福山トレセン学園年末特別エキシビションレースは有馬記念と同日に開催されていた。エコーペルセウスが福山市を相手に交渉を行った事により、今年は全距離にて開催されることとなり、多くの観客が集結し、福山レース場は大盛況となっていた。
そして、レースは進んでいき、現在はワンダーグラッセの出走する2400mのレースが行われていた。
『ワンダーグラッセ伸びる!ワンダーグラッセ伸びる!アズマノサンサン追いすがる!しかしワンダーグラッセ衰えない、ワンダーグラッセ衰えない!今!ゴールイン!』
バンッ!
ワァァァァァァァ!
勝負がついた事を表すピストルの音が鳴り響き、場内は歓声に包まれる。
「凄かったぞ!」
「燃えた!」
場内は熱気に包まれていた。
特に、今年の世代は強いウマ娘が多く、どの出走ウマ娘達も上級生相手に互角以上の勝負を見せていたのである。
『さあ、2400メートルが終了し、いよいよ最終のレース、2600mの出走が始まろうとしています』
最終レース前、空はすでに日が傾き始めていた。
「靴…良し、蹄鉄…良し、体調…良し、脚…良し」
アラは身体の各所を触り、自分の状態について最後の確認を行っていた。
『ワンダーグラッセ伸びる!ワンダーグラッセ伸びる!アズマノサンサン追いすがる!しかしワンダーグラッセ衰えない、ワンダーグラッセ衰えない!今!ゴールイン!』
「もうすぐ私の出番…トレーナー、何か無い?」
アラはこちらを見てそう聞く。
「…今日の相手は今までの中で最強の相手と言っても良いだろう、だが、俺は…いや、俺達は信じてるぞ、アラ…お前さんが勝ってくれるってな、全力を出して来い、今日はその言葉で十分だ」
「……」
「…肩が震えてるぞ、深呼吸だ」
俺がそう言うと、アラは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした。
『最終レースに出走するエアコンボフェザーさん、アラビアントレノさんは、出走準備をお願いします』
アナウンスからアラを呼び出す放送委員の声が聞こえる。
「さあ…行って来い」
「うん、行って来る」
そう言ってアラは控室を出て行った。
…勝って来いよ。
一方、エアコンボフェザーの控室には、エアコンボフェザーの妹、エアコンボハリアーがやって来ていた。
「ハリアー」
「どうしたの、姉さん?」
「…次に負けたとき、私は走りから退こうと思っている」
「姉さん!こんな時に縁起でもないこと言わないで!」
エアコンボハリアーは耳を少し後ろに反らせてそう言った。
「まあ落ち着け、レースから退くと言っても、完全に引退して生徒会の仕事に注力するという訳じゃない、第一線を退くだけだ、これまでとは違った形で、レースには関わらせてもらうさ」
「………私はまだ、姉さんを超えてない…だから…そうして欲しくない」
エアコンボハリアーは耳をペタンとさせた。
「…そんな顔をするな、“世代交代”の時は必ずやって来る、私達がどんな事をしようと、必ず時代は変わっていくんだ、それに対しては、一人一人、反応は千差万別だ…私はその新しい時代を見てみたいと思っている………だが、今日のレースは負けはしない、あの芦毛のウマ娘…アラビアントレノとは…全力でぶつからせてもらう」
エアコンボフェザーは真剣な表情をして、部屋から出て行った。
『最終レース、2600m、出走ウマ娘の入場です!』
ゲートに向かって砂の上を歩く、緊張はある程度ほぐれた。
『一人目はかつて、獅子奮迅の活躍を見せ、“
ワァァァァァァ!
フェザー副会長の名前が呼ばれると、至るところで歓声があがる。
『二人目は、鋭いコーナーリングと徹底したマークが武器の芦毛のウマ娘、アラビアントレノ!』
ワァァァァァァ!
