今回は拙い挿絵が入っています。
『スタートしました、さて、まずは前に出るのはトーセンイムホテプ、続いてヌーベルスペリアー、そしてシンボリマルモンとマチカネグランザム、先行争いはこの4人、2バ身、3バ身とリードを広げていく、そして5番手を進むはヘルゴラント、その後ろ、タマモクロスとトウショウメッサー、その外を回るイスパニアカフェ、そしてアラビアントレノ、メジロランバート、キングヘイロー、スペシャルウィークと続いて中団グループを形成、殿は1人、エリモコマンドー』
『スペシャルウィーク、後ろに控えていますね、この判断は妙策かそれとも愚策となるか』
(ベルノの言った通り、中団からの差し戦法で来た……このレースはベテランも混じる中、2回も淀の坂を登る、更にアンタはかなりマークされとるやろう…ウチと競り合う前に大事な脚を潰すんやないで!)
タマモクロスは後ろを走るアラビアントレノに向けて、心の中でそう呼びかけた。
今回のバ場はかなり荒れており、特に内側はかなり走りづらい状態になっている。それ故、ウマ娘達は内を避けて走ることになる、そしてそれは、内だけでなく、外側のバ場も荒れることを示していた。
(絶対に千切ってみせるわ…アラビアントレノ)
(3度目の正直…メジロのウマ娘として…負けられない)
(……この位置からなら…冷静に行ける)
タマモクロスの推測は当たっていた、アラビアントレノはキングヘイロー、メジロランバート、スペシャルウィークの3人にマークされていたのである、そして、マークする位置につけては居ないものの、アラビアントレノを注視するウマ娘もかなりいた。
『各ウマ娘、坂を登って第3第4コーナーを曲がります、先行争いを制し、ハナを進むのはシンボリマルモン、2番手ヌーベルスペリアーとは1バ身差、続いてトーセンイムホテプ、マチカネグランザム、中団グループとは5バ身差、そしてヘルゴラント、内からはトウショウメッサー、外寄りを回りますタマモクロスそしてイスパニアカフェ、2バ身離れてアラビアントレノ、メジロランバート、キングヘイロー、スペシャルウィーク、中団グループに特に変化はありません、そして控えているのはエリモコマンドー』
『やや縦長の展開ですね、タマモクロス、スペシャルウィークの動きが特に気になります』
(タマモクロス…)
アラビアントレノは前を走るタマモクロスを睨みつけた、彼女は3人にマークされているという状況下でも、慌てることは無かった。
(後ろにいるのは3人、このぐらいどうってことはない)
彼女は10年以上、誘導馬として働いてきた身である、出走するサラブレッド達から、数え切れないほど威嚇され、罵られてきた。その記憶、そして今までのウマ娘としての経験が彼女をあまりプレッシャーを感じない体質にしていたのであった。
「ふむふむ、やっぱり、マークされてるみたいだね、もちろん、予測済みだよね?」
「もちろんだ、特にキングヘイロー、スペシャルウィーク、この二人は絶対来ると踏んでた、だが、本来前寄りを走るメジロランバートまでアラをマークするとは思わなかった」
ミスターシービーと慈鳥は、レースの展開について話していた、慈鳥はアラビアントレノを見送って客席に上がった際、偶然ミスターシービーに会い、彼女の誘いもあって共に見ることにしたのである。
『やや縦長の展開ですね、タマモクロス、スペシャルウィークの動きが特に気になります』
「タマモクロスは凄いよ、君なら知ってると思うけど、何たって、脚質はほぼ自在、逃げ以外ならどんな戦術だって取れてしまうんだ」
「ああ、分かってる、だが今回は先行で来る可能性が高いと予想してた、そしてそれは…見事に当たった…だが、当たったとしても、そう簡単には行かせてもらえんだろうなぁ」
「そうだね、レースに絶対は無いからね」
「……」
ミスターシービーはそう言い、ターフを駆けるウマ娘達に目をやった。
(情報通りや、坂に差し掛かった時の動きの繋がりがええな…開始早々、おもろいやん……憎たらしいぐらい強いな、アンタ、こっちも遠慮なく行かせてもらうで!!)
