私達は皆で、サカキのトレーナーが病室から出てくるのを待っていた。
カラカラカラ…
「……!!」
「サカキのトレーナーさん!!」
「サカキは!大丈夫なんですか?」
サカキのトレーナーが出てきたので、私達は駆け寄り、口々に彼に問う。
「…ああ、何とか大丈夫だったよ…ただ…」
「ただ…?」
「治ったとしても、競走ウマ娘として走ることは難しいだろうと言われたよ」
「そんな…」
「…骨折というのは、新たに骨が形成されることによって治るものだ、そして、新たに形成される骨というのは…周りの骨より強度に劣る…それに…あの娘の場合は骨折した箇所が問題だ…」
サカキのトレーナーは悔しそうにそう言った、その場を沈黙が支配する。
「…皆、行こう、今の私達に出来ることは、サカキの分まで走ることだけ、多分、サカキもそれを望んでるはず…そうですよね?」
ハリアーがサカキのトレーナーにそう聞いた。
「…ああ、彼女からは伝言を預かっている“私のことは気にしないで、皆は皆のやるべきことをやって”と言っていた」
「………」
「…行こう、私達がレースで負けたら、サカキはもっと悲しんでしまう…私は…そう思う」
ハリアーは皆に先んじて、サカキのトレーナーに会釈をして去っていった、その顔は、どういう訳か、深い悲しみを知っているかのような表情だった。
波乱の福山ダービーが終わって少し経ち、私はトレーナーとのミーティングを終え、帰り支度をしていた。トレーナーは外で電話をしている
「…ふう、やっと終わった…」
「…誰からだったの?」
「桐生院さんからだった、なあアラ、日本ダービー、見に行かないか?」
「日本ダービー…?」
日本ダービーは、私達地方のウマ娘からしたら高嶺の花のような存在で、同世代の中の頂点を決めるレース、競走ウマ娘ならば誰もが目指す目標だ。
「ミークやサトミマフムトが出る、勉強になるぞ」
「……」
確かに、フジマサマーチさんに勝つには、今のままでは駄目だ、強い娘達のレースを見て、学ぶことも大切だ、でなければ次のステージには進めないだろう
「トレーナー、連れてって」
「お前さんなら、そう言ってくれると思ってたよ、たっぷりと学ぼう、お互いにな」
「…うん」
「よし…そうと決まれば、これからの予定を組まないとな…もう少し居残りだ」
「…分かった」
私は持っていたカバンを下ろし、椅子を引いて再び机に向かった。
日が経つというのは何とも早いもので、ついに日本ダービー当日がやってきた、俺はスペやミークのダービーを見るため、そして、もう一つ、大切な任務を帯びて、ここ、東京レース場にやってきていた。
そして俺達はミークのチームメイトと顔合わせをすることとなった
「アタシはツルマルシュタルク、マルシュって呼ばれてる、ミークからアンタの事は聞いてるよ…よろし…ケホッ…」
「……大丈夫…?」
「問題無いよ」
アラは相手のウマ娘…ツルマルシュタルクの背中をさする、彼女はチームの姉貴分的存在であるものの、身体が丈夫な方ではなく、まだデビューはしてないらしい。
「私はジハードインジエア、通称ハード、よろしく」
「うん、よろしく」
ジハードインジエアは、右耳に黄色いカバーをはめたウマ娘だ、体つきからして適性はマイルから中距離だろう。
「サンバイザーよ、サンバって呼ばれてるわ、よろしくね、アラ」
「よろしく、サンバ」
サンバイザーはその名の通り、サンバイザーをつけたウマ娘だ。
「ゼンノロブロイです、ロブロイとお呼び下さい」
「わかった、よろしく」
ゼンノロブロイはメガネをかけた、耳の大きなウマ娘だ、大人しそうな印象を受ける。
この四人がミークのチーム“メイサ”のメンバーだそうだ。やはり、全体的に小柄という印象を受ける。
「…あっ、上がってきた!」
ハードの指差す方向を見ると、ウマ娘達がパドックへと上がってくる、俺達はそちらに目を移した。
『な、なんと!スペシャルウィークとエルコンドルパサー、同着です!!今年の日本ダービーは、同着という結果に終わりました!!』
ウォォォォォォォッ!!
