アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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今回も拙い挿絵が入っております。
 


第34話 対面

 秋の天皇賞から2日後、俺はアラと共に福山トレセン学園まで戻って来ていた。

 

 だが、アラは…

 

「…ごめん…トレーナー……しばらく実家に…帰らせて…私がここにいたら、トレーナーを傷付けると思うから」

 

 と言い、すぐに実家に帰ってしまった。

 

 そして…俺は引き止めることが出来なかった。

 

 

 

────────────────────

 

 

「…一応、これが録音した全てです」

 

 その翌日早朝、俺は大鷹校長にインタビューの事を話した。

 

 録音のデータも渡した。

 

「…なるほど…どうやら、かなり発言を切り抜かれてしまったようですね、それで、君が中央の試験を受けた時の情報も漏れている…と」

「…申し訳ありません、大鷹校長」

 

 俺は大鷹校長に頭を下げた。

 

「……いえ、君はよく対応してくれました、きちんとサイレンススズカを心配する言葉を残しているのですから」

「……」

「…さらに、君はあえて、アラ君が責められないようにしたのでしょう?メディアの前に、敢えて堂々と姿を現す事で」

 

 大鷹校長はそう言ってこちらを見た。

 

「……はい、自分は個人的にメディアを信用していないので」

「そうですか……もうすぐすれば、取材陣がここの学園にやってくるでしょう、しかし、このインタビューのデータさえあれば、大丈夫です、これ以上君たちが攻撃される事はない。後は私と川蝉君が対応致しましょう」

「校長自らが…?」

「…顔を見れば分かります、君は殆ど寝ていないでしょう?それに精神的にも参ってきているはず、これからは、私共の出番です。ここは私共に任せて、一旦休み、アラ君の事を考えてあげて下さい」

「……分かりました」

 

 俺は校長室を出た。

 

 …今回の件でメディアの恐ろしさを改めて実感する事になった…いや、俺は、メディアの怖さが、分かっていなかったのかも知れん。

 

 前世、あんな事が…あったのに…

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 その時、俺は相棒と共に東京旅行をしていた。

 

「ふいーっ、東京はいつ来てもビルがスゲェなぁ、頭がクラクラしちまうよ」

 

 相棒はハイテンションだった。

 

「だが…車が多い!!ロードスターじゃなくてシビックで来たのは正解だったな……この混雑…チャリンコならスイスイ行けるのかもしれんが…」

「ハハハッ!馬なら飛び越えられるかもしれんぜ?」

「また馬かよ…なんか嬉しいことでもあったのか?」

「…ああ…なんと、昨日の報知杯4歳牝馬特別で笠松のライデンリーダーが勝ったんだよ!」

「えーと…それ、どこが凄いんだ?」

「桜花賞っていうG1レースの出走権が得られるんだよ、それに地方競馬の馬が出られるんだ!」

「…確か、中央と地方じゃレベルの差がえげつないんだったな?」

「ああ!!……しかし…オグリキャップ、オグリローマン…それに今回のライデンリーダー、笠松はやってくれるなあ!この調子で他の地方馬も…」

「あー…気分が上がるのは良いんだが、マシーンの整備費を競馬に注ぎ込むんじゃねぇぞ、もしやったらロープで結びつけて引き摺り回すからな?もみじおろしになるぞ?」

「やらないって!」

 

 そんな会話をしていた時だった…

 

ウーウーウー

 

 けたたましいサイレンが、俺達の会話を遮った。

 

『緊急車両通ります、緊急車両通ります、道を開けて下さい』

 

 俺達はすぐに避けた、そして、緊急車両はすぐ横を通り過ぎて行ったのだが…その量がえげつなかった、デパートでも燃えたのかというぐらいの台数の消防車が通り過ぎたのを、今でも覚えている。

 

 そして、俺達はある地下鉄駅の近くまで差し掛かった時、その光景に驚いた。

 

「は!?」

「なんちゅー消防隊員の数だよ…」

「…脱線事故でもあったのか?」

 

 多くの救急車、警官……阿鼻叫喚、まさにこの世の地獄のような光景が、目の前に広がっていた。

 

 

≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

 

 

 俺が前の世界で生きていた時…つまり70年代から90年代だ。

 

 その時、相棒は“競馬の人気が高まって嬉しい”と言っていた。もっとも…俺は車一筋で、競馬に興味はあまり無かったから殆ど分からなかったが。

 

