『スタートしました!さて、先行するはやはり外枠10番オホトリメーカー、続いて内から立ち上がる1番ラモンサラマンダー、その後ろには5番デンランハンターと7番オールナイトフレア、少し後ろ、外から6番プリングルパンサーと4番スズカアバランチ、その後ろ、9番アラビアントレノ、その後ろには2番フジマサマーチ、最後尾、並ぶように3番ビゾンサンシェード、8番ヒロイックサーガ、11番シーラカルヴァン』
後ろ…あの時と一緒だ、フジマサマーチさんは確か、逃げと差しの両方を使うはず…このレース場なら逃げで来ると思ったけど…まさか差しで来るなんて。
『最初の直線、距離400m、各ウマ娘、思い思いの位置へ、10番オホトリメーカーを先頭にして縦長の展開を維持しつつ、第3第4コーナーへ』
あのオグリキャップを2度も下したウマ娘…どう来るの…
一瞬動揺が見えた
私が逃げウマ娘だというのは…もうとっくに昔の話だ。
4度の完全なる敗北で、私は思い知った、“逃げ切るのは才能が必要”だと。
『各ウマ娘、順々に第3第4コーナーへ』
アラビアントレノ、ここのコーナーは特殊だ…どう来る?どう走る?
………
やはり…内を避けてはいるか…ここの内ラチ沿いは、砂が深く、走るのに多くの体力を消耗する。
良い判断だ…ただ…ここで温存した体力が全て末脚に使えると思えば…それは大間違いだ。
『各ウマ娘、一度目のスタンド前へ、順番は変動なく、10番オホトリメーカー先頭で、先頭からしんがりまでの距離はおおよそ7バ身』
勝負はここからだ……アラビアントレノ
アラは初めてのコースだが、うまく走る事ができている、俺の言った通り、砂の深い内ラチ沿いはしっかりと避けてくれている。
だが…重賞の勝負は半分を越してから。
「アラ…お前さんはどう対処する?」
俺は短いスタンド前を駆け抜けるウマ娘達の動きを確かめるべく、双眼鏡を覗いた。
『スタンド前を駆け抜けたウマ娘達は第1第2コーナーへ、先頭は外枠10番オホトリメーカー、続いて1番ラモンサラマンダー、その斜め後ろ、2バ身差で7番オールナイトフレアが5番デンランハンターの前へ、1バ身後ろ、外から6番プリングルパンサーと4番スズカアバランチ、その後ろ、9番アラビアントレノ、そのすぐ後ろには2番フジマサマーチ、続きまして、3番ビゾンサンシェード、外を回ります、11番シーラカルヴァン、しんがりは8番ヒロイックサーガ』
(…ここまでは何も問題無く走れてる…でも、何だろう?このざわめきは…まるで…何かが起きる前触れのような…)
アラビアントレノは、得体の知れない物を感じ、違和感を懐きつつ走っていた。
(初めてのコース、そして平常心ではない状態で、ここまで走ってみせるとは……素晴らしい適応力と言っておこう、まるで
一方で、フジマサマーチは精神状態が不安定でも、ある程度は走ってみせているアラビアントレノの適応力を見て、デビュー戦の際、破損した靴で自身を追い詰めたかつてのライバル、オグリキャップの事を思い出していた。
(………向正面のストレートの後半…来るな、だが…それは今の貴様では……愚策…)
かつてのライバルの事を思い出しながらも、フジマサマーチはアラビアントレノの様子からこれからの動きを察し、これからの動きを頭の中でシミュレーションしていた。
『第1第2コーナーを走り抜け、各ウマ娘は向正面に入ります、ここの流れのストレートで、最後のコーナーに入るための位置取りを、しっかりと整えていきたい所です』
(さぁ……ここからが本当の『重賞』だ…仕掛けさせてもらう)
ダッ!
フジマサマーチは目を見開き、少しペースを上げた。
(……ペースが……)
アラビアントレノは動揺していた。
(…それも…全体的に……置いていかれたら…おしまい…)
もし、フジマサマーチのみがペースを上げたのなら、彼女が驚く事は無かっただろう、しかし、ペースが上がったのは、フジマサマーチだけではなく、レースに出走しているウマ娘の殆どであった。
『各ウマ娘、仕掛けの準備段階に入った!少しずつ上げていくのは2番のフジマサマーチと、3番のビゾンサンシェード!2番フジマサマーチ、外から外から!9番アラビアントレノのすぐ横に並びかけていく!』
(速い………ッ!?…)
「…………」
アラビアントレノは上がってきたフジマサマーチに気圧され、内ラチ沿いまで追いやられた。
(まずい…戻らないと…!)