「お姉ちゃーん!ガンバレー!」
銭湯で出会った娘の声が聞こえる、いや、あの娘だけじゃない、実家のチビっ子達やじいちゃんも、このレースを見てくれていることだろう。
ゲートの前に着いた。
「今日はよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
まずは、レース始めの挨拶として、握手を行う。
深呼吸をしてゲートに入った。
アラビアントレノとエアコンボフェザーがゲートに向かって歩いている丁度その頃、生徒会長であるエコーペルセウスは、ゲートのスターターの役割のため、ハグロシュンランと共にある部屋にて待機していた。
ガチャ
「会長、エアコンボハリアーさんが急ぎの用があると、どうしますか?」
扉を開け、生徒会の生徒が入ってくる。
「良いよ、通してあげて」
「はい、直ちに」
生徒会の生徒が部屋を出ると、エアコンボハリアーそして彼女に付き添うようにキングチーハー、セイランスカイハイが部屋に入ってきた。
「申し訳ありません会長、ハリアーがどうしても頼みたいことがあると」
「私達は止めたんですど、ダメ元でも頼むって」
キングチーハー、セイランスカイハイはそう言った。
「ハリアー、どうしたんだい?頼みたい事って」
エコーペルセウスは不思議そうな表情をしてエアコンボハリアーに聞いた。
「あの…ペルセウス会長…あたしに…あたしにスターターをやらせて下さい!」
「…ふぇっ!?」
「ええっ!?」
「まぁ…」
エコーペルセウス以外のその場にいた全員が驚愕の表情を浮かべた、エコーペルセウスはじっとエアコンボハリアーの目を見る。
「…ふむ…なるほど、そういうことだね、分かった、特別に許可しようか」
「会長…!?」
ハグロシュンランは目を見開いた。
「ただし、不正のないように私達四人が後ろからしっかりと見ておく、それで良いね?」
「はい…!ありがとう…ございます!」
エアコンボハリアーは深々と頭を下げると、先程までエコーペルセウスの座っていたスターター席についた。
俺は応援のために、スタンドまで上がり、4人と合流した。
「あれ?お前ら担当は?」
「ワンダーは戻ってきてすぐに双眼鏡を持って別のところで観戦してる」
「ハリアーはペルセウスにスターターを頼みに行ったわ…まあ、あの娘の気持ちは分かるわ」
「それで、俺ん所のチハと雁山のとこのランスはそれに付いてったよ」
「つまり、俺ら5人で見届けるってことか」
俺達はゲートの方に目をやった。
『福山トレセン学園年末エキシビションレース、最終レース、日の傾いたレース場を、勝利の色に染めるのはどちらのウマ娘か?ダート2600m……今…』
ガッコン!
『スタート!』
「おおーっ!アラビアントレノがアタマ取ってるぜ!?」
「意外だぁ…」
観客が興奮気味にそう言った。
「そう来たか……」
「このレース、アラにとってはかなり難しいものになるんじゃないか?」
雀野がそう指摘してくる。
「確かに…厳しい…“慣れてない”からな」
「慣れてない…?」
雁山が難しい顔をして俺にそう聞く。
「ああ、アラは普段、他のウマ娘の後ろにピッタリと貼り付いて走る戦法だ、だけど今回の相手、エアコンボフェザーはアラの後ろにピッタリと貼り付いて追走してる、あれが不味いんだ」
「追いかける事は慣れてるけど、その逆、つまりは追いかけられる事に慣れてないってことか…」
「その通りだ、軽鴨、でも、できる限りの事はやった、俺はトレーナーとしてアラの勝利を…祈るだけだ」
俺は祈るように手を組み、アラとエアコンボフェザーを目で追った。
「アラが…」
「前に出てる…!」
慈鳥達と別の場所でレースを見ていたセイランスカイハイ、キングチーハーも、その光景に驚いていた。
「違う、姉さんが前に行かせたの」
「えっ…」
「で、でも…ここのコースは先行が有利なんじゃ…」
「確かに、ここのコースは先行が有利、でも、アレはここ一番のレースでの姉さんのやり方、わざと先行させて後半に抜き去る、あれが…姉さん流の…本気の姿勢…」
エアコンボハリアーは腕を組んで最初のコーナーに入ろうとしている二人を見つめ。
『最初のコーナー、スタンド前へと通ずる第3第4コーナーです!二人連なるように並んで突っ込んで行きます!』
『あそこまで接近してコーナーに侵入するのは普通のレースでは起こりませんからね、ここからどういうふうにレースが進むのか楽しみです。』
「すごい…実況さんの言う通り……連なるように曲がってる…こうしちゃいられない!上に上がろう!」
「そうね!」
「……」
セイランスカイハイ、キングチーハー、エアコンボハリアーは観客席へと上がっていった。
「さて…君がわざわざ勝負を挑んだウマ娘なんだ……見せてもらうよ、フェザー」
上がる三人を見届けたエコーペルセウスは一人、そう呟いた。
『レースは第4コーナーカーブ、一度目のスタンド前に入ろうとしています!』
(まさか…後ろからピッタリ張り付かれるなんて…)
アラビアントレノは予想外の出来事に動揺していた、エアコンボフェザーは、ここぞの時を除いては各レース場の特徴を分析し、現地に合った走りを行い、確実に勝っていく“脚質自在”のウマ娘であった、当然彼女も、慈鳥も、エアコンボフェザーは“先行策”で来ると踏んでいた。それ故、今回のマーク戦法は完璧な奇襲攻撃であった。
(駄目だ…まだ最初なんだ…しっかりと…)
アラビアントレノは何とか冷静さを保とうとしてはいたものの、今までに体験した事のない出来事は、その強い精神力をヤスリで削るかのようにすり減らしていった。
(さあ…まだまだ始まったばかりだ…お前の力を…見せてもらうぞ…!)