「………」
ミークは15着…はっきりと言って惨敗の結果だった。囲まれたミークはうまく抜け出せなかったのだ、中央の位置取り争いは熾烈だということを実感させられるレースだった。
まず、ウマ娘達の隙間が小さい、これはコースの特徴だろう、中央のコースは広い、だから遠心力がきつくない、それはつまり、遠心力に負けてぶつかるということが少ないということだ、それ故、ウマ娘達の密度が高く、抜け出すのには精密な
「……ミーク…」
隣を見ると、桐生院さんが下を向いている。
「桐生院さん、貴女がここにいちゃいかんでしょう、下に降りて、ミークを迎えましょう」
「…はい」
こうして、俺達は落ち込んでいる桐生院さんを連れ、地下バ道へと下りていった。
「トレーナー…皆…ごめん…勝てなかった……」
「……ミークは…頑張ったよ、私達、いや…クラスのみんなも、ミークが走ってるの…見てた、カッコよかったよ」
ハードはそう言って、ミークを慰め、抱きしめた。
「ごめんなさい、ミーク、貴女を…勝たせてあげられませんでした…」
桐生院さんはそう言い、固く拳を握りしめていた。そうやって居るのも無理は無い、今日のミークは、完璧な調整だった。パドックでも落ち着いた様子を見せており、ゲートにもスッと入ってみせた。
だが…それでもミークは負けていた、それはスペやエルコンドルパサーの調整が、ミークのそれを上回っていたということもあるだろうが、やはり、予想外の状況に振り回されてしまったというのも大きいだろう。
その予想外の状況と言うのが“キングヘイローが逃げた”ということ、学園にあったデータによれば、彼女の本来の脚質は、アラやワンダーと同じ差し。逃げは向いていない。そして、そんな慣れない戦法を使えば、当然、スタミナと言うものは切れやすくなる。
そして、スタミナ切れで落ちていったキングヘイローは後続をバラけさせ、結果的にミークの通る筈だった進路を塞ぐ原因となった。
しかし、レースに絶対はない、カーレースだってそうだ、あの雨のレースだって、相当荒れただろう、ミラーなんて見る余裕は無かったが、後続はスリップしていたやつだって居たかもしれない。
キングヘイローが落ちたとき、スペシャルウィークは外寄りにいた、エルコンドルパサーには避けられるスペースが空いた、やはり、日本ダービーは“最も運の良いウマ娘が勝つ”ということだろうか……?
だが、運も実力のうちだ、勝者には、どういった形であれ、祝福が送られるべきだ。
スペ…やったな、おめでとう。
俺はスペに心の中で祝福の言葉を送った。
宿泊場所に一人戻った私は、ベッドに座り込み、ダービーのことを思い出した。
生まれてはじめて、この目で直接見た、日本ダービーは、凄いの一言だった。観客数、熱気、勝負、どれも私にとっては圧巻の一言だった。
おやじどのが興奮気味に、サラブレッド達のことについて話していた理由が、完璧に理解できた。
色とりどりの勝負服を着た、強いウマ娘達の揃うあの舞台で、歓声を受ける事ができれば、どんな気持ちになるだろうか。
あの謎の声が言う、『最強』とやらになれば、この栄光を得られるのだろうか?