ビシッ!
アラビアントレノはすぐに集団に戻ろうとするも、体格の小ささから、上手く入れず、弾かれる。
(模擬レースでは…こんなに弾かれることなんて…無かったのに…コーナーまでには…入らないと…)
だが、そんなアラビアントレノの思いも虚しく、レースは第3第4コーナーへと入ろうとしていた。
その頃、福山トレセン学園ではキングチーハーとエアコンボハリアーが、佐賀レース場からの中継を見ていた。
『各ウマ娘、仕掛けの準備段階に入った!少しずつ上げていくのは2番のフジマサマーチと、3番のビゾンサンシェード!2番フジマサマーチ、外から外から!9番アラビアントレノのすぐ横に並びかけていく!』
「苦しいわね」
「…否定はしない…」
キングチーハーは冷静に状況を分析し、エアコンボハリアーもそれを否定しなかった。
「アラ以外のウマ娘の殆どは、私達よりも長く走ってきた、だから走りが体に染み付いている……だから、“つくべき位置を探すやり方”に加えて、“対戦相手を付きたい場所に入れないやり方”もできる……ベテランらしいやり方ね…特に…中央帰りのフジマサマーチは…」
『第3第4コーナーカーブ前、先頭10番オホトリメーカー、それとほぼ横並び、1番ラモンサラマンダー、その斜め後ろ、半バ身差で7番オールナイトフレア、5番デンランハンター、1バ身後ろ、外から6番プリングルパンサー、2番フジマサマーチ、4番スズカアバランチ、その後ろ内ラチ沿い、9番アラビアントレノ、その外側には3番ビゾンサンシェード、11番シーラカルヴァンと8番ヒロイックサーガも近くにいる!まとまった展開だ!』
「もう一度……抜き返すチャンスは…」
エアコンボハリアーはそう声を絞り出した。
「…大きなウマ娘、小さなウマ娘、どちらがレースで強いかなんて、甲乙付けがたいものだけれど………ああいう混戦の位置取り争いでは、1センチのサイズの差が物を言う……ハリアー、私と同じで重賞を取ったアナタが、分からないはずはないでしょう?最も…今のアラは、継承の事で慌てているみたいだけれど」
衝撃力…それは、物体の質量が重ければ重いほど、そして、速ければ速いほど増すものである。自動車並みのスピードで走るウマ娘にとって、それは大きければ大きいほど、レースにおいて位置取り争いに強いことを意味していた。
そして、身長が150cm未満のウマ娘は、一般的には“位置取り争いでは不利”とされていた。もちろん、自分なりに工夫して、その不利をカバーし、ローカルシリーズにおいて結果を出しているているウマ娘も多いが、そういったウマ娘は継承という身体能力の向上を経て、何年も走ってきたベテランであった。
「バカ……慌てる事は…無いのに…慌てるから…負けなくても良い負けが…こんなところで付くんだ…」
エアコンボハリアーは悔しそうに拳を握りしめ、画面を睨んだ。
(…内からでも良い…砂に足が沈んだって関係ない…ペースを上げてやる…)
第3コーナーを曲がっているアラビアントレノは、まだ諦めてはいなかった、位置取り争いに入れぬと踏んだ彼女は、内ラチ沿いを強引に進んでいた。
『第4コーナーカーブに入りました!各ウマ娘、仕掛ける準備に入っている、どの娘が最初に立ち上がるのか!?』
(………………足が…)
(行かせてもらう…!)
(!!)
『第4コーナー終盤!最初に立ち上がったのはフジマサマーチ!一気に仕掛けてくるか!末脚を使い中団から捲りあげていく!』
これまで約半周、内ラチ沿いを走らされ、精神的にも肉体的にも追い詰められたアラビアントレノの目に、末脚を爆発させ、他のウマ娘を捲りあげるフジマサマーチの姿が目に入り、彼女の脳内を絶望感が支配した。
(まだ…まだだ!)
それでもフジマサマーチに追いすがろうと、彼女が反射的に脚を大きく前に出したその瞬間……
ズリッ!
『フジマサマーチ!一着でゴールイン!フジマサマーチ!ベテランの意地を見せつけ、レースを制しました!2着はプリングルパンサー!3着はビゾンサンシェード!』
ワァァァァァァァァァ!
