんでいた自分を競走バの世界に招き入れてくれた大恩人である。
彼の誘いなくして、ゴールドアヅゥーカーというウマ娘は存在しえなかっただろう。
「うっ……うわあああああああああああああああっ!!!!」
ロベルトの死に、アヅゥーカーは泣いた。大泣きした。赤子のように。周りが近寄れなくなるくらい。
息子たちはその時のアヅゥーカーをこう評した。お母さんは壊れたスピーカーのようだった、と。
だが、一通り涙を流した後、アヅゥーカーはこう誓った。
『競バ界を、明るくしよう』
ここから、ゴールドアヅゥーカーの第二の人生が始まったのである。
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まず、アヅゥーカーは夫と子供たちに謝った。もう一度アメリカ本土に行かせてほしい。しばらく帰れなくなる、と。
夫はこれを承諾した。子供達も賛同した。
「行ってきなさい、アヅゥーカー。君を待っている人がいるのなら、何処へだって行ってきなさい」
「かーちゃん、頑張れ!」
「有難う……有難う……お母さん、頑張るね」
そしてアヅゥーカーはまず、世話になったピッツバーグのトレセン学園のスカウト兼トレーナーに就任する。
学園も彼女の帰還を快く引き受けてくれた。
そしてアヅゥーカーはまず、アメリカ中の小さな競バ場を巡るようになる。
この時代、有力視されたウマ娘を囲う契約金も莫大になっていた。
眼力ではなく、契約金が全て。そういう時代であった。
ある日の小さなレース場。
「……あー! くそ、また負けた!」
(あの娘、負けたけど足腰はしっかりしてるし下半身の使い方も悪くないなあ。ちゃんとした指導を受ければ伸びそうだ)
レース後、アヅゥーカーは彼女に声をかける。
「はあ、トレーナー? 何いってんですか。こんな辺鄙な所にトレセン学園なんてないし、トレーナーもいませんよ」
「ふーん……じゃあさ、あなた……」
「わたしと一緒に、ピッツバーグに来ない?」
アヅゥーカーは有力視されてないほど小さなレース場を巡り、原石とも言えるウマ娘をスカウトしたのである。
するとどうだろう。
たちまちのうちに重賞を獲得するウマ娘が次々に輩出される。
GⅠウマ娘は中々出なかったが、後に『バーンアウト』と呼ばれるウマ娘がクラシックで2冠を達成。
アヅゥーカーの栄誉に華を添えたのである。
「莫大な契約金を貰ったわたしが言うのもなんですがね、プロの世界はやっぱり入ってから稼ぐ所なんですよ」
彼女はテレビのマイクに向けてこう答えた。
そしてアヅゥーカーの動きは例え潤沢な資金を持たないトレセン学園でもスカウト次第で名ウマ娘を輩出できるという可能性を提示した。
スカウトマンは全米を巡り、自らの眼力を鍛え上げるようになったのである。
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それから数年後、USAトレセン協会に空きがあるという話を聞くと、今度は協会の役員に就任。精力的にウマ娘の世界と走りを啓蒙する活動を始める。
そしてその中で彼女は新たな『夢』への交渉を目指すようになる。
「大小問わず、各州の競技場で予選を行い、最終的に州の代表選手を抜擢する。
そしてその代表選手たちが一堂に会し、アメリカ最強のウマ娘を決める……そんな夢のようなレースを、開催できないものか……」
GⅠとは違う、言わばウマ娘のレースのワールドシリーズを行いたい、それがアヅゥーカーの思い描いた夢だった。
しかしこれには協会側も中々取り合ってはくれなかった。あまりに荒唐無稽過ぎたのだ。
「アメリカ最強のウマ娘を決めるレース? おまえは何を言ってるんだ?」
交渉を断られても、決してめげずに粘り強く提案を繰り返した。
それだけ、彼女のプロジェクトには熱意をかけるだけの意欲があったのだ。
結局、根競べに負ける形で協会も少なからず応援することになる。
しかしそれは、「一度失敗しないと彼女は納得しないだろう」という消極的な根負けだった。
「で、幾ら必要なのだ?」
「そうですね……」
(……どう切り出せばいいんだろう。なにせ前例がないプロジェクトなんだ。どれだけの規模になるかわからない。でも大きく出れば断られる)
