アングロアラブ ウマ娘になる   作:ヒブナ

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第3話 スカウト

「よろしく頼むわ!」

「ああ、こっちからもよろしく頼む!」

 

 軽鴨とキングチーハーが握手をする、選抜レースに備えて、俺達5人は意見を突き合わせて、スカウトのための話術を相当考えていた。

 

 それが実ったというわけだ。

 

 だが、俺の探していたアラビアントレノはいなかった。そこで俺はあるウマ娘に声をかけた。

 

「サカキムルマンスク」

「あっ!トレーナーさん、どうかしましたか?」

 

 このウマ娘は確か、アラビアントレノとクビ差でゴールしたはず、だから退場するときも一緒にいたに違いない。

 

「アラビアントレノがどこに行ったか知らないか?」

「アラちゃんですか?それなら…もう校舎の方に行ってしまったと思います」

「分かった、ありがとう」

「……?」

 

 疑問を顔に浮かべるサカキムルマンスクにお礼を述べ、俺は校舎の方に向かった。

 

────────────────────

 

 校舎には居ない。

 

 寮に連絡を入れる──さっき出ていったそうだ。

 

 恐らく、走るとしたら川沿いのウマ娘用の走路だろう、俺は車に乗り込み、走路に沿って川を下っていった、左手には福山レース場が見える。

 

 川沿いの道は飛び出しなどの心配から、あまり飛ばせない、かなり燃費に響く走りだ。

 

ポッ…ポッ…

 

 雨か…

 

サァァァァァァァァ…

 

 これはかなりの本降りになりそうだ……

 

……ん?

 

 あそこに人影が一人…あの髪の色だとウマ娘のはず、それにあの色は…芦毛。

 

 間違いない、アラビアントレノだ。

 

 俺は進路を変更し、駐車場へと車を走らせた。

 

 

────────────────────

 

 

 車を停め、トランクに放り込んである傘を取り出し、さっきアラビアントレノがいたであろう場所に向かう。

 

 芦毛の髪…間違い無い。

 

 しかし、その耳はペタンとしている、恐らく、選抜レースの結果の影響だろう。

 

 俺はアラビアントレノに近づき

 

「お前さん、そんな所で座り込んでると、風邪ひくぞ?」

 

と声をかけた。

 

「………!」

 

 相手は驚いた様子を見せ、顔を上げる。

 

「…あなたは…?」

「俺は慈鳥、学園所属の新人トレーナーだ、あと別にそんなにかしこまらんでも良い」

 

 俺はそう言った、お固い言い方は好きじゃない。

 

「…私に何の用が…?」

「今日の選抜レースを見てた」

「…私、遅かったよ?なんで私なんかに声をかけるの?」

 

 アラビアントレノの耳は、後ろに反る。

 

 つまり怒っている。

 

「ああ、遅かったな」

「…ッ!だったら!!」

 

 相手は立ってこちらを睨む、耳は更に後ろに反り、完全に畳まれている、この状態は、手が出てもおかしくない状態を示している。

 

「だが、俺はスピードなんかに注目してない、お前さん、コーナーはどう曲がった?」

「あんなの…誰にだってできるよ!」

「…普通に曲がったってことか?」 

「…そう」

 

……!

 

 驚いた…あれを普通と言うか…

 

「そうか、なら、単刀直入に言うぞ、お前さんをスカウトしたい」

「………えっ…?」

「あの選抜レース、お前さんは最終グループだった。最終グループと言うことは、当然、バ場状態はデコボコ、特にインコースはな、だが、お前さんはそこを避けずに“普通に”走ってみせた……」

「でも…でも…いくらコーナーが上手く行ったって!ストレートで遅かったら意味がない!」

「違う!」

「違わない!」

 

 そう言われた俺は、懐に手を突っ込み、携帯(ガラケー)を出してパカッと開いた。

 

 そして、ある動画を再生した。

 

