2話目です、少し描写が追加されています
ここは、日本全国で行われるエンターテインメントレース『ローカル・シリーズ』に参加するウマ娘を育成する学園の一つ、福山トレセン学園
そしてその校長室に、3人の人影があった。
「
どこにでもいるような顔をしている新人トレーナーである慈鳥は、姿勢を正し、挨拶をする。
「うむ、ご苦労様です、私が校長の
「校長秘書の
恰幅の良い身体に紺色のスーツを纏い、髪に白いものが混じっている福山トレセン学園の校長、大鷹と、彼と同じ青系統の色のスーツを纏った女性秘書、川蝉が新人トレーナーの慈鳥を迎えた。慈鳥の方は、少し何かを恐れるような顔をしており、立つ姿は少し固かった。
「慈鳥君、そう固むしろくならないでください、我々は君の敵ではありません、同志と思って頂きたい、それに私は君のような新人が来てくれることは、この学園にとってとても良い事だと思っていますから。」
「は、はいっ!ありがとうございます」
大鷹は穏やかに慈鳥に語りかけた。慈鳥は息を吸い、固まっていた身体を落ち着かせる。
「これからよろしくお願いしますね、トレーナーさん」
川蝉は慈鳥に対して笑顔で微笑みかけた。
「よろしくお願いします!」
慈鳥はそう言うと退出していった。
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俺は死んで生まれ変わった。死んだ時の瞬間は、生まれ変わった後でも、克明に思い出せる。
俺はレーサーだった。フォーミュラカーでは無く、シビックとか、カローラとかのツーリングカーのレースだった。
整備士だった相棒と、二人一組のチームで色んな相手と戦ってきた。
最後のレースは…波乱のレースだった。
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『さあ!レースはファイナルラップに突入した!一番手を走っているのはチームランドルフのスコット!関西野郎連合の坂本とどさん子ファイターズの西崎で二番手争い!おっーとここで外から烏羽色の車体が来たぞ!』
ステアリングを握る手に力がこもる、馬力で劣るんだ、コーナーで前に出させてもらう!
俺はインに切り込み、前に出た。
『4番手、アントアンペアの佐藤がインベタを突いて前に出る!おっとここで突然の雨です!路面状況が一変しました』
雨…行ける…!
そう思い、俺はシフトレバーを
ドシン!
後ろからの衝撃…抜かれた奴が慌ててアクセルを踏んだか…!
立て直すのは…ムリだ…タイヤバリアーに逃げるしかない。
コースアウトした俺はタイヤバリアーの方を見た
……!
観客が入ってやがる………
「………ッ!」
最後に見たものは、コンクリートの壁だった。
ゴオン!!
ハンマーで殴られたような衝撃とともに、頭をぶち破るような音が響き、俺の意識は闇に落ちていった。
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次に目が覚めたとき、俺は赤ん坊の身体になっていた。
苗字も“慈鳥”というものに変わっていた。
徳を積んだ記憶なんて無いのに、生まれ変わってしまったということだ。
いや…もしかしたら…あの時、タイヤバリアーに侵入していた観客を避けたから…神様か仏様か誰かは知らないが…もう一度やり直しのチャンスを与えてくれたのかもしれない。
もう一度レースの世界に出ろという事かと俺は思った。
だが、病院から出たあたりの時期、俺はこの世界がおかしいと言うことに気づき始めた、変な人間が暮らしている。
耳は顔の側面ではなく、頭の上に、そして尻尾がついている。
それを初めて見た時、俺は狐が人間に化けたのでは無いか、それか、世界は妖怪に支配されたのではないかと思った、だが、その思考はすぐに無くなった。
沢山いる、そしてそいつらの耳はよく見たら狐のものでは無く、相棒の大好きな動物の馬のものにそっくりだった。だが、その姿は全て女性のものだった。
そして、テレビを見た時、俺は驚愕した。
尻尾のある女性達が、レースをしている、風景を見るに、明らかに競馬場だ。
馬が走るための場所を、何故かあのしっぽ付きが走っている。
そして、レースが終わったあとは、歌や踊りを披露していた。
俺は初め、特別なイベントなのかと思ったが、両親はその光景に熱中し、興奮していた。そして、両親はしっぽ付きを“ウマ娘”と呼んでいた。
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月日が経ち、俺は前世の俺が生まれた年よりかなり後に生まれたことを知った。
そして、一度死んで生まれ変わるにあたり、一番に気になっていた事があった。
俺が死んだ1999年、もっとレーサーとして走っていたかった俺にとって一番心配だったモノ………“恐怖の大王”…
来なかった、と言うか、何も起こらなかった。
安心したのも束の間、俺はこの世界が元々俺がいた世界とは全く別の物だということを理解させられた。
それは前世でも行った事のある動物園の特集番組を見ていた時だった。
動物園にシマウマが居なかった、だから俺は両親に聞いた。
「おかあさん、しまうまはいないの?」
その時の母親の疑問を浮かべた顔は、今でもよく覚えている。
俺はまだまだうまく動かない手を使い、なんとかシマウマの絵を書き上げ、母親に見せた、母親は
「かわいい動物……将来はファンタジー絵本の作家になりそうだね〜」