一方で、エアコンボフェザーは、ピッタリとアラビアントレノの後ろに張り付き、その走り、通るラインをコピーし続けていた。
『レースは一度目のスタンド前へ、前を走るはアラビアントレノ、そのすぐ後ろ、まるで電車が連結しているかのようにピッタリと張り付いている、エアコンボフェザー!』
「行けぇ!!」
「頑張れ!」
(…ストレートなのに…仕掛けてこない…こっちはアングロアラブであっちはサラブレッド、ストレートならあっちの方が速いのに…)
ただ“後ろに張り付いている”自分が普段他のウマ娘に行っている事をやられているだけではあるものの、それは今まで同じことをされた経験の無いアラビアントレノには効果てきめんだった。
(でも、今回のレースはコーナーが多いんだ…やってやる…!)
『スタンド前までは変化なし、レースは再びコーナーへ』
『アラビアントレノ、エアコンボフェザーに完全に食いつかれていますね、恐らくプレッシャーは相当な筈、メンタルが耐えきれるかどうか注目です』
(まだ内は攻めたくないのに…攻めるしかない…でも………ここは桐生院トレーナーのお陰で強化した柔軟性も使って……少しでも離さないと!)
アラビアントレノは慈鳥が桐生院から教わったストレッチで柔軟性が少し強化されていた、それ故強みであるコーナーリングはさらに強化されていたのである、だが、それを2つ目のコーナーで使わなければならないほど、彼女は精神的に追い詰められていた。
(間違いない…アラビアントレノ、奴は進化している、この前まではコーナーからの立ち上がりにノビが少なく、内側を曲がりコーナーリングの距離を削ることでそれを補っていた、だが…今回のレースでは内側を行くだけでなく、足首の可動を最大限に生かしてコーナーから立ち上がっている…まだ未勝利戦を勝ってから3ヶ月しか経っていないのに…だ…)
エアコンボフェザーはアラビアントレノの動きをよく観察してその成長に驚き、自分も同じようにしてコーナーから立ち上がっていった。
(…この技術…身につけるのは至難の業だろう。理解できないな、この成長性は…プランを少し変更する必要があるな……プレッシャーに慣れさせては不味い、第3第4コーナーで…追い抜けるように仕掛けなければ)
『レースは向正面へ、もうすぐ1000メートル地点です!』
『ここからレースは中盤、後1600メートル残っていますからね、双方、精神力、体力共に気を使っていきたいところですね』
『ハリアー、ランス、チハ!聞こえますか?』
「ワンダー!…どうしたの?」
上に上がっていたエアコンボハリアー達は、電話の向こうの興奮した様子のワンダーグラッセにそう聞く。
『二人共かなりのハイペースです、このままでは、レコードを秒単位で縮めるかもしれません!取り敢えず、これで!』
「……恐ろしいレースになってきたモンだね…」
「そうね…」
「このレース……伝説になる…」
エアコンボハリアーは、空を見上げ、そう呟いた。
『レースは向正面へ、もうすぐ1000メートル地点です!』
『ここからレースは中盤、後1600メートル残っていますからね、双方、精神力、体力共に気を使っていきたいところですね』
「長距離なのに1000mを通過するのがかなり早い、アラ…追い詰められているわね」
火喰の言うとおりだ、アラはプレッシャーを感じている。
向正面を駆け抜けているだけに見えるが、後ろに意識を向ける回数はスタンド前を走っている時よりも多くなっている。
レーサーの心理として自分と同じスピードで後ろからついてくる奴がいれば、平常心を保つのは難しいからだ。
それに、さっきのコーナーのように自分の武器を使っても振り切れない場合は、相手の実力が自分よりも上だという思いに囚われる。
これを何とかするためには場数を踏むしかない、しかし、その場数に関しては、相手の方が圧倒的に経験豊富だった。
『レースは向正面へ、もうすぐ1000メートル地点です!』
『ここからレースは中盤、後1600メートル残っていますからね、双方、精神力、体力共に気を使っていきたいところですね』
駄目…あんなにインを攻めても通じない…絶体絶命…
いくらハイペースで飛ばしても…喰い付いてくる…
どんな走りをしても突き放せない…
駄目だ…このレース、負けるかもしれない。
エアコンボフェザー…私なんかが到底勝てる相手じゃなかったんだ…
グッ…!
「あっ!?」
しまった!オーバースピード…!!
注意力まで削れて……気が付かなかったんだ…
私の身体は遠心力で外に振られていった
そして、私の目には、膨らんだ私をイン側からやすやすとパスした白毛の
負けたくない…
負けたくないけど…
私は…負ける…
お読みいただきありがとうございます。
本来、現実の競馬において、ゲートオープンはファンファーレの合図の旗を振り上げる人がレバーを引く方式ですが、この物語では別室にあるボタンを押すという方式になっています
また、今回はアラビアントレノのイメージ画像を載せておきます
【挿絵表示】
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