ジャブ…ジャブ…ジャブ…!
季節は2月になろうとしている、クラシック期に入った私のトレーニングは更に厳しい物となった。
今日は重りを背負い、冬の川を走っている。
バシャン!
「トレーナー、タイムは?」
「一週間前よりも良くなってる、あのストレッチと併用した効果が現れているな、ほれ、タオルだ」
「ありがとう」
「拭いたら靴を履き替えてストレッチ、それから学園に帰ろう」
「…分かった」
私は川から上がって脚を拭き、靴を履き替えてストレッチをし、待っていてくれたトレーナーと共に車に乗り込んだ。
このトレーニングは、冬の川に入るので、とてもきつい、だけど、入って少ししたら、自然と身体は暖まってくるので問題は無かった。
だけど…問題は別の所にあった
…周りの娘たちが、どんどん“継承を受けた”と言っているのに、私にはいっこうにそれが来ない…やっぱり…私がアングロアラブだからだろうか?
「…どうした?降りないのか?」
どうやら、いつの間にか着いていたようだ。
「…い、いや…今度の“はがくれ大賞典”、不安だなと思って…」
つい、ごまかしの言葉が出てしまう。
「……そうか、初めての重賞だものな、気持ちはわかる。俺も同じだ。」
「……」
トレーナーは優しく私にそう言うと、サイドブレーキを引き、エンジンを切って車を止めた。
正直に言えなかったという後ろめたさが、こみ上げてくる。
アラのトレーニングを終えた俺は、仕事部屋に戻った。
今日は5人で今後のトレーニングに関しての意見交換を行うことになっていた。
一人一人、自分の担当のためのトレーニング計画を皆に説明し、アドバイスなどを行うというわけだ。
「最後は慈鳥だな、計画を見せてくれ」
「分かった」
俺は軽鴨に促され、トレーニング計画を綴じたノートを見せる。
「……すげぇ…」
最初にノートを見た軽鴨は思わず声を漏らす、その様子を見て、雀野はノートを覗き込んだ。
「…これは確かに凄いな……」
「あと一つ……これだ」
俺は引き出しの中からある蹄鉄を出した。
「この蹄鉄は…?」
雁山はそれを持ち、細かいところまで見る、そして…
「これ…何製だ?」
と質問した。
「…超ジュラルミン製だ」
「ち、超ジュラルミン製だって!?アルミ合金じゃないのかよ!」
「ああ」
「でも、ジュラルミンはアルミより重い、一体どうして?」
「…超ジュラルミンだ…これはアルミよりかなり強度があるからだよ、俺がこれからアラに身に着けてほしいテクニックには、どうしても強度のある蹄鉄が必要なんだ」
「なるほど…」
雁山は爪で蹄鉄をキンキンと鳴らしながら納得したような表情をした。
「それで、このトレーニングと新しい蹄鉄、いつ使うんだ?」
さっきまでノートを見ていた雀野が俺に問いかけた。
「…決めてない」
「決めてない?どういう事だ?」
ノートを持っていた軽鴨がそう俺に聞いた。
「………」
「教えてくれ、頼む」
「……この事は俺達5人の秘密だ、このトレーニングをする上で、一番大事な要素が足りていないからな」
「一番大事な要素?」
皆不思議そうな顔を俺に向ける。
「………負けることだ」
「どういう意味?せっかくアラはここまで勝ち続けているのに」
火喰が疑問を口にする。
「今から話す…………勝ち続けてる間は、トレーニングや機材を一新する事の本当のありがたみは分からないと俺は思うんだ。現状で発揮できる戦闘力を限界まで発揮して、ギリギリまで自分を追い詰めて、それでも勝てない悔しさを感じて、レーサーってモンは成長していく。アラのためにも……あいつが負けるまで、トレーニングと機材を変えるわけにはいかないんだよ」
「……」
その場にしばらく沈黙が走った。
俺が新たなトレーニングを皆に紹介してから、一月ほど経った。そして現在は、はがくれ大賞典に備えた最終調整を行う段階にあった。
「トレーナー!タ…タイムは?」
「落ち着け……ベストちょうどだ」
「まだ…こんなもんじゃだめ…トレーナー、もう一度走ってくる!」
「アラ!待て……行ったか…」
だが…最近のアラは慌て気味で、どこか焦っているような様子だった。
成長には負けることが必要だとはいえ、これでは心配になる
「はぁ…はぁ…」
「アラ!」
俺は大きな声を出し、アラを呼ぶ。
「…これ以上はダメだ」
「でも…今のままじゃ勝てない…!」
「だが…いくらお前が丈夫だからって、これ以上は身体を壊すぞ、トレーナーとして、これ以上は認められない」
「……………分かった…」
アラはしぶしぶといった感じで校舎まで戻っていった。
寮に戻り、ササッと入浴と食事を済ませた私は、ベッドに飛び込んだ。
コンボも、ランスも、チハも、ワンダーも、サカキも、継承を受けた、前者四人に至っては、すでに重賞だって取っている
でも…私は未だに継承を受けられていない。
競争ウマ娘なのに…
「どうして……」
部屋の電灯に向けて、私は手を伸ばす。
「やっぱり…私がサラブレッドじゃないから?」
視界が潤む。
「………ッ!」
ブンッ!