「では10万ドルでどうでしょう」
「分かった。しかしこれだけだ。これ以上はビタ一文出せないと思ってもらおう」
こうしてアヅゥーカーのプロジェクトの船出が始まった。
アヅゥーカーも精力的に活動を続ける。アメリカ中を渡り、署名を募り、取材にも応じ、テレビにも積極的に出た。
……だが、ここに来て問題が生じる。活動資金が尽きてしまったのである。
彼女も自腹で活動を行ってはいたのだが、それにも限界はある。
なにせ殆ど彼女一人で行っていた事である。一応企画に賛同してくれた者の応援もあったが、彼らへの給料で資金はあっさり尽きた。
「まったく、それみたことか。悪いが、これ以上資金は提供できんぞ」
「……そうですか。仕方ありませんね」
そしてゴールドアヅゥーカーは一つの広告を発表する。
『アメリカンドリームカップ(仮称)の応援をしたい者は、2ドルの小切手をトレセン協会あてに送ってほしい』
彼女はもはや実費では無理と悟り、とうとうファンから資金を徴収せざるを得なくなってしまったのだ。
ここまで短いようで長かった盛大な『夢』の計画。しかしプレゼンテーションは完ぺきとはいえない。
ゲームでいえば「有料β版」もいいところだ。本当に開催できるかも未定。はっきりいって滅茶苦茶な広告だった。
壮大な歩みであることは分かっている。しかしそれにどれだけの人が賛同してくれるか未知数であり、彼女の周りの人間も悲観的な者が大多数だった。
それどころか、ゴールドアヅゥーカーは金にがめつい守銭奴と思われるかもしれない。
(無謀……だよね。はたしてどれだけの人が私の夢に協力してくれるか……)
ところが、である。このアヅゥーカーの計画は思いもよらぬ方向に飛ぶ。
資金を募ったところ、わずか一週間で2万通もの大金がトレセン協会に届く。
「ちょっと待って! これ全部小切手なの!?」
「見てこれ、2ドルじゃない。100ドル小切手じゃない!」
「こんなの私たちだけで処理できないよ~誰か助けて~」
トレセン協会の経理部はパンクし、仕事を外注せざるをえなくなった。
何故これほどまでに資金が集まったのか。それはひとえに、ゴールドアヅゥーカーのこれまでに培ってきた信用に寄るところが大きかった。
かつて、彼女の手によって救われたスラムの子供たちが、成長して成人になり、彼女に恩を返そうとお金を提供したのである。
その後も小切手は届けられ続けた。5万……10万……20万……そしてとうとう50万の大台を突破。
更に出場希望者を募集したところ、なんと1万近いウマ娘が出場登録をしてほしいという声が届いたのだ。
「アメリカ最強を決めるレースだって? 面白い……これ程心躍るレースはない! 私も参加するぞ!」
その中には既にGⅠ戦線で戦う一線級のウマ娘すらも名乗り出ていた。
「なんだと!? そ、そんな馬鹿な!?」
これにはトレセン協会の重役たちも驚愕し、態度を一変させることになる。
「こ、これをテレビで放送したらどれだけの視聴率になるのだ!? スポンサーは!? 興行収入は!? どれほど途方もない企画を発案したというのだ彼女は!?」
これにより、トレセン協会の重役たちも重い腰を上げ、彼女の「夢」に賛同すべきとの声が全会一致で決まる。
「しかし、これほどの規模ともなれば、君一人では手に余るぞ」
「むむ……そうですね」
「君の信頼のおける者達に、協力を仰ぎ給え」
そこで彼女は故郷も同然のピッツバーグのトレセン学園の関係者に協力を仰ぐ。
その中にはかつてお世話になったトレーナーもいた。
「トレーナー……すみません。引退している所を担ぎ出しちゃって……」
「気にすることはねえよ。おまえの夢なんだろ? だったら最初から俺に一口かませればよかったんだよ」
とにもかくにも、アヅゥーカーの活動は再開した。多くの人々に協力を仰ぎ、たくさんのプレゼンをした。
これならいけるかもしれない……彼女にはどこか運命めいた確信があった。
勿論不安がないわけではない。それでも必ずこの夢を実現してみせようと彼女は活動を地道に続けた。
(不安はあるけど、後は見守るしかないかな……)
そして19XX。遂に『アメリカンチャンピオンズステークス』と名付けられた一大興業が開幕した。
始まってみれば、それはもう圧巻だった。
