アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第22話 夏の始まり

 アラビアントレノがオパールカップで勝利してから数日後…

 

『逃げ切りました!サイレンススズカ!!』

 

 阪神レース場はサイレンススズカのグランプリ制覇に沸き立っていた。

 

 その圧倒的な走りは、多くの人々を魅了し、多くの人々が彼女のこれからに期待を寄せた。

 

「スズカさーん!!」

「スズカ先輩!!」

「スズカ!!」

 

 それは、スペシャルウィークらスピカのメンバーも同様であった。

 

 

 

 

「…………」

 

 一方、そのレースの中継映像をトレセン学園で見ていたトレセン学園理事長、秋川しわすは満足そうに微笑み、ペンを取った。

 

 そして、ある書類にサインを行い、それを秘書である駿川たづなに渡した。

 

「……たづなさん、本部の方にこれを」

「…理事長、良いのですか?」

「ええ、丁度良い頃合いだと思いますから」

「分かりました」

 

 たづなはその書類を持ち、理事長室を後にした。

 

 

 

────────────────────

 

 

 それから数日後、エコーペルセウスら福山トレセン学園の生徒会は、夏合宿の最終準備に追われていた。

 

「会長!寮の空き部屋の清掃、すべて完了とのことです!」

「了解、ありがとう」

「ペルセウス会長、フェザー副会長から“器具類点検完了”とのことです」

「分かった、フェザー達にはこっちに戻ってくるように伝えておいて」

「はい、直ちに」

「……む、そろそろ時間のようだね、誰か、電話を持ってきてくれないかな?」

「はい、分かりました!」

 

 チームで夏を過ごす生徒も多いため、福山トレセン学園の夏合宿に参加するか否かは自由である。しかし、中央の生徒を受け入れるため、人数もそれなりのものとなっていた、そのため主催側である生徒会の生徒も、激務に追われていたのである。

 

「会長!電話機です!」

「うん、ありがとう」

 

 エコーペルセウスは電話機を取って静かな場所に移動し、あるウマ娘の携帯に電話をかけた。

 

 

 

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「ペルセウス!探した…」

 

 エアコンボフェザーはエコーペルセウスを見つけたものの、彼女が通話中であることに気づくと、声を抑えた。

 

「では、説明したとおり、君の後輩達をしばらく預かるよ」

『うん、大切なアタシの後輩たち、しっかりと鍛えてくれると嬉しいな、また連絡させて貰うよ、どうやらキミとは気が合いそうだ』

「いいとも、では」

 

 エコーペルセウスは電話を切った。

 

「ペルセウス、誰と電話を?」

「チームメイサの元リーダーさ、フェザー、君なら声で分かったんじゃないかな?」

「……ああ」

 

 エコーペルセウスの言葉に、エアコンボフェザーは小さな声で答えた。

 

 

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「これがここに来る中央所属の方々のリストです」

 

 夏合宿を数日後に控えたある日、俺達の仕事部屋に川蝉秘書がやって来て、俺達に書類を渡してくれた、そこには今回の夏合宿の中央所属者の参加メンバーが書かれていた。

 

桐生院葵

氷川結(ひかわゆい)

 

ハッピーミーク

ツルマルシュタルク

ジハードインジエア

サンバイザー

ゼンノロブロイ

 

ベルガシェルフ

デナンゾーン

デナンゲート

ダギイルシュタイン

エビルストリート

スイープトウショウ

アドヴァンスザック(サポート)

 

以上

トレーナー1名

チーム未結成トレーナー1名

チーム所属ウマ娘5名

チーム未所属ウマ娘6名

サポートウマ娘1名

計14名

 

「こうやって見ると、かなり多いんだなぁ」

 

 資料に目を通した雀野が、感心したかのようにそう言う。

 

「他にもデータが書いてあるぞ、ふむ、なるほど、殆どのウマ娘、身長が150無いんだな」

「中央は小さいウマ娘は好まれないっつーけど、意味分からんよな……デカいのが好きって、アメリカかよ」

 

 雁山はさらにページをめくり、ウマ娘のデータについて確認していた。雁山の言葉に、軽鴨は意見を言う。

 

「慈鳥、この桐生院って人、私達と同い年なのよね?」

「ああ、今回、俺達の夏合宿に協力してくれる人だ、それとこの氷川って人は桐生院さんの養成校時代の後輩らしい」

「ふーん、そうなのね」

 

