アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第13話 広い世界に

 

 

『レースは向正面へ、もうすぐ1000メートル地点です!』

『ここからレースは中盤、後1600メートル残っていますからね、双方、精神力、体力共に気を使っていきたいところですね』

 

 …掛かったな、奴はペースが上がっている

 

 いくらなんでもオーバースピードだ、ミスったな…そんなスピードで曲がるものか!

 

 私の予想通り、アラビアントレノはコーナーで膨らんだ、私は空いたインを突いてその横をパスし、アラビアントレノを抜き去った。

 

『ここでエアコンボフェザー!コーナー入口で膨らんだアラビアントレノを並ぶ事なくパス!』

 

 無茶をする奴だ…瞬発力のあるウマ娘ならば、瞬間的にパワーを爆発させ、強引にインに戻れただろう……だが…いくら柔軟性を高めたとはいえ、その脚質ではな…

 

 しかし…不思議な奴だ……かなりのテクニックと頭を持っているだろうに、一対一の状況となると全く慣れていないのか?意外なほどのモロさが見られる、もう少し後ろに張り付いて手の内を見せない作戦だったが、前に出たからには下手に喰い付かれたら厄介だ、立ち直る前に一気に突き放し…勝負を決める。

 

 

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「姉さんに何が…あんな早いタイミングで…仕掛けるなんて」

 

 エアコンハリアーは姉が早めに仕掛けた事に驚いていた。

 

『3人とも、聞こえますか?フェザー副会長、このペースで行くとレコードを更新します!』

 

 別の場所で観戦しているワンダーグラッセは、抜いた後のエアコンフェザーのペースの速さに驚いていた。

 

「…………ッ!」

 

エアコンボハリアーは歯ぎしりをし、コースを睨みつけた。

 

「……ハリアー?」

 

 キングチーハーは恐る恐るエアコンボハリアーに呼びかけた、セイランスカイハイ、そしてワンダーグラッセは何かを感じ、黙っている。

 

「…あたしは…今日…姉さんの勝利を信じて…ここに来たはずだった、でも…アラが抜かれた今………それとは別の思い、アラに…負けて欲しく無いって気持ちが、あたしの心の底からこみあげてきてる」

「……同感…私も…どちらを応援すれば良いのか、分からなくなってきた」

 

 セイランスカイハイがそう言う、キングチーハーの気持ちも同様であった。

 

『……最後まで、このレースを見届けるのが、今の私達の役割……今はそれで十分です、ゆくえを見守りましょう』

 

 ワンダーグラッセは電話の向こうでそう呟いた。

 

 

「早い…」

 

 一方、エアコンボフェザーがアラビアントレノを抜いたのを目にした慈鳥は一言そう呟いた。

 

「でも、アラはストレートが苦手のはず、差をつけられればスリップストリームも使えない、かなりまずいんじゃないのか?」

 

 軽鴨は鋭く慈鳥に指摘した。

 

「まずい…だけど、早すぎる仕掛けは相手に立ち直りのチャンスを与える、今大事なのはストレートの事じゃない、気持ちを整える事なんだ」

 

(……頼む、アラ、慌てて大怪我だけはしないでくれ、負けてもお前さんの評判が下がるわけでもない…結果はどちらだって良い…絶対に戻ってこい…無事これ名馬だ……)

 

 慈鳥はそんな事を考えながら、レースのゆくえを見守っていた。

 

 

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『レースは第4コーナーカーブを抜けまして、二度目のスタンド前へ、エアコンボフェザーが前、アラビアントレノとは4バ身の差でリードしています!』

『ゴールまではあと一周ありますから、このままエアコンボフェザーがちぎるのか、アラビアントレノが抜き返すのか、まだまだ勝負は読めませんよ!』

 

ストレートは…やっぱり…スピードが出ない

 

でも…抜かれたらコーナーで一気に置いていかれると思ったけど…予想よりも離されていなかった

 

それに…相手のペースがなんだかおかしい、縮まらないけど…離されているわけじゃない、今の私と相手の速さに差があるわけじゃい…?

 

つまり…ペースが…落ちている?