私は掲示板を見上げる……私はあそこでスリップして、必死に立て直した。だけど…結果は十着、完敗だ…実力も、判断力も、精神力も…圧倒的に足りていなかった。
ザッ…ザッ…ザッ…
フジマサマーチさんはこちらに向かって歩み寄ってくる。
「掲示板を見れば…貴様は確かに私に負けた、だが……私は貴様とレースをしたつもりは無い、現実というものが良く分かっただろう、迷い…悩み…今の貴様では、これからのクラシック戦線を勝ち抜く事は出来ない…!貴様がそれらから開放され、新たな力を手に入れ、私とやり合えるウマ娘となるまで、勝負は預ける……また会おう、アラビアントレノ」
その言葉は、今まで聞いたどの言葉よりも重く、私に降りかかった。
フジマサマーチさんは去り、私は重い足取りで、地下バ道へと降りる。
「アラ…お疲れさん、脚は大丈夫か?」
「うん…ごめん…今は…一人に…」
「分かった」
トレーナーは、何も言わなかった。
帰りの車まで、俺とアラは一言も交わさなかった。
だが…聞かなければならないだろう、あいにく渋滞で車の流れは止まっている、俺は口を開いた。
「…アラ、そろそろ教えてくれ、お前…何か悩んでるんじゃないか?」
「……」
「今日のレース、いや、今日までの精神状態はちゃんとしていたか?」
「……受けてない…」
…?
「……受けてない?」
「継承を…受けてない…」
……!
俺は驚愕した。
「…ごめん……トレーナー、私、ずっと黙ってた」
「……どうしてだ?」
「…トレーナーに、知られるのが…怖かった…コンボも、ランスも、チハも、ワンダーも、サカキも……皆…継承が来たのに…私は……来てないから」
アラの声は、だんだん涙ぐんだものになっていく。
「…トレーナー……」
アラはそう声を絞り出す。
………
「…“私なんていらないよね?”なんて、言うんじゃないぞ…?」
「えっ……」
アラの耳が、曲線を描いて立つ、図星だったようだ。
「……でも…でも…私…」
「…正直、俺も驚いてる、でも、そんなモンで、俺はお前を捨てたりなんかしない」
継承が来ないと聞いた時は驚いた、でも、俺は、それを理由にアラを捨てようとは思わなかった、いや、思えなかった。
「………」
アラは涙を流す。
「……継承が来てなくったって良い、お前のせいじゃ無いよ」
俺は涙を流すアラの頭に手を置いた。
トレーナーは、私の頭に手を置く。
「アラ、聞いてくれ、本当に強いレーサーは、周りの人間に、自然と“応援したい”って思わせるような力を持ってんだ、エアコンボフェザーとのレースで……お前は多くの人の声援を受けた。俺も声援を贈った一人だ、つまり…お前は…強いレーサーだ」
「でも……私は勝てなかった…」
「良いんだ、負けても、強いレーサーは、いつも勝ってるわけじゃない」
「………本当?」
「“悔しい”…その気持ちがレーサーを強くする上で、一番大切なモノなんだ、俺は人間だ、ウマ娘の事を理解するのには限界がある、継承でどれだけ身体能力が向上するのかも、理論でしか分からん。」
トレーナーはそう言って、私の頭から手を離し、真っ直ぐ私を見た。
「………俺は、ウマ娘を強くするのは継承じゃないと思ってる…アラ、この敗北をバネにして更に強くなれ」
「……うん…ありがとう、トレーナー…」
「…」
トレーナーは少し口角を上げた。
その後はしばらく走っていた、アラはいつの間にか眠っていた、俺は宮島SAに車を停めた。
アラは継承を受けていない、いや…これからも来ることは無いのかもしれない…そんな気がする。
でも、驚かされただけで、落胆の気持ちは全く起きなかった。
むしろ、アラのこれからが楽しみになっている自分がいる…………要は車とよく似ている…レーサーの血が騒ぐということだ。
ハンドルを取り、自分を鍛え、考え、成長し、とにかく目の前の相手を抜き去ってやろうと行動に移す。
何度でも試し、走り、戦い、抜いて、抜いて、抜いて、抜いていく。
もちろん上手くやれるときもあれば、失敗するときもあるだろう。
ならば次はどう走ろう、どう戦おうと何日、何ヶ月と考え続ける。
機会があれば思いついたアイデアを片っ端から試していく。
そうしているうちに──
楽しくなってくる訳だ。
お読みいただきありがとうございます。
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