アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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 今回も拙い挿絵が入っております。


第32話 異様(イレギュラー)

「……よし!」

 

 トレーナーはコース図と携帯を見比べ、満足気に頷いた。

 

「上にいる桐生院さんがコースの画像を送ってくれた、これなら…最高の作戦が出来るぞ」

「トレーナー…作戦を教えて」

「…まず、この東京レース場には、大欅と呼ばれる榎の木がある、そして、今日のレースでは、昨日まで吹いていた風で、本来散る筈のない葉っぱがかなり散って、内ラチ沿いに落ちてきてる、今回はこれを利用する」

「葉っぱを…?」

「そうだ、芝の上に余計なモンがあるから、万が一のスリップとかを考えたんだろうが、今日のレースではウマ娘達はここを通ろうとしなかった、つまり、芝が殆ど剥がれてない、綺麗なバ場のままなんだ。今日のスタート策が上手く行けば、お前さんはサイレンススズカの後ろでスリップストリームが出来ているはず、お前はコーナーが得意なんだ、スリップストリームから抜け出して、並んでいけるだろう」

「……つまり…」

「ああ、サイレンススズカを、内側の綺麗な、そして硬いバ場へと誘導する、そうしたらあいつはスタミナを消耗しやすくなり…得意技、“逃げて差す”と呼ばれる最後の加速を不可能にできる」

「…もし、相手を誘導できなかったら?」

「そん時は、お前さんが内側に入ってパスしてしまえば良い、雨が降った直後のアスファルトを走りまくってるんだ、葉っぱが散らばってても問題はない」

 

 ………雨が降った直後のアスファルトは滑りやすい、トレーナーが教えてくれたことだ。

 

「アラ、レースに絶対は無い、それを証明して来るんだ、相手が1枠1番1番人気だからって、ビビる必要は全く無い、超えてやると思って走って来い」

「うん…ありがとう、緊張がほぐれた…行ってくる」

 

 私は控室の扉を開け、パドックへと急いだ。

 

 

=============================

 

 

「お疲れ様です、慈鳥トレーナー」

「ありがとうございます」

 

 桐生院さんが俺を出迎えてくれる、氷川さんが居ないのが、少し残念だ。

 

「アラ先輩、どうでしたか?」

 

 桐生院さん達メイサについてここまで来たベルが、俺にそう聞く。

 

「…調整は万全、精神面でも問題無し…大丈夫だ、ベル」

 

『1枠1番、そして1番人気、サイレンススズカ!!』

 

ワアァァァァァァァァ!!

 

「スズカー!」

「スズカさーん!!」

「勝てると信じてるぞ!!」

 

 嵐の様な歓声が巻き起こる、サイレンススズカの勝利を願う者が、それだけ多いという事を示しているのだろう。

 

『落ち着いたこの様子、体調は万全ですね、最内ということもありますから、どのような結果を見せてくれるのか、楽しみですね』

 

 おまけに解説役もサイレンススズカの勝利を願っているかのような声色をしている。

 

 だが、今回のレースは…

 

1サイレンススズカ

2メジロブライト

3ウイニングチケット

4アラビアントレノ

5ゴーイングスズヤ

6エルコンドルパサー

7エイシンフラッシュ

8ナイスネイチャ

9シードジャスティス

10キンイロリョテイ

11ヒシアマゾン

12グランフロンティア

 

 このように強敵揃い。

 

 だからこそ…燃えてくる。

 

 もう走る立場じゃないが、レーサーとしての血が騒ぐ。

 

『4番、アラビアントレノ、9番人気です』

 

「また雷鳴、響かせてくれよー!」

「期待してるぞー!」

 

 いつものファン達だ、福山から東京に来るのにはカネがかかるだろうに…

 

 とはいえ、有り難い。

 

「…評論家はこの出走に疑問を呈していましたが…私達はアラビアントレノさんを応援しますよ、慈鳥トレーナー、ですよね!?皆さん」

「もちろん」

「はい!」

「当然です」

「アラには…勝って欲しい」

「応援は任せて!」

「仲間ですから」

「はい!アラ先輩は…私達の目標なんです!!」

 

 桐生院さんの声に応え、メイサのメンバーとベルは口々にそう言ってくれた、この出走は日本ダービーの解説をしていた有名評論家をして“前例なし”と疑問を呈されたものの、そんなのは関係ない。

 