私は枕を壁に向かってぶん投げた。
壁にぶつかった枕は『ボフッ』という情けない音を立てて落ちる。
「…私が…私が…アングロアラブだから?」
当然ながら、答えてくれる者はいなかった。
覚悟はしていた…でも…こんなこと…誰にも言えるわけがない…
あれから数日、私はシュンラン副会長に呼び出された。
「……今日はどうしました?」
「今日はアラさんを訪ねてお客様がいらしているんです」
「…お客さん…私にですか?」
「ええ、この扉の先でお待ちしています」
そう言うとシュンラン副会長は、扉をノックし『お連れしました』と言った。
「さあ、入って下さいな」
「…は、はい…」
私が面談室に入ると、そこには、一人の芦毛のウマ娘がいた、背はこちらよらりかなり高い、それよりも注目すべきはあちらの着ている制服だろう。私達福山トレセン学園のものとは違う…つまり、この客は、他校生…
「お前がアラビアントレノか?」
そのウマ娘はこちらをじっと見つめ、そう聞いてくる。
「は…はい…あなたは…」
「私はフジマサマーチ、高知トレセン学園の生徒だ」
「…高知の方…ですか?」
「そうだ」
「一体なぜここに…?」
「お前…いや、貴様はこの間のエキシビションレースでエアコンボフェザーに勝った、そんなお前に興味が湧いた私は、レース前にぜひ顔を合わせておこうと思い、この場を用意してもらったという訳だ」
「レース…前に?」
「ああ、“はがくれ大賞典”に貴様も出るんだろう?」
「は…はい…」
私がそう言うと、相手はこちらをじっと見る。
「………何か悩んでいるな?」
「……!」
「まあいい…個人の事に、そこまで踏み込むつもりは無いからな、レースまでに解決する事を祈っている」
そう言うと、相手は部屋を出ていった。
はがくれ大賞典当日、アラの焦りは収まっていない様子だった。
その証拠に、座るアラの耳は左右バラバラにピコピコ動いている。
俺は出走表を見る。
| 1 | ラモンサラマンダー | サガ |
| 2 | フジマサマーチ | 高知 |
| 3 | ビゾンサンシェード | サガ |
| 4 | スズカアバランチ | サガ |
| 5 | デンランハンター | サガ |
| 6 | プリングルパンサー | 姫路 |
| 7 | オールナイトフレア | 川崎 |
| 8 | ヒロイックサーガ | 園田 |
| 9 | アラビアントレノ | 福山 |
| 10 | オホトリメーカー | サガ |
| 11 | シーラカルヴァン | サガ
|
強敵は2番のフジマサマーチ……あのオグリキャップのカサマツ時代のライバルだ。
『オグリキャップに2度も土をつけたウマ娘』として中央入りを果たした彼女、しかし、一度も勝つことはできず、再び地方に戻ることになったらしい。
アラにとっては、大きな壁となってくれる。
『出走ウマ娘の皆様は、準備をお願い致します』
パドックに上がるのを促すアナウンスが入る。
「アラ、大丈夫か?少し気が散ってるみたいだが」
「…緊張してるだけ、大丈夫」
そう言ってアラは控室の扉を開け、パドックへと向かっていった。
フジマサマーチさんは、二番人気、私は六番人気だった。
私達は無言でゲートまで移動する。
ゲートのそばで、私達は靴や蹄鉄の最終確認を行う、そこで、私はフジマサマーチさんに話しかけられた。
「来てくれたか、待っていた」
「今日は…よろしくお願いします」
私がそう言うと、フジマサマーチさんはこちらをじっと見た。
「………貴様は、何か悩んでいるのか?」
「…」
「……その様子だと、どうやら図星のようだな」
フジマサマーチさんはそう言うと、少しの間目を閉じ、こちらを睨みつけた。
「……今日は、貴様とぶつかれると思っていたが、違うようだな……だが、全力で相手をさせてもらう、それが私流の礼儀だからな」
「……」
「…もう一つ言っておく、貴様は今のままでは駄目だ、だから私は今日のお前との戦いをレースだとは思わない、今の貴様では駄目だということを、今日、ここで示す。これは
「………!」
フジマサマーチさんは自分のゲートの方へ向かっていった。
『11人のウマ娘がゲートインしています、最後の娘もゲートに入った模様、春シーズンの目玉となるはがくれ大賞典…今…』
ガッコン!
『スタートしました!』
お読みいただきありがとうございます。
この物語なのですが、アニメ版にシンデレラグレイの要素が含まれている物語となっています。
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