アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第17話 勝ちたい存在

  

 ある日、キングチーハーは福山トレセン学園の生徒会室を訪れていた。

 

「ペルセウス会長……勝てませんでした」

「チハ…君は頑張ったよ」

 

 エコーペルセウスはキングチーハーの頭に手を置く。

 

「……」

 

 キングチーハーは黙って涙を流していた。

 

 AUチャンピオンカップの開催が決定したと同時に、日本のウマ娘レースはもう一つの変革が起きていた、それが『地方所属ウマ娘の中央主催レースへの参戦チャンスの増加』である。

 

 これにより、中央主催の重賞レースのトライアルレースは増加していた。

 

 そして、クラシック三冠レースの一つ目、皐月賞では、福山のキングチーハー、舟橋のサトミマフムトが出走していた。結果はサトミマフムトが4着、キングチーハーが6着であった。

 

「ココアだよ、チハ、レースの話を、詳しく聞かせてくれないかな?」

「……はい」

 

 エコーペルセウスはキングチーハーにココアを差出し、気持ちを落ち着かせてレースの詳細を聞いていった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 キングチーハーが帰ったあと、エコーペルセウスは聞いた内容をまとめたいた。

 

 そこをハグロシュンランが訪れた。

 

「ペルセウス会長、どうでしたか?」

「今年のクラシック世代は中々の強敵が居るみたいだね、年度代表ウマ娘も出そうな勢いだ」

「まぁ…」

「特にこの5人」

 

 エコーペルセウスは懐から5人のウマ娘のレース中の写真を出した。

 

「まず一人目、キングヘイロー、所属はチーム“ヤコーファー”優秀な血統持ちらしいね、根性のある性格みたいだから、強力な末脚を持っているはずだ」

「…確かに、この写真を見るに、不屈の闘志を持っておられるお方のようですね」

 

 ハグロシュンランはキングヘイローの皐月賞の写真を見てそう言った。

 

「よーし、二人目に行こうか、二人目はエルコンドルパサー、所属はチーム“リギル”これまで全勝してきたウマ娘、世界最強を目指しているそうだよ、特徴はなんと言ってもスタミナだね」

「…芝もダートも行けるようですね」

「そうだね、もっとも、うちのウマ娘達も、“地元を最大限に利用すれば”芝、ダート、どちらも走れるようになっているはずだけれど」

「ふふっ…確かに、盛岡に遠征して結果を出す娘もいらっしゃいますからね」

 

 盛岡レース場は、地方レースでは唯一、芝コースを備えている。それ故、中央のレースのトライアル競争が行われる事もあった。

 

「三人目、グラスワンダー、所属はエルコンドルパサーと同じくチーム“リギル”朝日杯フューチュリティステークスを制覇…だけれども、今は怪我で療養中。この娘は強力な差し足、そしてそれを残しておけるスタミナが武器だね」

「お怪我をされているのですね、復帰の時期はいつ程になるのでしょうか…」

「早くとも夏明けになるんじゃないかな?とりあえず、細かいところはよくわからないね」

 

 エコーペルセウスは苦い顔をしつつ、そう言った。

 

「四人目に行こうか、四人目はセイウンスカイ、所属はチーム“アクラブ”皐月賞を取ったウマ娘だね、逃げ切る粘り強さを持ったウマ娘、サイレンススズカよりもスピードは劣るけれど、その分適性が長距離寄り…になるのかな?」

「逃げ…ですか、中々リスキーな戦法を取られるのですね」

「“体質に合った堅実な戦法”か“自分の好きなように走る戦法”か、どちらが向いているかはウマ娘による。一概に逃げと言ってもリスキーとは限らないよ」

「………」

 

 ハグロシュンランは頷きつつ話を聞く。

 

「そして五人目、スペシャルウィーク、所属はチーム“スピカ”皐月賞の前哨戦の弥生賞を取ってる、この娘もかなりの末脚を持っているようだね」

「ですが…何故、皐月賞は…」

「映像を見てみたんだけれども、勝負服の後ろが、少しヘンになってる、多分…食べ過ぎかな?」

「太りやすいお方なのでしょうか…」

「恐らくは、まあ…年頃の女の子に言ってしまうのは、少々罪悪感を感じるけど」

「あはは…そうですね」

 

 エコーペルセウス、ハグロシュンランは共に少し笑った。

 

「それで…会長はここの5人の中のどなたかが…」

「ううん、これはあくまで一般論、私が今後注目していきたいウマ娘は別にいる」

「まぁ…そうなのですか?」

「うん、でも、まだ秘密だよ」

 

 エコーペルセウスは笑顔で指でバツを作った。

 

「秘密…ですか…そう言えば…フェザーさんはどこに居るのでしょうか?」

「フェザーはサポートに回って貰うことになったからね、学園のため、早速動いてもらってる……今は帯広にいるんじゃないかな?」

「帯広…でも、あそこは…」

「うん、知っての通り、私達の走る世界とは別の世界、“ばんえい”だ、だけど、あのフェザーのことだ、きっと、何かヒントを見つけたんだろうね」

 

 “ばんえい”とは、帯広レース場でのみ行われている、ウマ娘が重りを載せたそりを引き、その速さを競うレースである。

 

 その原点は奈良時代にまで遡る、当時の日本は“租調庸”という税制が導入されており、その税は米や各地の特産品といった現物で収められていた。

 

 奈良時代には一般の民衆が牛やヤックルを用いて、及び船で荷物を輸送することは認められておらず、輸送は殆どの場合人の手で行われていた。

 

 そこで運送役として活躍していたのが、ウマ娘である。彼女たちは、大量の食料を必要とするものの、人間の持てる量の数倍の荷物を持ち、牛が引くようなそりや車を引き続けるパワーは物資の運送に大いに役立ったという…

