アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第16話 レーサーを育てるモノ

 

『スタートしました!さて、先行するはやはり外枠10番オホトリメーカー、続いて内から立ち上がる1番ラモンサラマンダー、その後ろには5番デンランハンターと7番オールナイトフレア、少し後ろ、外から6番プリングルパンサーと4番スズカアバランチ、その後ろ、9番アラビアントレノ、その後ろには2番フジマサマーチ、最後尾、並ぶように3番ビゾンサンシェード、8番ヒロイックサーガ、11番シーラカルヴァン』

 

 後ろ…あの時と一緒だ、フジマサマーチさんは確か、逃げと差しの両方を使うはず…このレース場なら逃げで来ると思ったけど…まさか差しで来るなんて。

 

『最初の直線、距離400m、各ウマ娘、思い思いの位置へ、10番オホトリメーカーを先頭にして縦長の展開を維持しつつ、第3第4コーナーへ』

 

 あのオグリキャップを2度も下したウマ娘…どう来るの…

 

 

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 一瞬動揺が見えた

 

 私が逃げウマ娘だというのは…もうとっくに昔の話だ。

 

 4度の完全なる敗北で、私は思い知った、“逃げ切るのは才能が必要”だと。

 

『各ウマ娘、順々に第3第4コーナーへ』

 

 アラビアントレノ、ここのコーナーは特殊だ…どう来る?どう走る?

 

………

 

 やはり…内を避けてはいるか…ここの内ラチ沿いは、砂が深く、走るのに多くの体力を消耗する。

 

 良い判断だ…ただ…ここで温存した体力が全て末脚に使えると思えば…それは大間違いだ。

 

『各ウマ娘、一度目のスタンド前へ、順番は変動なく、10番オホトリメーカー先頭で、先頭からしんがりまでの距離はおおよそ7バ身』

 

 勝負はここからだ……アラビアントレノ

 

 

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 アラは初めてのコースだが、うまく走る事ができている、俺の言った通り、砂の深い内ラチ沿いはしっかりと避けてくれている。

 

 だが…重賞の勝負は半分を越してから。

 

「アラ…お前さんはどう対処する?」

 

 俺は短いスタンド前を駆け抜けるウマ娘達の動きを確かめるべく、双眼鏡を覗いた。

 

 

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『スタンド前を駆け抜けたウマ娘達は第1第2コーナーへ、先頭は外枠10番オホトリメーカー、続いて1番ラモンサラマンダー、その斜め後ろ、2バ身差で7番オールナイトフレアが5番デンランハンターの前へ、1バ身後ろ、外から6番プリングルパンサーと4番スズカアバランチ、その後ろ、9番アラビアントレノ、そのすぐ後ろには2番フジマサマーチ、続きまして、3番ビゾンサンシェード、外を回ります、11番シーラカルヴァン、しんがりは8番ヒロイックサーガ』

 

(…ここまでは何も問題無く走れてる…でも、何だろう?このざわめきは…まるで…何かが起きる前触れのような…)

 

 アラビアントレノは、得体の知れない物を感じ、違和感を懐きつつ走っていた。

 

 

 

(初めてのコース、そして平常心ではない状態で、ここまで走ってみせるとは……素晴らしい適応力と言っておこう、まるでアイツ(オグリ)を思い出させる様なウマ娘だ…だが…)

 

 一方で、フジマサマーチは精神状態が不安定でも、ある程度は走ってみせているアラビアントレノの適応力を見て、デビュー戦の際、破損した靴で自身を追い詰めたかつてのライバル、オグリキャップの事を思い出していた。

 

(………向正面のストレートの後半…来るな、だが…それは今の貴様では……愚策…)

 

 かつてのライバルの事を思い出しながらも、フジマサマーチはアラビアントレノの様子からこれからの動きを察し、これからの動きを頭の中でシミュレーションしていた。

 

『第1第2コーナーを走り抜け、各ウマ娘は向正面に入ります、ここの流れのストレートで、最後のコーナーに入るための位置取りを、しっかりと整えていきたい所です』

 

(さぁ……ここからが本当の『重賞』だ…仕掛けさせてもらう)

 

ダッ!

 

 フジマサマーチは目を見開き、少しペースを上げた。

 

 

(……ペースが……)

 

 アラビアントレノは動揺していた。

 

(…それも…全体的に……置いていかれたら…おしまい…)

 

 もし、フジマサマーチのみがペースを上げたのなら、彼女が驚く事は無かっただろう、しかし、ペースが上がったのは、フジマサマーチだけではなく、レースに出走しているウマ娘の殆どであった。

 

『各ウマ娘、仕掛けの準備段階に入った!少しずつ上げていくのは2番のフジマサマーチと、3番のビゾンサンシェード!2番フジマサマーチ、外から外から!9番アラビアントレノのすぐ横に並びかけていく!』

 

(速い………ッ!?…)

 

「…………」

 

 アラビアントレノは上がってきたフジマサマーチに気圧され、内ラチ沿いまで追いやられた。

 

(まずい…戻らないと…!)