予選を平日に行わなければいけなかったとはいえ、競技場には毎日のように人々が集結した。走るウマ娘がいた。テレビ局のカメラがあった。
熱気があった。活気があった。希望があった。そしてなにより、夢があった。
そして半年近い予選を勝ち抜き、遂に州の選抜ウマ娘が決まる。
本予選と準決勝と決勝戦は、ケンタッキーダービーも行われるチャーチルダウンズ競バ場に決定。街はオリンピック級の賑わいを見せ、ホテルは満員となった。
『皆さま、ようこそお越しいただきました。アメリカ最強のウマ娘は誰なのか!? それが決まるアメリカンチャンピオンズステークス! 代表ウマ娘の入場です!』
当然場内は満員。入りきれなくなった人々は場外に設置された巨大スクリーンで戦況を見守ることとなった。
『アラバマ州代表! ブリングイットオン!! アラスカ州代表! レッドアイ!! アリゾナ州代表……』
そのパドックを見ながら、アヅゥーカーは感極まって泣いた。
自分の夢が叶ったから。それもあるだろう。
だがそれ以上に自分の夢に皆が賛同してくれた事が大きかった。
(私のやってきたことは、間違いじゃなかった……。見てる? ロベルトさん……。私、皆が熱狂してくれるようなレースを開催できたよ……)
アヅゥーカーはこの大会が開催される前、ロベルトの名を出した。恩人の非業の死があって以来、自分はこの世界を発展させるべくその身を削ってきた、と。
彼が有色人種差別と闘ってきたように、彼女は競バ界そのものと闘った。
その手に夢を。世界を。
彼女はこの本レースのスローガンと共に尽力したのである。
最後の決勝戦。視聴率は全米で67.8%。勝利したのは、地方からやってきた、全く無名のウマ娘だった。
彼女は後にGⅠ戦線で活躍。数多くの重賞を勝利し、アメリカ競バ界に名を残すウマ娘へと成長。
引退後はハリウッド女優として活躍するなど、まさにその手に夢を掴んで見せた。
歓喜に沸いた本大会。
このアメリカンチャンピオンズステークスは今後も是非開催してほしいという大多数の声を受け、USAトレセン協会は3年に1度の開催を決定。
その朗報に多くの人々が感動した。
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それから1年が経過した時、アヅゥーカーはアメリカを飛び出すことを発表する。
「レースに国境はありません。私は世界を歓喜と熱狂で溢れさせてみたいんです」
まず向かったのは日本だった。日本のトレセン協会は快く彼女を歓迎した。
そしてアヅゥーカーは日本各地を回る。
日本はメインレースが芝でダートレースは少なく、GⅠも大半が芝のレースだった。
「ははあ、そんなものですか……」
そして地方の小さな競バ場を回ると、ウマ娘のレベルは決して低くはないことがわかった。
(彼女たちに活躍の場を設けることが出来れば、日本の競バ界はもっと発展するだろうな……)
そこでアヅゥーカーはアメリカからJBCレースを輸入し、GⅠダートレースを開幕させる。開催地は大井競バ場に決定した。
それだけではない。
「地方のウマ娘に活躍の場を設けるために、もっとGⅠダートレースを開催してくれませんか!?」
と、提案。流石に日本のトレセン協会もすぐには返答は出来ず、善処する、ということで棚晒しにした後でやっぱり駄目でした、という事にしたかったのだが……、
「ふむ、面白い提案だね。それじゃあシンプルにレースで決めようじゃないか」
ある一人のウマ娘が挙手をする。それが、役員を兼任していたシンザンだった。
「芝2000。そこで私とレースしな。勝てば検討しよう。負けたら黙って帰りな」
「……分かりました。勝負しましょう」
「シンザンさん!?」
「いいじゃないか。提案自体は面白いんだからさ」
そしてレースが始まる。どちらも全盛期をとうに過ぎたロートルである。しかしその走りは、周囲の人間を魅了するほど輝いていた。
シンザンの抜群に上手いスタートダッシュ。ゴールドアヅゥーカーの華麗なコーナー周り。
そして最後の直線。鉈の切れ味と謳われたシンザンの脚と、ミサイルと謳われたアヅゥーカーの脚が炸裂する。
(負けられない……! 私の脚、どうか持って……!)
(……この末脚!? もうとうに砕けたんじゃなかったのかい!?)
