アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第21話 All or nothing

 

 

オパールカップ当日、私は出走準備を終え、パドックに向かって歩いていた

 

そんな私を待っていたのは、門別ナイターで対決したウマ娘、サトミマフムトだった。

 

「久しぶりだな、アラビアントレノ」

「サトミマフムト、久しぶり」

「今日は負けないからな」

「それはこちらも同じ、良いレースにしよう」

 

相手は闘争心を宿らせた目でコクンと頷いた

 

 

 

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 俺はいつもの様に出走ウマ娘の確認を行う。

 

 

1オラニエマンドリン水沢

2エイシンコレッタサガ

3ベロージューコフ門別

4ハグログワンバン高知

5ウルバンキャノン浦和

6オオルリヴィラーゴ姫路

7マチカネフランツ大井

8ロードトーネード園田

9アラビアントレノ福山

10サトミマフムト船橋

11アルペンシュタットカサマツ

12ロイヤルクエスタ金沢

13アキツスレイマン浦和

14ハグロミズバショウ園田

 

 

 今回は門別ナイターでアラと走ったサトミマフムト、そしてハグロシュンランの親族がいる、後者の実力は未知数だ。

 

 いや、今回ばかりは事前の情報も、殆ど頼りにならないだろう、今日のレースは、2つの「はじめて」が存在するからだ。

 

 一つ目は、今回アラは初の芝戦となること。

 

 芝コースは、ダートと比べてバ場が硬く、脚部への負担が大きい、つまり、ダートを走るよりかは疲れやすい。

 

 しかし、アラは毎朝土の走路を走りまくってるし、ここのコースは洋芝が敷かれている。 つまり普通の芝、野芝よりは柔らかいから、脚への負担が小さい……が、油断はできないだろう。

 

 そして二つ目は、高低差のあるコースであることだ。

 

 今回のコースはスタートしてすぐに上りがある、コーナーでも上り、向正面でも上る、そして最後は下りになる、最初の先行争いも相まって体力をかなり消耗する。これらのことがあって、距離は1700mと言えど、中距離を走るメンタルが求められる。

 

 そして、このレースに勝つ事ができれば、俺達はあるレースに挑戦できる事になる。

 

 レースに絶対は無いので、勝てるとは言えないが。

 

 俺は双眼鏡を取り出し、パドックに集うウマ娘達を見た。

 

 ある者はしきりに頭を振り、またある者は嫌そうな顔をしている。

 

 そう、季節は7月。

 

 ウマ娘達には、初夏の日差しが等しく、そして容赦無く襲いかかる。

 

 しかし、アラは暑さに強い、これは大きなアドバンテージとなる筈だ。

 

 そして、ここにいる多くのウマ娘に取って、芝は初めての舞台となる。

 

 

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 私達はゲートの前までやって来た、皆かなり暑そうに、そしてキツそうな顔をしている。

 

 サラブレッド達もそうだった、誘導馬時代、夏のレースではサラブレッドの同僚は入場門でのお出迎え、私やクォーターホースは馬場での仕事に回されていたのをよく覚えている。

 

 言ってしまえば、彼らは私達に比べて遥かに気温や湿度の変化が苦手だった

 

 それはウマ娘でも同じのようで、個人差はあるけれど、ウマ娘の殆どは夏が苦手だ。

 

 うちの学園はエアコンが無いので、夏はかなりキツイ。

 

 この前の雨上がりの日の授業で、蒸し暑さのあまり、ランスが先生に『水着で授業を受けれるようにしましょうよ〜』と言っていたのは記憶に新しい。

 

 

 スタンドの方に目をやると、ゲートインの係員がやって来る、そろそろ時間だ。

  

 私は気持ちをレースの方に切り替え、目の前のゲートに目を向けた。

 

 

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『最後の娘もゲートに入りました、M2、オパールカップ』

 

ガッコン!