と言い、俺の頭を撫でた。
だから、俺はなんとなく理解できた。
この世界には馬が存在しない、そして代わりにウマ娘が居ると。
その後、その動物園に行った、やはりシマウマは居なかった。シマウマがいたはずの檻には。
“ヤックル”と呼ばれるバカでかいカモシカがいた。
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成長し、読み書きが出来るようになった俺は、図書館で図鑑を読んだ。
やはり馬は居なかった、そして、人間の仲間の欄を見た。そこには。
Homo sapiens sapiens……いわゆる俺達ヒト、そして…
Homo sapiens equusian……ウマ娘の表記があった。
つまり、この世界には、ヒトとウマ娘という二種類の人類がいて、共存しているということだ。
そして、動物園で見たヤックルは、前世における馬のような存在だった。ただ、この世界の人類はそいつらを品種改良し、競走させるという発想には至らなかったらしい。恐らくあのでかい角が邪魔だったのだろう。
最も、相棒曰く競馬で走るサラブレッドは、“競馬が無いと滅ぶ”ような品種らしいから、ヤックル達は馬よりは人間に振り回されていないということなのだろう。
それからしばらくして、俺は前世との大きな違いをもう一つ発見した。
この世界の車には“リトラクタブルヘッドライト”が存在しなかった。
学校の教師に、リトラクタブルヘッドライトについての話をしたところ。
「そんなもの、ウマ娘とぶつかったら大変な事になるだろう」
と返された。ウマ娘は馬並みの速度で走る、確かに車とぶつかれば大変な事になる。この世界は歩行者保護の考えが、前世よりもかなり重んじられていると言うことだ。
モータースポーツはあるにはあったが、前世と比べると規模も、注目度も小さかった。
jtccなんてものはもちろん無かった。
鈴鹿サーキットも、富士スピードウェイも、俺が知っているそれよりかなり小さなモノになっていた。
地元のサーキットに至っては、畑になっていた。
スポーツカーも種類がかなり少なかった。
モータースポーツの世界に再び返り咲くという俺の夢は、もろくも崩れ去った。
だが、俺は思い出した。
この世界にはウマ娘がいる、そして彼女達はレースをしている。確かウマ娘には、トレーナーと言うものがつくはずだ
ウマ娘がレーサーならば、それをサポートするトレーナーはメカニック、俺はそう思った。
そう思った俺は、テレビで見るだけだったウマ娘レースを、自分の目で見る事にした。
圧巻の一言だった、前世、親に肩車をされてカーレースを見た時と同じ熱さを、俺は感じていた。
俺はトレーナーになろうと決めた、親の教育方針はやりたい事はやらせるといった方針だったので、親は俺を応援してくれた。
だが、ウマ娘のトレーナーと一口に言っても学ぶべきこと、やるべきことは非常に多い。
ウマ娘の育成、チームの運営、出走申請、ウマ娘のスカウト、細かい部分まで挙げればキリがないが、コーチング技術やスポーツ医学など、多種多様なことをこなさなければならない。
しかもトレーナーになるためには、カーレーサー同様ライセンスを取得する必要がある。ウマ娘レースの世界は、前世同様地方と中央という区分で分けられており、地方のトレーナーライセンスはかなり容易に取得できるようだが、中央のトレーナーライセンスを取得するのはとんでもなく難しい事だそうだった。
トレーナーになるには、そういった専門の大学に行く必要があった。
だから俺は必死で勉強した、頭の方の出来は良く無かったが、それでも詰め込んだ。勉強の傍らでモータースポーツも細々とだがやった。何かの役に立つと思ったからだ。
そして…俺は中央のトレーナー試験を受けた。
中央のトレーナー試験は、地方と違って2段階に分かれていた。ペーパーテストと、スライドを持ち込んでのプレゼンテーションだった。
努力の成果が実ったのか、俺は第1段階をパスすることが出来た、そして、第2段階のプレゼンテーションは“トレーニング方法”についてのお題だった。
長年の勉強で俺はモータースポーツの概念を応用したトレーニング方法を編み出していた。だから俺はそれをプレゼンで発表する事にした。
だが、俺の発表したものは
「異端だ」
「危険だ」
とされ、理解を示されなかった、実践すら許されなかった。
結果、俺はトレーナー試験に落ちた。
部屋を出ていったとき、俺はとんでもない形相だったのだろう。次にプレゼンをする奴が震えていた。
絶え間なく進化することができるものだけが、新しいステージに立つことが出来るのに……保守的な中央が、心配にもなってきた。
しばらくショックに打ちひしがれていた俺だが、ある言葉を思い出した。
“インから抜けなければ、アウトから攻める”
だから、俺は地方のトレーナー試験を受け、合格した。
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自分の配属先の校長への挨拶を済ませ、俺は名実共に地方のトレーナーとなった。
自分の理論の行き着く先を、保守的な中央に見せつけるため。
この世界に生まれ変わった以上、挑戦し続けるため
そして…
どんな状況でも諦めないことを教えてくれた、前世で生きる相棒のため。
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