アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第9話 新たな風を

 

 俺は北海道から帰った翌日に出勤し、アラのトレーニングを行ったあと、前回のレースについての反省会を行っていた。

 

「ほう…勝ったは良いけれど、何かモヤモヤするレースだった訳か」

「うん」

「それで…その、モヤモヤが具体的に何なのかが分かるか?」

「分からない、分かってたらトレーナーに相談しない…」

 

 そう言ってアラは耳をペタンと伏せた。

 

 実は今日、授業で模擬レースが行われたらしく、その時も感じたそうだ。

 

 そして、そのモヤモヤがどうしても気になり、末脚を使うのが遅れてしまい、芳しくない結果になってしまったという。

 

「とりあえず、しばらくはトレーニングに集中だな、同期達にも相談してみる」

「分かった、ありがとう」

「よし、車乗れ、銭湯まで連れてくから」

「分かった」

 

 

────────────────────

 

 

 アラを銭湯まで送り届けた後、俺はトレーナー室まで戻ってきた。

 

 戻ってくるや否や、少し変わった光景になっていた。

 

「……………」 

 

 火喰が机に突っ伏したまま熟睡していたのだ。

 

「…何があった?」

「火喰の奴、ハリアーにメニューの追加を頼まれたらしくてな、身体への負担と能力アップのバランスをなんとか取ろうとしてずーっと考えてたらしいぜ」

 

 軽鴨は火喰を起こさないような声で、彼女に起きた事について教えてくれた。

 

「わざわざそんなに根を詰めてやらなくても良いだろうに…」

「おいおい、それお前が言うのかよ」

「ハリアーはアラに負けてから、アラに凄いライバル意識を燃やしてるんだよ、“いつか倒す”ってな」

 

 火喰を心配した俺に雀野と雁山が突っ込みを入れる。

 

「そんなことが…でも、アラはアラで今問題を抱えてるんだ」

「問題…?」

「何かあったのか?」

「喧嘩でもしたのか?」

「いや、そういうわけじゃない、ハリアーに勝ってからというもの、アラは心の中に何かモヤモヤしている物ができたみたいなんだ」

「それで、その原因もよくわからないと」

「ああ、走るのが怖くなったとかそういう訳では無いみたいなんだが……どうしたものか」

 

 俺達は答えが出ずに、暫く考え込んでいた。 

 

「あっ!」

 

 すると、雀野が拳を平手に打ち付け、何かひらめいたかのような顔をする。

 

「…川蝉秘書や大鷹校長なら、何か知ってるんじゃないか?」

 

 いや…いくらなんでも、すっ飛ばし過ぎだろう。

 

「おいおい、いきなり学園の上層部に聞くって…先輩トレーナーに聞くとか無いのかよ…」

「いや、先輩トレーナー達は皆忙しいだろ?殆どが俺達の倍以上の仕事をしてるんだから、だけど校長はウマ娘達のトレーニングをよく見に来てくれてるぜ?」

 

 俺が思ったのと同じ事を雁山が雀野に突っ込んだ、だが、それに軽鴨が異を唱えた。

 

「確かに…先輩トレーナー達は忙しいからなぁ…」

「そうだろ?慈鳥、ダメ元で頼んでみればどうだ?」

 

 確かに、殆どの先輩トレーナーは複数のウマ娘を育成している。故に仕事量も俺達より遥かに多く、遥かに忙しい。

 

「頼むだけならタダだからな」

 

 雁山も続ける

 

「分かったよ、アポを取ってみる」

 

 俺は大鷹校長にアポを取り、アラのモヤモヤの件について相談する事にした。

 

「よし、慈鳥の件ここまでにして…火喰、どうする?」

「………」

 

 俺達は火喰の方に目をやる、彼女は相変わらず眠り続けていた。

 

「……起こすか、そろそろ上がらないと注意される」

 

 雀野がそう言う、この学園は、トレーナーを含む職員に長時間残業をさせたがらない、“残業を多く取らせる組織は無能”と校長が考えているからだそうだ。

 

「おーい、火喰、起きろ」

 

