アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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 前回投稿したものから、少しばかり追記しています。


第1話 転入

  

  

「ただいま、帰ったよ」

「お姉ちゃーん!おかえり!」

「ねぇちゃん!」

「おつかれー!」

 

 玄関の扉を開けると、妹や弟達が駆け寄ってくる、皆人間の子供だ。

 

「おかえり」

「ただいま、じいちゃん」

 

 子供たちを撫でていると、ここの長“じいちゃん”が姿を現した、そして手招きをした。“付いてきなさい”ということだ。

 

 

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 ウマ娘として生を受けた以上、生まれ変わる前の最後の願い“サラブレッドと戦いたい”を叶えようと思った。

 

 だけども、現実はそう甘くはなかった

 

 生まれてすぐ、両親が死んだ、交通事故だった。私は両親によって通行人に向かって放り投げられ、助かった。

 

 そして、両親以外に身寄りのいなかった自分は、施設に預けられ、人間の子供たちと共にここで過ごしてきた。

 

 一人称も自分から“私”に変えた、前世、おやじどのから人間の世界の事は聞かされていたので、人間達との暮らしはうまくいっていた。

 

 だけども、どうしても思い出せない物があった、名前…前世の私の名前だった。

 

 先輩のこと、おやじどののこと、それらの事はしっかりと覚えているのに、何故か名前だけは思い出せない。

 

 もっとも、今の私には“アラビアントレノ”という立派な名前がある。前世、自分達が“アングロアラブ”と呼ばれていたから、この名前はこの名前で気に入っていた。

 

 今の私は中学生、だが育ててもらっている身で“レースに出たい”など言えるはずもなく、私はただの一般学生として過ごしていた。

 

 もっとも、レースの世界に居ないだけで、走ること自体を諦めた訳ではなかった、小学生の頃から、ちびっ子たちを養うお金の足しにするべく、じいちゃんのツテでバイトをやっていた、新聞配達だ。

 

 朝早く起き、農道を駆け抜け、用水路を飛び越え、新聞を配達していく、とても心地よかった。

 

 “河を渡って木立を抜ける”それがとても楽しかった。

 

 だが、中学二年になった私に、一つの問題が起きた。

 

 本格化の時期…通称、“爆発期”が来てしまった。

 

 ウマ娘は、思春期のある段階で、身長や体格が急成長する、その時期は個人個人によってまちまちなものの、共通点があった。

 

 “食べる量が物凄く多くなる”だ

 

 前世、おやじどのが教えてくれた“鯨飲馬食”と言う言葉がある、その言葉通り、この世界のウマ娘も人間の2、3倍は食べる大食漢だ。

 

 ただでさえこうなのに、爆発期のウマ娘がどうなるのかは、想像に難くないだろう。

 

 当然、家計には大打撃を与えてしまうということだ。

 

 

────────────────────

 

 

「アラ、これを」

 

 じいちゃんが一つの紙を差し出した。その紙には“福山トレセン学園 転入生募集中”の文字があった。

 

「じいちゃん……」

「ここに、通ってみないかい?」

「……良いの?だって、お金が…」

「…アラ、自分に正直になりなさい、本当は…走りたいんだろう?」

「……」

「君はレースの雑誌をこっそり、たくさん集めているだろう?」

 

じいちゃんは私の本心を見抜いていた、それに、レースの雑誌を集めてたことを…知ってたなんて…。

 

「…うん」

「なら、走ってきなさい、おチビ達の事は心配する必要はないから、それに、今のここだと、君を満腹にさせてあげる事は出来ない」

「…じいちゃん…」

「自分のしたいことをして、腹いっぱい食べる、それが、私の思う一番の幸せ、だから行ってきなさい」

「分かった…ありがとう、じいちゃん」

 

 それから二週間後、私は福山トレセン学園に転入する事になった、向こうでは寮生活といった形になるので、ここにはたまにしか帰ってこれない、だからちびっ子達には相当引き止められた、別れの時なんて、四人がかりで尻尾を掴まれた。

 

