また、今回の話はほんの一部ですが、掲示版形式を入れています。
「…むう…これまで多くのウマ娘を診てきましたが、こんなに頑丈な娘は初めてです」
そう言うと、髪に白いものの交じる医者はアラに目をやった。
アラは眠っている、あんな終わり方になってしまったとはいえ、あのレースは激戦の一言に尽きる、それ故、心身の消耗が激しかったのだろう。アラは精密検査の途中で眠ってしまった。
「骨に損傷は一切ありませんが、無茶な減速をしたんです、一週間程度は、絶対安静にして下さい」
「…分かりました」
「…良かったあ…」
後ろに座っているベルとロブロイは安心した様な表情をした。
タッタッタッタッタッタ…
「せ、先生!大変です!報道陣が病院の外に」
慌ててやって来た看護師はそう報告する。
「先生、すいません、迷惑をかけて、俺がすぐに対処します。」
俺の対応に、医師は直ぐに頷き、壁掛けの内線電話を手に取った。
「私だ、裏口を開けてくれ、ああ、案内はさせる」
そう言って医師は受話器を戻した。
「…ベルガシェルフさんと…ゼンノロブロイさん…だったかな?君ら二人は裏口から帰りなさい、そうすれば、報道陣達に絡まれる事なく、トレセン学園まで戻ることができるからね」
医師はそう言い、看護師を呼んだ。
「…慈鳥トレーナー」
「気をつけてください」
二人はそう言って先に出ていった。
「……じゃあ、俺は行きます」
「はい、気をつけて下さい、貴方が外に出ている間は、私達がアラビアントレノさんをしっかり見守っていますから、あと、取材を受ける前に、ボイスレコーダーを起動させておくことを強くおすすめします」
「先生…ありがとうございます」
俺は先生にお礼を言って、報道陣共への対応に向かった。
「出てきた!」
「あの!!」
俺が出てきたのと同時に、フラッシュが焚かれまくる…車のパッシングとは違う、感情の無い、閃光の連鎖だ。俺はそれを腕で防ぎながら、ボイスレコーダーのスイッチを入れた。
「とりあえず、フラッシュを焚くのはやめましょう、通行人に迷惑ですし、何より病院の前です」
とりあえず、俺は冷静に対処した、相手も状況が飲み込めたのか、フラッシュを焚くのを辞める。
「……それで、何をしにここへ?」
俺は記者たちを落ち着かせ、冷静に目的について聞いた。
「…貴方への取材です!!」
「今日のレースについて、思う所は無いんですか?」
口々に、質問が飛ぶ。
「……とりあえず、声の音量は抑えて頂きたい、まず、今日のレースについてですが、他のウマ娘に被害が及ばなかったと聞き、安心しています」
「サイレンススズカに関してはどう思っていらっしゃるのですか!?」
「……バランスを崩した弾みで内ラチに激突しなかった事までは確認しています、無事なのかどうか、心配です」
俺は冷静に対処をした、相手のペースに乗せられるのはゴメンだ。
「では、彼女の故障に関しては?それと、エルコンドルパサーはアラビアントレノに“喰われそう”と言っていましたが、それに関しては?」
「喰われそう……?それはレースにおける極度の緊張、興奮状態の結果だと思います。私は彼女本人ではないので分かりませんが、それだけ、彼女がレースに集中していたということではないかと、今日の担当についてですが、闘志に溢れていたと思います。サイレンススズカに関しては、無事を祈るばかりです」
「それだけなのですか?」
「故障についてもっと思う所は無いのですか?」
記者たちは更に追求して来る、ここで黙ると…どんな事をされるのかは分からん。
とにかく、アラにだけは、追及の手を伸ばさせる訳にはいかんな。
「……サイレンススズカの故障について、率直な意見を申し上げますと、彼女の故障は、ハイペースによるものなのでは無いかと、彼女は1000mを57秒という速さで駆け抜けました、私も今日の彼女の調子の良さは理解していましたから、恐らく毎日王冠の時と同じように、逃げて更に突き放すスタイルだったはずだと思います。そして、今日の場合は、そのスタイルに、足が耐えきれなかった………車のエンジンが回し過ぎで壊れてしまうように、彼女の走りと才能に…骨が耐え切れなかった………それが、今回の私の、サイレンススズカの故障に対しての気持ちです。」
