アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第35話 決意

「あなたが…アラのトレーナーさんですか」 「…はい、今回の事で…大変な…ご迷惑をおかけしました」

 

 俺は頭を下げた、その目の前には一人の老人が立っている…アラの育ての親だ。

 

「いえ、今回の件、あなたに責任はありませんよ、それに…あの娘はあなたにとても感謝しているんです」

「…俺に?」

「ええ、“トレーナーが私を強くしてくれた”、“走れて幸せだ”…こちらに電話して来る度に、あの娘はそう言っています、それに、あの娘は貴方のことを、兄のような存在と言っているんです」

「そうだったんですか…」

 

 アラがそう言ってくれていたとは…

 

「……アラは今、どうしていますか?」

「…疲れ果ててここに帰って来てからというもの、部屋にこもりっぱなしです、食事は受け付けてはいるんですが…」

「……」

「お願いです、トレーナーさん、あの娘を福山トレセン学園まで連れて帰ってください………あの娘は、良い娘なんです“年長の自分がしっかりしないと”と言って、いつも…我慢してきました…“レースに出たい”という、ウマ娘の走る事を愛する本能から来る願いさえもです。…去年やっと…その願いがかなったんです」

「……」

「私には分かります…あの娘の心の奥底には、“走りたい”という気持ちが残っているはずなんです、それを引き出せるのは…トレーナーさん、貴方しかいません」

 

 アラの親は、俺の手を取る。

 

「…分かりました…アラの所に、連れて行ってください」

 

 俺はそう言い、アラの親に案内を頼んだ。

 

────────────────────

 

 

「……ここです、あの娘を…お願いします」

「分かりました…待っていて下さい」

 

 俺はアラの部屋の前に案内された、俺はアラの親には戻ってもらい、一人になる。

 

コンコン

 

「…アラ、俺だ…」

 

……反応が無い

 

コンコンコン

 

「…アラ?」

 

 おかしい…

 

 俺はドアノブを回す…鍵はかかっていない。

 

ドンッ

 

 鈍い音…床を殴ったような音が聞こえる。

 

「………入るぞ」

 

ガチャ

 

 俺はドアを開け、アラの部屋へと入った。

 

「……………っ!!」

「アラ!」

 

 アラはベッドの上でうなされていた。

 

 歯を食いしばり、手足をばたつかせている。

 

「アラ…」

「……!」

 

 声をかけて、体を揺すっても、アラは起きず、身体の動きも止まらなかった。

 

「………それなら」

 

 俺はアラの片手を取り、力強く握った。

 

 

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 そして、エコーペルセウスらは、再び会議を行っていた。

 

「以上が、私が中央の生徒会長に対して話してきた事だよ」

 

 エコーペルセウスは報告を終え、画面を見渡した。

 

『ユキちゃあん……大丈夫かなぁ…』

「トラブルの類は聞かなかったから、大丈夫だとは思うよ」

 

 エコーペルセウスは心配する盛岡の生徒会長に対してそう言う。

 

『…そう言えば、エルコンドルパサーは自室謹慎だそうですね、それはURA側の判断なのでしょうか…?』

 

 そう言って声を上げたのは、金沢の生徒会長である。

 

『それか、実は私も気になってるんだヨ』

『私も』

『ウチもや』

 

 門別、水沢、園田の生徒会長がそれに続く。

 

「いや、恐らく、トレセン学園かチームリギルとしての判断だろうね」

『そうですか…今まで集めた情報によりますと、URAの現在の方針は、海外遠征の強化…これと絡んでいる可能性が強いですね』

 

 金沢の生徒会長はそう言った。

 

『つまり……』

『エルコンドルパサーの海外遠征に影響が出えへんように』

『したという…ところかナ?』

「エルコンドルパサーは今後のトゥインクルシリーズを担ってゆくスターウマ娘、それに海外遠征の予定がある。まあ、彼女のメンタルに影響が出ない選択肢を取ったってことだね…これはあくまで予測に過ぎないけれど、可能性としては高いだろうね」

『では実質、“お咎めなし”ということですのね』

 

 姫路の生徒会長は目を閉じて腕を組み、そう言った。

 

『はぁ………』

 

 そしてその後、水沢の生徒会長はため息をついた。

 

『結局、中央は“絶対を見せるスターウマ娘”が欲しいだけ……ファンの皆は“トゥインクルシリーズは面白くなった”って言うけど……何も変わってないじゃない…』

 

 ローカルシリーズのコースはトゥインクルシリーズのそれよりも面積が小さく、コーナーがきつい。

 

 そして、最近はローカルシリーズのウマ娘達も全体的にスピードが上がってきており、いくら圧倒的一番人気のウマ娘と言えども、勝負は時の運と言う例が非常に多かった。

 

『……』

 

 そして、その場は沈黙に支配された。

 

「……その通りだ…」

 

 そして沈黙を破ったのはエコーペルセウスの横に控えているエアコンボフェザーだった。

 

「……スターウマ娘…それはウマ娘レースを盛り上げていくために、必要なものだろう……だが……“絶対”を体現するスターウマ娘になるよう周囲が過度に促すのは危険な行為だ…」