 

『スタートしました!』

 

 ……あれ?なんでだろう…スタートは苦手なのに……いつもよりスルッと出ることが出来た。

 

『各ウマ娘、ややばらついたスタート』

『坂道からのスタートですからね、しかし最初のストレートは長めですから、そこまで影響は無いでしょう』

『さあ、良いスタートを切った7番マチカネフランツ、2番エイシンコレッタ、6番オオルリヴィラーゴ、8番ロードトーネードで激しい先行争い、少し離れ、その様子を眺めるように10番サトミマフムト、4番ハグログワンバン、1バ身離れ、内から14番ハグロミズバショウ、12番ロイヤルクエスタ、その真後ろに9番アラビアントレノ、その隣、内ラチ沿いには3番ベロージューコフ、外からは13番アキツスレイマンと5番ウルバンキャノン、少し離れまして、11番アルペンシュタットと1番オラニエマンドリン、並ぶようにしんがりを走っています。』

『先頭以外では、あまり激しい位置取り争いを行っていないようですね、やはり、コースの違いでしょうか?』

 

 …やっぱり、ダートとは感覚が全く違う、脚への負担も、まるで土の上を走っているかのようだ。

 

 でも、条件はどのウマ娘も同じなんだ、だから皆前にあまり出ていない。

 

 恐らく向正面に出たあたりから、状況は動いてくる。

 

 

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 やっぱり芝はダートと比べると足にダイレクトに踏み込みの衝撃が跳ね返ってくる

 

だけど、それはアラビアントレノ(アイツ)だって同じはずだ、ここは控えて、向正面からぐんぐんと上げていく

 

『各ウマ娘、8番ロードトーネードを先頭にして第1第2コーナーへ』

『上りでスピードが落ちるので心配は少ないと思いますが、ダンゴ状になっているので遠心力での事故に気をつけたいですね』

 

 事故…か。

 

 あの敗北から、アタシは腕を磨いた、前回みたいな失敗はもうしない。

 

勝つのは…アタシだ!

 

 

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(いいぞ、アラ、脚への負担は未知数なんだ、こういう時こそ、スタミナの温存を優先した方が良い)

 

 慈鳥はコーナーでもスリップストリームを使い続けるアラビアントレノを見ていた

 

『各ウマ娘、コーナーから向正面へ、ハナを進みます8番ロードトーネード、外からは7番マチカネフランツ、1バ身離れ2番エイシンコレッタと6番オオルリヴィラーゴ、ここで4番ハグログワンバン10番ミッドナイトランプをパスして前へ1バ身半離れ、内から14番ハグロミズバショウ、12番ロイヤルクエスタでほぼ横並び、その真後ろに9番アラビアントレノ、1バ身離れ、内を進むは3番ベロージューコフ、外からは13番アキツスレイマンと5番ウルバンキャノン、半バ身離れまして、11番アルペンシュタット、しんがりは1番オラニエマンドリン』

 

(初めての芝、初めての坂、適応できるか否かで動きに差が出てきてる、アラは……)

 

 慈鳥は双眼鏡の倍率を上げ、アラビアントレノの顔を見た

 

(汗ダラダラだが、いつも通りだな)

 

 冷静に走っているアラビアントレノを見て一安心した慈鳥は、双眼鏡を下ろした。

 

 

 

(…やっぱり、芝に適応出来ない娘もいるってことかな…)

 

 その頃、中団で待機していたアラビアントレノは、後方との差が少しずつ広がっていくことを感じていた。

 

(芝を走るときはダートみたいに足をねじ込むのは駄目だ、しなやかな踏み込みをしなければいけない)

 

 そう思った後、アラビアントレノは少しあたりを見回した。

 

『9番アラビアントレノ、あたりを見回しています、誰かを探しているのでしょうか?』

 

(…勘違いしてくれて助かる、私はただ、抜けるタイミングを測っていただけ、足を残しておかないと…駄目だから)

 