 軽鴨が火喰のデスクを軽く叩きながらそう声をかける。

 

「………ん…私…寝てた…?」

「30分ほどな」

「…いけない、メニュー…考えてたのに…」

「だからって莫迦みたいに根を詰める必要は無い、そろそろ上がるぞ」

 

 こうして、俺達はトレーナー寮へと戻ったのだった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 ダメ元で川蝉秘書を通じて大鷹校長にアポを取ってみたところ、何とOKが貰えた。

 

 という訳で俺は、今、校長室の前に立っている。

 

コンコンコン

 

 うるさくない、適度な力を込め、ドアをノックする。

 

「どうぞ」

 

 中から川蝉秘書の声が聞こえる。

 

「失礼します、慈鳥、参りました」

 

 俺はドアを開け、校長室に入った。

 

「慈鳥君、川蝉君から話は聞いています、ささ、おかけ下さい、川蝉君、もう良いですよ」

「では、失礼致します」

 

 川蝉秘書は退出し、俺達は二人だけとなった。

 

「大鷹校長、今日は私の様な新人の相談に乗って頂き、ありがとうございます」

 

 俺はそう言って頭を下げた。

 

「いえいえ、着任初日に言ったではありませんか、“同志”と、私どもは年齢や立場は違えど、夢に向かって走るウマ娘達を応援する身、悩める仲間と悩み事を共有するのは当然の事です」

「ありがとうございます」

「それで、悩みとは?」 

「はい、私が育成しているウマ娘、アラビアントレノについての問題なのです」

「アラビアントレノ君の活躍は聞いております、この間のオープン戦は新進気鋭のエアコンボハリアー君を破ったそうですな、おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

 

 俺がそう言うと、大鷹校長は笑顔を見せた。

 

「校長、彼女は、そのオープン戦の途中で恐怖感や相手の気配とは違う“ざわつき”のようなものを感じたそうなんです」

「ふむ…」

「それで、その“ざわつき”の正体が分からずに、モヤモヤしたものが離れない状態になっています…校長、心当たり等ありませんでしょうか?」

「なるほど……ざわつき…ですか…珍しいケースですな…私も若い時はトレーナーとして頑張っていましたが、そういった話は殆ど聞いたことがありません」

「……珍しいケース…ですか…」

「…はい、ウマ娘の心身の構造については、まだよく分かっていない事も多い、そのよく分からない物がその“ざわつき”を引き起こしているのかもしれませんな」

「…それならば、どうすれば良いのでしょうか…?」

「まあまあ、お待ち下さい、この話にはまだまだ続きがあります」

「…続きが?」

「はい、アラビアントレノ君は現在“爆発期”でしたかな?」

「は、はい…医師の診断によれば、落ち着いては来ているそうですが…」

 

 俺と契約を結んだ時、アラはまだ爆発期の途中だった。それ故、食べる量や肉体、体調の管理などにかなり苦労していた、もっとも最近はそれらは安定の兆候を見せているが。

 

「そうですか、ならば、爆発期をきっかけに、アラビアントレノ君の中で、何かが目覚めたのかもしれませんな」

「何かが…目覚める?」

「はい、しかし、理論で説明するのは大変難しい事です。ですが、恐らくアラビアントレノ君はその“目覚め”に気づいていないのでしょう」

「…そんな事が…あるのですか?」

「ええ、一度だけ見たことがあります、その時の映像を持っていますので、見ると致しましょうか」

 

 大鷹校長はそう言うと一旦ソファを立って、執務机の中を探し始めた。

 

 しばらくすると、校長はSDカードを見つけ出し、それをタブレット端末に挿して俺の所まで持ってきてくれた。

 

「その動画を再生してみてください」

「は、はい」

 

 キー式のケータイを使っているので、タッチパネルとやらはどうしても抵抗感を感じてしまう、だが、そんな文句など言ってられない俺はタブレット端末の再生ボタンを押した。

 

「…芝コース、この形状…中央の阪神ですか?」

「はい、数年前の“鳴尾記念”です」

 

 鳴尾記念と言えば、確かGⅢの重賞レースだった筈だ。

 

2500メートルの長距離コースを13人のウマ娘達が駆けてゆく、そして、ラストスパートとの時

 

『400の標識を通過、先頭はオウショウメイカン、オウショウメイカン!いやゴールドシチーかアキツピロマーチか!外からはアルファジェームス、そして中をついてタマモクロスも突っ込んで来る!大外からはミリオンキャンサー!先頭タマモクロスに変わった!タマモクロス先頭』

 

 …!

