今回は、史実を元に独自に考察した“ウマ娘 シンデレラグレイ”の前日譚となります。また、このタイトルは“時空のたもと”という曲を参考に作っています。
「そう、数年前だ、そして、これからの私の言葉は、今はここに来られないフェザーのものとして、受け取って欲しい」
エアコンボフェザーはそう言って紅茶を一口飲み、アラビアントレノ達の方を向いた。
「まず、皆、シンボリルドルフは分かるね?」
「はい」
4人はそれぞれ頷いた
「…フェザーが中央に居た時…シンボリルドルフはトゥインクルシリーズを更に盛り上げるために、様々なことを考えていた、フェザーも、生徒会の一人として、当時あまり人気の無かったダートレースの人気を高めるべく働いていたんだ、シンボリルドルフの所属はリギル、フェザーはチームを抜けて様々なチームのトレーニングの助っ人…立場、やっていることは違えど、ウマ娘の幸福の為に、より良いウマ娘レースを作るために、二人は行動していた…あの二人は同志だった」
「…同志…」
「…トゥインクルシリーズは昔から人気だったわけだけど、数年前、その人気はさらに高まり、今のようになった…そのきっかけとなったウマ娘…それは皆、分かるだろう?」
「…は、はい!オグリキャップさん…ですよね?」
「うん」
オグリキャップは地方から中央に移籍したウマ娘である、その活躍は、トゥインクルシリーズの人気を更に高めていたのであった。
「そして、オグリキャップが移籍してきたのと入れ替わりのような形で、フェザーはここに戻ってきたんだ」
エコーペルセウスはそう言うと、ポケットから一枚の写真を取り出した。
「皆…このウマ娘を知っているかい?」
「いえ…」
「私も…」
エアコンボフェザーの質問に、アラビアントレノ達は首を横に振った。
「では、皆は“ヤシロ家”という家を知っているかい?」
「……」
「…申し訳ありません、知りません」
「…まあ、そうだろうね、ヤシロ家が有名だったのは丁度私やフェザーが生まれた頃、そしてこのウマ娘は、ヤシロ家最後の競争ウマ娘のヤシロデュレンだ」
(ヤシロ…?)
アラビアントレノは首を傾げながらも、話を聞く。
「彼女はフェザーが中央にいた頃、一番目をかけていた後輩なんだ、フェザー曰く、努力家でおとなしいウマ娘だけど、勝負の時の精神力は、同期の誰よりも強かった、彼女はその努力と精神力、そしてフェザーと一緒に鍛えたマーク戦法で、菊花賞を取ってみせた、そしてこれがオグリキャップが中央に来る、二年前の出来事だよ」
「……」
「そして、月日は流れて、オグリキャップが来る一年前、あるウマ娘がクラシック期を迎えたんだ、そのウマ娘の名前は、サクラスターオー、二人の後輩で、チームは違うものの、彼女は二人によく懐いていた」
「……!」
その時、アラビアントレノは目を少し開いた。
「アラ、どうかしたの?」
「…大丈夫、何でもないよ」
「…続けるよ、サクラスターオーは足があまり丈夫な方ではなかったウマ娘だったけど、素晴らしい才能を持っていた……もしかしたら、あのシンボリルドルフを超えるウマ娘になるのではないかと言われるほどに…ね…実際、彼女は強かった、皐月賞を制覇し、ダービーは回避したものの、ヤシロデュレンと同じ菊花賞を制覇した、彼女は2冠ウマ娘になったんだ」
(…菊の季節に…桜が満開…)
アラビアントレノは、心の中でそう呟いた。
「そして、それより少し前にはなるが、フェザーの友人のあるウマ娘が引退した、ドリームトロフィーリーグに行くことなく…ね、そのウマ娘も、サクラスターオーと同じ2冠ウマ娘、そして、有名な五冠ウマ娘、シンザンの娘、ミホシンザン…通称ザーン。」
シンザンは、シンボリルドルフやマルゼンスキーより前の時代に走っていたウマ娘である。その豪脚は『鉈の切れ味』と称され、語り継がれていた。
シンザンがトゥインクルシリーズに刻んだ足跡はとても大きく、“シンザン記念”の名を持つレースが存在しているほどであった。
「ミホシンザンはファン投票一位で選ばれた宝塚記念を回避して引退した、会場は随分と寂しかったのが、印象的だったなあ…でも、宝塚記念の回避も、引退も、中央は撤回するように要請していたみたいだけど」
