アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第7話 オープン戦に向けて

 

「それでは!俺達5人の担当全てが無事にデビュー完了したことを祝して…」  

「乾杯!」

 

 雀野が音頭を取り、俺達は乾杯をした。もっともまだ飲み物だけしか届いていないが。

 

「かーっ!うまい!」

「いやー、これでやっと皆通常のレースに出られるって事だ」

「しっかし、アラの行動にゃ驚かされた、追込策をやるなんてよ」

 

 雁山、軽鴨が立て続けにそう言う。

 

「アレは相手を動揺させてペースを乱すための作戦だ、人間“ありえない”って思ってる時が1番動揺してる時なんだよ」

「おっ、言うねぇ〜」

「それも“カーレース”のテクニック?」

 

 俺の言葉に雀野が返し、火喰が質問した、夏休みの間に、俺は転生したことを除いた自らの経歴、つまり中央を受けて落ちた事などを、同期の四人には話していたからだ。

 

「そうだ、まあ、カーレースつっても、サーキットでやるやつとか、山ン中のコースでやる奴とか、色々とある、でも、どのレースでも大事なものはメンタルだ、レースは自分のテクニックだけを闘わせる舞台じゃない、メンタルの強さを闘わせる場でもあるんだ」

「じゃあ…メンタルが削れた人たちは…どうなるの?」

「無事に完走することもあれば…操作をミスる、抜かれる、コースアウトする、他にも色々ある、命を落とすことだってある」

 

 俺は、前世で事故ったときの事を未だに夢に見ることがある、コンクリートの壁に、レース用に内装を剥がし、ペラッペラにした車がぶつかるのは、岩に硝子瓶をぶつけるようなものだ。

 そして、中身(ドライバー)がどうなるのかは、想像に難くない、ヘルメットをつけているとはいえ、高速でぶつかれば自分がどのようになったのかなんて自然とわかってしまう、だから俺は果物が潰れたのとかを見るのは苦手だった。

 

「………」

「…すまん、確かにウマ娘レースに比べりゃ、カーレースの世界はちっぽけだ、でも、そこにいる選手はウマ娘と同じく、熱い、だけども危険なレースをしてるって事を、知ってほしかっただけだ」

 

 俺がそう言うと、四人は黙って複雑な顔をして、こちらを見ていた。

 

「焼き鳥盛り合わせ、お持ちいたしました〜!」

 

 すると、天の助けか、店員が注文していた品物を持ってきてくれた。

 

「おっ、あざまーす!皆、食べよう!」

 

 軽鴨が皆にそう呼びかけてくれた。

 

「そうね、今夜は楽しみましょうか」

「そうだな」

 

 俺達はその後、しばらくビールと食事を楽しんだのだった。

 

 

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 私は次のレースの出走に備えるべく、筋力トレーニングを行っていた。

 

「148……149……150……よし、トレーナー、タイムは?」

「…少しだが縮まってる、良い感じだ」

 

 トレーナーは私にクーラーボックスに入れて冷やしたタオルとドリンクを渡しながらそう言った。

 

「アラ、このトレーニングはどうだ?」

「良い感じ、私に合ってると思う」

「そうかそうか、なら良かった、この調子なら、もっとボトルを追加しても良いかもしれないな」

 

 私は現在、少し変わったトレーニングを行っている。

 

 その内容はうさぎ跳びを発展させたものだった。普通のうさぎ跳びと違う所は、重りを背負っている事だ。

 

 私の背負っているスクエアバッグの中にペットボトルに砂を詰め込み、そこから水を入れて更に重くしたトレーナー特製の重りが入っている。私の前世の記憶とリンクさせると…このトレーニングは『斤量』を負担してのトレーニングになる、だから私は、どうしてトレーナーがこれを思いついたのかが気になった。

 

「トレーナー、どうしてこのトレーニングを思いついたの?」

「ああ、農作業とかシシ術に使われてるヤックルを見て思いついたんだ、ヤックル達は人間を乗せて、ものを引いたり、飛び回ったりしてるだろ?ヤックル並みのパワーがあるウマ娘にも応用できないかと思ったんだ」

「そうなんだ」

 

 ヤックル…正しい名称は“シシカモシカ”、世界中に生息している牛の仲間だけれども、その体格、役割は馬によく似ていた。乗用、農作業、狩り、馬術に相当するパフォーマンス競技のシシ術などだ。ただ、ヤックル達は競走の用途には使われていなかった。かなりの大きさの角が理由だろう、普通に乗るのなら問題はないけれど、競走馬の騎手達は前傾姿勢なので、前が見にくい。それに、あの角は体のバランスを取るのに必要らしく、切り落とすなんてもってのほかだそうだ。

 

「…疲れるか?」

「うん、でも、ちびっこ達をおぶったり、家族の手伝いをしたりしてたから、重いものを背負うのは慣れてる、だから大丈夫」

「そうか、よし、今日はもう終わりにするか、アラ、着替えた後、いつものところまでで良いな?」

「うん」

 