 

『そして二番手争いはオウショウメイカン粘る!外からはアキツピロマーチ、タマモクロスがいまゴールイン!タマモクロス、6バ身離してゴォオール!!止まらない連勝!重賞レース初勝利です!』

 

「どうでしたかな?」

 

 動画が終了すると、大鷹校長は俺に感想を聞いてきた。

 

「…一瞬ですが、鳥肌が立ちました…なんと言ったら良いんでしょうか…その…私達人間に流れる動物としての血が、“こいつは凄い”と思わせる様な何かを感じました」

「やはりですか、実はこのタマモクロスというウマ娘も、初勝利後暫くは全力を出し切れずに負けるレースが続いているのです」

「……」

 

 少しだけだが、状況はアラに似ている、アラは今日の模擬レースも駄目だったそうだ、というか、そのざわつきでモヤモヤしているということをアラから聞いてからというもの、アラは一度も模擬レースで一着を取ることが出来ていない。

 

「我々が入手した情報によりますと、そのタマモクロスというウマ娘は“レース前はナーバスになりがち”だったとか、アラビアントレノ君の状態とは異なっては居ますが、例としては一番近いでしょうな、ですが、その年の10月のレースからは圧倒的な強さを見せつけて居るのです。まるで“何かに火がついた”かのように」

「なるほど…」

「そして、私が君に注目して欲しいのはそのきっかけです、次の動画をご覧下さい」

 

 大鷹校長に促され、俺は次の動画を再生する。

 

 それはタマモクロスのインタビュー映像だった。

 

「怒涛の3連勝、覚醒しましたね!」

「どやあー!!4連勝でも5連勝でもいったるで!!」

「何か切っ掛けなどあったのでしょうか?」

「おん!せやねん!笠松でどえらい芦毛見掛けてな!」

「カ、カサマツ……?」

「そうや!その芦毛見て、ウチの中で何かが弾け飛んだんや!あいつには負けられへん!」

「そ、そうですか…」

 

 どうやらその記者はローカルシリーズの知識については薄く、その後は普通の質問をするだけでインタビューは終了した。

 

「いかがでしたかな?」

「あの…校長、タマモクロスが言っていた…“どえらい芦毛”と言うのは…」

「はい、あの“オグリキャップ”です、彼女が、カサマツに颯爽と現れた新たな風が、タマモクロスの何かを呼び覚ましたのでしょう、もう、君なら分かるはずです、アラビアントレノ君の問題を解決する手段が」

 

 つまり…

 

「…“遠征”ということですか?」

 

 “遠征”レースの基本、俺もレーサーだったのに、こんな事を忘れていたとは……

 

「その通りです、遠征でアラビアントレノ君に新たな風を感じてもらうのです。幸い、最近のローカルシリーズの方針により、他のレース場への遠征は容易なものとなってきています、私はこのチャンスを、是非、君たちトレーナー、そして、ウマ娘達に使ってほしいのです」

 

 大鷹校長は真剣な表情をしてこちらを見た。

 

 

 

────────────────────

 

 

「今日は本当にありがとうございました」

「いえいえ、私どもにできることがあるならば、いつでも力になりましょう」

 

 俺は校長室を出た、アラに新たな風を吹き込んでくれるような遠征先を探してみよう。

 

 

 

「…遠征…!?」

 

 トレーニング後のミーティングでトレーナーが1番に言ったこと、それは“他地区のオープン戦への遠征”だった。

 

「アラ、まだ“ざわつき”の将来が分からなくてモヤモヤしているんだろう?この遠征で、それを解決するヒントを見つけるんだ」

 

 トレーナーはそう言う、確かに現状のままでは駄目だ。

 

