アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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今回は拙い挿絵が入っています、暖かい目で見ていただけますと幸いです。


第24話 やり残したレース

 呼吸を整える…

 

 足回りを確認する…

 

 パドックのお披露目場に出る…

 

『3番、アラビアントレノ、4番人気です』

『身体が引き締まった様な感じですね、王道の距離という事もあり、好走が期待できます』

 

 私は観客へ紹介されたあと、待機所に戻った。

 

 

 

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『8番、フジマサマーチ、一番人気です』

『これ以上ない仕上がりですね、肉体、闘志ともに、光るものが感じられます』

 

 そして、今日の相手、フジマサマーチさんが観客に紹介される。

 

 そして、フジマサマーチさんはこちらに戻ってきて、私の前に立った。

 

「待っていたぞ、アラビアントレノ」

「…お久しぶりです、フジマサマーチさん」

「………良い目をするようになったな、アラビアントレノ………やり残したレース…決着をつけるぞ」

 

 フジマサマーチさんはそう言ってゲートの方に向かっていった。

 

 

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「アラさん、調子が良さそうですね、好走が期待できそうです」 

 

 隣りに座っている桐生院さんが俺にそう聞いてくる、ベルも同じ気持ちのようで、こちらを見ていた。

 

 この二人はどうしても見たいというので、連れてきていた。

 

 しかし、いくら頼み込まれたとはいえ、さほど広くないソアラの狭い後部座席に二人を押し込んで、ここ金沢レース場まで連れてきてしまったことは罪深かったと思っている。

 

 

 俺達は出走表を見る

 

 

1サウスヒロインカサマツ

2メイショウアッガイ金沢

3アラビアントレノ福山

4トウショウメッサー水沢

5スズカアバランチサガ

6ホクトアカゲルググ門別

7フジマサマーチ高知

8オースミガッシャ園田

9バスターホームラン船橋

10イスパニアカフェ金沢

 

 はがくれ大賞典の時のように、相手はベテランばかり。

 

 そして俺は視線を出走表からアラへ移す。

 

「………」

 

 その表情は引き締まっており、耳、尻尾ともに異常は無い。桐生院さんの言葉も最もだろう。

 

 後は…勝利を信じるだけだ。

 

 

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 ゲート付近では、出走ウマ娘達がどんどんゲートに入っていた。

 

『最後に6番ホクトアカゲルググがゲートに入りました、各ウマ娘、ゲートイン完了です、本日のメインレース、“イヌワシ賞”まもなくスタートです!』

 

ガッコン!

 

『ゲートが開いて、今、スタートしました!十人のウマ娘が一斉に飛び出します!注目の先行争い!やはり前に出てくるのは1番、サウスヒロイン、続いて8番のオースミガッシャ、10番のイスパニアカフェ、先行争いはこの3人の模様、そしてその後ろ、内側を周るのは5番スズカアバランチ、その外側、6番のホクトアカゲルググがいます。そして、1バ身離れ4番トウショウメッサー、そのすぐ後ろ、3番のアラビアントレノ、その後ろの外側よりに2番、メイショウアッガイ、その内、7番フジマサマーチ、しんがりは9番のバスターホームラン』

『伸びずまとまらず、そういった展開になりましたね』

 

(アラビアントレノ……オパールカップを見て、奴の成長は知っている、先行するのはリスクが大きい……)

 

 フジマサマーチは前を走るアラビアントレノを見た。

 

(オパールカップの時と比較して、フォームが綺麗になった…それは走りの安定性が高まったという事…だが、気になるのはスタート、オパールカップの時は好スタートを切ったのに対し、今回のそれははがくれ大賞典の時と殆ど変化は無い…オパールカップのときに見せた好スタートは…偶然なのか…?)

 

 フジマサマーチはそう考えていた。

 

(いや…今考えるべきなのは奴のロングスパートからのセカンドスパート、奴は脚への負担の大きい芝でアレを使った、……道を開けてはいけない、このコースの特徴を利用する……パワーではこちらの方が上、前には…出さん!!)