 

────────────────────

 

 

「よし、じゃあな、帰りは気をつけるように」

「うん、ありがとうトレーナー」

 

 トレーナーに送られ、私は車から降りた、目の前には“スーパー銭湯”の看板がある。

 

 トレーナーは“風呂は命の洗濯”と言っている。私は週に何日かは寮の大浴場だけでなく、こういった銭湯に通うようになっていた。お代はトレーナーが回数券を買ってくれているので、私はシャンプー類を持っていくだけで良い。

 

 受付をパスし、脱衣場で素早く服を脱ぎ、必要なものを持ってシャワーに向かう、シャワーを浴びると、汗がぬるぬると溶け出して来るようで気持ちが良い。

 

 頭、体、尻尾を洗い、泡を洗い流して、湯船の方に向かう。

 

 ここには多くの浴槽がある、座り湯、寝湯、露天風呂、サウナだけじゃない、檜風呂やハーブ湯だって、かなりお得だ。

 

チャプ…

 

「ふぅ……」

 

 お湯に浸かると、疲れが溶け出していくようで、非常に気持ち良い。

 

 前世、おやじどのが言っていた“競走馬は温泉に入ることもある”と、その時は温泉がどういったものなのか分からなかったので“ふーん”程度の反応しか出来なかったけど、とりあえず気持ち良いものなのだなと言うことだけは理解できた。

 

 そして、生まれ変わって温泉を知った私は、こんな素晴らしい物に入っていられるサラブレッドは幸せ者だなと感じさせられた、シャワーとブラシだけが当たり前だった私には、温泉はとんでもないカルチャー・ショックだった。

 

「………」

 

 目を閉じて考える

 

 これからどうなっていくのだろう、前回のレースは、出走ウマ娘、気候条件、バ場状態、いろんな要素がからまっての勝利だった。

 

 これからのレースは、いつも雨とは限らない、出走ウマ娘だって、これまでのレースで勝ってきてる娘たちばかりだ。

 

 つまり、この前の未勝利戦とは比較にならないほどの苦戦が予測されるという事だ、だから、追込じゃ間に合わないだろう、また…差しに戻す必要があるかもしれない、トレーナーに…相談してみよう。

 

 

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 俺は次のレース、すなわちオープン戦のための計画を立てていた、俺達には2つの選択肢がある。

 

 1つ目の選択肢……1600m、こちらはマイルレースだ。

 

 2つ目の選択肢……2250m、中距離のレースだ。

 

 今までのレースからして現実的なプランは1つ目のマイルレースだろう。

 

 だが、こちらにはワンダーグラッセが出てくる、アラ達の世代の中ではもっとも素質に溢れていると言われているそうだ。

 

 2つ目の中距離レースは、カーブが多く、コーナーが得意なアラの特性を十分に活かすことができる。だが、多くなるのはカーブだけじゃない、当然ストレートも増える。

 

 こちらの方にはエアコンボハリアーが出てくる。こちらも新進気鋭のウマ娘だ。

 

 そして、この2つレース共通の問題として、出走するウマ娘の実力が挙げられる

 

 このレースはオープン戦、つまり、デビュー戦、未勝利戦を勝ったウマ娘達が出てくる。身体能力、レース勘、その全てにおいて、これまで戦ったウマ娘達を遥かに凌駕すると言っても良いだろう。

 

 だから、追込での待機をしていると、ストレートで離され、仕掛けた時には、すでに時遅し…といった状態になってしまう可能性が遥かに高い。

 

「どうしたものか………」

 

プルルルル…プルルルル…

 

 電話…アラから…?もしや…

 

パカッ

 

『トレーナー、私トレーニングの集合場所まで来てるけど…トレーナー……どこ?』

「…すまん、まだ学園だ、今から行く」

 

 俺はそう言ってケータイを閉じ、今日のトレーニングの集合場所へと急いだ。

 

 

────────────────────

 

 

 あの後、俺は少し遅れたものの、無事にアラと合流し、トレーニングを行うことが出来た。

 

 そして、トレーニング後に、オープン戦について相談する事にした。

 

「それで今回のオープン戦なんだが…1600mのマイルと2250mの中距離2つの選択肢がある、どちらのレースも、これまでより更に強いウマ娘との対戦になるだろうから、この前の未勝利戦の時のように上手くいく事はないと思ってくれ」

「……分かってる、トレーナー、一つ聞きたいことがあるんだけど…良い?」

「もちろん」

「…作戦を差しにするのって…あり?」

「……!」

 

 そう来たか…アラの脚質は差しと追込だから、脚質にあっているのは間違いは無い…だが、未勝利戦まではトレーニングは追込用の物が多かったからな…

 

「理由を聞かせてくれ」

「…この前のレースの私は、気候、バ場、いろんな条件が重なって、勝ちを拾えたんだと思う、でも、レースはいつも雨とは限らない、出走ウマ娘だって、これまでのレースで勝ってきてる娘たちばかり、だから、追込だと、ロングスパートをかけても、先頭に到達できるかどうか分からないと思ったから」