「…分かった、トレーナー、私、遠征に行く…!」

「…そう言ってくれると信じてたよ、遠征の候補地は2箇所ある、どちらかを選んで、お前に決めてほしいんだ」

 

 トレーナーは私に遠征候補地のレース場の情報を簡単にまとめた資料を渡してくれた。

 

「よし、候補地の説明をしていくぞ、まず、一つ目は門別レース場、ここのコースの特徴は他のレース場よりダートの砂が深い所だ、他のレース場が8~10cmなのに対し、門別は12cmになってる、そして、もう一つの特徴が、こっちのオープン戦はナイターだということだ」

 

 ナイターレース…レース普通は昼で行われるけれど、このレースは夜のレースってことだ。

 

 距離は2000m…帝王賞の誘導をやった時の事を思い出す。

 

 たしか、待機中に後輩のクォーターホースに乗っていた新人騎手が居眠りしかけて私の上に乗っていた騎手にどやされたはずだ。

 

「おーい、アラ、ぼーっとしてるぞ」

「あっ…ご、ごめん…」

「よし、次は2つ目だ、2つ目は佐賀レース場、このレース場の特徴は砂の深さの差だな、ここのコースは内ラチに近づいていくにつれ、砂の深さがどんどん深くなる」

「なるほど…」

 

 こちらも距離は同じ2000m。

 

「この2つのレース場はどちらも、今のお前さんにとっては、全く知らない環境でのレースになる、その新しい環境が何かをもたらしてくれると信じたい。アラ、どちらか選んでくれ」

「…分かった」

 

 私は悩んだ、そして…

 

「トレーナー、私はこっちにする」

 

 決めた方の資料を、トレーナーに差し出した。

 

 

=============================

 

 

 翌日、千葉県の船橋トレセン学園で、あるウマ娘がトレーニングを行っていた、そのウマ娘の名はサトミマフムト、アラビアントレノと同世代のウマ娘である

 

「マフムト!!」

「…トレーナーか、どうした?」

「次の全国交流オープン戦の出走表だ、見てくれ」

「………」

 

 トレーナーから出走表を受け取ったサトミマフムトは、それに目を通す

 

「……面白そうな相手が居るな、“アラビアントレノ”」

「確か…このウマ娘は、この前のオープンで新進気鋭のエアコンボハリアーに勝っている」

「…ならば…相手にとって不足はなし…ってことだな」

 

 近年のNUARの改革によって、全国交流のレースが増えたことにより、地方のウマ娘やトレーナー達は、全国規模で情報を収集するようになっていた、それ故この二人は先日福山で行われたオープン戦について知っていたのである。

 

「ああ、南関東の多くのライバル達との闘いで、鍛えられてきたお前だが、今回の相手の実力は未知数、万全の準備で臨むぞ」

 

 南関東のウマ娘達は、交通網の発達した首都圏であるという利点を活かし、学園を超えて交流模擬レースを行っている、それが南関東のウマ娘が、地方最強と評価されている理由であった。そして、このサトミマフムトはその交流レースにて優秀な成績を収めているウマ娘だった。

 

「……燃えてきた……新進気鋭のエアコンボハリアーを倒した芦毛のウマ娘…アラビアントレノ…奴を倒すのはアタシだ…!」

 

 サトミマフムトは目をギラつかせ、トレーニングを再開するのだった

 

 




 
 お読みいただきありがとうございます。新たにお気に入り登録、評価をして下さった方々、感謝に堪えません!

 本作では、各トレセン学園の設定は何らかの国をイメージしたものになっています

 門別→ロシア
 盛岡→スウェーデン
 水沢→オランダ 
 浦和、船橋→オスマントルコ
 大井、川崎→オーストリア
 金沢→スペイン
 カサマツ、名古屋→プロイセン
 園田、姫路→英国
 高知→ヴェネツィア
 サガ→ナポリ  
 中央→フランス
 
 福山は特にイメージしたものは有りません、また、帯広は現実同様ばんえいレースという設定なので、特に設定していません。また、中央がフランスとなっているのは、アニメ版の中央が凱旋門での勝利を狙っていることが理由です。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。
 

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