「では、サイレンススズカの故障原因は、自爆とでも言うのですか?」
ある記者から、怒りの声が混じった質問が飛ぶ。
「………私はそうは言っていません、ただ、これだけは理解して頂きたい。私は“絶対に勝つ”との思いでレースに挑んでいた、それはサイレンススズカのトレーナーも同様でしょう。しかし、不運にもその思いは実ることはありませんでした。“勝負事に絶対は無い”、これはウマ娘レースにもあり得ることだと、私は信じています」
「………ありがとうございます」
その記者は、不服そうな顔をしながらも、メモを取っていた。
目を覚ます…空は明るい、検査を受けてからの記憶が無いということは…眠ってしまったって事だろう。
昨日、サイレンススズカが目の前でよろめいた、トレーナーの声のお陰で、私はそれを交わすことが出来た。
だけど…同時に…セイユウの『そのまま突き進め』という声が聞こえてきた。
……
ふと、前世の記憶が思い出される。
誘導馬だった頃、大井競馬場で予後不良の馬が出て、その場で処置されたことがあった。
私達は厩務員達の会話から、そのことを知った、すると、同僚のクォーターホースが。
「予後不良か…どうして予後不良は発生するんだろう?」
と、厩務員達を見て呟いた。
だから私は…
「速さを追求するあまり、犠牲になった肉体の強度…凄まじい速度による脚部の故障、走るダイヤモンドであるサラブレッドの、いわばツケだ」
と返した、クォーターホースは…
「自分、サラブレッドに産まれてこなくて良かったかも…」
と呟いていた。
……だけど、今の私達はウマ娘、身体構造は、人間のそれとほぼ同じ、トレーナーの言ったことが本当であれば、頭を勢い良くぶつけてはいなかったはず、だから…サイレンススズカは、予後不良で“アレ”となることは無いだろう。
私は横に目をやる、トレーナーは、椅子に座り込み、そのまま眠っていた。
私はトレーナーを起こさないように目をやり、目の前のテレビの電源をつける。
『……では、そのトレーナーが、彼であったと?』
『はい、彼は面接時に異端な理論を提唱していました、私達はそれを危険視し、彼をハネた訳ですが……まさか地方のトレーナーとして戻って来たとは』
番組の内容は、MCと声にモザイクがかけられた人間との電話を生中継するものだった。
そして…電話の相手が言及しているのは…トレーナーだった。
『では、今回のレースに対しての気持ちを』
『心が痛むの一言に付きますね、恐らく、あのトレーナーは、担当ウマ娘を使い、自らをハネた中央に打撃を加えるつもりだったのでは無いでしょうか?』
『なるほど…エルコンドルパサーは“喰われるかと思った”と言っていましたが、それに関しては?』
『本当だと思います、この間のセントライト記念では“斬られた”と錯覚するウマ娘もいたとか…それで、私が言いたいのは、彼の担当と対決したウマ娘が感じていたプレッシャーの正体は即ち…彼の…』
ピッ
私は怖くなって、テレビの電源を落とし、布団に潜り込んだ。
…違う…トレーナーは、そんな人じゃない、常に私を労ってくれた、兄みたいな存在だ。
……彼は中央に落ちた事を気にしてはいたけれど、打撃を加えるために、地方のトレーナーになったんじゃない、自分の理論の行き着く先を、見てもらいたかっただけだ
事実、私はそのトレーニングで強くなれた。
それに…私は…レースを…他のウマ娘を追うことを…楽しんでいた…それだけだ…
…でも…私が……走ったせいで…トレーナー…を…
一方その頃、トレセン学園のチームメイサの部室では、桐生院、氷川、彼女らの担当ウマ娘、そして、まだ担当を持たないベルガシェルフら数人のウマ娘が、ネット記事を表示したタブレット端末を囲んでいた。
「……これは…」
「あまりにも…」
それを見て、ダギイルシュタインとエビルストリートは絶句した。