「お姉ちゃん!行っちゃダメー!」

「姉ちゃん!」

 

 馬の時から尻尾を掴まれるのは苦手だった、それはサラブレッドもセルフランセも木曽馬もハフリンガーも変わらないようで、特にセルフランセは尻尾を噛んだ野良猫に蹴りをかましたことがある、ウマ娘の体になってからは、ある程度尻尾を鍛えているけど、それでも少し困る。

 

「…こらこら、アラが困っているじゃないか、尻尾から手を離しなさい」

 

 じいちゃんがちびっ子達を何とか私の尻尾から離した。

 

「アラ、指切りをしてあげなさい」

「うん、皆、大丈夫、お姉ちゃんは、絶対にここに帰ってくるから、それに連絡も取る、約束する…だから、指切りをしよう」

「うん…」

「「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、指きった!」」

 

こうして私はちびっ子達と指切りを交わし、福山トレセン学園に向けて出発した。

 

 

 

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「はい皆さん、静かに〜、今日から皆さんと共に勉強する仲間が加わります、アラビアントレノさんです」

「よろしくお願いします」

 

パチパチパチパチパチパチ…

 

 私は先生に指し示された席に向かって歩く、一番端の窓際だった。

 

 休み時間になると、クラスの皆に多くの質問をされた、そしてついに。

 

「アラの家族って、どんな人なの?」

 

 この質問が来てしまった

 

「…うーん、ウチは大家族で、ウマ娘は私一人だけなんだ、私はいっぱい食べるから育てるのは大変だったと思うけど、家族は私のやりたい事をやらせてくれたよ」

「へぇー、大家族かぁ…」

「うん、それに私、一番上だからさ、ちょっと心配なんだ」

「一番上?じゃあ、料理とか作ってたの?」

「うん」

「凄いんだねぇ〜」

 

 家族の話題は、何とか乗り切った、転校初日に“本当の両親は生まれてすぐに死んだ”なんて言えば、重苦しい空気になってしまうに違いない。

 

 人間というのは、“死”というものにかなり敏感な生き物だった、それは人間と同じような肉体を持つウマ娘にも同様のようだった。

 

 その後も、私は色々な人と会話し、仲を深めていった。会話のコツは、じいちゃんが教えてくれていたし、おやじどのが牧場を訪れた観光客に私を紹介していた話術も、かなり参考になる。

 

 この状況を先輩が見れば、心配するに違いない、今の姿は人間のものだからそんなに違和感は無いけれども、元の姿に当てはめて考えてみると、また違ってくる、おとなしく体格の小さなアングロアラブが、大きくて気性も荒いサラブレッドに囲まれている訳だ、何も起きないはずはない。

 

 恐らく、周りの仲間達は皆、“サラブレッド”なんだろう、でも、前世と今とをごっちゃ混ぜにするのはいけない。

 

 

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 競走ウマ娘は、普通の学校の授業だけでなく、レースの世界のことも知らなければならない。

 

「さて、皆さん、もうすぐデビュー戦ですね、皆さんが出場するローカルシリーズの開催地は帯広から佐賀までの16箇所、皆さんはその一つの福山レース場でデビューする事になります。」

 

 先生は黒板に貼られた日本地図の赤い点…つまりは競馬場…いや、この世界ではレース場をどんどん指していった、その中に一つ、見覚えのある名前があった。

 

“大井レース場”

 

 私達の仕事場だった所だ。

 

 …だめだだめだ、授業に集中だ。

 

「何年か前までは、皆さんローカルシリーズの競走ウマ娘は基本的に地元のコースでのレースが多かったのですが、最近では遠征の自由度が増し、その気になれば全国各地のレース場へと遠征出来るようになっているんです!」

 

バアン! パラッ

 

「わ、わわっ!」

 

アハハハハ…

 

 先生は熱くなって思い切り黒板を叩く、磁石と地図が外れてしまい、教室には笑いが広がった。

 

「ふぅ…さて、気を取り直して続けます、それで、この日本には、もう一つ、ウマ娘レースの世界が存在する事は、皆さんもご存知ですね?エアコンボハリアーさん、お願いします」