「見ろ!」

「…!」

「この黒い車の後ろを走ってる赤い車は前の車よりバリキが低い、つまりスピードが遅いんだ、だが…見てみろ」

「……」

 

 俺はアラビアントレノに画面をよく見るよう促した、そこには、ゴール前の最後のストレートでスリップストリームを利用して抜け出し、逆転してゴールする赤い車の姿があった。

 

「…バリキの低い車だって、バリキの高い車を追い越せる、それはウマ娘でもありえると俺は思う、お前のコーナーリング能力は素で高い、そこにモータースポーツの要素が加われば、お前は必ず強いウマ娘になる」

「………」

「速さで敵わない相手には(ここ)と小技でぶつかるんだ、もう一度言う、お前をスカウトしたい」

 

 俺はアラビアントレノの目を見た。

 

 

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 私に声をかけてきた慈鳥というトレーナーは、私に動画を見せてきた。

 

「…バリキの低い車だって、バリキの高い車を追い越せる、それはウマ娘でもありえると俺は思う、お前のコーナーリング能力は素で高い、そこにモータースポーツの要素が加われば、お前は必ず強いウマ娘になる」

 

 その男はそう言った、私はある事を思い出していた。

 

 前世、おやじどのはよく、私の前にあぐらをかいて若い頃の話を聞かせてくれた。

 

『あいつは凄かった、鋭いコーナーリングで、馬力で勝る相手にジリジリと迫って、ギューンと抜いてったんだ、まるで、サラブレッドが相手を差し切るみたいに、お前が人間だったら、絶対に度肝を抜かれてる』 

『ーーー!』

『そうかそうか、分かってくれるか!お前は賢いな!流石、“神ホース”って呼ばれてただけのことはある!』

 

 いつも、私は嘶いて返答していた。 

 

 回想を終え、目の前に立つ男に、視線を移す。

 

「速さで敵わない相手には(ここ)と小技でぶつかるんだ、もう一度言う、お前をスカウトしたい」

 

 そして、目の前の男は、真っ直ぐな目でこちらを見て、私に訴えかけていた。

 

 “力で敵わない相手には頭と小技で立ち向かう”

 

 私は前世、先輩に教わったことを思い出した、そして、目の前の男は、それと同じような事を言っている

 

 これは果たして偶然だろうか。

 

 私はそうだとは思えなかった。

 

 だから、私は決めた。

 

 この男…いやトレーナーに師事し、走ろうと。

 

 

 サラブレッドと“勝負をする”ではなく。

 

 

 サラブレッドに“勝つ”ために。

 

「…分かった、私はアラビアントレノ、皆からはアラって呼ばれてる」

「アラだな、さっきも言ったけど、俺は慈鳥、トレーナーだ、よろしく頼む」

「よろしく、トレーナー」

 

ガシッ

 

 私達は握手を交わした。 

 

 握手を終えると、トレーナーは川の方を向き、空を見上げた。

 

「…さて、アラ、まずはお前さん、この雨でどう帰るつもりだ?」

「…走って帰ろうと思う」

「…まずは健康管理だな、俺の車に乗るんだ」

「……えっ…?」

 

 私は少しびっくりした。

 

「普通に走るのなら、雨の中でも問題はないだろうな、でもお前さんは選抜レースで多少なりとも疲れてるはずだ、風邪でも引いてもらっちゃ困る、ほら、傘を貸すから付いてこい」

「…わかった」

 

 私はトレーナーの車に乗り込んだ、トレーナーの車は所謂スポーツカーと言うやつだった。

 

「寮で良いな?」

「うん」

 

 トレーナーはエンジンをかけ、オーディオのスイッチを入れた。

 

『…Everynight you light me with your

gasoline…Everytime I feel delight when you

recall my name……』

 

「この曲……」

「…どうした?やかましいなら止めるぞ」

「…いや、珍しい曲だなって思って」

「外国の曲だからな、そりゃそうだ」

 