 

そうならば…まだチャンスは残ってる…

 

あと1000mとちょっと、残り半分を切ったけど…一歩分でも…ニ歩分でも良いから…

 

前を(はし)るあの白毛のウマ娘(サラブレッド)に…近づくんだ…!!

 

 

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(蹴り上げる時の脚の反応(レスポンス)が急に悪くなっている…アシに来たか…レースの前半にアラビアントレノの走りをコピーするためにかなりの無理をしていたが……ここまで脚に負担がかかるとは…)

 

 エアコンボフェザーの身長は175cmであり、146cmのアラビアントレノとは30cmほどの差があった、当然、歩幅(ストライド)の差はかなりの物となる。とはいえ、ストライドの差から来る負担は、エアコンボフェザーは理解していた。しかし、内を回るアラビアントレノのコーナーリング方法が、エアコンボフェザーの脚部に多大なる負担を強いていたのである。

 

(それに…コピーした走法のままコーナーを走り抜けたからな…)

 

 ウマ娘は60km/hから70km/hの高速で走っている、即ち、バランスを崩す事は事故に繋がる恐れがあった、それ故、減速する坂道以外で、走っている途中にストライドを変える事はありえない事であった。それ故、エアコンボフェザーはアラビアントレノの走法をコピーしたままでコーナーに突入することを余儀なくされたのである。

 

「……ッ!」

 

 エアコンボフェザーは小さく舌打ちをした。

 

(…大誤算だ…なんて事だ、いくら私でも、こんな状態じゃペースを上げられない、上げればここのきついコーナーで踏みとどまる事ができなくなる)

 

『残り1000メートル地点を通過、先行しているのはエアコンボフェザー、アラビアントレノとの差は3バ身、第1第2コーナーに入っていきます!』

 

(……アラビアントレノは問題無しか…同じペースで走ってきてなぜ私だけがこんなに消耗している…?はっきりとは分からないが、何かがあるんだ…奴にはできて私達にはできない…私達とは違う何かが、あの…芦毛のウマ娘には、確かに存在している)

 

 

 

(このままじゃダメだ…コーナーでも近づくんだ……少しでも気持ちがブレると…この勝負には…勝てない…!)

 

もっと…!もっと…!!

 

 コーナーを回るアラビアントレノの走りは無意識のうちに、自然と力強く、歩幅は少し大きくなっていく。

 

 しかし、彼女がバランスを崩すことは無い、学園に入学する前から、新聞配達で起伏のある山道を走ったり、用水路を飛び越えたりして地元を駆け抜けていた事が、彼女に並々ならぬバランス感覚を与えていたからであった。

 

 更に、彼女はサラブレッドよりも小さく遅いが遥かに頑強(つよ)い、アングロアラブのウマ娘である。アングロアラブの頑丈な身体は、多少の無理をしても消耗しない頑強(つよ)い走りを可能にしていた。

 

『第1第2コーナーを抜け、レースは向正面へ、コーナーを利用しアラビアントレノが必死に追い上げる!その差1バ身半!』

 

(負けてない…今は私の方が…速い…!!何としても…食いつく!)

 

 

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 コーナーを上手く使い、アラはエアコンボフェザーとの差を詰めていく。

 

 その表情は、相手になんとしても食いつこうとする意志が表れていた。

 

 無事に戻ってくるのは第一だ、だけど……

 

「アラー!」

「頑張れ!」

「いいぞいいぞ!」

「そのまま行きなさい!」

 

 絶対に勝ってほしい、今のアラを見ていると、自然とそんな気持ちにさせられる…だから…

 

「アラァァァァァァァァ!!!」

 

 俺は俺で…今できる最大限の事をやるだけだ…!

 

 

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『第1第2コーナーを抜け、レースは向正面へ、コーナーを利用しアラビアントレノが必死に追い上げる!その差1バ身半!』

 

(コーナーであんなに一気に追い上げるだと…!?一体何を…!?)