『エアコンボフェザー…』

 

 全員の注目がエアコンボフェザーに集まる。

 

「…皆、AUチャンピオンカップの理念を、思い出してほしい」

 

 会議に参加していた全員は、NUARのトレセン学園運営委員長、九重が語ったAUチャンピオンカップの理念、“日本のウマ娘レースに、新たな風を吹き込みたい”を思い浮かべた。

 

「…今の中央は“絶対を見せるスターウマ娘”を欲している、菊花賞後の声かけ事案の増加、サイレンススズカの故障による反応、エルコンドルパサーへの対応からして、その意志は明らかだ、だが、皆も知っているように、“絶対”を求めることは、時に悲劇を生む………私はその現場にいた、そして理解した…“内部改革だけではダメだ”と、だから皆、協力して欲しい」

『まさか………』

 

 大井の生徒会長が反応する。

 

「ああ、AUチャンピオンカップの理念を必ず実現させる、それにより、日本のウマ娘レース界そのものを、これから世界へと羽ばたいてゆくに相応しいものにするんだ」

 

 エアコンボフェザーの宣言に、エコーペルセウスを除く会議の参加者は目を丸くする。

 

『……私は協力します!!うちの生徒だけじゃなくて…中央に行ったユキちゃんに、幸せに走ってもらいてぇから!』

『私も微力ながら協力させて頂きますわ』

『…目的は分かった……大井も乗らせてもらう!!』

『ウチも手伝う、この大阪から世界を目指すウマ娘を…ウチは見たい』

 

 盛岡、姫路、大井、園田の生徒会長が、エアコンボフェザーの意見に賛同した。

 

『ウチも!』

『九重委員長の掲げた理念、実現させて見せる!!』

 

 他の学園の生徒会長も、それに続いた。

 

「皆、ありがとう」

 

 エアコンボフェザーが頭を下げた。

 

「皆、少し良いかい?私達は様々な人々のお陰で、中央の強豪たちとも渡り合うウマ娘を生み出すほどの改革ができた。」

 

 エコーペルセウスがそう言い、他のウマ娘達は同意する。

 

「そして、その改革は、中央が強かったからでもあると、私は思うんだ。歴史を振り返ってみて、時代は外からの刺激や新しいものの登場によって変わっていくもの、例えば、19世紀のヨーロッパは、ナポレオンの登場、そしてそれに対するヨーロッパ諸国の反応で変わった、日本では…黒船やアメリカとの戦いが、それにあたるだろうね。そして、私が言いたいのは、私達が変わることができたってことは、中央も変わることができるんじゃないかってことだよ」

『それって』

『つまり…』

『中央の改革を外部から促すという…事ですか?』

 

 金沢の生徒会長が、エコーペルセウスにそう問う。

 

「そういうことだよ、皆、私達が、黒船になるんだ、アメリカになるんだ、そして、日本中のウマ娘が、良きライバルとして走り、競い、ゴールを目指し合うだけじゃなくて、それを海外のウマ娘達とも出来るようにするんだ、そのためにもAUチャンピオンカップの理念は、実現されなければならない」

『確かにナ』

『おっしゃる通りですわ』

 

 札幌の生徒会長を皮切りに、次々と賛同の声が飛ぶ。

 

「じゃあ、皆、やろう!!」

『おおーっ!!』

 

 エコーペルセウスの発言を締めくくりに、各地方トレセン学園の生徒会長達は、AUチャンピオンカップの理念を実現する決意を固めたのであった。

 

 

====================================

 

 

ストッ…

 

「…高い所から落ちて来たはずなのに…死んで…無いだと…?」

 

 確か…アラは俺が手を握った後、またうなされて暴れだした。

 

 それで…足が鳩尾に当たって…

 

 意識が遠のいて…

 

 それで、目を覚ました時には、この空間に落ちて来る途中だった。

 

 かなりの距離を落ちたと思うのに、身体には傷一つ無い。

 

「夢の中とでも言うのか…?」

 

 俺はここから出る手がかりを求め、何も無い空間を進む事にした。

 

 

────────────────────

 

 

 この空間が、終わるような気がしない…暗い空間が…どこまでも続いてゆく。

 

『……来たか…』

 

…?

 

 声が聞こえた…?

 

『来たな、人間よ…』

 

 気のせいじゃない…誰かが俺を見ている。

 

「誰だ…?姿を見せろ!!」

 

 俺は声が聞こえてきた方向に向かって叫んだ。

 

『フハハハハッ!!驚いておるようじゃのう、人間よ!』

 

 すると、声の主は俺を嘲笑うかのような態度を取る。

 

「……出て来い…!」

『フッ…ハハハハハッ!!良かろう、人間よ、ワシの姿を見て驚くが良い!!』

 

 声の出た方向を睨み付けてそう言うと、相手は再び笑い、そう言った。

 

カッ!