 

ビシッ!

 

 アラビアントレノはすぐに集団に戻ろうとするも、体格の小ささから、上手く入れず、弾かれる。

 

(模擬レースでは…こんなに弾かれることなんて…無かったのに…コーナーまでには…入らないと…)

 

 だが、そんなアラビアントレノの思いも虚しく、レースは第3第4コーナーへと入ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 その頃、福山トレセン学園ではキングチーハーとエアコンボハリアーが、佐賀レース場からの中継を見ていた。

 

『各ウマ娘、仕掛けの準備段階に入った!少しずつ上げていくのは2番のフジマサマーチと、3番のビゾンサンシェード!2番フジマサマーチ、外から外から!9番アラビアントレノのすぐ横に並びかけていく!』

 

「苦しいわね」 

「…否定はしない…」

 

 キングチーハーは冷静に状況を分析し、エアコンボハリアーもそれを否定しなかった。

 

「アラ以外のウマ娘の殆どは、私達よりも長く走ってきた、だから走りが体に染み付いている……だから、“つくべき位置を探すやり方”に加えて、“対戦相手を付きたい場所に入れないやり方”もできる……ベテランらしいやり方ね…特に…中央帰りのフジマサマーチは…」

 

『第3第4コーナーカーブ前、先頭10番オホトリメーカー、それとほぼ横並び、1番ラモンサラマンダー、その斜め後ろ、半バ身差で7番オールナイトフレア、5番デンランハンター、1バ身後ろ、外から6番プリングルパンサー、2番フジマサマーチ、4番スズカアバランチ、その後ろ内ラチ沿い、9番アラビアントレノ、その外側には3番ビゾンサンシェード、11番シーラカルヴァンと8番ヒロイックサーガも近くにいる!まとまった展開だ!』

 

「もう一度……抜き返すチャンスは…」

 

 エアコンボハリアーはそう声を絞り出した。

 

「…大きなウマ娘、小さなウマ娘、どちらがレースで強いかなんて、甲乙付けがたいものだけれど………ああいう混戦の位置取り争いでは、1センチのサイズの差が物を言う……ハリアー、私と同じで重賞を取ったアナタが、分からないはずはないでしょう?最も…今のアラは、継承の事で慌てているみたいだけれど」

 

 衝撃力…それは、物体の質量が重ければ重いほど、そして、速ければ速いほど増すものである。自動車並みのスピードで走るウマ娘にとって、それは大きければ大きいほど、レースにおいて位置取り争いに強いことを意味していた。

 

 そして、身長が150cm未満のウマ娘は、一般的には“位置取り争いでは不利”とされていた。もちろん、自分なりに工夫して、その不利をカバーし、ローカルシリーズにおいて結果を出しているているウマ娘も多いが、そういったウマ娘は継承という身体能力の向上を経て、何年も走ってきたベテランであった。

 

「バカ……慌てる事は…無いのに…慌てるから…負けなくても良い負けが…こんなところで付くんだ…」

 

 エアコンボハリアーは悔しそうに拳を握りしめ、画面を睨んだ。

 

 

 

 

 

(…内からでも良い…砂に足が沈んだって関係ない…ペースを上げてやる…)

 

 第3コーナーを曲がっているアラビアントレノは、まだ諦めてはいなかった、位置取り争いに入れぬと踏んだ彼女は、内ラチ沿いを強引に進んでいた。

 

『第4コーナーカーブに入りました!各ウマ娘、仕掛ける準備に入っている、どの娘が最初に立ち上がるのか!?』

 

(………………足が…)

 

(行かせてもらう…!)

 

(!!)

 

『第4コーナー終盤!最初に立ち上がったのはフジマサマーチ!一気に仕掛けてくるか!末脚を使い中団から捲りあげていく!』

 

 これまで約半周、内ラチ沿いを走らされ、精神的にも肉体的にも追い詰められたアラビアントレノの目に、末脚を爆発させ、他のウマ娘を捲りあげるフジマサマーチの姿が目に入り、彼女の脳内を絶望感が支配した。

 

(まだ…まだだ!)

 

 それでもフジマサマーチに追いすがろうと、彼女が反射的に脚を大きく前に出したその瞬間……

 

ズリッ!

 

 

 

────────────────────

 

 

『フジマサマーチ!一着でゴールイン!フジマサマーチ!ベテランの意地を見せつけ、レースを制しました!2着はプリングルパンサー!3着はビゾンサンシェード!』

 

ワァァァァァァァァァ!

