アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第37話 情報収集

「エルコンドルパサー!!只今帰還しましターッ!!」

 

 トレセン学園のC-1クラス、すなわち“最も将来性あり”と目されている生徒たちの教室に、エルコンドルパサーの元気な声が響き渡った。

 

「エル!はしゃぎすぎですよ」

 

 グラスワンダーがエルコンドルパサーを諌めるものの、それ以上は言わなかった、彼女はエルコンドルパサーの感じたものが嘘ではないと信じていたからである。

 

「おかえりなさい、エルコンドルパサーさん今の気持ちは?」

「走りたくてウズウズしてマス!」

「でも、いきなり走りすぎてはダメよ、エルコンドルパサーさん、貴女はジャパンカップが控えてるんだから」

 

 キングヘイローはそうエルコンドルパサーに念を押した、謹慎期間中、エルコンドルパサーは寮の空き部屋で生活しており、走ることは疎か、食事や着替えを持っていくヒシアマゾンとグラスワンダー以外の同じ寮の生徒とも会えない日々が続いていたからである。

 

「あっ!エルちゃん!おかえり!」

「スペちゃーん!会いたかったデース!」

 

 そこに、遅れて教室に入ってきたスペシャルウィークがエルコンドルパサーに声を掛けた。

 

「皆、元気なことでー」

「あら、セイちゃんも喜んでいるのではないですか?」

「まあね〜」

 

 セイウンスカイとグラスワンダーはそんなことを言いながら、その光景を見ていた。

 

 

 

「……見ていてあまり気持ちの良いものじゃないわね…何か言ってやりたい気分」

「それはアタシも同感、でも、我慢するしか無いね、レースに勝てて来てるから、この勢いは殺したくない」

 

 サンバイザーとツルマルシュタルクはその光景を見てそう言った、そして、エルコンドルパサーに対しあまり良くない印象を抱いていた。

 

 だが、ツルマルシュタルクは逢坂山特別を勝っており、サンバイザーもオープン戦を制し、二人は着々と実力をつけてきている真っ最中と言った段階である。エルコンドルパサーらに絡んで争うのは避けた。

 

「それに、ここで喧嘩したって…アラ達は喜ばない」

「うわぁっ!?」

「ミ、ミーク、聞いてたの?」

「うん…気持ちは私も同じ、早く教室に行こう」

 

 こうして、サンバイザー、ツルマルシュタルクはハッピーミークと共に教室に向かったのであった。

 

 

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「皆、ただいま」

 

 アラビアントレノは、寮の玄関に立ってそう言った。

 

「アラちゃん…帰ってきてくれたんだね」

 

 サカキムルマンスクらはそう言ってアラビアントレノの所に駆け寄った。

 

「皆、心配かけてごめん、もう大丈夫」

 

 アラビアントレノは仲間たちに囲まれている幸せを感じつつ、笑顔でそう言った。

 

「アレ…?ランス達は…?」

「東京、エルコンドルパサーさんの偵察に行ってるんだ」

「…!」

 

 アラビアントレノは、驚きのあまり、目を丸くした。

 

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「皆…迷惑かけて悪かった!」

 

戻ってきて直ぐに、俺は皆に頭を下げた。

 

「…ったく、心配かけやがって」

「まっ、アラも復活したところだし、一件落着だな」

「でも、これから忙しくなる、一難去ってまた一難…だぞ」

 

皆、それぞれ声をかけてくれる

ただ、火喰がいない

 

「あれ?それより火喰は?」

「あいつなら今自室だよ」

「自室?」

「ああ、ハリアーをジャパンカップで勝たせるために、俺らの担当が東京まで偵察に行ったんだ、それで送られてきたデータをまとめてる。」

「なるほど……」

 

 どうやら、俺がいない間に、事態はどんどん動いているようだった。

 

 

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 エルコンドルパサーが戻ってきた日の放課後、トレーニングの時刻となり、チームメイサのメンバーは部室に集まっていた。

 

「トレーナー、遅いね」

「いつもなら来ても良い時間帯ですけれど…何かあったのでしょうか」

「理事長に呼び出されたとか…」

「いや、最近うちのチームは調子良いし、流石にそれは無いでしょ」

「…じゃあ、先に着替えよう」

 