 

 エアコンボフェザーは動揺した、それと同時に…

 

『アラビアントレノ、エアコンボフェザーの真後ろへ!』

 

アラビアントレノがスリップストリームに入った。

 

 

 

「ハリアー、ランス、チハ!?」

 

 一方その頃、観客席の一番端、第3第4コーナー寄りでレースを見ていたワンダーグラッセは、突然やってきた3人に驚いた。

 

「勝負はここでつくと思って、居ても立っても居られなくなった…」

 

 セイランスカイハイは息も絶え絶えにそう答え、向正面を走るアラビアントレノとエアコンボフェザーを見た。

 

「ここの第3第4コーナーは内側が少し傾いているから、内に入った方が断然有利…この勝負、どうなるの…?」

 

 キングチーハーもそれに倣う。

 

「…………」

 

 しかし、エアコンボハリアーは無言だった。

 

 

 

(コーナーは目前…どうすれば届く…どうすれば勝てる…!?)

 

 コーナーを目前にして、エアコンボフェザーはペースを変えなかった事で温存した脚力によってインを譲らないコースを取った。

 

(インは開けてくれない…!なら…この手で…!!)

 

 アラビアントレノはスピードを落とさずにアウト側からコーナーへと侵入した。

 

 

 

「アラ…アウトから!?」

 

 その光景を見ていたエアコンボハリアーは声をあげて驚いた、他の3人も目を見開き、それを見る。

 

「二人とも来てる!」

「でも…残念だけど…このままじゃインを突くのは…無理よ!」

 

 セイランスカイハイの言葉に、キングチーハーは反応する。

 

『レースは第3コーナーカーブから第4コーナーカーブへ!イン側にはエアコンボフェザー、アウト側にはアラビアントレノ、勝負は最後の立ち上がりに持ち込まれたか!?』

 

「…!皆、あれを…!」

 

 ワンダーグラッセが指をさした方向には、エアコンボフェザーとの間隔を詰め、連なるように並びかけるアラビアントレノの姿があった。

 

「ああっ!?」

「フェザー副会長が…」

「斜め前…アウト側に」

 

 それと同時に、エアコンボフェザーの速度が上がり、アラビアントレノの斜め前、つまりアウト側に膨らんでいった。

 

「二人が…!!」

「クロスして…」

「アラが前に出た!」

 

“向かってくる物を避ける”

 

それは動物の本能である。これは人間も、ウマ娘も例外ではない。

 

 アラビアントレノはエアコンボフェザーにぶつからない様に、距離を詰めていった、だが、エアコンボフェザーは本能的にそれを避けようとしてペースを上げてしまい、それに踏みとどまる力が足りず、アウト側に膨らんで事故になるのを防ぐことしかできなかった。

 

 

(クロスした…!抜いた…!あと…200m…!そのまま…!)

 

「「「「「アラァァァァァァァ!」」」」」

「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁん!!」

 

(皆の声が…行けぇーっ!)

 

「はァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 イン側に入ったアラビアントレノは、自分の出せる精一杯の力を振り絞った。

 

 コーナー終盤でアウト側に膨らみ失速したエアコンボフェザーに対して、高い脱出速度を維持し、打ち出されたかのように最後のストレートに入ったアラビアントレノは、スタンド前を駆け抜け、真っ直ぐにゴールに向かって(はし)ってゆく。

 

バンッ!!

 

 決着のついたことを示すピストルの音が、レース場内に甲高く鳴り響く。

 

『決着!!』

 

ワァァァァァァァァァァ!!

 

 それはレース場に響き渡る歓声とひとつになり、夕陽に染まる福山の町に飛び込んでいった。

 

 二度と成立する事のない奇跡の一対一のレースは…この瞬間に幕を閉じた。

 

 

────────────────────

 

 

「あ、あの!」

 

どうしても気になることのある私は、フェザー副会長に声をかけた

 

「…まだ、閉会はしていない、全てが終わったあと、外で待っている」

 

 フェザー副会長はそう言うと、微笑んで通路に入っていった。

 

「アラ!」

「…トレーナー…!」

 

 フェザー副会長と入れ替わるようにして、トレーナーが私のところにやってくる。

 

「トレーナー…私…勝ったよ」

「ああ、この目に焼き付けたよ」

 

 そう言うトレーナーは今まで見た事の無い、感動に満ち溢れた顔をしていた。

 

 

────────────────────

 

 