 

 先生は皆から“ハリアー”と呼ばれているパイロットゴーグルを首から下げたウマ娘、エアコンボハリアーを当てた。

 

「はい、トゥインクルシリーズです」

「その通り、ローカルシリーズで優秀な成績をおさめたウマ娘は、交流重賞に出走したりカサマツのオグリキャップさんの様に、中央に移籍したりすることもあるんですよ」

 

 中央と言うと思い出すのは“帝王賞”だ、誘導馬騎手たちが。

 

『馬場貸し状態、何とかならないモンかな〜』

『中央の馬は強いぜ?あーっ!オグリキャップが沢山いたらなぁ…フエルミラーが欲しい』

『いや、ハイセイコーだろそこは』

 

 と言っていたのを思い出す、帝王賞は地方の馬は殆ど勝てなかった。オグリキャップ…前世の私はよくわからなかったけれど、凄いウマ娘らしい。

 

「…でも、最近は…」

 

 ある生徒が少し下を向く

 

「確かに、オグリキャップさん以降、私達ローカルシリーズからは強いウマ娘が出ることは少ないです、でも、皆さんには、希望を捨ててほしく無いんです、私は信じています、皆さん全て“怪物”になる素質を持っていると」

 

 先生の目は熱気に満ちていた、潤んでいたようにも感じられる。

 

キーンコーンカーンコーン…

 

「あっ…それでは今日の授業はここまでとします」

 

 先生は去っていった。先生が教室を出た後、教室内は…

 

「あんな先生初めて見た」

「大人しい先生があんなに熱くなるなんて」

 

 といった声が飛び交っていた。

 

 

 

────────────────────

 

 

 ここの寮は一人部屋だった。家ではいつも、ちびっ子達と一緒に川の字になって寝ていたから、少しばかり部屋が広く感じた。

 

 でも、そのおかげで目覚まし時計の音量を最大まで上げることができる。

 

 時刻は四時、走りに行こう

 

 この学園は、芦田川という川に面している。そこには川沿いにウマ娘用の走路が設けられていて、トレーニングをするのにはもってこいの良い場所だと、友達が教えてくれた。しかも今年は、学園と市役所が協議して走路の拡張が行なわれたそうで、走りやすくなったらしい。

 

 外は真っ暗だった。でも、怖くはない、小学生の時から走ってきたから

 

 私は学園を出て、その走路に向かった。

 

 走路に着いた私は、まずそれを触ってみた。

 

 アスファルトでも、芝でもない。

 

 ダートだった。それもアメリカで使われてる本物のダート、土だった。

 

「ふっ!」

 

ドシン!

 

 私はその場で思い切り足踏みをした。

 

「……ついた…」

 

 蹄鉄の食い込んだ跡が、地面につく、同時に心の底から“走りたい”と言う気持ちがどんどん湧き上がってきた。

 

「よし…行こう!」

 

ドォン!

 

 思い切り土を蹴り、私はスタートした。

 

 

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 俺がここに来て、一ヶ月が経とうとしている。未だに担当ウマ娘は居ない。

 

俺達は新人、それは当然なのだ。

 

 だが、担当ウマ娘がいないとはいえ、俺達に仕事が無いわけではない、担当を持った場合のトレーニング方法を考えたりしなければならないからだ。

 

 そんなこんなで、俺は同期のトレーナー達と共用の5人部屋…つまりは仕事部屋でトレーニング方法について考えていた。

 

ガラガラガラーッ!