 桐生院さんは『結さんは私の数少ない友人の一人です!』と言っていた、名前で呼んでいるあたり、桐生院さんがどれだけ友人を大切にしているのかが伝わってくる。

 

 

 

────────────────────

 

 

 そして、数日後…桐生院さんたちがやって来た

 

「桐生院葵以下14名、福山トレセン学園の夏合宿に参加させて頂くため参りました!よろしくお願い致します」

「福山トレセン学園校長の大鷹です、今回の夏合宿へのご協力、心より感謝いたします」

「こちらこそ、お誘いを頂き、心よりお礼申し上げます」

 

パチパチパチパチパチパチ

 

 桐生院さんと大鷹校長が握手を交わす

 

 そして、ウチの生徒会長、ペルセウスがウマ娘達の前に姿を表した。

 

「夏合宿に参加してくれたウマ娘の皆、参加してくれてありがとう!そして中央トレセン学園の皆、遠路はるばる、来てくれてありがとう!今回の夏合宿の目的は、集団でトレーニングを行う事で、皆の実力向上を図ること、チームワークを身につけることなど、いろいろあるけれど…一番の目的は、友人関係の輪を広げて、ネットワークを作る事、これが、今回の夏合宿で一番大切にしてほしい事だよ、では、私達の夏合宿…始めようか!」

 

 ペルセウスはバッと手を前に出した。

 

パチパチパチパチパチパチ! 

 

 そして、俺達の夏合宿は幕を開けた。

 

 

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「なるほど、中央の学園の近くにもこんな川があるんですね〜」

「そう、アタシらはそこでランニングをしたりしてるんだ、アンタらの中の誰かがファン感謝祭の時に来てくれたら、案内するよ」

 

 ワンダーとマルシュが仲よさげに会話を交わす、夏合宿最初の一日、私達に課されたトレーニングは、“散歩”だった。

 

 今回の夏合宿、参加したのは私達いつもの5人、サカキを含めたその他の同級生5人、下級生達が20人、そしてトレーナー達も入れると50人を超すぐらいになる。高等部の先輩達はチームで夏を過ごす場合が多いので、一人もいなかった。

 

 そして、ウマ娘だけでも40人超えになるので、ペルセウス会長が『まずはお互いに仲良くなろう!』と言い、こうして私達は芦田川沿いを歩いていると言う訳だが、サカキがまだ車椅子と言う事もあり、そのペースはゆっくりだ。

 

「あの…」

「……うん?どうかした?」

 

 話しかけて来たのは、ミークの後輩、ベルガシェルフだ。

 

「ア…アラビアントレノさん…ですよね?」

「うん、私がアラ、アラビアントレノだよ」

「私、ベルガシェルフって言います、今回の合宿、よろしくお願いします、えっと…私のことは…ベルって呼んでください」

「うん、よろしくね、ベル」

 

 私がそう言うと、相手の顔がパッと明るくなる、愛称を呼ばれたからだろうか。

 

「あの…アラ先輩、一つ聞いても良いですか?」

「うん?」

「ここの会長さんって、本当にあの人なんですか?」

 

 ベルは私にそう質問した。

 

「うん…そうだけど、どうしたの?」

「いや…なんだか…こっちの会長さんと全然違うなって思って」

「そうなんだ、でも、親しみやすい雰囲気だと思わない?」 

「は、はい!」

「良かった、ベル、そっちの会長さんはどんな人なの?」

「えっと……一言で表すと…威厳がある完全無欠の人…ですね」

「なるほど、つまりペルセウス会長と真逆の人ってことかぁ…あの人“威厳が無いってよく言われる”と言ってたし」

「アハハ…」

 

 中央トレセン学園の生徒会長、シンボリルドルフ………前世でもその名前を聞いたことがある。

 

 

『競馬には絶対は無いが、シンボリルドルフには絶対がある』

『サンルイレイ見ろ、どの馬にも絶対は無いだろ』

『そうそう、絶対なんて面白くねぇ、展開が読めないレースこそが、面白いのさァ!!』

 

 

 こんなやり取りを、大井の厩舎の人間たちは良くしていた。

 

 こんな会話を、耳にタコができるほど聞かされていたから、ウマ娘として生まれ変わって、シンボリルドルフのレースについて少しだけ調べたことがある。

 

 シンボリルドルフは七冠ウマ娘で、サンルイレイとは彼女の最後のレース、サンルイレイハンディキャップの事らしい。

 