『では、最後に、福山トレセン学園の大鷹校長先生より、今回のレースの講評を頂きます』

 

 放送委員の人に促され、大鷹校長は壇上に上がる。

 

『出走ウマ娘の皆さん、本日のレース、お疲れ様でした。本日の結果は公式のものではありませんが、その結果がどうであれ、皆さんにとってとても良い経験になったと私は信じています。しかし、その経験は、ここにいる福山トレセン学園の仲間、ライバルたち、トレーナーの皆さん、そして、様々な所から駆けつけてくれたファンの皆様の支えによって初めて得ることが出来たものであるという事を、どうかいつまでも忘れないで頂きたい。トレーナーの皆様、そして、ファンの皆様、これからも、この福山トレセン学園のウマ娘達を見守り、支えてくださるよう、お願い致します』

 

パチパチパチパチ…!

 

 大鷹校長の言葉は、私の心に染み渡った。

 

 今日の勝利は…皆がいてくれたから、得ることが出来たものだから。

 

 

 

────────────────────

 

 

 片付けをすべて終えた後、私は、トレーナーに少し車で待ってもらうように頼み、フェザー副会長を待っていた。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 すると、銭湯で私と出会ったウマ娘が私に向かって駆け寄ってきた。

 

「お姉ちゃん、今日はすっごくカッコ良かった!!」

「……ありがとう」

 

 私は子供のウマ娘の頭を撫でた。

 

「お姉ちゃん…次のレースも頑張ってね!」

「うん…頑張るよ」

「それじゃあね!お姉ちゃん!」

 

 子供のウマ娘は遠くで待つ母親の所に駆けていった、私は軽く会釈した。

 

 

「用は済んだか?」

「フ、フェザー副会長!」

「驚かせてすまないな、それで、どうした?何か私に聞きたいことがあったんじゃないか?」

「は、はいっ!」

 

 私はフェザー副会長にどうしても気になっていることを聞いた。

 

「あの…かなり失礼なことかもしれないんですけれど…中盤のスタンド前からコーナーにかけて、フェザー副会長のペースが落ちた様に感じたんです…もしそうだとしたら、いったい…どうして…?」

 

 私がそう聞くと、フェザー副会長は一瞬目を丸くした、だけど、すぐに『フッ』と笑い、口を開いた。

 

「それは、私のペースが落ちたんじゃない、無自覚のうちに、お前がペースを上げたんだ。私はペースを上げることができなかっただけさ、踏ん張るための脚が残るかどうか怪しかったからな」

「…踏ん張るための…脚…?」

「脚なんて言い訳にならないさ、条件は同じだ、私の負けだ」

 

 そう言ってフェザー副会長は微笑んだ、つまり……この人が、もし、私達の予想通りに、レース場に合った走りでぶつかってきたのなら、私は勝てなかったということだ。

 

「あ、あの!」

「…どうした?」

「……私…副会長より速かったとは…そんな風には…絶対に思ってませんから」

 

 私がそう言うとフェザー副会長の顔はほころび、再び『フッ』と笑った。

 

「お前は…面白い奴だな…お前みたいなウマ娘は初めてだ、福山の小さなステージに満足するなよ、広い世界に、目を向けていけ………アラビアントレノ、お前は速かったよ」

 

 フェザー副会長はそう微笑み、遠くにいるハリアーの方に歩いていった。

 

 

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 アラビアントレノとエアコンボフェザーが話していた丁度その頃、一人のウマ娘がレース場を出た。

 

「………」

 

 そのウマ娘は黙っていたものの、その心は昂っていた。

 

(…あのウマ娘、アラビアントレノ…久しぶりに、ビリビリする物を感じた、カサマツにいたあの頃が懐かしくなった…私はどうやら芦毛とは切っても切れない縁があるようだな)

 

 そのウマ娘は空を見上げ…

 

「オグリ、私は運が良い、どうやら私はお前のような、共に競っていて熱くなる相手に、再び出会えたようだ」

 

 と呟き、去っていった。

 

 




 お読みいただきありがとうございます。

今回で第一章が終了となります。登場人物の解説を挟んだ後、第二章の一話を投稿しようと思います。これからもこの作品をよろしくお願い致します。

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