 この曲は、私は聞き覚えがあった。

 

 前世、おやじどのは私の身体を洗う時は、音楽をかけていた。

 

 そして、少し音痴な声で歌いながら、私の身体にブラシをかけていた。

 

「車に乗ってると、こういう曲で走りたくなるんだ」

 

 そう言うトレーナーの横顔は、偶然だろうか、おやじどののそれとよく似た表情を浮かべていた。

 

 

=============================

 

 

 アラを送り届けた翌日、俺達はトレーニングを始めることになった。

 

「よし、トレーニングを始めるぞ、よろしくな、アラ」

「よろしく、トレーナー、準備運動は済ませたよ」

「手際が良いな、なら、そこのウッドチップコースを3周、1800mをまず一本走ってみてくれ、一人しか居ないが、レースをしているつもりのペース配分でやってみてくれ」

「分かった」

「用意…スタート!」

 

 俺がスタートの合図で手を下ろすと、アラはスタートした。

 

……!

 

 タイミングはピッタリだ、だが…出るのが遅い、瞬発力が足りていないのか。

 

 アラは走っていく、そして、コーナーに入った。

 

……

 

「なるほど…」

 

 アラはピッチ走法を用いている、つまり、細かい所での動きの調節がしやすいと言うことだ、だが、それだけではコーナー技術があるとは言えない、他に秘密があるはずだ。

 

 

────────────────────

 

 

 最後の3周目に入った。ここからは末脚が出ててくる。

 

グッ…ダッ!

 

 アラは力強く踏み込み、末脚を出してきた、しかし、速度はなかなか伸びない。

 

 そして、ゴール前でやっと最高速らしき速度が出て、アラはゴールした。

 

 結論を言ってしまうと、アラは加速力が低い。

 

 だが…コーナーでの安定性は非常に優れていた。トレーナーである俺は、これをうまく活かせるようにしなければならない。

 

「トレーナー、どうだった?」

「タイムは────だ、まあまあってところだな」

「そう……」

 

 俺少しあやふやな言い方をした、だが、アラは悔しそうな顔をしてこちらを見る。

 

「隠さなくても良いよ、正直に教えて」

 

 アラの目は、真っ直ぐこちらを見つめている。

 

「……遅い、それもかなりな」

「そっか……」

「だが…それをなんとかするために俺がいる、大丈夫だ、信じてくれ」

「それよりもお前…かなり汗かいてるな?」

「……汗っかきなだけ、あまり気にして欲しくない」

「…あっ…すまん…」

 

 確かに、よく走るウマ娘といえ、成長期の女性に、汗の事を言うなど、言語道断だった。

 

 だが、まだ6月だ、少しずつ暑くなっては来ているけれども、まだまだあんなに大量の汗をかくほどじゃない、代謝が良過ぎるのか?

 

 そう言えばあいつ…“馬も品種によって汗っかきだったりそうでなかったりする”…とか言ってたな。

 

 やはり、ウマ娘もそういうものなのだろうか、だが…この学園のウマ娘で、アラほど汗をかいているウマ娘なんて…見た事無い。

 

 

────────────────────

 

 タイムを測った後は、俺はアラにスタートダッシュの改善方法を教えたり、坂道を走らせたりして、トレーニングを終え、トレーナー室に戻ってきた。

 

 いつもの四人は先にトレーナー室に戻っており、パソコンをつついていた。

 

「おっ、おつかれさん」

「お疲れ様」

 

 挨拶をかわし、俺は席についた。

 

「慈鳥、トレーニングはどうだったの?」

 

 すると、火喰が俺にトレーニングについて聞いてくる

 

「基本的な事を一通り、どうした?」

「いや、慈鳥、貴方がスカウトした相手が、あの娘だったから、つい気になったのよ」

 

 まあ、普通のトレーナーならばそう言う反応をするだろう。

 

「おいおい火喰、少しいやみったらしく聞こえるぞ」

「……!ごめんなさい慈鳥、そんなつもりは無いの」

 