 メンバー達は桐生院がなかなか来ないことに違和感を感じつつも、制服から体操服へと着替えた。

 

 

 

ガチャ

 

「お、遅れて申し訳ありません、皆さん!」

 

 ハッピーミークらの着替えが終了したのとほぼ同時に、桐生院は部室に到着した。

 

「トレーナー…遅かったですね」

「どうかしたんですか?」

「は、はい!結さんと話していて…」

 

 ジハードインジエアの質問に、桐生院は返事をして、息を整えた。

 

「今年の有記念なのですが……船橋のサトミマフムトさん、結果がどうであれ、出走しない意向みたいなんです」

「ええっ!?」

「本当ですか?」

 

 メイサのメンバー全員は驚愕した。

 

 この世界では、有記念のファン投票対象ウマ娘は中央のウマ娘、もしくは中央開催の重賞レースに出走経験のある地方のウマ娘となっている。

 

 そしてその有記念のファン投票自体はまだ行われていないが、皐月賞、日本ダービーに出走したサトミマフムトは菊花賞を制したアラビアントレノと同等かそれ以上の知名度を誇っており、ファン投票でもかなりの票数が入ることが予想されていた。

 

 それ故、この発表を耳にした桐生院は驚いたのである。

 

 そして理由はもう一つ存在していた。

 

「でも…ファン投票はまだですよ?」

「なら…もしかして…これ」

「はい、結さんと話していたのはこのことなんです、これは事実上のボイコットではないかと……」

「…」

 

 桐生院と氷川の予測は当たっていた。

 

 URAや中央トレセン学園の対応に不満を抱いているのは、各学園の生徒会長だけでは無かった。サトミマフムトは同じローカルシリーズのウマ娘として彼女のことを尊敬し、ライバル視していた。そして、URAの判断に憤りを覚え、今回の決断に至ったのである。

 

「じゃあ、サトミマフムトは12月どうするんだろう?」

 

 ジハードインジエアはそう言って首をかしげた。

 

「……もしかしたらですが…」

 

 ゼンノロブロイはそれを聞き、しばらく考えた後、スマホを開いて検索をかけ始めた。

 

「これに出るのではないでしょうか…?」

「“名古屋グランプリ”……」

「距離は…えーと…ダート2500…」

「……有記念と…同じ…」

「皆さん、そこまでにしておきましょう、私達は私達で、今できることをやらなければならないのですから」

 

 桐生院はメイサのメンバーにそう言い、メイサのメンバー達もそれに従ってトレーニングの準備を始めたのだった。

 

 そしてその二日後、ゼンノロブロイの予測通り、サトミマフムトは名古屋グランプリへの出走を表明することになる

 

 

────────────────────

 

 

 桐生院達がシャトーアマゾンのニュースを知ってから二日後、エルコンドルパサーは生徒会室に呼び出されていた

 

「すまないな、休養日に呼び出して」

「い、いえ!」

「まあ、楽にしてくれ、エルコンドルパサー」

「はい!」

 

 エルコンドルパサーはシンボリルドルフに促され、生徒会室の椅子に腰掛けた。

 

「エルコンドルパサー、君はジャパンカップに向けて、しっかりトレーニングを重ねている、そうだな?」

「ハイ、常に明日にレースがあるという気持ちで毎日過ごしてマス」

「…気持ちは十分のようだな、ジャパンカップはスピカからスペシャルウィークが出る、だが、外からも強いウマ娘が来る、それは知っているな?」

「ワタシの目標は世界最強デス!!海外のウマ娘よりも早くゴールして見せマス!!」

「エルコンドルパサー、外からというのは、海外だけじゃない」

 

 シンボリルドルフは机から写真を取り出し、エルコンドルパサーに渡した。

 

「エルコンドルパサー、このウマ娘は誰なのかわかるか?」

「いえ…」

「このウマ娘の名はエアコンボハリアー、盛岡で行われたジャパンカップトライアルに勝ったウマ娘だ」

「つまり、その娘はジャパンカップに来る…ということデスか?」

「そうだ、所属は地方だが、油断してはならない…今回一番警戒しておいたほうが良いと言っても過言ではないだろう、起伏の激しい盛岡、そこの2400を勝ったという実績があるからな」