 

 金沢の2000mはラストスパート前のコーナーは殆どのウマ娘が内ラチ沿いを走るという傾向があった。

 

 フジマサマーチの作戦は、アラビアントレノのスパートの瞬間を見切り、パワー差を利用して前に出て、外側を塞ぎ、ベテランばかりの内に追いやり、スパートそのものを殺してしまうというものであった。

 

 アラビアントレノの身長は146cm、今回の出走ウマ娘の中では最小である、小回りは効くものの、接触には弱い……という認識をフジマサマーチは抱いていた。

 

 そして、いくら彼女がトレーニングを重ねているとはいえ、内を走るベテランのバ群を抜けるのには多大なる時間がかかり、加速力の悪いアラビアントレノでは不利であると、フジマサマーチは判断していた。

 

 

 

『各ウマ娘、1番サウスヒロインを先頭にして向正面より第3第4コーナーへ』

 

「…フジマサマーチさん、やはり控えていますか」

 

 桐生院はそう呟いた。

 

「……恐らく、アラにプレッシャーを与える為でしょう、ですが…アラのメンタルははがくれ大賞典の時とは違います」

「…」

 

 慈鳥はそう答える、桐生院も頷くものの、何故かベルガシェルフは、遠くを見て難しい顔をしていた。

 

「……ベルさん?どうかしましたか?」

 

 桐生院は理由をベルガシェルフに問う。

 

「……ここって、水辺が近いですよね?」

「え、あ…はい、私達のいるスタンドの真後ろには河北潟が有りますから…」

「なら、少し不味いかもしれないです」

「…ベル?」

 

 慈鳥は疑問を持った顔でベルガシェルフを見た。

 

 

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『各ウマ娘、第4コーナーを抜けてスタンド前へ、1番、サウスヒロイン、続いて8番のオースミガッシャ、10番のイスパニアカフェ、3バ身離れて内側を回ります、5番スズカアバランチ、その外側、6番のホクトアカゲルググがいます。その後ろは1バ身離れ4番トウショウメッサー、そのすぐ後ろ、3番のアラビアントレノ、その後ろの外側寄りに2番、メイショウアッガイ、その内、7番フジマサマーチ、9番のバスターホームランで先頭から殿までおよそ7バ身半ほどの距離です』

 

……!

 

 おかしい、第3コーナー終了まではいつもどおりのペースで走れていたはずなのに…第4コーナーに入ってからリズムが取りづらい、…ほんのちょっと…本当にほんのちょっとだけど…足の着地点がずれているからだ。

 

 だけど……

 

スッ…!

 

 すると、私の視界を、あるものが横切った、それは……私の髪の毛。

 

 まさか…原因は………風…!?

 

 ……ッ…ただでさえ荒れたバ場でスタミナが削がれやすいのに…!

 

 

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 …このコースの落し穴は、海の近くだからこそ発生する海風…それが第3コーナーを抜けた直後に容赦なく上半身を襲ってくると言う事だ…!

 

 他のウマ娘を風よけにする以外に…これを回避する方法は“超低姿勢で走る”以外に無い!

 

 そんなことができるウマ娘など居ない、“|たったひとり”を除いては…

 

 そう…奴《オグリ》だけは…!

 

『各ウマ娘、スタンド前を駆け抜け第1第2コーナーへ!!』

 

 そしてここのコーナーは海を背にする形になる、ここからは風を味方に付けることが必要だ…!

 

 

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『第一コーナーに入って、少しペースを上げて参りました、7番フジマサマーチ、3番、アラビアントレノの外へ!!』

 

「海風……海から陸に吹く風…ですか?」

「はい、ここについた時はあまり感じていなかったんですが、向正面にある連なった木の葉っぱが揺れてて…もしかしたらって…すいません、もっと早く気づいていれば…」

 

 ベルガシェルフはそう言って慈鳥に頭を下げた、海風とは、陸上と海上の気圧差によって発生する海から陸への風の事である。

 

 ベルガシェルフは釣りの時にそれを体験してはいたものの、ここ、金沢レース場にもそれが発生ことに気づくのが遅れてしまっていた。

 

「いや…良い……今、俺達にできる事は、この夏合宿でやってきたトレーニングの成果を…信じる事だけだ…!」

 

 慈鳥は拳を握りしめ、そうベルガシェルフに返答した。

 

 

 