結果は、1バ身差でアヅゥーカーに軍配が上がった。
「はあ……はあ……はあ……」
「……いやいや、直線勝負で負けるとは、私も耄碌したもんだ。年は取りたくないね……」
「シンザンさん、約束です」
「ああ分かった。お前さんの熱意は充分に伝わった。お前さんの願い、前向きに検討しようじゃないか」
「有難うございます!」
こうして、日本のダートレース界は急速に発展する。
フェブラリーステークスや帝王賞といったダートGⅠが次々に発足し、地方のウマ娘にも活躍の場が設けられたのである。
アヅゥーカーの啓蒙は日本だけに留まらなかった。
アジア、オーストラリア、ドバイ、ヨーロッパ、果てにはアフリカまで、彼女の活躍は続いた。
ゴールドアヅゥーカーの名は世界に轟き、多くの競バファンが知ることとなった。
競バ界は大きく発展し、アヅゥーカーの尽力は決して名声を得る為ではないことが証明された。
そして故郷のアメリカ・プエルトリコに凱旋したアヅゥーカー。
しかしこの時、アヅゥーカーの体はもはや限界だった。
当然だ。彼女の尽力は、あまりに大きすぎた。体には尋常ではない負担がかかっていたのだ。
そしてアヅゥーカーは急速にやつれていく。
食事も思うように喉を通らなくなり、立ち上がることもできなくなり、とうとう病院で寝たきりになってしまう。
(私は、後悔なんて全くしてないよ……)
(夢が叶ったんだ。世界のウマ娘は、みんな私の子供みたいなものだからね……)
そしてアヅゥーカーは永遠の眠りについた。享年46歳。家族が見守る中、苦しむことなく息を引き取ったと言う。
あまりに早すぎる死に世界中の競バファンが涙した。
式は国葬で行われ、大統領すら献花をするほどだった。
大統領は、彼女に大統領自由勲章を贈ることを発表するとともに、
「彼女はアメリカの在り方そのものを変えるために多大な貢献をした。確かに差別は未だ根強く残っている。だが有色人種の大統領が登場するのもそう遠い未来ではないだろう」と語った。
そして死後、USAトレセン協会は、ある一つの賞を改称することになる。
「さて、今日集まってもらったのは他でもない。我々は2年前、『トレセン協会賞』なるものを発足した。しかし私はこの名が気に入らなかった。どんな賞なのか全然分からないからね。
だが我々はここで臨むべき最高の名を手に入れたのではないだろうか。今後、この賞は彼女の名で呼ぶものとする。
……『ゴールドアヅゥーカー賞』。これは競バ界の内と外とを問わず、たとえ人の目にはつかなくとも、現役でなくとも、深く世に尽くしているウマ娘に贈られる……そんな賞だ」
競走バとしても一流であり続け、引退後も競バ界のために尽力し続け、最後の最後まで彼女は人の為に駆け続けた。
彼女の遺した痕跡は、国境も人種も超えて多くの人々が共有するものとなった。
そして彼女の名を冠した賞は、どんなGⅠ勝利よりも栄誉ある賞とされている。
死後数十年経っても、中南米出身のウマ娘は彼女に憧れてアメリカのレース場を駆けることを夢見ているという。
そう、彼女の名は、ゴールドアヅゥーカー……。
その名を永久に世界に刻んだ、不滅のヒーローである……。
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「乾杯!」
「かんぱーい!」
墓に献花を挙げたシンザン達は、近くのホテルのビュッフェで同窓会を楽しんでいた。
シンザンだけではない。シーバード、リボー、ダンシングブレーヴ、フランケル……錚々たる顔ぶれである。
ウマ娘を知る関係者なら、一体何が起きているんだと唖然呆然だっただろう。
ちなみに、ここにいる面子の殆どが、『ゴールドアヅゥーカー賞』を授与された者達である。
「……今日ここに来ることが出来て良かった……。この中じゃ、私が一番先に亡くなるだろうからね……ゴホッ」
とダンシングブレーヴ。
「そんな事言わないでくださいよブレ―ヴさん。……この年になると今でも思い出すよね。凱旋門賞の事を。地鳴りみたいな歓声が響いて、夢みたいな空間だった」
とアカテナンゴ。
「わたしなんて、まだまだですよ。こんな人たちと宴を囲えるなんて光栄です」
とフランケル。
「おーーーーーっと!! 悪い悪い! お待たせしてすまないね!」
そこへ、妙に声の大きいウマ娘がやってきた。
「ようやくお出ましかい、セクレタリアト。あんたは時間にルーズ過ぎるんだよ!」
「いやいや済まない。車が込んでてねー!」
「嘘つけ。大方空港で寝てる間に飛行機が飛んでいったんだろう。口元に唾の跡があるじゃないか」
「あれ、分かるのか!?」
ゲラゲラと笑う。