タマモクロスは、後方を伺いながらも、淀の坂を駆け上がった、その表情には真剣さもあったが、どこか嬉しそうな感情も孕まれていた。
(初めて
タマモクロスは自らのテンションを上げて、第4コーナーを曲がり切り、淀の坂を駆け下りていった。
『各ウマ娘第4コーナーを曲がったところで、依然ハナを進むシンボリマルモン、差はそのまま、2番手ヌーベルスペリアーと続いてトーセンイムホテプとマチカネグランザム、そして少し位置を上げてきましたヘルゴラント、トウショウメッサー、外からはタマモクロスも続く、そしてイスパニアカフェ、アラビアントレノはメジロランバート、キングヘイロー、スペシャルウィークの3人にマークされている、エリモコマンドー外寄りから少し上げてきた』
(ランスから聞いてたけど…タマモクロス、私より立ち上がりのスピードが速い…!)
タマモクロスの武器は、主に2つある。
1つ目はスタミナ、彼女のアラビアントレノより華奢な肉体の中には、途方も無いスタミナが秘められていた、事実、彼女は小柄な身体の中に強い心臓を持っていたのである。
2つ目は関節の柔らかさ、彼女はミスターシービーの言った通り、“逃げ”以外ならばどの位置からでもレースを運び、その爆発的な末脚を使うことができるウマ娘である。そしてそれを可能としているのは、関節の柔らかさであった。
そして、ウマ娘は、コーナーから脱出するときに、身体を安定させて走るために強く踏み込む、当然、スタミナがあればあるほど、その踏み込みにあてることのできるパワーを増やすことができる、関節が柔軟であれば柔軟であるほど、バネが強くなる、結果的に、コーナーでの立ち上がりが速くなるということである。
そして、アラビアントレノは今まで、タマモクロスのようなウマ娘と対戦したことはなかった、つまり、タマモクロスは彼女が今まで出会ったどのタイプのライバルとも違うタイプの凄みを持った強敵であった。
「レース展開、どうなるかしら?」
「ここからコースはあと一周ある、そしてバ場は見てわかるほどに荒れている」
シンボリルドルフはウマ娘達が駆け下りた淀の坂を指差した。
「これじゃあまるで湿地帯ね」
それに対し、マルゼンスキーはそう答えた、京都レース場の第4コーナーの終わり、つまり淀の坂の終着点には、外回りコースと内回りコースの合流点が存在し、そこの地点はラチが存在しない、つまり、多くのウマ娘がそこを通ると言うことである。
そして、このプレ大会が開催される前日、少なくない量の雨が降っていた。水は高いところから低いところに流れるため、坂の下の合流地点には水分が多く染み込んでいた。
マルゼンスキーが“湿地帯”と称したのは、このプレ大会前に行われた通常レースで走ったウマ娘達、そして、今向正面に入ろうとしているウマ娘達によって、その合流地点の芝が削られ、水を含んだ土が所々露出していたからである。
『各ウマ娘、向正面へと入っていきます、ここを過ぎればあと一周!!』
『ペースを緩めここで息を入れるのも、戦法の一つになりそうです、ここからウマ娘達がどのように動くのでしょうか?』
「………!」
レースを見るシンボリルドルフの表情が動いたのは、その時だった。
『おーっと、ここでタマモクロス、まさかまさかの位置を下げてきた!メジロランバートの外側へ!』
(……ポジション…チェンジ…!?)
タマモクロスが下がったのを見たアラビアントレノは動揺した、しかし、それを感じていたのは、彼女だけではない。
(何っ!?)
(…どういうことなの!?)
(…タマモクロス先輩…どうして…?)