 だが、一つ、仲間内で話題になっているものがあった、新興宗教だ。終末論が話題に上がっているような時代だったから、何かに救いを求めることが流行ったんだろう。

 

 まぁ…仲間たちも基本的に車に楽しく乗ってりゃそれで良いと言うような奴が多かったので、入る奴は居なかったが。

 

 そして、そういった宗教団体の中には俺達一般市民に危険視されているものもあった。

 

 だが…団体の力によるものなのか、視聴率を上げたいのか、テレビはそんな団体の指導者達をバラエティ番組とかに呼んだりして、“面白おかしい所”を扱い、楽しんでいた。

 

 世間の目は、疑惑ではなく、そういった“面白おかしい所”に向いていった。

 

 そして人々は、警戒心を解いていき………ここから先は、あまり思い出したくはない。

 

 とにかく、その一件とかがあったので、俺はメディアの“ネタになれば、面白ければ何でも取り上げる”という姿勢が気に食わなかった。

 

 だから俺は、アラにメディアの目が向かないようにしてきた…だが…これから…どうすれば…

 

 

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 その頃、エコーペルセウスは東京にいた、彼女はエアコンボフェザーと電話をしていた。

 

『ペルセウス、本当に一人で良かったのか?』

「もちろん、今回はあくまでアラのスカウトに関する意志を聞くのが表向きの理由だからね、それに、シンボリルドルフ(学園のトップ)がわざわざこっちまでスカウトに来たんだから、こっちもトップである私が出向かないと、無礼でしょ?」

『………』

「フェザー、君が行きたい気持ちも分かる、でも、今回は私に任せて欲しいんだ」

『…分かった』

 

 エアコンボフェザーはそう言って電話を切った。

 

「さーてっ、じゃあ、中央トレセン学園に、行くとしますか」

 

 エコーペルセウスはそう呟き、歩みを進めたのであった。

 

 

────────────────────

 

 

「会長、お連れしました」

「ああ、もう下がっても良いぞ」

「はい…どうぞ」

「…お初にお目にかかります、福山トレセン学園、生徒会長のエコーペルセウスという者です」

 

 エコーペルセウスは挨拶を行い、シンボリルドルフの待つ部屋に入った。

 

 シンボリルドルフの後ろには、エアグルーヴ、ナリタブライアンが控えている。

 

「トレセン学園、生徒会長のシンボリルドルフです、かけて下さい」

「ありがとうございます、あ、いきなりですが一つ提案が……お互い、お硬い口調だと落ち着かないと思うしさ、普通の口調で喋るのはどうかな?」

「……了承した」

 

 それを聞いたエコーペルセウスは安心したかの様に頷き、席についた。

 

「さて…まず、ウチのアラビアントレノを、そっちにスカウトしに来た…それは事実だね?」

「……ああ」

「じゃあ、一応理由を聞かせてもらいたいんだけど…良いかな?」

「彼女は、オグリキャップを彷彿とさせるような強さを持っているウマ娘だ、そして、芝とダートを両方走れるということは、海外で活躍できる可能性もあるということだ。だから、是非ともこちらに移籍してもらい、その強さを伸ばしてほしいと思った。これが理由だ。」

「なるほどなるほど、ありがとう…じゃあ、今の気持ちを聞かせてもらいたいんだ、福山トレセン学園の代表としてね、アラビアントレノをスカウトする気は…ある?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 エコーペルセウスは机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってくるポーズを取り、シンボリルドルフの目を見て、そう言った。

 

「……」

「……」

「……ごめんごめん、嫌な質問をしてしまったね、でも、そっちがどう答えていようが、私の答えは“彼女を中央に送り出す訳にはいかない”だよ、ここは危険すぎるからね」

「………貴様、口が過ぎるぞ…」

 

 そして、後ろの方で黙っていたエアグルーヴが口を開いた、エコーペルセウスはエアグルーヴの方を見る。

 

「まあまあまあ、そう、いきり立たないで欲しいな、じゃあ、質問を変えようか、確か…エアグルーヴ…だったっけ?君は、いや、君たちは何か対応をしてくれたのかな?」

「……」

「黙っているのならこちらから言おうか、エルコンドルパサーのあの発言と、慈鳥トレーナーが中央(ここ)のトレーナー試験を受けた事についての情報漏洩だよ」

「…前者に関しては、実際にエルコンドルパサー本人に事情を聞いた、彼女自身に嘘をついている兆候は見られなかった、後者に関しては我々生徒の管轄外で、理事会が目下調査中だ」

