アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第23話 気持ちは同じ

 

 夏合宿が始まって一週間ほど経った。

 

『そうそうそう!倒さないように倒さないように!!なるべく身体全体で引っ張る!!』

 

 メガホン越しにアメリさんの声が響き渡る、私達は今、重りをたっぷり入れた箱を乗せたソリを引っ張るトレーニングを行っている。これを崩さず引っ張り続けることで、フォームを維持する力を身に着けるそうだ。

 

「重い…!!」

「あと、80めぇーとるぅー!!」

 

 ミーク達も顔を真っ赤にして、必死にソリを引っ張っている。

 

「…………くっ…!」

 

 一歩一歩進むために、全身の毛穴から汗が滲み出て来るのを感じる。

 

『そうそうそう!一歩一歩、しっかり!!姿勢を崩すのはダメ!!』

 

 容赦無く襲い来る夏の日差し、響く声、そして、隣にはトレーニングを共にする仲間たち、この夏合宿…燃えてくる!!

 

 

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「よし、第3グループ、スイープさんからスタートしてください!!」

 

バッ!

 

 氷川トレーナーが勢いよく手を下ろし、スイープを始めとしたウマ娘達はスタートした。

 

 私達はトレーナーの考案したジムカーナのトレーニングを行っている。夏合宿のトレーニングは、数種類の異なったトレーニングを用意し、それを日ごとに変えてループさせるといった方式を取っている。昨日がソリ引き、今日がジムカーナ、明日が基本トレーニング、といった具合だ。

 

 今やっているジムカーナは普段私がやっているのではキツすぎるので、少しばかり易しくして、機動力を確保するというよりはスタミナをつけるためのものを使っているけど。

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ……」

「ッ!ヤバい…めちゃくちゃ…しんどい」

 

 暫くすると、走り終えたウマ娘達が息も絶え絶えに帰ってくる。

 

「お疲れ様」

「はい、ゆっくりね、ゆっくり」

 

 そして、待機していた他の生徒達はタオルやドリンクをもってそれに駆け寄った。傾いた陽に照らされ、汗を含んだ髪が輝いている。

 

 トレーナー達の方に目をやると、ウマ娘達のタイムを計っている。

 

ビュウウウウッ!

 

 すると、突然突風が私達を襲った。

 

「わわっ!だ、誰かっ!と、取って下さーい!!」

 

 私は声の聞こえた方を向き、状況を確認する。

 

 氷川トレーナーが、バインダーに挟んでいたタイムの紙を飛ばされたようだった。

 

 紙は高く舞い上がり、皆それを見上げている。

 

行けるかな……?

 

 私はタオルを地面に起き、紙を歩いて追った、そして、タイミングを見計らって。

 

ビュッ!

 

 跳び上がった。

 

パシッ!

 

 無事にタイムの紙を回収した私は着地して氷川トレーナーの所に行き、紙を手渡した。

 

「どうぞ、氷川トレーナー」

「あっ…ありがとう…ございます」

 

 何でだろう、氷川トレーナーの様子がおかしい。

 

 私はあたりを見渡す、氷川トレーナーどころか、周囲の殆どが動揺している、私はトモのあたりを触って確かめる…破れて下着が出ているとかでは無い。

 

「あの……どうかしましたか?」

 

 私は恐る恐る相手に問う。

 

「いえ…あの…アラさん…今…4メートル以上跳びませんでしたか?」

「えっ…は、はいっ…そうですけど…」

「どこも痛みませんか?」

「は、はい…もちろんです」

 

 私がそう答えると、周囲がざわつき始めた。

 

「アラ…本当に…大丈夫?」

 

 すると、ミークがこちらに駆け寄ってきて、私の足を撫でながらそう聞いてきた。

 

「……大丈夫だけど…どうかしたの?」

「いや…ウマ娘で、そんなに飛べる人なんて…見たことないから…」

「ええっ…そうなの……?」

 

 私はそう言ってあたりを見回す、みんな首を横に振っていた。

 

「うん…何か…心当たりとかは無い?」

「……特には…」

 

 私はそう答えた、でも、厳密に言うと心当たりがないといえば、嘘になる。

 

 前世、セルフランセとともに暇つぶしに良くジャンプをしていた、私達は牧場を舞うモンキチョウを目印にしてジャンプしていた、その事が関わっているのかもしれない。

 

 あまりに夢中になりすぎて、ジャンプの振動で寝ていた木曽馬を叩き起こし、どやされた事もあったなぁ…

 

 その後、私は『それでも不安』と言われたミークやトレーナー達に身体に異常が無いかしばらく調べられ、解放された。

 

 

────────────────────

 

 

 身体を調べられてから二日後、トレーニングが休みだったので、私達は自由行動が出来た、買い物に行く子たち、山歩きに行く子たち、色々いた、私はランス、ワンダー、ミーク、ベル達と一緒に釣りに行くことにした。

 

ザザーン

 

 ランスが良いポイントを知っていたので、私達はそこまでやってきていた。

 

