今日は選抜レースの日になる、私達は8人ひとグループとなり、いくつかのグループかに分かれて走る。
「アラ〜早く行こうよー」
「分かってる、ちょっと待って」
同じグループの友達、セイランスカイハイ、愛称ランスが私を呼ぶ。
「よし…お待たせ」
私は靴紐をしっかりと結び、選抜レースの行われるトレーニングコースに向かった。
私達はトレーニングコースに出走グループ毎に並び、選抜レースの開始が宣言されるまで待っていた。
すると、この学園の生徒会副会長、ハグロシュンランさんが登壇する。
「……」
シュンラン副会長はそのオッドアイの目で私達生徒を見渡すと、息を吸い込んだ。
『選抜レースに参加された皆さん、こうやって、無事にデビュー可能となる時期を迎えたことを、このハグロシュンラン、心からお喜び申し上げます、さて、皆さんはほとんどの場合、この選抜レースを通してトレーナーさんのスカウトを受け、デビューすることとなります、つまり、この選抜レースは“夢への第一歩”ということです、皆さんには様々な夢があることでしょう、その夢のゲートが、今日、開くことをお祈りし、選抜レースの開催をここに宣言したいと思います』
シュンラン副会長はそう言うと、こちらに向けて一礼し、下段していった。
選抜レース、それはウマ娘がトレーナーに実力を見せ、スカウトを受けるための場である、ここ、福山トレセン学園では、一年の間はゲートや模擬レース、筋トレなどの基礎的な練習をやり、2年目から選抜レースに出走できることになっていた。
理由は爆発期が一年の間に来ることが多いからである、爆発期は急激な成長期であり、その間の怪我は選手生命に関わる可能性も少なくなかった。
『今日はウマ娘達の夢を叶えるための第一歩、選抜レースの日です!実況は福山トレセン学園の放送委員、シベリアントレインがお送り致します』
『解説は同じく放送委員のスノースパイダーが務めさせて頂きます。』
実況、解説役の放送委員のウマ娘が席についた。
「1組目の方!出走準備をお願いします!」
サポートウマ娘が出走者達を誘導し、ゲートに入らせた。
「……一組目、注目の選手はキングチーハーか」
「あの娘も凄いけれど、エアコンボハリアーも侮れないわよ」
慈鳥達同期5人組は、観客席に寄りかかり、双眼鏡を覗きつつ、ゲートインするウマ娘達を見ていた。
5人が注目しているのは、エアコンボハリアーとキングチーハーであった。
エアコンボハリアーはスタミナとコース取り技術を兼ね備えたウマ娘である、彼女はレースの際はいつも首から下げているパイロットゴーグルをつけていた。
一方のキングチーハーは、コーナーは苦手なものの、持ち前の根性で“突撃”とも形容される強い末脚の持ち主だった。
ガッコン!
『スタートしました、スムーズに前に出たのは最内、メイショウタカカゲ、それを追う、インノシマスズカ、外を回ってエアコンボハリアーとマッドバイソン、少し離れましてキングチーハーとナガトサンレン、最後尾は二人並んでゴーイングメモリーとニシノコオリヤマだ!』
今回のレースは1600mである。コーナーは前半にあるため、エアコンボハリアーは邪魔をされにくい外側に、キングチーハーは体力温存のために後方に控える作戦を取っていた。
「エアコンボハリアー、やはり上手いわね」
火喰は感心した様子を見せ、口角を上げた。
『コーナーを曲がりまして、レースは少し縦長の展開!』
『コーナーでは遠心力がかかりますから、外を回って抜けてしまうか、遠心力に耐えながら内側最短ルートを進むか、この娘達はしっかりと決めているみたいですね』
(コーナーを抜ければストレート、外側から撫できれば…!)
キングチーハーはストレートでの差し切りを狙い、コーナーの出口で外側に出られるよう準備をした
(チハ…準備してるね、でも、そうはさせない!)
しかし、その作戦はエアコンボハリアーに読まれていた。彼女はコース取り技術を活かし、キングチーハーの進路に自分の身体を被せる戦法を取っていた。
(ハリアー…ここで…!?)