「あの…ペルセウス会長…どうして、ミホシンザンさんは、ドリームトロフィーリーグに移籍しなかったのですか?」
ワンダーグラッセはそうエコーペルセウスに聞いた。
「ミホシンザンは走りすぎたんだ、マルゼンやシンボリルドルフが一線を退いてからというもの、トゥインクルシリーズはしばらく、“圧倒的スター”というものが居なかった。ミホシンザンはその血筋で周囲から大きな期待を受け、それに応えるべく走っていた、事実、ミホシンザンはシンザンやシンボリルドルフとまではいかないものの、スターウマ娘だったんだよ。だけど、彼女は期待に応えるため、心身の限界を超えて走っていたんだ。最後のレースは春の天皇賞、なんとか勝ったものの、彼女は心身共に疲労困憊状態だったんだ…ちょっとやそっとの静養で何とかなるものじゃなかった」
「……そう…だったのですね」
「そして、ミホシンザンの引退と、サクラスターオーの2冠の間に、一人のスターウマ娘が登場し、その担当トレーナーのもとに、ルドルフ自らが交渉に向かったんだ」
「それが…オグリキャップですか?」
「そうだよ、チハ、その時のURAはミホシンザンの後釜となる“絶対を体現する”スターウマ娘を欲しがっていたんだ、そしてその候補として白羽の矢が立ったのがサクラスターオーとオグリキャップ…だが、“この時の”メインはあくまでサクラスターオーだったんだ」
「…この時…?」
キングチーハーはそう聞いた、一方でセイランスカイハイは顎に手を当て、あることを考えていた。
(この年…確か…あの時に抜けてた…)
セイランスカイハイはワンダーグラッセと共にトレセン学園のファン感謝祭に行った際、エルコンドルパサーとグラスワンダーにより“伝説のレースのシアター”に案内され、そこで有名なG1レースの映像を見ていたのである。
そして、そこでセイランスカイハイはある違和感を感じていた、それは“レースによって所々抜けている年がある”ということである。
(…思い出した…この年は…どういうわけか“有馬記念”が抜けてたんだ……ひょっとしたら…ペルセウス会長の言ってるサクラスターオーに関係があるのかも…)
「そして冬…ヤシロデュレンは有馬記念に出られるのならば出たいと言っていた。だからフェザーは後進のダートウマ娘達を鍛えながらも、そのトレーニングの手伝いをやっていたんだ。一方で、サクラスターオーは翌年春の天皇賞を取るために、菊花賞で酷使した足を休めていたんだ、そしてそんな中、ファン投票の結果が出た。」
「……」
「ヤシロデュレンは上位に入っていて、出走権利を手に入れる事ができた。そして…サクラスターオーは…」
「一位…だったんですか?」
アラビアントレノはそう言ってエアコンボフェザーを見つめた。
「……うん、その通り。だけど、サクラスターオーは春の天皇賞まで休養するつもりで、正式には表明していなかったものの、有馬記念は回避するつもりだったんだ、彼女のトレーナーも、それを尊重していた………………」
エコーペルセウスの目は少しずつ、開きつつあった。
「ごめん、あまり気にしないで、私は君たちに怒っているわけじゃないんだ。でも、当時の事…フェザーのことを思うと、虫酸が走るんだ。」
「分かりました…ペルセウス会長、私達、中央に偵察に行ったとき、伝説のレースの映像を見てきたんですけど、その中に、有るはずなのに抜けているレースが何個かあって、多分その一つが……サクラスターオーさんが2冠を取った年の有馬記念なんです…何かあったんですか?教えて下さい」
セイランスカイハイは偵察で見てきたことについて、エコーペルセウスに聞いた。
「うん…ミホシンザンの回避した宝塚記念の惨状……あれを、繰り返させまいとしている人達がいたんだ。それがURAや、トレセン学園の前理事長の秋川しわすだ。彼女達は年末の大一番のグランプリ、有馬記念が夏の宝塚記念同様、寂しいレースになるのを恐れるのと同時に、2冠を取って有馬記念を制覇する“絶対を体現するスターウマ娘”を求めていたんだ。そしてURAは、サクラスターオー達に出走を求めた、その人々の中にはシンボリルドルフもいたんだ……もちろん、二人は拒否しようとしたし、フェザーは直接、抗議に赴いた…」