「ふぅん…情報漏洩は、きちんと調べてくれてるみたいだね、ならエルコンドルパサーにはどういった対応をしたのか教えて欲しいんだけど…」

「…それは学園としてではなく…チームリギル内の「エアグルーヴ」」

 

 シンボリルドルフはエアグルーヴの言葉を遮る。

 

「…彼女に関しては、寮の空き部屋に謹慎させている、何もしないというわけにはいかないのでね」

「………そっか……なるほど…でもね、私は思うんだ、君達はもっと今回の騒動に対応できたんじゃないかって、メディアやネットが勝手に騒ぎ立てる前に、サイレンススズカの走りに対する分析を述べたり、エルコンドルパサーに発言を撤回させたりさ」

「………」

「…否定しないってことは、そうなんだね、でも、私はその事で君たちを責めたてる事はしないよ、おっ…丁度良い時間だね、はい、これ」

 

 エコーペルセウスは懐からスマホを取り出し、シンボリルドルフに渡した。

 

『今日のレースについてですが、他のウマ娘に被害が及ばなかったと聞き、安心しています……………………サイレンススズカに関しては、無事を祈るばかりです……………………“勝負事に絶対は無い”、これはウマ娘レースにもあり得ることだと、私は信じています』

 

 その画面には、福山トレセン学園からの映像が中継されていたのである。

 

『以上が、慈鳥トレーナーがインタビューに答えた内容です。彼はレース中に故障したサイレンススズカを気遣うばかりではなく、他のウマ娘にまで気にかけています、つまり、彼はトレーナーとして、限りなく理想的な発言をしているのです。それを悪意を持って切り抜き、彼を脅かそうとしている一部の方々には、強い憤りを覚えます。今回の一件を通じ、彼及びアラビアントレノ君の名誉を毀損するような行為、傷付ける行為等については、我々は法的手段に訴えることも辞さないと言う姿勢を取らせて頂きたい所存ですので、特に報道関係の皆様、そしてこの中継を見ている方々はその事に留意して頂きたい。福山トレセン学園としての回答は以上になります。』

 

 インタビューが終わったのを確認すると、シンボリルドルフらはスマホからエコーペルセウスの方に視線を移した、そして…

 

「……!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 一瞬であるが、恐怖を感じた。

 

 平時のエコーペルセウスは目を閉じているか否か分からない、糸目のウマ娘である。

 

 そして、今開かれているその目は…

 

『次は無い』

 

 という明確な意思を3人に示すのには十分な程の眼力を放っていた。

 

「……」

「今見てもらった通り、この騒動に関してはもう対処出来た………………でも、この後どうなるのかは分からない、それだけは、理解して欲しいものだね」

「……君たちの学園には…申し訳ない事をしたと思っている」

「会長!?」

「いや…謝罪は求めてないんだけどなぁ………私はサイレンススズカが故障してしまった今、君たちがどんな事を考えているのか知りたいんだ……もしかしたら、また、“地方からスカウトする”なんてことを考えているんじゃないかなって……うーん…例を上げるとしたら、君たちが目を付けそうなのは…水沢の“真紅の稲妻”あたりかな?」

「…それは考えすぎだと言わせてもらおう」

「そっかそっか…私達の考えすぎだったみたいだね、でも、どうしても心配だったんだ、“国民的人気のスターウマ娘の後釜を地方から引き抜く”…それは、過去に一度、行われた事があるからね、それも行ったのは他ならぬ君だよ、シンボリルドルフ」

「……………」

 

 シンボリルドルフは沈黙した。

 

「あと、君たちは今回の騒動をサイレンススズカに伝えたのかな?私達の学園の慈鳥トレーナーはああ言っているけど、私達としては故障した本人の分析も知りたいんだ。」

「……まだだ」

「そう、まぁ、校長先生の言葉で、この騒動は収束に向かうだろうけど、伝えておいた方が、私達両方のためになると思うよ」

「……」

 

 シンボリルドルフが複雑な顔を浮かべたのを認めた後、エコーペルセウスは再び口を開く。

 

「最後に一つ、私個人としての意見を言わせてもらうよ、今の君たちは“宰相殿の空弁当”のような状況だと思うんだ、今後の行動、しっかりと見せてもらうからね」

 

 エコーペルセウスは、“大事なときに動かない”という意味の故事成語を使い、シンボリルドルフにそう言った。エアグルーヴは屈辱的な顔をしていたが、何も言わなかった。

 

 そして、エコーペルセウスはそう言ってドアの方に向かい

 