 

 そして、奈良時代に活躍したウマ娘達を後世まで語り継ぐべく、ばんえいレースが創設されたのであった。

 

「会長のおっしゃる通りです、あのフェザーさんなら、何か見つけて来てくださるとおもいます」

 

 ハグロシュンランは外を見てそう言った。

 

 

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 トレーニング開始時刻、俺はアラにこれからやるトレーニングの説明と、本人の意志の確認を行う事にしていた。

 

「アラ、はがくれ大賞典で負けてから、お前には基礎練習の他に、反復横跳びをやってもらってたよな?」

「うん」

「今日から行うトレーニングは、その反復横とびで鍛えた敏捷性と横への瞬発力を更に強化するものだ」

「…どんなトレーニング?」

 

 アラは真顔でこちらを見る、だが、その目は期待が宿っていた。

 

 

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「…どんなトレーニング?」

 

 私はそうトレーナーに聞いた。するとトレーナーは口角を釣り上げ、ニヤリとする、この顔をする時は大抵カーレースの世界に関連のある時だ。

 

「これだ」

 

 トレーナーはノートを開き、私に見せた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「…………何、これ…暗号?」

 

 トレーナーがノートに書いていたのは、いくつかの丸と矢印…意味が分からない。

 

「ジムカーナ、聞いたことないか?」

 

 トレーナーはこちらを見てそう聞く、ジムカーナといえば…

 

「シシ術?」

 

 前世、セルフランセが現役の時のことを話していたのを思い出した。

 

 ジムカーナとは、馬場にポールをいくつも立て、ハードルを設置したりして、細かな曲線や起伏に富んだコースを作って、そこを走る馬術競技……いや、この世界だとヤックルがやってるからシシ術だ。

 

 セルフランセはそれに長けていて、特にハードルを飛び越えるのが好きだったらしい。

 

 だけど、牧場にはハードルなんて物は無かった、でも、時間はたっぷりあったので、私はセルフランセにジャンプを教わっていた。最終的にはセルフランセと共に牧場で使っているリアカーを飛び越え、牧場長に見つかって大目玉を食らったのを覚えている。

 

「半分正解だ……おーい、アラ、聞いてるか?確かにジムカーナはシシ術にもある、だけど、これはモータースポーツのジムカーナを参考に作ってるんだ。」

 

 モータースポーツのジムカーナ……一回だけおやじどのが言っていたような気がする。

 

「あー、あまり縁がないか、この世……いや、この国はあまりモータースポーツの規模

、大きくないしな」

「…このトレーニングをすれば、どんな風になるの?」

 

 トレーナーの言葉にちょっとだけ違和感を感じたものの、私はトレーニングをこなせばどういった感じになるのかについて問うことにした。

 

「このトレーニングは、反復横とびで培った敏捷性と横への瞬発力を元に、機動力を強化するものだ。これが出来れば、集団をスイスイ抜けられるようになる」

「…本当に?」

「理論上…はな、そしてさらに、踏ん張る力がつく、鍛えれば、位置取り争いの際“ぶつかった相手を逆に弾き返す”事だってできる」

 

 それらの利点は、私にはものすごく魅力的に感じた、でも…

 

「…私、小さいよ?」

 

 私は小型(アングロアラブ)、どうしても不安が残る。

 

「レース関連の用語に“パワーウエイトレシオ”ってもんがある、パワーの割に重さが軽いと、どうなる?」

「…速くなる」

「正解だ、それとキビキビ動ける様になる、でもな…」

 

 そう言うと、トレーナーは上を向いた。

 

「どうしたの?」

「…このトレーニングは確かに効果がある、だけど、普通のトレーニングとは比較にならん遠心力がかかる、それ故危険だ、夏休みに、俺が中央に落ちた話をしたろう?その原因がこのトレーニングだ。」

「……そうなの?」

 

 トレーナーは、中央の面接試験でトレーニング方法のプレゼンを行い、それで落とされた、これが原因だったなんて…

 

「ああ、でも、『危険』って言われたから、もちろん改良はしてある。このトレーニング、本当は蹄鉄シューズじゃなくてランニングシューズでやるものだったんだ、そっちのほうが踏ん張りにくくなって、踏ん張りのトレーニングになるからな。」

「……トレーナーが落ちた理由、分かった気がする…」

「…まあ、俺も自覚してるよ。でも、俺はトレーナーとしてウマ娘には十分配慮する心は持ってる。アラ、お前さんはどうしたい?いくら改良をしているとはいえ、このトレーニングはリスキーなもの、やるか、否か、選ぶんだ」

 

 私は目を閉じて考える。

 

『──新たな力を手に入れ、私とやり合えるウマ娘となるまで、勝負は預ける……また会おう』

 

 フジマサマーチさんのあの言葉が、頭の中でこだまする。

 

「やる…トレーナー…私は…私は…フジマサマーチ(あのヒト)に勝ちたい…!」

「…分かった、だけど、これから厳しいトレーニングになるぞ」

 

 トレーナーはノートを差し出してくる。

 

「望むところ…!」

 

 私はそう答え、ノートを手に取った。 

 

 

=============================

 

 

 その頃帯広トレセン学園では、エアコンボフェザーが一人のばんえいウマ娘と話していた

 

「…ワタシが…ローカルシリーズの娘達の指導役に…?」

「ああ、ここのトレーニングを見学させてもらって思ったんだ、これからのウマ娘達には、こういったトレーニングも必要だとな、だからそちらに頼みたい、夏休みの一ヶ月少々…私達のために使ってくれないか?」

「エアコンボフェザーさん…」

 

 エアコンボフェザーは頭を下げ、相手のウマ娘に頼み込んだ。

 

 

 




 
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