オグリキャップが中央にやって来る前年、エアコンボフェザーはURA本部の中央諮問委員会の委員長を訪ねていた……シンボリルドルフより前にである。
その理由は、エアコンボフェザー本人の立場にあった、エアコンボフェザーはトレーニングの助っ人として活躍しており、ヤシロデュレンを始めとした一部のウマ娘やダートウマ娘達に強く慕われていたからである。エアコンボフェザーはシンボリルドルフを通じ、その状況を理解していた、それ故、多くの生徒の尊敬を集める生徒会長であるシンボリルドルフとトレーニングの助っ人として、同じく生徒から強く慕われている自分が直接対立することにより、学園でトラブルが発生することを避けたのである。
「お願いします、サクラスターオーへの有馬記念出走要請を…止めて下さい」
「……何故?」
「彼女の脚は、あまり強い方ではありません、それ故、菊花賞からのローテーションには余りにも無理があります。」
「ええ、分かっているわ」
「ならば…「フェザー」」
委員長はエアコンボフェザーの言葉を遮った。
「…貴女ほどの聡明なウマ娘ならば、トゥインクルシリーズの現状が分かっているはずよ、ルドルフ、マルゼン、シービーのようなスターが一線を退き、今のトゥインクルシリーズはポッカリと穴が空いたようになっている……これは素早く埋めなければならない、それは貴女も、理解していることでしょう?」
「…ならばスターオーにそれを背負わせずとも我々ダートウマ娘が居るでは「フェザー」」
委員長は再びエアコンボフェザーの言葉を遮る。
「…凱旋門賞、サンルイレイハンディキャップ、香港ヴァーズ、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス……これらは何のレース?」
「…芝です」
「そう、世界の主流はあくまでも芝、そして我々は将来的に海外遠征を強化する方針……後は言わなくても分かるはずよ」
委員長は鋭い目で、エアコンボフェザーを見る。
「……」
「…あくまでも、口を開かないつもりね、ならば私の口から言わせてもらうわ、我々が世界に追いつき、追い越すためには、芝でルドルフのようなスターを生まなければならない…シリウスシンボリがどうしているのかは、あなたも知っているはずよ」
この頃のURAは、海外遠征強化計画の実現の準備段階にあり、そして、シリウスシンボリはそのテストベッドのようなものであった。
「それに、ウマ娘レースは我々だけの物ではない、多くの企業、そしてファンの力によって運営されている…それは貴女も分かっているはずよ、それに貴女は正直に言ってしまえば、脚質自在の上、芝適正もあるのにダートしか走らなかった異端者、そんなウマ娘の意見を聞き入れ、有馬記念があの宝塚記念の二の舞いになれば……日本のウマ娘レースの評判は地に落ちる」
「はい、理解しています、そちらの考えも、自分が異端者であることも」
「…分からないわね…結局貴女は、理由をつけて自分の最も可愛がっている後輩を勝たせたいだけではなくて?」
「デュレンの事ですか?勿論、勝ってほしいとは思っています。しかしそれとこれとでは話は別です。私は真剣にスターオーのことを心配しています」
エアコンボフェザーは委員長を睨みつけた。
「……なるほど…貴女の考えは、理解できたわ、ならばこれを見て頂戴…」
「……これは…」
「ファンの署名、5万人分、手書きでこれだけの数が集まったのよ、スターオーが出なければ、この5万人の期待を裏切る事になる、ファンはトゥインクルシリーズにとって無くてはならぬ大切な存在……フェザー、考え直しなさい」
そう言って委員長はエアコンボフェザーに退出を促した。
そして、この署名活動に影響されたある若い記者が、オグリキャップを日本ダービーに出すために奔走し、一万人もの署名を集めることになるが…それはまた別の話。
翌日、エアコンボフェザーの姿は生徒会室にあった。
「ルドルフ、何故だ、何故お前までスターオーの出走を求めているんだ?」
「……フェザー、君は先に私に伝えることがあるのではないかな?委員長から話は聞いた、スターオーの件…抗議に行ったそうだな」
「耳に入っていたのか…なら…」
「フェザー…ファンの署名の話を聞かなかったか?」