 トレーナーとして、勝利を信じるだけだ。

 

 

=============================

 

 

 本バ場入場を終え、私は準備運動をしつつ強敵達の様子を見た。

 

 

「ふぅーっ…!」

 

 メジロブライト、メジロランバートと同じメジロ家のウマ娘、普段のおっとりした様子だけど、レースでの姿はメジロ家の名に恥じぬものだそうだ。

 

 

「よっ…と…」

 

 ヒシアマゾン、闘争心溢れるウマ娘、スタミナも合わさり、怖い相手だ。

 

 

「ふっ…ふっ…」

 

 エイシンフラッシュ、フォームの美しさに定評のあるウマ娘、冷静なレース運びができるので、生半可な仕掛けでは怯まない。

 

 

「…よーしっ…」

 

 ウイニングチケット、緊張で体が痒くなる特徴あり、だけど、末脚は物凄く鋭い。

 

 

「…3……4……っと」

 

 ナイスネイチャ、安定した成績が特徴、それはつまり堅実な走りをするということ。

 

 

「スズカさん!私は同じ人に2度も負けません!今度こそスズカさんに勝って、堂々と凱旋門賞にチャレンジしマス!」

 

 エルコンドルパサー、脚質は先行型、スタミナ、そして闘争心溢れた性格……サラブレッドみたいだ…いや、サラブレッドだった。

 

 

「追いつけるかしら?」

 

 そして…サイレンススズカ、このレースの優勝候補、運、気力、身体能力、最強格の大逃げウマ娘………こんな沢山の情報を手に入れられたのは、シュンラン先輩、ワンダー、ランスのお陰だ。

 

「逃しませんよ!」

 

 エルコンドルパサーはサイレンススズカに向かってそう言う、私も同じ気持ちだ…私には、秘策がある。

 

『ロボットアニメは発進する時に、カタパルトに足を乗せるんだよね〜なんだかそれに似てるよ』

 

 これに備えて一緒にトレーニングしてくれたランスの言葉を思い出す。

 

 試しに地面を踏みつける…なるほど、こんな感じか。

 

スターターが旗を上げ、ファンファーレが鳴る、私達はゲートインする

 

『さぁ、12人のウマ娘がゲートに入ります!

エルコンドルパサー、ヒシアマゾン、ウィニングチケット、メジロライアン、ナイスネイチャ。はたしてサイレンススズカを捕まえる事は出来るか?』

 

「ふぅーっ…」

 

ガシン! ガシン!

 

 私はゲートインした直後、蹄鉄を地面にめり込ませ…かがみ…

 

 クラウチングスタートのポーズを取った。

 

「「……えっ!?」」

 

 隣の二人が、気の抜けた声を出す。

 

 私は気に留めず、目の前のコースを睨んだ。

 

 

『えっ………』

 

 一瞬、実況の声が動揺する…だけど、ゲート内のスタートフォームは自由なので、止められることは無い。

 

『じ、G1 天皇賞秋……今…!』

 

ガッコン!

 

 ゲートが開くのと同時に、私はスタートした、前には誰もいなかった。

 

 

=============================

 

 

『えっ………』

 

 アラは、クラウチングスタートの姿勢を取った。

 

「じ、慈鳥トレーナー!!あ、あれは…」

 

 桐生院さんが目を丸くしてこちらを見る。

 

「夏合宿の時、アラが4mほど飛んでみせたのを覚えていますか?あれをヒントにしたんです、アラはヨコに出る力は他のウマ娘と比べて劣る、でもタテに出る力は強い、だから、身体をナナメにして、タテの推進力を使えるようにするんですよ」

 

ガッコン!!

 

「ええっ…」

「ばかっぱや…」

 

『なんと!?ゲートが開いて真っ先に飛び出していったのはアラビアントレノ、つ、次にサイレンススズカ!!その次に行ったエルコンドルパサー!』

 

「よし…良いスタートだ」

 

『いや、サイレンススズカ、速い!すぐにハナを奪い返す、アラビアントレノ、その真後ろに入った!エルコンドルパサーも外から行く!』

 

「なるほど…最初にハナを奪ってから引き、混乱させておいてサイレンススズカさんの後ろに入り込み、スリップストリームを利用するという作戦なんですね!」

「一発で見抜かれるとは…凄いですね、桐生院さん…………さァ……サイレンススズカ…その精神状態で逃げられるものなら逃げてみろ」

 