『各ウマ娘、向正面へ、ここでハナを進むサウスヒロインに僅かに疲れの色が、だがしかし、8番のオースミガッシャ、10番のイスパニアカフェと共にまだ集団を引っ張る。2バ身離れて5番スズカアバランチ、6番のホクトアカゲルググ。そこから半バ身離れ4番トウショウメッサー、そのすぐ後ろ、3番のアラビアントレノ、そのすぐ外に7番、フジマサマーチ、後ろに2番メイショウアッガイ、しんがり9番のバスターホームラン、ペースを少し上げて仕掛ける準備か』

 

(………後ろからプレッシャーが、いる)

 

 アラビアントレノはフジマサマーチがプレッシャーをかけてくるのを感じていた。

 

(もうすぐ……第3コーナー…さっきと同じ轍は踏まない、終了と同時にスパートかけて、向かい風を圧し殺す…!)

 

 アラビアントレノはスパートのスピードで向かい風を相殺する事を決めた。

 

 

(…一瞬だが、顔が動いた………予想通り…!)

 

 一方、フジマサマーチはアラビアントレノの一瞬の動きからその狙いを見抜き、自らのスパート開始地点を決定した。

 

『第3コーナーをもうすぐ抜ける、先頭の3人ペースが落ちてきた、ここで控えていた7番フジマサマーチ!スパートをかけてきた!!2番、メイショウアッガイ、続いた!!』

 

(予想通り…私に釣られる奴もいたか…!アウトへの動きを塞いだ…更にインも先頭がタレて詰まる、抜けた頃には…私はゴール板の向こうだ!)

 

 フジマサマーチは前方を睨み、その脚に力を込めた。

 

 

 

(塞がれた……外に出て続いたんじゃ間に合わない……なら…!)

 

 アラビアントレノは脚に力を込め、乱れたバ群に狙いを定めた。

 

『ここで、3番アラビアントレノもスパート!乱れる内に突っ込む気だ!』

 

(…あのトレーニング…ばんえいの技を信じて…ねじ込む!!アメリさんが教えてくれた感覚を…思い出せ!!)

 

(…何っ!!?……自殺行為だぞ!?スパートのスピードですり抜けれるわけが無い…!)

 

 集団に向かってスパートをかけたアラビアントレノの行動に、フジマサマーチは驚愕した。

 

 ばんえいウマ娘は障害…つまり坂道を乗り越える時、身体全体を使ってそりを引っ張る技術を使っている。そうしなければ次の動作が遅れ、そりの重さに負け、坂を登りきれないからである。

 

 そして、その技術は一般の競走ウマ娘の世界でも有効であり、セトメアメリの教えによってこれを身に着けたアラビアントレノは通常のウマ娘よりも無駄なく、そして安定して一つ一つの動作を繋ぐことができていた。

 

 アラビアントレノは少し身体を捻じりつつ…

 

(……行ける…!!………突き抜けて…私の身体…!!)

 

 と念じ、脚に力を込めた。

 

 

 

『3番アラビアントレノ!見事に抜けてきた!!同時に外からはフジマサマーチ!!』

 

「貴様には……負けん!!…………ッ!」

 

 その時、フジマサマーチを横風が襲った、もちろん、彼女はそれを想定していた。しかし、唯一想定外の事があった。

 

 

(奴は……内に…!!)

 

 そう、それはアラビアントレノが“内から並びかけている”ということであった。フジマサマーチはアラビアントレノの風よけになっていたのである。

 

『フジマサマーチ譲らない!!』

 

(…もう横風は…当たらない…!!)

 

 スタンドが壁になり、横風が止んだスキを見て、フジマサマーチは前に出た。

 

『残り僅か!!アラビアントレノは差せるのか!?』

 

 

 

(…パワーで劣る……それでも……負けたくない!!!)

 

 一方アラビアントレノも動いていた、横風が切れる瞬間、彼女はフジマサマーチのすぐ後ろにいた。

 

(数秒あれば……これで……!!)

 

 アラビアントレノはスリップストリームから抜け出すのと同時にセカンドスパートをかけた。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

(……何っ!?)