 

「皆ーッ!選抜レースが明後日に行われるらしいぞ!」

「あーっもう!ニワトリじゃないんだから、もう少し静かにしなさいよ!」

「お前、その声何とかならんのか?」

「お前達も揃いに揃って五月蝿い…」

 

 ドアを勢いよく開けて入ってきたのは、同期の軽鴨(かるがも)、それに文句を言っている女性が火喰(ひくい)、同じく文句を言う雁山(かりやま)、三人に対して溜息をついているのが雀野(すずめの)、この四人が、俺の同期だった。

 

「「「「慈鳥、どう思う?」」」」

 

……俺に質問が振られてきた。

 

「まあ…デカイ音全般には慣れてるけれども、取り敢えず一言だけ言っとくか、ここ、で働いてんのは俺ら5人だけじゃない」

「………」

 

 全員黙ってしまった、気遣われたとでも思っているのだろうか?ドリフトのスキール音やサーキットの歓声、環状族の直管マフラー音……大きな音に慣れているのは本当だ。

 

「とりあえず、軽鴨、選抜レース、明後日なんだろ?」

「あ、あぁ」

 

 俺は軽鴨にゆったりと問いかけた。相手の声は自然と小さくなる。

 

「なら、俺らで出走ウマ娘の能力とかについて議論しようじゃないか。俺ら、まだ担当がいないし、な?」

 

 俺はそう言って皆の顔を見た、4人とも、コクコク頷いてくれている。

 

「よし…やるか」

 

 俺達は生徒名簿を開き、椅子を円形状にし、携帯やノートパソコンを持ち寄り、議論を開始するのだった。

 

 

────────────────────

 

 

 仕事を終えた俺は、学園を出て、学園から少し離れたトレーナー寮への帰途についた。

 

 鍵を開け、愛車に乗り込む、この世界ではスポーツカーが衰退していたが、嬉しいことにハイソカーやデートカーの方にまでその影響は行っていなかった、これは恐らく、ウマ娘がいる影響だろう。

 

 ウマ娘は普通の人間と比較すると、かなりの美貌の持ち主だ。それ故、車や服などのCMの業界で活躍している者も多い、事実、今の俺が乗っている愛車であるソアラも、ウマ娘が宣伝に起用されていたらしく、俺の親もその宣伝に影響されて買ったらしい。ウマ娘が宣伝に起用されていた証拠に、この車のシートには尻尾用の穴が空いていた。

 

 俺は運転しながら、議論内容を思い出していた。

 

 議論の中で話題に上がったのは四人。

 

 スタミナがあるエアコンボハリアー。

 

 末脚の鋭いキングチーハーとワンダーグラッセ。

 

 策士と呼ばれるセイランスカイハイ。

 

 このあたりが将来有望だと言うことになった。

 

 だが、俺は生徒名簿の中に興味深い名前を見つけ、そっちに注目していた。

 

 芦毛のウマ娘“アラビアントレノ”

 

 トレノはスペイン語で“雷鳴”という意味だ、だが、レーサーは別の物を想起するだろう。そう、大阪の環状線や峠道、サーキットやジムカーナ、ラリーで活躍したスプリンタートレノ(ハチロク)という車だ

 

 もっとも、それはこの世界には無い。

 

 寂しいなと思ったが、無いものは無いのだ、どうしようもない。

 

 俺は選抜レースの方に気持ちを切り替え、車を走らせた。

 

 

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「気持ちよかった…」

 

 私は一時間ほど走り、寮まで帰ってきた。

 

 こんなに思い切り走ったのは久しぶりだった、髪が、尻尾が、切り裂く風と一つになって流れているいるのを感じた。

 家の近くは山道や曲道が多かったから、全力で走ることができる。

 

「アラ…?こんな早くにどうかしたのですか?」

 

 寮に戻ってきた私を見て、驚いた顔をしているのはワンダーだった。

 

「走ってきた、1時間ぐらい」

「ええっ…今…5時ですよ…?なら…4時に…?」

「うん、慣れてるからね、新聞配達のバイトやってたから」

 

 ワンダーはしばらく驚いていた様子だったけれども、しばらくするとクスリと笑った。

 

「ふふっ…そう言えば…そう言ってましたね……貴女は面白いですね、レースをする日が楽しみです」

「ありがとう、それは私もだよ、ワンダー」

 

 もうすぐ選抜レースがある、アングロアラブの私が、サラブレッドにどれだけ通用するのか分からない、でも、夢のため、全力で走る……今から気合いを入れておこう。

 

 

 

 




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