進路を塞がれたキングチーハーは、ぶつかるのを避け、遠心力に耐える選択肢を取ることを強制された。
『コーナーを抜けました!先頭変わらず、メイショウタカカゲ!だが少し苦しいか!?』
メイショウタカカゲはインノシマスズカにピッタリと張り付かれており、プレッシャーを浴びされまくっていた、メイショウタカカゲはズルズルと沈んでいった。
「メイショウタカカゲ、スタミナ切れだな、これはマッドバイソンが出てくるかもしれん」
雀野は状況を分析する
「いや……彼女も無理だ」
雀野の分析を、慈鳥は否定した。
『ここでキングチーハー、ゴーイングメモリー、ニシノコオリヤマ上がってきた!』
(……やっぱりな、前方が失速したら、後続は上がってくる、自分が前に出るために、そして、前方につけていた奴の進路を塞ぐために)
慈鳥はそんなことを考えながら双眼鏡を覗き込む。
「ほら、上がってきた、ウマ娘レースはレースゲームじゃないからな、相手にぶつけて弾き飛ばすなんて事は出来ない」
「抜けようとしても、上がってきた奴らに塞がれるってことか…」
「それで囲まれてっから、一緒にズルズルと…」
慈鳥の言葉に、軽鴨と雁山は同意した。
『エアコンボハリアー、キングチーハーの追走を耐え抜いてゴールイン!!』
「やっぱりあの娘には才能があるわね」
火喰は興奮気味にそう言った。
選抜レースは進み、最後の組となった。まだ、会場は直前のレースに出走したワンダーグラッセの強い走りによる熱気が収まっていなかった。
このレースには俺が興味を持ったウマ娘、アラビアントレノが出走する事になっている。
だが…
「セイランスカイハイ、何考えてるんだろうな」
「分からん、でも必ず何か考えてるさ」
といった具合に、他の四人の注目は、セイランスカイハイに向いている。
『最終グループの各ウマ娘、ゲートイン完了』
ガッコン!
『スタートしました、大外枠セイランスカイハイ、飛び出して行きました、それを追うのは最内のケゴヤセフィーロ、その後ろには並ぶようにして、ハイパーテクニック、リトルデイジー、メレーカウンターが追走、1バ身差でファイナルカウント、その内を回ってサカキムルマンスク、これは出遅れたか、殿がアラビアントレノ』
俺はアラビアントレノの方を見た、少し、周りを観察しているように見える、作戦は追込か?
「セイランスカイハイ、作戦は逃げかな」
「いや、先行じゃないか雀野、初めての選抜レースで逃げは中々にリスキーだぜ?」
「私は軽鴨に同意するわ、芝メインの中央のウマ娘ならありえる話かもしれないけれど、足を取られるダートで、それも大事なレースで、逃げは中々の高リスクだと思うもの」
「慈鳥、お前はどう思う?」
雁山が俺に質問を投げかけてくるので、俺は セイランスカイハイの方を見た、あの顔だと…
「アイツ、レブ縛りしてるぞ」
「なんだそりゃ?」
そうだった、この四人は一般人だった、カーレースの知識など知らないか。
「あー…つまりはベストを尽くさずベストを尽くすんだ」
「……は?」
「簡単に言うと、本気を出してない状態で本気を出しているように見せかけるんだ、見てみろ」
『もうすぐコーナーに入ります!先頭変わらず、セイランスカイハイ!』
『ダンゴになる事なく、やや縦長の展開になりましたね、各ウマ娘のコーナーでの動きに注目です』
セイランスカイハイはまだ動かない、恐らく、仕掛けるのはコーナー中程からだ。
「動かないぞ?」
「まだだ…コーナー中程で二番手が追いつく、今…!」
『おおっと、ここでセイランスカイハイ!突き放しにかかった!』
「すげえ!ホントにペースを上げやがった!」
「コーナーではスピードがどうしても落ちるからな、そこで一息入れて再び逃げたんだ」
そして、俺はアラビアントレノの方に視線を移す。
明らかにおかしい点が一つあった。
デコボコのバ場を避けていなかった、そして、そういった場所を走っているのにも関わらず、コーナー速度は他のウマ娘と大差がない、あ、一人抜いた。
『さあ!カーブを抜けましてここからはゴールまで長い直線!仕掛けどころだ仕掛けどころだ!!おっとここで逃げるセイランスカイハイを目指してメレーカウンター上がってくる!最後尾サカキムルマンスク、とその前のアラビアントレノ、二人も仕掛ける構え!』
『最後のストレート、末脚と精神力の勝負ですね』
「逃げろー!セイランスカイハイ!」
「行けるか!?」
「頑張ってー!」
「飛ばせぇぇぇぇ!」
『セイランスカイハイ、粘り耐えてゴールイン!』
ワァァァァァァ!