「『アラビアントレノのトレーナーは昨日のレースに対して“絶対に勝つ”と思っていたものの“不運だった”とコメント、彼にトレーナーの資格はあるのか』………これ、切り抜きです!」
ゼンノロブロイはそう訴える、実は彼女は看護師によって裏口から送り出されたものの、心配になってベルガシェルフと共に影から様子を伺っていたのであった。
「あの時、慈鳥トレーナーは“避けろ”と叫んでいました…それなのに…」
桐生院は拳を握り締める。
「……ッ!!」
「先輩っ!?何処へ?」
「……理事長と生徒会長の所です!!抗議しに行きます!!」
「駄目です!!」
それを氷川は必死で引き止めた。
「サイレンススズカは、学園中にトレーナー、ウマ娘問わずファンがいるスターウマ娘、対して慈鳥トレーナーは理不尽な理由ですが学園の人からは危険視されている、そして…サイレンススズカはあのチームスピカのウマ娘です、そこの西崎トレーナー、いやスピカは今や最強クラスのチームの一角です!!先輩の気持ちは十分分かってます!でも…あの人を庇うような事をすると、学園全体が敵に回ります!!」
日本ダービーでのスペシャルウィークの活躍、そしてサイレンススズカの宝塚記念と毎日王冠での圧勝ぶりは、チームスピカを学園内最強チームの一角と評価されるまでにしていたのであった。
そして、氷川は政治家一族の出であり、多数の人間を敵に回す事の恐ろしさをよく理解していた。
「……ッ!!それでも!」
桐生院はそれでも進もうとする、桐生院は人間の中でも身体能力は高い方なので、氷川は彼女に引きずられるような形となった。
ガシッ!
バッ!!
「……ミーク…皆さん…?」
ハッピーミークは桐生院の腕を掴み、他の四人は前に立ち塞がる。
「……トレーナー…考えて下さい、今…感情のままに動いて、慈鳥トレーナーのために…なりますか?」
ハッピーミークは落ち着いて桐生院に語り掛けた。
「………」
「トレーナー、落ち着いて、私達だって、同じ気持ちですから………今は…耐えましょう」
ジハードインジエアもそれに続く。
「……ごめんなさい」
桐生院はそうつぶやき、その場に座り込んだ。
「……でも、何もできない訳じゃないです、私達は、私達で、出来ることをやりましょう、今は見えなくとも、道標は必ず浮かんできます」
氷川は桐生院に手を差し伸べた。
何回目だろうか、私はまた、限りない闇の中にいた。
……セイユウの気配を感じる。
そして、私の姿は、また元に戻っていた。
そして…セイユウは…
「クックックックックック……」
「…何がおかしい…?」
笑っていた
「アーッハッハッハッハッハッハ!!笑わずにはおられんわい!!」
「………」
「あのハッピーミークでさえ歯が立たなかったサイレンススズカを倒してしまうとな!!フハハッ!!笑いが止まらん!!」
「……気でも狂ったか?…もしサイレンススズカがこの身体なら、安楽死処分されてもおかしくないんだぞ!」
相手の態度に、私の口調も、前世使っていたものへと戻ってゆく。
「フンッ!!確かにそうではあるな…じゃが……何故、貴様はワシの言う通りにしなかった?」
「……」
「……あの時、貴様の強さならばサイレンススズカを避けることが…いや、踏み越える事など造作も無かったはずじゃ」
「……」
「何故…何故貴様はワシの言うとおりにしなかった!ワシの言うとおりにしておれば、貴様はあらゆるサラブレッド共を薙ぎ倒す、最強の存在として覚醒していたと言うのに」
「薙ぎ倒す……?…違う!サラブレッドは…敵じゃ無い!」
「…まさか、貴様は自分の意志のみでこの世界に生まれてきたとでも思っておるのか?良いか?もう一度考え直してみろ…自分が一体、どういった存在であるのかな……」
「待て!逃げるのか!?」
「逃げはせん…待つのじゃ、お前がワシ等の願いと一つになる、その時をな………」
セイユウは消えていった、同時に、私の身体も今の物へと戻ってゆく。
『…………ただただ…恐ろしかったのを…覚えていマス…相手を喰いちぎらんとするような……そんなモノを…放っていましタ…』
