『…何故だ…何故…ワシの事を…』
相手は警戒しつつこちらの様子を伺っている。
「……そんな事はどうでも良いだろう、俺はただの人間だ……大事な担当が待っているんだ、ここから出してもらおうか」
『そういう訳にはいかんな、小僧』
「何っ……!?」
『何故ワシがお前をここに呼んだのか分かるか?』
「………分からん…」
『……奴が…ワシらの願いを実現する最強の存在として覚醒する為に……お前が邪魔だからじゃ!!』
……奴…?もしかして…アラか…?
「お前…アラに何かしたのか!?」
『フッ……人間よ…お前はさっき、ワシの事を…“馬”と呼んだ…つまり、お前は馬を知っておる…ならば…この世界にいる“ウマ娘”…それがどういった存在なのか…お前には分かるはずじゃ!!』
相手は、俺の質問に答えず、俺の周りを歩いて周回しながらそう言った。
「……競走馬の代わりに…走っている存在だ」
『…その通り…この世界のウマ娘共は、競走馬であるサラブレッド共の魂が宿った存在じゃ』
サラブレッド…共…?
「サラブレッド…共だと?お前もサラブレッ……!!」
『………』
俺はそれ以上物が言えなかった、相手は一瞬で俺との距離を詰め、俺を睨んでいたからだ。
『……ワシも感情を持つ存在だ、これが現実の世界であれば、お前を倒し、踏み殺していたかもしれん………ワシはあの様な硝子の脚共とは違う』
「じゃあ…お前は何だ?」
『…ワシはアングロアラブ…サラブレッドよりも遥かに
「……アングロ…アラブ…セイユウ…」
確か…相棒が言っていた、昔はサラブレッド以外の競走馬も多かったと……コイツがアングロアラブなら…まさか……
「…アラも……」
『クククククッ、やっと飲み込めたようじゃのう、人間よ…そう、お前の育成しておるアラビアントレノ……サラブレッドではなく、アングロアラブの魂が宿りしウマ娘じゃ、その名はセイユウユーノス、幼名はサラーム』
「セイユウ…ユーノス…!?」
『…そう、それがこの世界でも人間共に翻弄されている、アラビアントレノの真の名前じゃ』
この…世界でも?
「この世界でもとは…どう言う事だ?」
『混乱しておるようじゃのう、人間よ…このワシが今から教えてやる、貴様ら人間共の愚かさをな!!』
カッ!!
再び、眩い光が俺の目を貫く。
目を開けると…
「何故です!!何故なのですか?」
そこは執務室の様な部屋だった。
一人の男が、対面する男に必死に訴えかけている。
俺、そして俺の隣にはセイユウが居るが、俺達の姿は見えていない様だ。
「何故、これ以上
「…我々のアラブは一部を除き基本的に抽せん馬限定、すなわち、基本的には規模も馬の能力も、
「………」
「
「ならば、アラブ平地競走の抽せん馬制度を止めれば良いではありませんか!」
「抽せん馬制度は馬主と競走馬を増やすためのもの、このまま地方からの移籍が続けばこちらのアラブの馬主と競走馬は減り続ける一方です、戦後の復興には、多大なる資金が必要であり、サラブレッドと比べると安いアラブは馬主にとっても重要な存在、分かってください」
「………」
つまり…地方から移籍してきたアラブが強すぎるから、中央の馬主を守り、戦後の復興の為の資金を確保するため…移籍を禁止したということか…?