 

 アラはアラなりに、この前の未勝利戦の分析が出来てるってことか、少し安心した。

 

「トレーナーは、どう思う?」

「…確かに、次回以降のレースは、未勝利戦のようにはいかない、それを分かってくれてるってのはありがたいな、お前さんの指摘どおり、今回は差しの方が適切だろう。そして、今回のレースはマイルか中距離を選ぶことができる、アラ、お前にどちらか選んで欲しい」

 

 俺はアラの目を真っ直ぐ見てそう言った。

 

 

────────────────────

 

 

「アラ、お前にどちらか選んで欲しい」

 

 トレーナーは真っ直ぐこちらを見ている。

 

 だから、私は今までのトレーニングを思い出した。

 

 毎朝四時からやっている走り込み、ダッシュを始めとした基礎トレーニング、芦田川沿いの土手を駆け上がる坂路トレーニング、斤量を背負ったうさぎ跳び、スタート練習…

 

 私は持久力、瞬発力が強くなった筈だ。

 

 だから…

 

「トレーナー、私を中距離に出して」

 

 私はトレーナーに自分の意志を伝えた。

 

「……分かった、出走登録をしておく」

 

 トレーナーは少しの間私を見た後、そう言った。

 

 

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 ここは福山市内のある中華料理店、ここでは二人のウマ娘がともに食事を取っていた。

 

「調子はどうだ?ハリアー」

「もう絶好調、今度のオープン戦も勝ってみせるよ!」

「そうか、トレーナーとはどうだ?」

「あたしのために良いメニューを考えてくれてる、それに、たまに食事にも連れてってくれるよ」

 

 話している二人のウマ娘はエアコンボハリアーとその姉、エアコンボフェザーだった。

 

「今度のオープン戦は、私も応援に行かせてもらおうか」

「本当に!?」

「ああ、お前は強い、それに、同世代のウマ娘達もな、面白いレースを見せてくれ、もちろん、お前の勝利を信じている」

「よし…あたし、絶対に勝つから!」

 

 エアコンボハリアーのその言葉を聞き、エアコンボフェザーは安心したかのように顔をほころばせた

 

 

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「よし、お疲れさん、帰るときは気をつけてな」

「うん、それじゃあ」

 

俺はアラをスーパー銭湯に送り届け、帰途についた

 

 アラのオープン戦は2日後、調整は万全だ。体調もベストをキープできている。そして、コーナーでのスピードを少し上げた、アラの肉体はまだ成長段階、無理に加速力を上げて身体を壊すようなことがあれば、俺はトレーナーとしても、元レーサーとしても失格だからだ、それに、アラの加速力が同世代のウマ娘と比べて劣る理由もわかっていない。

 

 コーナーのスピードを上げたのは、ロングスパートの代わりだ、ロングスパートは早い段階で仕掛け、加速に使う時間を長く取って加速力の差を補う技だ。

 

 そして、今回試して見るコーナーリングのスピードを上げる方法は、コーナーからの脱出速度を少しでも上げ、加速の遅さを補う…ストレートに言ってしまえば誤魔化す技だ。

 

 ウッドチップコースでの検証では、タイムは良くはなっていたが、実戦…しかも今回は10人フルゲートだから、どう転ぶかは分からない。

 

「………」

 

 ピロロロロ…ピロロロロ…!

 

 電話……親父から?

 

 

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 オープン戦を翌日に控えた今日、私はトレーナーに呼び出された。

 

「急に呼び出すなんて…トレーナー…どうかしたの?」

「…」

 

 トレーナーは黙ったままだ。

 

「…アラ…すまん、オープン戦…俺は行けん」

「えっ!?どういう…こと?」

「北海道にいる親戚のじいさんが死んだんだ、それで葬式に行くことになった…」

 

 トレーナーはそう言って項垂れた。こんなに落ち込んだトレーナーは見たことがない。

 

「私、勝ってくるから」

「…アラ?」

「調整は万全、心配しないで、それにその様子だと、トレーナーは凄くその人のお世話になったってことだと思う、お世話になった人の最後に会えないってのは、結構悔いが残る事だから、行ってきて」

 

 私は前世、先輩のことを凄く尊敬していた、だけども、先輩とは引退して別れたっきりで、私は死ぬまで再会することは無かった。

 

 馬だった頃は、死や別れというものに敏感に反応する事は稀だったけれども、先輩は別だった。

 

 だから、世話になった人を見送れないという痛みは、それなりに分かっているつもりではある。それに、トレーナーは人間、死には敏感な存在だ。

 

「…本当に良いのか?」

「うん、トレーナーが色々と頑張ってくれたから私は大丈夫、だから、トレーナーはその人を見送ってあげて」

「分かった、アラ、ありがとう」

 

 トレーナーは頭を上げてそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 
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