「聞いた」
「…多くの人々が、彼女がスターとなる事を望んでいる……それは私も同じだ、今のトゥインクルシリーズには、彼女が必要なんだ、それに、私としては、彼女の意志を尊重したい」
「……スターオーの…意志…どういうことだ?」
「彼女は有馬記念への出走を決定した、私達トレセン学園は生徒の自主性を重んじる学校……一度決めた決定に干渉してはならない」
「………分かった…失礼する」
そう言ってエアコンボフェザーは生徒会室を出た。
「スターオー…決めてしまったのなら、私にお前を引き止める権利は無い、だが…決めた理由を、私に教えてくれないか?」
「…私は、生まれた後すぐに、お母様が亡くなり、多くの人々の助力で、ここまで走ってきました。その多くの人々が、わざわざ署名活動まで行ってくれたのです、それに、ルドルフ会長も、直々に依頼の言葉をかけて下さいました。私はあの方に、運命的な何かを感じているんです…その期待には…応えるべきであると…信じていますから」
「そうか……」
「フェザー先輩、私のレース…ご覧になってくれますか?」
「…ああ、観に行く、絶対に」
エアコンボフェザーはサクラスターオーに有馬記念を見に行く約束を行った。
「…それで、当日はどうなったんですか?」
アラビアントレノはエコーペルセウスに質問をした。
「サクラスターオーは当然1番人気、デュレンは10番人気だった、スタート直後にその年のダービーウマ娘のメリービューティーが転倒した以外はレースは順調に進んでいた。ヤシロデュレンはスターオーを徹底マークし、後ろに張り付いていた、ラストスパートでのバラけを利用する作戦だったんだとおもう。だけど、第3コーナーから第4コーナーに入ったところで、スターオーは突如失速…すぐに原因は分かった、骨折だ、サクラスターオーは外にヨレ、倒れた。デュレンはそれによって空いたスペースを利用して、前に出て勝利したんだ」
「似てる……」
キングチーハーは思わずそう呟いた
そして、そう思っていたのはここにいる全員である。圧倒的1番人気のウマ娘がゴール前故障するという展開は、秋の天皇賞とそっくりであった。
「それから…どうなったんですか?」
アラビアントレノはそう追及する。
「…君の時と同じさ、アラ、世間の目はスターオーの故障のみに向き、ヤシロデュレンの勝利が讃えられることはほとんど無かった……いや、それだけじゃない、ヤシロデュレンに対して“徹底マークしなければ、サクラスターオーが故障することは無かったのではないか”という批判もあったって噂もある」
「…ひどいわ…」
キングチーハーは拳を握り込み、言葉を絞り出す。
「それで…ヤシロデュレンさんはどうなったのですか?」
「…彼女は中央を去ったんだ」
有馬記念から数日後、エアコンボフェザーはヤシロデュレンが自主退学すると聞き、止めに向かっていた。
「何故…私はあそこを通ろうとしたのでしょうか?」
「デュレン……お前の判断は間違って無い、大丈夫だ、私がお前を守る」
「その気持ち、嬉しく思います、フェザー先輩…………でも、皆…皆、あのレースを見て言うのは、あの娘の事ばかり………フェザー先輩、私は…もう走りません、勝っても…嬉しくないですから」
「デュレン…」
「こうするのは…私の心が弱いからです。後輩の…最後のわがままを…聞いてくれませんか…?」
「ああ…」
ヤシロデュレンはエアコンボフェザーに自らの使っていた鳥居形の耳飾りを渡す。
「……先輩は私に、どんな状況でもあきらめない事を教えてくれました。…私は出来損ないだったけど、先輩なら、私みたいなウマ娘を作らないようにできるって…信じてますから…先輩は、あきらめないでください。」
エアコンボフェザーはヤシロデュレンの手を握った。そして程なくして、ヤシロデュレンは学園を去ったのであった。
ヤシロデュレンが学園を去って数日後、エアコンボフェザーはある情報を入手していた。
「ルドルフ…答えてくれ、お前はオグリキャップを…ザーンとスターオーの後釜とするつもりか?」
それは、シンボリルドルフとマルゼンスキーがオグリキャップのスカウトのため、再びカサマツに向かうという情報であった。
「……」