『その様子ならば、これが何を意味するのか理解できたようじゃのう…じゃが、まだまだこんなものでは無い!!』
場所は変わり、今度は会議室の様な所に飛ばされる。
「サラブレッドの生産、管理体制も整ってきた今、賞金も低く、競走能力に劣り、面白みに欠けるアングロアラブの競争は縮小、今後の方針はこれでよろしいか?」
「承知」
「異存無し」
なるほど……だから俺が生きていた頃は…競馬と言えばサラブレッドだったのか…
「………」
『では、次に行くぞ』
「……」
今度も会議室に飛ばされた、だが、先程見たそれよりも小さく、雰囲気は重苦しい。
「国際化にそぐわないとはいえ……中央がアラブの競争を廃止するとは」
「どうやら中央の馬主会がアラブの抽せん馬の引き受けを拒否したらしいんです、それが一番大きいのでしょう」
「我々も追随せねば…ならんのか…」
「どうやら大井はそうしているらしい」
「しかし、いくら技術が進歩したとはいえ、サラブレッドの維持はアラブと比べて難しく、それにかかる銭も多い、それにバブルも弾けたと来た、益田のような小規模場所は大打撃を食らうんじゃないか?」
「他所の心配してる場合じゃないでしょう、ウチがどうするのかを決めねばならんのです」
…バブルが弾けたときは、俺達も大変だった、それは競馬もしかりだったのだろう、そして、地方競馬は中央の方針変更の煽りと共に…それを食らったということか…
「……」
『次じゃ』
今度はある一室だ。
「こんな事が…あっても良いのか?」
「アラブの記録が…公式から抹消!?」
「じゃあ…サラブレッド相手に3馬身差で勝ったワシュウジョージのレコードが消えて、レコードタイムが変わるって事かよ!?」
「そりゃないぜ」
この会話から察するに…ワシュウジョージはアングロアラブ、そして、アラブの記録が公式から抹消されるに伴い……レコードが消え、サラブレッドが繰り上げになり、レコードも変わった……という事か…
『…次で最後じゃ、目に焼き付けるが良い』
今度は会議室じゃない、会社か何かの事務所…なのか?
「この子は絶対に競走馬になれます!!父ビソウエルシドの先祖はセイユウ、母ユーノスプリンセスもそれに劣らぬ名牝の血統です!“サラーム”という幼名だって決まっているんです!!」
「ダメだダメだダメだ、却下、アラブなんぞカネにならん」
サラーム…つまり…話題に上がっているのは…アラ…
「ですが、貴方の父はこれから産まれてくるあの子を、競走馬にする予定だったんですよ?」
「それは親父が勝手に言った事だ、アラブを一頭競走馬にするのに無駄金使うぐらいなら、サラブレッドの餌を買うのに回す」
「…しかし…」
「これは決定事項だ」
そして、今度は藁のある建物、すなわち厩舎に飛ばされた。
「産まれたぞ!!」
「長かったなぁ!!」
そこにいる人々の視線の先には…一頭の子馬がいた。
…これが…アラ……
そして、一人の女性がアラに歩み寄り、その頭に手を置き。
「ごめんね、もう少し早ければ……」
と言った。
そして俺たちは再び、あの暗い空間に戻って来た。
「…何故アラは…競走馬になれなかったんだ?」
『簡単な話じゃ、生産牧場の経営者が代替わりし、あいつを競走馬として育てる方針がひっくり返ったのじゃ………これでわかったろう?貴様ら人間共が、どれだけ愚かな存在であるのかがな、貴様ら人間はワシらアングロアラブを都合よく利用し、そして捨てた』
セイユウはそう言い、こちらを見た。
「……だが、さっき見た光景の中に、お前はいなかった、セイユウ、お前は何故人間を憎む?」
『……』
「答えろ…」
『ワシは競走馬としてサラブレッド共と戦った、そして、貴様がセイユウユーノスと共に出た菊花賞のトライアル、セントライト記念に勝利した、じゃが…菊花賞に出る事は叶わなかった、“クラシックはサラブレッドのみ”貴様ら人間共の作り上げた勝手な規則、血の呪縛によってな』
「……」
『更にそれだけには留まらん!ワシは種牡馬となり、多くの子孫を残してきた、アングロアラブの復権を目指してな、じゃが、結果はさっき見たとおり、ワシらの子孫…いや、アングロアラブは競走の世界から消えていき、更には記録からも消されようとしておる!』
時代が変われば、人も変わる、セイユウ…いやアングロアラブは……それに振り回された存在と言う事か。
じゃあ、なぜアラはこの世界に?
「では、なぜアラはこの世界に居るんだ?」
『…あいつ自身の“サラブレッドと戦いたかった”という願い、そしてワシらアングロアラブの、人間共に翻弄され、歴史から消えざるをえなかったという無念の思い、そして、“サラブレッド共を倒す”という願いが、あいつをウマ娘として、この世界に生まれ変わらせた』
「では、お前はアラに何を求めている?」
『今のあいつは、倒すべき敵のサラブレッド共と馴れ合い、真の力に目覚めておらん、ワシらの願い…それをもってその力を呼び覚まし、最強の存在として覚醒させる!!』
「覚醒…」
『そうじゃ、じゃがあいつは“これ以上、トレーナーを不幸にしたくない”と言い、それを拒否している、つまり、貴様はあいつの覚醒への一番の障害じゃ』
俺が…障害?