 サイレンススズカの後ろで、プレッシャーと言う名の雷鳴は響く、響き続ける、それに奴が耐えきれるのか、否か、今日のレースの大切な点は、そこにある

 

 

────────────────────

 

 

『なんと!?ゲートが開いて真っ先に飛び出していったのはアラビアントレノ、つ、次にサイレンススズカ!!その次に行ったエルコンドルパサー!』

 

(嘘でしょ……前に…出られるなんて)

 

 桐生院の踏んだ通り、アラビアントレノのロケットスタートは、サイレンススズカに大きな動揺を与えていた。

 

スッ…

 

『いや、サイレンススズカ、速い!すぐにハナを奪い返す、アラビアントレノ、その真後ろに入った!エルコンドルパサーも外から行く!』

 

(それに…どうして…?どうして千切らず引いたの…?)

 

 サイレンススズカの脳内は、完全に混乱に支配されていた、そして、その混乱を抱いているのは、他のウマ娘も同様であり、アラビアントレノは楽にサイレンススズカの後ろに入ったのである。

 

(予想外だったケド………これはワタシにとってもチャンス!!)

 

 そして、エルコンドルパサーは比較的動揺が少なく、何とかサイレンススズカに食いつこうとしていた。

 

(……それでも…ジリジリ離されていってる…でも……どうして?どうしてあの娘はついて行けてるの?)

 

 しかし、サイレンススズカは後方との差を広げていった、そして、アラビアントレノはそれに追随していたのである。

 

(パワーは強化した…ワタシも!!)

 

 エルコンドルパサーは毎日王冠での戦訓から自主トレでパワーを強化しており、それを活かして二人に食いつくため、脚に力を込めたのだった。

 

 

 

(サイレンススズカ、やっぱり速い…!でも…その分、スリップストリームも凄い…!)

 

 アラビアントレノはサイレンススズカの後ろにつけ、スリップストリームの恩恵に預かる事に成功していた。

 

(…ブレないようについていく、チャンスは一度、見逃したら負ける)

 

 アラビアントレノはサイレンススズカの背中を睨み、集中力を高めた。

 

 

『1000メートルの通過タイム……57秒4!!』

 

「スズカが………追いかけ回されている…?」

 

 1000メートルの通過タイム、そして、サイレンススズカが追われているという事実に、リギルのトレーナーである東条は驚愕していた。

 

「嘘だろ…」

「あのウマ娘…離れない…ですわ…」

「スズカさん!逃げて!!」

 

「おいおいヤバいぜ!」

「サイレンススズカが追い回されてる!」

「“瀬戸内の怪童”は…メチャ速だ…」

 

 チームスピカのメンバーを始め、サイレンススズカを応援する者にとって、その光景は“異様(イレギュラー)”であり。

 

 

「アラ!!」

「そのまま抜いてしまいなさい!」

「行けー!」

 

「行けぇ!!アラビアントレノ!」

「コーナーがチャンスだ!!」

「そのまま行けるぞ!」

 

 一方で慈鳥やチームメイサ、そして福山から来たファンを始めとしたアラビアントレノを応援する者たちにとっては、その光景は“希望”であった。

 

 

 

(ウソ…振り切れない!)

 

 少しずつ差が開きつつあるものの、サイレンススズカは飛ばしても完全には振り切れないアラビアントレノに若干ではあるものの、恐怖を感じていた。

 

(…1000m通過…ここから…!!)

 

 1000mを通過したアラビアントレノはV-SPTを使う体制を整えた。

 

『ここでアラビアントレノ、外にヨレて…… これは2バ身ほど離れたサイレンススズカに並びかけようとする体勢か!?しかしここでエルコンドルパサー上がってくる!!』

 

(誘導馬としての…血が騒ぐ…さあ…サイレンススズカ…逃げられるものなら……逃げてみろ…)

 

 アラビアントレノの戦意は上がっていった。

 

 

(喰い付いて…見せる!!)

 

 そしてエルコンドルパサーがその二人に迫った、彼女のパワー強化が、良い方向に作用していたのである。

 

(一気に……!!)

 

 エルコンドルパサーは、思い切り踏み込み、外からアラビアントレノに並びかけようとした。

 

 

(エルコンドルパサー…上がってきた…でも…まだ脚は残してある……でも…どういう訳か…面白い…!)