「…頼む、これは生徒会の一員としてではなく、ウマ娘の幸福を願う一人の同志、友としての質問だ」
「…今のトゥインクルシリーズには、トレセン学園には、スターが必要なんだ、学園のウマ娘達が“自分も!”と願い、目標とするような、そして、スターオーが欠けたことにより、冷めてしまった熱を…再び取り戻すようなスターが…分かってくれ…フェザー」
「…………」
エアコンボフェザーは無言で生徒会室を去った。
そして、シンボリルドルフはオグリキャップをスカウトするべく、ゴールドジュニアの開催される笠松に向かった、そしてトレセン学園に帰還した際、彼女はある知らせに驚愕することになる。
「じゃあ…シンボリルドルフにオグリキャップさんの事について聞いたあと…フェザー副会長は…」
アラビアントレノは、少し申し訳無さそうな表情を見せながらも質問する
「…うん、フェザーは中央を去った、内部改革だけでは、どうにもならないと悟ったんだろう。日本のウマ娘レースを、世界に羽ばたくにふさわしいものにするためにね」
「シンボリルドルフは…どう思ったのでしょうか?」
「…分からない、だけど、フェザーが学園を去る際、10人程のウマ娘がそれに殉じて学園を去ったんだ。中央では芝と比べ人気のないダートレース、そして、その担い手が多く抜けてしまったことは、中央にも、シンボリルドルフルドルフにとっても大きな打撃にはなっただろうね」
エコーペルセウスの言うことは当たっていた、彼女らが出奔した影響で、トゥインクルシリーズのダート戦線は、しばらくの停滞を余儀なくされたからである。
「…恐らく、今のシンボリルドルフは、心のどこかで、自分の後継者を欲しがっているんだろうね」
「…サクラスターオーは、どうなったんです?」
「フェザーが見たのは、彼女が運ばれていくまでだ、どこの病院に運ばれたのかも分からずじまい…ただ、後から聞いた話によると、彼女のトレーナーは責任を取ってトレーナーを辞したらしいね……以上が、フェザーが中央に居た時に起こったことだよ」
「…………」
全員、エアコンボフェザーの、そして中央の過去に、言葉を失っていた。
「……?」
だが、アラビアントレノは、自分に起きたこと、エコーペルセウスから語られた事を繋ぎ合わせ、あることを頭に思い浮かべていた。
「ペルセウス会長、少し良いでしょうか」
「…アラ?」
「秋天の後の騒動の時、ネットもすぐに大人しくなったように感じたんです。それって…もしかして…」
アラビアントレノは、秋の天皇賞の後、ネットがすぐに大人しくなったことに疑問を感じていたのである。
「うん、大鷹校長だけじゃなくて、フェザーも頑張ってくれたんだ。生徒会と大鷹校長達以外には、秘密にしてあるんだけど、生徒会はネット対策の役割も持っているんだ、フェザー達は、秋の天皇賞の時は、エルコンドルパサー、サイレンススズカのレース情報をできる限り集めて、中立的な視点から走りの分析を行なってたんだ。」
「分析を…!?」
「うん、そしてそれを大鷹校長のインタビューと同時に、他の地方トレセンの協力のもと、各方面にバラまいたんだ、でも、今回が始めての仕事だったから…完全な対応にはならなかった。君を戻す役割だって、慈鳥トレーナー頼みだった。ごめんね…アラ。」
エコーペルセウスはアラビアントレノに頭を下げた。
「頭を上げてください会長、そんな事が起こってたなんて、私は知りませんでした。ありがとうございます。」
アラビアントレノはエコーペルセウスに礼を言った。
「…フェザー副会長、副会長と共に中央を去ったウマ娘達は…どうなったのですか?」
ワンダーグラッセがエアコンボフェザーに聞く
「…その時のローカルシリーズには、先進的なウマ娘が多くいたから、私達は各学園でそれを受け入れ、ウマ娘達のトレーニングの手伝いをやってもらったんだ。ローカルシリーズはダート主体だから、皆は快諾してくれた」
「だから…最近のローカルシリーズは、盛り上がってきているのですね」
「…うん」
「では…夏合宿は…」
キングチーハーは夏合宿の事について質問を飛ばす。
「夏合宿には多くの意味があったんだ。一つ目ここのウマ娘達の実力向上を図るため、二つ目はここの皆に、中央のライバルを作るため、そして…三つ目は、これからのためだ」