 実況が自身の動きを勘違いした事に感謝したアラビアントレノは、心の中で仕掛けるタイミングを決めた。

 

 

 

 一方、サトミマフムトは少しペースを上げていた。

 

『10番サトミマフムト、外からペースを上げて6番オオルリヴィラーゴの真横へ、最後方、1番のオラニエマンドリン、こちらもペースを上げてきました』

 

(1番の、後方からレースを見ていたという事か、あいつもだけど、水沢のウマ娘は油断出来ない相手だ…だから、余裕は確保しておく)

 

 サトミマフムトは門別での戦訓を活かし、コーナーで内ラチ沿いに寄りすぎないように余裕を確保した

 

『もうすぐ第3第4コーナーのカーブに入ります!』

『ようやく下り坂ですが、下り坂は抑えるもの、ウマ娘達はラストスパートまで忍耐を強いられますね、苦しい戦いですが、同時に読めない勝負になりそうです』

『第3コーナー、ここでハナを進む8番ロードトーネードと7番マチカネフランツの2人ペースが落ちてきた!前が詰まって2番エイシンコレッタと、6番オオルリヴィラーゴ、走行ラインをずらす、10番サトミマフムトは動かないぞ!後ろでも動きがあります、後方の13番アキツスレイマン、5番ウルバンキャノン少しばかり外へ』

 

(こういう時、慌てた方が負けだ)

 

 周りの状況に乗せられず、サトミマフムトは冷静に、セオリー通り、抑えながら下りを進んでいく、しかし…

 

『第3コーナーを抜けて第4コーナーカーブ、展開は散らばり気味、おーっとここでアラビアントレノ!まさかまさかのロングスパート開始!』

 

(何だって……)

 

 サトミマフムトは全身の毛が逆立つようなモノを感じていた。

 

 

 

 

「………フッ…」

 

 慈鳥ははロングスパートをかけるアラビアントレノを見つつ口角を上げた。

 

(下りの山道でやる車のレースでは、パワーの重要性は落ちてくる、下り勾配が味方してくれれば、パワーの少ない車でも、重力の影響で速いスピード、加速力を得ることができる、それは…ウマ娘でも同じ事だ)

 

 サトミマフムトがそうしていたように、殆どのウマ娘は坂の下りでは抑えめにして走るものである

 

 慈鳥とアラビアントレノはそれを逆に利用した

 

 殆どのウマ娘が抑えると言うことは、進路の邪魔をされる可能性が低下するということを意味している。つまり、スピードを上げていきやすい。それに坂の重力により、加速力の悪さも気にならない

 

 そして、スピードによる遠心力の増加はアラビアントレノの小さな体格によって最低限まで抑えられていた。

 

 

 

『もうすぐ第4コーナーカーブを抜け、勝負は最後のストレートへ、最後の試練である坂がウマ娘達を待ち構える!』

 

「ムリー!」

「無理ィ!!」

 

(“抑えてから登る”ことを強いられているんだ、やっぱり、サラブレッドと言えど動きはもっさりしてくる)

 

 スタミナを浪費してズルズル落ちたマチカネグランザムと、そのマチカネフランツに巻き込まれたハグログワンバンの二人を追い越し、アラビアントレノは先頭に迫っていく。

 

『ここで10番サトミマフムト、先頭に迫る迫る!』

 

 だが、負けじとサトミマフムトもそうしていた。

 

(やっぱり…向こうの方がパワーがある、でも、こっちは十分勢いに乗っているし、重力に乗ってスタミナも残ってる…まだ、足は動く!)

 

ダァァァン!

 

「ムリ〜!」

「無理ィー!」

 

『先頭2番エイシンレーヴェを追い越して、10番ミッドナイトランプ先頭へ、しかしそとから9番アラビアントレノ、後方から1番オラニエマンドリンも追い込んでくる!』

 

(まだまだ…!)