 そこで彼女はダートに足を取られ敗北、トゥインクルシリーズを引退し、ドリームトロフィーリーグに移籍した

 

 そして今は中央トレセンの生徒会長とそこのトップチームである“リギル”のリーダーを兼任しているそうだ。

 

 …仲良くなるのも兼ねて、リギルの事を聞いておくのも良いかもしれない。

 

「ベル」

「は、はいっ!?」

「そのシンボリルドルフさんっていう人やそのチームの事、私にもっと教えてくれない?」

「は、はいっ!」

 

 ベルは再び笑顔を浮かべ、そう答えた。

 

 

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 一方、福山トレセン学園では、生徒会メンバーやサポートウマ娘達が夕食の準備を進めていた。

 

 そして、それを眺めながら、慈鳥ら5人と桐生院と氷川は話をしていた。

 

「そういう訳で……ここ一週間は本当に大変だったんです」

「まあ…確かに、大事な大会の重役がいなくなるとなったら、大変になりますよね」

 

 ため息をついた氷川を慰めるように、雀野はそう言った。

 

 実は、サイレンススズカが宝塚記念を制した直後、とある発表が日本のウマ娘レース界を駆け回っていた。

 

 それは『中央トレセン学園理事長の秋川しわすが、8月末をもって日本を離れ、海外のウマ娘レース協会の方で仕事をすることを決定した』という内容であった。

 

 この発表は各方面、特に中央トレセン学園所属のトレーナー及びウマ娘に衝撃を与えた、自分達の学園のトップであり、新たなる大会「AUチャンピオンカップ」の重役でもあるが、突然、理由も伝える事なく、海外行きを宣言したからである。

 

 そして、その動揺が収まるまで、およそ一週間程かかり、桐生院達も本来の予定より数日遅れて福山に到着したのであった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 数十分後、散歩を終えて戻って来たウマ娘達をエコーペルセウス、エアコンボフェザー、ハグロシュンランの三人は眺めていた。 

 

「良い感じだ、出立するときはこっちの生徒の集団と向こうの生徒の集団で別れていたけれど…」

「ほんの少しですが、混じっていますね」

「後は食事会…という訳だな」

「うん、さあ、準備準備!」

 

 エコーペルセウスは二人を連れ添い、食事の準備を行っている食堂を手伝いに向かったのだった。

 

 

 

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 アラビアントレノ達が散歩から帰ってきてから数時間後、夏合宿の開始を祝う食事会が催された。

 

「では、食事会を始めようか、食事は心の燃料補給であり、癒やしの時間、ここにある料理は全て、福山トレセン学園の生徒会や食堂職員の人たちが腕によりをかけて作った絶品のものばかり、皆にはぜひ、それらの料理を楽しみ、親睦を深めあって欲しいんだ、では、皆、手を合わせて……頂きます」

 

 その号令を合図に、食事会はスタートした。

 

「……美味しい!学園の食堂のより…美味しい!」

 

 料理を最初に口に入れたのは、ジハードインジエアだった、そして、彼女のコメントを皮切りに、他の中央のウマ娘達も、口に料理を運んでいった。

 

 数十分もすると、最初はぎこちない会話だった2つの学園の生徒の距離は、今日初めて会ったと言われても信じられないほどに縮まり、食堂は笑い声や話し声で一杯になっていた。

 

 だが、そんな食堂に、甲高い声が響いた。

 

「やだやだやだ〜!」

 

 声の発生源に視線が集まる。

 

「スイープさん…美味しいですから、一口だけでも」

「やだやだやだ!!野菜なんか絶対に食べないもん!!」

 

 声の発生源は、大きな帽子を被ったウマ娘、スイープトウショウであった、ゼンノロブロイが食べるように促すものの、その意志は固く、野菜を口に入れるのを断固拒否していた。

 

「………」

 

 すると、料理を食べていたハグロシュンランが、無言で席を立った。

 

「スイープさん」

「な、何よ!」

「せっかく腕によりをかけて作ったのです、食べてくれませんか?」

 

 ハグロシュンランは穏やかにスイープトウショウに語りかけた。

 

「ふんだ!玉葱もピーマンも、魔女の天敵なの!!」

「うーん…でも、私が読んだ本には『魔女は草花だけでなく、野菜などあらゆる植物と仲が良い』と書いてありました。偉大な魔女なら、きっと、ピーマンや玉葱とも仲良くできるはずですよ?」

