第40話 再戦の誓い
「じゃあ、行ってくる」
「ああ、頑張ってな」
俺はパドックに向かうアラを送り出した、今回は久しぶりのパーソナルカラー体操服となる。
今年の年末は大変だった。年明けすぐに福山大賞典があるため、アラを実家に帰してやることができなかったからだ。
俺は出走表を見た
1 | ミナミストリーム | 福山 |
2 | ホエーダイリン | 高知 |
3 | アラビアントレノ | 福山 |
4 | ベローウッド | 姫路 |
5 | アズマノサンサン | 福山 |
6 | ピープハンター | 福山 |
7 | キョクジツクリーク | 名古屋 |
8 | サンドボルシチ | 福山 |
9 | アサシオジューコフ | 門別 |
10 | トーセンイムホテプ | サガ |
7番のキョクジツクリークが怖い、チハ並の鋭い末脚を持つ彼女は、あのスペシャルウィークに一度勝っている。まあそれはアラも同じなのだが、それでも強敵であるという事実に変わりはない。
そしてもう一つ、気をつけるべき事がある。
マークだ、年末、エアコンボフェザーが有馬記念を見に行った際、ミークが多数のウマ娘から徹底マークを受けて敗北したという、ぶつけて無理矢理道を開くわけにはいかないし、これは難しい問題だ。
一応ラストスパートでバ群はバラけるからその間に素早く動く方法は考えた…だが、ストレートの短い、地方のコースでなんとかなるかどうか…
『3番、アラビアントレノ、1番人気です』
「帰ってくるのを待ってたぞ!!」
「アラさーん!!」
『2ヶ月ぶりにレース場に戻ってきてくれましたね』
ファンの皆は、アラの帰還を喜んでくれている。アラもその声援に応えるかのように、微笑んで手を振っている。
『7番、キョクジツクリーク、6番人気です』
キョクジツクリークは6番人気、だが、油断はできない、白梅賞は14番人気で勝ってみせている。
今回のアラの作戦は差し、キョクジツクリークは追込、奇しくも白梅賞と同じ構図となっている。そして、今回の距離は2600m、前走が2000mだったので、トレーニングはしっかりとやったが…それでも不安は残る。
私はゲートに向けて歩いていた。歩みを進めるたびに、一年前、フェザー副会長と共に走った2600mの事が思い出される。
「アラビアントレノさん!」
「……?」
後ろから声をかけられ、ふと振り返る。声の主は黒鹿毛の長髪、キョクジツクリークだ。
「キョクジツクリークさん、どうかしましたか?」
「今日はよろしくお願い致します」
相手は手を差し出してきた、私はその手を握り、握手をする。
「こちらこそ」
私は笑顔、向こうも笑顔、でも、その手の暖かさから伝わってくるのは、限り無い、勝利への情熱。
それはこちらも同じだ。
私は呼吸を整え、ゲートに入った。
『10人のウマ娘がゲートに入りました。年始に栄光のスタートを切るのはどのウマ娘か、福山大賞典』
ガッコン!