 雁山に指摘され、火喰は申し訳無さそうに目をそらした。

 

「…いや、別に怒ってないさ、ただ、俺はあいつに可能性を感じただけだ。それに、俺達全員、希望のウマ娘と契約できたんだし、それで良いじゃないか」

「…確かに、俺はチハ、雁山はランス、火喰

はコンボ、雀野はワンダー、慈鳥はアラ、皆希望通りのウマ娘をスカウトできたな」

 

 俺の言葉を、軽鴨がうまくまとめてくれた。

 

ピロリン

 

 すると、俺のパソコンのメール通知が鳴る。

 

ピロリン

 

「あ、私達も…」

 

 他の四人も同様のようだ。

 

 俺達はメールを開いた。本文には

 

“記者会見の中継映像です、可能な限り確認するように”

 

 との文言があった。そこには何故か、リンクのようなものが貼られている。

 

 リンクを開くと、ある記事に飛ばされた。

そこにはURA(日本中央ウマ娘レース協会)NUAR(地方全国ウマ娘レース協会)の共同発表の記者会見の記事だった。

 

 俺達はその記者会見のライブ動画を再生した。

 

 

=============================

 

 

 ここは、東京都のある高級ホテルに設置された記者会見の部屋、ここでは重大発表が行われる予定であり、多くの記者が集結していた。

 

 しばらくすると、数人の正装の男女が出てきて、席についた。

 

「皆、今日は集まって頂き、誠に、感謝申し上げます」

 

 白の正装に身を包んだ小柄な女性は、中央トレセン学園の理事長、“秋川 しわす”である。

 

「我々URAは、NUARの協力を得て、大きな大会を設置することを決定しました、名称はAU(全ウマ娘)チャンピオンカップ、中央、地方問わず、日本全ての競走ウマ娘に門戸が開かれるレースとなります」

 

会場は興奮に包まれ、シャッターは連射される。

  

「このレースが生まれた理由は“革新”…すなわち、“日本のウマ娘レースに、新たな風を吹き込みたい”と言うものです。よって、このレースでは、全ての距離が用意されます!」

 

 続いて、NUARのトレセン学園運営委員長九重(ここのえ)がマイクを取り、そう続けた。

 

 そして、その発言に、会場は更に湧いた。

 

「大会の開催はおよそ三年後、必要な情報は段階的に開示していきます、ファンの皆様方これからも競走ウマ娘達を応援していただけますよう、よろしくお願い致します。」

 

 二人は頭を下げた。

 

ワァァァァァァァァァァッ!!

 

 記者会見の会場はその規模に見合わない、大きな熱気に包まれたのであった。

 

 

=============================

 

 

 記者会見のライブ配信映像は終わり、俺達は顔を見合わせた。

 

「地方と中央の合同の大会か…」

「しかも…3年後」

「これは…」

「もしや…」

「私達にも…」

「出るチャンスがあるって事だな」

 

 最後に俺がそう言うと…四人の目の色が変わった。

 

「燃えてきた…!」

「やってやるわ!!」

「目指せAUチャンピオンカップ!」

「スゲー時期にトレーナーになったもんだな、慈鳥!」

 

 軽鴨が俺の肩をバシンと叩く。

 

「…確かに…楽しみだな」

 

 俺もニコリとして、それに応える、表に出ていないだけで、俺も興奮しているからだ、大規模な大会…レーサーとしての血が騒ぐ。

 

「ネット掲示板でも早速話題になってるぞ!」

「サーバーがパンクしそうな勢いね…」

 

 

 

 世の中は、前代未聞の規模の大会に湧いているようだった。

 そしてそれは、俺達トレーナーも同じだった、恐らく、アラ達ウマ娘も、そうなのだろう。

 




 
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 次話に掲示板形式の回を入れておりますが、嫌いな方は読まなくても大丈夫になっています。

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