一方のアラビアントレノは…うまく加速が乗らず、ハナ差で最後にゴールインした。
最後のレースとゲート等の片付けが終わり、最後に生徒会副会長であり、エアコンボハリアーの実姉であるエアコンボフェザーが講評を述べる事になった。
こういうことは生徒会長がやるべきなのかもしれないが、この学園の生徒会長、エコーペルセウスはサポートウマ娘であり、レースの講評は競走ウマ娘の方が適任だろうという理由でこうなっている。
『では、今回の選抜レースの講評を述べさせてもらう、今回の選抜レースのコースは逃げ、先行、差し、追込、どのウマ娘も問題なく走りきれるコースだったと私は思う、事実、出走した者はほぼ全て、自分の戦法でこの選抜レース、夢を掴む第一歩に臨むことができていたな。だが、忘れてはならない事がひとつだけある。今後、皆は福山レース場を始めとした様々な場所で走っていく事だろう、コースの形状はレース場によって様々、決まりやすい戦法、決まりにくい戦法も当然コースによって異なる、自分の得意な戦法を磨くのは良い事だが、それが通用しない場面も想定し、他の戦法の練習をする事も視野に入れて欲しい』
エアコンボフェザーは世にも珍しい白毛のウマ娘だ、詳しい経歴は分からないものの、とても強いウマ娘だったらしい。
『そして、最後に一つ、“レースに絶対は無い”これをいつも、心のどこかに必ず置いておいてくれ』
そんなウマ娘がする訓示は、重みがあった。だが、どういう訳か、最後の方で少し声に悲しみが混じっていた。
『エアコンボフェザーさん、ありがとうございました、では、これよりスカウトタイムに移ります、トレーナーの皆さんは準備をしてください』
放送委員がそう言う、アラビアントレノのコーナーでの走りに可能性を感じた俺は、スカウトの為に張り切る軽鴨達四人に続き、下に降りる準備をした。
私がゴールインしたのは最後だった。
やはり、サラブレッドには勝てないんだろうか?
「………」
選抜レースは終わり次第、現地解散となる。私はコースを出て校舎に戻り、制服に着替え直して寮に戻った。
やはり、放馬したサラブレッドを追いかけるのとは訳が違った。
放馬したサラブレッドと言うのは、緊張や焦りといった色々な感情がごちゃまぜになった状態で走っているので、スタミナが切れやすい、だから注意を走りから反らしやすく、そうする事で簡単に遅くできる。
でも、今回の相手は放馬してたわけじゃない、リズムの整った動きをしていた。
必死にコーナーを曲がって追い上げたものの、末脚勝負に勝てなかった。
私が他の娘と同じ速度まで達したのは、ゴール直前だった。つまり、私は末脚を使っても最高速が出るのが遅い、早押しクイズで、相手が押したのを目で確認してからやっとボタンを押すようなものだ。
「はぁ…」
私はため息をついた、こんな調子で、トレーナーなんてつくはずがない。
「……」
私は再びジャージに袖を通し、外に出た。
悩んだ時は、走るに限る、私は川沿いをどんどん下っていった。
川沿いを下っていき、市民球場のところまでやってきた。
ここから寮まで、およそ8キロ、どんなペースで走ったのかはよくわからない、だけど流石に疲れた。
私は走路沿いの斜面に座り込む。
「こんなんじゃ…私は………」
実際に共に走って分かった。
なぜサラブレッドは“走るダイヤモンド”なのか。
なぜサラブレッドが走る光景で、人々が興奮し、熱狂していたのか。
なぜサラブレッド達は人間に愛されていたのか。
そして…なぜ
人間達は迫力のあるレースを求めていた。
槍を突き出すかのように出る差し。
スルッとゲートを抜ける逃げと、それを追う先行。
纏めて撫で切る追込。
その全てに、迫力がある。
前世の
恐らく、答えは“否”だ。
目の奥が熱くなってくる。
『……ッ!……………!』
ポツ…ポツ…
涙と違う物が頬を伝う。
サァァァァァァァ……
雨が降り始めた、まずい…雨合羽なんて持ってない…
私は雨から逃げるように、球場の軒下に駆け込んだ。
サアァァァァァァァァ…
これはかなりの本降りになる。
「はぁーっ…」
なぜ天気予報を確認せずに出たのか…
私は莫迦らしくなり、ため息をつき、その場に座り込む。
…………
コッ…コッ…コッ…
足音…?
「お前さん、そんな所で座り込んでると、風邪引くぞ?」
「………!」
突如声をかけられた私は、びっくりして顔を上げた。
お読みいただきありがとうございます。
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福山トレセン学園の制服のイラストを、拙いながらも作りましたので、載せさせて頂きます。
【挿絵表示】
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