「今日は忙しいのに時間を割いてくれてありがとう、お見送りは良いよ」

 

 と言い、帰っていった。

 

 

────────────────────

 

 

 一方その頃、別室謹慎となったエルコンドルパサーはグラスワンダーと面会し、話していた。

 

「では、喰われそうと思ったのは、本当なのですね?」

「…本当デス……ワタシ、今までレースをしてきて、あんなに怖かったのは初めてデス、でも…そんなことより、ワタシ…とんでもないことを」

 

 エルコンドルパサーはここ数日の出来事を知り、後悔していたのである。

 

「…ルドルフ会長から聞いたのですが、今日、福山トレセン学園の方がこちらに来ているそうです。恐らく、アラビアントレノさんの代理でしょう、エル、事態というのは、どんどん前に進んでいくのです、貴女は自分を見つめ直し、今後の事を考えなさい、それが今出来ることだと、私は思います」

 

 グラスワンダーはエルコンドルパサーにそう諭し、部屋を出た。

 

 そしてグラスワンダーは他に誰もいないところを選び、スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイローを呼んだ。

 

「グラスちゃん、エルちゃんは?」

「…あの様子なら、嘘は言っていません、発言のタイミングに関しては、エル自身も、後悔はしているようです」

 

「そっか…」

「…スペちゃん、セイちゃん、キングちゃん、三人は菊花賞でアラビアントレノさんと走ったと思いますが、その時の彼女はどうだったのですか?」

「恐ろしさを感じなかったと言えば、嘘になるわ、彼女は私をパワーで圧倒してみせたもの…」

 

 キングヘイローは拳を握りしめてそう答えた。

 

「それと……ゴールした後一瞬だったけど、ざわつき…いや、不安のようなものが浮かんできたのよ」

「それは私も」

「言いにくいけど、私も…」

 

 キングヘイローの言葉に、セイウンスカイ、スペシャルウィークも同意する。

 

(…あの時、アラビアントレノさんの救助に向かったのは、私達中央の未デビューの生徒だった、それはつまり、あの人の走りを見て、憧れているウマ娘が下級生達に居るということ……下級生達の中で何かが起きなければ良いのですが)

 

 そして、グラスワンダーは自分の頭の中の情報を整理し、今後の事について考えていた。

 

 

=============================

 

 

 あれから一日経った、大鷹校長が釘を刺してくれたおかげで、メディア、ネットはだいぶ大人しくなった、だが…俺の気持ちは収まらなかった。

 

 アラに連絡をしようにも繋がらない、メールも返信が来ない。

 

「……慈鳥、いるか?俺だ、少し上がらせてくれないか?」

「…雁山か……良いぞ、上がってくれ……」

「おう…じゃあ…失礼して…………ふっ!!」

 

バキッ!!

 

 雁山は、入ってくるや否や、俺に拳を喰らわせてきた。

 

「………」

「………お前…何やってんだよ!!」

「……」

「お前が居るべき場所はここじゃない!いつまでウジウジしてやがんだ!」

「……雁山…?」

「…慈鳥!!アラはお前の何なんだ!?」

 

 雁山は俺の襟首を掴み、普段は出さないような大きな声でそう言う。

 

「大切な……担当だ」

「そうだろ…そして…お前は俺達と同じで、担当と二人三脚なんだろう?」

「……」

「お前は…一頭のヤックルが真っ二つに分かれて生きていけるとでも思うのかよ?」

「…思わん」

「なら、お前のやるべきことは何だ!答えろ!」

「…アラの側にいる事だ…だが…」

「だがじゃない!!四の五の言わずに行け!!……それで…二人でこの学園に戻って来い!!…それまでは、校長にいくら言われようが、俺はお前をここに入れるつもりはない!!もし一人で帰ってきてみろ、殴り飛ばすからな!」

「雁山…」

「俺の顔を見る暇があったら、とっとと支度を整えろ!!」

「………」

 

 

 

「………行ってくる」

「良いか…絶対にアラを連れて帰って来い…お前とアラのコンビは…俺とワンダーいや…この福山トレセン学園に必要なんだ、それだけは忘れるな」

「分かった…」

 

 雁山から言葉を貰った後、俺は車の窓を閉めた。

 

 殴られた所はまだ熱を帯びている。

 

「アラ……待っててくれよ…!」

 

 俺はサイドブレーキを下ろし、ギアをローに入れ、車を急発進させた。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

また、宰相殿の空弁当というのは関ヶ原の戦いのあるエピソードからできた言葉になります。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。

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