 

『残りわずかのところでアラビアントレノ、抜け出した!抜け出した!抜け出したァ!!』

 

(…くそ…くそ………くそっ!!…完…敗…だ……)

 

『ゴォォールイン!!!』

 

ワァァァァァァァァァァ!!!

 

 

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「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

息も絶え絶えに、掲示板を見上げる…

 

 一番上には“3”の文字がくっきりと表示されていた。

 

 …勝った………いや、書面上ではそうなだけだ。

 

 …引き分け、私はそう思う、でも…満足の行く…良いレースが出来た…

 

「アラビアントレノ」

 

 名前を呼ばれ、私は振り返った。

 

 

=============================

 

 

私は掲示版を見つめるアラビアントレノに向け、一歩一歩進み、声をかける

 

「アラビアントレノ」

「…フジマサマーチさん」

「…私の完敗だ…だが、1つ聞いておきたい、貴様はスパートしながらあのバ群を抜けるのに、かなりの体力を消耗した筈、何故…二度もスパートをかけることができた?」

 

 自然と、言葉が口に出る。

 

「……はっきり言ってしまうと、よく分からないです…でも…私にとって、フジマサマーチさんが“絶対に勝ちたい人”だったからじゃ無いかなと思います。あの時、“負けたくない”と思ったら…自然と…自然と…力が出てきたんです」

 

 ……!

 

 あの記憶が、脳裏をよぎる。

 

 

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「何故…何故だオグリキャップ!!一度目のスパートで貴様は既に限界だった筈…!何故二度も…二度もスパートをかけることができた!?」

「よく…分からないけど…多分、マーチのお陰だ、『負けたくない』って思ったら、自分でも知らない力が出せた」

 

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「今日は…ありがとうございました」

「…………フッ…」

 

 懐かしい物を思い出したからか、自然と笑みがこぼれる、私は差し出された手を取った。

 

 その手は暖かく、多くの夢が籠もっている…そのような気がした。  

 

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「…本当なのか?」

「うん……あーし等はさ…もう…降りるよ」

「……等…ミニー、ルディ…お前たちも…なのか?」

「…うん…ごめん」

「…でも、勘違いしないでくれよ、自分らの夢が、終わったわけじゃねぇ……マーチ、お前やアイツ…オグリに託すんだ」

「………そうか、今まで…世話になったな」

 

 私は3人と握手を交わした。

 

「手…暖かい」

「…貴様らの夢を…受け取ったからな…私はアイツとの…オグリとの約束を果たして見せる、だから…観ていてくれ」

 

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 やるべきことが…見えた。

 

 だが、それは私が“一線を退く”という事を意味していた。

 

 

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 フジマサマーチは下を向き、一人、待機所に向けて歩いていた。

 

ポスッ…

 

「………」

 

 すると、彼女はある人影にぶつかった。

 

「……マーチ…」

「柴崎トレーナー……」

「…俺だけじゃない」

 

 柴崎が身体をどかし、フジマサマーチが顔を上げると、そこには、ノルンエース、ルディレモーノ、ミニーザレディの姿があった。

 

「…すまない…勝てなかった」

 

 フジマサマーチは視線を落とし、3人に謝る。

 

「良いよ……だって…あーし…あんなマーチ見たの…久しぶり」

「…カサマツの…まだ、オグリがいた時みたいだった…」

「…良いレースだったぞ…」

 

 三人は、それぞれ労いの言葉をフジマサマーチにかける。

 

「ありがとう……………私は…あの時の、懐かしい感覚を…思い出す事ができた…負けた…悔しい…だが、それ以上に清々しい気持ちだ………」

「……」

「…柴崎トレーナー」

「マーチ…?」

「時代は…変わっていくんだな……あの頃の、カサマツで走っていた時の事を思い出して気付いた、私のやるべき事が…見えたよ…」

 

 フジマサマーチは涙を流してそう言った、しかし、彼女は満足気な表情を浮かべていた。

 

【挿絵表示】

 




  
 お読みいただきありがとうございます。

 新たにお気に入り登録をして下さった方々、ありがとうございますm(_ _)m

 今回海風があるという描写が御座いましたが、実際のイヌワシ賞の映像を見た際、向正面の木々が揺れていましたので、それを参考にしています。

 ご意見、ご感想等、お待ちしています。

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