 

『9番アラビアントレノ、10番サトミマフムトに並びかけた、残り100m!』

 

(相手の息遣い…闘志が伝わってくる……絶対に負けられない…!)

 

 アラビアントレノは足に力を込めた。

 

 

 

『9番アラビアントレノ、10番サトミマフムトに並びかけた、残り100m!』

 

(まずい…だが、つられてペースを上げたら、掲示版を外してしまう……………いや、2着だろうと掲示板外だろうと…負けは負け、勝負は勝つか負けるか…All or nothing…それだけだ……アタシは勝負から逃げない!!)

 

『ここでサトミマフムト、追い越させまいと前に出た!!』

 

「…………!!」

 

 サトミマフムトは最後の力を振り絞り、半身分前に出た、その目はカッと見開かれ、血走っている、だが…

 

『しかしアラビアントレノ、負けじと追いすがる!!』

 

(何の…!!)

 

『サトミマフムトまた離しにかかった!だがアラビアントレノも差しに行く!残り20m!!サトミマフムトか、アラビアントレノか!』

 

(まだだ……何ィ!?)

 

 その時サトミマフムトが見たものは、セカンドスパートをかけ、半身分前に出たアラビアントレノの姿だった。

 

『大接戦のゴール!!』

 

 実況の興奮した声が、レース場内に響き渡った。

 

 

────────────────────

 

 

 私は汗の入り込んだ目を拭い、掲示板を見上げる。

 

 一番上には“9”の番号があった。

 

 つまり、このレースに勝ったということだ。

 

「アラビアントレノ」

「サトミマフムト…」

「何故…何故お前は…セカンドスパートをかけることができた?お前はロングスパートで足を使った、そして…最後は…最後は上り坂なのに…」

 

 サトミマフムトは私に詰め寄り、セカンドスパートをかけることができた理由を聞いてきた。

 

「そっちの闘志を…ビリビリと感じたから、簡単に言うと…負けたくなかったからだと思う」

「…………!」

 

 私がそう言うと、向こうは目を見開いて驚いていた。

 

「……アタシはもっと強くなって見せる、だからお前も…頑張れよ、他の場所でも、暴れて来い」

「…ありがとう」

 

 私達は握手をした。

 

 

 

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 ウイニングライブを終えた後、私とトレーナーは記者達の取材を受けていた。

 

「アラビアントレノさん、一言お願い致します!」

「初めての芝でしたが、こうやって無事に走りきれたのは、トレーナー、そして、ファンの皆さんのお陰です、今後もどうかよろしくお願いします。」

 

「トレーナーさんからもぜひ」

「まずは、皆さん、応援ありがとうございます。今回初めての芝でしたが、無事に走りきれて、ホッとしています」

「なるほど、アラビアントレノさんには芝適性がある可能性が高そうですが、今後の予定などは…」

 

 記者はトレーナーに更に質問を振った。

 

「そうですね、ダートだけでなく、芝にも挑戦してみたいものです」

「なるほど!芝となれば中央のレースにも…」

「おっと、それはこの娘に聞いてください」

 

 トレーナーはこちらに目配せをした、私は頷き、それに答える

 

「アラビアントレノさん!」

 

記者たちは目を輝かせ、こちらを見てくる。

 

「私は、今回の一着に与えられる“アレ”を使わせて頂こうと思っています」

「アレ…まさか………本当ですか!?」

 

 記者達の目は、更に期待のこもったものになる。

 

「はい、私…アラビアントレノは……このレースの一着ウマ娘に与えられる、『セントライト記念』の優先出走権を使わせて頂きたいと思います!」

 

オオオオオオオ!

 

 さほど大きくない取材用の部屋に、記者たちの歓声が響いた。

 

『セントライト記念』

 

 それは、あの謎の声がしきりに口にしていたレースだった。

 

 




 お読みいただきありがとうございます。

次回より夏合宿編スタートです、よろしくお願い致します。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。

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