『ゲートが開いて今、スタートしました!まずはやはり前に出ます、4番ベローウッドと10番トーセンイムホテプ、そして1馬身はなれて6番のピープハンター、内にいるのは8番のサンドボルシチ、外を進むは2番のホエーダイリン、その後ろ、3番、アラビアントレノ、後ろに並んでいます、1番のミナミストリーム、5番のアズマノサンサン、9番アサシオジューコフ、しんがりは7番のキョクジツクリーク』
4人から…マークされてる…
しかも、結構近い。
『各ウマ娘、二度目のスタンド前に入っていきます、並ぶようにハナを進むのが4番ベローウッドと10番トーセンイムホテプ、3馬身後ろに6番のピープハンター、内にいるのは8番のサンドボルシチ、外には2番のホエーダイリン、その真後ろに3番アラビアントレノ、後ろには1番のミナミストリーム、5番のアズマノサンサン、9番アサシオジューコフ、しんがりは7番のキョクジツクリーク』
「あと一周だというのにスローペースだな…アラの後ろにいる奴らの動きが、どうも怪しい…囲まれるかもしれんな…」
慈鳥は難しい顔をして双眼鏡を覗き込んでいた。
彼の言及していた通り、これまでのレース展開はスローペースであった、逃げの二人と後続との差が少し開いた以外は、殆どバ群がバラける事は無かった。
(……あと一周…ここいらで一息入れておきましょう、アラビアントレノさん…いざ…勝負)
キョクジツクリークは前方を伺いつつ、微笑みを浮かべて一息入れた。
そして、同時に前を走るアサシオジューコフの後ろに入り、スリップストリームの体勢に入った。
『各ウマ娘、第一第二コーナーを抜けて向正面へ、4番ベローウッドと10番トーセンイムホテプ、先頭だが少し厳しいか?おっとここで1番ミナミストリーム、5番アズマノサンサン、9番アサシオジューコフ上がってきたぞ!』
(ここで来た…!でも、トレーナーから教わった対集団マーク戦法の方法を…)
『ここで3番アラビアントレノ、少し外側に出てきたぞ、外から上がってきた1番ミナミストリームの勢いが止まった!』
アラビアントレノは上がってきたウマ娘と、ペースが落ちてきたウマ娘に挟まれ、囲まれるのを未然に防ぐべく、ジャパンカップでエアコンボハリアーが見せた走法…即ち、身体を少し傾ける走法を使い外へと出た。
(やはり、出てきましたか…さあ、参りましょう!)
キョクジツクリークはアラビアントレノに並びかけた。
『第3第4コーナー直前、ここでしんがりを走っていた7番のキョクジツクリーク、上がっていって3番アラビアントレノに並びかけて来た!』
(ここで並びかけてきた…キョクジツクリーク、何を考えているの?)
(私の行為、貴女は疑問に思っているでしょう、そしてこの程度で貴女が動揺することが無いのは、勝手知ったる事……アラビアントレノさん、貴女には“名古屋の新しい武器”をもって…向かわせて頂きます)
アラビアントレノ、キョクジツクリークは同時にロングスパートをかけた。
『第4コーナーカーブ、先頭入れ替わって8番サンドボルシチへ、内をついて上がって来るのは5番アズマノサンサンと9番アサシオジューコフ、外から3番アラビアントレノと7番キョクジツクリークが上がってくるぞ』
(やはり、アラビアントレノさんはコーナーが速いですね、一息入れて良かったものです)
キョクジツクリークはV-SPTが行われている最中、何が起きているのかは良く分かっていない、しかし、アラビアントレノがコーナーに優れたウマ娘というのは、十分に理解していた。
それ故、忍耐強く、ギリギリまでスタミナを温存するという、原始的かつ単純明快な方法を使っていたのであった。
そして、ウマ娘達は第4コーナーを駆け抜ける、キョクジツクリークはアラビアントレノより、少し前に出た。
(……末脚を使うタイミングが速い…?)
チョン
(……えっ…)
違和感を感じ、アラビアントレノの意識は一瞬そちらの方に移った
(反則行為の当て身では無い、尻尾を相手に触れさせ、一瞬意識をズラすだけ、たかが一瞬、されど一瞬…)
キョクジツクリークは、自身の尻尾をアラビアントレノに触れさせ、一瞬であるが集中力を削いだのである。
ドォン!
そして、その隙を突き、末脚を爆発させる。
(ッ!負けるもんか…!)
しかし、アラビアントレノも負けてはいない、一瞬の遅れを取り戻すべく、先ほど包囲を防ぐのに使った走法を応用し、内を突いたのである。
『最終局面、最初に立ち上がったのは外から来た7番キョクジツクリーク!最後の直線は短いぞ!後ろのウマ娘達は間に合うか?』
(これで…!!)
(させないっ…!)
『ここで何と最内から飛び込んできたアラビアントレノ!!差を少しずつであるが詰める!先頭二人の競り合いだ!!』
地方レース場の砂の深さは、内ラチ沿いが深くなっている、当然、沈み込みやすい。
そのため、多くのウマ娘はそこを避けて進む、しかし、アラビアントレノはあえてそこに突っ込んだ。
アラビアントレノは垂直方向への推進力が強いウマ娘である。それ故、砂の深い内ラチ沿いでも、力強く蹴り上げ、推進力を得ることができていた。
『並ぶようにゴールイン!!』
そして二人は、並ぶようにゴールインした。
俺は未だに表示の出ない掲示板を見る。
正直なところ、アラはギリギリ喰いつけた感じなので、身長差で不利かもしれない。
永遠にこれが続くのではないかというような沈黙が、場を支配する。
オオオオオッ!!