 

 シンボリルドルフはエルコンドルパサーにそう言った。

 

「分かりましタ」

 

 エルコンドルパサーはシンボリルドルフに対して頭を下げ、部屋を出ていった。

 

 

────────────────────

 

 

「皆、良い?ミークたちからの情報によればエルコンドルパサーはよくこの多摩川沿いで自主トレーニングを行っているわ、早朝、夜間、休日もね」

 

 都内のビジネスホテルの一室で、キングチーハーはノートを広げ、ワンダーグラッセとセイランスカイハイに見せ、そう言う。

 

「ワンダー、例のものは買ってきた?」

「はい、ここに」

 

 ワンダーグラッセは袋の中からジャージを取り出した。そのジャージは校章がついていない以外はトレセン学園で使われているものとほぼ同じであり、暗がりの中で見れば誰もがトレセン学園の生徒と同じと勘違いしてしまうようなデザインだった。

 

「うん、これなら大丈夫ね。ワンダー“ファンとしての接触”は任せたわよ」

「了解です〜」

「ランス、貴女は観察眼があるから、様子見役ね、指定したポイントでエルコンドルパサーの一挙一動、その目に焼き付けて、メモに記すこと。」

「ラジャラジャ」   

「そして夜目の効く私は走る役、トレーニングしているエルコンドルパサーに接近し、その動きを見る、皆、やるわよ」

 

 キングチーハーらはエルコンドルパサーに勝ちたいというエアコンボハリアーの願いを聞き入れ、協力することにした。その内容はエルコンドルパサーのことを細かく調べ上げるということである。

 

「ふふっ…まるでダブルオーセブンですね〜」

「いや〜そこはルパン三世のニクスでしょ」

「とにかく、これは大事な仕事よ、しっかりやるわよ」

 

 キングチーハーはパンと手を叩き、残り二人にそう言い聞かせた。

 

 

────────────────────

 

 

「エル、ちょうど良い頃合いです。そろそろ休憩しましょう」

「了解デス!」

 

 翌日、エルコンドルパサーは公園でグラスワンダーと共に自主トレを行っていた。

 

「フゥーッ!!ドリンクがカラダに染み渡りマース!!」

 

 エルコンドルパサーはドリンクを体に流し込み、声を上げる。

 

(……今ですね)

 

 そして、離れた所から様子を見ていたワンダーグラッセは行動を開始し、エルコンドルパサーとグラスワンダーに近づき…

 

「Hallo. Ms. El Condor Pasa.」

 

 声をかけた。

 

「あっ!!あの時の…」

「観光客さんではないですか…」

 

 エルコンドルパサーとグラスワンダーは驚いた。

 

「どうしてここに…?」

 

 エルコンドルパサーは英語でワンダーグラッセにそう問う。

 

「もちろん、ジャパンカップを観戦するためです。どの選手も魅力的な方々が多いですが、個人的にはファン感謝祭で良くしていただいた貴女の走りに、私は興味があるんです。ダービーの時のような、強い走りに」

「本当デスか…?」

「はい、世界のウマ娘が集う舞台のジャパンカップ、楽しみにしています。」

「グラス、聞きましたか!?」

「ええ、夢に向けて、また一歩前進しましたね」

「夢…?」

「ハイ!私の夢は、世界最強デス!!」

「世界最強…ですか、すごい夢ですね」

 

 ワンダーグラッセはエルコンドルパサーが喜ぶよう、言葉を紡いでいった。

 

「その夢を乗せた走りの行く先を、見てみたいですね」

「オオオッ!!やる気がどんどん湧いてきマース!!グラス!!トレーニングを再開しましょう!!」

「分かりました」

 

 ワンダーグラッセの言葉に、エルコンドルパサーのやる気は上がる。

 

(さて…うまく乗せることが出来ましたね、たっぷりと見せてもらいますよ)

 

 ワンダーグラッセは自主トレを再開する二人を見て微笑みを浮かべていた。

 

(しかし…本当に、ダブルオーセブンのようですね、まあ、残念ながら、例のライセンスは無いですが)

 

 そして、腹の中では別の考えを浮かべていた。

 

 

────────────────────

 

 

 そしてその夜、エルコンドルパサーは多摩川沿いの道を走っていた。

 

(ワタシに興味を持ってくれて応援をしてくれている人もいる…ジャパンカップ…負けられない!!)