そして、あの謎の声は、この前再び現れた、そして、あるレースの名前を、しきりに口にしていた。
私は目を閉じる、私の頭の中では、様々な思いが、ぽっと出ては消えたり、別の思いに変わったりを繰り返していた。
俺と桐生院さんは、今日のダービーについて、歩きながら話し合っていた。
「私はどうすれば良いんでしょう…」
ベンチに腰掛け、そう言った桐生院さんはため息をつく。顔は西陽に照らされているものの、その表情は夜の海のように暗い。
「…桐生院さん、貴女の気持ちを教えてほしい、貴女は今日のレースを見て、どう思ったんです?」
「………ミークの才能を…私は引き出してあげることが出来なかった…そう…思います」
「そうですか」
確かにミークは才能に溢れたウマ娘だ、今日のレース結果を見てみると、あの混戦状態を脱していれば…と思うこともある
「引き出してあげられなかったと言ってましたけど、桐生院さんはミークにどんなトレーニングをつけていたんです?」
「やれるだけのことはやったつもりです、基礎的なものは……」
その後も、俺は桐生院さんにミークのトレーニングについて聞いていった。
「…以上です」
「なるほど…そのトレーニングも、トレーナー白書からのものですか?」
「…いえ、様々な教本も…参考にして、自分で考えたものも…少々…」
「なるほど…では、こんなのはやったりしてます?」
俺は桐生院さんに、アラがジムカーナをやっている動画を見せた
「………どうです?」
「これは…一体…どのようなトレーニングなのですか?」
「これはジムカーナという、抜け出す力を鍛える物です、俺が考えました」
「…慈鳥トレーナーが…?」
「はい、他の学園のウマ娘と差をつけるためには、オリジナリティーというものが必要だと、俺は思ってるんです、固定観念にとらわれず、思いついた事を片っ端から試していく、そんなスタイルが、桐生院さん、貴女は教本に囚われすぎてるって自分で思いませんか?」
「………」
桐生院さんは沈黙を貫く
「…桐生院さん、俺らと一緒に、新しいスタイルのウマ娘トレーニングってのを、やってみませんか?」
「貴方方と…一緒に…?」
「ええ、俺達福山トレセン学園は、そちらと同じく、夏合宿を計画しています、そこに、桐生院さん達を誘いたいんです」
「…私達…を…?」
「桐生院さん、内心、今のままでは駄目だと思っているんじゃないですか?」
「……!」
図星…か。
「なら、俺達と一緒にやりませんか?」
俺はベンチから降り、桐生院さんの前に移動してそう言った。
二日後、慈鳥は福山トレセン学園の校長室にて、大鷹に報告を行っていた。
「報告します、桐生院トレーナーの夏合宿への勧誘に成功しました、ただ、ほかにも連れて来たいメンバーがいるようです」
「そうですか、よくやってくれました、これで生徒達のさらなるレベルアップが期待できる」
慈鳥が帯びていた任務というのは、桐生院を福山トレセン学園の夏合宿に誘うということであった。大鷹は元地方のトレーナーである、中央の実力を見ていた彼は、地方のウマ娘達が強くなるためには、多かれ少なかれ、中央のウマ娘との深い交流が必要不可欠だと考えていたのである
「そう言えば慈鳥君、君の次のレースはいつでしたか?」
「7月のオパールカップです、アラがぜひ、出してくれと頼んできたレースです」
「オパールカップ…盛岡ですか」
「はい、硬い芝のバ場で、アラがどれだけ対応できるかは分かりませんが、自分はトレーナー、担当を信じてレースに送り出すつもりです。」
「なるほど…君の心配もごもっともです、ですが、この学園のウマ娘達は、硬いバ場には慣れています、きっと、好走してくれるでしょう。」
大鷹はコースについて説明し始めた、彼の発言には理由があった、福山トレセン学園の近くの芦田川沿いには、ダートの走路が設置されている、そして、このダートは日本のダートコースのそれと違いアメリカのダートコースのように、土でできている。アメリカのダートはバ場が固く、乾燥しているときは日本の芝並みの走破タイムが出るのである。
だが、アメリカと異なり、日本は全体的に雨が多く、水はけの悪い土のダートコースは作られなかった、しかし、マクロではなくミクロな視点で見れば話は別である。福山トレセン学園の存在する瀬戸内地方は、一年を通して雨の少ない地域である。そのため、土の走路が維持できているのであった。
「いかがでしたかな?」
「…少し、緊張がほぐれました」
「ハハハ、正直ですな、存分に暴れて来てください」
「分かりました」
慈鳥は大鷹に頭を下げ、退出していった。
お読みいただきありがとうございます。
データの件ですが、100%とは行かないもののなんとか復旧できました、外部メモリにバックアップを取っておきましたのでもう大丈夫です。お騒がせ致しました。
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