そして、掲示板に表示されたのは『7』の文字だった。
つまり…負け。
『勝ったのは7番、キョクジツクリーク!!』
実況の声に、場は沸き立つ。
「悔しいが、面白いレースだったなぁ!」
「名古屋もやるなぁ!」
…観客の言うとおりだ、強くなっているのは俺達だけじゃない、大鷹校長の言っていた“今の地方には志の高いウマ娘が多くいる”というのを、実感することができた。
「アラビアントレノさん、今日はありがとうございました」
「おめでとうございます、まさか…あんな技を持っているなんて」
私はキョクジツクリークにそう返した。今回のレースは、負けた悔しさというよりも、あの技に驚いた。そういうレースだった。
「…いえ、私も秘策を持って臨んだのに、完璧には貴女を千切れませんでした……即座に立て直す貴女のメンタルには…脱帽です」
「…ありがとうございます」
素早く立て直せるメンタルは、私の才能じゃない、私がサラブレッドじゃなくて、アングロアラブだからだ。
「アラビアントレノさん、またいつか、どこかで戦いましょう!」
「はい!」
私達は再戦を誓い、握手をした。
福山大賞典と同日、トレセン学園理事長である秋川やよいはURA本部での会議に出席していた。
「なるほど…AUチャンピオンカップ、プレ大会の開催要請…確かに、本番までおよそ一年…」
「…そして、書類に書いてある通り、NUARには、大規模大会の実行ノウハウがありませんからね…」
会議ではプレ大会の開催についての是非が話し合われていた。
「私は賛成です」
「ですが、本来予定に無いレースを組み込むというのは、ウマ娘の故障を招きかねませんか?サイレンススズカのような事は、繰り返してはならない、彼女のような“絶対”を体現できるような唯一無二のウマ娘はそう多くない」
この役員は、サイレンススズカのような“絶対”を体現する可能性のある才能あるウマ娘が故障することを恐れ、そう発言した。
「……」
そして、やよいはやり取りの様子をじっと観察していた。
「…方々、少しよろしいですか?」
「秋川理事長、どうしました?」
そして、タイミングを見計らい、その場にいた全員に呼びかけた。
「国体はプレ大会を開催し、運営が円滑に行う事ができるか確かめていると聞きます、今回のイベントは国体のような大規模なイベント、さらに会場となるレース場は全国に点在している、そして…」
やよいは書類のある場所を見た、そこには、提案者としてNUARの理事長、トレセン学園運営委員長の九重、そしてエコーペルセウスを始めとしてNUARの全てのトレセン学園の生徒会長の名前が記載されていた。
「…
やよいはそう全員に呼びかけた。
「………」
「………」
その場に沈黙が走る。
「大会の主役はあくまでウマ娘達であると私は思います。そのウマ娘達の代表が、こういう風に提案しているのですから、開催すべきというのが私の意見です」
「…なるほど」
その場にいた何人かは頷いた。
「…確かに、今回の主役はウマ娘達、秋川理事長、貴方はそのウマ娘達を一番近い所で見ておられますよね?」
そして、やよいに質問が飛んだ。
「…?はい、そうです」
やよいは唐突な質問に少し驚きながらも、そう答えた。
「皆さん、生徒たちを1番近い所で見ておられるトレセン学園の理事長がこう言っておられるのです、この意見を支持すべきではないでしょうか?」
「……確かに…」
「学園の理事長がそう言うのであれば…」
各所で質問者の言葉に対する納得の声が上がる。
「それでは、皆さんに開催の是非を問いましょう」
司会者がそう言い、多数決が始まった。
やよいの発言と、国体などでもプレ大会が行われているという事実、それらによって多数決は賛成の圧倒的多数となり、プレ大会の開催が決定したのであった。
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