『人間よ、セイユウユーノスを、ワシらの手に委ねよ』
「……断ると言えば…?」
『ワシはある程度、セイユウユーノスの身体を動かすことができる、先程やって見せたようにな』
じゃあ、鳩尾に一撃を食らわせたのは……セイユウがアラの身体を使ったということか…
『…分かったようじゃのう、つまり、貴様の首に手をかけ、絞め殺すなど赤子の手をひねるが如し…そして、ウマ娘の力は貴様ら人間より遥かに勝る、適当な人間を力で屈服させ、書面上だけのトレーナーとする事など容易い、悩みの原因である貴様さえいなければ、セイユウユーノスは迷うことをやめ、ワシらの願いと一つになる道を選ぶという訳じゃ』
「…お前達の…願い…?それは…お前の願いじゃないのか?セイユウ!それをあの娘に…アラに押し付けて、その人生を食い物にするつもりか!?」
そう叫び、俺はセイユウを睨んだ。
『いかにも人間らしい手前勝手な考えじゃな、セイユウユーノスはワシの子孫じゃ、先祖の願いと共に生き、そしてそれを子孫に受けつぎ、死んでゆく…それがあいつの
違う…
「あの娘を解き放て!!今のあの娘はアングロアラブ、セイユウの子孫でも、馬でも、俺達人間でもない……ウマ娘のアラビアントレノだ!!」
『黙れ人間!!お前にあいつの苦しみが分かるのか?愚かな人間共に振り回され、子孫をも残せず一生を終えるしか無かった芦毛の馬がセイユウユーノスだ!競走馬にはなれず、この世界に生まれ落ちた後も継承は受けられん、哀れで可愛い我が子孫だ!お前に何ができる?』
その時、俺はある記憶を思い出した、なぜ、相棒が“俺達人間って……罪深いな”と言っていたのかを。
「……分からん…だが、これだけは言わせてもらう、お前の語っているものは願いなんかじゃない、呪いだ!」
『同じじゃ!託された願いを成すのは、親に血肉を与えられた子の血の役目じゃ!!』
「だが、お前がアラにやろうとしてる事は、俺達人間がやったこととそう変わらないんだよ」
『何っ!?』
「…お前の嫌いなサラブレッドに、ある馬がいる……安楽死処置を施されるほどの大怪我を負いながらも、4ヶ月も苦しめられた、悲劇の馬、俺に色々な物を見せたお前なら分かるだろう?」
『…………』
「あの馬は、人間たちの願いで苦しみ、死んでいった、そうじゃないのか?」
『…………』
「血の役目を果たさせるために、4ヶ月苦しめられた馬、しかも、その血の役目は、少なくとも外野…すなわち人間が無理矢理課したものだ」
『…………』
「もう一度言う、今のあの娘はウマ娘、アラビアントレノだ。馬でも、人間でもない、つまり、俺もお前も外野だ……生まれ変わり、別の存在になったとはいえ、少しでも子孫を可愛く思う心を残しているのならば、今すぐこんな事は止めろ!!」
『自らの子孫繁栄の願いが人間共の勝手な都合で打ち砕かれればこうもなろう!』
セイユウの耳は完全に後ろに反っている。
「…ならば、お前は…アングロアラブは…人間に愛されていなかったのか?アラを…あの娘を愛した人間はいなかったのか?」
『……』
「…答えろ、セイユウ!」
『……一人…』
「一人…?」
『ワシらは人間共に翻弄されてきた……じゃが、晩年のセイユウユーノスを本気で可愛がり、家族の様に接していた人間が一人だけいた』
カッ!!
周りの景色が変わった…厩舎か…?