 

「……!」

 

 すると、眩い光が俺の目を貫いた。

 

「……お前は…!」

 

 俺は驚愕した。

 

『……フハハハハハッ!!怖かろう!!見たことの無い存在が…目の前に立ち、心を通じて話し掛けているのじゃからな!!』

 

 目の前に立っているそれが……何らかの方法で、俺に話しかけているという事…そして…

 

 それが、鹿毛の『馬』だということに。

 

 だが…向こうは、自分が俺に未知の動物と認識されていると思っているようだ…だが……俺は相手が何であるのか知っている。

 

「………お前は“馬”か…?」

『……!?』

 

 驚いたのか、相手は首を少し仰け反らせる。

 

 そして、俺は何となく感じていた。

 

 …この馬と話さない限り…ここの変な空間からは出られないと。

 

 

====================================

 

 

『そうなのね……ごめんね葵ちゃん、全く力になれなくて』

「いえ…私達もあの人に対して今は何も出来ませんから」

 

 桐生院は伊勢と電話をしていた、伊勢とミスターシービーはレース研究のために海外におり、秋の天皇賞から始まった一連の騒ぎを少しばかり遅れて知ったのである。

 

『それで…エルコンドルパサーちゃんの謹慎処分はあくまでリギルとしてのもので、URAの指示があったりといった訳では無いのね?』

「はい、どうやらそのようです…」

 

 桐生院は人脈の広い氷川を通じ、エルコンドルパサーの処分がチームリギルとしての物であるという情報を掴んでいたのであった。

 

『URAは大丈夫なのかしら………“地位には義務と責任が伴う”…今のURAに、それが分からない人は居ないと思うのだけれど』

「ノブレス・オブリージュ…ですか…」

『そう、今回の件、どんな事情であれ、エルコンドルパサーの処分はURA公式の処分という形で下さないと、NUARの人達は、納得がいかないんじゃないかしら?』

「…私も同感です」

『AUチャンピオンカップ、心配になるわねぇ……あっ、ビーちゃんが戻ってきたみたいだから、切るわね』

 

 伊勢はそう言って電話を切った。

 

 

────────────────────

 

 

 福山トレセン学園は今回の騒動で可能な限りの対応を行っていた。トレーナーや職員には大鷹が、生徒達にはハグロシュンランが説明にあたり、アラビアントレノらに対する誤解が生まれないように、メディアに踊らされないようにしていたのである。

 

 しかしそれは、原因となった発言に対しての怒りを消すまでには至らなかった。エコーペルセウスが会議をしている丁度その時、寮の入り口で揉み合いが起きていた。

 

「ダメ!それを置いて部屋に戻りなさい!ランス!ワンダーから棒を取り上げて!」

「ワンダー、落ち着いて!」

 

 セイランスカイハイはそう叫び、ワンダーグラッセが持っている園芸用の支柱棒を取り上げる。

 

「とんでもない莫迦力ね…サカキ!アナタも手伝って!」

「う、うん!ワンダーちゃん!落ち着いて!」

 

ドンッ!!

 

 サカキムルマンスクは、持っている参考書の山を置き、2人に加わる、そして3人は協力してワンダーグラッセを床に倒すことに成功した。

 

「ハァ…ハァ…どきなさい!」

「絶対にどかないわよ!」

「私は…東京に行くんです…」

「ワンダーちゃん、落ち着いて!今何か騒ぎを起こしたら、また取材陣がこっちに来ちゃう、どうか落ち着いて!」

 

 サカキムルマンスクはそう言いつつも、腕の力を強める。 

 

 ワンダーグラッセがここまで怒っていたのには理由があった。

 

 今回の騒動でエルコンドルパサーが不用意な発言をしたことに対し、ワンダーグラッセは徹底的な処分が下されるべきであると考えていたのである

 

 しかし、その考えに反し、エルコンドルパサーに下された処分は、必要最低限のものであり、それもURA公式のものではなく、あくまでチームリギルとしてのものであった。

 

 そして、その処分内容も謹慎のみであり、発言の撤回は無かった。

 

 そして、ワンダーグラッセはそれをツルマルシュタルクから聞き、単身トレセン学園に乗り込むことを決意するほどの怒りを抱いたのである。

 

 普段ワンダーグラッセは怒ることのないウマ娘であり、キングチーハーらはまずいと感じて必死に止めていたのであった。

 

「…離し…なさい!!」

 

 ワンダーグラッセは目を見開き、三人を吹き飛ばそうとする。

 

「……コンドルを狩りにでも行く?」

 

 そこに現れたのはエアコンボハリアーだった。

 

「ハリアー…」

 

 ワンダーグラッセの力が緩む。

 

「…ワンダー、気持ちは分かる、でも、あのウマ娘を倒す役割は、あたしに任せてくれないかな?」

「ジャパンカップ…ですか?」

 

 エアコンボハリアーは盛岡で行われたジャパンカップトライアルに勝っており、ジャパンカップへの出走権を得ていたのである。

 

「そう、あたしはジャパンカップで、エルコンドルパサーに過ちを理解してもらう。でも、今のあたしじゃ、まだまだ力不足、だから力を貸して。」

 

 エアコンボハリアーはワンダーグラッセの前にしゃがみ込み、肩を持ってそう言った。その目には決意が宿っていた。





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