「そっ…それは…」

「この機会に、仲良くなってみるのはどうですか?偉大な魔女に近づく良い機会ですよ?」

「むぅ〜」

「…スイープさん、もし、貴女がその料理を食べることが出来たら、偉大な魔女に近づけたしるしとして、私のデザートを差し上げますよ、いかがですか?」

 

 ハグロシュンランは笑顔を絶やすことなくそう言う、スイープトウショウはしばらく唸っていたものの、周りのウマ娘達が食事の手を止めてしまっているのに気づき。

 

「…食べるわ!ロブロイ!皿をこっちに寄越しなさい!」

 

 その重い腰を上げた。

 

「…………」

 

 スイープトウショウはゼンノロブロイが渡した料理、ピーマンの肉詰めと対面する。

 

「…………んっ!!」

 

 そして周囲のウマ娘達が見守る中、箸を動かし、ピーマンの肉詰めを口に入れ、噛み、飲み込んだ。

 

「………あれ…苦く……ない…!?むしろ…美味しい!」

「ふふっ…それは良かったです」

「でも…どうして?」

「簡単です、料理に、一手間という名の“偉大な愛情”が籠もっているからですよ」

 

 スイープトウショウが食べた料理に使われているピーマンには、ハグロシュンランの言うとおり、一手間加わっていた。

 

 そのピーマンには、“油通し”という技が使われていたのである。

 

 油通しは、食材をサッと油にくぐらせる中華料理の技であり、水に晒すのと比較してピーマンの苦味をかなり軽減することができる技であった。

 

 中央トレセン学園では、福山トレセン学園の生徒とは比較にならない数の生徒を抱えている。それ故、食堂にて作られる料理の量は桁違いであり、手間や費用の関係で油通しは省かれていたのであった。

 

「スイープさん、苦いのにもだんだん慣らしていきましょうね」

「…う、うん!やってやるわ!」

 

 

 

「…………似てる…」

 

 そんなハグロシュンランの姿を見て、サンバイザーは呟いた。

 

「うん?サンバ、どうかしたの?」

 

 それを見たキングチーハーはサンバイザーに質問する。

 

「ハグロシュンランさんによく似た雰囲気の人が先輩に居るのよ、オグリキャップさんは分かる?」

「もちろん」

「その人の同期に“メジロアルダン”っていう先輩がいて、その人にそっくりなの」

「他人の空似だと思うけれど……」

 

 キングチーハーはそう言ったものの、サンバイザーはハグロシュンランの方を見続けていた。

 

 

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 夏合宿二日目、今日から本格的なトレーニングがスタートする、私達はまずトレーニングコースに集められた。

 

「今日から、夏合宿の本格的なトレーニングがスタートすることになる、だが、その前に今日到着した指導役のウマ娘を紹介したい、出てきてくれ」

 

 フェザー副会長がそう言うと、一人のウマ娘が私達の前に出た、そのジャージには、帯広トレセン学園のマークが入っていた…つまり、彼女は…“ばん馬”…いや、“ばんえいウマ娘”ということだ…だけど、いったいどうして…

 

「紹介しよう、帯広トレセン学園から、皆のトレーニング指導役としてやってきてくれたばんえいウマ娘、セトメアメリだ」

「皆さん、ワタシの名前はセトメアメリ、皆さんの指導役として、ここでお世話になります、よろしくお願いします」

 

 皆、動揺しながらもよろしくお願いしますと言い、頭を下げる。

 

 彼女は私達より少し肌の色が濃く感じる、それに私達日本のウマ娘とは異なり、ラテン系の顔をしている。

 

 帯広トレセン学園は、確か世界唯一のばんえいウマ娘育成校…もしかしたら、彼女は海外のウマ娘なのかもしれない…

 

 

 

 こうして、私達の夏合宿は、地方の競走ウマ娘、中央の競走ウマ娘、そしてばんえいウマ娘という、前代未聞の組み合わせでスタートしたのだった。

 

 

 




 
 お読みいただきありがとうございます。
 
 誤字報告、そして新たにお気に入り登録をして下さった方々、ありがとうございます!

 同期の四人のパーソナルカラー体操服のイラストを載せておきます。上から、キングチーハー、ワンダーグラッセ、エアコンボハリアー、セイランスカイハイのものとなっています。

 
【挿絵表示】


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