エルコンドルパサーの顔が、頭に浮かぶ。
「あれが……本当の私なの…?……私の…本当の姿なの?」
それに……私は…トレーナーまで…
「うわぁぁああああああ!!!私は……、私は!一体何の為に、生まれて来たんだぁぁあああああああああああああ!!」
真っ暗な空間に、私の叫び声だけが、空しくこだましていた。
一方その頃、エコーペルセウスはパソコンをつついていた。後ろにはエアコンボフェザーがおり、共にノートパソコンの画面を見つめていた。
115:名無しのレースファン ID:c/SJbBhgs
スズカ大丈夫やろうか…
116:名無しのレースファン ID:hiA/HsHgH
一応どこもぶつけては無いっぽいが…
117:名無しのレースファン ID:OxkutCADy
スズカも心配やがあの地方のトレーナー、許せんな、あのクラウチングスタート、絶対スズカ潰しの戦法やろ
118:名無しのレースファン ID:pw4mHyCtZ
>>117 別にスタート方法に規定は無いぞ、あの二人はルールの中でよく戦ったと思うよ
119:名無しのレースファン ID:69nolLwja
>>117 は?お前ちゃんとテレビ見たんか?
120:名無しのレースファン ID:pw4mHyCtZ
>>119 見たよ、でもテレビの発言は切り抜きの可能性だってあるじゃん、“歴史はスタジオで作られる”とかいう言葉もあるし
121:名無しのレースファン ID:oBVjxGTBq
120は地方の手先か何か?
122:名無しのレースファン ID:pw4mHyCtZ
>>121 違うけど、真実は分からないけどさ、レースに絶対なんて無いじゃん?
123:名無しのレースファン ID:5rckGQgH0
>>121 でも、あのトレーナーは危険な人物ってインタビューで言われてたぞ
124:名無しのレースファン ID:/YD2/LnHY
それにエルコンドルパサーも恐ろしげな顔をしてたし、クロでしょこれは
125:名無しのレースファン ID:0rdYSqPqp
いやさ、122の言う通り、盛者必衰、諸行無常やろ
126:名無しのレースファン ID:7tqT47JUp
アラビアントレノのトレーナーは面接で中央落とされて地方のトレーナーに身をやつしとったんやぞ?中央に恨み持っとってもおかしくないやろ?
「………」
エコーペルセウスは無言でノートパソコンを閉じた。そして、エアコンボフェザーは目を閉じて、拳を握りしめ、辛そうな顔をしていた。
「…よし、私はやることができた、フェザー、少し仕事を任せたよ」
「ペルセウス…!」
エアコンボフェザーがエコーペルセウスの顔を見て、引き留めようとしたものの、彼女はすぐに生徒会室を出ていってしまっていた。
「………行ってしまったか…」
残されたエアコンボフェザーはそう言って、小さくため息をついた。
「フェザーさん…?」
そして、生徒会室に入ってきたハグロシュンランは不安そうな顔をしてエアコンボフェザーの顔を見た。
「今、ペルセウス会長が“ちょっと用事ができた”と言って…出ていったのですが…」
「ああ…シュンラン、これを見ろ」
エアコンボフェザーはノートパソコンを開き、ハグロシュンランに見せる。
「これは…酷い…」
ハグロシュンランは口を手で抑えた。
「……」
「フェザーさん…ペルセウス会長はこれを見て…」
「ああ、シュンラン、ペルセウスが目を開いた時を、見たことがあるか?」
「いえ…」
「…ペルセウスは耳より目に感情が出るタイプでな、普通のウマ娘の耳が後ろに反る場面で、あいつは普段糸目の目を開くんだ、そして、さっき出ていった時、一瞬だが、あいつの目が開いたのを見た」
「それって…」
「ああ、あいつは怒っている、それも…かなりな」
エアコンボフェザーは腕を組み、窓から曇天の空を眺めた。
お読みいただきありがとうございます。
新たにお気に入り登録をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m
ご意見、ご感想等、お待ちしています。