アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第26話 備え

 

「へぇー、これが中央の新たな理事長……これ、児童労働じゃないのよね?」

 

 火喰が新聞を見つつ、そう言う。

 

「お役所さんが何も言わないってことは、合法だろ」

「……だが、他にもっと適任がいたんじゃないのか?」

「…まあ、人は見かけには寄らないってことだろう?」

「相手が子供だと見くびるなってことだな」

「そうだ、子供のイマジネーションは凄いからな」

 

 トレセン学園の理事長の交代は、世間だけでなく、AUチャンピオンカップの共同開催者である俺達ローカルシリーズの人間も騒がせていた。

 

 話を聞いた所によると、こちらのトレセン学園運営委員長である九重と言う人が、驚きのあまり中央に問い合わせたらしい。

 

 まあ…そりゃそうだよな…

 

 

 

────────────────────

 

 

「スタート!!」

 

 トレーニングの時刻になり、俺はアラをウッドチップのトレーニングコースまで連れて、タイムを図ることにしていた。

 

 合図と同時にアラはスタートする。だが、オパールカップの時のような好スタートでは無い。

 

 何故だろうと考えている最中にも、アラはコースを走っていき、二周目に突入した。俺は双眼鏡を取り出し、アラを見る

 

 アラはコーナーに入る……そして、コーナーの途中で…アラはピッチとストライドを変化させて、いわゆる『ストライド走法』に走法を変更した。

 

 そして…出口に差し掛かった時に逆の事をやり、ピッチ走法に戻した。

 

 これをレース知識のある者が見れば、“愚行”と捉えるだろう。

 

 一般的にストライド走法はカーブに向いておらず、カーブを曲がる時はピッチ走法が適切とされている。

 

 しかし、それは半分正解であり、半分間違いだ。

 

 ウマ娘は遠心力等、様々な要因により、コーナーでは速度が落ちる。つまり、コーナーで速度とスタミナを維持できると、かなりのアドバンテージが得られると言う訳だ。

 

ピッチ走法のメリットは、加速力、コーナーリングに優れていること。

 

 そしてストライド走法のメリットは、速度とスタミナが維持しやすい事にある。

 

 だから、コーナーの途中までは、優れたピッチ走法でスピードを上げるとともに、身体にかかる遠心力の具合を確かめる。そして、タイミングを見計らい、ストライド走法に切り替える、こうする事で、コーナーで体力を無駄遣いせず、なおかつ速いスピードで曲がる事ができると言う訳だ。

 

 これがV-SPT。

 

 氷川トレーナーとの何気ない会話、それと、出力を高め燃費を良くする、車の“可変バルブタイミング機構”にヒントを得て作り上げた…俺達の武器だ、もちろん、盗用対策も万全だ。ジムカーナやばんえいトレーニングでないと身につけることのないテクニックが、コレには使われているからだ。

 

タッタッタッタッタッタッ…

 

ピッ!

 

 そう考えているうちに、アラが二周目を走り終え、こちらまで戻ってきたので、俺はストップウォッチのボタンを押した。

 

「ハァ…ハァ…ハァ……トレーナー、タイム!」

「────だ、ベストじゃないけど、安定してきたな」

「やった…ありがとう」

 

 アラは笑顔でそう言った。

 

 最近、アラの笑顔が変わった、最初は微笑みぐらいだったのが、ニコリとする様になって来ている、夏合宿以降はそれが顕著だ。

 

 あれはアラに良いものをもたらしてくれたと言う事か……?

 

「トレーナー、ボーッとして、どうしたの?」

「…何でもない、とりあえず、今日のトレーニングの予定は全て消化できたな、よし、着替えたら駐車場まで来てくれ、銭湯まで連れてくからな」

「分かった」

 

 アラはそう言うと、校舎の方へと走っていった。

 

 

────────────────────

 

 

 アラを銭湯まで送り届けたあと、俺はトレーナー寮の自分の部屋に戻り、アラのスタート方法について考えていた。

 

 アラのスタートは最初の頃と比べると改善しつつある、恐らく、殆どのウマ娘と当たる場合はだが、今のままでは“大逃げをぶちかますウマ娘”には勝てない。

 

「……あの時…アラは氷川さんの紙を取るために大ジャンプしてみせた……そう、だから筋力自体はかなりあるはずなんだ…」

 

 俺はアラが4メートル位飛んだときの事を思い出した。

 

「………タテに跳ぶ力が強くても、ヨコに進む力があるとは限らないって事か……ならばオパールカップの時は…」

 

 俺はオパールカップの時の映像を再生する。

 

「……坂道からなんだぞ…?フツーはスタートが遅くなる筈だろうに…」

 

 俺はスタートの部分を、何度も何度も巻き戻して再生した。 

 

 そして、ある事に気付いた。

 

「……坂道でスタートする時は、地面の方向はヨコじゃない…ナナメだ……つまり、ヨコへの推進力だけじゃなくて、タテへの推進力も使うって事か……アラはタテへの推進力がバカ高いから…ナナメでスッと出ることができる、だが…殆どのレースは平坦な場所でスタートする…」

 

 俺はは呟きながら、ヨコに、タテに、そしてナナメに矢印を書いていった………

 

「ゲートの中…当然上に跳ぶなんてのは出来んし、地面を傾ける事なんて不可能だ…じゃあ…どうすれば良い…?」

 

 考えろ……ウマ娘レースだけの常識に囚われるな…

 

「……………待てよ…!?」

 

 その時、俺の中にある考えが浮かんだ。

 

 地面が傾けられないのなら、自分の身体をナナメにすれば良い

 

 つまり…クラウチングスタート……

 

 そして、上に飛ぶ力が強いという事は、地面を踏みつける力もまた然りということ、だからつまり…

 