 

 昼間の出来事もあってか、エルコンドルパサーの気合いは乗り、本番と同じような気持ちでトレーニングを行っていた。

 

(よし……今ね!!)

 

 キングチーハーはエルコンドルパサーが来たタイミングを見計らい、走り出してエルコンドルパサーの後ろ側についた。

 

(誰か来た…!?) 

 

 そして、エルコンドルパサーはそれにすぐ気がついた。

 

(体力はつけているし、私にはV-SPTもある、抜けなくとも、ランスのいる位置まで、なんとか食いつくことは出来るはずね)

 

 ジャージを身に纏ったキングチーハーはエルコンドルパサーの後ろに陣取り、プレッシャーをかける体勢に入った。

 

(あのジャージ、暗くてわかりにくいですけれど、トレセン学園の娘、でも、スペちゃんでも、キングちゃんでも、セイちゃんでも、グラスでもない……)

(なるほど…戸惑っているわね、こちらからジリジリ詰めさせてもらうわよ!!)

 

 キングチーハーはエルコンドルパサーの動揺を上手く利用し、距離をさらに詰めた。

 

(さあ、ここからお互いにきつくなるわね…!)

 

 そして、エルコンドルパサーに見せつけるように左右に若干蛇行した。抜きたいように見せかけるためである。

 

(何…抜きたいの…?でも、やらせない!!)

 

 エルコンドルパサーは闘争心の高いウマ娘である。彼女は進路を譲らず、直進した。

 

(ぐっ…やっぱり強いわね、でも、ランスの待機ポイントまでもう少し、そこまで耐えれば良い)

 

 

 

(さてさて…そろそろだねぇ)

 

 セイランスカイハイは、カメラ片手にエルコンドルパサーとキングチーハーが来るのを待っていた、彼女のいるポイントは街灯がおおく、夜でも撮影に十分な明るさだったのである。

 

「おおっ!!きたきた…なるべくバレないようにして…」

 

 セイランスカイハイは、ビデオカメラを構え、エルコンドルパサーを狙った。彼女にはキングチーハーが食いついていたので、分かりにくい場所にいるセイランスカイハイに気づくことは無かった。

 

(よし撮った!!) 

 

(ここまでのようね!)

 

 セイランスカイハイが撮影を終えた事を確認すると、キングチーハーは多摩川沿いの道から外れ、府中市内に姿を消したのだった。

 

 

────────────────────

 

 

 数日の後、エコーペルセウスはキングチーハーらから送られてきたエルコンドルパサーのデータを取りまとめていた。

 

「よし、こんなもんか、アラ!これをハリアーに届けてあげて」

「了解です」

 

 アラビアントレノはデータを持って部屋を出た、秋の天皇賞でエルコンドルパサーと走っており、その弱点を知っていると目され、エコーペルセウスに呼び出されていたのである。

 

「…かなりのデータが集まったようだな」

 

 エコーペルセウスに声をかけたのは、エアコンボフェザーである。

 

「うん、でもまだ足りない、あの娘は“情報を支配しろ”って言ってたからね」

「…あのジャパンカップを勝った、お前のホームステイ先の、あの寡黙なウマ娘か…」

 

 エアコンボフェザーはそう言って、エコーペルセウスの近くにある写真立てを見た、その写真には、エコーペルセウスと共に映る金髪のウマ娘が写っていた。

 

 ジャパンカップの日は、刻々と近づきつつあった。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

新たにお気に入り登録、評価、誤字報告をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m

先日の昼、赤バーになっていたのですが、夜にバーが黄色に変わっており、少々驚きました(笑)また赤バー目指してコツコツ頑張っていきたいと思いますので、これからもよろしくお願い致します。

ご意見、ご感想等、お待ちしています。

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