 

 しかし、アラビアントレノはそういった状況にもたじろぐ事はなく、むしろ“面白い”と捉えていた。

 

 

 

(外から…一気に!)

 

エルコンドルパサーはアラビアントレノを抜くべく、持ち前のパワーを活かし、外から仕掛け、一瞬、前に出た

 

(レースは……そうこなくっちゃ…)

 

しかし、アラビアントレノはV-SPTを発動させて、再びエルコンドルパサーを抜く

 

(…これで…アラビアントレノは…………ヒッ!?)

 

 その時、エルコンドルパサーはアラビアントレノの笑みを見てしまった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

(………何…あれ……あれじゃ…まるで…狂戦士(バーサーカー)…ワタシ…)

 

 そして、それに限り無い恐怖を覚えたのである。

 

 

『エルコンドルパサー、失速!先頭サイレンススズカ、このまま千切れるか!すぐ後ろからアラビアントレノがぐんぐんと迫っているぞ…外から来た!!!大欅は目前だー!!』

 

(それでも…!私にできる事は……進む事だけ!!)

 

『おおっと!!更に加速した!!』

 

(まだ内には寄れる…寄って…このまま…………先へ……………)

 

ボギッ

 

(………!!)

 

 サイレンススズカに鈍い音が響いたのは、その時であった。

 

 

=============================

 

 

 突然の出来事に場内は静寂に包まれる。

 

「アラ!!外に逃げろ!!」

 

 そして、とっさに俺は叫んでいた。

 

『サイレンススズカ!サイレンススズカに故障発生!!何という事でしょう、これは大変な事になりました!!』

 

 俺はアラの方に目をやる、アラは急に回避を取ったことでフォームが崩れ、それによる転倒を回避するためにスピードを落とし、外で仰向けになって倒れ込んだ。

 

「「私が行きます!!」」

 

 アラの様子を確認する為に、ベルとロブロイが同時にコースに飛び出す。

 

「桐生院さん、ミーク達と一緒にここにいて下さい!!」

 

 桐生院さん達を残し、俺もそれに続いた。

 

 

=============================

 

 

 目を開ける…足は折れていない……多分アングロアラブだからだ。

 

 せめて…ゴールまでは…

 

「アラ先輩!!」

 

 身体を起こそうとした私に、ベルが駆け寄って来る。

 

「じっとしていて下さい!!」

 

 それでも身体を起こそうとしたした私を、ロブロイが押さえつけた。

 

 二人は私の足を入念に調べている。

 

「アラ!!」

 

 トレーナーがやってきて、私のそばにしゃがみこんだ。

 

「ベル、ロブロイ、アラの脚は?」

「触った感じでは、どこも痛がる様子はありません」

「でも、一度病院に行きましょう」

「アラ……無事で良かった…」

 

 トレーナーは私の手を握ってそう言った。

 

 同時に、走り切れなかったという悔しさが、込み上げてくる。

 

「ごめん……トレーナー……走り切れなかった」

「良いんだ……無事なら、それで…な…」

「サイレンススズカは…?」

「…分からん…どこにもぶつけてないことを祈ろう」

 

「ロブロイちゃん、足を支えて」

「はい!」

 

 すると、ロブロイとベルは、私を支えて持ち上げた。

 

「すまんな、二人共」

「大丈夫です、とりあえず速く救急車に!!」

 

 溢れる涙は、暫く抑えられそうに無かった。

 

 

=============================

 

 

 その後、骨折したサイレンススズカ、そしてそれを回避する形で競争を中止したアラビアントレノをかわしてレースに勝利したエルコンドルパサーは、インタビューを受けていた。

 

「エルコンドルパサーさん、今日のレースについて、お気持ちをお聞かせ願いたいのですが」

「…まず、スズカさんがどうなったのか…それが一番の気がかりデス」

「そうですか…心中、お察し致します。では、同じく競争を中止し、病院に搬送されたアラビアントレノさんについては……」

「………!」

 

 その名前を記者が口にした時、エルコンドルパサーはレース中の事を思い出し、震え上がった。

 

「エルコンドルパサーさん…?いかがなされましたか?」

「…………ただただ…恐ろしかったのを…覚えていマス…相手を喰いちぎらんとするような……そんなモノを…放っていましタ…」

 

 エルコンドルパサーはそう言った。記者たちのペンを進めるスピードは、上がっていった。

 

 




 
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