 学校は夏休みだけど、今日は平日、一般の人間たちは仕事をしているので、人はほとんどいない。

 

 私達は持ってきたクーラーボックスを置き、釣り糸を垂らして釣りを始めた。だけど、肝心のランスは釣り糸を垂らすどころか、釣り竿を出してすらいなかった。

 

「よーし、皆垂らしたね」

 

 ランスはそう言い、おもむろに服を脱ぎだした。

 

「ラ、ランス…!」

 

 ミークは止めようとしたけど、すぐに止めた、ランスはウエットスーツを着込んでいたからだ。

 

「ランス…何するつもり?」

「えっ、決まってるじゃん、魚突きだよ〜」

 

 私の質問に、ランスはいかにもそれが当たり前というふうに答え、釣り竿ケースから竿ではなく銛を取り出した、他にもリュックの中からウキやメグシ、ゴーグルなどを取り出している、そしてワンダーはそれを物珍しそうに眺めていた。

 

「…珍しいの?」

「はい、ブリテン島は外海に囲まれていますから、魚を突くなんて人はあまりいません、川でサーフィンをやる人だっていますから」

「へぇ〜」

 

 ワンダーとミークがそう会話している間に、ランスは準備を終えていた。

 

「どう?似合ってる?それにこの銛、私の愛称にピッタリって感じがするんだ」

「ランス、銛は“lance”ではなく“harpoon”ですよ〜」

「えっ!?」

 

アハハハハ!!

 

 その場に笑い声が響き、ランスの顔は茹でダコのように真っ赤に染まった。

 

「と、とにかく、潜ってくるから、皆、私を釣り上げないようにね!!」

「「「「「はーい!」」」」」

「んじゃ…行ってきます………エントリィィィィィィ!!」

 

ザバーン!

 

 よく分からない合図を口にして、ランスは海に飛び込んでいった。

 

 

 

────────────────────

 

 

 ランスは少し離れたところで水面から顔を出したりしている、糸に引っかかることなくうまくやっているようだ。

 

 一方、私はミークとベルと並び、釣り糸を垂らしていた。

 

「そういえば、ミーク達はどうして参加してくれたの?」

「……」

「………」

 

 何故か二人共黙ってしまった。

 

「…実は…」

「……良いよベル、私が…言うから…」

 

 ミークは少し表情を険しい物にさせ、口を開いた。

 

「……見返したい…相手がいる…」

「見返したい…相手?」

「うん、私達の学園は、生徒の将来性を予測してクラス分けがされてるんだ…」

 

 …能力別に分ける事は、合理的ではある、授業でトレーニングを行うときに、怪我とかの可能性を減らせるからだ。

 

「…なるほど…」

「……私達のクラスはそのクラス分けでは下の方、私とサンバは平凡だったから、ハードは生まれつき膝の形が少し変わってたから、マルシュは身体が丈夫な方では無かったから…理由は色々あるけれど…でも、やっぱり…ほとんどの理由は…」

「理由は…?」

「小さいから…なんです」

 

 ため息をついてそう答えたのは、ミークではなく、ベルだった。

 

「小さいと、位置取り争いに加わりにくいし、加わったとしても弾かれる、だから、殆どのトレーナーさんは小さい娘をチームに入れるのを避けているんです。」

「……」

 

 ベルの言葉は競馬もウマ娘レースも、そういう厳しい面があるという事を示していた。

 

 実際、誘導馬として働いていたサラブレッドの中にも、“競争能力不足”と言われて誘導馬になった者をちらほら見た事がある。はじめから誘導馬として育てられた私やクォーターホースと違うキャリアに驚いたのを、よく覚えている。

 

「ミーク、ベル」

「……?」

「見返したいって事は、まだ、望みは捨ててないって事だよね?」

「…もちろん、トレーナーやみんなの応援のお陰で私はダービーに出ることができたから…一番上のクラス…特にあの5人“黄金世代”に勝ちたい…!」

「……私もです、一緒に頑張ってるロブロイちゃん達と一緒に…もっと輝きたい……アラ先輩は…?」

「……もちろん、私も同じ気持ち、お世話になった人がいるからね、自分やトレーナー、家族のためじゃない、その人の為にも、私は勝ちたい」

「……お世話になった人…?」

 

ミークが私にそう聞いてくる

 

「そう、“力で敵わない相手には頭と小技で立ち向かう”って、私に教えてくれた、大切な人なんだ」

「じゃあ、アラと私達…走っている場所は違えど、“仲間”って事だね、皆…いろんな苦労をして、いろんな想いを持って走ってる、でも、“勝ちたい”って気持ちは…みんな一緒…」

 

 ミークはそう言って笑顔を浮かべた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 私達は、今日獲った魚たちを調理し、パーティーを行っていた、イワシやアジ、更にはランスが獲ってきた90センチぐらいのドチザメなど、様々な魚の料理が、テーブルの上に並んだ。

 

 食べ切れるかと不安になったけど、それは杞憂だった、周りの娘達は、大飯食らいのサラブレッド、その胃袋は恐ろしいほど食べ物が入る。

 