 

 私は掲示板を見上げる……私はあそこでスリップして、必死に立て直した。だけど…結果は十着、完敗だ…実力も、判断力も、精神力も…圧倒的に足りていなかった。

 

ザッ…ザッ…ザッ…

 

 フジマサマーチさんはこちらに向かって歩み寄ってくる。

 

「掲示板を見れば…貴様は確かに私に負けた、だが……私は貴様とレースをしたつもりは無い、現実というものが良く分かっただろう、迷い…悩み…今の貴様では、これからのクラシック戦線を勝ち抜く事は出来ない…!貴様がそれらから開放され、新たな力を手に入れ、私とやり合えるウマ娘となるまで、勝負は預ける……また会おう、アラビアントレノ」

 

 その言葉は、今まで聞いたどの言葉よりも重く、私に降りかかった。

 

 フジマサマーチさんは去り、私は重い足取りで、地下バ道へと降りる。

 

「アラ…お疲れさん、脚は大丈夫か?」

「うん…ごめん…今は…一人に…」

「分かった」

 

 トレーナーは、何も言わなかった。

 

 

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 帰りの車まで、俺とアラは一言も交わさなかった。

 

 だが…聞かなければならないだろう、あいにく渋滞で車の流れは止まっている、俺は口を開いた。

 

「…アラ、そろそろ教えてくれ、お前…何か悩んでるんじゃないか?」

「……」

「今日のレース、いや、今日までの精神状態はちゃんとしていたか?」

「……受けてない…」

 

…?

 

「……受けてない?」

「継承を…受けてない…」

 

……!

 

 俺は驚愕した。

 

「…ごめん……トレーナー、私、ずっと黙ってた」

「……どうしてだ?」

「…トレーナーに、知られるのが…怖かった…コンボも、ランスも、チハも、ワンダーも、サカキも……皆…継承が来たのに…私は……来てないから」

 

  アラの声は、だんだん涙ぐんだものになっていく。

 

「…トレーナー……」

 

 アラはそう声を絞り出す。

 

………

 

「…“私なんていらないよね?”なんて、言うんじゃないぞ…?」

「えっ……」

 

 アラの耳が、曲線を描いて立つ、図星だったようだ。

 

「……でも…でも…私…」

「…正直、俺も驚いてる、でも、そんなモンで、俺はお前を捨てたりなんかしない」

 

 継承が来ないと聞いた時は驚いた、でも、俺は、それを理由にアラを捨てようとは思わなかった、いや、思えなかった。

 

「………」

 

 アラは涙を流す。

 

「……継承が来てなくったって良い、お前のせいじゃ無いよ」

 

 俺は涙を流すアラの頭に手を置いた。

 

 

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 トレーナーは、私の頭に手を置く。

 

「アラ、聞いてくれ、本当に強いレーサーは、周りの人間に、自然と“応援したい”って思わせるような力を持ってんだ、エアコンボフェザーとのレースで……お前は多くの人の声援を受けた。俺も声援を贈った一人だ、つまり…お前は…強いレーサーだ」

「でも……私は勝てなかった…」

「良いんだ、負けても、強いレーサーは、いつも勝ってるわけじゃない」

「………本当?」

「“悔しい”…その気持ちがレーサーを強くする上で、一番大切なモノなんだ、俺は人間だ、ウマ娘の事を理解するのには限界がある、継承でどれだけ身体能力が向上するのかも、理論でしか分からん。」

 

 トレーナーはそう言って、私の頭から手を離し、真っ直ぐ私を見た。

 

「………俺は、ウマ娘を強くするのは継承じゃないと思ってる…アラ、この敗北をバネにして更に強くなれ」

「……うん…ありがとう、トレーナー…」

「…」

 

 トレーナーは少し口角を上げた。

 

 

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 その後はしばらく走っていた、アラはいつの間にか眠っていた、俺は宮島SAに車を停めた。

 

 アラは継承を受けていない、いや…これからも来ることは無いのかもしれない…そんな気がする。

 

 でも、驚かされただけで、落胆の気持ちは全く起きなかった。

 

 むしろ、アラのこれからが楽しみになっている自分がいる…………要は車とよく似ている…レーサーの血が騒ぐということだ。

 

 ハンドルを取り、自分を鍛え、考え、成長し、とにかく目の前の相手を抜き去ってやろうと行動に移す。

 

 何度でも試し、走り、戦い、抜いて、抜いて、抜いて、抜いていく。

 

 もちろん上手くやれるときもあれば、失敗するときもあるだろう。

 

 ならば次はどう走ろう、どう戦おうと何日、何ヶ月と考え続ける。

 

 機会があれば思いついたアイデアを片っ端から試していく。

 

 そうしているうちに──

 

 楽しくなってくる訳だ。

 





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