「これからのため…」
「ああ………ここで、君たちの考えを聞かせてほしい、今の中央は“絶対を体現するウマ娘”を常に作り上げようとしている、そして…シンボリルドルフ自身も、心の底では…それを欲していると私達は思っている。そして私達は…日本のウマ娘レース界を“絶対を体現するウマ娘を求める”という癌から解放したいんだ。皆、協力してくれないかな?」
エコーペルセウスは4人に向け、頭を下げた
「……協力します」
最初に名乗りを上げたのは、アラビアントレノであった。
「…ペルセウス会長、中央にはミーク達、大切なライバルがいます、私は…私は…そんなライバル達と競い合っていきたいんです」
「…アラ…」
「私も協力させてもらいます、ペルセウス会長達が頑張ってくれたからこそ、今の私達がありますし」
「…同じくです」
「ランス、チハ…」
「…今の日本のウマ娘レース界のスタイルでは、いつか再び悲劇を招くと思います…それを、繰り返すわけにはいきません、私の力もお役立て下さい。」
「ワンダー、皆、ありがとう」
エコーペルセウスは4人の手を取り、礼を言った。
「ありがとう、皆」
「ありがとう」
「…ハリアー、サカキ…!?」
アラビアントレノ達は、驚き後ろを振り返る。そこにはエアコンボハリアーとサカキムルマンスクの姿があった。
「ああ、そうだった、実はこの二人は、もうすでにこのことを知っているんだよ。」
「ごめんね皆、黙ってて」
「…ごめん、でも、これからは、本当の意味で、一緒に頑張っていける」
サカキムルマンスクとエアコンボハリアーは4人を見つめてそう言った。そして4人も頷き、それに応えたのだった。
私達はフェザー副会長に礼を言われた後、部屋に戻った、話された内容が深刻すぎて、ウイニングライブの話の続きをやる気など、当然なかった。
私は自室のベッドに仰向けになり、目を閉じて前世の記憶を呼び起こす。
二冠…
『競馬の世界には、“二冠馬”って、三冠馬にはなれなかったけど、レースが物凄く強い馬が居たよな…そういうのって、結構な奴が、個人的には不幸だったんだよな』
『…不幸?』
『俺の世話役が言ってたぜ?どこに行ったのか分からなくなったり*1、破傷風で死んだり*2、スプリンター向きなのに三冠路線を行かされたり*3、予定外のレースを走らされて故障したり*4、地獄の苦しみの骨折を、現役中に4回経験したり*5、馬房内で立ち上がって頭をぶつけて死んだり*6…な、その点、俺達は平和に暮らせてるよな、人間たちを乗せるだけで良いんだから』
前世、牧場でともに過ごしていたセルフランセ、ヴィルギットとのやり取りが、頭をよぎる。
彼の世話役はもともと、競走馬の厩舎で働いていたから、彼は競走馬のことに詳しかった。
そして、サクラスターオー…おやじどのが話していた、“悲劇の二冠馬”
彼は、人間達に愛されていたけれど、同時に翻弄された馬だった。
ミホシンザンの事は知らなかったけれど、恐らく、そうなのだろう。
そしてそれは、私達アングロアラブも…同じだ。
でも、前世は前世、この世界はこの世界、私達は馬じゃなくてウマ娘だ……ごっちゃにしてしまうと、セイユウの思う壺になってしまう…そんな気がする。
そして…私達にこれを伝えたということは、トレーナーの耳にも入っているということだろう、トレーナーの事だ、絶対に協力すると言っているだろう。
“AUチャンピオンカップの理念を実現し、日本のウマ娘レース界を、世界に羽ばたくにふさわしいものにする”
私にどれだけのことが出来るかは分からない、でも、色々な所にいるライバルたちと、走り、競い、お互いの健闘を称え合って、ゴールを目指して進んでいく……この日常を守りたいという気持ちは本物だ。
お読みいただきありがとうございます。
新たにお気に入り登録、誤字報告をしていただいた方々、ありがとうございますm(_ _)m
今回のタイトルにある“月”はシンボリルドルフを表しています。また、今回のシンボリルドルフの描写は、ウマ娘シンデレラグレイを読んで筆者が“彼女は自らの後継者を求めている”と独自に考察したものです。
ご意見、ご感想、評価等、お待ちしています。