「できました〜豪華二本立てです〜!」

 

 すると、ワンダーが追加の料理を持ってきてくれた。

 

「こっちこっち!」

 

 アメリさんが手招きをし、料理が私達の前に置かれる。

 

「わぁ!美味しそう!」

「…………」

「………?」

 

 興奮気味のアメリさんとは反対に、私達は微妙な表情を浮かべた、特にサンバは青い顔をしている、だから私は勇気を持ってワンダーに聞くことにした。

 

「ワンダー、この2つの料理って…何?」

「ウナギのゼリー寄せと、スターゲイジーパイです、滋養をつけるのには、最適の料理だと思いまして、あと、ウナギのゼリー寄せはイギリスのウマ娘レース場でご当地グルメのようなものになっているんですよ」  

 

 ワンダーはニコニコしながらそう言う、確かに…栄養がぎっしりと詰まっていそうな見た目をしている、ただ、見た目が強烈すぎる…でも…ものは試し…

 

「…じゃあ…頂きます」

 

 私は取り皿に取ったウナギを、口に入れた。

 

 

────────────────────

 

 

 ワンダーの作った2つの料理は見た目が強烈だったけれど、味は全然問題無しだった、私達は奇っ怪な見た目の料理を口に運びつつ

、今後のトレーニングについてや、新学期からのことについての雑談に興じている、そして、近くではハリアーとロブロイがアメリさんと喋っている。

 

「ええっ!?アメリさんって、スペインのウマ娘なんですか?」

「うん、珍しいでしょ?」

「日本語が上手すぎて…全然気づきませんでした…」

 

 やっぱり…外国のウマ娘だったか…

 

 スペインは、どういう訳かウマ娘レースの人気が低い、サッカーとかが物凄く人気だからなのかも知れない、闘牛もあるし。

 そして、アメリさんがスペインのウマ娘である事に対し、その場にいる殆どの娘が驚いていた。

 

「どうして日本に?」

「本能に抗えなかったからかな、ワタシは走るの大好きだから、それに、普通のレースの人気が無くても、ばんえいなら人気が出るかもしれないと思ってるの」

「なるほど…」

「…なら、私達も、アメリさんに負けないよう、頑張らなければいけませんね」

 

 アメリさんはスペインというウマ娘レースの人気が低い地域から、たった一人で文化も、気候も違う日本にやってきて走っている、そんなアメリさんに負けぬように走っていきたいと私は思った……いや、ここにいる皆も、そう感じていることだろう。

 

 そして私には、もう一つ大切な事がある、今度の重賞レースで、フジマサマーチさんに勝たなければいけない。あの人は、超えるべき壁だから。

 

 

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 これからのトレーニングの予定を立て終えた俺達は、いつもの5人と、桐生院さん、氷川さんを誘い、食事に出かけることにした、最年少の氷川さんに希望を取ったところ、焼き鳥を希望したので、俺達は焼き鳥屋に向かっている。

 

「これからが、この夏合宿の本番という訳ですか!」

 

 桐生院さんがそう言って気合を入れる。

 

 そう、今やっているトレーニングは瀬戸内の気候に慣れるための準備、これからは更にレベルの高いトレーニングにシフトしていく、つまり、本当の意味でのトレーニングはこれからになるのだ。

 

 そして、ウマ娘達が休日を満喫している間、俺達はトレーニング計画を立てていたというわけだ。

 

 

 

────────────────────

 

 

「かーっ!!やっぱり、仕事終わりの一杯は効くなぁ!!」

「軽鴨…声がでかい、他の客もいるんだぞ…」

「でも、軽鴨トレーナーの言うとおり、一仕事終えたあとのお酒は、身に沁みますねぇ〜」

 

 軽鴨と桐生院さんの言うとおり、仕事を終えたあとの酒は、もう背徳的と言っても過言ではない程の気持ちよさがある。

 

ピコン

 

 ケータイの通知音が鳴る、俺はケータイをパカッと開き通知の内容を確認する………アラからの…メール?

 

 メールには、写真が添付してあった。

 

「どうかしたの?」

「…見てみろ」

 

 俺は皆にその写真を見せた、その写真は、アラ達が魚パーティーをしているものだった。

 

「何でスターゲイジーパイがあるんだ…?」

「私このパイ嫌いなのよね…」

 

 料理についてはよくわからないが、ウマ娘達の表情からは、これから本格的になっていくトレーニングのために英気を養うことができているということが理解できた。

 

「…ウマ娘達も、準備はできてるってことか」

「そういうこった、この夏合宿、これからが正念場、絶対に成功させるぞ」 

「「「「「おぉっ!!」」」」」

 

 こうして、俺達は夏合宿の成功の為に、より奮励努力することを誓いあったのだった。

 

 




 
 お読みいただきありがとうございます。

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 文中に出てきた「小柄なウマ娘は不利」という表現ですが、ゲーム版のナリタタイシンのシナリオを参考にしています。

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