アラビアントレノを狙う三人…メジロランバート、キングヘイロー、そしてスペシャルウィークも、驚いていたのだった。
(……アンタは驚くやろうけど、こんぐらいで走りに影響の出るウマ娘じゃないってのは、ベルノの情報で重々承知や…)
タマモクロスは少し周りを見回した。
(他の皆には悪いけど、ここはウチとアラビアントレノの対決の場にさせてもらうで)
タマモクロスがアラビアントレノの後ろまで下がったのは、アラビアントレノを追い詰めるためではなく、他のウマ娘の動揺を誘うためであった。
(ウチはアンタとガチンコの勝負がしたい、せやけど、周りにぎょうさんおったら、それもできひんやろ?こっから第2ラウンドや…そんでもって見せてもらうで、菊花賞ウマ娘の実力をな!!)
タマモクロスの目からは、少しずつ、稲妻のようなものが出つつあった。
『各ウマ娘、シンボリマルモンを先頭にして第1コーナーのカーブに入っていきます』
『若干ですが、各ウマ娘のペースがバラつきはじめました、タマモクロスの動きが影響しているのでしょうか?』
(ここで慌てて前に出たら駄目だ、今までて走って来た中でもここは最長、無理してペースを上げたらちぎることはできない…だから、最後の坂道、死ぬ気で攻めることのできる体力を、残しておかないといけない…向こうの
アラビアントレノはピッチとストライドを変化させ、V-SPTを使った。
『各ウマ娘、シンボリマルモンを先頭にして第1コーナーのカーブに入っていきます』
「そう言えばさ、福山トレセン学園のウマ娘達は、皆コーナーが上手いみたいだけど、何か秘密があるの?」
双眼鏡を覗きながら、ミスターシービーはそう慈鳥に質問した。
「…一番大切なのはウマ娘本人のやる気や根性……だが、秘密はあるぞ」
「…ふむ、なるほどね」
「…“他のウマ娘が出来ないことができる”ことによって、ワンランク速いレベルの走りができるんだ、見とけよミスターシービー、マジでスゲえぞォ…」
「ふふっ…それなら、見せてもらうよ、ミスター・トレーナー」
ミスターシービーはそう言って口角を釣り上げた。
『各ウマ娘、第2コーナーを抜けつつあります、逃げるシンボリマルモン、その次はヌーベルスペリアーいや、マチカネグランザム、トーセンイムホテプは少し控えた、すぐ後ろにはヘルゴラント、その内を回りトウショウメッサーも続く、外から外から、イスパニアカフェ、そしてアラビアントレノ、上げつつあります、スペシャルウィーク、メジロランバート、その外回ってタマモクロス、キングヘイローは最内、その真後ろに少し上げたかエリモコマンドー』
(後ろから見ると、改めてその凄さっちゅーモンがよく分かる、周りのペースの変化に乗せられず、丁寧に走りにくいバ場を捉えて走る、しびれまくるで…おもろいウマ娘が、世の中にはぎょうさんおる、けど、負けへんで、ハードなレースになりそうやな…!)
タマモクロスは後ろからアラビアントレノの様子を伺い、闘志を更に高めた。
『縦長でしたが、段々と縮みつつあります、消耗してゆく心身で、ここからどう動くのでしょうか?』
(ここではインにもアウトにも寄せない、真ん中維持……)
一方で、アラビアントレノはタマモクロスの予想通り、ペースを乱すことなく、頭の中で描いたコースを進んでいた。
(でも、後ろのタマモクロスから出てくるプレッシャーが段々と大きくなってる……つまり…領域が出てくる)
アラビアントレノは集中力を高め、前方を睨みつけた、その走りは更に研ぎ澄まされていく。
『第2コーナーを抜けまして、各ウマ娘
向正面へ、先頭シンボリマルモンからしんがりまではおよそ10バ身の差といったところ』
(……ここからが、“瀬戸内の怪童”ちゅーワケか…こんな新鮮な刺激は久しぶり、ウチは最高にラッキーなウマ娘やな)
アラビアントレノの研ぎ澄まされていく走りは、タマモクロスの目にしっかりと刻み込まれた。
(…相手にとって不足は無い、魂の震える最強の競争相手や…勝負決める第3ラウンド…)
タマモクロスの目が、勝負への色に染まってゆく。その踏み込みは、更に鋭いものとなる。
「さァ!! ウチと
白い稲妻が、その姿を見せる。
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