目の前に、芦毛の馬がいる…そして、その馬は、髪に白いものが混じった一人の男に、ブラッシングをされていた
「気持ち良いか?ユーノス」
「──!」
「そうかそうか、よしよしよし」
その後ろ姿と声は、どこか見覚えがあった。
また景色が変わった、そこは厩舎ではあったが、少々広く、多くの人々が集まっていた。
「苦しくないか?」
さっき、アラにブラッシングをしていたであろう男が、地に臥せっているアラの所にしゃがみ込み、そう声をかける。
「──!」
「……」
アラは鳴き、その男はアラの頭を撫でる…
そして、その男の肩が震える………
そしてその男はこちらに振り向き、涙を浮かべた顔で首を横に振った。
そして、俺は驚愕した。
「相棒……!?」
『相棒…じゃと!?貴様はあの男を知っておるのか?』
知っている…忘れるもんか…
「俺の唯一無二の親友だ」
『何っ…!?』
周りの景色はいつの間にか元の物に戻っていく。
『…貴様が…あの男の…親友じゃと…!?』
「ああ…俺は死んで生まれ変わり、この世界に来た、嘘だと思うのなら、俺を蹴飛ばせ」
俺はセイユウの目を見る。
『………どうやら嘘では無いようじゃな』
「セイユウ、これを知った今…アラをどうするつもりだ?」
『貴様が普通の人間で無かったのは……計算外の事、ここは一旦、引かせてもらおう』
「待て、逃げるのか?」
『逃げはせん…貴様をどう扱うか保留にするだけのこと…また会おう、だが忘れるでない、セイユウユーノスはワシらの願いにより最強の存在として覚醒する存在である事を…そして、貴様らの行動は常にワシに見られている事をな…』
カッ!!
光に包まれる…戻れるという事だろう。
しかし…
あいつ…俺が死んだ後でも…上手くやれてたか…よかっ…た…
「トレーナー!!」
ガバッ…
「………!」
私はあたりを見回す…
戻って…来れた…
『そこまでそのトレーナーとやらが心配か…ならば、貴様の言うトレーナーとやらを屈服させてくれるわ!!』
セイユウの言葉が、まだ頭の中でこだましている……トレーナーを…守らないと…
トレーナーは…いた!
倒れてる…
「トレーナー!トレーナー!」
私はトレーナーの身体を必死で揺さぶった。
「…ぐ…くぅ……」
「トレーナー…大丈夫?」
トレーナーは苦しそうな顔をしていたけれど、うっすらと目を開ける。
「ああ……大丈夫だ…」
「……」
「……良かった、いつものアラだな」
トレーナーはこちらを見て、安心したような顔をしてそう言った。
いつもの…私…じゃあ…トレーナーは…
聞くしかない。
「トレーナー…何だか…変な生き物が…トレーナーのところに来なかった?」
「………“セイユウ”…か?」
「…やっぱり…じゃあ…トレーナー…私がどんな存在なのかも……「良いんだ…」」
トレーナーは、私の言葉を遮るかのように、私の頭に手を置いた。
「……昔の姿がどうであれ……アラはアラだ、俺は気にせんよ、それに…気にしてたら、あいつに怒られる」
「…あいつ…?」
「…お前を世話していた厩務員だ…あいつは俺の相棒だった」
おやじどのが…トレーナーの…?
「えっ……」
「…どういう因果なのかは知らん、でも、俺も一度死んで生まれ変わった…つまり、お前と同じだ」
「じゃあ…おやじどのが言っていた…親友は…」
「ああ、多分俺の事だろうな」
だからか…私がたまに…トレーナーにおやじどのに似たものを感じていたのは…
でも、その時、セイユウの言っていた“覚醒”が頭をよぎった。
「…トレーナー……私…怖い…もし覚醒したら…私は、絶対に私じゃなくなる……」
「…俺はお前の担当トレーナーだ……楽しい事も、苦しいことも、ともに分かち合い、乗り越える存在だ…だから一人で悩むな、俺がついてる」
トレーナーは置いた手を動かし、私の頭を撫でた。
「トレーナー…」
「…まだ、走りたいか?」
「……うん…」
「……そうか、なら行こう、皆が待ってる」
「…皆…?」
「お前の家族だけじゃない、福山トレセン学園の皆が、お前が戻って来るのを待ってるんだ、だから行こう、アラ」
トレーナーは私に手を差し伸べた。
「……うん…!」
私はトレーナーの手を取り、立ち上がった。
俺はアラを、親のいるところにまで連れて戻って来た。
アラは妹や弟達に抱きつかれ、連れて行かれてしまった。
そして、俺はアラの親と二人きりになった。
「……トレーナーさん、ありがとうございます、あの娘は…大丈夫そうですか?」
「大丈夫…とは言い切れません、でも…俺がついてます、絆を信じて…苦しみも、悩みも…共に乗り越えます」
「………トレーナーさん…ありがとう…」
アラの親は涙を流し、俺の手を握った。
何が俺とアラとを引き合わせたのかは分からない、だが…セイユウと相棒、そのどちらもがいたから、俺はアラに出会うことができた、これは紛れも無い事実だ。
その事だけは常に、心に留めておこう。
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今回の描写は、史実を元にしています。
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