 まずゲートインと同時に地面を踏みつけ、蹄鉄を食い込ませる。

 

 そして、クラウチングスタートの体制を取る

 

 後は脚の力を開放するだけだ。

 

 規則にはクラウチングスタート禁止なんてのは無い。

 

 行ける、これで、アラはさらに強くなる。

 

 レーサーの血が騒ぐのか、俺は自分の口角が自然と釣り上がるのを感じていた。

 

 

=============================

 

 

 その頃、福山トレセン学園の生徒会室では、生徒会の3人と大鷹が話していた。

 

「ふむ…それでは、今回の夏合宿のデータは既に取りまとめており、いつでも他の地方トレセン学園に共有する事が可能という事ですか、分かりました、これはこちらの方で検討していきます、ご苦労様でした」

 

 大鷹は3人に礼を言い、生徒会室を後にした。

 

「これで、第一段階は完了と言うわけだね」

「ああ、だが、ここからは夏合宿によって成長したウマ娘達の頑張りに掛かっている、私達も気を引き締めて支えていかなければならないな」

「忙しくなりますね…」

「うん、さて、私はこれからAUチャンピオンカップに備えた地方トレセンの生徒会長のオンライン会議があるから、二人は先に帰っていて良いよ」

「…では、お言葉に甘えさせてもらう、シュンラン、行こう」

「…は、はい!」

 

 エアコンボフェザーとハグロシュンランはエコーペルセウスを残し、生徒会室を後にした。

 

 

 

 二人は談笑しつつ、帰路についていた。

 

「日が落ちた後とはいえ暑いですね…」

「……そうだな…む…?花が咲いているな…」

「あそこですか……えーと…菊…ですね、本当は10月以降の花ですが…随分と早咲きで…………!!も、申し訳ありません、フェザーさん」

 

 自分が失言をしてしまったことを自覚したハグロシュンランは、エアコンボフェザーに謝った。

 

「…いや、良い、このままでいけば、私もいつかは過去と、そしてあいつと向き合う時が来るからな」

「……」

 

 その後、二人は会話を交わすことなく、寮へと戻っていった。

 

 

=============================

 

 

 私はあたりを見渡す、また、あの空間だ。

 

『────』

 

 そして、あの声も聞こえてくる。

 

「答えて!貴方は何者!?貴方は私の何!?」

 

 私は無駄であると分かっていてもそう叫んだ。

 

『…お前の事は、このワシが一番…………まあ良い、セントライト記念、そこでサラブレッド(ヤツら)を倒せ!お前はアングロアラブ(ワシら)の最高傑作、硝子(ガラス)の足共に劣るはずは無い!!サラブレッド(ヤツら)を打ち破り!その先へと進むのじゃ!!』

 

 えっ………会話が…成立した…!?

 それに…その先?

 

『…サラブレッド(ヤツら)アングロアラブ(ワシら)が存在していた故の、呪縛…それがこの世界には存在しておらん!!』

 

 呪縛…?

 

 どう言う事…?

 

「…貴方は…私に何を…させたいの?答えて!!」

 

 私はそう言いながら声の方向に向けて歩みを進めた。

 

『………』

 

 すると、その声の主の気配はだんだん遠ざかっていく、私は追いかける体制を取った。

 

「…待って!!」

 

バンッ!

 

「…………ハァ…ハァ…」

 

 本を床に叩きつけたような音で、私は目を覚ました。

 

 これまでの夢で、私は何となく思っていた。

 

 あの声が、私がここに生まれてきた鍵を握っているのではないかと。

 

 なら、出来る事は一つ…

 

「…勝ってやる…行けるところまで…行ってやる…」

 

 私は拳を握りしめた。

 

 

=============================

 

 

 時間が経つのは早い、今日はセントライト記念当日だ、いつものように、出バ表に目を通す。

 

1シンコウジンメル

2ロードレブリミット

3ヌーベルスペリアー

4オウカナミキング

5セイウンコクド

6テイオージャズ

7スノーボマー

8グランスクレーパー

9アラビアントレノ

10メジロランバート

11ステージハイヤー

12ネオリュウホウ

 

 

 他のウマ娘の強さは未知数、調整は万全、これ以上ないと言っても良いぐらいだ。

 

 しかも、今回はアラの気合いの乗りようが今までとは比較にならない、闘争心がオーラとなって出て来そうな感じがしている。

 

「アラ、そろそろ時間だ」

「……分かった………トレーナー、一つだけ聞いても良い?」

「…どうした?」

「…私がどんなウマ娘でも、トレーナーは応援してくれる?」

 

 アラはそう聞いてきた。

 

=============================

 

 私はトレーナーの目をまっすぐ見つめ、そう質問する。

 

「………ああ、家族を除けば、俺はお前さんの最初のファンで、ずっと消えることのないファンでもある、応援するさ、お前がどんなウマ娘であってもな」

 

 トレーナーは真っ直ぐに私を見返し、そう言った、おやじどのを思い出させる、懐かしい感覚だった。

 

「……そっか…なら良かった………トレーナー、観てて、私は勝って戻ってくるから」

 

 私はトレーナーにそう微笑みかけ、パドックへ急いだ。

 

 ……絶対に…勝つ……

 






お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録をして下さった方々、ありがとうございます、感謝申し上げます。

今回はセントライト記念の史実での出馬表を載せておきます。

1.シンコウジングラー
2.ロードハイスピード
3.ダイワスペリアー
4.サクラナミキオー
5.セイウンエリア
6.テイオージャ
7.スノーボンバー
8.グランスクセー
9.ワールドカップ
10.メジロランバート
11.ステージマックス
12.レオリュウホウ

ご意見、ご感想等、お待ちしています。

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