「……あの人本当にアメリカ最強ウマ娘だったんですか?」
「アヅゥーカーの次に、かな。まあ全盛期でぶつかり合ったら分からないかもね。それだけ強かった」
「昔の事なんて、私の中ではもう過ぎた事さ! 今はただのハリウッド女優だよ!」
「やれやれ、いつまで現役を続ける気なのかね。もう老婆じゃないか」
「それはそれで需要があるんだよ! あ、コックさん、ピザを10枚ほど焼いてもらえないかな!?」
「……全部ひとりで食う気だねあれは」
「まったく……」
その後、セクレタリアトはレストランの食材を頬張り続け、更に酒が足りないとバーに向かったのだった。
この年であの生命力……。やはりそれは性格の成せる力なのだろうか。
「ふう……」
ホテルの一室でシャワーを浴びたシンザンは、ベッドに腰かけた。
「アメリカじゃあ白人と黒人が同じ風呂に入るなどありえないことらしいね。悲しいことだ。アヅゥーカーの想いも知らないで」
コンコン……。
「ん?」
「シンザン、起きてるか? 私だ。シーバードだ」
「おや、どうしたんだいこんな夜更けに」
「ちょっと二人で話さないか? いいワインを持ってきたから付き合ってほしい」
「ああ、いいよ」
シンザンはドアを開けた。
「シンザンは以前言っていたね……凱旋門を走りたかった、と」
「……そんな事も言ったね。あの時代、日本勢は海外で成功した試しがなかった。ジャパンカップもなかったしね。だから私は引退した。しかし……」
シンザンはグラスの赤ワインを飲み干した。
「いつか、日本のウマ娘達が海外で戦うのが当たり前になる時代が来る、と。私は戦士として、日本のウマ娘に道を示したかった。それが唯一の心残りだった……」
「もし、シンザンがあの時代凱旋門賞に挑戦していたら、おそらく私に立ちはだかるのはシンザンだっただろうな……」
シーバードがグラスにワインを注ぐ。
「そうかねえ、おまえさんからすれば、凱旋門賞すら消化試合みたいなものだったんだろう?」
「……そうかもね。周りは今でも最強と持て囃しているが、私はどこか虚しかった。あんな歩くだけでも苦労する芝を、誰よりも先頭で走る。それは栄誉なことなんだが……」
「ん?」
「もしシンザンと共に走れていたら……きっと最後の直線は、楽しかっただろうな……」
「でも負ける気はないんだろう?」
「勿論さ」
「はは、言うじゃないか」
「ははは……」
夜は静かに更けていく……。
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それから数か月後、年末も近付く木枯らし吹く秋……、
シンザンは日本のトレセン学園を訪ねていた。場所は生徒会室。
「私にゴールドアヅゥーカー賞を!? 本当なのですか!?」
生徒会長シンボリルドルフは驚愕した。
「ああ。先日の会議でね。全会一致で決まったよ」
「ああ、なんということを……とても嬉しいです。電光影裏、競バ界に尽力したあの方の名を冠した賞を頂けるとは……光栄の極みです」
「……会長、ごーるどあぢゅかー賞ってなに?」
「知らないのかテイオー? この世で最も栄誉ある賞だ。狙って取れるものではない」
なぜか会長室にいたトウカイテイオーにエアグルーヴが突っ込みをいれる。
「会長はGⅠ7つも取ったんだよ。充分凄いじゃんか」
「あのな、テイオー……『ゴールドアヅゥーカー賞』とはどんなGⅠよりも栄誉あると言われる賞であり、全てのウマ娘の目標なんだ」
「うーん……聞いたことないなあ……」
「まあ日本では知名度はないかもしれないがな。この世界に粉骨砕身尽くした者が受け取れる賞なんだ」
「世界にその名を轟かせた伝説のウマ娘なんだよ。それを知らないとは、恥だね」
シンザンが言う。
「そっか。じゃあ後で図書室で調べてくるね」
「そうしろ」
エアグルーヴは苛立ちながら言った。
「今日の夕方のニュースで、報道されるはずだ。明日、勝負服を着て、コメントしてほしい」
「分かりました。勝負服に袖を通すのも久しぶりですね……」
「彼女の名を冠する賞を貰うというのは栄誉な事だ。胸を張ってほしいね」
「分かっています」
『さて、夕方5時からのトレセンニュースのお時間です。本日、トレセン学園生徒会長シンボリルドルフがゴールドアヅゥーカー賞を取得する事が決定しました。
ゴールドアヅゥーカーとは、かつて全米を震撼させ、今なおアメリカ史上最高のウマ娘と言われ、その人間性や優しさ、業界に尽力したことから世界で最も有名なウマ娘と言われており……』
終
後から見たらプリティダービー要素が殆どないね。しょうがないね。
まあシンデレラグレイだってプリティダービー要素あんまりないからいいか(暴論)